水曜日, 4月 9, 2025
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《続・気軽にSOS》6 弱点があるから強者になる

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【コラム・浅井和幸】遠い昔、魚の祖先が海で生まれたそうです。それらは背骨がないミミズのような生き物だったそうです。そのうち、強い魚と弱い魚が生まれます。弱い魚は、海から川へ逃げていきました。遥か遠くの川にたどり着き、まったく違う環境に適応するのにどれぐらいの困難があったでしょうか。想像を絶します。

その適応の過程で、弱い魚たちは、背骨を獲得します。ミネラルが豊富な海水と違う川の水。そこで暮らすには、ミネラルの養分を骨として体に蓄えておく必要があったのです。そして時がたつと、弱い魚たちの子孫の中でも、強い魚と弱い魚が出てきます。

弱い魚の子孫の中の弱い魚は、川から海に逃げ出すのです。そこで、もともと海にいた強い魚の子孫と鉢合わせすることになります。弱い魚の子孫の中の弱い魚たちは、強い魚の子孫たちとの生存競争をしなければなりません。

この直接対決、さて、どちらが勝ったでしょうか?それは、弱い魚の子孫の中の弱い魚でした。骨を持たない強い魚の子孫よりも、骨を持つ弱い魚の子孫の中の弱い魚の方が、素早く力強く泳げたし、強い顎を持っていたのです。いつの間にか、強いと弱いが逆転していたのでした。

逃げること、少しずつ力を蓄えることを、私たちは嫌います。日頃の積み重ねよりも、一発逆転のきっかけを求めてしまいがちです。失敗を重ねて弱気になり余裕がなくなるほど、全ての問題を解決する大きな一つの出来事を待ちます。

「白馬の王子様が現れるのを待つ」「ある日、ヒーローとして目覚める」「一つの施設や病院だけにすべてをゆだねる」「自分のパートナーの性格が変わることだけを待つ」「実力に見合わない難しい資格試験を受ける」など、枚挙に暇がありません。

きっかけは、日ごろの積み重ねが無ければ、きっかけにすることは出来ません。きっかけに出来るだけの、実力や環境を整える必要があるのです。積み重ねが出来たら、弱い自分が、積み重ねを忘れた強い対象に打ち勝つことも出来るのです。

そのためにも、ほんの些細な積み重ね、成長を喜べる気持ちが大切です。現状に喜びを感じたうえで、現状維持ではなく少しの良い変化に喜べるようになりましょう。もちろん、現状維持が良い、過去の栄光を考え続けるのが良い、過去の嫌なことを考え続けることが良いという価値観を持っているのであれば、それは各々の生き方なので他人が文句を言う筋合いのことではありませんので、自由にその道を選択すればよいのです。(精神保健福祉士)

《泳げる霞ケ浦へ》3 ロシア美人からの年賀メール

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地図上のイタリア・トラジメノ湖

【コラム・霞ケ浦市民協会】昨年の12月26日、「Happy New Year !!!」のメールが届いた。ロシア・サンクトペテルブルクからである。毎年楽しみにしているメールだが、初めて届いたのは2014年。その後、この発信者=ロシア美人から年賀メールが届くようになった。

きっかけは、2014年9月にイタリアのペルージャで開かれた第15回世界湖沼会議(WLC15)。私は霞ケ浦市民協会を代表し、口頭発表の任を持って参加した。発表は開会式後最初のセッションだったので、緊張を強いられたのは飛行機の中も含めて初日まで。

発表までは、準備以外何も考えられない日々が続き、イタリアへ連れて行ってもらったというのが正直なところ。そのため発表後は気分がリラックス、興味あるセッションを聴講しながら、イタリア料理を食べ、WLC15を楽しむことができた。

私は茨城県参加者団体の一員だったこともあり、移動手段やホテルなどの手配は不要で、発表に専念できた。湖沼会議には、開催地周辺の湖を視察する「フィールドトリップ」が必ず付いている。霞ケ浦のことを考える上で、他地域の湖視察は参考になる。イタリア2度目のWLC15では、トラジメノ湖が視察先だった。

この湖は、面積124km2(霞ケ浦は220km2)、平均水深4.5m(同4m)、最大水深6.5m(同7m)で、霞ケ浦とよく似た形をしている。霞ケ浦との違いは、湖内に島が3つあること。その中で最も大きな島へは定期航路があり、昼食はそこでとることになっていた。

島では写真を撮りまくった。視察グループの中に美人がいたので、撮影の承諾を求めると気軽にOK。勇んで撮ると、写真を是非送ってほしいと頼まれた。これがロシアからメールが届く端緒になった。

トラジメノ湖には、規模は小さいが遊べる砂浜、泳げる場所があり、付帯施設も整っていた。夏には多くの客が集まると推察された。今後、霞ケ浦にもほしい機能である。今年10月、茨城県でWLC17が開催される。海外からの顔見知りと会えるのを楽しみにしている。(滝下利男・同協会理事)

《つくば道》3 百貨店は何処へ

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昨年2月末撤退した西武筑波店が入っていたTXつくば駅前の商業施設クレオ

【コラム・塚本一也】昨年、西武筑波店が閉店し、今年1 月末には隣接しているイオンつくば駅前店が閉店します。ここ数年、百貨店業界全体の売り上げが伸び悩んでおり、特に地方店舗の売上減少は著しく、近隣の柏そごうも閉店しました。

柏そごう閉店の原因につくばエクスプレス(TX)沿線のSCへの顧客流出も挙げられますが、西武筑波店はTXの拠点駅に構える店舗であり、TX開通後も売り上げが伸び悩んだ背景には別の原因があるのではないでしょうか。

しかも、つくば市はTX開通後の10年で人口が3万人以上も増えており、現在のつくば駅の1日乗客数は1万9千人ぐらいです。これはJR常磐線の土浦駅や南千住駅よりも3千人ほど多い数字です。TX沿線で西武筑波店は都内を除く唯一の百貨店にもかかわらず、そのメリットを生かし切れなかった原因はどこにあるのでしょうか。

まず、つくば駅は地下駅であるため近隣店舗への誘導は地下からのアプローチが有力です。しかし、TXが取り入れている先進的なユニバーサルデザイン(バリアフリーを広く一般的に適用した設計手法)の設備は改札を出たところでその仕様が途切れています。地上へのエスカレーターとエレベーターが備わる出口は5カ所のうちA3番出口のみです。ここは西武筑波店からも一般車両の乗降場からも遠いところです。

さらにTXの改札から百貨店までの距離が長いので、平面移動にも工夫を凝らさなければ鉄道利用者を帰宅前の買い物客として呼び込むことはできません。昨今の百貨店事業において集客力のある店舗は食料品店街、いわゆる「デパ地下」です。JR東日本が成功させたエキナカビジネスでは、駅構内にデパ地下を造るのではなく「デパ地下に駅を造る」という全く逆のコンセプトで駅構内を設計しています。

