月曜日, 6月 22, 2026
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なぜ、このコラム・タイトルなのか? 《訪問医は見た!》1

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海辺の無人駅 JR四国・下灘駅
著者近影

【コラム・平野国美】お初にお目にかかる方も多いかと思います。コラムの担当することになった平野国美(くによし)と申します。「NEWSつくば」の前身である日刊紙「常陽新聞」や無料紙「常陽リビング」でもコラムを書いていましたから、常陽紙を引き継ぐ本ニュースサイトへの執筆は「10年ぶりの復帰」とも言えます。

確か、日刊紙常陽への寄稿が始まったのは、拙著「看取りの医者」(2009年)がテレビドラマ化されたことが契機になったと記憶しています。その後10年、何もしていなかったわけではないのです。医療介護の業界誌やら週刊誌などのメディアで書き続けていました。検索していただくと、ネットで読めるものもあります。

現在は、つくば市内に医院を設け、主に訪問診療を行っています。開業は2002年春ですから、ずいぶん月日も経ちました。生まれは龍ケ崎市、家業は自転車の卸業でした。コラムのタイトルにもつながるのですが、父のトラックの助手席に座り、配達を手伝っていたエリアと、いま診療で回っているエリアは重なっています。

物心が着いたころから50年以上、茨城県南の姿を見てきたことになります。私が高校を卒業する年、当時「軍艦」と呼ばれていた土浦駅が取り壊され、現駅の工事が始まりました。一浪して、筑波大学にたどり着いたのが1985年。つくば市はまだ誕生前で、桜村と呼ばれていたころです。

日本で初めて「村」にオープンした百貨店が筑波西武。つくば科学万博(EXPO85)が開催され、その後の風景の移り変わりを定点観測のように眺めてきました。つまり、《訪問医は見た!》のです。

医療だけでなくサブカルの話も

そして東北大震災前の2010年、拙著「看取りの医者」が大竹しのぶさん主演でテレビドラマ化される打ち合わせの席で、三流原作者の平野は「訪問診療をしていると、各家庭には経済的な問題や家族間の問題が必ずあることがわかる。市原悦子さん主演のドラマ『家政婦は見た』の中で、市原さんが家政婦をしている時間はほとんどありません。ドアの隙間からのぞいている時間がほとんどです」とあいさつしました。

ここで《訪問医は見た!》が成立するのです。そこで聞く話は、私が生まれる前の土浦やつくばの風景もありますし、患者さんの生き様や死に様を見せつけられることもあります。「訪問医に魅せられた」のです。

私は休日には旅に出ます。ピカピカの観光地ではなく、昭和・大正の雰囲気が残る地方都市に向かいます。そこで新たな話を聞くことで、自分の生まれ育った街の伝統・習慣に気付かされるのです。

医療の話だけでなく(むしろこちらは少なめにして)、民俗性やサブカルチャーについても書ければと思っています。自由度を求めて、タイトルを《訪問医は見た!》にしました。また、いつ消えるかわかりませんが、ご愛読よろしくお願いします。(現役訪問診療医師)

【ひらの・くによし】土浦一高卒。1992年、筑波大学医学専門学群卒後、地域医療に携わる。2002年、同大博士課程を修了、訪問診療専門クリニック「ホームオン・クリニックつくば」を開業。著書「看取りの医者」(2009年、小学館)は大竹しのぶ主演でドラマ化。新刊は『70歳からの正しいわがまま』(2023年4月、サンマーク出版)。医療関係業界誌などでもコラム執筆。1964年、龍ケ崎市生まれ。つくば市在住。

筑波大生の指導受け 子どもたちがアート体験

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芸術を学ぶ筑波大生に作り方を教わりながらアートに挑戦する子供たち=つくば市吾妻、つくばセンタービル1階

筑波大学で芸術を学ぶ大学生に教わりながら、子どもたちがさまざまなアート体験をする夏休みの恒例イベント「夏のキッズアート体験」が5日、つくば市吾妻、つくばセンタービル内のコワーキングスペースco-en(コーエン)で催され、子どもたちが、オリジナルうちわ作りや粘土のストラップ作りなどに挑戦した。

関彰商事と筑波大学芸術系が主催し、2016年から毎年夏と冬に開催している。子どもたちが会場に集まり、その場で作品を完成させるスタイルだが、2020年夏から22年夏まではコロナ禍により対面での開催を控え、大学生が小学生向けの自由研究作品を展示したりオンラインで紹介するなどしていた。昨年冬から対面での開催に戻った。

5日は午前と午後の入れ替え制で各20人ずつ計40人の小学生が参加し、大学生10人が直接子どもたちに作品の作り方を指導した。和紙に絵の具をたらして仕上げるオリジナルうちわ作り、粘土に好きな色の絵の具を混ぜて型抜きをするストラップ作り、金網と歯ブラシを使ったはがきのぼかし染め、鳥獣戯画の動物たちの色塗りーの4つのテーブルが用意され、子どもたちは20~30分で作品を仕上げていった。

つくばみらい市から参加した小学生の母親は「子どもたちはとても楽しんでおり、大変良い企画だと思う。専門的なことを学ぶ大学生から直接教えてもらって、美術に興味を持てるようになれば」と話していた。

関彰商事は茨城県の文化芸術振興を共に推進していく県近代美術館のパートナー企業となっている。会場には同美術館企業パートナー制度事務局の田口克弥次長が視察に訪れ、「つくば美術館での開催も提案している。関彰商事とうまく連携をとり、美術館が手伝うことがあれば今後も喜んでやっていきたい」と述べた。

9日は「夏休み宿題応援」と題し、筑波大学で書と芸術を学ぶ大学生が習字、絵画のアドバイスをする特別企画がつくば市二の宮のギャラリースタジオ‘Sで催される。予約受付は終了している。(榎田智司)

日本語の大切さ 《続・気軽にSOS》138

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【コラム・浅井和幸】支援の場では、日本語があまり得意でない外国の方に対応することもあります。私は日本語しか話せないので、日本語ができれば対応しますと伝えますが、困っている人が日本語を話せるとは限らないので、できるところまで対応することになります。

英語をちゃんと勉強していたら、こんなことにはならなかったのかなぁ―なんて愚痴を言っても前に進みません。簡単な日本語と翻訳アプリ、それから身振り手振りで対応します。時には知り合いの通訳を交え、必要な情報を聞き取っていきます。

