金曜日, 4月 18, 2025
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《宍塚の里山》8 地域の自然環境リポートを作成

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春の花、フデリンドウ

【コラム・及川ひろみ】宍塚を訪れる多くの方が、土浦学園線からわずかに入った所に人工物がほとんどなく、谷津田、大池、雑木林が広がり、坂を上り、小道を曲がると、次々変わる景色、奥行きのある景観に大変びっくりされる。それもそのはず、ここは東京駅から筑波山麓までで最も広い里山なのです。

宍塚の自然と歴史の会は1989年に発足しました。それからほどなく、会員が100人を超えました。

そのころ、「確かにいい所だけれど、いい所ってどう言うこと」と質問されました。わたしたちは、宍塚の自然の特徴を知るには調べることが必要だと、仲間たちと足しげく通い、調査を行いました。(会員には昆虫、野鳥、植物、水質など、多くの分野の専門家が加わっていました。現在もそうですが)。なるべく標本に残すべきとの意見もあり、かなり克明な記録を残し続けました。

ある時、宍塚大池の水源である「泉」を案内しますよ、との申し出を地元の方から受け、これまで足を踏み入れたことのない谷津の奥、池の周りの泉を見て回りました。池の縁の大木の根元から絶え間なく水がしみ出していました。「サメゲの泉」と呼ばれる池の西に広がる谷津の泉は、地下から水がこんこんと湧き出ていました。

90年6月から、毎月、この水を採取、水温や水質を調べたところ、この泉は年間を通して13度から16度と水温がほぼ一定でした。泉のそばには、水が飲めるように、昔は茶碗があったそうです。今は荒れ果てていますが、当時は一帯には田畑が広がり、暑い時期の農作業には、冷たい水が飲める大切な場所であったことが推察できました。

調査の結果、宍塚には、植物(維管束植物)は県内で記録されている約1/3の種、チョウ・トンボは全国に生息する1/4の種が生息することが明らかになりました。

これらの記録に加え、藻類、鳥類、両生類・爬虫類、池の水質、気候、谷津の成り立ち・地質・水門などや、明治初年における宍塚大池周辺の土地利用形態(地元の方からお借りした土地明細帳を基に会員が図面を作成しました)、野生動植物を中心とする公園整備サイトとしての適性などを調べました。

95年、これらに保健保安林と都市の緑地保全といった項目も加え、「宍塚地域自然環境調査報告書」(A4版224頁)を、筑波大学の先生や農業環境技術研究所など研究所の方のご協力を得て出版しました。この報告書によって、宍塚の自然環境の豊かさが明確になりました。

現在、宍塚は環境省「生物多様性保全上重要な里地里山(重要里地里山)」に選定され、同省によるモニタリング1000調査コアサイトとして、会が調査を請け負っているほか、キノコ、サシバ、池や湿地の生物調査など、宍塚の自然を知る努力を続けています。(宍塚の自然と歴史の会代表)

《映画探偵団》4 キングギドラはどこに?

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【コラム・冠木新市】つくばセンター地区で行われている活動で私が注目しているものがいくつかある。

  • 筑波学院大内のフランス料理店「グルマン」(土曜日のランチ時はほぼ満席状態)。
  • エキスポセンターで月1開催の「星空コンサート」(早めに予約しないと入場できない)。
  • つくば国際交流協会がBiViで月1開く「世界のお茶のみ話」(1月のフランスの回では立見となり70人を超えた)。
  • バス停駅前広場で春夏秋冬カセットデッキから歌謡曲を流す元研究員の演歌おじさん(貴重なラジオ番組を録音して聞いている)。
  • キュートの「中古レコード店」(1年以上前に期間限定で開店したがまだ継続中)。

それぞれにファンがついているが、他の活動についてどれだけ知っているだろうか。集まった顔ぶれは異なっている。つまり、センター地区内の連携は弱い。また、他の活動の関係者と話をすると、皆、センター地区活性化のグランドデザインの必要性を感じており、だれかが旗を振るのをうかがっている。

一番肝心なのは活性化を願う市民の盛り上がりだが、残念ながらその必要性を感じていないように思える。この状況下でワークショップを企画しても焼け石に水、馬の耳に念仏だ。

では、何が必要か。アジア初のオリンピックが東京で開催された1964年、私にとっては大事件ともいうべき映画が公開された。「三大怪獣 地球最大の決戦」(本多猪四郎監督、円谷英二特技監督)である。

三大怪獣とは、ゴジラ、ラドン、モスラのことで、それぞれ主役を張った怪獣が同一画面上に勢揃いした。さらに興奮させられたのが、ヤマタノオロチをモデルに造型された、三つ首に竜の顔、西洋の悪魔の翼、二つの尾を持つ、全身金色で覆われた宇宙怪獣キングギドラの新登場である。この悪役怪獣が三大怪獣と戦った。

地球滅亡の危機を救うために、モスラがゴジラとラドンに協力を要請するが、「俺たちの知ったことか」と無視される。仕方なくモスラは一匹でキングギドラに戦いを挑むが、あわれギドラの引力光線で吹き飛ばされてしまう。

その姿を見たゴジラとラドンは急に改心してギドラに向かっていく。ラドンの背に乗ったモスラが繭糸をギドラに吐きかける場面があったりして、三大怪獣の連携プレイにオリンピックみたいに心を熱くしたものだ。ラストは、キングギドラが退散し、地球の危機は回避された(現在ハリウッドで再映画化が進行中)。

この映画から学べないか。活性化をアピールしたり、地区内情報を共有したり、グランドデザインをつくるよりも、市民の関心を呼び覚ますためには、キングギドラみたいなキャラクターが求められる。

つまり、センター地区活性化に反対するような運動が必要なのかも知れない。このことをセンター地区に住む団員に語ったところ、「私たちは三大怪獣みたいな存在ですか」と不満気であった。サイコドン ハ トコヤンサノセ。(脚本家)

《つくば道》4 茨城県の魅力とは

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つくばエクスプレス=研究学園駅

【コラム・塚本一也】都道府県の魅力度ランキングという指標がありますが、2017年度版でも茨城県は最下位となりました。横綱稀勢の里の出身県であることやNHKの朝の連続ドラマ「ひよっこ」の舞台となったことなど、プラス要素もあったのですが、結果は4年連続の最下位でした。しかし民間調査会社の「魅力度調査」といっても自治体のイメージを測る一指標でしかなく、その順位が最下位であったとしても、茨城県の全てが否定されたわけではありません。

茨城県は有名人を起用した観光PRやイメージ戦略で人気回復に取り組んでいますが、本質的な改善策も必要であると思います。とくに近隣他県に遅れをとっているのが交通基盤の整備です。

