火曜日, 10月 13, 2026
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元日本代表の佐藤陽太郎選手 母校のつくば市柳橋小で水泳指導

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児童の水泳指導をする佐藤陽太郎選手(左)=つくば市立柳橋小

アーティスティックスイミング元日本代表で筑波大4年の佐藤陽太郎選手(21)=ジョイフルアスレティッククラブ所属=が8日、母校のつくば市立柳橋(やぎはし)小学校を訪れ、授業の中で水泳指導を行った。

対象となったのは同校の5、6年の23人。初級、中級、上級の3つのコースに分かれ、各コースの児童を10分ずつ指導した。泳ぎが苦手な児童には、少しでも泳げるようになるための助言をしたり、泳ぎが得意な児童には、さらに技術を向上させるようなアドバイスをした。

あいさつする佐藤選手

この日は、担任教員の水泳指導を補佐するような形で、佐藤選手もプールの中に入った。佐藤選手が少しでも泳ぐと、児童たちからは「早い」「すごい」などと感嘆の声が上がる。

佐藤選手は児童たちに囲まれながら、基本的な泳ぎを教えたり、時折、水を掛け合ったりした。児童たちは「とても楽しかった」「水泳が好きになるかもしれない」など感想を話していた。

水泳の授業の様子

佐藤選手は、姉の佐藤友花選手と共に、2022年の世界水泳ハンガリー大会でアーティスティックスイミング・ミックスデュエット部門の日本代表として初の銀メダルを獲得するなど、世界で活躍する日本のトップアスリートの一人。

小学生の頃から姉を追い掛けるように、ジョイフルアスレティッククラブの水泳教室に通ったのがきっかけという。柳橋小から市立谷田部中を経て、常総学院に進み、現在、筑波大学4年。

柳橋小の坂本敬持校長は「世界的に活躍する卒業生に来てもらってとても感謝している。小学校教員は全教科を教えるのが基本なので、専門的な指導が深く出来ず、技術的なことは教えづらいところがある。今回日本のトップ選手が来てくれたことで、子供たちのモチベーションも上がり、技能的な面も上がってくるという効果もあるので非常にうれしく思っている」と話した。

佐藤選手は「9年ぶりに母校を訪れ、とてもなつかしくうれしい」と述べ「今は全国大会とインカレの優勝を目指して頑張っているところ。今できることを今精一杯やっていく、というやり方でやってきているので、それを続けたい」と語った。(榎田智司)

「TX沿線では売地が枯渇」つくばエリアの地価事情に精通 桂不動産の渡邉社長【キーパーソン】

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渡邉宗明さん

国税庁が7月1日に公表した路線価(1月1日時点)で、TXつくば駅前広場線の地価が平方メートル当たり40万円になった。広さのイメージが湧きやすい坪当たりでは132万円。1年前に比べると11%もアップした。県内では断トツの上昇率だ。つくばエリアで起きている「地価バブル」の実態と対応策は? つくば駅と研究学園駅の間に本社を構える桂不動産(つくば市研究学園7丁目)の渡邉宗明社長(51)に聞いた。

実勢価は坪180~190万

ー背景と実勢価は?

渡邉 路線価は実勢価の7割ぐらい。つくば駅前の路線価を実勢価に計算し直すと、坪180~190万円になる。これはTX終点駅そばの価格だが、1駅前の研究学園駅近くでは2年前、坪160万円で売買されていた。今、TX駅の周辺では、売り物が少なく買い手が多い。土地の需給面から地価が上がるのは当然といえる。

ー値上がりは続く?

渡邉 収益目的でビルを建てるとき、用地だけでなく建設費も上昇している。一方で賃貸料はそう上げられないから、「これ以上地価が上昇すると何を造っても採算が合わない」という状況。TX沿線では売地が枯渇しており、地価はまだ上昇しているが、建築費や金利の上昇に伴い、地価上昇は止まってくると思う。

ー業界側の対応は?

渡邉 上昇だけでなく、横ばいエリア、弱含みのエリアもある。そちらでの仕事をやりながら成り立っている。TX沿線の宅地を探しに来られ、相対的に地価が安い常磐線沿線に流れる顧客もいる。牛久、荒川沖、土浦の南部エリアとか。

ーTX沿線で何か?

渡邉 数カ月前、つくば市が土地対策を打ち出し、研究学園駅近くの区画整理地域の周辺エリアを区域指定し、住宅などを建てられるようにした(3月17日付)。これにより、土地供給は少し増えると思う。まだ取引相場が読めないが、地主さんが売りに出れば需給は少し緩むのではないか。

新都市中央通り沿いの桂不動産本社ビル

3代にわたり無借金経営

こうした土地の価格や需給に桂不動産はどう対応していくのか? 同社の経営哲学や経営手法についても話してもらった。

▽どんな相談も支店に

渡邉 うちは、県南エリア、水戸市、千葉県に、16の支店を配置している。各店には、賃貸仲介・管理、売買仲介、土地活用、新築相談などに応じる社員が控えており、「どんなことにも支店で相談に乗れる」体制だ。経営効率はよくないが、お客の利便性を考え、各店が独立した会社のように動いている。

▽無借金の経営を貫く

渡邉 不動産会社は、地主が建てたアパートなどの管理を任してもらう仕事が多い。農家などの大事な資産を扱うので、うちを信用してもらうために無借金を貫いている。これは、祖父が経営していた落花生や食用油の製造販売会社(農家から作物などを買い付け)、父・桂一郎が起業した現不動産会社(農家などの土地を活用)の経営哲学だ。こういった考え方が評価され、管理を委任されている戸数+部屋数は現在2万6300件に上る。

▽高齢者の相続を支援

渡邉 団塊世代の高齢化に伴い、これから資産相続が増える。そこで、社内に相続サポートセンターを立ち上げた。相続に関する一連の相談に応じる。また少子化の中、大家が嫌う住宅確保要配慮者(高齢者や外国人)の居住ニーズが増えてきており、「安心して貸せる、借りられる」サービスの構築と環境整備をしていきたい。

【わたなべ・むねあき】1997年、日本大学法学部経営法学科卒、三井不動産リアルティ入社。3年後に退職し、父が経営する桂不動産(当時の本社は土浦市)に入社。龍ケ崎支店、阿見荒川沖支店、ひたちの牛久支店、つくば本店などの開設に携わり、2015年、社長に就任。現社員は286人、今9月期の売上高は80億円を越す見込み。全国賃貸管理ビジネス協会理事、全国賃貸住宅経営者協会連合会・県南支部長など。土浦市出身、

【インタビュー後記】東京圏発の土地・住宅価格上昇は外国勢の不動産投資が活発化しているのが主因。超金融緩和で銀行が融資に狂奔しバブルが発生した40年前とは背景が違う。渡邉さんの話でも施工者の採算重視対応は至ってクール。それにしても桂不動産が無借金経営とは驚いた。支店展開・運用でも住宅要配慮者対応でも堅実かつ賢明といえる。(経済ジャーナリスト、坂本栄)

世捨て人のような、この半年《ハチドリ暮らし》63

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写真は筆者

【コラム・山口京子】主治医から、もう一回、抗がん剤治療をしましょうと言われました。そして、CT、MRI、PET、血液検査の結果を踏まえ、手術を見極めたいようです。がん治療を始めて半年がたちました。この間、世捨て人のような状態だったと思います。ニュースを見ていても上の空…。

がん関連や死に関する本を読みましたが、生きている間は生きていることに向き合おう―なんとなく、いろんなことが気になっています。

自民一強、あまりにも自分勝手

テレビのニュース番組で、行列のできるお店は放映するのに、各地で行われている様々なデモについては放映しない。あれこれ検索していた時、デモカレンダーというものを知ったからです。デモは市民の大切な意思表示であり、市民の声を伝えることは報道にとって大事なことではないのかと。

デモを裏で扇動している組織があるといった声がありますが、私たちの行為はさまざまな情報に扇動、洗脳、誘導されていると気づいた方が、自分の身を守るには役立つと思うようになりました。

また、サッカーフィーバーの陰で、国会でどんな法案が通り、その意味することはなんなのか―適切な解説がないことも気になります。あるのかもしれませんが、自分は適切な情報にアクセスできていません。

選挙で自民党が一強状態になり、あまりにも自分勝手に見えてしまいます。選挙で勝ったといっても、実際の投票数はどうなのか? 公職選挙法や政治資金規正法をどうにかしないと、まともな選挙はできない、国民を代表する議員を選べないのでは、と。議員定数減よりも、そっちの方をどうにかしてほしい、と。

国庫に帰属した土地はどうなる

相続土地国庫帰属法を利用して、田と畑の処分を検討した自分としては、法律のその後が最近新聞記事になったのを読み、考えさせられました。国庫に帰属した土地がその後どうなるのか? 簡単にいうと、二束三文で民間に売り出されるようです。

