月曜日, 10月 12, 2026
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国光あやの氏 最後の訴え 全文文字起こし 茨城6区 衆院選’26

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皆さんこんにちは。お忙しい中お出かけいただきありがとうございます。また、この桜町4丁目公民館で、ときには、国立医療センター整備のお話をさせていただいたり、お祭りに参加させていただいたり、たくさんの思い出が、地元の皆さん、いらっしゃっていただいておりますが、本当にありがとうございます。そしてまた、今日、土浦で高橋(直子)先生、伊沢(勝徳)先生おっしゃっていただいたように、こう、長い12日間の選挙戦で、土浦で最後の訴えになります。私は、先ほど、伊沢先生が力強く、そして高橋先生が、私の気持ちを温かく代言をしてくださいました。

私は8年前に丹羽雄哉先生の後継としてこの土浦、茨城6区、候補者としてやってまいりました。私は医療センターで、昔医師として働いたことはあったけど、おっしゃったように、同級生はいません。親戚もいません。知っている方もほとんどいない、そのような中で、私を8年間、皆さんに、いろんなことを教えていただきながら、育てていただきました。そのご恩は、私は一生忘れることができません。

私は確かに地元ではないけれど、皆さんがこんな私でも受け入れ、そして育てていただいている、小坂市議はじめ地元の市議団の皆さん方、そしてここ桜町からもお近くの滝の園さんはじめとした介護政治連盟の皆さん方や、地域の皆さん方、そして、お手伝いいただいている皆さん方、今日はメディアの皆さんもいらっしゃいます。連日寒い中お疲れ様です。

こんな私でも8年間、皆さん、支えてくださいました。私は、そのご恩も、地元ではないけれど、地元の課題を、しっかり寄り添って、仕事でお返しをしたい。それをずっと思ってきた8年でした。確かに生まれも山口で、茨城ではありません。でも地元の方にもっともっと溶け込んで、皆さんが悩んでいることや、こうなってほしいということや、そして国づくりを体現していきたい、その思いで、少しずつ光が見えてきました。

長年かかってしまいましたが、コロナでちょっと遅れてしまいましたが、皆さんの悲願の国立病院も、やっと先週工事が正式に決定をして、3月から大規模な改修が始まるようになります。皆さんの夢ですよね。大好きな医療センター。土浦の市民病院のようなもの。先生もすごくレベルが高くていい病院です。でも本当に古いところを何とかして、切実なお声、形にやっとすることができます。それをぜひ完成するまで、皆さんと一緒に完成する光を見届けたい。

他のいろんな課題も皆さんと一緒に伴走して、一人暮らしが増えてしまう、単身世代の方へのご不安への取り組み、また、子育て世代や現役世代が、なかなか手取りが増えなくて苦しいという悩み、国でもできることを最大限、高市総理と一緒に、働いて働いて働いて働いて働いて働いて働いていく。新しい光を一緒に作っていきたい。そのために身を粉にして働く覚悟です。

物価高対策も、皆さん、年金をもらっていらっしゃる方も、そして働いている方も、所得税約5万円程度、1家4人分で減額する。そして、電気、ガス、水道や、さらに子どもさん、子どもさんがいるとお金かかりますよね。よくわかります。私も高校生の子どもがいますから。なので、皆さんのまず賃金を上げることが第一。でも物価高があってなかなか賃金に追いついてない。なので今回、高市総理と一緒に、子ども一人当たり、子どもさん一人当たり2万円の手当も出させていただく。そうやって、何とか賃金が、物価高の上昇を上回る賃金上昇が叶えられる、これを第一としながら、それも今過渡期で、あと少し、しっかり皆さんの現役世代の方の手取りを増やしていく。しっかり一緒に高市総理と取り組んでいきます。

そして私はやはり皆さんからの切なるお声、政治がポピュリズムに走るのではなくて、責任を持つ。今回いろんな補正予算でも、ガソリン暫定税率廃止でも、財源がかかる、そしてニュースでも連日、円安や金利が大丈夫かというお話があります。確かにそれは経済学的には正しい。あまり財政、どんどんどんどん進んでいると確かに金利や円安に大きな影響を及ぼします。しかし皆さん、自民党として責任ある積極財政に取り組んでいく。そのために、今、一番皆さん、苦しんでいる方々のために、一番ゆとりがある方々からもしっかり所得の再分配をしていく、それが国家の役割です。一番ゆとりがあるところ、それはやはり大企業の皆さん方、特に輸出企業の皆さん方、今、過去最高の内部留保、それほどあるんだったら、もちろん儲かる儲けることは大事だけれども、やっぱり国民生活にしっかり還元していただく、法人税収を伸ばしていくことだけでなくて、法人税をしっかり皆さんに還元していく。価格転換をしていく。これを全力で取り組んでいきます。

実際一つ年末に、あまり報道はなされてないけれども、取り組んだんです。責任ある積極財政、ガソリン暫定税率の廃止で、7000億、8000億程度の予算が、税収が減ります。それを代わりに責任ある形で確保する必要がやはりあります。なぜならば、その財源でこの道路をつくっていたり、また国から市に、県に税収を、お渡しをして、市や県が一生懸命予算を使って、この道路をきれいにしている。そのために、大企業の法人税をいただいて、法人税を増税させていただいて、上げさせていただいて、それで7、8千億の予算を作って、ガソリン暫定税率の廃止に当てている。こういうことも責任ある積極財政として取り組んでいるんです。

私は全ての責任を取っていきたい。積極財政も大事、でも責任ある形でしっかり未来に、次世代に、この素晴らしい土浦や国家を引き継いでいくためにも、今さえ良ければいいだけではなくて、未来への責任、一緒に作っていく、そのような本質的な本物の政治を皆さんから、皆さんの声の下で取り組んでいきたいと思います。

外交もいろんな課題がある中で、私も自分の原点が、有事に苦しむアフリカや中東で、実際にミサイルや弾に怯えながら医療活動をしていたことが原点です。それが今、日本を取り巻く現状。伊沢県議がおっしゃっていただいたように、本当には厳しい中で、外交でまず平和構築をしていく。外交が失敗するから戦争になります。そして防衛力も、霞ケ浦自衛隊駐屯地、日本の補給所の要です。しっかり装備品も、やはり必要。国民の皆さんに責任ある形で、この防衛も外交もご理解をいただく。そして、皆さんの本質的な生命と財産を守り抜く。国光あやのは、高井総理と一緒に責任ある積極財政、責任ある外交、責任ある防衛、責任ある持続的な社会保障や財政政策、全力で取り組んでいきます。

皆さん、このような私ですが、皆さんが8年間育てていただいたおかげで、政治活動を続けさせていただいております。まだまだ至らないところは叱ってください。育ててください。ぜひ皆さん、厳しい戦い、皆さんの負託をぜひいただいて、国立病院の完成も、そして責任ある未来も、一緒につくっていこうではありませんか。ありがとうございます。ぜひ皆さん、期日前投票やってます。今ちょうど雪が止みました。朝から降っていた雪が、桜町4丁目で止みました。ぜひ皆さんこの後、期日前投票行かれてください。そして携帯に入っているお知り合いにもぜひ、今だよ、チャンスとお声掛けください。よろしくお願いいたします。ありがとうございました。

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