英語さえできたらと考えていましたが、英語以外の言語の対応を迫られることもあります。翻訳アプリ・通訳者様々です。翻訳アプリも、簡潔に文章を組み立てて音声入力するコツがあるようで、まだ勉強中です。

そうは言っても、日本人の相談を受けることが圧倒的に多いのは確かです。ですが、悩みを聞いている間に主語が変わったり、「てにをは」が間違ったりということが起こります。

もちろん、全て正確な日本語を使って、何一つ間違わずに会話を進めることはできません。それを差し引いても、日本語の使い方が独特な人もいます。主語が変わっていくというのは、抑うつの時にも出ることがあります。特定の人との人間関係がうまくいかなくなったら、全ての人が自分とうまく人間関係が作れないと考えてしまいます。

抑うつの状況でなくても、物事の捉え方が大ざっぱであったり、日本語の表現がうまくなかったりするため、「みんなが自分を悪く言っている」と、「みんな」が口癖の人は多いでしょう。「自分にはいつも嫌なことばっかり起こる」という表現もそうですね。

右・左・真ん中の選択肢

Aさんの前には、右・左・真ん中の3つの選択肢があります。Aさんは、右は絶対にうまくいかないから進みたくないと考えているとします。ですが、私は、とりあえず今は決めつけずに、3つの選択肢があり、それぞれにはメリットとデメリットがあるはずなので、決めつけずに考えていきましょうと説明します。

このとき、私は3つの選択肢が可能性としてあることを提示しているのに、Aさんは絶対に右に行かなければいけないと浅井が言っていると捉え、話が前に進まないことが実際に起こります。この場合、図で説明するとわかってもらえるのですが、言葉だけだとどうしてもニュアンスが伝わらず、相談につながらないこともあります。

Aさんが言っていることを総合的に考えると、右に進むことのメリットが大きく、左と真ん中の道のデメリットが全く想像できない状況で、右以外の道に進めば素晴らしい場所に行けるとさえ考えるようになります。ここで検討せずに進んでしまうと、こんなはずではなかったとなりやすいのです。

人は失敗から学ぶことも大切ですが、その失敗から「やっぱり私には悪いことしか起きない」という感想につながることが残念なことです。次に進むときには、現状の把握がとても大切な要素です。現状の把握と言語での正確な表現方法は密接に関わっていると感じる、今日この頃です。(精神保健福祉士)

「翻訳」のおくりもの《ことばのおはなし》60

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写真は筆者

【コラム・山口絹記】前回のコラムでは、文化や常識の違いによる翻訳の難しさについて書いた。今回はより込み入った話をしてみよう。

「役割語」ということばをご存じだろうか。例えば、「わしが若い頃はそうしたもんじゃ」「オイラにまかせとけよ」「あたしがそうって言ったらそうなのよ」といった、その話者の人物像を想起させるような言葉遣いだ。

英語にも役割語がないわけではないが、日本語ほどのインパクトはないことが多い。原文になかったニュアンスを、翻訳作業で入れるかどうかは翻訳者に託される部分である。また、ジョークやダジャレといった言葉遊びも、忠実な翻訳が困難な場合が多いだろう。

かといってジョークに注釈をいれるのも興ざめだ。なにげなく読んでいる分には意識することはないだろうが、実はこういった本筋に関係ない部分が最も難しいと私は考えている。

そして、今回は児童文学の翻訳だ。児童文学の特徴に、漢字の取り扱いがある。絵本であれば、その文章の多くがひらがなのみで書かれており、小学校低学年、中・高学年向きであれば、それぞれの学習年度に合わせた漢字が使用されることが一般的だろう。

とはいえ、これはあくまで一般的なおはなしであり、対象学年で習わない漢字でもルビを振って使用されることだってあるし、逆に習っていてもあえてひらがなで書かれることもある。

ひらがな表記か漢字表記か?

試しにミヒャエル・エンデの著書『モモ』(小学高学年向き)の表紙の文章を引用してみよう。“時間どろぼうと ぬすまれた時間を人間にとりかえしてくれた女の子のふしぎな物語”とある。“時間泥棒と盗まれた時間を人間に取り返してくれた女の子の不思議な物語”ではないのだ。

では、対象年齢に合わせた漢字にすべての文章をただ修正すればよいのかというと、そう簡単なおはなしでもない。例えば、「ただすべき」とひらがなで書かれると「只すべき」なのか「正すべき」なのか判断しかねる、といった問題が発生する。

漢字を使わないのあれば、句点を使ったり、あるいは表現自体を変えて誤解を招く表現を避ける工夫も必要になってくる。そして、児童文学に限らず、日本語においてひらがなで表記されるか漢字で表記されるか、というのは文章の雰囲気に大きな影響を与える。「美しい」と「うつくしい」、どちらの表記がより美しさを伝えられるか。あるいはどちらでも変わりがないのか。

これはもはや正解のない問いなのだが、翻訳をして文章に落とし込むのであれば、どちらかに決めなければならない。ルビを振ってでも漢字を使いたいと思うことだってあれば、どんなに簡単な語彙(ごい)でも、ひらがなを使いたいと思うことはあるのだ。

時間はかかったが何とか一冊の翻訳をやり切った。翻訳だけで満身創痍(まんしんそうい)になってしまったので、ルビをふるのはこれからだ。印刷できたら、今度は娘にプレゼントしようと思う。(言語研究者)

つくばの防災科学技術研究所 《日本一の湖のほとりにある街の話》14

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防災科学技術研究所。イラストは筆者

【コラム・若田部哲】毎年夏休み、つくば市内の各研究所で開催される様々な科学イベント。その中でも人気施設の一つに、防災科学技術研究所があります。

同研究所は、地震、津波、噴火、暴風、豪雪、地滑り、そして水害などの被害を抑えるべく、様々な実験施設により産学官民連携した研究を行い、社会に役立つ情報プロダクツを創出する機関。国内数カ所に拠点があり、そのうち、つくば本所には世界最大級の「大型降雨実験施設」などが設置されています。

そして、この大型降雨実験施設の人気体験イベントが「豪雨体験」。日本観測史上最大の降雨量、1時間換算300ミリという猛烈な雨を体験することができるというものです。

今回は、同研究所広報の入沢弘子さんに、この実験施設についてお話を伺いました。研究所入口の駐車場に車を止め、木々が豊かに茂る広大な敷地内をご案内頂くこと数分。木立の切れ間から目に飛び込んできたその施設は、とにかく巨大! 建屋の大きさは奥行49メートル×幅76メートル×高さ21メートルと、7階建てマンションが数棟並んだほどの大きさ。さすが世界最大級!