茨城県にはつくばエクスプレス(TX)という在来線としては類いまれな高性能を持つ高速鉄道があります。TX本来の建設主旨は常磐線のバイパスとして機能することにありました。つくば駅からTXが北部延伸して常磐線と接続し、水戸とつくばを鉄道で結ぶことにより利便性は飛躍的に向上します。

水戸方面から都心への所要時間も短縮され、どちらか一方の路線が車両故障や災害時の場合においても振替輸送が可能となり、水戸が東京の通勤圏として本格的に機能することになります。そして水戸市とつくば市が連携することにより、2大都市を軸とした新たな生活圏・文化圏が誕生し、茨城の新しい時代が開かれることになると思います。

さらに、TX北部延伸の延長線上には空の玄関である茨城空港があります。茨城空港は軍民共用のため、様々な制限はありますが、「茨城県の空港」を主張するだけではなく、羽田・成田を補完する「首都圏第3空港」としての役割を認識し、沿線各市や近隣各県にも利用し易くすることが茨城県の評価につながると思います。

また、茨城県の海運の拠点である常陸那珂港は「海の無い栃木・群馬に港を開く」というコンセプトの下、3県がスクラムを組んで物流拠点としての常陸那珂港開港にこぎ着けました。この考え方こそが、これからの北関東3県の浮沈を握ると思います。茨城の陸・海・空が持つポテンシャルを活かし、近隣各県も恩恵が享受できる施策を発信することが、茨城県の魅力を高めることにもなるはずです。

それぞれの自治体がお互いの弱点をカバーしあえる関係を構築し、北関東圏がひとつの経済圏として大きく発展すれば、全国に先駆けた先進的な取り組みのモデルとなるでしょう。(大曽根タクシー社長)

《茨城の創生を考える》2 少子化対策はコマツに学べ

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霞ケ浦湖畔から筑波山を望む

【コラム・中尾隆友】地方の人口減少は少子化に起因する。だからこそ、建設機械大手コマツの少子化対策への取り組みに括目(かつもく)するべきだ。今ではグローバル企業として確固たる地位を築いたコマツは、国内雇用をきわめて重視している見本のような企業だ。事業の選択と集中によって競争力は維持できるとして、同社の坂根正弘・相談役が2001年に社長に就任して以降進めてきたのが、創業地である石川県への地元回帰を中心とした本社機能や工場の地方への分散だった。

その経緯を振り返ると、まずは02年に、部品調達本部を東京本社から石川県小松市に移している。ITが進歩していく世の中では、部品調達本部は協力企業が近くに集まる工場にこそあるべきだと判断したというのだ。続いて07年には金沢市と茨城県ひたちなか市に新しい港湾工場をつくり、11年には本社の教育研修組織と複数拠点に分散する研修施設を統合して、小松市に総合研修センターを開設している。これまでの地元回帰では、150人以上の社員が本社などから石川に転勤になったということだ。

私は11年にコマツが本社機能の地方分散を進めていることを初めて知ったとき、少子化を緩和していくためには、かつ、地方の衰退を止めていくためには、コマツの取り組みを多くの大企業が見習う必要があるだろうと直感することができた。それ以降、コマツの取り組みが他の大企業にも波及することを願い、講演会などで取り上げながら応援してきたつもりだ。

実際に、本社機能の地方への分散は、正確にはどの程度の効果をもたらすことができているのか、私自身もずっと気になっていたところだ。そのように思いを巡らし続けていた矢先、偶然にもある催しでコマツの坂根正弘・相談役にお会いする機会があったので、お話を伺いたいと率直に申し上げたところ、日本の将来を考えるうえで、非常に意義あるインタビューをさせていただくことができた。

坂根氏は「なぜ地方を重視するのか」という問いに対して、「その本質的な動機は、この国の深刻な少子化問題を解決したいという思いにある」と明かしている。コマツは1950年代に石川から東京に本社を移し、工場も輸出に有利な関東・関西に移しているが、多くの地方企業がそういう歴史をたどったことによって、東京への過度な一極集中とそれに伴う少子化を加速させてきたという事実を直視し改めなければならないというのだ。

現に、コマツの本社機能の地方への分散は、少子化対策としてはっきりとした数字を残している。同社の30歳以上の女性社員のデータを取ると、東京本社の結婚率が50%であるのに対して石川が80%、結婚した女性社員の子供の数が東京は0.9人であるのに対して石川は1.9人と、掛け合わせると子供の数に3.4倍もの開きが出ているのだ。石川は物価が東京よりもずっと安いし、子育てもしやすい環境にあるので、これは当然の結果といえるだろう。(経営アドバイザー)

《土着通信部》6 未来に架かる? 一番橋、二番橋

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一番橋から上り方面をのぞむ。正面に二番橋、奥に三番橋が見える(土浦市小松ヶ丘)

【コラム・相沢冬樹】常磐線土浦駅を出た上り列車は桜川橋梁を渡り、緩やかな右カーブをたどって小松丘陵の切通しに入っていく。丘陵には跨(こ)線橋が架かっており、手前から一番橋、二番橋と呼ぶ。この2橋について、土浦市はそれぞれ撤去、架け替えの方針を固め、このほど地元に説明した。

1895(明治28)年開通した鉄道の建設時に、丘陵は開削され、後に3本の橋が架けられた。手前の2橋が車両の入れない幅員3.2メートルの鉄橋で、旧国鉄から土浦市に移管となり市道に組み込まれた。建設年次は不明だが、現在架かっている橋のベースは戦前のものらしい。レールから転用された鉄骨が橋脚などに用いられており、物不足の時代の建造だったことがうかがえる。

建設時期不明の橋梁は珍しくない。茨城県内だと約1万5000橋あるうち過半数の約8200橋は建設年次が分からない。老朽化が懸念され、安全性確保のため5年に1回、国の基準で定期点検が実施される。健全性を4段階で診断し、必要に応じ長寿命化や耐震補強などの措置が講じられる。

2橋については2016年の点検で、即時通行止めとなるⅣ判定に次ぐⅢ判定となり、5年以内の早期措置が求められた。しかし、これだけ古い構造だと、最早「手の施しようがない」(市道路課)状態。補修では間に合わず、撤去か架け替えを迫られた。

このため、市はJRなどと協議して、地域の生活道路、高校生の通学路として利用度の高い二番橋のみを架け替えることとし、通行量の少ない一番橋の撤去を決めた。架け替え工事の間、応急的な補強をして一番橋を迂回路に使う方針としたのである。

