【コラム・平野国美】今回は前回コラム(48 定年後の「孤独」は病気ですか?)の続きです。さて、さまよえる孤独な訪問医師、私の居場所はどこかにあるのでしょうか?
私が見つけた「令和の楽園」
そこで思い出したのが、昔、一度だけ訪れたことがある入浴施設付きのアスレチックジムでした。バブル期のころ、雨後のタケノコのように出現した「アスレチックジム」。かつては、若者が汗を流し、肉体を誇示する場所でした。しかし、久しぶりに足を踏み入れたそこは、「定年後の楽園」と化し、70代以上の高齢者の「たまり場」となっていました。
面白いのは、スポーツジムというだけでなく、世代による「すみ分け」です。24時間使える最新施設では、若い人たちが耳にイヤホンをつけ、黙々とトレーニングに励んでいます。そこには、他者との関わりを遮断した「個」の空間があります。格安の女性専用ジムでは、隣の人との会話を楽しみながらマシンを動かしています。
一方、この老舗ジムはどうでしょう。トレーニング後に井戸端会議を楽しみ、お風呂場からはにぎやかな笑い声が聞こえてきます。みなさん「家の風呂はほとんど使っていない」と言います。彼らにとって、ここはスポーツをするだけの場所ではありません。自分たちの大切な居場所「大事なコミュニティ」なのです。
こうした「すみ分け」は、利用者の思いが反映したものなのか、施設側の経営戦略なのか―私は両方だと思います。人は、本能的に居心地のよい場所を探しているのです。
薬ではなく「つながり」を処方
この「楽園」には驚くべき生命力があふれています。 私の住む地域の老舗ジムでは、なんと! 80代カップルが誕生するまでに至ったというのです。これこそ、私が提言したい「社会的処方」の究極の姿ではないでしょうか。人が社会と他者とつながること。これが高度な医療よりも、強く、長く、人の命を輝かせるのです。最新の認知症薬を試すよりも、よほど魂が動き出すかもしれません。
「いい年をして」と、顔をしかめられる方もいるでしょう。しかし、人の価値観はそれぞれです。日本人の寿命が延びたのは事実ですが、患者さんと対話していて感じるのは、誰もが生活に満足しているわけではないという現実です。寿命だけではなく、生活の質(QOL)を上げなくてはなりません。
「孤独」は、確かに恐ろしい病の入り口かもしれません。しかし、一歩外へ踏み出し、自分たちの手で作り上げた「楽園」に身を投じる勇気さえあれば、人生の第2幕は80代からでも最高潮を迎えられるでしょう。かつてテニスクラブを失い、心細さに震えた61歳の医師は今、ジムの喧騒(けんそう)の中に、新しい希望の形を見ています。
さて、私もそろそろ、お風呂上がりの談笑の輪に加わってみようかと思います。(訪問診療医師)






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