それだけでも驚きですが、なんとこの建物、動くのだそう! 施設は様々な実験が可能なよう、A~Eの一直線上に並んだ5ブロックがレールでつなげられており、その上を巨大な建屋が移動するとのこと。これにより、それぞれの区画で、実物の家屋など制作に長い日数を要する実験模型を準備し、様々な実験を行うことができるのだそうです。

様々な実験に使われる降雨実験施設

実験にあたり、いで立ちはカッパに傘、長靴と、完全フル装備。どんな雨も大丈夫…なハズ。いざ実験が開始されると、床面から16メートル上に設置された544個のノズルから、自然な降雨を再現した雨が降り始めます。雨は段々と激しさを増していき、叩きつけるような雨に。そして1時間に300ミリという降水量に達すると、長靴は水で満ち、激しい雨で視界は不明瞭、音は雨音しか聞こえません。これが実験でなかったら、恐怖にすくんでその場から動けなくなってしまうでしょう。

降雨のために地下に設けられた貯水槽の容量は2500立方メートル、小学校のプールおよそ4個分はあろうかという量。1日に実験で使用できる水量は、2000立方メートルにもなるそうです。この施設は自治体の啓発動画の作成や、建設業界との協働による水害に強い建物の開発、ドローンや自動車の技術向上など、様々な実験に使用され、年間90パーセントという高い稼働率を誇っているとのこと。

ここ数年来、毎年のように繰り返される「数10年に一度」の自然災害。中でも深刻なものの一つが、集中豪雨による水害です。ただし、この災害が地震や火山の噴火と違うところは、予報からある程度事前の対策が可能な点。

子供の夏休みの自由研究にとどまらず、いざという時の準備のため、ぜひ皆様に体験いただきたい、非常に貴重な機会です。ぜひ足を運び頂き、ご家庭の防災力向上にお役立てください。(土浦市職員)

<注> 本コラムは「周長」日本一の湖、霞ケ浦と筑波山周辺の様々な魅力を伝えるものです。

<防災科研 一般公開2023>
▽日時:8月5日(土)午前10時~午後4時
▽場所:国立開発研究法人 防災科学技術研究所 茨城県つくば市天王台3-1
▽入場料:無料
▽詳細はこちら

➡これまで紹介した場所はこちら

校舎新設や土浦一高の6学級維持など要望 牛久栄進高1学級増受け つくばの市民団体

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県教育庁高校教育改革推進室の増子靖啓室長に要望書を手渡す「つくば市の小中学生の高校進学を考える会」の片岡英明代表(左)=7月31日、県庁

来春の県立高校入試で、県教育庁が7月26日、牛久栄進高校(牛久市東東猯穴町)の募集定員を1学級(40人)増やすほか、筑波高校(つくば市北条)に進学対応コースを1学級(40人)を新設すると発表したのを受けて、市民団体「つくば市の小中学生の高校進学を考える会」(片岡英明代表)は31日、大井川和彦知事と森作宜民県教育長宛てに「ここを第一歩として、つくばの県立高校の入学枠を県平均レベルに合わせるため、学級増、校舎新設、県立高校新設を検討してほしい」など改めて要望した。

県教育庁は、つくば、つくばみらい、守谷、牛久市の一部などつくばエリアの中学卒業者数が増加傾向にあることから、牛久栄進高校(普通科)の募集学級数を来春、現在の8学級から9学級に増やすと発表した。県はつくばエリアの中学卒業者について今年3月は4229人だったのに対し30年3月には524人増えて4753人になるとしている。

定員割れが課題となっている筑波高校については、普通科3学級のうち1学級を、四年制大学進学を目指す「進学アドバンストコース」とするとした。

一方、これまでも学級増や高校新設などを要望してきた同考える会は、今回の県の発表について「一歩進んだ」としつつも、「(既存校に)校舎を新設しない、高校を新設しないという縛りがあるなら問題は解決しない」などとして、校舎新設、県立高校新設を検討してほしいと改めて要望した。

さらに来春は、中高一貫校になった土浦一高の募集が6学級から4学級になり、「牛久栄進が1学級増でも、土浦一高の募集が学級減では、全体としては県立高校入学が今年よりも困難になることは明らかだ」などとし、来春の土浦一高の募集定員について「せめて現在の6学級を維持してほしい」と求めた。

新世界秩序、読み解く鍵は「合従連衡」 《雑記録》50

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写真は筆者

【コラム・瀧田薫】世界の現状をどう捉えるか、さまざまな観点、論点がある中で、屋上屋を架すことになるが、「合従連衡」という言葉に即して現状把握を試みたいと思う。

5月10日、北大西洋条約機構(NATO)のストルテンベルグ事務総長は「台頭する中国に対応するため、東京にNATO連絡事務所を新設する」構想について日本政府と協議中であると発言した。日本政府も、先にNATO本部のあるブリュッセルに代表部を設置していて、東京事務所にも前向きであった。

ところが、マクロン・フランス大統領が強硬に反対したため、この構想は当面、沙汰やみとなった。マクロンは、NATOによる集団防衛の適用範囲は北大西洋に限られていることを反対の根拠としたが、これは表向きの理由であって、台湾有事においては米国主導の枠組みから自由でありたい、経済面では中国との関係を強化したい―といった思惑があると思われる。

いずれにしても、NATOとその参加国の一つであるフランスの間に、対ロシア、対中国の政策をめぐって齟齬(そご)があり、一枚岩ではない現状をさらけ出したと言えよう。ともあれ、NATOの策は国家連合を形成して強国の脅威に対抗しようとする「合従」に該当し、フランスの策は独自で強国との関係を構築することにこだわる「連衡」に該当すると言えよう。

