日曜日, 4月 20, 2025
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《邑から日本を見る》15 水戸で「脱原発をめざす首長会議」

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飯野農夫也の版画「憩い」

【コラム・先﨑千尋】4月28日、水戸市の県民文化センターで「脱原発をめざす首長会議」が年次総会を開いた。この首長会議は、東京電力福島第1原発の事故後の2012年4月に、原発に依存しない社会をめざし、再生可能なエネルギーを地域政策として実現することを目的に設立され、村上達也東海村長(当時)らが世話人になった。現在は現元合わせて全国で100人の首長がメンバー。県内では五十嵐立青つくば市長、今泉文彦石岡市長、豊田隆北茨城市長ら9人が入っている。

今回の総会は、日本原電東海第2発電所の再稼働や運転延長を巡って、立地市町村に加え周辺5市に実質的な事前同意権を認める新協定が日本原電と結ばれたことを高く評価し、他地域にも広めようと初めて水戸市で開かれた。

総会では、「事前了解権拡大を認める安全協定締結を全原発事業者に求める決議」、「事前了解権を再稼働の要件とする法整備を求める決議」、「新エネルギー基本計画で脱原発への工程を示すとともに電源構成で再生可能エネルギーを44%以上とするよう求める決議」の3本と「原発ゼロ基本法案の速やかな審議入りと成立を求める緊急声明」が採択された。

総会の冒頭、世話人の一人の村上さんは「東海第2の30㎞圏内に96万人、20㎞圏内だけで80万人が住んでいる。福島では20㎞圏内の8万人が7年以上経った今でも悲惨な生活を強いられているのに、原電は東海第2を動かそうとしている。再稼働を阻止しよう」と呼びかけた。また総会後の記者会見で村上さんは「日本は地震大国であり、津波の危険性、火山列島で火山灰の影響もあり、原発にとって危険きわまりない。わが国は本来原発を持ってはならない国土だ」と述べた。

この日の総会前に、都留文科大学の高橋洋教授(エネルギー政策)が「脱原発は可能か?エネルギー転換の実現に向けて」と題して会員と一般市民を対象に講演し、世界的な再生可能エネルギーの導入拡大を踏まえ、社会の仕組みを変えれば原子力や石炭火力からの脱却はできると訴えた。

高橋教授は「脱原発は技術的には可能で、一定の合意を図る必要がある。先進国では2000年代以降、原発の発電設備容量は漸減し、中国など新興国でも2010年代に入り、コストの減少により太陽光など再エネの導入容量が急速に拡大している」と紹介した。

また、「福島第1原発事故以降の安全対策強化などから、原発はリスクが高く、世界的に続けにくい事業になった」と指摘した。その上で、「日本では再生可能エネルギーに向けた課題として、全面的な発送電分離や東日本で一体的に電力を融通し合うといった送電網の広域運用が非常に大切になってくる。地域エネルギー事業も推進すべきだ」と述べた。

同会議は今年度の活動計画として、国会議員や政党との意見交換や連携・協力に力点を置く、としている。(元瓜連町長)

《食う寝る宇宙》13 宇宙プロジェクトのキックオフ

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【コラム・玉置晋】別にサッカーを始めるわけではないですよ。ビジネスシーンで「キックオフ」とは、新プロジェクトの最初のミーティングを指す―と知ったのは就職してから。キックオフミーティングを通して、自分とプロジェクトで関係する方々と意識合わせをして、作業がはじまるわけです。

「よし、〇月△日にキックオフをやろう」となると、 どんな人と仕事をするのだろう、どんな役割を担うのだろうと、ドキドキするものです。

今回の宇宙プロジェクトは衛星運用のお仕事の方ではなく、学生の立場で行う研究プロジェクトです。なので、研究費の中から交通費などはいただきますが、基本、ボランティア活動です。日本のビジネス社会では、この考え方(社内持ち出し)は通常成立しません。

かつてはボランティアが積極的に行われた時代もあり、日本が世界を主導した時代もあったと聞きますが、ロストジェネレーションの僕は経験したことがありません。

が、その様な状況が、過去の資産を食いつぶしつつある日本の病巣なのでしょう。この辺りの解釈はプロの社会科学者にお任せするとして、僕は、自分の研究を自己満足の世界から「世の中の役に立つ」ものに昇華させるためのプロセスと解釈して、モチベーションを保たせることにします。

早朝、土浦の家を出て、東京駅で茨城大の指導教官と合流し、新幹線で名古屋へGO。新幹線の中では、先生との内部ミーティングは程ほどに爆睡。なお、本日は学生身分での活動ですので、会社からは有給休暇をいただいております。仕事の方も、年度初め早々、リミットオーバしつつありますが、優秀な若手に「ヨロシク」と、楽しい方に突き進む僕を許しておくれ。

2時間ほどで名古屋駅に降り立ち、暑くもなく寒くもなく、ちょうどよい気温。地下鉄で会議場所の最寄り駅で降り、向かった先は名古屋大。キャンパス広い。来たのは3度目ですが、指導教官と一緒じゃなきゃ絶対に迷うと確信しながら歩く、歩く。ちょうどよい温度なのに、スーツ姿の僕は汗をかきました。

先週、風邪を引いて、38℃の熱発を起こした病み上がりの身にはちょっときつかったですが、目的地の名古屋大・宇宙地球環境研究所に到着。

宇宙地球環境研は「宇宙・太陽から地球までのシームレスな研究」を行う宇宙天気に関する研究拠点の一つです。発足2015年と、新しい組織です。近代的な建物の中に入り、担当の先生と1時間ばかり刺激的な議論を行い、とっても楽しかった。

一流と呼ばれる人の物腰の柔らかさと内に秘める鋭さを垣間見、大変勉強になりました。学食でカレーを食べて茨城への帰路につきました.

これでキックオフは成立、プロジェクトは開始です。これからはプロジェクトの成功を目指して、タスクとスケジュールを綿密に組んで、着実にクリアしていくのです。がんばるぞ!(宇宙天気防災研究者)

《地域包括ケア》11 歩いて通える所に介護予防拠点を

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出典・厚労省

【コラム・室生勝】「地域包括ケアシステムの姿」イラストの中央下部に「生活支援・介護予防」とある。「生活支援」はお分かりだろうが、「介護予防」って何と思われる方が多いと思う。介護予防は、高齢者が介護を受ける状態になるのを防いだり、介護を受けている状態が悪化するのを防いで改善を図ることである。

私は3年前から、つくば市内で高齢者サロンを週1回開いている。急速に市街化した研究学園地区に新しく住み着いた高齢者が閉じこもらないようにとの思いからだが、自己健康管理法を習得してもらうことも目的としている。毎回約30名の参加者があり、家庭血圧の測定が自己健康管理の道具となって成果を上げている。

県内外から移って来た高齢者には、自分の意思で来た人たちと子どもに勧められて来た人たちがいる。サロンに参加する方は、自分の意思で移り住んだ人たちが多い。気が進まないまま移住した人たちでも、各戸配布したサロンのチラシを見て参加した人たちは、新しい友だちを得て「つくばを終の住処」と決めたようだ。

