【ノベル・伊東葎花】
夏休み、彩は初めてママの故郷に来た。そこは深い森の中。
ママと並んで、木漏れ日の中を歩いた。空が遠くて、夏を忘れるほど涼しい。
「気持ちいいでしょう」
「うん。涼しい。だけど昼間も暗くて、ちょっと怖いね」
「怖くないわよ。ママの遊び場だもん。あっ、でも一度だけ、不思議なことがあったわ」
ママは、大きな木の下で立ち止まった。
「ママが小学生のとき、この森で迷子になったの。毎日のように遊んでいた森で、7日間も迷子になっていたの。不思議でしょう」
「7日も?」
「そう。7日後に、この木の下で発見されたの」
「7日も何をしていたの?」
「まるで覚えてないの。神隠しにあったのだと、大人たちは言ったわ。昔からそういう言い伝えがあるの」
「神隠し?」
「そう、神隠し」
彩はその夜、なかなか眠れなかった。
田舎の家の天井が怖かったり、お線香の匂いが気になったり、そして何より、ママから聞いた神隠しの話が頭から離れない。
神隠しにあうと、どうなるの?
次の朝、彩は何かに導かれるように森に入った。もちろんすぐ帰るつもりだった。
だけど森に入ったとたん、方向がまるで分からなくなった。おばあちゃんの家は見えるのに、歩いてもたどり着けない。
次の瞬間、彩は木の上にいた。木の幹にしがみつき、大声で鳴いていた。
彩は、蝉になっていた。
「ごめんね、彩ちゃん。7日間だけ体を貸して」
下を見ると、彩がいた。蝉になった彩に向かって大きく手を振った。
「あなたはこの先、何10年も生きるでしょう。私はたった7日の命なの。だから、あなたの7日間を私にちょうだい。7日後に返すから」
彩になった蝉がくるりと背を向け、森の中を駆けて行った。
ママが探しに来た。おばあちゃんも来た。
近所の人や捜索隊、知らせを受けた東京のパパもやってきた。
みんなで彩の名前を呼びながら、必死で探している。
「ここにいるよ」と叫んでも、それは懸命に鳴く蝉の声だ。誰も気づかない。
2日、3日、4日…彩になった蝉は、森の中を見つからないように走り回っている。
彩は、木にしがみついて時が過ぎるのを待つしかなかった。
7日後、ママに肩を揺すられて目覚めた。
大きな木の下で眠っているところを発見された。
「ああ、よかった」
ママとパパ、おばあちゃんと捜索隊。みんなに見守られて目覚めた。
となりで、蝉が死んでいた。
迷子だった7日間のことを聞かれ、何も覚えていないと答えた。
「神隠しだわ。あの日のママと同じ。あなたも神隠しにあったのね」
ママが「もう大丈夫」と抱きしめた。
ママの手をぎゅっと握って、わたしは、かすかに笑った。
あのね、ママ、同じじゃないよ。
だってわたし、本当は7日間のことをよく覚えているの。
楽しくて、楽しくて、この子に体を返すのが嫌になったの。
ごめんね、彩ちゃん。
彩になったわたしは、死んだ蝉にそっと土をかぶせた。
(作家)
































