ちなみに、こうした合従連衡をめぐる分裂、不一致の事例は歴史上珍しいことではない。古くはBC.475の頃、中国の黄河中下流域において、6つの国(魏・趙・韓・斉・楚・燕)と、その西側にあった秦の合計7国が覇権を争っていた。やがて秦が台頭すると、魏など6国は秦に協調する策と、連合して対抗する策との間で揺れ動いた。一方、秦は近隣の魏を侵略し、遠方の斉には和平政策を採り、これを「遠交近攻策」と呼んだ。

結局、BC.221に秦が6国を滅ぼして、中国を統一(始皇帝)した。結果論になるが、秦以外の6国による合従連衡は実を結ばなかったことになる。

2大リスク:全面核戦争、地球環境問題

ところで、現代国家の合従連衡は、過去には存在しなかった2つの巨大リスクを前提条件として押さえておかねばならない。すなわち、「全面核戦争」と「地球環境問題」のリスクである。

これら2つのリスクは人類の滅亡にもつながる。過去の合従連衡は国家の存亡に特化していればよかったのに対して、現代国家の合従連衡は、もともと国家にビルトインされている国益優先の価値体系に徹すれば、2つの巨大リスクについてヘッジ機能を果たせないジレンマに陥る。つまり、われわれは人類史上初めて「人類の存亡にかかわる合従連衡の時代」を生きているということだ。

核兵器をふりかざす独裁者がなりふり構わず強権国家連合を押し出してくる現状に対してどう対応するのか。彼らを抑え込んでこの世の平和と新たな世界秩序を維持するとして、そのための合従連衡のあり方はどのようなものになるのか。そのおぼろげな姿さえまだ見えてこない。それが世界の現状である。(茨城キリスト教大学名誉教授)

入浴施設で盗撮 事務職員を懲戒解雇 高エネ機構

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高エネルギー加速器研究機構の構内=つくば市大穂(資料写真)

高エネルギー加速器研究機構(KEK、つくば市大穂、山内正則機構長)は31日、30代の事務職員を29日付で懲戒解雇処分としたと発表した。

同機構によれば、同職員は昨年4月、同僚の男性職員とつくば市内の温浴施設を利用した際、スマートフォンを使い、更衣室で更衣中の様子を本人に無断で動画撮影した。事務職員はその場で他の利用者に取り押さえられ、つくば警察署で県迷惑行為防止条例違反の容疑事案(卑わいな行為の禁止)として事情聴取を受けたあと帰宅した。この日は2人共、勤務日ではなかった。

その後、同年6月、事務職員は同署により書類送検され、23年4月、土浦簡易裁判所から罰金30万円の略式命令を受けた。

この対応のため、同機構は調査委員会を立ち上げ、事務職員を聴取したところ、新たな事案が判明した。同じ温浴施設で児童買春・ポルノ禁止法の違反容疑事案(盗撮による児童ポルノの製造)があった。被害者は機構外の未成年で、家族と示談が成立しており、送検・起訴には至っていないという。

さらに昨年4月の段階で、同機構は事務職員に対し、後輩職員と接触をしないよう指導を行ったが、事務職員は応じず、後輩職員は精神的苦痛を訴えた。機構では「パワハラに類する行為があった」とみている。

同機構は外部委員3人を含む懲戒審査委員会を開催し、今年6月14日までに山内機構長が「諭旨免職」とする内容の処分を決定した。この処分には、本人による退職届けの提出が条件だったが期日までに提出がなかったことから29日、「懲戒免職」として本人に通知した。

山内機構長は「加害職員が行った一連の行為は、職員として、また、社会の一員としてあってはならないことです。被害者及び関係の皆さまに深くお詫び申し上げます。機構として、このことを厳粛に受け止め、改めてコンプライアンスの周知徹底を図るとともに、今後、このようなことが起こらないよう、再発防止に努めます」とのコメントを発表した。

洞峰公園も調査対象に 県議会が調査特別委設置

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県有施設・県出資団体等調査特別委員会の設置が全会一致で可決された31日開会の県議会臨時会

県施設の処分や売却などの方針が次々に打ち出される中、県議会に31日、「県有施設・県出資団体等調査特別委員会」(田山東湖委員長)が設置され、つくば市に無償譲渡が予定されている洞峰公園(同市二の宮)も重点的な調査の対象施設の一つになることが分かった。

田山委員長によると「議会として議決してつくった施設を、売るのに知事の裁量だよというのはおかしいという議論があり」、設置に至った。

重点的に調査を行う施設は、10月にもつくば市に無償譲渡が予定されている洞峰公園のほか、県出資の第3セクターが運営し、県が民間に売却する方針を打ち出した鹿島セントラルホテル(神栖市)、民間譲渡が予定されている白浜少年自然の家(行方市)、里美野外活動センター(常陸太田市)と、県立青少年会館(水戸市)の5施設。

1年ほどかけて調査し県議会としての調査結果をまとめる予定だが、9月議会に条例改正案の提案が予定されている洞峰公園については、委員会として早めに考え方をまとめたいとしている。

洞峰公園について田山委員長は「県の都合で、採算性という点から、地元に相談なく(県は)パークPFIやグランピングを提案した。地元の反対があり、最終的にはつくば市に移譲するというが、そうなると本当の(パークPFIや無償譲渡の)理由は何なのか、グランピングをやろうとしたなら無償譲渡の条件にグランピングを付けないのか、などを審査したい」などと話した。

同調査特別委は、人口減少社会における県有施設の今後の方向性や売却等の処分などの妥当性、県出資団体の事業の在り方、経営改善方策などについて重点的に調査するのが目的。

県有施設については、設置目的や利用状況を再確認の上、売却や譲渡などの処分の妥当性や影響、それへの対応のほか、管理の在り方や今後の対応などについて調査する。

同調査特別委の副委員長は星田弘司氏(いばらき自民党)、メンバ―は15人。第1回委員会は8月2日開催予定。(鈴木宏子)

土浦博物館の論争拒絶 市民研究者が猛反発 《吾妻カガミ》163

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改修中の土浦市立博物館(左)と市教育委員会が入るウララ2

【コラム・坂本栄】この欄では、158「土浦市立博物館が郷土史論争を拒絶」(5月29日掲載)、159「…市法務が助言」(6月5日掲載)、160「…議論沸騰」(6月19日掲載)で、市民の歴史研究者に対する博物館のおかしな対応について取り上げました。その後、市教育委員会も博物館の「論争拒絶」をかばう姿勢を示したため、この研究者は強く反発しています。