一方で、気が進まないまま移り住んだ人たちの中には、自宅に閉じこもったまま話し相手もなく、無為に毎日を過ごしている人もいるのではないかと気になる。閉じこもりは、脚力が弱くなるだけでなく、心臓、肺、消化器の働きの低下につながる。また食欲も気力も低下しがちで、寝たきりになりやすい。特に後期高齢者の閉じこもりは心配だ。

平均寿命が伸びるのと平行して、後期高齢者が増えている。ピークとなるのは1947~49年生まれの「団塊の世代」が後期高齢者になる2025年である。

今でも、独り暮らしや高齢者夫婦世帯が増えている。配偶者と死別して独りになったり、子どもたちが去り夫婦だけになると、買い物以外の外出は少なくなり、閉じこもりがちになりやすい。毎年、民生委員による独り暮らし高齢者と高齢者のみ世帯への訪問調査がある。インターホンだけの会話で終わる訪問もあるらしい。閉じこもりになっていないだろうか。

つくば市は、閉じこもり高齢者対策として、社協が支援している地域の「ふれあいサロン」や市の一般介護予防サービスを勧めている。一般介護サービスでは、運動を主にした5プログラム、心身両方の2プログラムが週1回、各地区の計8カ所で開かれている。だが、会場へ歩いて通える人たちは少ない。

こういったサービスは、後期高齢者に配慮した介護予防に転換すべきではないか。歩いて通える半径1km範囲に1カ所、民間サロンや心身両方プログラムの公的サービスの場を設けてほしい。民間サロンの運営を各地区の前期高齢者に依頼し、プログラムに自己健康管理を取り入れ、リタイアした専門職(医師、歯科医師、薬剤師、保健師、看護師、リハビリ職、管理栄養士など)がボランティアで指導や相談に参加する方法も提案したい。(高齢者サロン主宰)

《宍塚の里山》14 人気のヘビ・キノコ・モグラ観察会

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月例テーマ観察会「きのこ」 講師は科学博物館の保坂健太郎先生

【コラム・及川ひろみ】今回は、宍塚の里山を舞台に自然や歴史・文化を探し見つめる活動についてです。会では、月例テーマ観察会(第1日曜日9:30~12:00)、土曜観察会(毎週土曜日9:00~12:00)、野鳥観察会(第3土曜日9:00~12:00、日本野鳥の会と共催)を行っています。

月例観察会は当初、昆虫・野草・野鳥・大池・チョウ・トンボなどのテーマで行っていましたが、数年が過ぎたころ、どんな虫がいた、どんな野草が見られただけでなく、生き物の暮らし方、生き物同士の関係、環境との関わりなど、より深く自然を知る観察会になり、博物館や研究所などの専門家に講師をお願いするようになりました。

素人にやさしく、正確に科学的な目で、子どもにも理解できる言葉で自然を伝えるために、講師を見つけ出すことに心を砕いています。観察会は、大人も子どもワクワクしながら奥の深い話が聞ける、さらに環境について考える、大切な学びの時になっています。

観察会の終盤には質問タイムを設けていますが、子どもたちの質問に、実に丁寧、真剣に答えてくだる先生方の姿が印象的です。特に人気のある観察会は「ヘビ」と「キノコ」です。先日行った「モグラ」も大人気でした。

参加者が200人になった時には、講師のほか比較的詳しい人3名に加わってもらい、4グループに分けました。しかも講師から全員が話を聞けるよう工夫、ヘビの観察会では全員が蛇に触れることができるようにしました。

カエルの鳴く姿、セミの羽化、鳴く虫など、昼間と違った生き物観察ができる夜の観察会も大人気プログラムで、年3回行っています。昼間より危険が増す夜、多くの指導者が加わり、万全の注意を払って行っています。

目が不自由な方を講師に迎えた時、我々の感覚がいかに鈍いか思い知らされました。その時、目が見えないということが理解できなかった小学生のことですが、講師の方をじっと観察、本当に見えないことが分かった時、観察会が終わるまで先生の手を握りエスコートした姿も忘れられません。

観察会を知らせるために、毎月約1万7000枚のお知らせを発行、土浦市・つくば市の小学校を通して配布しています。塗り絵にもなる楽しいイラスト入りで、これを見て多くの親子が参加します。土曜観察会は里山を巡り、生き物の観察をしますが、毎回新たな発見、新鮮な感動があります。

また毎年2月には、市立博物館・上高津貝塚資料館の学芸員を講師に迎え、宍塚の歴史・文化を訪ねる観察会を開催。縄文・弥生時代、江戸時代などの歴史遺産を見つめます。(宍塚の自然と歴史の会代表)

▼月例テーマ観察会 6月「田んぼ」、7月「きのこ」、8月「プランクトン」、9月「昆虫」、10月「魚」。参加費無料、申し込み不要。

《映画探偵団》7 つくば市議に重なるローラン氏

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【コラム・冠木新市】5月1日発行の「つくば市議会だより」(第152号)には、「施政方針をただす」として、3月定例会での6派の代表質問が載っている。5会派の質問トップ項目が「まちづくりについて」であり、市議会議員が中心市街地に強い関心を持っている様子がうかがえる。

ほぼ毎日、中心市街地を歩く私にとって、少しずつ変化するセンター地区は映画の光景である。5月1日にオークラフロンティアホテル本館2階に開店した日本料理「つくば山水亭」のプレオープンに参加した。すぐ近くの小野崎に「つくば山水亭本館」があるのに、何故センタービルに出店するのか興味があったからだ。

開店セレモニーの後、挨拶に立ったサンスイグループの東郷治久代表の話で、その理由を知ることができた。昨年12月、オークラホテルの馬場清康社長が訪ねて来られ、出店要請があったそうだ。ホテルに宿泊する外国人を意識するとともに、スタッフの人材が育ってきたこともあり、出店を決めたという。

本館は予約が必要だが、オークラ店は予約無しで入店できる。テーブル39席、お座敷3室。内装は和風モダンで統一され、壁に飾られた大きな扇が印象的。日本酒「徳正宗」を飲み、「筑波御膳」に舌鼓を打っていたら、ふいにローラン・カサール氏の記憶がよみがえった。

ローラン氏とは、映画『シェルブールの雨傘』(1963)に登場する脇役の人物である。港町の傘屋の娘と自動車整備工の悲恋を描くこの作品は、全編のセリフが歌になっていて、原色を強調した衣装とセットが華やかである。

監督はジャック・ドミュ、音楽はミシェル・ルグラン。画面はきらびやかだが、お話は切実だ。男は2年間の徴兵でアルジェリアに旅立つ。女は母親が経営する傘屋の税金で破産の危機。そんな母娘の苦境を偶然知り、救いの手を差し伸べるのが宝石商のローラン氏。男の子を妊娠しているのを承知でプロポーズ、結婚式を挙げる。

公開時、私は、経済力のあるヒゲのローラン氏と娘を演じたカトリーヌ・ドヌーブが好きになれず、同じ世界観で作られた別の物語『ロシュフォールの恋人たち』(1966)も、前作の印象が残り素直に楽しめなかった。

ところが、『シェルブールの雨傘』上映後30数年が過ぎ、『ローラ』(1960)なるモノクロ作品が公開され仰天した。主人公はローラン氏で、一人息子を育てるダンサーのローラに失恋するお話。なんと、人物再登場法の港町3部作だったのである。『ローラ』を見てから『シェルブールの雨傘』を見ると、1作目で失恋したローラン氏が幸福になったお話に変化してしまうのだ。印象がまるで違う。

