《邑から日本を見る》7 静神社の古文書を解読

静神社文書表紙の一部

【コラム・先﨑千尋】私が住んでいる那珂市静に常陸二の宮静神社(齋藤隆宮司)がある。そこで昨年12月に『常陸二の宮静神社文書上巻』を発行した。私が同神社総代の時に「神社に関する古文書を翻刻して、研究者や歴史に関心がある多くの人に読んでもらおう」と提案し、5年の歳月をかけてやっと発刊にこぎつけた。

同神社の創建は古く、奈良時代に書かれた「常陸国風土記」に出てくる倭文織(しづおり)を織っていた倭文部(しどりべ)を祀ったと伝えられている。倭文織は、現在では紙の原料となっている楮の皮を糸にして織ったもので、常陸と駿河の二国から貢調されていた。平安時代には鹿島神宮に次ぐ常陸二の宮とされた。

江戸時代には水戸徳川家の加護を受け、百五十石の朱印地を与えられ、代々水戸藩の祈願所とされていた。

今回の上巻には、同神社などに伝わる古文書51点を、東海村古文書を読む会(河本紀久雄代表)が解読し、それを収録した。その中には、徳川家康、家光など歴代将軍の朱印状、徳川光圀など歴代水戸藩主の参拝や祈祷の記録、太田鋳銭座(いせんざ)の打ち毀しなどの史料も含まれている。

編集と解説は那珂市編さん専門委員の高橋裕文さんが当たった。

解説には、60頁にわたって古代から明治に至るまでの同神社の歴史や光圀の社殿造営、年中行事、平磯村(現ひたちなか市)磯崎への神輿磯出神事、幕末の那珂湊打ち毀しなどが詳しく書かれている。さらに、年表と古代中世の同神社周辺の塩の道の地図も付されている。奥付には、国の重要文化財である静神宮印が実物大で掲載されている。

表紙カバーには、岩手県奥州市で最近発見された「常陸名所図会屏風」の内の静神社社殿と神社前のにぎわいを表わした絵が使われ、興味をそそる。

私は今回の発行の言い出しっぺになったが、瓜連町長時代に倭文織のルーツ調査を行い、幕末に水戸藩士の加藤寛斎が編んだ「常陸国北郡里程間数の記」の瓜連町部分の翻刻本を出した。今回の出版で同神社に関する史料が全部揃ったことになる。記録を秘蔵せず、活字にして後世に残し、さらに多くの人に見てもらうことが私たち関係者の役割だと考えてきたので、ホッとした気分でいる。そして、これまで明らかになっていなかったこの周辺の古代から江戸時代までの歴史の研究が進んでいくことを期待している。

上巻は400部限定で、頒価2,000円。B5判393頁の大冊。問い合わせは同神社社務所(電話029-296-0029)へ。下巻は現在編集作業中で来年3月末発刊予定だ。(元瓜連町長)