館長面談2回、質問書手交5

郷土史論争の概要や博物館の対応については、上記3コラムの青字部をクリックして読んでください。整理するとこういうことです。

▼誰と誰?:市立博物館の学芸員(主役は中世史家の糸賀茂男館長)VS.郷土史研究者の本堂清氏(広報課長兼市民相談室長や社会教育センター所長も務めた元土浦市職員)

▼主な争点:筑波山系の市北部は古くから「山の荘」と呼ばれていた(本堂氏)VS.そう呼ばれるようになったのは中世以降である(博物館)、「山の荘」は桜川南岸の現つくば市北部を中心とした「方穂荘(かたほのしょう)」の一部だった(博物館)VS.いや「方穂荘」は「山の荘」まで延びていない(本堂氏)

▼接触回数:本堂氏は2年の間に11回も来館し学芸員の業務に支障が生じた(博物館)VS.質問書への文書回答がなく回数が増えたが、この中には館長面談(2回)、単なる質問書手交(5回)も含まれる(本堂氏)

▼論争拒絶:2023年1月30日付最終回答書で「口頭・文書いかなる形式でも今後一切回答しない」と論争拒絶を通告(博物館)VS.市民研究者に対するは博物館の対応は許せない(本堂氏)

「市教育委の課長に脅された」

つまり、博物館は本堂氏の論争スタンスに圧倒され、最終回答書(メモ書きに続く2回目)の中で論争打ち切りを伝えたということです。158では「アカデミックディスビュート(学術論争)を挑む市民をクレーマー(苦情を言う人)と混同するかのような対応」と書きましたが、市民にオープンであるべき博物館の在り方に逆行する対応といえます。

本堂氏によると、7月20日、博物館を監督する教育委員会の担当課長が本堂宅を訪れ、博物館との直接論争を止めるよう説得してきたそうです。「このまま続けたら、私の市職員時代の業績に傷が付くと、脅すような口ぶりだった」。その場で、1月30日付回答書への反論の書を入野浩美教育長に渡すよう頼んだところ、受け取りを拒否されたそうです。

本堂さんのメッセージ

本堂氏は博物館と教育委の姿勢に怒り、掲載写真のような書(清空は雅号)をしたためました。「目は二つ 耳も二つ 口は一つ 反対意見は二度聞くがいい 敵意よりも好意をもって もう一度」と書かれています。市の現文化行政に対するメッセージです。

次は市民窓口と議会文教厚生委

博物館の対応の問題と論争の中味の問題は分けて考えるべきでしょう。前者は対話型論争から博物館と教育委が逃げるという市民サービスの低下に関わる問題であり、後者は歴史解釈の内容に関わる問題(本堂氏は糸賀氏の説は間違いと繰り返し主張)ですから。この際、論争を学術誌の場にも広げ、対話型と紙上型を併走させるのも一案です。

本堂氏は「市民相談窓口を通じて博物館の市民軽視を改めさせ、議会の文教厚生委員会には博物館の市民対応の是非を審議するよう求める」と言っています。この問題、文化施設/文化行政の場から一般行政/市議会の場にエスカレートする?(経済ジャーナリスト)

市民会館の開館で水戸の魅力が倍増《令和楽学ラボ》24

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大ホールで記念撮影。後列左から2人目が筆者

【コラム・川上美智子】7月2日、水戸市民会館が開館した。東日本大震災により、旧市民会館が被災し、2年7カ月をかけて水戸のど真ん中に建て替えられた。設計は建築家の伊東豊雄氏で、彼の設計の特徴である国内産の杉材を使ったやぐら広場など木造部分が主体となる日本らしさを盛り込んだ現代建築である。

県内唯一のデパートである京成百貨店と磯崎新が設計した水戸芸術館の間の一等地を区画整理して、3つの建物がそれぞれ道路を挟み一体化した形で配置され、辺りの風景は一新した。

県南では、つくば市の人口増加率が全国一と報じられ、若い世代の人口流入が顕著であるが、県都の水戸市は、歴史や文化、千波湖などの自然に恵まれ、買い物などの利便性も高く、とても住みやすいまちである。毎日、水戸と職場のあるつくばを往復して感じるのであるが、どんどん外に広がりまとまりなく膨張するつくばに対し、水戸は集約型のコンパクト・シティーへと発展し続けていて、子どもにも、高齢者にもやさしいまちだということである。

そういうまちの中心に今回、市民会館が建てられたことで、町の魅力が倍増したと思う。特に感心するのは利用料金が驚くほど安いことである。その理由は、市民に手軽に使ってもらえる市民会館でありたいというポリシーが根底にあるからだ。

県内最大の大ホール、500名ほど入る中ホールなどは大人気で、コンサートや公演など土日は来年3月まで空きがない状況である。中でも圧巻なのは、3階まで2000席が設置された大ホールで、舞台空間も驚くほど大きく、オーケストラビットの設置が可能で、音響反射板が水戸の梅を模したカラフルな洒落(しゃれ)たデザインで目を奪われる。

楽器をそろえた音楽室、調理室、工作室、茶室、展示室のほか、誰でも自由に使えるラウンジなど、中学生や高校生が勉強できるスペースも其処此処(そこここ)にある。調理室でお料理を教えたいとか、工作室で陶芸教室が出来るのではないかと夢が広がる。

市民をまちの真ん中に連れ出すことで、市民会館が文化交流やにぎわいの核となり、北関東第一の質の高い文化拠点になること間違いなしである。当初の理念を忘れず、市民中心の市民会館として発展することを期待する。

都市公園の面積は世界第2

水戸の魅力のもう一つは、都市公園の面積がボストンに次ぎ、世界第2位であるという点である。水戸駅からそう遠くない千波湖や逆川周辺に広大な自然が広がり、それらを利用した多くのイベントが年間を通じ行われている。早朝や夜間の千波湖はランニングや散歩する人で大にぎわいである。

毎月配布される水戸の広報誌には様々な市民参加型のイベントが紹介されていて、大会やフェスタなどが目白押しである。また、文化、教養、スポーツの欄には、無料の講座、学習会、映画上映会などの情報がしっかり掲載されている。このような仕掛けを市や団体が活発に行っており、小さな子どもから高齢者まで日々楽しみ、生活できる環境がつくられているのである。