何故このキャラクターを思い出したのか。傘屋の母娘を救うローラン氏につくば市議の姿が重なったからだと思う。市議には、施政を問いただすだけでなく、会派で考えた中心市街地のビジョンとアイデアを語って欲しい。と、団員に話したら「私たちにもアイデアを示せと言われそうですね」とつぶやいた。サイコドン ハ トコヤンサノセ。(脚本家)

《好人余聞》7 「珈琲が飲めなかったんです」バリスタ 山口ひろみさん

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山口ひろみさん

【コラム・オダギ秀】人生という旅の途中で出会った人たち、みんな素敵な人たちでした。その方々に伺った話を、覚え書きのようにつづりたいと思っています。

一杯の珈琲が人生を変えることがある、というテレビドラマのような話を眼の当たりにした。初夏とは言っても、ちょっと風は冷たいかなという日、つくばの住宅街の珈琲店で、その人に会った。街路樹は新芽を吹いていて、そこここに、色鮮やかな花が咲いていた。

山口ひろみさん、珈琲専門店のハートフルなバリスタだ。バリスタと言うのは、たんに珈琲を淹れるスキルが優れているだけではなく、珈琲に関する豊かな専門知識を持っている、珈琲のプロだ。

「でも私、もとは珈琲が嫌いだったんです。飲めなかった。苦いような、煮詰まったような、酸味があるような、そんな珈琲しか知らなかったんですね。どこがいいんだろうと思っていた」

だから、たまたま珈琲専門店のこの店に来た時、頼んだのはソフトクリームだった。「珈琲専門店に来て、ソフトクリームはないだろう。この珈琲飲んでみて」と珈琲を淹れたのだと、傍らでオーナーが笑った。

その一杯の珈琲を口にして、山口さんは衝撃を受けた。「まろやかで、風味がよくて、香りが素敵で。鳥肌が立つようでした」。

それまで、書き切れないと言うほど多くの職業を経験していた山口さんだった。その頃は、保険会社の営業で、頂点を目指していた。だが常に、何かを求めていたのかも知れない。多くの仕事をしていても、満たされていなかった、いつも物足りなさがあったと、しみじみ言う。

「その席で飲んだんですよ」。山口さんは、店内の小さな椅子を指差して笑う。その席で彼女は一杯の珈琲を飲み、そして、それまでの仕事も地位も捨て、転職した。こんな珈琲を淹れて、人に美味しいと喜んでもらえる仕事がしたい、と思ったのだそうだ。

「それまで珈琲を知らなかったから、辛かった。珈琲豆のカタカナ名前を苦労して覚え、味を知り、淹れ方の難しさを、お客さまとの会話の仕方を、必死で学びました。マスターはストイックで厳しいんです。夜中までダメ出しされ、付いて行くのが大変だった」

その後山口さんは、バリスタやコーヒーマイスターの公式資格も取る。「淹れ方は、ボクより上手いんじゃないかな」とマスターも認めるほどになった。

「お客さまが美味しいと思ってくださったかどうかは、一口飲んだ時のお顔でわかります。その表情がうれしいんです。大勢のお客さまでなくていい、私が淹れた珈琲でなければダメ、というお客さまに来て欲しいですね」

山口さんの人生を変えた珈琲は、ストロベリーモカと言う。マスター荒野さんの命名だが、詳しく言うと、イルガチェフェ・ナチュラルという豆。珈琲が好きでないという人にもダントツ人気の、エチオピアの豆だ。

彼女が珈琲を淹れてくれた。小さなカップの中を見つめると、彼女の人生を淹れたような珈琲が、力強い深い色を沈ませて落ち着いていた。店の外で、子どもたちがはしゃぐ声がする。つくばの夏は、そこまで来ていた。(写真家)

▼あらの珈琲 つくば市並木4-4-2 並木ショッピングセンター内 営業時間は10:00〜19:00 水曜日定休

《続・平熱日記》13 うちカメと38度線をまたぐ将軍

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【コラム・斉藤裕之】うちにはカメがいます。人家から離れた近所の林の中で愛犬のフーちゃんが発見して、上着のポケットに入れて連れ帰ったカメ。ペットショップに立ち寄った折に、ロシアリクガメという種類ということが分かりました。

そのお店ではヒーターのあるケースで飼われていましたが、うちのカメは甘やかさずに屋外で飼っていたら、秋のある日土の中にもぐり込んだので、そのまま冬を越させることにしました。ロシアと名前に付いているからには、寒いのには強いはず。半年後の春、元気に土の中から蘇ったときは、「よう生きちょった」とほめてやりました。

あれから何度、冬を越したでしょう。もうポケットには入らないどころか、片手でつかみ上げるのに苦労するほどの大きさになりました。

しかし、カメの身体能力は驚くべきもので、前足の爪が届けば塀をよじ昇り、隙あらば穴を掘って脱走しようとします。今まで3回ほど脱走したこのカメは、アメリカの脱獄ドラマ「プリズンブレイク」の主人公にちなんでスコフィールド(通称スコちゃん)と名付けられました。

今は畳一枚ほどの広さの柵の中で暮らすスコちゃん。カメにしては豪邸のような気もしますが、どうも外に出たいらしく柵をよじ登ろうとしています。なぜ?えさを求めて?異性を探して?

いや、スコちゃんは明らかにこれを檻として、人為的なる障害物として認識しているのだと思います 。スコちゃんは自由になりたいだけなのです。もしも柵のない場所に放したら、案外そこら辺をうろうろしているだけで遠くには行かないのかもしれません。

さて、こちらは柵もないのに長い間超えることのできなかった例の38度線。人が引いた何とも不幸な目に見えない線。将軍様がその線を越える姿は人々の目にどう映ったのでしょう。私がその映像を見た時、奇妙なことにスコちゃんが38度線を悠々とまたぎ超えていく姿をリアルにイメージしていました。

いささかシュールではありますが、万年生きるというカメの「国境我関せず」といった感じの悠然とした歩みと、演出されたかのように微笑み合う2人の人間の歩みが、対照的に映ったのでした。専門家の皆さんはいろんな分析と予測を語られますが、とりあえず平和な方向に事が進むことを願うばかりです。

新緑の候、気温の上昇とともにスコちゃんの食欲は旺盛に。直売所で買ったカブの葉っぱをムシャムシャと食べております。私の感想をもう一つ。将軍様、ちょっとお痩せになった方がいいですよ。(画家)

《吾妻カガミ》31 働くことをケース・スタディ

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学食の壁に張り出されている昼のメニュー

【コラム・坂本栄】5月連休明けの7日、新年度の大学講義も5回目になりました。1講座は半期15回ですから3分の1を消化したことになります。新入生もキャンパスに大分慣れて来たのではないでしょうか。

以前にも触れましたが、私は毎月曜の午後、2つの授業を担当しています。日立の茨城キリスト教大まで常磐高速を飛ばし、昼はサンドイッチで済ませ、それから各90分講義します。一つは必須課目の「社会科学の考え方」、もう一つは選択科目の「働くということ」(上期、下期は「国際経済と暮らし」)です。