地元説明会に提示された資料によれば、2018年度に概略設計に着手し、2カ年をかけて詳細設計まで行う。二番橋の架け替えは20年度から3カ年の予定で、その供用を待って23年度に一番橋を撤去するスケジュールが示された。ただし、工期は最短の想定であり、億単位となりそうな総工費ともども明確な見通しは立っていない。メーンの工事は列車の終電から始発まで、未明の時間帯に集中して行うため、JR側の体制次第で変動の幅も大きくなるという。

新しい二番橋は、列車が直線的に走行できるよう、線路脇に立つ橋脚部が省かれ、緩やかなアーチ橋となる。引き続き車両の通行はできないという説明だった。

一番橋がなくなると、二番橋の名称が微妙になる。市道としてはすでに、一番橋が常磐線4号橋、二番橋が同3号橋の名称で管理されている。一番奥の三番橋(同2号橋)はバスも通る規格の道路で、1982年に改良工事が行われた。完成の際、市は親柱に「三番橋」の銘板を設置して愛称的な残し方をしている。

江戸時代の古地図などをみると、二番橋は同市下高津の旧水戸街道から分岐して大岩田方面に抜ける古道「阿波街道」上にある。アンティークなレール製鉄橋が似合っていたことも記憶に留めておきたい。(ブロガー)

《吾妻カガミ》24 ごじゃっぺ・トランプを素材に講義

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【コラム・坂本栄】1月末トランプ米大統領の一般教書演説があった。この分断と差別を煽る「ごじゃっぺ」が米国のトップになってから1年経ったわけだ。スタッフが書いたものだからトーンは抑え気味だったが、考え方の基本は変わらない。大統領なり首相がその国の知性のシンボルだとすれば、米国も地に墜ちたものだ。でも教材としては役に立つ。国際経済の授業で使わせてもらっている。

3年前、大学から国際経済を分かりやすく―学生の暮らしに関連付けて―半期15回講義してくれないかと頼まれたとき、さび付いた頭の整理にもなるかと快諾した。

そこで、授業計画の目標には「国際経済というと日常生活から遠いものと思われがちだが、貿易、為替、金融、エネルギー、投資などの具体例を学ぶことで、国際経済がいかに日々の生活に密接な関係にあるか理解することができる」と記載。

授業概略には「総論、各論とも、新聞などで報道される国際経済の直近の動きを取り上げ、具体的な事例から各回のテーマに拡げていく。体系的な国際経済の講義というより、国際経済に関する解説(背景説明、問題点指摘)の形で進め、進行中の問題と日常生活の関わりを理解できるよう工夫」と書き込んだ。

保護貿易回帰をリード

米の新貿易政策を取り上げたのは、5回「国際貿易の今と歴史」と14回「自由貿易システムと経済圏形成」の中。

1970年から30年間、取材を通じて学んだのは、貿易の自由化が日本にとって大きな利益になるということだった。企業が世界場裡で戦っていかねばならない以上、どの国(市場)でも活動の自由が確保されていることが望ましい。そこで負けるのであれば諦めてもらうしかない。

講義では戦前の「保護貿易」時代、戦後の「自由貿易」時代をザッとおさらいしたあと、現在を「地域貿易圏」の時代と位置づけた。自由貿易が後退、保護貿易の浸食が目立つ、妥協の貿易システムの時代といえる。その地域貿易圏の具体例として挙げたのが、NAFTA(北米自由貿易協定)とTPP(環太平洋経済連携協定)。

トランプは昨年、米加墨の地域貿易圏NAFTAをガラガラポンにしようと提案。太平洋周辺12カ国の地域貿易圏TPPからは脱けると宣言。米国の雇用を守るとの理屈で「地域貿易圏」という極めて脆弱なシステムまで壊してしまった。世界のリード役が保護貿易回帰の旗を振っているわけだから情況はかなり悪い。

米国はゲームのルールを変えようとしている。そしてそれは日本に大きなダメージを与える。トランプの言動は国際経済について学生に興味を持ってもらうには「よい教材」。困ったものだ。(大学兼任講師)

《続・気軽にSOS》7 強いと弱いと適応と

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【コラム・浅井和幸】いつも不安を抱えていたり、イライラしたり、貧乏だったり、成績が悪かったり、ケンカが弱かったり。物事が上手くいかないとき、自分に強さがあれば解決すると考えますよね。でも、どの様な強さが必要なのか、それを具体的に考えて、身に着けないと、自分が思っていることとは逆の道、つまり、不安やイライラが増えてしまう事もあります。

ライオンとウサギ、どちらが強いでしょうか?もし、ライオンとウサギを檻のような狭い部屋に入れたら、たぶん、ライオンがウサギを食べてしまうでしょう。つまり、ライオンの方が強いですね。

では、人の住むような市街地に、ライオンとウサギを逃がしたらどうなるでしょうか?きっと、ウサギはどこかに隠れ、ライオンは路地を歩くかもしれません。そうすると、人間がライオンを銃殺するかもしれませんね。ウサギの方が長く生きられそうです。これは、ウサギの方が強いと言えないでしょうか?

人対人で考えます。直接の口喧嘩でAさんよりもBさんが強いとします。Aさんは、いつもBさんに泣かされています。Aさんは、Bさんが怖いので避けるようになりますが、他の人たちとは上手くやっていけます。しかしBさんは、だれかれ構わず理不尽に振舞い、敵を多く作るタイプ。結局、そのコミュニティから出て行かなくてはいけない状況に陥る。

さて、AさんとBさん、どちらが強いのでしょうか?あなたは、どちらの強さを身に着けたいと思いますか?

食物連鎖の頂点の肉食動物のほとんどは絶滅危惧にひんしていると、ある生物学者がラジオで話をしていたことを思い出します。そのラジオでは、草食動物の方が肉食動物よりも進化しているというようなことを言っていました。どこにでもエサがある草食動物の方が、進化していて、生き残りやすいのだとか。

毒がある草木もあるでしょう。それでも肉食動物のエサである草食動物よりも、草食動物のエサである草木の方が反撃してくることは少なく、安全でしょうね。また、肉食動物は縄張りを固定していて、草食動物よりも活動範囲が狭い、融通が利かないところもあるのかもしれません。

異種格闘技で強い選手がどの格闘技の技術を持っているかという疑問も、その異種格闘技戦のルールに有利な技術を持っている選手という要素は大きなものです。強い、弱いは、その環境に適応しているかどうかという要素は大きいものですね。

性格を変えたい、強くなりたい、偉くなりたい。自分を変えたいと思う、いろいろな要素があるでしょう。でも、単純に強いという意味も、目的によって変わってきます。もう一度、自分に問い直してみてください。どの様な強さを手に入れたいですか?それは何を達成するためですか?(精神保健福祉士)