戦後の農地改革から80年。農地から農民を追い出すような政策が、連綿と続いてきた日本農業の歴史。昔、農家は甘やかされているという声が随分ありましたが、結局、農業収入では生活できませんでした。相続人が手放した農地が国庫から民間へ…。はやりの投資ファンドが利用するようになるのでしょうか? (消費生活アドバイザー)

「つちまるを引き上げて」土浦駅前に第3弾のトリックアート

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穴に落ちそうな「つちまる」を引き上げるポーズをとる土浦市商工観光課職員=土浦駅西口前のうらら大屋根広場

土浦駅西口前のうらら大屋根広場の床面に、同市のイメージキャラクター「つちまる」のトリックアートが出現した。地面に空いた穴に落ちそうな「つちまる」を描いた作品で、同市が2024年度から取り組む市役所本庁舎のシャッターや壁面を活用したトリックアートの第3弾になる。

作品の大きさは縦約2メートル、横約3メートル。トリックアートの制作で知られる栃木県那須町の企画制作会社エス・デーのアーティストが、6月22日から24日まで、3日間かけて制作した。制作費は55万円。

シャッターや壁面に描いた第1弾と第2弾の作品は見て楽しむことが中心だが、今回の床面のトリックアートは、作品の上に立ったり、ポーズをとりながら写真を撮ったりすることで「作品の世界に入り込んだような体験ができる」と市商工観光課はPRする。

安藤真理子市長は「土浦市、頑張ろうよ、という気持ちを込めた。高校生が写真を撮っている様子も見られ、壁面の作品より受けている感じがする。ぜひみんなに、つちまるを引き上げてほしい」と話している。

街中に彩りをつくろうと同市は2016年から、高校生が中心市街地の空き店舗のシャッターに絵を描くなどしてきた。24年からはトリックアート制作専門会社が市役所1階のシャッターに、つちまるがシャッターを持ち上げているようなトリックアートを描き、昨年は市役所1階の壁に、つちまるが壁を突き破って飛び出してくる作品を描いた(25年9月1日)。

常陽史料館「妖怪展」を訪ねて《ふるほんや見聞記》18

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常陽史料館「妖怪展」展示室

【コラム・岡田富朗】水戸市備前町にある常陽史料館は、1995(平成7)年に常陽銀行の創立60周年を記念して設立されました。郷土の歴史や芸術文化、金融経済に関する資料を収集・保存し、広く一般に公開しています。館内では8月29日まで「妖怪展」が開催されています。「百器夜行絵巻」や、「相馬の古内裏」(歌川国芳画)をはじめ、妖怪を描いた和書や絵巻、浮世絵、さらに妖怪をテーマにした現代の陶芸作品など、計44点が展示されています。

「相馬の古内裏」 歌川国芳画(坂東市立資料館蔵)

本展の担当学芸員である千葉隆司さんは「現在では妖怪はキャラクターとして親しまれることが多いですが、その成り立ちや伝承を調べていくと、その土地の歴史や人々の暮らし、信仰のあり方が見えてきます」と話してくださいました。今回の展示にあたっては、県内各地に伝わる昔話や民話を改めて読み返し、物語に登場する妖怪について調査を重ねたそうです。

古い文献に目を向けると、奈良時代の713(和銅6)年に編さんされた「常陸国風土記」には、蛇の体に角を持つ神・夜刀神(やとのかみ)や巨人の伝説が記されています。これらは現在では妖怪のような存在として語られることもありますが、当時は神として人々に認識されていました。千葉さんは「神様と妖怪は紙一重の存在です」と話します。

そして「どちらにも共通しているのは、目に見えない存在を信じる日本人の精神文化です。その背景には、自然界の森羅万象やあらゆる事象に神々が宿ると考える『八百万の神(やおよろずのかみ)』という信仰が根付いており、こうした価値観が妖怪文化の形成にも大きく影響しているのではないでしょうか」と語ってくださいました。

茨城県は、県内最高峰の八溝山でも標高約1000メートルと比較的低く、山や海、平野など変化に富んだ自然環境が広がっています。そのため、古くから人々は山や川、里山など自然と密接に関わりながら暮らしてきました。また霞ケ浦や利根川をはじめ、多くの河川や水辺があることも茨城県の特徴です。

千葉さんは、こうした豊かな自然環境が、県内各地に妖怪伝承が数多く残る背景の一つではないかと話します。例えば、水辺では子どもたちを水難事故から守るための戒めとして河童の伝説が語られ、山では遭難や危険への警鐘として天狗や鬼の伝承が生まれたとも考えられています。そのため、茨城県には河童や天狗、鬼をはじめ、地域ごとに特色あるさまざまな妖怪の話が今も語り継がれているそうです。(ブックセンター・キャンパス 店主)

<千葉隆司さんのギャラリートーク>
・日時:8月8日(土)午後1時半から約1時間
・場所:芸文ギャラリー(水戸市三の丸、「妖怪展」の第2会場)、予約不要、無料

合同チーム同士が対戦、麻生・国際が勝利【高校野球茨城’26】

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3回表茨城連合1死二塁、三ゴロを処理した川口が走者の進塁を阻止する

第108回全国高校野球選手権茨城県大会3日目の6日、ノーブルホームスタジアム水戸の第2試合は、麻生・国際(麻生・つくば国際)と茨城連合(茎崎・茨城東・結城一・総和工・笠間・わせがくPURE・岩瀬)という合同チーム同士の対戦となり、麻生・国際が6-3で勝利し2回戦へ駒を進めた。

6日第2試合、ノーブルホームスタジアム水戸
茨城 連合 100000002 3
麻生・国際 10004010X 6

麻生・国際が5回裏の大量点でペースを握った。茨城連合は最終回に追い上げたが届かなかった。「互いに我慢する展開で、点を取れなくてもあせらず、自分たちの野球ができるかが課題だった」と麻生・国際の岩知道裕生監督。

1回表茨城連合2死三塁、飯島の暴投で梅山が生還

初回は互いに相手のミスを突き1点ずつを奪い合った。1回表の茨城連合は2番・梅山昊(茎崎)が中前打で出塁し、盗塁と内野ゴロで三塁へ進み、相手投手の暴投により先制のホームを踏んだ。1回裏の麻生・国際は2番・矢口大聖(つくば国際)が遊ゴロで出塁、3番・布施大翔(つくば国際)の内野安打で1死一・三塁とし、こちらも相手投手の暴投で矢口が生還した。

2回表茨城連合無死、左飛を鷺沼(左)がジャンピングキャッチする

麻生・国際の先発投手、飯島壮次朗(麻生)は3・4回に5四死球と乱れ、4回途中から矢口に交替。「急に出番が来たが、スイッチを入れ直してしっかり投げられた。緩い変化球で相手の打ち損じを誘い、リズムに乗って流れをつくれた」と矢口の振り返り。捕手の布施大も「矢口の今日一番の球を見極め、それでカウントを取って相手を打ち取ることができた。特に変化球で空振りを取った後のまっすぐがいいコースに決まっていた」と評した。

4回途中から登板し9回までのロングリリーフを成功させた矢口

そして5回裏、「大振りが目立っていたので、球を引き付けてコンパクトなスイングをしよう」との岩知道監督のアドバイスが麻生・国際に流れを呼んだ。7番・川口翔大(つくば国際)の中前打を皮切りに、9番・布施維士(つくば国際)のバントヒットなどで1死一・三塁とし、1番・羽生倭(麻生)の右前打で2点を追加。続く矢口の内野ゴロでチャンスを広げ、4番・菅沢蓮の左翼への二塁打でさらに2点を加えた。

5回裏麻生・国際1死二・三塁、羽生の右前打で川口に続き布施維が生還

麻生・国際は7回裏にも5番・飯島の中前打で1点を追加。茨城連合は9回表に4連打と犠飛で2点を返すもののそこで力尽きた。4打数3安打と善戦した梅山は「監督がたくさん指導してくれたのでその成果が出せたのは良かった。2年半努力してやって来たが、上には上がいて1つ勝てなかったのが悔しい」と残念がった。

8回表2死三塁、走者の本塁突入を布施大が阻止する

麻生・国際はキャンパスが離れているので平日は合同練習ができないが、土日の練習試合やその後の特別練習などで連携を磨いてきた。「互いの個性が混じり合い、バランスの良いチームになった」と岩知道監督。次戦は12日、J:COMスタジアム土浦の第2試合で常総学院に挑む。(池田充雄)

土浦一、コールド勝ちで2回戦へ【高校野球茨城’26】

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5回1死満塁でレフト前に2点タイムリーヒットを放つ土浦一の北原律。この回、大量得点で試合を決めた

第108回全国高校野球選手権茨城大会は3日目の6日、1回戦が行われた。ノーブルホームスタジアム水戸では土浦一が水戸三と対戦、土浦一は7回コールド13ー2で勝ち、2回戦進出を決めた。水戸三は創部3年目で初勝利を目指したが、かなわなかった。