「社会科学の考え方」については、このコラムの23回目(洋風居酒屋で若い先生と議論)で触れました。「国際経済と暮らし」については、24回目(ごじゃっぺ・トランプを素材に講義)と26回目(分散投資と電源構成)で、どんなことを教えているか触れました。今回は、面白い講座名の「働くということ」を取り上げます。

「こういったタイトルの講座を持ってくれないか」と、大学の幹部に言われたとき、私の反応は「?」でした。名称のストレートさは置くとして、労働雇用問題には素人だからです。でも「学生の関心が強い就活や就業に役立つ話を」との注文に、それも面白いかと引き受けました。

素材は常陽新聞「キーパーソン」

講義は3年目になりますが、昨年100名程度だった「働くということ」の受講生は、今年150名弱に増えました。通常の教室に入りきれず、急きょ、倍の席数の教室を手当てしてもらいました。うちの奥さんにその話をすると「試験がやさしいとの噂が拡がったのでは」と言われましたが、「内容がユニークで評判がよいからだろう」と反論しました。

というのは、精神論的な話は1回で済ませ、2回目以降はケース・スタディにしたからです。どういうことかと言うと、いろいろな業種の会社・組織(ケース)を取り上げ、その業種の特徴や働き方のツボを話すという、学生に興味を持たせる仕掛けです。

これまでの3ケース(業種)では、不動産、医療、教育を取り上げ、各業種の地元企業・組織トップの話を素材に、職場ではどんな仕事をするのか、どういった心得が必要か、その業種の構造や展望などについて話しました。

ケースの素材は、常陽新聞(2014年2月~2017年4月)に寄稿していた「キーパーソン」欄に登場してもらったトップのインタビュー記事です。すでに、一誠商事の五十嵐翼会長、筑波メディカルセンターの軸屋智昭病院長、筑波大学の永田恭介学長のコメントを使わせていただきました。

各トップとも話が具体的でポイントを突いていますから、業種の特性などを学生に理解してもらうにはピッタリです。私にとっては、ジャーナリストの蓄積を使えるというメリットがあります。時差はありますが一石二鳥?(大学兼任講師)

《続・気軽にSOS》12 期待はした方がよいよ

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【コラム・浅井和幸】空気が「読める」と「読めない」の2つしか選択肢がないのであれば、空気を読めた方がよいと私は断言できます。もちろん、先入観を持って場を見てしまうというデメリットはありますが、メリットの方が断然多いからです。

そんなに人に気遣って、人の言う通りに行動しなければいけないのは、バカげているという反論をしたくなりますよね。あるテレビのコメンテーターは「空気なんか読まない方がよい」と言っていました。人は自分の気持ちを優先し自由に生きた方がよいから、と言うのが理由のようです。

この反論は、私の「空気を読む」という言葉に対する解釈とは全く違っています。私も空気を読むことが、「他人の言いなりにならなければいけない」という意味であれば、空気を読めなくてもよいと答えるでしょう。

空気を読むことの意味として、私は、その場や人の雰囲気や気持ちや考えを推測することと考えます。ですが、一般的に空気を読むとは、次の3つの要素すべてを満たすことを意味するようです。

1.その場の大多数や力の強い人の気持ちを察し

2.自分の考えを抑え込み

3.その場の言いなりに動く

その場の雰囲気を加味して、自分が持っていきたい方向に働きかける方が成功率は上がるものなので、空気が読めると成功率が上がるというのが私の意見です。ここまで述べたことで、空気を読むのと読まないのと、どちらがよいかをあなた自身が選択すればよいでしょう。

話は変わって、「期待してはいけない」という教えが、福祉や教育現場、家族会などで聞かれます。私の解釈は、人間が動く原動力になるものは期待であり、期待がなくなれば動けなくなるというものです。だから、期待はしなければいけないものと考えます。

ですが、一般的には、期待以上にならなかった時に、落ち込んだり責めたりしてしまうと考えられています。だから、期待はしてはいけないという教えに繋がります。

この一般的な考え方は、「期待すること」を、「期待する」と「期待通りでなければいけない」という2つを混ぜて考えていると、私は見ます。なので、期待することがいけないことではなく、期待通りに行かない時に責めてしまうことがいけないことであると考えます。

なので、動くためには期待することが大切で、期待値まで達しないとしても責めるのではなく、出来たことを喜ぶことが大切であるということなのです。

次回のテストは、80点取れることを期待しているとします。ですが、結果は50点だったとしても、その50点を喜び、出来なかったところを反省することで、より次のテストにプラスにすることが出来るのです。勉強机にも向かいやすいでしょう。

それを、最初からテストの点数には期待をしないということであれば、勉強をすること自体がバカバカしくなって、50点を取ることすらできないでしょう。

もちろん、期待することに凝り固まり過ぎている時は、「期待はしないよ」と言い聞かせることで、適度な期待感にバランスをとれるということはあります。物事がうまくいかない時は、考え直してみてください。(精神保健福祉士)

《光の図書館だより》6 子供の日のプレゼントは…

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土浦市立図書館

【コラム・入沢弘子】土浦駅前に移転して初めての大型連休は、連日、朝から大勢の親子連れが来館しています。シャッターが開くと同時にお気に入りの書架に走っていく子、絵本を選んで親の元によちよち歩いていく子、リュックサックいっぱいに本を借りて満足げな子、本を抱えてうれしそうにしている子―こういった姿を見ていると自然に頬が緩みます。

子どもの読書離れが言われて久しいですが、図書館に来館する子どもたちを見ている限り、そういった実感はありません。本当に子どもたちは本を読まなくなったのでしょうか?

2015年、土浦市立図書館が実施した市内全小中高校生読書活動アンケート調査によると、「本を読むことは好きですか?」の問いに、小学2年は約7割、小学5年は約5割が「好き」と回答しています。

好きな理由は「家に本があった、小さいころ読んでもらった、家族が買ってくれる、学校・学校図書館でよい本を見つけた」という回答が、両学年ともに多数でした。さらに「1カ月の間に読んだ本は10冊以上」との回答が、小2で約6割、小5で約3割でした。

「どこの本を読みますか」の問いには、「自分の家」に次いで「学校図書館・学級文庫、図書館」が8割以上でした。

土浦市では、子どもたちが本に親しむ環境をつくるために、さまざまな取り組みを行っています。生後10カ月健診の際に「初めての絵本」を差し上げるブックスタート事業、保護者がお子さんに本を選ぶための講座、年齢に応じたお話会、小学生の学年ごとのお薦め本紹介などです。今年はもっと本を好きになる秘密兵器を導入する予定です。

本好きな子どもになるには、日常的に本に触れる機会をつくることです。「子供の日」には、お子さん、お孫さんをはじめ周囲のお子さんたちに、お話を楽しめる時間、本に触れる機会をプレゼントされてはいかがでしょうか?(土浦市立図書館館長)