《光の図書館だより》3 世代間相違とコミュニティ

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土浦市立図書館

【コラム・入沢弘子】如月(きさらぎ)がはじまりました。弱々しかった陽射しにも、心なしか力が感じられます。おかげさまで土浦市立図書館は、先月1月21日に10万人目の来館者をお迎えしました。45開館日目での達成は、地方の公立図書館としてはハイペースだと驚かれています。

駅前に移転してからは、旧図書館とは異なる特徴がみられるようになりました。

一つ目は、利用者層の時間帯別“棲み分け”です。平日の朝一番に来館するのが、リタイヤ世代男性と赤ちゃん連れの若い女性。昼近くから午後にかけては、40代から60代の女性。午後は、高校生とビジネスパーソン。休日は、朝からあらゆる世代の男女が来館。

皆さん、お好みの場所を見つけて快適そうに過ごされている様子を拝見すると嬉しいです。

二つ目は、利用者層の年代の幅の広がりです(見た目年齢とアンケート回答からですが)。

大正世代は少数、昭和一桁は1割くらい。戦中生まれ世代や団塊の世代が2割くらい。ポスト団塊の世代、新人類、団塊ジュニア、ポスト団塊ジュニアで3割。残りの4割がミニマムライフ世代、ゆとり・さとり世代と小さな子供たちでしょうか。

多世代が狭い場所に集まると、世代間ギャップが顕著になります。戦中生まれ時代以上の方は、割と柔軟に多世代の中に溶け込んでいます。

団塊の世代とポスト団塊の世代からは、「隣の学生のシャーペンの音がうるさい。学生は学習室を利用させて」「いつもの席が予約できない」「子どもの声が気になる。静かにさせて」など主張が強い世代であると感じます。

新人類はマイペース、私も同世代。団塊ジュニアやポスト団塊世代は、ひたすら静かに利用。周囲の視線を感じてそっと席を移動する、そんな空気を読むのもこの世代です。

そして、ゆとり・さとり世代。「図書館サイコー!」とアンケートに書くのもこの世代。IT化された図書館のシステムも説明不要で使いこなしています。さすがデジタルネイティブ。

開館約2カ月後の今、皆さんがジェネレーションギャップを乗り越え、折り合いをつけて思い思いの場所で過ごされているのを拝見すると、新たなコミュニティができつつあるのを感じます。これからどのような変化がみられるでしょうか。楽しみです。(土浦市立図書館館長)

《土着通信部》番外 レアな皆既月食の連続撮影にチャレンジ

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2018年1月31日午後8時50分から午前0時ごろまでの月食を追った(写真は合成)

【コラム・相澤冬樹】地べたにへばりつき、1月31日の夜はずっとお月様を見上げていた。なんでも「スーパー・ブルー・ブラッドムーン」というレアな皆既月食が出現するというのだから、今生最後の観賞機会と心得た。

2018年は1月2日にいきなり満月があって、これが月と地球の距離が今年一番近づくスーパームーンだった。月はまだ地球に近い楕円軌道上にあって依然大きく見えるのに加え、1カ月に2度の満月は珍しいということ(青い月が出るほど「ありえね~」ってニュアンス)でブルームーンと呼ぶ。そして地球の影にすっぽり入り込む皆既食で、月は真っ黒になるのではなく赤銅色に変化するため、レッドムーンと呼ばれるのだが、ブラッドムーン(血の月)の別名もある。

なにより欠け始めから3時間以上観測でき、皆既食だけで1時間以上に及ぶロングラン、これこそがレアケースで、多少の夜更かしをすればじっくり観察できる。なのに夕刻には雲が広がり、夜半には最悪の空模様も懸念されていた。ところが午後8時半過ぎには空はすっかり晴れ渡り、風もない。自宅庭先でできる天体観測だから、ヒートテックもろもろ着込めば零下の寒空も耐えられる。

いい機会だから、一度はやってみたかった月食の連続写真にもチャレンジしてみた。カメラの手振れ防止機能に頼って、三脚なし手持ちで月を追ったがおかげで首筋は張り、手はかじかむ。後半の部分食が終わって、月が雲間にかかり、にわか天体写真家が風呂に飛び込んだときには、日付どころか月まで代わっていた。(ブロガー)

《くずかごの唄》7 インフルエンザ大流行

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【コラム・奥井登美子】「きょうは、スペイン風邪で亡くなった祖父の命日なの、できたら、お花あげておいてくれないかなあ」。義兄から電話。

千葉大学で外科医として働いてきた兄は、働き盛りのころは、土浦市内の病院からも頼まれて手術の執刀によく来ていた。92歳の今でも手先が超器用で、頭は冴えているし、家事もこなしている。昔のことをとてもよく覚えていて、私にいろいろアドバイスしてくれる。

今、日本全国でインフルエンザが大流行している。病院に行くと、「マスクをしましょう」という手製のポスターがべたべた張ってあるが、待合室でゴホゴホ咳を撒き散らしている人がいたりする。

せっかくマスクをつけているのに、正しくつけていない人も多い。マスクの上の針金は何のためについているのか、ぜんぜん解ってない人もいて、鼻がマスクから飛び出してしまっている。人混みと、病院の待合室に行く時は、マスクの下にもう一枚、濡れたガーゼを当てておくとよい。

インフルエンザの恐ろしさは、昔、姑からよく聞かされていた。姑の父は 茨城県の薬剤師第1号。明治28年、奥井薬局を創立した。しかし、大正8年に大流行した、いわゆるスペイン風邪のインフルエンザであっけなく亡くなってしまった。

長女の姑は、東京で外国人から英語を学び、将来はアメリカに行って研究者になるという夢があった。しかし、父の死で、やむなく夢を捨てて薬剤師になり、家を継ぎ、妹たちを育てたという。

祖父は中村万作氏を東京から招き、自分の姪と結婚。土浦に教会を作った。中村万作氏は、常に世界的視点を失わない大きな人で、長い間、奥井家の精神的な支柱であった。万作氏の娘、道子さんは医者になり、土浦協同病院に勤めていたが、沖宿出身の福田実さんと結婚してアメリカに行ってしまった。

この2人の長男のケイジ・フクダさんが今、WHOでトリインフルエンザの研究に没頭している。祖父の中村万作さん、父の福田実さん。ふたりとも世界的視野に立って人間を考えることのできる人たちであった。祖父と父の性格と意志を継いで、彼も世界を相手に、人類の未来に向かって仕事をしているのだ。

インフルエンザ、その他感染症の世界的な流行は、時に人間の歴史を変えることもある。(随筆家)