研究機関が集積する科学都市つくばの発展も素晴らしいが、私にとって住み続けたいまちは、やはり水戸である。(みらいのもり保育園長、茨城キリスト教大学名誉教授)

「無償移譲」か「パークPFI」か つくば市民の選択問う洞峰公園説明会

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洞峰公園の「無償譲渡」について市民に説明する五十嵐市長=筑波新都市記念館

茨城県営の都市公園、洞峰公園(つくば市二の宮)の無償譲渡をつくば市が県から受けることに対する市民説明会が28日、同公園内の筑波新都市記念館で行われた。説明会は、22日に3度開かれたのに続き4度目。会場には40人あまりの市民が訪れ、五十嵐立青市長や県担当者との質疑が交わされた。

参加者からは、グランピング施設建設を伴う従来のパークPFIによる公園管理案か、洞峰公園の無償譲渡のどちらかを受け入れるという、「二者択一」をつくば市民が迫られている現状と、譲渡後にかかる1億5000万円の維持管理費を念頭に「もう少し議論をするべきでは」との疑問が投げかけられた。

五十嵐市長はこれに対し、「様々な話を知事ともしてきた。その中で県は、パークPFIをやるか、無償譲渡をつくば市が受け入れるか、ということになった。事実として二者択一しかなかった」とし、県都市整備課は「我々はパークPFIが最良と判断した。無償譲渡がもうひとつの選択肢。二者択一と考えている」と他の選択肢は考えていないことを改めて強調した。

移管前に県、12カ所の修繕を検討

無償譲渡後の公園管理方法について、市長は「管理の仕方は決定していない」とした上で、「指定管理(者制度)でなく、しばらくは直接業務委託のような形をとる」とし、「その間に(市民や有識者による)協議会でどのような形がいいかよく話し合う。指定管理がいいのか、別の形がいいのか、パークPFIがいいのか、(公園の)一定の方向性を示した上で公募に入っていきたい」との認識を示した。また、これまでにも議題にあげられていた駐車場の拡張については、「満車になるのは週末一定の時間だけ。平日は空きがある」とし、「今の段階で拡張する計画はない」と説明した。

譲渡の際には、今年5月に実施した、公園内の新都市記念館、フィールドハウス、体育館、プールに関する状況調査において「早急な修繕が必要」と判断された外壁や煙突など12カ所について、市への移管前に、県が修繕を検討していることが伝えられた。

その他、参加者からは、「(洞峰公園は)つくばの都市としての公共デザインとして非常に重要。50年の間に成熟したこのデザインを守っていただきたい」などの要望や、「校外学習で現在の洞峰公園の環境を子どもたちに体験させるだけでなく、つくば市の歴史も伝えていくことで、自分の街への愛着をより抱くことができるのでは」「(公園内の)落ち葉を堆肥にしたり、剪定で切り落とした枝を薪にしたりし売ることで管理費の節約につながるのでは」などの意見が挙げられた。

市による説明会はこの日が最終日となる。今後のスケジュールは、8月にアンケート調査を実施し、その結果次第で国、県との必要な協議や、市民や有識者らによる協議会設置の準備に入る予定。9月議会では、県から無償譲渡を受ける条例改正案、予算案を市議会に提出、10月に市に移管になるとした。8月に市が実施するアンケートの設問や方法などはまだ決めてないとした。(柴田大輔)

➡22日の第一回説明会の質疑の概要はこちら

黒い心 《短いおはなし》17

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イラストは筆者

【ノベル・伊東葎花】
5歳の夏、弟が生まれた。僕は一週間、伯母の家に預けられた。
伯母は古い一軒家に、ひとりで住んでいた。
慣れない家で眠れずにいたら、天井に黒いシミが現れた。
シミはどんどん大きくなり、やがて液体になって僕の額にポトリと落ちた。
悲鳴を上げたら伯母が飛んできて、背中を優しくなでてくれた。
黒いシミが、じわじわと体の中に入る気がした。

母と弟が退院して、僕は家に帰った。
「卓ちゃんは、お兄ちゃんになったのよ」
母はその日から弟の世話ばかりで、僕は甘えることができなくなった。
ある日僕は、心の中で念じてみた。
「弟なんか消えてしまえ」
すると翌日、弟は高熱にうなされて、生死の境をさまよった。
僕は怖くなり、命を取りとめた弟に何度も謝った。

小学生になり、僕は自分の力を確信した。
いじめっ子に「消えてしまえ」と念じたら、翌日交通事故で入院した。
嫌な先生に「消えてしまえ」と念じたら、翌日不祥事を起こして学校をやめた。
宿題が終わらなくて「学校なんか燃えてしまえ」と念じたら、ボヤ騒ぎが起きて3日間休校になった。
僕は自分の心が怖くなって、念じることを一切やめた。

12歳になった夏、母が原因不明の病気で入院した。
僕は弟と一緒に、再び伯母の家に預けられた。
伯母は僕にだけ、異常なほど優しかった。
弟が寝た後、伯母が僕の顔をのぞき込んで言った。
「ねえ卓ちゃん、伯母さんの子供にならない?」
伯母は、嫁いですぐに夫を亡くして子供がいない。寂しいのは分かる。
だけど僕は、すぐに首を横に振った。

「伯母さん、僕はこの家が怖い。だからこの家の子にはならないよ」
僕は、あのシミを見た夜のことや、その後に起きた不思議な力の話を打ち明けた。
「なんだ。卓ちゃんもそうなの。実は伯母さんにも、その力があるのよ」
伯母は、嫁いで間もないころ、僕と同じ経験をしたそうだ。
「でも、卓ちゃんの念はちょっと弱いね。優しい子だから、本当に消すことは出来ないのね。伯母さんの念は強いよ。意地悪な姑(しゅうと)と小姑、ふがいないダンナ、みんな消しちゃった」
伯母はさらりと言った。笑みさえ浮かべている。

「伯母さん、まさかお母さんに何かした?」
「ふふ、卓ちゃんが欲しいって言ったら断られちゃったから、ちょっと嫌がらせ。ねえ卓ちゃん、私がもっと強く念じたら、あんたのお母さん、どうなるかな」
「やめて」
「ねえ卓ちゃん、伯母さんの子になって」
伯母が手首をぎゅっとつかんだ。やめて、痛いよ、やめて。