デパ地下で客を集め、収益力の高い婦人服で利益を上げるのが百貨店事業の基本と言われています。さらにテナントやショップも目玉となる店舗をどう配置するのかという、いわゆるテナントリーシングが重要な鍵になります。鉄道利用客の移動負担を構造的に解決し、百貨店本来の洗練された魅力ある空間と客を楽しませる店舗配置、そして何よりも百貨店ならではのハイセンスで高級感のある品ぞろえと質の高いサービスを客は求めているのです。

今後、どのような店舗が入居しようとも、TXが地下で接続している以上、つくば駅周辺の主要な建物は地下駅からのアプローチを考慮した設計にすべきであろうと思います。さらに駅周辺に回遊性を持たせ、楽しさを追求したハード面の整備を行うなど、抜本的な都市計画の見直しも必要になるのではないかと思います。つくば駅周辺の官舎跡地も含めて、将来を見据えた大規模な再開発に取り組む時期に差し掛かっているのではないでしょうか。(大曽根タクシー社長)

《くずかごの唄》6 落語家になりそこなった哲学者

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【コラム・奥井登美子】日仏会館へ行くには、恵比寿駅を降り、ガーデンパレスの中を5分ぐらい歩く。帰りに、恵比寿ビヤホールで一杯やるのも、同館で開かれる行事の後の楽しみだ。辰野高司氏(故人、東京理科大教授)が日仏薬学会会長をしていたとき、同会の事務長をしていた亭主は、昔の思い出のぎっしり詰まった日仏会館が今でも大好きだ。

昨年12月に開かれた「日仏会館科学シンポジウム」の講師の1人に実弟の加藤尚武がいた。テーマは「科学の社会的機能」。哲学者が科学者の前で科学を語る、いったいどういうことを話すのだろう―。

弟は京都大教授の後、鳥取環境大の学長になり、最後は東大医学部で医療倫理学の講義をしていた。現代の哲学者は、机の前に座って本を読んでいるだけでは勤まらないらしい。環境問題だけでなく、医療問題までもが倫理学の範疇に入っているから、頭の中の整理も大変と思う。

「その最初の事例は集散論であります。…存在するとは集まること、無になるとは散らばること…という思想は、紀元前4世紀、インド、ギリシャ、中国、イスラエルに現れて、アニミズムを否定しました。望遠鏡は、天体が霊体でないことを証明しました。顕微鏡によって、肉眼で見えない微小生物が見えるようになり、1890年代、病原体説が確立しました。そこで、感染症の予防と治療が可能になったのです」

「インターネットは、世界中の個人があらゆる情報を共有する可能性をつくりだしました。しかし、情報の相互淘汰が情報の質を高めるという理念は、完全に裏切られました。情報の量は限りなく増大し、合意の質が低下しています。科学的合理性が衰え、非合理性がはびこれば人類は荒廃します」

弟の講演を聴きながら、突如、彼が中学生だったころ、落語家になりたくて、なりたくて、毎日毎日、下手な落語を聞かされたことを思い出してしまった。

パワーポイントがうまく接続出来なかったため、言葉が重要になってくる。そのせいか彼の講演は、言葉の一つ一つを、かみ締めるように語る。その調子とテンポが、まるで落語そのものなのである。「新作落語を聞くような感じだわ」「ほんとそうだ」。亭主も友達も、弟に「落語家」を感じたという。哲学と落語の間に何かあるのかも知れない。(随筆家)

《土着通信部》5 霞ヶ浦のユーグレナは今

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雨上がりの河川敷、水たまりに浮かぶ油膜の正体は?

【コラム・相沢冬樹】ユーグレナといえば、健康食品、サプリメントに注目の素材。ビタミン、ミネラル、アミノ酸、不飽和脂肪酸など多数の栄養素を持ち、栄養価も高いと謳う。大手薬品メーカーからベンチャー企業まで参入して活況を呈している。

その名を初めて耳にしたのは、霞ケ浦で世界湖沼会議が開かれた1995年ごろだった。目にしたのは、川の淀みや水たまりにできる油膜の広がり。車のオイルやら機械油が漏れ出したみたいだが、藻類の一種ミドリムシが発生しているという。

霞ケ浦がアオコに悩んでいた時期だから、新手の脅威かと警戒して調べると、学名をユーグレナという古い原始生物だった。0.05㎜ほどの単細胞生物で、外形は鞭毛(べんもう)を持つ動物だが、細胞内に葉緑体を持って光合成する。植物とも動物ともつかぬ共生体である。

ユーグレナは環境中の二酸化炭素を吸収し、水を分解して酸素と糖を作りだしてエネルギー源にしている。暗闇など光合成を絶つ環境に置くと、体内に蓄積した糖分を脂肪に変えることでエネルギーを生み出そうとする。この脂肪分が良質の燃料となるということであった。

循環型社会の形成が叫ばれ出した90年代、湖沼会議でもバイオマスという考え方がしきりに強調された。そのなかにユーグレナから作るバイオ燃料もあった。つくばの研究者らは霞ケ浦流域の河川やため池でユーグレナを探し回り、原株を採集した。培養して油を効率的に回収できれば、農地を油田に変える技術になるといい、後には代替航空機燃料としても有望視されるようになった。

雨上がりに桜川の河川敷などを歩くと、今でも写真のような生息環境を目にできる。雨天、曇天で光合成が阻害され、しみ出た油膜が水たまりに浮かぶ。下地の赤茶色は、脂肪分を排出した藻の残滓(ざんし)が折り重なったものだろう。油分の出どころには緑色の藻が色濃く群生している。

食えない見た目だが、その食品機能性がクローズアップされるに従い、バイオ燃料への熱気は急速に冷めた。ベンチャー企業の立ち上げやら産学官協同での企業化などのニュースはあっても、再生エネルギーや航空産業などで利用や実用に至ったとは寡聞にして知らない。つくばでも、四半世紀の間に産総研のバイオマス研究グループは西日本に移り、筑波大学は同じ藻類でもボトリオコッカスやオーランチオキトリウムの培養に研究をシフトさせている。

ユーグレナは微生物のなかでも増殖のスピードが遅く、量産技術の確立にメドがたたなかったらしい。循環型社会の形成を旗印に、汚泥や間伐材処理のバイオマス事業が各地でさかんに立ち上がったが、これまで座礁や空中分解ばかりが続いた。枕を並べての討ち死にの列にユーグレナ燃料も加わった。

2018年10月の第17回世界湖沼会議でも分科会「流域活動と物質循環」でバイオマスが取り上げられる。2回の会議の間の検証は行われるのだろうか。(ブロガー)

《吾妻カガミ》22 増える「年賀状は今回が最後」

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釣りをする少年と子犬像(霞ケ浦総合公園、初日の出前)

【コラム・坂本栄】もういい歳だし仕事からも遠のいたので年賀状は今年を最後にしたい。今年はこういった趣旨の年賀状が多かった。1、2年前から目に付くようになり、自分も友人もそんな歳回りかと思っていたが、今年はグンと増えた。中には、年1回のコミュニケーション手段の年賀状を止めても、フェースブック(FB)でコンタクトできるという友人もいたが…。