6日第1試合 ノーブルホームスタジアム水戸
土浦一 1102603   13
水戸三 0001001 2

松橋隆太郎が生還してハイタッチする土浦一の選手たち

土浦一の荒木理行監督は「勝ち慣れてなく3日前の練習から緊張していたので、緊張をほぐすための声掛けを意識して『思い切り楽しんでやれ』と選手にアドバイスした」と話した。土浦一は投打で水戸三に圧勝した。

土浦一は初回2死2塁で岡田侑樹が、水戸三先発の永山遼から真ん中高めのストレートをとらえ、センター前にタイムリーを放ち先制する。岡田は「1打席目でヒットが出て安心した。投手を楽にすることが出来た」と振り返る。

1回2死2塁、土浦一の岡田侑樹がセンター前へタイムリーヒットを放つ

2回には2死2塁で渡辺安道がレフト前にタイムリーを放ち、2点をリードした。4回にも2点を追加。5回には北原律の2点タイムリーなどで打者一巡し、大量6点を追加、試合を決めた。北原は「点差が開いていたが気を緩めることなく追加点が取れて良かった」と話した。

土浦一先発のエース白根大輝は5回を投げ、水戸三打線を3安打1失点に抑える好投を見せた。白根は「いつもの練習通りのような気持ちと、自分のピッチングをすることを意識してマウンドに上がった。ストレート、カットボールが調子よく決まった」と振り返り、その後は渡邉颯太、上崎大輝がランナーを出しながらも要所を締めた。

先発した白根大輝

荒木監督は「先発の白根がしっかり落ち着いて投げられたので、打線も落ち着いて攻撃が出来た。水戸三先発の永山君が良い投球をしていたが、徐々に目が慣れて中盤で捕まえられたので楽に試合を進めることが出来た。次の境との対戦では、自分たちのベストを尽くしてしっかり勝ち切れるように頑張る」と意気込みを語った。

松橋隆太郎主将は「この日のためにチーム全体で調整、準備してきたことができて良かった。緊張感を持ちながら自分たちの力が発揮出来て良かった。次の境は格上なので厳しい試合になるけど、チャンスをものにして勝ちたい」と力を込めた。(高橋浩一)

かやぶき文化継承へ 保存会をNPO法人化 今後は交流の場づくりにも力

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NPO法人筑波山麓かやぶき文化保存会代表理事の新田穂高さん

石岡・八郷で記念イベント

石岡市八郷地区で、かやぶき屋根の保存活動に取り組んできた市民団体「やさと茅葺き屋根保存会」が法人化し、「NPO法人 筑波山麓かやぶき文化保存会」(新田穂高代表理事)として新たな一歩を踏み出した。4日、法人設立を記念するイベントが同地区の廃校を活用した朝日里山学校で開かれ、団体関係者や地元住民ら約45人が節目を祝った。今後は保存活動に加え、里山文化を学ぶ講座や散策会、かやぶき民家の見学会などを企画し、地域と都市部を結ぶ交流の場づくりにも力を入れる考えだ。

同法人には現在、石岡市内や近隣地域のかやぶき家屋の所有者をはじめ、活動を支えるボランティア、かやぶき職人、研究者など約70人が参加する。会員は、毎年のかや刈りや、かやぶき作業の補助をしてきた。近年は東京や神奈川など県外の会員も増えているなど、地域を超えた関心が広がっている。

高エネ研のかや場が活動のきっかけ

記念講演をする筑波大名誉教授の安藤邦廣さん

前身の「やさと茅葺き屋根保存会」の発足は2004年、地域住民らがかや葺き屋根の保存を目的に設立した。管理されたかや場が減り、以前はあった、住民が協力し作業する習慣がなくなるなどし、かや集めに苦労していた。そんな中、つくば市大穂の高エネルギー加速器研究機構(高エネ研)の敷地内にかや場があると知った関係者らが集まり、かや刈りをしようと設立したのが同保存会の始まりだった。

この日の記念講演では、団体設立のきっかけをつくり、長年にわたり八郷地区のかやぶき民家を調査・研究してきた筑波大学名誉教授で日本茅葺き文化協会代表理事の安藤邦廣さんが記念講演した。八郷地区の人々が、かやの確保に苦慮していた際、高エネ研敷地内にかや場があることを紹介したのが安藤さんだった。今後も研究機関と調整し作業するには団体組織が望ましいとの安藤さんからの助言が、設立につながったという。高エネ研でのかや刈りは、現在も毎年続く中心的な活動となっている。

安藤さんは1980年代初めに筑波大学に赴任して以来、八郷地区のかやぶき家屋を調査。「八郷は気候が穏やかで首都圏にも近く、豊かな農家が多かった。そのため福島県会津地方などから多くのかやぶき職人が移り住み、職人の集住地となった」と説明し、地域の歴史や暮らしの中で育まれてきた、かや葺き文化の特徴を紹介した。

イベントが開かれた八郷地区の朝日里山学校

里山と都市結ぶ拠点目指す

代表理事の新田穂高さんは「かやぶき屋根を残していくには、これまで以上にしっかりした組織基盤が必要だと感じていた。法人化によって多くの人や団体の協力を得やすくなり、若い世代にも活動を継承していける体制を整えたかった」と法人化の経緯を説明した。

その上で「かやぶき屋根は農村文化の象徴。私たちが大切にしてきたのは建物そのものだけでなく、家主や職人、ボランティアのつながり」だとし、「石岡市でもかやぶき屋根は半数以下に減り、(かやの調達の難しさや経済的な負担から)世代交代の中で『負の遺産』と受け止められるケースもある。一方で若手職人が育つなど希望も生まれている」と話した。

さらに新田代表理事は「昨年は高エネ研をはじめ10カ所のかや場でかや刈りを行った。筑波山麓のかやぶき文化や里山を地域資源として生かし、地域住民や都市住民、子どもたちをつなぐプラットフォームを目指したい」と展望を語った。

理事で石岡市在住のかやぶき職人、渡辺大さん(43)は「かつては、ふき替えもかやの調達も地域住民が担っていたが、現在は家主が作業に関わることが難しく、職人が材料調達まで担うため負担が大きくなっている」と現状を説明。「会ではかやの確保を支援し、空き家となったかやぶき民家の紹介なども行っている。今後もかやぶき家屋を残す取り組みに力を入れたい」と話した。

県内出身で、居住していた東京都から八郷地区に地域活動協力隊員として移住し、同保存会の事務局を務める山藤香織さん(45)は「地域の暮らしや自然との関わり方を学べることは何にも代え難い経験。こうした営みを次世代へつないでいけるよう活動を続けたい」と話していた。(柴田大輔)

つくばサイエンス、初勝利ならず【高校野球茨城‘26】

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1回のピンチにマウンドに集まるつくばサイエンスの選手たち

第108回全国高校野球選手権茨城大会は2日目の5日、1回戦が行われた。笠間市民球場ではつくばサイエンスが石岡一と対戦、5回コールド0-25で敗れ、つくばサイエンスとしての初勝利にはならなかった。

5日第2試合 笠間市民球場
サイエンス 00000 0
石 岡 一 9754× 25

サイエンスは5つの失策が全て相手の得点につながり、流れを引き寄せることができず17安打を許し、毎回失点した。打線は石岡一先発の左右田陽翔から3安打を放つが点に繋がらず、初戦で敗退した。 

1回石ケ森勇璃がセンターにチーム初安打を放つ

サイエンスは1回2死後、石ケ森勇璃がセンターにはじき返すヒットを放ち、続く前田泰輝も内野安打で出塁し1、2塁とした。「初球の真っすぐを狙っていた。自分のスイングが出来て良かった」と石ケ森。しかし、続く関龍大が三振に倒れ、チャンスを逃した。

その裏石岡一は、サイエンスの守備の乱れや四死球、連打で大量9得点を挙げる。サイエンスは先発石ケ森から2番手関がマウンドに上がるが、石岡一の勢いを止めることが出来ず、2回には7失点。石岡一は3回にもサイエンス3番手の栗原宙大から5点を追加した。

2番手として登板した関龍大

サイエンスの佐藤将光監督は「試合前に相手が強いのは分かっていたので、ミスをしても結果が出なくても下を向かずにやって行こうとアドバイスをした。選手は一生懸命、最後まで諦めずに頑張れるチームだった。よく戦った。石岡一は投手がいいので、3安打打てたのは良かったし、チャンスもつくれた。その少ないチャンスをものにすることがチームとしての次の課題」と話し「3年生は人数が少ない中で、昨年の秋以降は連合チームで、4月から単独チームに戻って苦労しているので、そういう状況でも諦めずによく頑張ってくれた」と選手達を讃えた。

声援を送るつくばサイエンスの応援団

先発した石ケ森投手は「立ち上がりからランナーを出してしまってバックには迷惑をかけてしまった。変化球も直球も思ったようにいかなくて、制球は出来ていたと思うが、甘い球になると簡単に打たれてしまい、石岡一の打線が上手だったしレベルが高かった。3年間やってきてサイエンスとして新しい学校になり校歌も代わった。人数が足りず練習も満足に出来ない状態だったけど、最後までやりきれたことは誇りに思う」と満足げに語った。