伯母の手が急に離れたと思ったら、胸を押さえて苦しみだした。
「えっ、伯母さん?」
伯母の呼吸が止まった。僕は念じていない。僕じゃない。

後ろの襖がすうっと開いた。弟が立っていた。
「ぼく、この伯母ちゃんキライ」
弟の額には、黒いシミがべったりと付いていた。(作家)

「君が代」と「さざれ石」 《ひょうたんの眼》59

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庭のサルスベリ

【コラム・高橋恵一】大阪府吹田市で小中学校の児童生徒が校歌と国歌「君が代」の歌詞を暗記しているかどうかという調査をしていたと報道された。市議会議員の要求で数年調査していたようだ。暗記しているかどうかということは、学校で歌詞を教えているということだが、歌詞の意味をどのように教えているのだろうか?

私が小学3年生のとき、君が代の意味を先生に質問したら、「『君が代』は、以前は『天皇陛下の治める世の中、天皇の国』の意味だったが、今は、君と僕、私とあなたの世の中という意味にしている。千代に八千代にというのは、とても長い期間という意味。『さざれ石』は小さな石の意味で、とても小さな石が、だんだん大きくなって岩に、さらに立派な巌(いわ)になってコケに覆われるまで、私たちの国が永遠に栄えることを願う歌だ」と説明してくれた。

1999年の国旗・国歌法の制定に際し、君が代は、大日本帝国憲法下、天皇=国家への絶対忠節を強制し、戦意発揚につなげた経緯から、国民主権の日本にはふさわしくないという意見が沸き上がったが、政府は、君が代の歌詞は、元々、新古今和歌集にあり、長寿を願う歌で、国民になじんでおり、変える必要がないとして、国歌に制定した。

ところが、「さざれ石」については、小さな石が、成長して大きな岩になるはずがないとの指摘があり、政府は、これを気にしたようだ。

当時、文部科学省が、庁舎建て替えに際して、別のビルに仮住まいをしていたのだが、その玄関ロビーに、砂利の混ざったコンクリートの固まりのような、高さ1メートル弱のモニュメントらしきものが置かれていて、「さざれ石」と表示されていた。その石は、石灰質角礫岩(せっかいしつかくれきがん)といって、液状化した石灰質が、接触する小石や砂などの接着剤となって固まった礫岩だ。

礫岩=さざれ石とする文科省の強弁

さざれ石は礫岩の構成員だが、凝結した時点で「さざれ石」ではなくなる存在だ。1963年頃、岐阜県の愛石家が、地元の伊吹山麓の河岸に散在する礫岩を「君が代のさざれ石」と発表して、広まったらしい。出雲大社、鹿島神宮、建長寺などにも、礫岩がおかれていて、「さざれ石」として案内されている。

しかし、新古今和歌集の詠み手は、伊吹山麓の石灰質角礫岩を知るはずもなく、平安時代の歌詠みとして、アミニズム的な感性から、小石(さざれ石)が古刹(こさつ)の苔(こけ)石や屏風(びょうぶ)岩のように成長するとしたもので、現代にもつながる、日本人的な豊かな感性の国風文学の表現であり、人々に受け入れられているのであろう。

礫岩を「さざれ石」だとする文科省の強弁は、忠君・愛国の軍国日本を絶対とし、国威発揚の道具として、「君が代」を強制した暗い過去に戻したい勢力への忖度(そんたく)であろうか? どう取り繕っても、さざれ石は、さざれ石。極小の小石だ。文科省が、先頭に立って国語をねじ曲げている。

学校も神社仏閣も所管は文部科学省。先の戦争では、学校も神社仏閣も、戦争遂行の先手とされていたことを忘れてはいけない。(地図好きの土浦人)

介護のDX化で福祉拠点づくり推進 つくばに70床の特養

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内覧会で、寝たまま入浴できる特別浴槽の紹介をするスタッフ=まごころの杜つくば

セキショウグループの社会福祉法人関耀会(筑西市、葉章二理事長)は26日、つくば市大砂に完成させた特別養護老人ホーム「まごころの杜つくば」(大島弘行施設長)の開所式を行った。医療機関、施工業者、行政などの関係者を集めた。

開所式で挨拶する葉章二関耀会理事長

筑波山神社、岡野真介権禰宜(ごんねぎ)が祝詞(のりと)を上げ、参加者の玉串奉奠(ほうてん)などの神事の後、関彰商事、関正樹社長が施主挨拶を行った。国光綾乃衆議院議員、山口裕之県福祉部長、市原健一いちはら病院理事長の3人が来賓として挨拶した。医療、福祉、介護の労働力不足が深刻化する中で、効果的なDX(デジタルトランスフォーメーション)を進めていく、施設への期待は大きいという内容だった。

同ホームはつくば市北部の敷地面積9449平方メートルに、2階建て延床面積3945平方メートルで建設。開設は29日の予定。

施設は「持続可能な未来の地域福祉拠点」をコンセプトに、ユニット型70床、ショートステイ10床が配置され、入所者が安心して暮らすことができる空間をめざし作られた。「ユニット型」の居室は共用スペースであるリビングを囲うような形となっているため、入所者と施設スタッフが交流しやすい作りとなっている。

特別養護老人ホーム「まごころの杜つくば」の外観

運営面では、居室センサー、離床や体動、心拍を完全に把握するベッドセンサー等の導入、スマートデバイスの活用やデータ連携を図り、経験や勘ではなく、データに基づいた「介護のDX化」を推進する。また、ケアプランに基づいた介護を推し進める上で、スケジュール管理に「AxistX」(アクシストエックス)という利用者と職員の業務予定をまとめて扱えるシステムを使い、質の高いケア・業務の効率化を図り、その結果全職員の業務の可視化が実現するという。さらに、太陽光発電の設置、送迎車としても利用する電気自動車の導入など環境に配慮した持続可能な施設運営を目指す。

葉章二理事長は「高齢化社会がさらに進む中、人材不足が叫ばれている。環境対策や最新テクノロジーを駆使した設備を利用することで効率の良い施設運営をし、未来の地域福祉拠点を作り上げていきたい。地域の医療や福祉にまごころをこめ貢献することで地域の人々の幸福につながれば良い」と展望を語った。(榎田智司)