《土着通信部》12 「アカンサスの学舎」復元 土浦一高旧本館

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改修工事を終えた土浦一高旧本館正面玄関

【コラム・相沢冬樹】洋風建築で、屋根の棟や尖塔の頂上に設置する飾りをフィニアルと呼ぶ。これにアカンサス(ハアザミ)の花を配した県立土浦一高(土浦市真鍋4丁目、杉田幸雄校長)の国指定重要文化財、旧土浦中学校本館(旧本館)は「アカンサスの学舎」の別名がある。しかし、その花が咲くのは正面両翼端の切妻屋根の上のみで、中心にある正面玄関の頭頂部のフィニアルは長い間、武骨な四角錐の飾りに置き換えられていた。

同校出身の建築史家、一色史彦氏は「玄関の三角屋根を見上げるたびに、私は気が滅入ってしまう。この頂きにはかつて見事に大きなアカンサスの花が開いていたことを想うのである。これを設計した人にとっては耐えられない姿であろう」(住宅建築、1994)と書いた。創建当時の古写真から、玄関の切妻屋根の上にもアカンサスのフィニアルが掲げられていたことが確認できる。

同校は明治30年(1897)の創立、旧本館が現在地に建設されたのは明治37年(1904)のことだった。設計は創建当時茨城県技師だった気鋭の建築家、駒杵勤治(1877 – 1919)による。1974年の夏、一色氏は旧本館の屋根裏に分け入って、1つの棟札を探し当てた。「上棟式大頭梁茨城県技師工学士駒杵勤治」と墨書されていた。この発見によって1976年、旧制中学校校舎としては全国で初めて、国の重要文化財指定を受けることになった。

天井高が約5mもあり、採光のため縦長の上げ下げ窓のついた教室は、冬場の寒さが厳しかった。80年代以降授業には使われなくなり、創立90周年を機に資料展示室や復元教室として整備された。展示品は、上棟の棟札をはじめ、校舎模型、旧制中学校校旗、卒業生の永瀬義郎氏(版画家)や高田保氏(作家)の関連資料など。復元教室はNHKドラマや映画の撮影にも用いられ、毎月第2土曜日に一般公開されていた。

しかし、2011年東日本大震災で被災したため閉鎖され、2016年から耐震補強工事に合わせ全面的な改修に取り組むことになった。同校の創立120年記念事業として創建時の姿に復元をめざすもので、外壁のカラーリングから更新される。断面観察等の結果、これまでに7回の塗り替えが確認され、創建当時の塗色は暗紫色と淡褐色であったことが判明したためだ。また人造スレートになっていた屋根材を創建当時の天然スレートに葺き替えるため、同質の石を産するカナダのケベック州から石盤を輸入するなどした。

この復元のシンボルとなったのが正面玄関の屋根飾りだった。建物部分の改修工事は3月までに終わり、左右対称のゴシック様式で統一を図った校舎の中央、切妻破風屋根の尖端にアカンサスの4弁の花を模したフィニアルが戻ってきた。改修は現在外構工事に移っており、展示物の搬入などを待って、8月ごろに竣工式、10月から月1回の開館日を再開する予定でいる。(ブロガー)

▼旧本館建築の見どころと改修の詳細は、土浦一高ホームページ「ぶらり旧本館ご案内」(第33代校長・横島義昭氏執筆)に詳しい。

URL:http://www.tsuchiura1-h.ibk.ed.jp/index.php?action=pages_view_main&&block_id=1671#_1671

《吾妻カガミ》30 財務省の不祥事 傲慢な最強官庁

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湖畔の日の出=2018年3月, 霞ヶ浦総合公園

【コラム・坂本栄】事務次官のセクハラ発言や国有地の不正処分で財務省が袋だたきに遭っている最中、「大蔵省(財務省の前身)のドン」と呼ばれた長岡実氏が逝去した(4月2日、93歳)。訃報の主な経歴は、事務次官、東京証券取引所理事長、日本たばこ産業(JT)社長。トップ官庁の事務方トップを務め、大蔵省の「出先」でもあった東証とJTのトップも務めたわけだから、まさに首領だった。

私が時事通信の証券部長だったとき(長岡氏は東証理事長)、大蔵省・東証とバトルを演じたことがある。この話はこれまでマル秘にしてきたが、長岡氏も亡くなったことだし(当時の時事の社長も既に死去)、トップ官庁の傲慢さを示す例として「解禁」する。

このコラムの10回目でも触れた、証券電子メディア(商品名PRIME)の開発統括者だった時のこと。プロジェクトが最終段階に差し掛かったころ、端末を発注していた電子機器メーカーの社長が突然やって来て、受注契約をキャンセルしたいと言ってきた。

この申し出には社長も驚き、体調が悪かったこともあり激怒。機器メーカーにとっては良い案件なのに何故キャンセルなのか、既に多額の投資をしている計画が狂う、プロジェクトが失敗するかも知れない―など、疑問、懸念が渦巻いた。

メディアビジネスに介入

そして私に密命が下った。どうしてキャンセルを言ってきたのか探れ、プロジェクトは計画通り進めるから対応策を考えよ、と。

調査結果は、▽大蔵省は、時事の証券電子メディア参入が好ましくないと考えている▽その意を受けて東証は、同所の電算システム開発を担当している電機メーカー経由で、子会社の電子機器メーカー(上場会社)に時事の発注を断れと指示してきた、という驚くべき背景だった。

時事の新メディアがどうして歓迎されないのか?調査に苦労したが、①時事は先行の金融電子メディア(商品名MAIN)で為替市場に強い影響力を持つ(当局からすれば攪乱している)②時事が新メディアを出せば、大蔵省と某証券会社が事実上コントロールしている証券市場が混乱する―と当局が考えていることが分かった。

つまり、市場に波乱を起こすであろう、新メディアは歓迎できないということだった。見出し風に言えば、「傲慢な大蔵省による不当報道介入」か。

私は東証の担当部長を茶店に呼び出し、「2~3週間後、PRIMEリリースについて記者会見を開く。発表後も妨害を止めなければ、大蔵省・東証の『策謀』を経済誌にリークする」と、時事の対応策(実は私の思い付き)を示し、東証を威嚇した。

これが効いたのか、翌日、東証の役員が飛んで来て、妥協案(販売端末の数を制限するという密約)を提示してきた。社の専務は混乱したが、私は密約を呑むよう主張(いずれ反古にすればよいと思っていた)、東証とのバトルは決着した。その後、主要社証券担当部長と東証幹部との懇親会があり、私と顔を合わせた長岡氏、ニヤリ。(経済ジャーナリスト)

《地域包括ケア》10 在宅医療介護連携推進事業に期待

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出典・厚労省

【コラム・室生勝】本年度から、全市町村が「在宅医療介護連携推進事業」を郡市医師会との協働で実施する。その内容は、(ア)地域の医療・介護資源の把握、(イ)在宅医療・介護連携の課題と抽出の対応策の検討、(ウ)切れ目のない在宅医療と介護の提供体制の構築推進、(エ)医療・介護関係者の情報共有の支援、(オ)在宅医療・介護連携に関する相談支援、(カ)医療・介護関係者の研修、(キ)地域住民への普及啓発、(ク)在宅医療・介護連携に関する関係市区町村の連携―の8項目。

この事業の前段階として、2013度から2015年度にかけて、県の「在宅医療介護連携拠点事業」が、11市、3町村、3郡市医師会、県立こども病院、県看護協会(実施地域・水戸市)、県理学療法士会(同・北茨城市)でモデル的に実施された。3医師会区域内市町村は7市・1町であった。県内44市町村(32市、12町村)のうち、事業に関与したのは20市、4町村で、約半数の市町村が事業を実施した。