前田康輝主将は「このような結果になってしまったけど強豪石岡一相手にチーム全員で最後まで諦めずに戦えて良かった。自分の力は発揮出来た。今後は3年生が抜けるので、部員が入らない限り連合になるけど、連合でも最後まで貫いて頑張って欲しい」と後輩たちにエールを送った。(高橋浩一)

試合終了後、スタンドにあいさつするつくばサイエンスの選手たち

土浦三、8回コールド発進【高校野球茨城’26】

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8回表土浦三無死満塁、倉田の適時二塁打で2者生還。写真は二走の田中凛太郎

第108回全国高校野球選手権茨城県大会は2日目の5日、1回戦が行われ、J:COMスタジアム土浦の第1試合で土浦三が牛久栄進と対戦した。土浦三は8-0のスコアで8回コールド勝ちを収めた。

5日第1試合、J:COMスタジアム土浦
土 浦 三 00001106 8
牛久栄進 00000000 0

土浦三が落ち着いて初戦の難所を乗り切った。竹内達郎監督は「苦しい展開だったが野手陣がしぶとく我慢し、バッテリーが力を合わせて無失点に抑えることができた」と選手たちを称えた。

2回裏牛久栄進2死一・三塁、三走を挟殺に仕留める土浦三

序盤は走者を出しながら、あと1本が出ない展開。初回は2死一・二塁から内野フライに倒れ、2回も2死一・二塁としたところで降雨により1時間21分の中断をはさみ、再開後にフライアウトになった。「相手の坂本くんは軟投派の投手。打ちあぐねることも考えられロースコアの展開を予想していた」と竹内監督。

土浦三の先発はエースの星加塁。「内野ゴロを打たせて取る自分のスタイルで最後まで押し切れた。今日は気合いが入って球威もあり、しっかり腕を振る意識で、過去最速の134キロを記録することができた」との振り返り。「昨年夏までは二遊間を守っていたが、肩の良さと器用さを買って秋から投手に抜擢。内野手ならではの体の横回転を使ったスローイングを生かし、サイドスローに挑戦させた」と竹内監督。

土浦三の先発投手、星加

野手陣も好守備で盛り立てた。2回裏の牛久栄進の攻撃では、1ヒット1エラーで2死一・三塁とされた場面でダブルスチールを仕掛けられた。まず一走が二塁を狙い、塁間に挟まれたところで三走が本塁を狙うという作戦だ。だが三走がハーフウェーでタイミングをうかがっている間に、一塁手が突如三塁へ送球し、相手の裏をかいて三走の挟殺を成功させた。

流れが大きく変わったのは5回の攻撃から。「浮足立つと上半身から突っ込むような打ち方になる。下半身をしっかり溜めて打ち込みに行こう」と竹内監督の指示。これに応えて先頭の8番・蓮田暖人が中前打、9番・倉田琉生が送りバントを決め、1番・浅倉陽向の中前打で1死一・三塁。ここで2番・小林蓮司が左前打を放って1点を先制した。「打ったのはアウトハイのまっすぐ。前の2人がつないでくれ、いいところでいい仕事ができた」と小林。

5回表土浦三1死一・三塁、小林の左前打で1点を先制

続く6回は代打の武田蒼東が内野安打で出塁し、蓮田の左翼線への三塁打で1点を追加。「前の打席のヒットでいい感触をつかんだ。インコースの緩い球をしっかり引き付けて打てた」と蓮田。

6回表土浦三2死二塁、蓮田が適時三塁打を放つ

8回、牛久栄進は先発の坂本をあきらめ救援投手3人を送り込むが、いずれもコントロールが定まらない。この回だけで満塁押し出しの4点と、倉田の適時2塁打による2点を加え、コールド勝ちが決まった。土浦三の2回戦は11日、ひたちなか市民球場の第2試合でBシードの鹿島学園と対戦する。(池田充雄)

高校野球茨城大会が開幕 92校84チームが入場行進

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入場行進する選手たち

第108回全国高校野球選手権茨城大会の開会式が4日、水戸市のノーブルホームスタジアム水戸で行われ、三つの連合チームを含む92校84チームが入場行進した。大会が順調に進めば、決勝は25日にノーブルホーム水戸で行われる。

午前9時、大洗高校マーチングバンド部「ブルーホークス」71人の演奏が鳴り響くと、スタンドからは大きな拍手と歓声が沸き起こった。最初に昨年の覇者明秀日立が入場、続いて春の県大会を制し今大会の優勝候補筆頭。土浦日大が入場した。土浦日大の吉田惺南主将は「夏の大会が始まりワクワク感、高揚感が湧いてきた。(昨年は初戦となった2回戦で敗退し)夏は勝てていないので悔しい思いをした。初戦からチャレンジャーとして戦い、県大会を圧勝してリベンジし、甲子園で日本一になりたい。」と抱負を語った。昨年に引き続き、各校の選手、マネージャーがプラカードを掲げた。

今大会優勝候補の土浦日大の選手たち

開会式で県高校野球連盟の深谷靖会長は「3年生にとっては仲間と共に歩んできた高校野球の集大成となる最後の戦い。仲間を信じ、自分を信じ、最後まで諦めず挑戦する姿、互いを敬い全力を尽くす姿、その一つ一つが多くの人々に勇気と感動を与える。高校野球は勝敗を競うだけのものではない。人を育て地域を元気にし日本の教育文化を支える大切な存在。今日まで皆さんを支えて下さったご家族、先生方、仲間、地域の方々に感謝の気持ちを胸に一戦一戦を戦ってほしい。この夏に育まれる友情や絆は一生の宝になる」とあいさつを述べ、「夢の聖地甲子園への挑戦が今日から始まる。一球に込める思い、一歩踏み出す勇気、その一瞬一瞬が皆様の道しるべになるはず。胸を張って最後まで自分の高校野球を貫いて下さい」と話した。

選手宣誓で勝田工の仁平晃祐主将は「私はこの2年半 慣れ親しんだグラウンドで白球を追い続けた。ユニホームを真っ黒にしながら己の限界に挑戦し、ひたむきに努力を重ね仲間と絆を深め合い切磋琢磨してきた。最近高校野球も変わりつつあるが、それでも一球入魂の精神は変わらず受け継がれ、全チームの全部員が全力でプレーし、自分たちの青春を背負って戦い抜く、それだけで高校野球の魅力を存分に伝えることが出来る。これまで支えて下さった全ての方々に感謝し、相手チームを敬い、正々堂々戦うことをここに誓います」と力強く宣言した。

選手宣誓をする勝田工の仁平晃祐主将

司会進行を務めたのは、共に野球部マネージャーで3年の日立一の小松愛心さんと東海の石井さくらさん。2人とも「緊張していたけどミスなく最後までやりきれてよかった」と安堵した様子。小松さんは高校球児たちに「夏は一番大きな大会で3年生は引退がかかっている大会。最後まで諦めずに一生懸命頑張ってほしい」とし、石井さんは「これまで共に練習してきた仲間との最後の時間を一瞬一瞬、一球一球を大切にしてほしい。」とエールを送った。

司会進行の東海高校の石井さくらさん(左)と日立一高の小松愛心さん

昨年夏の大会後に3年生約30人が引退し部員数が大幅に減少、今夏、15人で今大会に挑むつくば秀英の安藤翔ノ介主将は「部員数が少ないがコミニケーションがとれている。夏に標準を合わせきた。自分たちに出来る事を精一杯やり目の前の試合を一つ一つ勝って、つくば秀英の名に恥じないよう甲子園出場を目指す」と力を込めた。

茨城連合として出場する茎崎は部員数2人。土日は茨城東、総和工のグランドで練習を重ねてきた。茎崎の梅山昊(ごう)選手は「センターラインの守備は良くなってきていてる。バッティングに力を入れているのでヒットを打ってこれまで支えて下さった先生方にプレーで恩返ししたい」と話した。(高橋浩一)

人のために頑張る、目に見えない力がチーム支えている 土浦日大・小菅勲監督【高校野球展望’26】㊦

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小菅勲監督

高校野球強豪校の名監督インタビュー2人目は土浦日大。春の茨城大会を制し、春季関東大会では1勝を挙げ、続く準々決勝では強豪の関東一を相手に互角の戦い(3対4)を演じた。この夏、第1シードとして茨城の頂点を目指す小菅勲監督に、チームの現状、投手陣の陣容、そして甲子園という舞台へ向かう姿勢について、率直な思いをうかがった。

春からさらにワンランクアップ

―まず、今年のチームの仕上がり具合については、現時点でどのように評価されていますか。

小菅 非常に自信となった春でした。その春からもさらにワンランクアップしようということで、この6月を過ごしてきました。力強さは間違いなく増しています。夏は体力勝負ですので、かなりハードなトレーニング、特にフィジカル面の強化を重点的に行ってきました。選手もそれに一生懸命ついてきてくれましたので、必ずこの夏、その成果が出るだろうと期待しています。

何よりも、ピッチャー陣が安定してきたことが最大の強みです。打線は調子の波があるため読めない部分も多いのですが、投手が安定していることは勝利のベースとして非常に大きいです。

―県内の高校野球ファンの間でも、プロ注目の小池陽斗投手をはじめとした土浦日大の今年の投手陣は盤石だと評判です。具体的な顔ぶれを教えてください。

小菅 右の本格派である小池と島悠希、そして左の板橋悠希。あとは、2年生左腕の園山祐平も台頭してくるでしょう。この陣容には信頼を置いています。

6月は課題に徹底的に向き合った

―春の大会を振り返って、課題や収穫はどんな点にありましたか?