古希を過ぎた団塊世代の退場(私は団塊走りの1946年生まれ)。コミュニケーション手段の進化(FBや電子メールの普及)。無駄な形式儀礼の廃止。理由はいろいろと思うが、年賀状の総量は確実に減っている。㈱日本郵便が今年の年賀状料金を据え置いたのは、ハガキ売り上げの急減を避けたかったからだろう。

でも、これまで年始の挨拶はメールだったのに、年賀状に切り替えた友人もいた。なぜなのか聞くと、メールだと書き過ぎてあまり読んでもらえない、それに新しい試みと思っていたことが普通になってしまった、と。上の指摘とは逆の流れであり、これはこれで面白い。もちろん頑固なメール派もいて、キャパシティに制約がないせいか呆れるほど長い。

年賀状 いくつかの類型

ハガキ派はいくつかの類型に分けられる。多いのは「形式化した儀礼」そのものの年賀状。年に一度、友だちの記憶を呼び起こすことはできても、52円がもったいない。次に多いのは、儀礼の文言+手書きの一言。このスタイルは、儀礼型よりも呼び起こし効果は大きい。

 メディアという仕事柄、政治・経済・国際問題についてコメントするコラム派もいる(私もその1人)。この型の人は、何か発信したくてうずうずしているから、年賀状というコミュニケーション手段を放棄することはない。㈱日本郵便にとってはいいお客さんだ。

数は少ないが、身辺のことや思い出などを小さい文字で記してくる友人もいる。縦15㎝×横10㎝のハガキにプライベート情報が詰まっているので、読んでみたくなる。メールだと、文字過多は読むのが億劫(おっくう)になるが、150平方㌢に詰め込まれた身辺雑記には引き込まれる。

伝達手段 それぞれの特性

ハガキにしろ、メールにしろ、HP(ネット時代のソーシャル・ネットワーキング・サービスのひとつ)にしろ、コミュニケーション手段が拡がるのは楽しい。古いツールも新しいツールも、それぞれの特性を引き出しながら(あるいは逆手に使いながら)、新旧の伝達手段を使い分けると面白い。

きょう15日から後期授業が始まる。年賀状によるアラウンド70との間接会話から、講義を通じたアラウンド20とのコンタクトの世界に戻るわけだ。一気に半世紀もタイムスリップすることになる。(大学兼任講師)

《食う寝る宇宙》5 年末ロケット

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【コラム・玉置晋】僕の仕事は衛星が健全に働いているのかを診断すること。姿勢は安定しているか?適正な電力は得られているか?宇宙放射線により障害が起きていないか?―などをみています。ありとあらゆるデータから衛星の状態を想像するのです。データに数理的な処理を施し、見えないものを見る。心眼を要する職人技です。宇宙天気アナリストとしての僕も、今はこの仕事の枠組みの中にいます。近い将来どう展開していこうか悩み中。

宇宙を飛んでいる衛星は、お日様の当たる部分は100℃、影の部分は-100℃の温度地獄、ヴァン・アレン帯(磁場の放射線帯)や太陽放射線や銀河宇宙線による放射線地獄―など、地上より大分過酷な環境にさらされています。近年はスペースデブリ(宇宙ごみ)が飛んでくれば、スラスタ(ロケットエンジンなど)を噴いて回避しないといけないこともあります。SFみたいですが、これがリアルな宇宙の状況です。そこは、夢やロマンの世界ではなく、インフラを維持する仕事の一つなのです。

現代社会において、衛星が使えなくなったら、どこまで私たちの生活に影響が出てくるのか。GPSが使えなくなったら、方向音痴の私は行きたいお店にたどり着けずに妻に怒られるだろうとか(あれ?そんな程度か?)。うん、衛星がなくたって、生きてはいけます。だって100年前は衛星がなくたって社会はまわっていたのですから。

現代社会は、知らないところで相当に宇宙インフラに依存してしまっています。安全保障分野しかり。より専門的、精密なことを対象としている領域で深刻な影響を受けます。そして、じわじわと私たちの生活にも影響が出てきて、「これは大変だ」となると想像します。これは宇宙開発の意義にも関わる話なので、いつか学生たちと議論してみたいです。

僕の年末はなかなか忙しかったというか。クリスマス前に人工衛星の打ち上げがあり、夜勤で衛星運用室につめていました。宇宙の天気も地球の天気も問題なく、ロケットは時間通りに打ち上げられました。ロケットの打ち上げは、延期されることも多々あります。今回の打上げは12月23日でした。クリスマス直前です。延期の可能性もあったため、予定を入れられないじゃないですか。その為、修羅場を迎えた若者がいたとか、いないとか。彼らの犠牲のおかげで(?)打ち上げは成功しました。感謝。

実は僕、ロケットの打ち上げを生で観たことないのです。なぜかというといつも仕事でつくばの運用室にいるから。いつか観に行ってみたいです。仕事じゃなくて、プライベートでね。(宇宙天気防災研究者)

《地域包括ケア》3 県の事業は介護保険に出し抜かれた

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【コラム・室生勝】1990年代は県南地域に活気があった。91年6月から始まった月例「つくば医療福祉事例検討会」は40~50名の参加があった。市職員は部長はじめ保健師を含め10名余、開業医数名、病院医2~3名、病院看護師10名余、病院リハ職数名、福祉施設職員20名余、社会福祉協議会(社協)職員数名が集まった。「県南医療福祉交流会」も年々、土浦市、つくば市、牛久市、阿見町から、さらに隣接市町村からの参加者も増え、高齢者地域ケアへの関心が高まった。

94年度から、県内全市町村の社協が「県事業・地域ケアシステム推進事業」を担当、コーディネター1人を配置して始まった。つくば市では相談があった高齢者や身体障害者の事例を月1回検討会議を開きケアプランを作成、ケアチームを編成して支援に当たった。会議出席者は市医師会、市立病院医師、各訪問看護ステーション、各福祉施設、民生委員、各在宅介護支援センターなどの代表、保健福祉部、社協、高齢者福祉事業団などの職員であった。

検討会議には、事例に関係する圏域の各職種の実務者が集まった。限られた市の高齢者サービスや社協サービスに地域住民のボランティア活動を加えてケアプランを立てた。社協のホームヘルパー、特別養護老人ホームのデイサービス、ショートステイの在宅福祉3本柱はなかなか受け入れられなかった。一方、社協の宅配食事サービスは1人暮らしや高齢者夫婦世帯によく利用された。

ケアチームの民生委員、老人会世話人、区会班長、住民ボランティアなどの友愛訪問や見守りは比較的受け入れられた。それは地区担当の社協職員や保健師の支援があったからだと思う。すでに社協では月1回のふれあい型食事サービス(7月、8月を除く)を実施していたし、保健師は82年の老人保健法による各保健センターでの健診と訪問指導などの地域に密着した活動で住民に親しまれていた。