《つくば法律日記》3 名刺の記載

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堀越氏の弁護士事務所があるつくばセンタービル

【コラム・堀越智也】社会人になって名刺交換をするようになり、2枚以上の名刺をいただく度に、自分は1枚にしようと心に誓ってきた。2枚以上の名刺があると、どうしてもその人のイメージが薄まるし、もらった方は管理が煩雑になったり、年賀状を送る時、どちらに送るか迷ったりと、面倒が生じるからである。

ところが、最近、2枚以上の名刺を準備する方の苦悩を知ることになった。ラヂオつくばの代表取締役になり、各種団体の役員などを務めることになり、例えば、関わってくださる企業にご挨拶をする際、1枚の名刺に多くの肩書きを盛り込むと失礼であったり、説明が不十分になったりと、何かと不便である。

しかし、生きていると肩書きが増えるのだ。僕の名刺には,マインドマップとスピードリーディングのインストラクター、茨城県保険代理業協会など、書くと長くなる資格名が蟻のように小さい字でびっしり記載されている。そうそう、この「NEWSつくば」の理事も加えると、ついには何者なのか分からなくなってくる。

ところで、コンテンツが多様化し、メディアが多様化したと言われて久しい。経営者は、宣伝のために従来からある紙媒体に加え、インターネットの利用も避けがたくなった。

それとともに、自己紹介のためのツールも多様化する。名刺という小さな紙媒体からホームページ、ブログ、SNS、さらにはこれらにYoutubeによる動画を貼り付ける経営者もいる。フェイスブックが名刺代わりになると言われることもある。

この多様化したコンテンツをうまく整理し利用した人が勝者になりやすくなるかもしれない。そして、自己紹介も多様化したコンテンツをうまく整理し、利用する必要があるのかもしれない。しかし、誰もができることではない。

ところで、このごろ、トリバゴというサイトが知名度を増している。乱立するホテル予約サイトを整理し、料金比較をしてくれる。これからは、多様化したコンテンツを分かりやすく整理してくれる人が評価され、場合によってはビジネスになる時代になるだろう。

経営者も学生も70歳を過ぎたうちの両親も,世間で幅をきかせていることは分かるが得体のしれないコンテンツたちが何なのかを整理し、説明し,利用方法を親切に教授してくれる必要としている。そんなビジネスを名刺に書き加える人が増える日が遠くないかもしれない。(弁護士)

《吾妻カガミ》23 洋風居酒屋で若い先生と議論

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茨城キリスト教大学構内=2017年4月

【コラム・坂本栄】きょう29日で今年度の大学の授業が終わる。もっとも期末試験日だから90分×2時限=3時間の講義はない。問題は採点。基本「述べよ」の出題をしているので150人分に目を通すとなると時間がかかる。経済部デスクになったとき下手くそな原稿に辟易したが(自分も新人時代はそう思われていたのだろうが)、似たような時間が待っている。

担当している授業は、1年生向けの必須課目と全学年を対象とした選択科目。必須科目の授業形式がなかなか面白い。半期15回を3人の先生がそれぞれ5回担当するという「オムニバス」方式。3人の担当分野は、政治、経営、法律。私は政治を受け持っている。

ユニークなのは私も含めて先生は「兼任講師」。つまり本業は別に持っており大学は兼務というわけだ。私は経済ジャーナリスト兼NPO理事長(兼ばかりだが…)。経営担当はパリパリの税理士。法律担当は公務員塾の主宰者。2人ともアラウンド40と私よりも30も若い。同じオムニバスの別グループにはアラウンド50の元市長もいる。

この3人とは期末試験終了後、JR大みか駅近くの洋風居酒屋で反省会を開く。ワインと海の幸を楽しみながら(近くに魚市場もあるそうだ)、今起きている諸々の問題について議論する。これは実に楽しい。

リアルポリティクス

担当する政治分野を授業計画から抜粋すると、1回:国政の基本構造 戦後72年で生じた問題、2回:政治と経済の関係 経済政策の効果、3回:国内政治と国際政治 安全保障、4回:国政と地方 国と都道府県の関係、5回:国と地方 国と市町村の関係。

各回ともメディアで取り上げられている問題から入り、各回のテーマに拡げるようにしている。憲法改正(1回)、アベノミックス(2回)、集団安保(3回)、地方創生(4回)、市町村消滅(5回)といった具合だ。分かりやすくと大学から話があったとき、この形式を提案した。

今春からも基本的には同じ構成にするつもりだ。しかし新年度は憲法改正が最大の政治課題になるから、1~5回全部が同テーマになるかも知れない。大学生は有権者であり、多分現在進行形になる憲法問題に強い関心を持たせたい。

授業ではバランスを心がけているが、①現憲法は敗戦直後の米占領時代に成立した②朝鮮戦争に続く米ソ冷戦で非武装の前提が崩れた③この20年の間に中国のパワー、韓国と北朝鮮の立ち位置が激変した④米国も相対的に力が低下、これまでとは違った付き合い方が必要になる―と指摘している。これが政治のリアリズムだと。(大学兼任講師)

《食う寝る宇宙》6 宇宙世紀はどこへ?

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【コラム・玉置晋】「宇宙世紀0079(ダブルオー・セブンティー・ナイン)、地球から最も遠い宇宙都市サイド3はジオン公国を名乗り、…」。私が大好きな「機動戦士ガンダム」の冒頭ナレーションの一部です。2014年に亡くなられた声優の永井一郎さん(サザエさんの波平さんの声もされていました)のいぶし銀の声に、「燃えあが~れ~」です。すみません、ガンダムのネタとなると、ややハイテンションとなります。

さて、ここで出てくる「宇宙世紀」。小学生のころ(1980年代後半)、人類は1999年のノストラダムスの大予言を克服し、きっと21世紀になったら、世界政府を樹立し、「西暦」から「宇宙世紀」が宣言されるに違いないと妄想していました。

当時は、ソ連でペレストロイカがはじまり、ベルリンの壁が崩壊し、冷戦が終結し、核の冬が遠ざかり、終末時計の針は反時計回りに動きました。ソビエト連邦が崩壊した1991年段階で「終末17分前」でした。

スペースシャトル「チャレンジャー号」の悲劇的な事故があっても、宇宙への歩みを止めなかったアメリカと、ちまたではバブル好景気に浮かれつつ、景気の後押しでTBSの秋山豊寛さんを、バイコヌールからソユーズで宇宙に飛び立たたせ、日本人初の宇宙一声が「これ本番ですか?」で、僕をズッコケさせた日本。実に希望に満ちた時代でした。

刻は流れ、2018年。宇宙世紀どころか、世界は「自国優先主義」に向かっています。終末時計は、2017年発表では2分30秒前でした。冷戦末期軍拡競争ピークの1984年の3分前より悪化しています。