小菅 まず優勝を目標に掲げて、それを達成できたことが最大の収穫です。やはり目標は言葉に出して掲げることに意味があります。選手たちが持てる力を存分に発揮できたということが、何よりの結果でした。

一方で課題は、走攻守全てにおいて細かいミスがまだ見られる点です。特に関東大会を経て、それを痛感しました。効率的な連打が出ない中でも、いかに得点力を上げていくか。6月はこの課題と徹底的に向き合ってきました。ランナーを動かす作戦や、右打ち、バントを確実に決めること。これらは野球の土台です。ただ打つだけではなく、どうやって得点力を高めるかという戦略を磨いてきました。

―春の試合を拝見して、簡単にバントをしない印象を受けました。

小菅 それは私の中で、場面ありきというより、人ありきだからです。できる者に、できることをやらせる。それを重要視しているだけで、無理にセオリーに縛られる必要はないと考えています。

甲子園4強の代と、実力遜色ない

―チームの戦力層についてはいかがでしょうか。

小菅 チームの成熟度に関しては、3年前の甲子園4強入りした代と比べても、持っている実力そのものは遜色ないレベルにあると感じています。大舞台を経験した代と同様に、今のチームにも大会を通じて急激に成長していく素養は十分に備わっています。

―選手の役割分担や、控えの存在について教えてください。

小菅 うちはベンチウォーマー(控え)ではなく「ベンチスターター」と呼んでいます。試合の中盤以降に出て、流れを変えたり、勝利を確実なものにしたりする存在です。6月はレギュラー争いも活発で、春よりも戦力層が確実に厚くなっています。彼らがケースバイケースで役割を果たすことで、夏を通じてさらなる成長を見せてくれると確信しています。

井上記録員を甲子園のベンチに

―チーム全体の士気や雰囲気はいかがでしょうか?

小菅 士気は非常に高まっています。「春の優勝は過去のもの。夏は夏で、このメンバーで初めて目指す優勝なんだ」と選手たちには言い聞かせています。第1シードだからといって守りに入るのではなく、チャレンジャー精神で意気揚々と臨む雰囲気です。

―チームの強みや武器はどこにありますか?

小菅 練習の量と質への自信、そして何よりチームワークです。今年の3年生は特に仲が良い。試合後にベンチ入りメンバーとスタンド応援組が一緒になって喜び合う姿を見ても、今まで見たことがないほどです。

そして、記録員の井上という生徒の存在が大きいです。彼は昨年、悪性リンパ腫という大きな病気と闘い、1年間の療養生活を経て今年戻ってきました。4月にベンチ入りしてから、チームの中で「井上を甲子園のベンチに座らせてやろう」というスローガンが自然と生まれました。人のために頑張れる、そんな目に見えない力がチームを支えています。

キーマンは投の小池と打の吉田

―注目すべき選手、あるいはキーマンを教えてください。

小菅 あえて言うなら、投の小池と打の吉田惺南です。特にエースの小池が先発であれ抑えであれ、相手打線をしっかり抑えることが勝ちへの最大のポイントです。4番を打つ吉田も当然警戒されますが、その前後を打つ打者がどうつなぐか。彼らが中心となって機能することが鍵です。

―キャプテンとしての吉田選手はいかがですか?

小菅 声が出ますし、クレバーな部分もある。何よりチーム愛が強く、甲子園に出るのにふさわしいキャプテンです。過去の代と比較するのではなく、「自分たちで指標を決める」という姿勢を自ら持てる点は大変素晴らしい。

甲子園を見て入ってきた世代

―「甲子園を見て入ってきた世代」と言われますが、彼らへの思いは?

小菅 周囲からはそう言われますが、青春時代のチャンスをつかみ取ろうとする思いは毎年同じです。ただ、春に成果を出してくれたことで、「甲子園に行くのにふさわしいメンバーだ」という確信はより強まりました。「甲子園に出場する」ことにこだわりすぎるのではなく、「仲間と最後までやりきる」こと、その延長線上に結果があると伝えています。

7回制は議論のすり替え

―DH(指名打者)制導入の影響についてどうお考えですか?

小菅 現場では大歓迎です。打線の切れ目がなくなり、守備に不安があっても打撃でアピールできるチャンスが生まれる。相手ピッチャーによって左右のDHを準備しておき、試合展開によっては走塁とバントのスペシャリストも必要になってくる。その分、選手の出場機会が増えるので、選手のやる気を引き出す好影響しかありません。

―一方で7回制については?

小菅 個人的には反対です。野球の妙味が損なわれます。試合時間短縮の議論が「7回制」にすり替わっていると感じます。本来の問題は炎天下にあるはずなので、ナイター設備や開催時期の見直しなど、他に解決策はあるはずです。

応援に応え感動を与える

―最後に、応援してくださっている皆様へ一言お願いします。

小菅 最近は球場に足を運んでくださる方が増えていると感じます。高校野球は若者が青春を賭けて挑む舞台です。温かい目で見守っていただければ幸いです。また、OB会をはじめ関係者の皆様の支えには感謝しかありません。選手たちには「皆さんからの応援に応えること、感動を与えることが大事な要素だ」と伝えています。皆様と共に、この夏、甲子園を目指して努力を続けていきます。

【取材後記】小菅監督の言葉から強く感じられたのは、このチームが持つ「温かい結束力」だ。特に、闘病生活を経て復帰した記録員を「甲子園のベンチへ」という全員の共通目標が、技術以上の強い一体感を生んでいる。技術や戦術の緻密さだけでなく、こうした「人のために」という純粋な思いが、土浦日大の底力となっていると感じた。第一シードとして迎えるこの夏、彼らがどのようなドラマを見せてくれるのか、今から期待で胸が高まる。(伊達康)

終わり

※毎年、高校野球3強監督インタビューを掲載していますが、本年は諸般の事情により霞ケ浦高校 髙橋祐二監督のインタビューを見送らせていただきました。

「推し活」は認知症を予防するか?《看取り医者は見た!》53

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写真構成は筆者

【コラム・平野国美】訪問診療で訪れたお宅のドアを開けると、高齢の女性患者さんのベッド脇の壁に、若手俳優の等身大ポスターが貼られていることが増えてきました。部屋には、応援グッズやキャラクター商品が並び、まさに「推し活」の真っ最中なのです。

診察中も「先生、この間のテレビ見た?」と、まるで少女のように目を輝かせて語ってくださいました。その生き生きとした表情を見て、私は深く合掌したいような温かい気持ちになると同時に、医師としてある仮説を抱きました。「推し活」は生活に彩りを添えるどころか、認知症を予防するのではないか?

「ワクワク」で分泌するドーパミン

ある方は、数カ月前までは真逆の状態にありました。ベッドの脇に腰掛け、テレビを見るでもなく、ぼんやりと一点を見つめ、声を掛けても視線がゆっくり動くだけ。医学の世界で「アパシー(意欲低下)」と呼ばれる独特の無気力な表情で、認知機能の低下が進みかねない危うい局面にいたのです。

しかし朝のワイドショーで、ある1人のアイドルを見かけてから彼女の生活は一変しました。

前回(6月6日付)、現役引退や環境の喪失によって社会での役割が途切れると、脳への刺激が失われ、認知症のリスクが加速するというお話をしました。そのとき、脳の内部で枯渇しているのが「ドーパミン」という神経伝達物質です。

ドーパミンは、私たちがワクワクしたりするときに分泌されます。興味深いことにこの物質は「目標を達成したとき」よりも、「これから楽しいことが始まるぞ!」という期待の段階で多く分泌されるのです。明日への小さな楽しみやときめきこそが、脳を若々しく保つ原動力になります。

「明日やらねばならないこと」がなくなると、脳内はドーパミン不足に陥り、アパシーを引き起こします。アパシーは単なる怠けではなく、脳のスイッチがオフになった危険なサインです。放っておけば、脳の神経細胞は刺激を失い、ドミノ倒しのように認知症を進行させます。

この脳内ドミノを食い止める最高の特効薬こそ、彼女たちが夢中になっている「推し活」なのです。これは若い世代だけのブームと思われがちですが、実は今、高齢女子の皆さんの間でも多く見られる現代的な現象です。