厚生省は、この事業が始まる数年前の89年に高齢者保健福祉推進10カ年戦略(ゴールドプラン)を策定、90年に福祉関係8法を改正し、94年には新ゴールドプランを立て、「在宅介護支援センター」を法制化した。

茨城県としては、厚生省が矢継ぎ早に出す施策は県事業が目指すことと基本的には変わらないし、多くの市町村も県の指示通りにこの事業を進めてればよいと考え、市町村の保健福祉医療関係者も初めての事例検討会議、ケアプラン作成、ケアチーム編成などで忙しく、ともにシステムづくりの余裕がなかったと思う。

各市町村はケアチームづくりに取り組んでいるうちに、97年暮れに介護保険法が制定され、2000年の介護保険制度発足の準備に入ってしまった。肝心の地域ケアシステムづくりにすっかり出遅れてしまった。(高齢者サロン主宰)

《宍塚の里山》6 里山の冬の野鳥①

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ルリビタキのメス。撮影はyamasanae

【コラム・及川ひろみ】宍塚の里山、今の季節、林も芦原も小鳥達がとても賑やかです。雑木林は葉が落ち、小鳥たちが木から木へと渡って行く姿が肉眼でも捉えられます。小さな白い体に長い尾のエナガ(ひしゃくの柄に見立て、尾を柄と呼びます)は、アクロバットさながらの軽業で隠れる虫を探しながら、細い声でチーとかツリュリュと鳴きながら林を渡って行きます。

エナガに続きシジュウカラ、ヤマガラ、メジロ、コゲラなどの姿形の違う小鳥たちが立て続けに現れ、通り過ぎるのもこの季節ならではの光景です。この姿はアシ原でも見られます。これらの小鳥以外にもツグミ、シロハラ、アカハラ、カケスなど、少し大型の鳥達が見られるのもこの季節ならではのことです。

特に注目は、小鳥やカケスなどの鳥たちが、賑やかに鳴き騒ぎたてることがあります。そんな時には、しばらくその場でじっと様子を見ましょう。彼らを襲う猛禽類が潜んでいることがよくあるからです。タカやフクロウに襲われまいと、小鳥たちは「そこに隠れているの、分かっているよ」とでも言うように、騒ぎ立てます。しばらくすると、根負けした猛禽類がよく姿を現します。オオタカ、ハイタカ、フクロウなどを見るチャンスです。

ジョウビタキ、ルリビタキも里山でよく見る冬の小鳥です。ルリビタキは成熟したオスは瑠璃色でとても美しい小鳥、「幸福の青い鳥」の話に出てくるような小鳥です。ルリビタキはジョウビタキより少し暗い林がお好みです。どちらも実はとても好奇心が旺盛な鳥で、林近くで作業をしている時など、すぐ近くまでやって来て、「何をしているの」とでも言いたげに首を傾げたり、尾を振ったりするのが見られます。

冬季、里山にはどうしてたくさんの野鳥が見られるのでしょうか。鳥は冬も餌が必要です。一見枯れた草のように見える枯草も、よく見ると種がたくさんついています。シードイーター(種を食べる小鳥)と呼ばれるホオジロ、アオジ、カシラダカ、ベニマシコなどが多く見られるのは、草の種・木の実が豊富なためと思われます。また小さな昆虫を食べるカラの仲間や、キツツキの仲間、ツグミの仲間は落ち葉の下や木々、草に巧みに隠れる生き物を捕える姿をよく見ます。

若いころ、「冬鳥を見る」と謳った公民館の集いに参加しました。野鳥の専門家と貸し切りバスで笠間方面の少し高い山に向かいました。寒い山中をうろうろ歩きまわりましたが、全く小鳥を見ることができませんでした。小鳥にとっては平地の里山の方が冬をやり過ごしやすいことが伝わってきました。しかし、特に初めて冬を迎える若いフクロウやタカ、小鳥にとっては、狩りやエサ採りが充分上達していないこともあり、冬はなかなか厳しい時期でもあります。(認定NPO法人「宍塚の自然と歴史の会」理事長)

《映画探偵団》3 つくばの中心にあるもの

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【コラム・冠木新市】つくば市の中心は、長方形のつくばセンター地区である。さらにセンター地区内の中心地は、複合施設センタービルの楕円型の広場となる。岩の崩れる廃墟のイメージで造られた広場には色々な仕掛けが施されている。その一つに、広場を2階から見下ろすと、“霞ケ浦”の形が隠されているのが分かる。またY字形の“霞ケ浦”の左先端部から一直線に延びた所に、水が流れ落ちる窪みがあり、実はその“水たまり”がつくば市の本当の中心なのである。

ロシアの映画監督アンドレイ・タルコフスキーに『ストーカー』(1979年)というSF作品がある。隕石が落ちた場所が“ゾーン”と呼ばれ、そこに足を踏み入れた者は2度と戻って来られず、立入禁止地域となっている。そのゾーンに、貧しい労働者の「ストーカー」が、「作家」と「教授」を案内して旅するという物語である。この作品、SFといっても特殊撮影は使用せず、緑豊かな自然の景色の中で話が進行するため、きわめてリアルな印象を受ける。

3人は、ゾーンにある人間の願いごとを叶える“部屋”をめざす。途中、「ストーカー」は、「作家」と「教授」の身勝手な言動に悩まされながら、廃墟跡にある目的の“部屋”に到着する。しかし、“部屋”を前にして連れの2人は尻込みする。2人は、自分の思い描く願いが叶うのではなく、自分の無意識の思いの方が実現してしまうと知り、急に恐れを抱いたからである。3人が目前にした“部屋”には“水たまり”があるのみだ。

ゾーンから戻った「ストーカー」は妻に荒々しく語る。「今度ばかりは疲れた。苦しかったよ。あんな作家や学者ども、何がインテリだ」「自分を売り込むことしか、奴らは考えていないんだ。考えるのも金ずくだ。それで妙な使命感を持ってやがる。あんな浅知恵で何が信じられるものか」「一番恐ろしいことは、誰にもあの“部屋”が必要ないことだ」。

平成29年12月号「広報つくば」に、市民意識調査の結果が載っている。それによると、つくば駅周辺のにぎわいに「不満を持っている人」は43.6%、「満足している人」は41.1%だ。「つくば駅周辺の活性化のために必要な取り組みは」の問いには、商業施設の誘致が28.7%(平成27年は8.7%のため20%上昇)と、一番高い回答になっている。結局、商業施設頼みになっている。今のところは。

私は思う。センター広場の“水たまり”が、映画『ストーカー』の願いごとを叶える“部屋”の“水たまり”だったら、と。つくば市民は本当に中心地区活性化を望んでいるのだろうか。一番大事なことは、いや必要なことは切実なる思いではないかと。そう、私は団員たちに語りながら、私自身は「作家」と「教授」の立場か、それとも「ストーカー」の立場かと自問していた。心の底の“水たまり”には何があるのだろうか。サイコドン ハ トコヤンサノセ。(アートプロデューサー)

