《地域包括ケア》3 県の事業は介護保険に出し抜かれた


【コラム・室生勝】1990年代は県南地域に活気があった。91年6月から始まった月例「つくば医療福祉事例検討会」は40~50名の参加があった。市職員は部長はじめ保健師を含め10名余、開業医数名、病院医2~3名、病院看護師10名余、病院リハ職数名、福祉施設職員20名余、社会福祉協議会(社協)職員数名が集まった。「県南医療福祉交流会」も年々、土浦市、つくば市、牛久市、阿見町から、さらに隣接市町村からの参加者も増え、高齢者地域ケアへの関心が高まった。

94年度から、県内全市町村の社協が「県事業・地域ケアシステム推進事業」を担当、コーディネター1人を配置して始まった。つくば市では相談があった高齢者や身体障害者の事例を月1回検討会議を開きケアプランを作成、ケアチームを編成して支援に当たった。会議出席者は市医師会、市立病院医師、各訪問看護ステーション、各福祉施設、民生委員、各在宅介護支援センターなどの代表、保健福祉部、社協、高齢者福祉事業団などの職員であった。

検討会議には、事例に関係する圏域の各職種の実務者が集まった。限られた市の高齢者サービスや社協サービスに地域住民のボランティア活動を加えてケアプランを立てた。社協のホームヘルパー、特別養護老人ホームのデイサービス、ショートステイの在宅福祉3本柱はなかなか受け入れられなかった。一方、社協の宅配食事サービスは1人暮らしや高齢者夫婦世帯によく利用された。

ケアチームの民生委員、老人会世話人、区会班長、住民ボランティアなどの友愛訪問や見守りは比較的受け入れられた。それは地区担当の社協職員や保健師の支援があったからだと思う。すでに社協では月1回のふれあい型食事サービス(7月、8月を除く)を実施していたし、保健師は82年の老人保健法による各保健センターでの健診と訪問指導などの地域に密着した活動で住民に親しまれていた。

厚生省は、この事業が始まる数年前の89年に高齢者保健福祉推進10カ年戦略(ゴールドプラン)を策定、90年に福祉関係8法を改正し、94年には新ゴールドプランを立て、「在宅介護支援センター」を法制化した。

茨城県としては、厚生省が矢継ぎ早に出す施策は県事業が目指すことと基本的には変わらないし、多くの市町村も県の指示通りにこの事業を進めてればよいと考え、市町村の保健福祉医療関係者も初めての事例検討会議、ケアプラン作成、ケアチーム編成などで忙しく、ともにシステムづくりの余裕がなかったと思う。

各市町村はケアチームづくりに取り組んでいるうちに、97年暮れに介護保険法が制定され、2000年の介護保険制度発足の準備に入ってしまった。肝心の地域ケアシステムづくりにすっかり出遅れてしまった。(高齢者サロン主宰)