当時は今より賢い人が多かったようで、米ソは核弾頭数の抑制に振れていきましたが、2018年を見ると、1月も半ばを過ぎ、終末時計の残り時間が増える様子は見えません。また、今のマスコミの風潮もちょっと怖いです。「戦線から遠のくと、楽観主義が現実にとって替わる」という、僕が好きなアニメ「機動警察パトレイバー2 the Movie」に出てくるセリフが胸に刺さります。

僕もね、宇宙天気防災の研究は推進したいのですが、宇宙天気災害と同様の影響を受ける電磁パルス攻撃の影響について、想定しないといけないのですかね。「宇宙世紀」は程遠い。まあ、ガンダムでは世界の統合を目指したはずの「宇宙世紀」に戦争をするという人類の愚行が描かれているわけですが。リアル世界の人類はガンダムの世界を反面教師にしてほしいものです。

最後に「機動警察パトレイバー2 the Movie」より一言。「不正義の平和だろうと、正義の戦争より余程ましだ」(宇宙天気防災研究者)

追伸:2018年1月25日に最新の終末時計は史上最悪に並ぶ2分前を指した。

《地域包括ケア》4 お粗末な県の地域包括ケア推進説明書

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出典・厚生労働省

【コラム・室生勝】介護保険制度実施の前夜は大忙しであった。新しく誕生するケアマネジャーは、在宅で介護保険サービスを利用する高齢者に、地域ケア推進事業のコーディネーターのようにケアプランを立て、ケアチームの要になる職種である。地域医療カンファレンスに参加している看護師、保健師、社協職員たちも、資格取得を目指しているようだ。全員に合格してもらおうと、カンファレンスの医師たちは模擬試験問題を作成して応援した。

出題傾向が分からない、初めての試験のせいか、合格率は低くかった。茨城県社協の資料を見ると、第1回の1998年は20万人が受験し、9万人が合格した。ケアマネジャー資格を取得したのは、保健師、看護師、准看護師、理学療法士、作業療法士たちで、医師、歯科医師、薬剤師はごく少数であった。これら職能団体それぞれが提唱するアセスメント方式(注1)の研修で、ケアマネジャーたちは業務以上に多忙であった。

土浦、つくばの両カンファレンスは、アセスメント旋風に関係なく、私たち医師はクリニック、病院、行政、ケアマネジャーや通所サービス、訪問サービスの居宅サービス提供者、施設の職種など、それぞれが連携を怠らないよう注意を喚起していた。一方で医師会は、介護認定に必要な主治医意見書の記載法くらいしか関与しなかった。

2000年4月、介護保険制度発足で、行政も職能団体も、てんやわんやだった。一方、地域ケアシステム推進事業は、県が各市町村のケアチーム数を公表するだけだ。県全体のケアチーム数のピークは2004年度の1万688チームだったそうだ。それらの成果は、経験交流会も開かれず、事業報告書も出ず、不明であった。

県事業が始まって22年目の2016年6月になって、「茨城型地域包括ケアシステム推進マニュアル」(注2)が公表されたのには驚いた。どのような資料で検討作成されたか明らかでない。50ページにわたり、20数例のケアマネジメント困難事例が紹介されているだけで、各市町村の地域ケアシステムづくりは見えてこない。

「はじめに」に「本マニュアルを通じ、それぞれの市町村において、相談・支援体制のあり方などについて関係者間で活発な議論がなされ、地域に応じた相談・支援体制の構築に向けた一助となれば幸いです」とある。県は県事業の「地域ケアシステム推進事業」を「地域包括ケアシステム」構築にようやく結びつけたのだろうか。(高齢者サロン主宰)

(注1)介護におけるアセスメント(評価)とは、介護を行う前に、その利用者の状況を整理する事前調査。

(注2)茨城県ホームページ>茨城で暮らす>福祉・子育て>地域包括ケアシステム関係>茨城型地域包括ケアシステム推進マニュアルの策定及び公開について

《宍塚の里山》7 里山の冬の鳥②

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里山のオシドリ=2016年10月

【コラム・及川ひろみ】宍塚大池ではおよそ1000羽のカモが冬を過ごします。1月10日に行った環境省のカモ調査では、マガモ797羽、コガモ66羽、ハシビロガモ43羽、オカヨシガモ65羽など、8種合計985羽を確認しました。

宍塚大池では、これまでアカハジロなど珍しいカモも含め、日本の淡水性のカモのほとんどの種類を確認しました。池の周囲の水草が茂る近くには、オシドリや珍しいトモエガモがみられることがあります。この冬もたびたびオシドリがやって来ました。オシドリはなにしろ派手なカモで、遠くからでも目立ち、オオタカに襲われるところを何度も見ています。

オオタカはほかのカモもよく襲いますが、特にオシドリに関してはしつこく追い回すように見えます。その度に無事でよかったと、ほっとするのもつかの間、再度襲うのは、オシドリが目立つからなのでしょうか。

池の調査活動のためにボートで池にこぎ出すと、カモがカッツカッツカッツと乾いた羽音を立てて一斉に飛び立ちます。そんな時、どこからともなくオオタカが現れ、飛び立ったカモを襲うのが見られます。時には1羽のオオタカがカモを追う後を、もう1羽現れカモを追う、あたかも連係プレーで仕留めようとしているかのように見えます。

しかし、タカは必死にカモを追うものの、狩りに成功した場面に出合ったことはありません。とは言え、池の周りにタカに襲われたカモの羽が散らばっているのが見られることがあります。コガモやハシビロガモなど、比較的小型のカモが多く、大型のマガモが狩られた跡は1度しか見たことがありません。

散らばった羽を見ると、羽の羽軸の鋭い先が残り、オオタカが羽をむしり取ったことが分かります。ネコや犬など、動物に襲われた場合はこのように羽をむしることがないので見分けることができます。そんな時、細く、長い羽(翼)に混ざって、美しく緑に輝く羽、ダウンのような柔らかな羽が大量に見られます。ただし、鳥インフルエンザの危険性があるので、羽をじかに持つことは避けましょう。

羽を広げると180㎝もある大型のタカ、ミサゴは魚を捕らえるタカですが、これも大池で見ることができます。ミサゴが長い翼を広げ、カモの集団の中に飛び込んでも、カモは平然としています。ミサゴはカモを襲わないことを知っているのです。オオタカを見て逃げ惑うのとは大違いです。

またある時、ハヤブサに追われたコガモが、日頃潜ることがないのに池に潜り、逃げおおせた場面に出合ったこともあります。狩りの工夫、逃げる様子、動物の行動観察は楽しいものです。宍塚大池で様々なカモが見られるのは4月初めごろまでです。(宍塚の自然と歴史の会理事長)

《ひょうたんの眼》3 真実をごまかすことの罪深さ

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月待の滝、別名・裏見の滝(大子町)