《好人余聞》3 「田舎の学生生活から」 小林茂さん

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小林茂さん

【コラム・オダギ秀】人生という旅の途中で出会った人たち、みんな素敵な人たちでした。その方々に伺った話を、覚え書きのようにつづりたいと思っています。

屈託のない笑顔が、この人を包んでいる。小林茂さん、74歳。仕事は既にリタイアしているが、写真を撮ったり、スキーをしたり、以前勤務していた保険会社の仕事を手伝ったり、毎日忙しそうだ。

「人と触れ合うのが楽しくて仕様がないんですよ。私は東京巣鴨の生まれで、育ちも紛れのない都会っ子なんですが、大学が福島で、田舎の寮生活をしました。それが影響してるんだと思いますよ」

どうしてそんなにニコニコなのかと訊ねると、小林さんは語り始めた。

東京で生活していた小林さんなのだが、たまたま福島大学の試験が東京であった。それで、何となく受けちゃったと笑う。

「受かったので、福島に行くことになった。入学式に初めて、親爺と福島に行きましたよ。それから寮に入って4年間、貴重な生活を送ったんです」

東京生まれ育ちの小林さんは、青春の真っただ中に、都会生活とは違う、田舎の団体生活を過ごすことになった。

「1学年140~150名しかいない。田舎ですからね。他に大学なんてないから、地域の人たちも優しくて。何をしても、大学の学生さんがやったんだからって、大目に見てくれる。映画の看板を寮に持って来ちゃったり、酒飲みに行って払わず帰って来ちゃったり。楽しかったなあ。経済学のゼミも、5、6人でしたよ。寮では6畳に3人。着る物も共用してました。ずっとボート部もしてました。太鼓の合図で食事です。早く行かないとなくなっちゃう、なんて生活でした」

だから、と小林さんは真顔で言った。

「自分では何がどう影響しているか判らないんですが、他人と接することには、まったく抵抗がなかった。卒業して営業の仕事に就きましたが、ちっとも苦にならなかった。田舎での団体生活は、善し悪しではなく、私の人生に、たくましさや積極性をもたらしてくれた。最高の財産をくれたのは確かだと思いますよ」

小林さんは、また笑顔を見せた。どんな生活も人も事も、笑顔で見るのが一番ですよ、と言っているように思えた。(写真家)

《続・平熱日記》5 思い出の犬たちのこと

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【コラム・斉藤裕之】決して愛犬家というわけではないのですが、気が付くと人生の半分ぐらいは犬と共に暮らしてきてきたことになります。まず記憶の彼方にロリという犬がいたと思います。それから小学生の頃、近所の食料品店「さかい商店」からもらわれてきたのがチワワとの雑種ぺス。賢い犬でしたが、体のわりに大きな子供をはらんでしまいなくなりました。その頃はまだ野良犬が結構いましたから。

暫くして、酔っ払って帰宅した父の上着から顔を覗かせたのがレオ。とんかつ屋の白梅からもらわれてきた血統書付き。まあ犬というのは基本的にすべからく雑種であると思っていますが、友達に言われてシーズーという種類であることがわかりました。しかし、そんなことはお構いなしにバリカンで毛を刈っていたので、奇妙な面持ちの犬となっていました。このレオは定刻になると近くのスーパー「ワイマート」の精肉コーナーのバックヤードに出かけ、日がな一日過ごし、夕方になると帰って来るのが日課でした。

さて時は経ち、私にも家族ができて子供たちがまだ小さかったある日。我が家に迷い犬がやってきます。大人しいシープドッグでしたが、汚れていたので洗ってやりました。数日して数軒先の犬だとわかり無事ご帰宅。しかしながら、短い間に子供たちは情が移ったようです。

そこで、丁度クリスマスが近かったこともあって、かみさんが里親探しの団体から譲り受け、プレゼントとしてやってきたのがマルロー。この名前、マスクという映画に出てくる犬の名前からかみさんがつけたのですが、マイヨーが正しいということが後に判明します。このマルちゃんはやんちゃなところがありました。ある霧の濃い朝田んぼを散歩しているときに、霧の中に忽然と消えていき、数日後20㎞も離れた場所で保護されたことがありました。また野ウサギをくわえて意気揚々と帰ってきたことも。

それから、今の家にやってきたのがフーコです。かみさんの友人宅で生まれたビーグルとの雑種で、生まれつき顔の左側の筋肉が緩くよだれが垂れています。とても大人しいメスで、マルちゃんとの相性も良く、暫くの間仲良く暮らしていました。アンドレ・マルローとミッシェル・フーコー。なかなかハイソな2匹。数年前マルちゃんは天寿を全うし、今はおばあちゃんになったフーちゃんがストーブの横で静かに寝ています。

というわけで、都合20年近く、旅行も行けず犬と暮らしてきましたが、おかげで早起きになり、小さな絵を描き始めるようになりました。そして、今でも最も身近なモデルでもあります。さて、正月を我が家で過ごした戌年生まれの次女も仕事に戻りました。平成30年、戌年が良い年になりますように。(画家)

《邑から日本を見る》7 静神社の古文書を解読

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静神社文書表紙の一部

【コラム・先﨑千尋】私が住んでいる那珂市静に常陸二の宮静神社(齋藤隆宮司)がある。そこで昨年12月に『常陸二の宮静神社文書上巻』を発行した。私が同神社総代の時に「神社に関する古文書を翻刻して、研究者や歴史に関心がある多くの人に読んでもらおう」と提案し、5年の歳月をかけてやっと発刊にこぎつけた。

同神社の創建は古く、奈良時代に書かれた「常陸国風土記」に出てくる倭文織(しづおり)を織っていた倭文部(しどりべ)を祀ったと伝えられている。倭文織は、現在では紙の原料となっている楮の皮を糸にして織ったもので、常陸と駿河の二国から貢調されていた。平安時代には鹿島神宮に次ぐ常陸二の宮とされた。

江戸時代には水戸徳川家の加護を受け、百五十石の朱印地を与えられ、代々水戸藩の祈願所とされていた。

今回の上巻には、同神社などに伝わる古文書51点を、東海村古文書を読む会(河本紀久雄代表)が解読し、それを収録した。その中には、徳川家康、家光など歴代将軍の朱印状、徳川光圀など歴代水戸藩主の参拝や祈祷の記録、太田鋳銭座(いせんざ)の打ち毀しなどの史料も含まれている。

編集と解説は那珂市編さん専門委員の高橋裕文さんが当たった。

解説には、60頁にわたって古代から明治に至るまでの同神社の歴史や光圀の社殿造営、年中行事、平磯村(現ひたちなか市)磯崎への神輿磯出神事、幕末の那珂湊打ち毀しなどが詳しく書かれている。さらに、年表と古代中世の同神社周辺の塩の道の地図も付されている。奥付には、国の重要文化財である静神宮印が実物大で掲載されている。

