《続・平熱日記》12 小鳥を彫りながら「削るべきは…」


【コラム・斉藤裕之】馴染みのカフェのカウンターから見えるトウカエデの樹。その幹には、私が以前取り付けた巣箱が掛けてあります。その巣箱は実用性よりはむしろ飾りとして取り付けたものでしたので、実際に鳥が入ることはありませんでした。それからしばらくして、私はその手前に木を削って作った鳥の模型を止まらせました。

すると先日、マスターから「巣箱を作って欲しいというお客さんがいらっしゃる」という連絡があり、早速、赤い屋根の巣箱を作って差し上げました。さらに同じ方が、手前にある鳥を3羽彫って欲しいとのこと。

こちらは巣箱と違って、ちょいと手間がかかります。一応保留にしていただいて、とりあえず1羽試しに彫ってみることにしました。

丁度目のいいヒノキの木っ端がありましたので、切り出しナイフで削り始めます。こういう気楽な工作は、お茶でも飲みながら楽しんでやるのが一番。削り始めると、ヒノキのいい香りがします。

しかし、削るとか彫るとか磨くというのは、人間の根源的な本能なのかもしれません。例えば、子供は紙やすりを渡すと一心不乱に磨き始めます。私が子供のころは、ブロック塀というのは格好のヤスリでした。発泡スチロールを塀にあてがって歩きながら削ったり、釘の頭を磨いたり。

また、親しかった彫刻家は「俺の彫刻家としてのルーツは山奥の川にある大きな岩。小学校のころ、何とかこの岩に穴を穿(うが)ちたいという欲望に駆られ、タガネとハンマーで穴をあけたことだよ」と語ってくれました。

どちらかというと、私の彫り物のシーズンは冬。ストーブの横に座って彫り物をするのが好きです。頭と手と気持ちが素直につながっている感じがして、暇つぶしには最適。

さて、ヒノキが柔らかい材料ということもあって、小鳥も思ったより早めに形になってきました。この分なら3羽いけそうです。

ところで、つけっぱなしのテレビでは、政治家や官僚のお粗末な失態を報道しています。子供じみた言い訳や悪あがき。やはり削るべきは議員の数と報酬でしょうか。議員の皆さん、いい年ですから前に進めてください。(画家)