【コラム・奥井登美子】「きょうは、スペイン風邪で亡くなった祖父の命日なの、できたら、お花あげておいてくれないかなあ」。義兄から電話。

千葉大学で外科医として働いてきた兄は、働き盛りのころは、土浦市内の病院からも頼まれて手術の執刀によく来ていた。92歳の今でも手先が超器用で、頭は冴えているし、家事もこなしている。昔のことをとてもよく覚えていて、私にいろいろアドバイスしてくれる。

今、日本全国でインフルエンザが大流行している。病院に行くと、「マスクをしましょう」という手製のポスターがべたべた張ってあるが、待合室でゴホゴホ咳を撒き散らしている人がいたりする。

せっかくマスクをつけているのに、正しくつけていない人も多い。マスクの上の針金は何のためについているのか、ぜんぜん解ってない人もいて、鼻がマスクから飛び出してしまっている。人混みと、病院の待合室に行く時は、マスクの下にもう一枚、濡れたガーゼを当てておくとよい。

インフルエンザの恐ろしさは、昔、姑からよく聞かされていた。姑の父は 茨城県の薬剤師第1号。明治28年、奥井薬局を創立した。しかし、大正8年に大流行した、いわゆるスペイン風邪のインフルエンザであっけなく亡くなってしまった。

長女の姑は、東京で外国人から英語を学び、将来はアメリカに行って研究者になるという夢があった。しかし、父の死で、やむなく夢を捨てて薬剤師になり、家を継ぎ、妹たちを育てたという。

祖父は中村万作氏を東京から招き、自分の姪と結婚。土浦に教会を作った。中村万作氏は、常に世界的視点を失わない大きな人で、長い間、奥井家の精神的な支柱であった。万作氏の娘、道子さんは医者になり、土浦協同病院に勤めていたが、沖宿出身の福田実さんと結婚してアメリカに行ってしまった。

この2人の長男のケイジ・フクダさんが今、WHOでトリインフルエンザの研究に没頭している。祖父の中村万作さん、父の福田実さん。ふたりとも世界的視野に立って人間を考えることのできる人たちであった。祖父と父の性格と意志を継いで、彼も世界を相手に、人類の未来に向かって仕事をしているのだ。

インフルエンザ、その他感染症の世界的な流行は、時に人間の歴史を変えることもある。(随筆家)