表紙カバーには、岩手県奥州市で最近発見された「常陸名所図会屏風」の内の静神社社殿と神社前のにぎわいを表わした絵が使われ、興味をそそる。

私は今回の発行の言い出しっぺになったが、瓜連町長時代に倭文織のルーツ調査を行い、幕末に水戸藩士の加藤寛斎が編んだ「常陸国北郡里程間数の記」の瓜連町部分の翻刻本を出した。今回の出版で同神社に関する史料が全部揃ったことになる。記録を秘蔵せず、活字にして後世に残し、さらに多くの人に見てもらうことが私たち関係者の役割だと考えてきたので、ホッとした気分でいる。そして、これまで明らかになっていなかったこの周辺の古代から江戸時代までの歴史の研究が進んでいくことを期待している。

上巻は400部限定で、頒価2,000円。B5判393頁の大冊。問い合わせは同神社社務所(電話029-296-0029)へ。下巻は現在編集作業中で来年3月末発刊予定だ。(元瓜連町長)

《続・気軽にSOS》5 もったいない

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【コラム・浅井和幸】私は、相談中に「もったいない」と言う事が多いです。相談室に来た来談者が、物を粗末にしているのではなく、目的に反した習慣に対しての言葉です。幸せになりたいのに、不幸になるための言動を習慣化していることを、私はもったいないと表現します。

楽しく過ごしたいのに、苦しむ方向性の言動を習慣化している人は、多くの真面目な人が陥っていることです。悪循環に陥っていると感じたら、まさにこの状態です。

例えば、仕事のやりがいやうれしい事、達成感を味わうようにしているつもりが、仕事の嫌なところ、嫌な人、つらい事ばかりを考えてしまう。場合によっては、休日まで、解決方法ではなく、嫌な事柄ばかりを繰り返し思い出し、予測している。

うつ病で休職するまで追いつめられた人だけに限らないと思います。嫌いな人、尊敬できない人の評価を気にし過ぎてはいませんか?

人前に出る職業のある人が、生活や自分の仕事に影響がない巨大掲示板サイトの悪口を見に行っては、落ち込むのを繰り返す。むしろ、この落ち込みのせいで、仕事に支障が出るという悪循環です。

仕事の進み具合や給料に響くという事であれば、嫌いな人を気にする必要が少しはあるかもしれません。褒め言葉ばかりでなく、批判的な言葉も参考になることもあるでしょう。しかし、自分自身が嫌いな人や尊敬できない人からの評価が上がっても、むしろストレスが上がることが多いものです。

それよりも、自分自身が好きな人や尊敬できる人、大切にしたい人からの評価を上げるようにした方が生活にプラスになるはずです。

「人は誰とでも仲良く、良い関係でいなければいけない」という素晴らしい教えに縛られ過ぎてはいないでしょうか。その素敵な常識にとらわれ過ぎることで、自分自身が好きな人、尊敬している人、大切にしたい人をないがしろにしていないでしょうか。

自分の大切にしていること、目的を、もう一度、思い出してみてください。まずは、時間も、お金も、人間関係も、その他のしがらみも全てないという状況で考えます。「魔法が使えたら」とか、「何の足かせもないとしたら」とかに応える方法でも良いでしょう。「宝くじが当たったら」でも良いかもしれませんね

そして、それを達成するための、今すぐできる簡単なこと、些細なことを試します。ここでは、「大金があれば」とか、「スーパーマンのような力があれば」とか、「権力があれば」とかを考えるのは無しです。1円ずつ、わずかな腕力で、身の丈の人間関係で進んでいかなければいけません。

私たち凡人は、自然に身を任せて流れて行けば幸せに生きられるという境地には、なかなかたどり着くことが出来ません。それでも、人生の選択権を放棄しないでください。自分で優先順位を決め、少しずつでも良いから、創意工夫、試行錯誤を繰り返すようにしましょう。

1人では難しいのであれば、周りの信頼できる人に手伝ってもらえば良いのですから。(精神保健福祉士)

《光の図書館だより》2 ”ちいさな光”からの声

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土浦市立図書館

【コラム・入沢弘子】「すご~い!工場みたいだね!」。歓声に振り向くと、電子書架の前で背伸びして中をのぞく子ども達の集団。「図書館なんだから、足音立てないで静かに歩いてね」と先生に言われながら神妙な顔で見学してきた最後に必ず喜ぶ場所です。“人前で笑顔なんか見せられないよ”という、ちょっと大人びてきた小学校高学年男子も、ここでは思わず興奮。

「屋上からも見えるんだよ。また見に来てね」「こんどの図書館では食べてもいいんだって」。ひそひそ声で話す女の子たち。旧図書館からのお馴染みの顔もあります。最上階のコミュニケーションスペース・ロフトは、図書館内唯一の飲食可能な場所。

平日の昼時には、赤ちゃん連れのお母さんたちがお弁当を食べながら情報交換。夕方には、高校生がコンビニの袋から出したパンを片手に勉強。「ここはおしゃべりをしても、お弁当や飲み物も大丈夫だよ。読書やお勉強で疲れたらここに来てね」。

「まだ帰りたくないよ~」。図書館から帰ろうとするお父さん、お母さんに泣きつく姿をよく見かけます。絵本を抱えて座り続けお母さんを困らせる女の子、JRの線路が間近に見下ろせるカフェコーナーで窓にくっ付いて離れない男の子とお父さん。

エントランス階・2階のカフェコーナー・ヨムカフェラウンジは、大人だけでなく子ども達にも大人気。アンケートには、子どもの字で「自動販売機のバナナオレ(バナナ香料入りの牛乳)の温度が高い。イチゴオレはそうでもなかった」とのご意見もいただいています。ご愛飲ありがとうございます。

図書館前や市役所横の広場では、毎週末子どもたちの音楽の披露もあります。土浦市立図書館は、館内も館外も“ちいさな、たくさんの光”があふれています。

土浦駅前のアルカス土浦は、開館からひと月で約8万人の方にお越しいただきました。今年も1月5日から、みなさまのご来館をお待ちしております。(土浦市立図書館館長)

《くずかごの唄》5 パロディ百人一首 調剤薬局風景

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【コラム・奥井登美子】私の両親とも、お正月は小倉百人一首で明け暮れていました。

花の色は移りにけりないたづらに わが身世にふる眺めせしまに  小野小町

「鼻の色は移りにけりなイタ面(ツラ)に 肌はシワクチャ眺めせしまに」

昔美人で評判だった人も年齢は平等にやってくる。肌の衰えは隠せない。あ、あ…。

これやこのゆくもかえるも別れては 知るも知らぬも逢坂の関  蝉丸

「これやこの行くもかえるも病院へ 知るも知らぬも薬の名前」

病院を渡りあるいている人。「お薬は何をお飲みでしたか」と聞いても「血圧は白い玉、糖尿は赤い玉」。薬の名前を覚えくれない人が多い。そういう人こそお薬手帳が必要なのだ。