【コラム・高橋恵一】瓢箪(ひょうたん)は、自分でも妙な形をしていると思うし、粋な変人に気に入られたりして高値のひさごになったりもするが、つるにぶら下がっているときは、呑気(のんき)に見えるのだろうか。しかし呑気な姿から見える世の中は、呑気では済まない光景が多すぎる。

私の心に長く重く引っかかっている「事件」がある。中学校の体育館で丸めて立てられていたマットの中で逆さになって死亡していた中学生の事件である。いじめの末の悲惨な事件で、7人の同級生が犯人とされたが、7人の中学生は自供を覆し、7人の少年の親や弁護士、地域の応援する大人まで登場し、少年法の審判や民事訴訟の判決まで右往左往し、一応、裁判の結果は出たが、7人の元少年の謝罪の言葉はなく、被害者の家族の方が肩身の狭い生活を強いられている事件であったと認識している。

いじめの行き過ぎが中学生の命を奪ったのだが、警察の自供に頼った捜査や、証拠の不十分さなどが指摘され、加害者少年の人権保護なども話題になり、一方では、被害者家族に対するよそ者扱いが、地域の多くの「大人」まで、犯人の少年たちの味方になり、推理小説やえん罪事件の様相まで示してきたのだった。

しかし、被害者少年が7人の同級生によって死なされたのは明らかであり、被害者とその家族がさらに苦しむような事態は理不尽としか言いようがない。7人の少年の親や事実をねじ曲げた大人たちは、事件のあとの7人の人生にどう責任を取るのだろう。

親は子供を守ったつもりだろう。周りの大人は、自分をどう納得させたのだろうか。有罪かどうか、事件をどう繕ったとしても、7人の少年は、自分自身がどう関わったのかは判っており、周囲の人々も真実を知っていて「うそ」もばれており、そのような状況の中の自分をどう納得させて生きるのだろう。7人の元少年は、自分の妻や子、職場や地域で「うその真実」を主張し続けなければならないのだ。一生付いてくる罪であり、中学生の7人に一生その重荷を背負わせた親や弁護士、周囲の大人の罪は余りにも大きいのではないか。

この頃は、事件や事故で真実を認めないことが多くなった気がする。加害者あるいは責任者の人権を最大限尊重するとしても、その否定が被害者やその家族の心をさらに傷つけることも認識するべきだろう。

関連するが、国の指導者が、歴史の真実をねじ曲げ、日中戦争や南京事件、慰安婦問題などで、「侵略とは決めつけられない」「犠牲者数が曖昧」「強制性はなかったのではないか」などと言ってはばからないことにも、同様の懸念を持たざるを得ない。「気持ち」のない反省や、金を払ったから済んだという心の貧しい態度は、被害者への謝罪にならないだけでなく、当時の関係者の免罪符にもならないし、我が国を貧相に見せるだけではないのか。

瓢箪の思いは、マット事件にせよ、歴史認識のねじ曲げにせよ、それが多くの人の心に重い影を残すだろうし、もし、ストレスで瓢箪に見えない傷ができると、酒が漏れて高い値段の「ひさご」にならないだろうと心配が尽きないのだ。(元オークラフロンティアホテルつくば社長)

機械化進む外来診療 受け付けごとの番号にイライラ

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県内はもとより首都圏からも患者が来院する筑波大学附属病院

【コラム・橋立多美】つくば市の健康診断で精密検査を勧められ、かかりつけ医の紹介状を持って筑波大学附属病院(同市天久保)を訪ねたのが2年前。以来、通院を続けている。

近年、多くの来院者で混雑する大病院は診療体制のスリム化と効率化を図るために受け付けや会計を機械化している。同附属病院は機械の操作に不慣れな高齢者のために、ボランティアが受付機や診療費支払い機の前で手助けをしている。

また厚労省は、プライバシー保護に配慮しながら医療や介護分野のICT(情報通信技術)の活用を加速させており、患者の診療データを管理する電子カルテは、400床以上の病院の7割以上に普及(同省の2014年調査)しているそうだ。

「3時間待ちの3分診療」といわれる診療体制の改革に異論はない。が、同附属病院の場合、検査のための採血(病状によってレントゲン撮影やMRIなど検査は異なる)、診察、会計ごとに受付番号票を受け取って順番待ちをする。当然のことながら各受付機から出てくる票番号は異なり、3桁か4桁の番号が印字されている。

数字に弱い私はコロコロ変わる番号を覚えられない。ポケットやバッグに入れた票の番号を何度となく確認して、電光掲示板に表示される番号と自分の番号とをにらめっこする。

人工知能の時代。一つの受付番号で会計まで一元化できないかと思うのは私だけではあるまい。定期的に首都圏の大病院に通院する知人女性は「受付番号は変わらないが、診察から支払いまでの流れが頻繁に変わるので覚えるのが大変」。効率的な外来診療の在り方が模索されているようだ。

番号は患者の個人情報保護の手段だ。だが電光掲示板に表示されても当人が現れず、アナウンスしても反応がないと、窓口の職員が「お名前で失礼します」と断った上で患者の氏名を呼ぶ場面は毎度のことだ。

超高齢化が進んで質、量ともに医療へのニーズが増大すると見込まれることから、厚労省は大病院と診療所の機能分担と勤務医の負担軽減を目的にした選定療養費徴収に踏み切った。紹介状を持っていない患者の初診の際に、診察料とは別に5000円以上の自己負担金(選定療養費)を徴収するよう大病院に義務付けたものだ。同附属病院は選定療養費を税込み1万800円に設定している。

自己負担は増えても「大病院信仰」は幅を利かせているようで、受診した今月15日の外来患者数は2400人を超えた。患者の大半が同伴者を必要とする高齢者。患者数の2倍近い来院者で院内はごった返す。外来診療システムの機械化は急務だろうが診察は血の通ったものであってほしい。(NEWSつくばスタッフライター)

《続・平熱日記》6 長女の結婚

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【コラム・斉藤裕之】昨年のクリスマスイブに入籍した長女。順序が逆なのですが、その結婚相手のご両親と初めてお会いする日がやってまいりました。長女夫妻が用意してくれたのは銀座の日本料理屋さん。

しかし、何しろヨレヨレの服しか持ってない私。スーツの所在も怪しく、ネクタイもろくに持っていません。さすがに、かみさんも心配の様子で、生まれて初めて洋服の量販店なるものに連れて行かれました。

どうにか、七五三よろしく、体裁を保つことができたところでいざ東京へ。

しかし銀座も変わりましたね。新しいビルは建っているは、人は多いはで、まさにお上りさん状態。でも、なんか妙な感じです。既に入籍を済ませてしまった長女夫妻。お相手のご両親とは初めてお会いするにもかかわらず、すでに親戚関係が成立しているわけです。