その結果は、県ホームページ(HP)で「在宅医療介護連携拠点事業から得られた取組成果集」として代表的な取り組みが閲覧できる。その詳細を見ようと、実施団体のHPを検索したところ、8市町村と3郡市医師会、2団体だけしか閲覧できなかった。

モデル事業を実施した市町村や郡市医師会の成果を年度ごとに県HPで見みると、(イ)、(カ)、(キ)はそれぞれ年3~4回の実施になると思うが、(ウ)、(エ)、(オ)は、日常的な取り組みが必要で毎月の定期的な実践が望ましい。ただし、(キ)は圏域ごと、できれば小学校区単位の実施が望まれる。その地区の診療所医師、訪問看護ステーション、ケアマネジャーが講師になって、年3~4回の啓蒙活動をして欲しい。

(ア)、(イ)、(カ)、(キ)は多職種からの参加人数に限度があるが、参加者がその職能団体に伝達・協議して再三検討。あるいは、参加者が交替して多くの多職種が事業に関与できる。(ウ)、(エ)、(オ)は圏域ケア会議(各圏域で年6回)や月例事例検討会で日常的に多職種が多数参加して、互いに顔を合わせながら意見交換・検討をすべきである。多職種が「顔が見える関係」以上の「ものが言い合える関係」になる―そうなってこそ多職種連携・多職種協働が可能となる。

この拠点事業に関係しなかった12市・8町村に関しては、県は2018年度から保健所を通じて、地区の医師会、歯科医師会、薬剤師会、訪問看護ステーションなどの関係者に伝達講習を行っている。さらに県は、モデル事業を実施した近隣の市町村と郡市医師会の協力を要請して欲しい。(高齢者サロン主宰)

《ひょうたんの眼》6 奢る者の横行「五隹疋矢」の戒め

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龍安寺の「知足の蹲踞」

【コラム・高橋恵一】石庭で有名な京都の龍安寺に「知足の蹲踞(ちそくのつくばい)」と呼ばれる手水鉢(ちょうずばち)がある。石臼のような外見で、デザインは銅銭・寛永通宝の模様になっている。寛永通宝と言えば、銭形平次の必殺技の投げ銭。時代劇の美男役者・大川橋蔵が逃げる犯人にシュッと投げて仕留める、あれである。

寛永通宝は、真ん中に四角の穴が空いており、その四角を「寛、永、通、寶」の4文字が時計回りに配されているが、龍安寺の蹲踞(つくばい)には、「五、隹、疋、矢」の4文字が配されて、中央の「口」とあわせて、「吾(われ)唯(ただ)足(たる)を知(しる)」と読む。禅の教えで、限りない「欲」や「傲慢(ごうまん)」を戒める言葉だそうで、この蹲踞の寄進者が水戸黄門・徳川光圀なのだ。

光圀は、庶民や弱い者の味方で、母親のご機嫌取りに「生類憐みの令」を出して庶民が困るのが判らない「犬将軍・徳川綱吉」をいさめ、将軍の威光を笠に着て権力を振るう栁沢吉保を批判的に扱った、みんなの黄門様である。

実際、光圀は副将軍でありながら奢(おご)ることもなく、大日本史を編纂するなど、学問・知性を大切にした名君と言われている。幕政においても、取りつぶされた大名家を再興して浪人の増加を防いだり、自らの子供を後回しにして、後継藩主に兄の子を擁立するなど、筋を通した政治家であった。

最近の世情のキーワードに、ご機嫌取り=忖度(そんたく)、犬(ポチ)、威光を笠に着る=暴言、強弁、強行採決、改竄(かいざん)、隠蔽(いんぺい)、非知性などなど。「吾唯足知」と対極の現世だとの思いを強くし、情けなくなる。セクハラに超鈍感で、「女性活躍社会」を言うのか。格差とパワハラに超鈍感で、「働き方改革」を言えるのか。政治家・権力者は、龍安寺にお参りしてみたらどうか。

マザーコンプレックスの綱吉の姿が、祖父の背後霊につきまとわれ、日本だけで310万人もの死者を出してしまった反省から国民が獲得した「日本国憲法」を、一文字だけでも変えたいと言ってシツコイ権力者に重なって見えて仕方がない。

国民を「下々の皆さん」と表現して違和感を持たないもう一人の権力者は、封建時代の迷君殿様だろう。側用人とか陣笠とか、「そちも悪よのう」の御用商人や小遣い(利権)で権力者にこびる「ならず者」など、時代劇に登場する連中に置き換えることが出来そうな人々が日本を動かしている。

幾分なりとも知性的な判断をする人々や、正論をいう学識者の声は届かない。メディアはどうしたのか。視聴率、売上部数偏重と権力への媚(こび)が見えて仕方がない。メディアは真ん中ではいけない。嘘と事実の中間はない。強者と弱者の中間はない。加害者と被害者の中間もない。やられた方にも何か落ち度があるなんて意見を報道するのは中立とは言わない。

5月3日は憲法記念日である。「国民主権」と「基本的人権」、戦争を否定して恒久平和を希求する国際社会において名誉ある地位を占めたいと謳う「日本国憲法」である。憲法の理念の実現に気を抜いてはいけない。(元オークラフロンティアホテルつくば社長)

《宍塚の里山》13 本当は怖い 美しい藤の花

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宍塚で見られるノダフジ

【コラム・及川ひろみ】今年は藤の開花も例年より随分早まりました。花の時期は逸しましたが、今回取り上げるのは「藤のすさまじい生命力」についてです。美しい花を咲かせる藤ですが、実は林の木々の立ち枯れの原因となる「恐ろしい絞め殺しの木」です。

林の林床に育つ藤の細いツル。藤は樹上の木の枝を目指しツルを伸ばします。その姿はツルの先端に目でも付いているのかと思うほど、遠く離れた枝や木にも到達します。ツルが届いたら、太陽の光を求め上へ上へと、蛇のように木に絡み付きながら登って行きます。地下からの養分、光合成による養分を基に、どんどん成長していきます。直径15㎝ほどの太さの藤。切ってみると年輪8年、成長の速さにびっくりです。

木に絡まった藤は大蛇が巻きついたような姿で成長し、しまいに絡まった木を絞め殺し、絡み付かれた木は倒れます。しかも、同時に地面に倒れた藤は次の狙いを定め、這い登ります。藤は枝を隣の木、そのまた隣の枝へと広げ、しぶとく生き続けます。遠目で荒れた林に見える所は、藤による立ち枯れが起こっていることがよくあります。

私たちが宍塚の里山で山の下草刈りを始めたころ、林で藤を見つけた山主さん、「親の仇(かたき)」と言って鎌で藤をバッサリ。樹木を枯らす藤は、林の大敵、出合ったら容赦なく伐(き)るのだと聞きました。その後、山の下草刈りをしていると、藤の若い芽が林床至る所に見られました。藤の根が山全体に広がり、いつでも成長できるのを実感しました。藤の根をすっかり取り除くのは至難の業です。