見返りを求めない純粋なトキメキ

推しができた瞬間、彼女の日常には「次の番組を見るためにリハビリを頑張ろう」「今度のコンサートには明るい色の服を着て出かけよう」という、明日へのワクワクする予測と行動が自動的に組み込まれました。この見返りを求めない純粋なトキメキが、枯渇しかけていた脳内ドーパミンを劇的に呼び覚ましたのです。

リハビリもすっかりやる気になり、いつかファンの交流会に出かけたいのだと、うれしそうに目標を語ってくださいました。(訪問診療医師)

中軸不在、伝統の小技と走塁極める 常総学院・島田監督【高校野球展望’26】㊤

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島田直也監督

第108回全国高校野球選手権茨城大会が7月4日開幕する。今年も、強豪の常総学院と土浦日大の名監督にインタビューした。先頭を飾るのは、茨城県の名門・常総学院高校野球部。長年、県下をけん引してきた同校において、今、指揮官の島田直也監督は「未知の可能性」を秘めたチームと向き合っている。春の県大会では、強豪・土浦日大の前に屈したものの、監督の眼差しは悲観的ではない。中軸不在という課題を抱えながらも、なぜチームは強くなれるのか。投手陣の育成から、現代野球の是非を問うDH(指名打者)制、7回制の議論まで、島田監督の率直な言葉から「常総野球」の現在地をひも解く。

チャレンジャーとして挑む

―まず、春の大会を終え、チームの仕上がりをどう見ていますか。

島田 正直に言えば、過去2年と比べると戦力は劣ります。だからこそ、常に「チャレンジャー」の意識で戦う必要がある。春の反省点は、勝負どころでの得点力不足です。実戦になると練習通りのプレーができないもろさがある。特に投手陣は、「抑えなければならない」という重圧にさいなまれ、ストライク先行の投球ができていない。守備陣が間延びしてしまう悪循環をいかに断ち切るかが、夏の最大のテーマです。

―過去2年間とは異なる戦い方が求められそうですね。

島田 そうですね。チームに絶対的な中軸打者がいない。だからこそ、本校の伝統である小技と走塁を極めるしかないんです。これに尽きます。ただ、それが完遂できる時とできない時の波が激しい。夏に向けて、これら基本動作の徹底が勝敗を分けるでしょう。

「常総のエース」という重圧に負けてる

―投手陣の課題や、個々の選手の見立てはいかがでしょうか。

島田 自分自身が投手出身なので、投手には人一倍の思いがあります。しかし今の投手たちは「常総学院のエース」というプレッシャーに負けている印象です。「俺が抑えてやる」という強気な姿勢よりも、「抑えなければならない」という受け身の心理が働き、リズムを崩してしまっている。橋元大雅のような高いポテンシャルを持つ選手もいますが、実戦で投げてみないと分からないもろさがあり、現時点では軸として任せきれないのが実情です。

―チーム全体をまとめる存在として、誰に期待していますか?

島田 現時点では、キャプテンの水口煌太朗を筆頭にチームを鼓舞しようとする姿勢は見られます。ただ、チームがまとまっているのか、それともギクシャクしているのか、実は私にもまだ分からないんです。特徴がないと言えばそれまでですが、裏を返せば、一人ひとりが役割を理解して一つにまとまった時、去年、一昨年のポテンシャル重視のチーム以上の力を発揮できるのではないか、という期待も抱いています。

究極の決断―メンバー選考の苦悩

―ベンチ入りメンバーを決める際、何を最も重視されていますか。

島田 そこが毎年一番悩むところです。練習内容を日々注視し、「今のチーム状況なら、この場面でこの選手が必要だ」というピースを埋めていく作業です。守備固めや大事な局面でのバント、走塁など、特化した能力を持つ選手であれば当然ベンチに入る可能性があります。

打つだけであれば、仮に4打席4本塁打打てば別ですが、それ以外は確実性が全てです。打てなかったら終わり、という選手をベンチにはおけません。打撃一辺倒ではなく、チームの勝利にどう貢献できるかという役割を全うできるかを見ています。二番手以降の選手がレギュラーを脅かす競争を生み出せるか。そこがこの夏に、チームの真価を問う鍵になるはずです。

君たちが歴史をつくればいい

―常総は夏の甲子園出場から10年遠ざかっています。監督就任から5年、夏の甲子園への思いを聞かせてください。

島田 本校が夏の甲子園に出場することに対して、周囲の期待の大きさを常に感じています。私自身、就任してから春の選抜には二度出場させてもらっていますが、「常総が甲子園に行っている印象がない」と言われてしまいます。それだけ、夏の甲子園が特別だということですよね。

でも何年遠ざかっているかは今の選手には関係のないことであり、選手には「君たちがまた歴史をつくればいい」と常に伝えています。過去の伝統に縛られる必要はない。プレッシャーはすべて監督である私が背負う。選手には、自分たちが新しい歴史をつくるという責任を、前向きな自信に変えて欲しいと思っています。最後は笑って終われる夏にするために、その準備をするのが私の使命だと感じています。

コロナ禍で「一人で完結」に偏ったか

―近年、集まってくる選手たちの傾向に変化はありますか。

島田 以前に比べ、打撃には自信があるものの、守備や走塁をおろそかにする選手が増えてきたと感じます。コロナ禍で満足に集団練習ができない期間が長く、打撃練習のような「自分一人で完結できる練習」に偏ってしまった影響かもしれません。野球は9人でやるものです。守備やキャッチボールのように相手との対話が必要な技術を磨かなければ、本当の意味でのチームにはなれない。今の選手には、打つこと以外でも貢献できる技術を身につける重要性を繰り返し伝えています。

7回制移行には明確に反対

―春から導入されたDH制や、7回制への移行議論についてどう見ていますか

島田 DH制についてはメリット・デメリットの両面があります。打撃特化型の選手にチャンスが広がる点は良いですが、一方で代走や守備固めといった戦術的な手駒がより多く必要になります。

また、7回制移行には明確に反対です。9イニングという長い物語の中で起こるドラマこそが高校野球の魅力。現場の指導者や選手たちの声を無視して決めるべきではないと感じています。

選手たちへ「強さ」から「チームの力」へ

―夏の大会に向けた展望と、選手への思いを教えてください。

島田 組み合わせ云々よりも、とにかく、目の前の試合を一つずつ集中してやり切ること。それだけです。常総学院という過去の歴史が、選手たちに過度なプレッシャーをかけている側面もあるかもしれません。しかし私が選手に求めるのは、今この瞬間のプレーに魂を込めることです。

練習で培った小技や走塁は、決して裏切りません。個々の能力が未完成でも、チームとしての決まり事を徹底し、全員が同じ方向を向いた時、このチームは大きな化学反応を起こすと信じています。どんな苦しい展開になろうとも、選手一人ひとりが自分の役割を全うし、グラウンドで躍動する姿を期待しています。この夏、彼らが自分たちの力で新しい常総学院の野球を証明してくれることを願っています。

まずは自分たちの野球をやり切ることです。常総学院という看板がある以上、周囲からの期待もプレッシャーも大きい。しかし、過去の伝統をなぞる必要はない。選手には、ただ目の前のプレーに没頭し、最後は笑って終われる夏にしてほしいですね。

力発揮できるよう熱い応援を

―最後に、応援してくださっている皆様へ一言お願いします。

島田 常総学院という看板がある以上、大会では常に注目を集める存在です。多くの方々が期待を寄せ、時には厳しい視線を送ってくださることも承知しています。その期待に応えることこそが、私の使命だと思っています。

選手たちは、OBや地域の皆様の温かい応援を背に受けて戦っています。どうか、彼らが持てる力を発揮できるよう、変わらぬ熱い応援をお願いします。

【取材後記】インタビューを通じて感じたのは、島田監督の「厳しさと慈愛」のバランスだ。中軸不在と評し、選手の個々の未熟さを指摘する言葉の裏には、夏までに何とかして一つにまとめ上げたいという熱い指揮官としての思いがあった。打撃を「水物」と割り切り、小技と守備という「野球の根幹」を強調するスタイルは、伝統ある常総学院が再び甲子園の頂点を目指すための最短ルートなのかもしれない。10年ぶりの選手権大会出場へ。選手たちが監督の信頼に応え、勝利の扉を力強くこじ開けてくれることを期待したい。(伊達康)

バイシクル・ダイアリーズ ⑶《ことばのおはなし》94

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写真は筆者

【コラム・山口絹記】前回記事では、譲り受けたロードバイクで筑波山に登ってみることを思いついたところまで書いた。そして、この記事を書いている今、私はひとり佐賀県のホテルに輪行袋に入ったロードバイクと共に宿泊している。執筆ペースが現実に追いついていないので意味がわからないと思うが、私自身もどうしてこうなったのかよくわかっていない。このおはなしはまたいつかということで、話を戻そう。

筑波山をロードバイクで登ってみようと思いついたのはよいものの、いきなり山道をロードバイクで駆け上がる自分の姿は全くイメージできない。なんなら家の近くの洞峰公園を走るだけでも腕が疲労でしびれてしまう(ロードバイクはコツをつかむまで脚以外にもさまざまな部位に負担がかかるのだ)始末である。

そこで、以前より計画していた那須への家族旅行にロードバイクを連れていくことにした。ロードバイクは比較的簡単にタイヤを外して小さくできるはずなのだが、そのときの私にはタイヤを外すような技術はなかったので、車の後ろの座席を倒してそのままつっこみ出発した。

那須に到着した次の日。ショルダーバッグにカメラを詰め込み、朝からさっそく宿泊地の近所で爽やかなサイクリングを楽しんでいたのだが、地図を見ていると以前家族で行ったことのある那須どうぶつ王国まで20キロの距離であることに気が付いた。往復40キロならちょうどよいトレーニングではなかろうか?