このたびは幣もとりあえず手向山 紅葉の錦神のまにまに  管家

「このたびは薬もとりあえず抗がん剤 治るか否か神のまにまに」

抗がん剤が効くかきかないか。この治療は今も昔も神のまにまに…なのだ

月みれば千千に物こそ悲しけれ わが身ひとつの秋にはあらねど  大江千里

「薬みれば千千に物こそ悲しけれ わが身ひとつの病にはあらねど」

こんなにたくさんの薬飲んで大丈夫かな、心配しながらお渡しする人もいる。数が多いと副作用の検索がほつれた糸のようにこんがらがってしまって、説明ができなくなる。

うかりける人を初瀬の山おろし はげしかれとは祈らぬものを  源頼朝

「うっかりと、頭髪薬を間違えて ハゲになれとは祈らぬものを」

水虫の薬を、つい、うっかり、頭髪に塗ってしまった人。相談されても困ってしまう。ハゲにならないように祈るほかない。

夜をこめて鳥のそら音ははかるともよに逢坂の関はゆるさじ  清少納言

「夜をこめて鳥のそら音ははかるとも インフルエンザの咳は許さじ」

病院の待合室で咳をしている人のそばには行かないほうがいいです。

筑波ねの峰より落つる男女の川 恋ぞつもりて淵となりぬる  陽成院

「筑波ねの峰より落つる男女の川 鯉ぞつもりて甘露煮となる」

土浦の自然を守る会で、この間、霞ヶ浦の佃煮屋さんへ工場見学に行きました。(薬剤師・随筆家)

《土着通信部》4 月読神社の新年作況・世相占い

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月読神社(つくば市樋の沢)の社殿

【コラム・相沢冬樹】常磐線ひたち野うしく―荒川沖駅間に「二十三夜尊前踏切」がある。牛久市でも土浦市でもなく阿見町内に位置する踏切だが、では二十三夜尊はどこなのか。付近を歩いても見当たらず、3市町をまたぐ地図にそれらしきは出てこない。

実はつくば市(旧茎崎町)に所在する月読神社が二十三夜尊の正体。「前」というには遠すぎる3㎞もの道のり、地元では「樋の沢の三夜様」と呼ばれる。

小野川べりの木立を背後に建つ神社は、お寺の伽藍(がらん)みたいな社殿を持ち、鳥居もあれば鐘楼風の建物もある神仏混淆(こう)。社殿の扁額や奉納幕には「月読尊」(つくよみのみこと)の名が記される。この天照大神(あまてらす)の弟神が、神社の祭神になるはずだ。破風(はふ)などに細かな彫刻が施されており、立派な造作だが、古びたたたずまいは時代に取り残された風にも見える。

二十三夜尊なら、旧暦23日は縁日かもと訪れた際にも、境内はひっそりしていた。月読神社社務所の表札を掲げる隣家は岡野さんといい、ご婦人が在宅していた。話を聞くと「作神様を祀っているから農閑期になるまで祭事はない」という。

神社の事跡書などによると、元は岡野家の氏神だった。南総(千葉)にあった家の先祖が10世紀半ば、平将門が起こした天慶の乱に追われるように東北を目指し、この地にたどりついた。小さな祠を建てたところ崇敬者を集めるようになり、江戸時代は谷田部藩領で藩主細川候の祈願所となった。その寄進により天保二(1831)年、社殿が造営された。ケヤキ造り、四間四方の拝殿を建立したとあるが、現在の社殿は何回かの遷座を経ているらしい。

1月9日に献穀祭

ご婦人に「農家の人け?」と誰何(すいか)され、「皆さんに配ってる」とおみくじみたいな刷り物を渡された。「平成30年作物予表」と記してある。200円也。

毎年10月17日に行う筒粥(つつがい)という神事で、翌年の天候・作物の吉凶を占っており、稲や陸稲、麦類、豆類、西瓜などの農産物ごとに作況を予想した。一トから九トまでのランクづけで、早稲は四ト、中稲は三ト、最後の世ノ中は六トとあった。前年はそれぞれ九ト、六ト、八トだったから、新年は低調な作況・世相になりそうだ。

「月を読む」ことから農事暦と結びつき、作神様につながった。近在の農家から信仰を集め、以前はバスで参拝者が押し寄せ、露店も出るにぎわいだった。神社の「前」には稲敷地方から下総の田園地帯が広がるのである。

岡野家に神職が不在になるなどして、今は行事も途絶え気味。辛うじて続いているのが霜月二十三夜の献穀祭で、天狗が舞い神饌(せん)の餅を配るという。暦をめくると2日の今宵が満月だから、1週間後に下弦となって二十三夜、新暦1月9日の開催となる。(ブロガー)

▽月読神社(つくば市樋の沢208)電話029-841-0588

《吾妻カガミ》21 あけましておめでとうございます 今年もよろしくお願い申し上げます

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初日の出(霞ケ浦総合公園・釣りをする少年像付近)

【コラム・坂本栄】何か物騒な世の中になってきました。北のドンが自分を守ろうと核とロケットを見せびらかすのは分からないではありません。でも最強国のドンが自分第一の策を次々打ち出すのは理解に苦しみます。茨城ではこういう輩を「ごじゃっぺ」(ばか、どじ、マヌケ)と言います。現状への挑戦者と現状の守護者が同類というのは困ったものです。

 昨秋「NEWSつくば」というニュースメディアを立ち上げました。茨城県南のニュースをネットで発信するNPO法人です。非広域+非紙+非営利ですから随分変なメディアです。時間がありましたら≪newstsukuba.jp≫を覗いてみてください。私のコラム欄もつくってもらいました。 

富裕層 お金と幸福度の関係

年賀状では気になる時事問題と自分の近況に触れるようにしていますが、上の2パラは今年の年賀状からの引用です。改めて今年もよろしくお願いいたします。

近況について少し補足します。「NEWSつくば」のコンテンツ(記事や写真)の方は大分整ってきました。通常のニュース(地域の話題や行政の動き)+地域の識者18人(私も含め)のコラム+筑波学院大生の活動報告の3ジャンルで構成され、概ね1日3~5本(設立記者会見での公約)アップされています。

でも年賀状で触れた3つの特徴のひとつ「非営利」の方は道半ばです。ユニークな「ネット」メディアを「地域」に定着させるために、引き続き個人・法人のご寄付をお願い申し上げます。

12月中旬のThe Wall Street Journal紙に「超富裕層 お金と幸福度の関係とは」との見出しで、「鉄鋼王カーネギーは自分の富のほぼ全てを慈善団体や財団、大学に寄付した」「他人に与えることで自己のために支出するよりも大きな幸福感が得られた」といった記事が載っていました。

この記事は米国の寄付文化について分析したものです。米国の富の蓄積に比べると日本のそれはまだまだですが、非広域+非紙+非営利のメディアにご寄付いただき、大きな満足を感じていただければと思います(少し強引な展開になりました)。