山だけではありません。五斗蒔(ごとまき)谷津の奥、湿地が広がる所にも藤の根が縦横無尽に広がっています。浅い水場であれば難なく広がり、水の中に根を伸ばしています。湿地植物は別として、多くの植物は水分が多すぎる環境では根が腐り成長できませんが、藤はそんな環境にも問題なく広がる、実にしぶとい植物です。

さて、その藤。美しい花の後にはソラマメのさやを細くしたような種ができます。藤の花は房になって咲きますが、その花の中で数個がさやを作ります。さやはその後20~30㎝ほどに伸び、中を開けると赤茶色のマーブルチョコレートをつぶしたような種がソラマメ状態で並んでいます。

そのさやがすっかり乾燥する冬、パーンと耳をつんざくような大きな音を立ててはじけ、種を遠くに飛ばします。冬の夜、里山でパーン、パーンと澄んだ音が鳴り響きます。昔、夜の森に入ることを恐れたわけは、不気味なこんな音にもあったのかもしれません。(宍塚の自然と歴史の会代表)

ノダフジのアップ

《続・平熱日記》12 小鳥を彫りながら「削るべきは…」

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【コラム・斉藤裕之】馴染みのカフェのカウンターから見えるトウカエデの樹。その幹には、私が以前取り付けた巣箱が掛けてあります。その巣箱は実用性よりはむしろ飾りとして取り付けたものでしたので、実際に鳥が入ることはありませんでした。それからしばらくして、私はその手前に木を削って作った鳥の模型を止まらせました。

すると先日、マスターから「巣箱を作って欲しいというお客さんがいらっしゃる」という連絡があり、早速、赤い屋根の巣箱を作って差し上げました。さらに同じ方が、手前にある鳥を3羽彫って欲しいとのこと。

こちらは巣箱と違って、ちょいと手間がかかります。一応保留にしていただいて、とりあえず1羽試しに彫ってみることにしました。

丁度目のいいヒノキの木っ端がありましたので、切り出しナイフで削り始めます。こういう気楽な工作は、お茶でも飲みながら楽しんでやるのが一番。削り始めると、ヒノキのいい香りがします。

しかし、削るとか彫るとか磨くというのは、人間の根源的な本能なのかもしれません。例えば、子供は紙やすりを渡すと一心不乱に磨き始めます。私が子供のころは、ブロック塀というのは格好のヤスリでした。発泡スチロールを塀にあてがって歩きながら削ったり、釘の頭を磨いたり。

また、親しかった彫刻家は「俺の彫刻家としてのルーツは山奥の川にある大きな岩。小学校のころ、何とかこの岩に穴を穿(うが)ちたいという欲望に駆られ、タガネとハンマーで穴をあけたことだよ」と語ってくれました。

どちらかというと、私の彫り物のシーズンは冬。ストーブの横に座って彫り物をするのが好きです。頭と手と気持ちが素直につながっている感じがして、暇つぶしには最適。

さて、ヒノキが柔らかい材料ということもあって、小鳥も思ったより早めに形になってきました。この分なら3羽いけそうです。

ところで、つけっぱなしのテレビでは、政治家や官僚のお粗末な失態を報道しています。子供じみた言い訳や悪あがき。やはり削るべきは議員の数と報酬でしょうか。議員の皆さん、いい年ですから前に進めてください。(画家)

《邑から日本を見る》14 この国がメルトダウン

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飯野農夫也の版画「憩い」

【コラム・先﨑千尋】日本国がメルトダウン、安倍さんは裸の王様、三流国、泥舟内閣。このような言葉が次から次に浮かんでくる毎日だ。国が危機に陥っているというのに、最大、最高の当事者である安倍さんは自浄能力を全く欠き、昭恵夫人や渦中の柳瀬審議官を連れて日本を逃げ出し、トランプさんとゴルフ三昧。米朝首脳会談を前にというのは口実ではないのか。のんきなもんだね、ホントに。

米山隆一新潟県知事が女性問題で辞めるということを聞いて、急きょ辞職を表明した財務省の福田淳一事務次官。セクハラそのものの表現を言葉遊びと言ってのける。額田王や天武天皇の時代の優雅な言葉遊びとは全く違う。額田王が聞いたらのけぞってしまうのではないか。さらに相手が名乗り出ないだろうと見くびっての財務省の対応。福田さん個人の問題なのに、どうして尻拭いを国がやるのか。いくらなんでもひど過ぎる。この件ではテレビ朝日が真相を暴露してしまった。

モリカケ問題は、発生から1年以上経っても安倍さんの言う「ウミ」は出ていない。そもそも「ウミ」って何なのか。「お前こそウミの元凶、発生源ではないのか」と言いたい。共同通信の最近の世論調査では、79%が加計学園に関する首相の説明を納得できないとのことだ。愛媛県や今治市の職員が首相官邸に行ったことすら認めようとしない。国か県か、どちらかがウソをついている。クロシロがはっきり分かることではないか。隣の韓国ではお友達に便宜を図った大統領が懲役24年の判決を受けているのに、この国では何のおとがめもない。

もはや国家機関は制御不能。次から次に出てくる、破棄してなかったはずの国の過去の文書。私が一番怖いのは自衛隊のイラク戦争、南スーダンの日報だ。モリカケは首相と友達の個人的な関係でしかないが、海外派遣している自衛隊の日報問題は、文民統制(シビリアンコントロール)の根底が揺らいでいることを示している。

ここでは自衛隊の是非については論じないが、文民統制は戦前の軍部の独走を反省した上で、国民を代表する首相・防衛相のもとで防衛政策や有事の際の防衛出動を決めていくという大原則だ。日報は現地、現場で起きていることを記録し、本国に報告する最も大事な基礎資料になる。それがトップに報告されず、隠蔽もしくは廃棄されたら、トップは適正な判断を下せず、戦前の関東軍のような暴走、独走を止めることはできない。

さらに4月16日、現職の自衛官が野党議員に「お前は国民の敵だ」と国会の近くで繰り返し罵声を浴びせたというニュースが流れた。制服組トップがその日のうちにその議員に謝罪したそうだが、謝れば済むという問題ではない。その自衛官は、日ごろ国会で質問する議員を国民の敵と考えていて、路上で会ったのでそうののしったのだろうから、根は深く、戦前の「国賊」という表現を思わせる光景だ。もうそこまで来てしまっている。

自衛隊や財務省だけでなく、経産省も文部科学省も勝手気まま。誰もコントロールできなくなってしまった。どうすればこの国はまともな国になれるのだろうか。私たちは評論家でいるだけではいけないのだということしか言えない。(元瓜連町長)

《食う寝る宇宙》12 宇宙と介護のせめぎ合い

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【コラム・玉置晋】新年度がはじまり、職場や大学でフレッシュな人たちを見掛けます。新しいに環境に大きな希望と多少の不安を抱えていることでしょう。でも、僕は元気を頂いています。僕は今、ここ何年か挑戦している資格試験の願書を作成中。この試験の受験要件は宇宙関連分野の業務経験が7年以上(大学院は2年の業務経験とカウント)です。僕は就職して、十何年か経つので、受験要件はクリアです。提出する業務経歴書を見ていて、僕が就職した頃を思い出します。