出発前日に買ったばかりのサイコン(GPSで走行した道や速度、標高などを記録しておける機器)の電源を入れて私は走り出した。

全然、前に進まない…

ロードバイクという乗り物は始めたばかりの初心者でも、時速20キロくらいは楽に出せる乗り物だ。これなら2時間程度で戻ってこられるかもしれない。天気は快晴で涼しさが心地よい。最高の気分で10キロほど走ったあたりで、私は異変に気が付いた。全然前に進まないのである。タイヤのパンクか?と降りて確かめるも、どこにも異常はない。

もう一度バイクにまたがってペダルを踏みこんでみるが、やはりペダルが重い。そしてようやく異変の原因に気が付いた。道がわずかに傾斜しているのだ。

徒歩や車では気にならない程度の坂道が、バイクでは明らかな負荷となるらしい。もしかして、ここから10キロずっと登坂? 以前、どうぶつ王国に行ったときは車だったので、どんな道だったのか全く記憶がない。いやしかし、行きが登りなら帰りは下りだ。頑張ればなんとかなるだろう、と軽い気持ちで再び走り出した私はその後、人生初のヒルクライムに挑戦することになる。(言語研究者)

「友達が少ない」は悪口になるか?《続・気軽にSOS》173

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【コラム・浅井和幸】「だから、お前は友達が少ないんだよ」が悪口になるかと聞かれたら、私は「悪口として成立することが多いでしょうね」と答えます。どうして悪口になるかというと、一般的に「友達が多いことがよい」という価値観が優勢だからです。その上で、「友達が少ないのはコミュニケーションや人間性に悪いところがある」と補足します。

「悪口として成立することが多い」と表現しましが、いつでもどこでも悪口になるとは限らない」と思うからです。友達が少ないことのメリットを知っている相手には、悪口としての意味を持たないからです。

友達が少ないことのメリットとは何でしょう? お金や時間を自分のために使える、人間関係でのストレスが比較的少ない―などが挙げられるでしょう。それらによって、自分自身の決断力や思考力が向上し、より深い人間関係が築けるかもしれません。

私が言いたいのは、「一般的」とか「普通」といった価値観での悪口に振り回されず、それぞれの方の価値観や目的を大切にしようということです。

「浅井って変なやつ」は褒め言葉

私たちは社会的な生き物なので、どうしても多数と思われる価値観に引きずられます。自分が目指していること、面白いあるいは素晴らしいと思うこととは別の方向に向かってしまいやすいものです。

場合によっては、自分自身のために望まないこともする必要もあるでしょう。でも、それと自分の目的ではない方向に進むことは、まったく別ものです。今すぐ答えを出さなくてもよいので、自分が向かいたい方向を考えてください。

今すぐ答えを出す必要もないし、もし答えが出たとしても、その答えに縛られる必要もありません。自分が望むように変更すればよいのです。見つからなければ、いろいろ試してみればよいです。

私は楽しい人生を目的に生きていますが、皆さんも何か見つかるとよいいですね。「浅井って変なやつ、変わったやつだよね」といった言葉は、私にとって褒め言葉です。(精神保健福祉士)

医療福祉の専門学校と専門職大学を経営する戸谷さん【キーパーソン】

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戸谷聰子さん

戸谷聰子さん(79)が理事長をしている学校法人筑波学園(土浦市湖北)が経営するアール医療専門職大学とアール医療福祉専門学校は、土浦市内を流れる新川のほとりにある。校舎の近くを車で通るたび、校名のアールとは何なのだろうと思っていた。そこで両校の成り立ちを聞きに行ったところ、スクラップ(廃止)&ビルド(新設)を繰り返して今の形になったことも分かった。

設立2年後に引き継ぐ

アール医療専門職大学には、理学療法学科と作業療法学科がある。いずれも、大病院などでリハビリテーションの仕事に就く専門職を養成する学科だ。また、アール医療福祉専門学校は、看護学科(看護師の養成)、介護福祉学科(介護福祉士の養成)、日本語学科(留学生の日本語習得支援)、総合ビジネス学科(各種仕事の基礎を教育)で構成されている。

1985年、税理士だった夫が情報ビジネス専門学校を設立したのが筑波学園のスタートだった。ところが、学校設立から2年後に死去。妻の戸谷さんが学園運営を引き継ぎ、それから40年近く、理事長を務めてきた。この間、世の流れを鋭く読み、学校や学科のスクラップとビルドを進めた。機を見るに敏な経営者だ。

新川畔の複数校舎

機敏なスクラップ&ビルド

「最初の情報ビジネス学校には約800人入ったが、1995年後ごろから減り始めた。そこで、2000年から介護保険が始まることを知り、1998年に福祉専門学校を設立し、介護福祉学科を設置した」「そのうち、大病院のリハビリ専門職が不足していると聞き、2001年に理学療法と作業療法を教える2学科を設けた」「さらに、2017年に専門職大学法が成立したことを受け、2022年に同法に基づく専門職大学を設立し、専門学校のリハビリ2学科を専門職大学に移行した」

新しい制度(介護保険、専門職大学)に機敏に反応、職業ニーズ(介護職、リハビリ職)にうまく対応するビルドと言える。スクラップの方はどうか? 創業の情報ビジネス専門学校を2021年に廃止し、まだニーズがある学科は医療福祉専門学校に移管した。2025年には、「IT化によって病院受付と医療事務員の採用が減る」と読み、専門学校の医療事務学科の学生募集を止めた。

Rをカタカナにした校名に変更

校名にアールを付けた理由が面白い。「市内には、土浦情報経理…とか、筑波研究学園…といった名称の専門学校がある。私のところ(創業時は筑波情報ビジネス専門学校)をPRするために高校を訪れると、他の専門学校と区別できないと言われた。そこで、うちの学校をよく覚えてもらおうと、1998年、アルファベットのRをカタカナにし、アイウエオのアで始まる校名に変えた。外国資本でも入ったの?と聞かれたけれど…(笑い)」

Rのイメージについて、ホームページには「『アール』は曲線・曲面を意味し、様々な生命を抱く地球の丸さを連想させます。『アール』には、地球上で、やさしい心でひとつにつながりながら、人々に貢献してゆける人材を育てたいという願いが込められています」と記載されている。

【とや・としこ】1969年、明治大学政治経済学部卒、光村印刷(東証上場会社)入社。71年に同社を退職し、夫が経営する戸谷税務会計事務所(土浦市)の仕事を手伝う。夫の死去に伴い、1987年から学校法人筑波学園理事長。1946年、常陸太田市生まれ。高校卒業後、父のサツマ芋事業の関係で土浦市に転居。土浦市在住。

【インタビュー後記】専門職大学開学から4年たち、今年から文科省の補助金が支給される。これで専門職大学は完全に軌道に乗る。次のビルドを聞くと、学校法人の蓄えの一部を基金にし、財団法人の設立を考えているという。その事業は①子どものスポーツ振興②地域緑化の手伝い③苦学生への奨学金支給―など。NPOメディアの運営者として、戸谷さんの新たな挑戦を見守りたい。(経済ジャーナリスト、坂本栄)

 

日本の「安全の父」蒲生俊文《安全の窓》1

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安全週間のイメージ(AIで筆者が作成)
佐々木哲美さんのイラスト(AIで作成)

【コラム・佐々木哲美】日本では毎年7月1~7日が「全国安全週間」に設定され、今年で99回目を迎えます。私たちが職場で当たり前のように行っている「KY(危険予知)活動」「ヒヤリハット」「リスクアセスメント」「安全教育」などは、100年以上前に1人の技術者が抱いた疑問から始まりました。その人物は「日本の安全の父」と呼ばれる蒲生俊文(がもう としふみ、1883~1966) です。

なぜ同じ事故が繰り返されるのか

1910年代の工場は、今では考えられないほど危険な環境でした。機械にカバーはなく、作業手順も統一されていません。事故が起きても「運が悪かった」で片づけられた時代です。東京電気(後の東芝)で働いていた若い技術者・蒲生は、毎日のように起きる事故を見て、「なぜ同じ事故が繰り返されるのか」と強い疑問を抱きました。この問いが、日本の安全文化の出発点になりました。