大小国2人の「ごじゃっぺ」

国際情勢についても少し補足します。メディアは金正恩の核・ロケット脅しとトランプの中東和平壊しを大きく報じています。この2人の「ごじゃっぺ」がやることが今年最大の心配事と思ったわけです。

北のドンは自分(自国)が強いと外には威張っていますが、国内の方はお留守のようです。「分からないではない」と書いたのは、小国のドンが国際場裡で目立つには居丈高になるしかないのだろうということです。大国のドンは論外。早く議会に弾劾してもらうしかないのではないでしょうか。

2人の「ごじゃっぺ」によって世界中が乱されないか心配です。わが国、この地域にも「ごじゃっぺ」が登場するかも知れません。目配りが必要です。(NEWSつくば理事長)

《茨城の創生を考える》1 茨城県が魅力度で最下位を続けるわけ

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霞ケ浦畔から筑波山を望む
中尾隆友さんのイラスト

【コラム・中尾隆友】ブランド総合研究所の「地域ブランド調査」における都道府県・魅力度ランキング(2017年)によれば、不名誉にも茨城県は5年連続の最下位となった。テレビなどのメディアは結果だけを伝えておしまいという報道をしているため、このランキングが本当は何を意味しているものなのか、きっと知らない方々も多いだろう。大雑把にいってしまえば、観光地として魅力があるかどうか、ということに尽きるのだ。

このランキングで下位が定着している北関東3県(2017年は茨城県47位・栃木県43位・群馬県41位)に共通しているのは、調査対象となる全国の人々にとって「イメージが湧かない」「知っている情報がない」といった点だ。イメージや情報というものは、認知度が高い観光名所やご当地の名産品などに左右されることが多いので、「魅力度ランキングが下位の県=観光地として魅力がない県」だといっても差し支えないだろう。

しかしながら、このランキングの落とし穴は、人々にとって「魅力を知らない」と「魅力がない」が同列に扱われてしまっているということだ。たとえば、北関東3県の中でも群馬県がその典型例であり、草津、伊香保、水上などの温泉地や富岡製糸場といった認知度が高い観光地があるにもかかわらず、ランキングは41位と下位に甘んじているのだ。どうしてこのような結果になるのかというと、全国の人々、とりわけ西日本の人々が総じて、これらの観光地が群馬にあるとは思っていないからだ。

要するに、北関東3県の魅力度が低いのは、行政も県民も全国に対して自らの県のPR活動を積極的にしてこなかったからなのだ。北関東3県の共通点として挙げられるのは、農業や工業が栄えていて、県民の生活水準が高いということだ。1人当たりの県民所得(最新の2014年度)は栃木県が全国で4位、群馬県が10位、茨城県が11位であり、神奈川県、埼玉県、千葉県といった南関東3県よりも高いのだ。さらには、北関東のほうが南関東よりも全般的に物価は安いので、所得の差以上に北関東の人々の生活は豊かであるはずだ。豊かな県は他の地域から観光客を呼び込む必然性を感じていないので、熱心に情報を発信することもしないというわけだ。

北関東は経済的に豊かな地域であるうえに、保守的で控えめな地域性があるために、各県民はあまり地元のアピールや自慢をしない傾向が強く、ランキングの結果もあまり気にしていないようだ。そうはいっても、地方創生の観点からすれば、ランキングが上位であることにこしたことはない。茨城県が効果的な情報発信をできていれば、魅力度ランキングは10位くらい簡単に上げることができるのだから、今後の茨城県の広報活動には期待したいところだ。(経営アドバイザー)

【なかお・たかとも】土浦一高卒、慶応義塾大文学部史学科卒。外資系金融機関、官公庁勤務を経て、現在、アセットベストパートナーズ株式会社の代表取締役。経営アドバイザーとして大企業・金融機関に助言・提案を行う。総合科学研究機構特任研究員。土浦市生まれ、つくば市在住。46歳。

《ひょうたんの眼》2 東京オリンピックを迎える気概

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タイ・バンコク、ワット寺院の涅槃(ねはん)像。足の裏から仏頭を撮影

【コラム・高橋恵一】またオリンピックが近づいてきた。そう、この前の東京オリンピックは、昭和39年10月10日開会。その前の東京オリンピックは、昭和15年のはずだったが、戦争のため中止になった。その反対に、古代オリンピックは、ギリシャの都市国家のアテネやスパルタが競っていた時代で、競技会の時は戦争を止め、選手達が力を競う平和のスポーツ祭典だった。

近代になって、クーベルタン男爵が古代人の智恵に学び、国際社会の平和を願って提唱し実現させたのが近代オリンピックであり、4年に1度、開催都市を選んで実施されている。

昭和39年の開会式当日には、飛行機雲で青空に5色の大きな5輪のオリンピックマークが描かれ、5大陸の連帯を象徴しているのだと教えられた。聖火リレーは、未だアメリカ占領下にあった沖縄から始めて日本国中の若者でリレーし、原爆投下の日に広島県で生まれた坂井選手が最終ランナーになって、国立競技場の聖火台に点火した。縄文土器をデザインした聖火台だった。

日本選手の活躍にも感動したが、柔道のヘーシンク、器械体操のチャスラフスカ、裸足のマラソンランナー・エチオピアのアベベなど、世界のヒーロー・ヒロインが登場した。日本選手が勝てないなんて言う「チャチ」なことを言わず、私たちが平和のイベントを支えているのだという気概が、国民全体を包み込んでいたように思う。

開会式は、ギリシャを先頭に整然とした入場行進だったが、閉会式は、世界の93カ国・地域の国旗が先に入場し、その後から、国や民族の壁を払拭するように、ごちゃごちゃになって、全員が笑顔で入場した。正に平和の連帯だった。

ここまでの拙文は、ネットで検索することもなく、50年以上も私に刷り込まれていた東京オリンピックであり、日本が戦争から立ち直り、平和国家として国際社会に復帰した宣言でもあった。

ところで、残り3年を切った今度の東京オリンピックは、世界の人々に何を訴えるのだろうか。

日本選手が銅メダル争いをしている競技で、金や銀の外国選手の活躍は放映されるのだろうか。かつて「民泊」は、一般の家庭に家族連れや少人数の旅行者が、ホスト家庭の食事をホスト家族とともに食し、友人になって、小さな国際交流の輪をひろげたものだった。「おもてなし」などと呼んで、ビジネスチャンスにしようなんて、さもしいとしか言いようがない。帰国後に家族同士の文通なんて、IT社会には向かないだろうが、大事なものが欠けていると思う。

心の連帯と反対の方向に向かいかねない今日の世界。イスラエルもシリアも南スーダンも北朝鮮もアメリカも、せめてオリンピックの期間は、危険な行動を中断する―開催都市東京と日本国は、その呼びかけ宣言が出来ないだろうか。(元オークラフロンティアホテルつくば社長)