僕が就職する数年前、今は亡き父は病気がちで、入退院を繰り返し、そろそろ介護施設の支援が必要かなという時期でしたので、僕は地元の茨城に戻ることにしました。両親には「茨城に戻るが、すまん、大学院に行きたい、もう少し宇宙の勉強をさせてくれ」と頼みました。介護費用等で立て込んでいる中で学費を出してくれた(将来を見据えて学費をプールしていてくれた)両親には感謝しきれませんね。

地元の茨城大学は全国でも有数かつ地方大学では希有(けう)の「宇宙に強い」大学で、そこには宇宙天気の先生がいた。これも幸運です。学生という身分は時間に自由がききます。介護をする上で時間は貴重です。働きながらの介護はよほど職場の理解がない限り(理解があっても)厳しいものがあります。好きな宇宙の勉強をしながら、父の介護をさせてもらうということで一時的に我が家で運用することが可能でした。でも、所詮、一時しのぎです。僕も将来にわたって食わねばなりませんし、どの様に生きていくか悩みました。いや、本当は宇宙に関する仕事がしたいわけですよ。でも、全地球規模で展開する(と勝手に解釈していた)宇宙に関する仕事なんて、実家から通える範囲で、転勤なしで、そんな都合のよいものがあるわけない。しかも、当時、宇宙業界は暗黒時代。ロケットは墜落し、人工衛星は行方不明になり、日本の宇宙開発は停止、新卒の採用が消滅した時期です。このことは、宇宙業界人材の年代構成のバランスを崩し、現在にも禍根を残しています。

そうそう、ロマンチストな僕は、高萩にある当時KDDIのパラボラアンテナ(現茨城大学宇宙科学教育センター)の下に行き、宇宙とお別れの決意をしました。若気の至りですわな、大学院を休学して、公務員試験の勉強を始めたわけです。専門外かつ完全にネガティブ思考での進路選択は大抵うまくいきません。不合格。どうしましょう、という中で2005年2月に「気象衛星ひまわり6号(運輸多目的衛星新1号(MTSAT-1R))」が打ち上がるわけです。止まっていた宇宙開発プロジェクトは一気に動き出し、宇宙業界は空前の人手不足。なんとハローワークに「急募 つくば市 衛星運用者」が出たんですね。当時、宇宙関係の求人がハローワークから出るのは極めて異例でした。この求人に飛びついて、僕の宇宙の仕事は始まりました。仕事をしながらの介護は、多くの試練を伴いましたが、母と妻のがんばりで数年しのぎ、2009年に環境のよい介護施設が水戸市内にできて、父は2013年までそこでお世話になりました。休学していた1回目の大学院も働きながら修了することができました。(宇宙天気防災研究者)

《続・気軽にSOS》11 道具は使いよう

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【コラム・浅井和幸】以前、知っていることと理解していることは違うと、このコラムでお伝えしました。カウンセリングの知識や技法を、どの様に使うかが大切であるかと。

辛さや不安を緩和してくれるものだと思っている心理学やカウンセリングというものが、人や自分を傷つけてしまうこともあります。まあ、心理学に関していえば、援助でもなんでもないですし、要は心をどの様に振る舞うかの学問なので、今回、そこは置いておきましょう。臨床心理学と、インターネットで検索してもよいかもしれません。

包丁はおいしい料理を作るための道具です。自動車は、人や物を運ぶための道具ですね。時には、まずい料理をつくる道具にもなれば、不快な気分にさせて人や物を運ぶ道具にもなります。使い方をもっと間違えば、人を傷つけてしまう道具にもなります。実際に、大きな事件や事故は起こっています。

カウンセリングを勉強している人が好む言葉に、共感とか、受け入れるとか、認めるとかがよく出てきます。これらの言葉の指す意味を上手く使えたら、つらさに寄り添ってくれる味方と感じることが出来て心強かったり、気持ちに余裕が出来たりします。上手く使えないと、悪い言動や苦しい感覚を助長してしまうことに繋がります。

さらには、「共感しなければいけない」と脅迫的に考えてしまえば、共感できない自分はダメな人間だとか、自分に共感してくれない周りの人間は何も分かっていない悪者たちだと、余計にストレスと苦しみを上積みしてしまうことにもつながりかねません。

もう一つ注意が必要なのは、人は、何を言っているかという内容よりも、誰が言っているかということで、感じ方が大きく変わってしまうことです。その人と自分の関係性が、感覚や思考に大きく関わっているのです。自分と親の関係が悪い時に、親から正しいことをいくら言われたところで、素直に聞けないどころか、反発してしまいます。少々嫌なことでも、信頼関係のある親友の言葉は聞き入れてしまうものですよね。

では、自分のつらさに対して、自分で出来る対処法は何かないか?今回は、認知行動療法の技術の一つをお伝えします。まず、自分を傷つけてしまう人。好きな人が同じような苦しい状況の時に、その人にどの様な声掛けをするかを考えて、それを自分にも投げかけてみてください。次に、他人を傷つけたり、怒らせたりしてしまう人。同じような状況の時に、自分に投げかける言葉を相手にも伝えてみましょう。

最後に、自分も人も傷つけてしまう人。好きな人が、自分にかけてくれる言葉や態度を思い出しましょう。若しくは、カウンセリングを受け、あなたの存在の大切さを感じてみてください。休養もお勧め。悪循環になっているなと感じたら、何か別の方法を試すようにしてみてください。自分一人では難しい時は、誰かにSOSを出しましょう。(精神保健福祉士)

《つくば道》6 「秀峰筑波」のスクールバス運行

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秀峰筑波義務教育学校

【コラム・塚本一也】今年の4月、つくば市内では3つの小中一貫校が開校しました。「学園の森義務教育学校」、「みどりの学園義務教育学校」、そして「秀峰筑波義務教育学校」です。そのうち、通学手段としてスクールバスを利用しているのは、旧筑波町の全ての小中学校を1カ所に統合した秀峰筑波義務教育学校だけです。

旧筑波東中学校の学区内の小学生が通学するために8台のバスを利用し、旧筑波西中学校区内は小学生の通学に9台、中学生の通学に3台のスクールバスを走らせています。スクールバスは合計20台となりますが、それらを地元企業4社が請け負い、当社は6台を担当しております。

1年間に約1億8000万円の税金を使ってスクールバスを走らせることに、是非はあろうかと思います。しかし私は、難産の末に誕生した学校でもあり、これから、この施設と設備をどう利用して、旧筑波町をいかに盛り立てていくのかということに力を注いだ方が良いと思います。

スクールバスの強みを生かす一つの方法として、学校区の再編成が挙げられます。長い歴史的な背景があるために簡単にはいきませんが、旧来の行政区や学校区にとらわれない考え方で、通学エリアを再編成することによって人口減少問題に取り組むきっかけになるはずです。

その他にも、スクールバスの中間帯を利用して、校外学習や部活動の遠征に利用する方法なども考えられます。

つくば市の公立学校は教育レベルが高いという、外部からのイメージがあると聞きます。雄大な筑波山の麓で、自然環境に囲まれながら、安全に通学し質の高い教育を維持する。秀峰筑波義務教育学校がそんな学校であり続けるように、事業者として日々安全・安定輸送に努めようと思います。(大曽根タクシー社長)