1914年、東京電気で、日本初の本格的な安全運動が始まります。蒲生は事故を記録・分析し、傾向をつかむという当時としては画期的な方法を導入しました。「事故は偶然ではなく必然であり、必然なら防げる」という彼の考え方は、現代の安全工学そのものです。危険箇所の改善、作業方法の統一、安全掲示、安全教育など、今につながる取り組みを次々と形にしました。

その後、蒲生は企業の枠を超え、1917年に「安全第一協会」の設立に関わります。後の中央労働災害防止協会(中災防)の源流となる団体で、蒲生は機関誌「安全第一」を通じて安全思想を全国に広めました。さらに、1920年代以降の官製安全運動にも知見を提供し、制度づくりにも影響を与えました。

制度ではなく「人」で安全を語れ

一方、アメリカのUSスチールでは、トップのエルバート・H・ゲイリー(1846-1927)が「Safety First(安全第一)」を掲げ、安全文化を社会に広げました。ゲイリーが世界的に知られているのに対し、蒲生が日本でさえ知られていないのは、日本の安全史が制度中心で語られ、人物が表に出にくい文化にあると思います。安全活動が企業内の改善にとどまり、物語として語られなかったことも、若手が安全に誇りを持ちにくい理由の一つです。

黎明(れいめい)期には他にも小田川全之、内田嘉吉、戦後には三村起一など人物がいましたが、いずれも広く知られてはいません。本来、安全の歴史は制度ではなく、「人」で語られるべきものです。現場で考え、行動し、仲間を巻き込み、社会に広げた人々の物語こそ、安全文化の根を育てます。

日本の安全は、1人の技術者が「このままでいいのか」と問い続けたところから始まりました。その最初の火をともしたのが、蒲生俊文です。(労働安全コンサルタント)

【ささき・てつみ】盛岡工高卒。中堅ゼネコンに入社し、千葉県、茨城県を中心に29年間、土木工事の現場、アグリプロジェクトを担当。定年前7年間は安全担当。土浦市の区画整理事業を担当したことをきっかけに、1991年に土浦市へ移住。そこで「NPO宍塚の自然と歴史の会」と出会い、30年以上、同会の活動に参加。土浦労働安全コンサルタント事務所代表。2023年まで暮らした土浦市が第2の故郷。現在は東京都昭島市在住。1952年生まれ、盛岡市出身。

長屋門と暮らし《デザインを考える》33

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Gさんの長屋門(筆者撮影)

【コラム・三橋俊雄】私たちは歴史的な建物を見るとき、その形や古さ、造りの美しさに目を向けがちです。もちろんそれらは大切な価値ですが、私たちが守り、受け継いでいくべきものは建物だけではありません。そこに人が住み、働き、家族を育み、地域の人々と交わりながら積み重ねてきた暮らしの記憶こそ、大切な財産ではないでしょうか。

つくば市には、現在200門を超える長屋門が残っています。建築の視点からの調査は進み、構造や年代、意匠の特徴は明らかになってきました。しかし、その長屋門の内側で営まれてきた「暮らし」や「生活文化」については、まだ十分に語られていません。

長屋門は単なる建築物ではなく、農家の仕事場であり、地域の人々が行き交う交流の場であり、家族の暮らしを守る境界でもありました。門の奥には農具の音や馬のいななき、子どもたちの笑い声が響き、冠婚葬祭の出入り口として、地域の記憶もまた長屋門を通って刻まれていきました。

今こそ、私たちに求められるのは、建築物としての価値だけでなく、長屋門を中心に広がっていた生活の風景を掘り起こす調査ではないでしょうか。

生きた文化財

筆者が行った、長屋門(写真左上、右上は主屋)の主人であるG氏の生き方に関する調査は、長屋門を単なる出入口ではなく、農作業、家族の営み、地域の往来が交差する生活の舞台として捉えるものでした。その門をくぐる人々の姿や交わされる言葉、季節ごとの農作業のリズムまでを含めてこそ、長屋門を「生きた文化財」として捉えることができると思います。

長屋門の東側の部屋では、餅つきや醬油(しょうゆ)搾り、味噌(みそ)造り、たくあんや白菜などの漬物づくりが行われていました。一方、西側の部屋は大豆や落花生の倉庫として用いられていました。西側の最も大きな部屋(写真左下)には農機具が収納され、さらに製茶用に土で固めた焙炉(ほいろ:下で火をたき、その上で蒸した茶葉をもみながら乾燥させる装置)も備えられていました。村には必ず一人、手もみ製茶(揉捻:じゅうねん)を担う人がいて、G家もその人に製茶を依頼していたそうです。

また、1943(昭和18)年の金属類回収令により、居宅の鉄格子や刀剣数十振りとともに、長屋門の門扉に付けられていた「乳金物(ちちかなもの)」や「入八双(いりはっそう:魚尾形の飾り金物)」(写真右下)の装飾金具も、すべて供出させられたとのことでした。

暮らしのデザイン

G氏の生き方をたどることは、彼女が長屋門とどのように向き合い、そこにどんな価値を見いだしてきたのかを明らかにする営みでもあります。農作業の段取り、家族の役割分担、地域とのつながり、そして門を守るという誇り。そうした一つひとつの行為の積み重ねが、長屋門を中心とした生活文化を形づけてきたのです。

筆者の調査は、建物そのものを測るだけでは見えてこない「暮らしのデザイン」を掘り起こす作業でした。長屋門の先に広がる、つくばの歴史を受け継ぐための大切な視点がそこにあると思います。(ソーシャルデザイナー)

土浦の花火100年の紡ぎ⑹《見上げてごらん!》53

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土浦の花火オフィシャルカレンダー2026の表紙と6月の暦

【コラム・小泉裕司】観客動員数の推移について、「土浦の花火オフィシャルカレンダー2026」の6月のページには、「第14回(1946年)の35万人(当時人口の約7倍)から順調に増加し、第77回(2008年)には過去最多の80万人を記録した。当時は土浦駅に入場規制がかかるほどの混雑ぶりだった。その後は70万人ほどで推移している」とある。

2025年(第94回大会)の観客動員数は65万人。この数字の変遷は、大会が歩んできた発展の歴史そのものといえる。こうした発展の裏には、これまであまり功績を紹介されてこなかった業界の著名人がいる。

東大卒の花火師が土浦に

東京帝国大学文学部を卒業した花火師、武藤輝彦氏(1921~2002)は、日本の近代花火を語る上で欠かせない先駆者の1人だ。前回(5月17日掲載)紹介した通り、武藤氏は、かつて「土浦火工」とともに、土浦の花火産業の両輪を担った「昭和火工」の専務として、北島義一氏と共同経営にあたっていた。

その工場は土浦市上高津にあり、玩具(がんぐ)花火を幅広く取り扱いながら、東京浅草橋の事務所を拠点に全国へ営業を展開していたのである。

花火史に残る武藤氏の功績

昭和火工の再興から5年後の1961年、花火を文化財の対象にすべく「日本煙火芸術協会」が設立されると、武藤氏は事務局長に就任した。その事務局は、浅草橋の昭和火工事務所内に同居する形でスタートしている。大学卒業後にさまざまな職を歴任したという彼の多様な経験と広い視野が、この精力的な活動を支えたに違いない。

翌1962年には、花火の安全保安に寄与するため、北島氏とともに「日本煙火協会」の設立にも専務理事として深く携わった。花火師として35年余のキャリアを誇る一方で、武藤氏は生来の文才を生かし、日本の花火を「知」として編み上げた人物でもある。『ドン!と花火だ』や『日本の花火のあゆみ』といった多くの著書がそれを物語る。

かつて、土浦市立博物館が「花火を歴史としては捉えてこなかった」と省みたように、煙火業界において花火はそれまで「門外不出の秘伝や口伝が多く、学術的記録にしにくい芸術」とされてきた。それを丹念に文章化し、歴史、技術、文化を後世に書き残した功績は極めて偉大だ。

花火は安全が絶対条件

武藤氏の歩みは、土浦の地にとどまらない。後に、北海道で廃業の危機にあった火工品会社の経営再建を引き受け、1976年には「海洋化研」(札幌市)を起業した。同社は1978年に初めて第47回土浦全国花火競技大会に出品し、今や常連だ。武藤氏の没後も、北海道唯一の業者として創造花火の部に出品し、今なお土浦の夜空を彩り続けている。

土浦の花火史に大きな足跡を残した武藤氏のモットーは「花火は、安全が絶対条件」であった。それは、北島氏が掲げた「安全なくして花火の発展なし」という信念と、まさに響き合うものだったに違いない。本日はこれにて打ち留めー! (花火鑑賞士、元土浦市副市長)

<参考文献>
「日本煙火協会参拾年史」(日本煙火協会、1993年刊)
「日本の花火のあゆみ」(武藤輝彦、あずさ書店、2000年刊)
「新訂現代日本人名録2002」(紀伊國屋書店、2002年刊)
「花火と土浦」(土浦市、2018年)
「HaNaBi 第4部」(朝日新聞秋田版、2024年6月20~22日)