娘が伴侶を見つけたことで、今まで全く違う場所で違う生活をしていたあるご夫婦と親戚になるということが、なんとも不思議に感じられました。ともあれ、ご両親は穏やかでユーモアあふれる方々でほっと一安心。

しかし、長女の結婚を機に感じたことは、結婚や子供を授かるというのは極めて個人的な人生の縁であるということ。御上は、少子化対策として保育園をつくることや教育費を下げることを目指しているようですが、根本的には違うことのような気がします。

計算上では、将来いろんな面で不都合なことが起こりそうだということで、にわかに御上もうろたえているのでしょうが、こればっかりは成るようにしかならない。個人的、本能的、運命的な出来事ですから。

「先生、将来結婚できるかな?」との女子生徒の質問には、「大丈夫、世の中上手くできている。地球上の半分は男だから」と、常日ごろ答えていたのですが、そのコンセプトは「35億」というギャグにとって代わられてしまいました。

さて、苗字の変わった長女ですが、3月末まで今の職場で仕事を続けるとのことで、未だに我が家で暮らしていて、週末になると夫のアパートに通っているので、娘が結婚したという実感があまり沸かないのです。

因みに長女は保育士。今や売り手市場の業界で、4月から働く予定の東京の保育園の待遇にもにんまり。これは御上のおかげかもしれません。ともあれ、楽しい家庭を作られよ。お幸せに。(画家)

《邑から日本を見る》8 種子法廃止の愚 食の安全より米企業優先

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飯野農夫也の版画「憩い」

【コラム・先﨑千尋】この4月に「主要農作物種子法」(種子法)が廃止される。これは昨年の通常国会で政府が提案した廃止法案が可決成立したからだ。衆参両院の国会審議に費やされたのはわずか11時間半だった。

種子法は1952年に「国・都道府県が主導して、基礎食料である稲などの優良品種の生産・普及を図ること」を目的に作られた。同法により、各都道府県は、原種や原原種の生産、奨励品種の指定などを行ってきた。民間にも門戸を開いているが、地域の実態に合った息の長い品種の開発には試験場などの役割が欠かせない。本県にも農水省直轄の試験場や研究機関、県の試験場、研究所がある。

廃止の理由を農水省は、種子法が民間企業の参入障壁になっている、民間活力を活用するうえで種子法は邪魔な存在だというのだ。

実際には農家は高額な種子を買わなければならなくなることが懸念される。かつては野菜の種子は国産だったが、最近はほとんどが海外で生産され、しかも一代限りなので、農家は毎年買わなければならない仕組みになっている。

なぜ種子法が廃止に追い込まれたのか。2013年、日本がTPP交渉に参加した時、安倍晋三首相が訪米して日米並行協議が行われた。その協議で日本政府は遺伝子組み換え作物の販売で有名なモンサント社などの意向を汲み、日本の各省庁に検討させ、必要なものは規制改革推進会議に付託するというレールが敷かれ、種子法がやり玉にあげられたのだ。

種子法の廃止が推進会議のテーブルに載ったのは一昨年10月。国の審議会などを経ることなく、わずか半年という超スピードで法案が通ってしまった。

では、種子法の廃止が農家や消費者にどのような影響を及ぼすのだろうか。

昨年7月、山田正彦元農水大臣らが呼びかけ人となり、有機農家や消費者団体、農協組合長らが手を組み、「日本の種子を守る会」が発足した。守る会は種子法がなくなると、①公共財として守られてきた公共種子を守る制度がなくなる②種子が5倍から10倍の価格になってしまう③モンサントなどの米国企業に種子が独占されてしまう―などの問題点を指摘している。種子の価格が高くなれば当然農産物の価格も高くなり、自分たちはカンケイないということにはならない。

山田さんらは、日本の伝統的な稲作の原種、原原種の情報や施設の民間への提供が促進されることになり、私たちの命綱ともいえるコメが民間資本や外資に握られ、食の安全性が担保できなくなる、と訴えている。「エコノミスト」は、「種子はヘソのようなもの。普段はその存在や役割に思い至らないが、実は食物や農業の先行きを左右する要だ」(2017年11月14日号)と、警鐘を鳴らしている。(元瓜連町長)

《郷土史あれこれ》3 古文書と近現代文書の保存と運用

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亀城公園に隣接する土浦市立博物館

【コラム・栗原亮】近世江戸時代に村に残っている古文書は、きちんと残されていれば、1万点は下らないという。しかし、現実に残されている古文書は3千点を超えれば、1村に残る古文書としては多い方である。

江戸時代には、村の古文書は再生紙の材料として使われたり、花火の材料として使われたり、製茶の材料として使われてきた。明治期には「村には歴史がない」という考え方があり、研究の対象とはならなかった。その対象になったのは戦後である。戦後の動乱期を経て、村の古文書が研究者の目に留まり、近世農村史の研究が進展した。

戦後、地主制が解体されると、その凋落に伴って古文書が古本市場に出回り、多くが国文学研究資料館や地方の博物館に所蔵されることになった。農村文書だけでなく、旧大名家や公家の史料も放出され、これらが資料館や博物館に残されている。

茨城県では、県立歴史館、古河市立博物館、土浦市立博物館などに古文書が収集され、利用されている。これらの施設や個人蔵(公開を許可された史料)の文書がマイクロフィルム化され、写真版として公開されるようになれば、一般の関心も高まるのではないか。これらの古文書は、もともと残されていた古文書の何百分の一であろうが、きちんと保管して後世に伝えなければならない。

まず、国の「公文書館法」を見直し、自治体の条令を整備し、基本的な体制をつくることが先決である。日本では、近現代文書を扱う「公文書館法」と近世文書を扱う「博物館法」がきちんとしていない。茨城県では、県立歴史館が近現代文書と古文書を保管整理している。

現用文書を後世に伝え公開していくことは重要である。文書が進行中の行政を考える素材であることは言うまでもない。また行政を歴史的に検証するためにも必要である。現用文書が利用されなくなったら公文書館に移管し、後に使えるようにしていくべきである。

すべての史料を残すことは不可能に近いので、一定の基準に従って選別し、後世に伝えていかなければならない。現在の「公文書館法」は、元茨城県知事、後に参議院議員となった故岩上二郎氏が提唱、法制化したものである。

茨城県は、歴史館とは別個に公文書館条令を作り、県立公文書館を設立して、公文書館の模範県となるべきではなかったろうか。岩上氏の考えが生かされず、茨城県が先進県になっていないのは、歴史の皮肉である。(郷土史家)