高速の爽快感、新幹線 《遊民通信》69

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【コラム・田口哲郎】
前略

先日、新幹線で博多まで行ってきました。東京駅を出発して5時間で着きました。博多は航空機で行くのが主流のようですが、鉄道好きとしては、新幹線以外に選択肢はありませんでした。東京駅を山手線で通るたびに、東海道新幹線を見かけては、旅情に思いを馳(は)せていたものです。

東海道新幹線といえば、幼い頃に新大阪から上京するときによく乗せてもらいました。私世代にとって新幹線といえば、丸いボンネットの0系です。いまはN700系。ずいぶん進化しましたが、カラーは白にブルーと新幹線は新幹線です。

さて、今回は内田百閒先生のように、用事もなく特急電車に乗って大阪に行ってきた、ということではありませんでした。用事がしっかりあったので、先生のように優雅に鉄道だけを楽しむ旅ではなかったのです。

しかし、5時間も超高速鉄道に乗っていますと、先生のエッセイを読むだけでは感じられないことに気づいたりしました。百閒先生は当時の特急「はと」が電気機関車に牽(けん)引されていて、時速70キロ以上出ているのではないか、とその速さに言及されています。いま時速70キロというと、常磐線の営業最高速度が時速130キロ超なのを考えると、速くはないのですが、戦後すぐには最先端であったでしょう。

このまえ乗った新幹線の最高速度は時速285キロです。百閒先生のときの4倍ほどになります。新幹線の車両は実によくできていて、揺れも騒音もないのですが、280キロの速さは体感できます。車窓の景色の流れが速い。目を閉じてもその速さを実感できます。日本国に通された鉄の道をすごいスピードで走り抜けるのは爽快でした。

なにか、日ごろの疲れが吹きとぶような、おはらいのような感覚がありました。百閒先生も用もないのにわざわざ電車に乗るために大阪に行っていたのは、このスピードの爽快感を味わうためではないのか、と思いました。国土を猛烈に走り抜けるという、現代では当たり前の体験。しかし、これは人類が日々更新している、新しい体験でもあります。

車内チャイムにみる時代の流れ

そういえば、新幹線の車内チャイムはTOKIOのBe Ambitiousが7月20日、20年来の勤めを終えて、最後だったそうですが、最後に聞けてよかったです。

20年前にAMBITIOUS JAPANをキャッチコピーに新幹線が走り抜けていた東京を思い出します。バブル崩壊後、IT革命勃発、グローバリゼーションの波の到来と、日本が新しい激動の時代に向かって立ち向かおうとしていた時代です。野心的であれ。

新しいチャイムは、UAさんの「会いにゆこう」だそうです。新幹線が日本の野望を担う大動脈から、個人と個人を結ぶ赤い糸に自己認識を変えたのでしょうか。時代の変化を感じずにはいられません。新幹線よ、永遠に。ごきげんよう。

草々
(散歩好きの文明批評家)

甲子園切符は土浦日大 9回一気の逆転劇【高校野球茨城’23】

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土浦日大、勝利の瞬間=ノーブルホームスタジアム水戸(撮影・高橋浩一)

第105回全国高校野球選手権茨城大会は26日、ノーブルホームスタジアム水戸で決勝を行い、土浦日大が霞ケ浦を5対3で破り、5年ぶり5度目の夏の甲子園出場を決めた。霞ケ浦の最速150キロ右腕・木村優人は9回に力尽き、甲子園出場は夢と消えた。

(土浦日大の優勝は5年ぶり5回目)

土浦日大は3点を追う9回に7安打を集中、一気に5点を奪って逆転した。この回先頭の代打伊藤智一が右前打、飯田将生が右前二塁打で上位打線へ勢いをつなぐと、中本佳吾の中前打で2点を返す。押せ押せとなり、太刀川幸輝の左前打などで2死一・二塁とし、香取蒼太、松田陽斗、鈴木大和の3連打で3点を追加、一気に逆転を果たした。

9回表土浦日大2死一・二塁、松田の右前適時打で逆転

逆転打の松田は「前の打席からまっすぐをとらえていて、変化球で来るだろうと予想。打った球は覚えていないが、振り遅れず、詰まったと思ったが気持ちで持っていった。きれいなヒットでなくても次へつなぐことが大事」と話した。

先に好機をは生かしたのは霞ケ浦だった。3回裏に土浦日大の先発、藤本士生から3点を奪った。羽成恭之介の中前打や山崎隼人の内野安打などで1死一・三塁から、木村の遊ゴロが敵失を誘い2者生還。羽成朔太郎が左前打でつなぎ、大崎謙の右前適時打で1点を追加した。

3回裏霞ケ浦2死一・二塁、大崎の右前適時打でこの回3点目

ところがその後は打線が沈黙。特に6回以降は藤本の切れのある投球に三者凡退が続いた。一方木村は8回までを被安打7、奪三振5で無失点に抑えていたが、9回に力尽きた。霞ケ浦には魔の9回、両校は2017年の決勝でも顔を合わせ、9回表の逆転劇で甲子園を逃した悪夢がよみがえった。

勝利投手の藤本は「失点しても弱気にならず、相手がいやがる攻めの投球ができた。コンディションは良いとはいえないが、抑えるところは抑え、打たせるところは打たせて、メリハリの効いたプレーができた」と振り返った。

土浦日大の小菅勲監督は「木村投手には8回まで完璧に抑えられたが、9回には気持ちを切り替え、特に伊藤智、飯田のつなぎが大きかった。(取手二時代の恩師の)木内幸男監督は『野球は何が起こるか分からない』と常々言っておられたが、そういう気持ちで最後まであきらめないことが得点につながった」と選手を讃えた。

土浦日大の喜びはじける集合写真

霞ケ浦の高橋祐二監督は「木村が7本も連打を浴びるのは経験がない。どうしてこういうことが起こるのか」と、まるで負けに不思議の負けがあったかと言わんばかりの表情。「木村のボールは前2戦より走っていて、相手を押し込めていたが、勝ちを急ぐ気持ちがあせりを生んでしまったか。相手の執念に負けた」とかぶとを脱いだ。

人口増加率全国1位に つくば市

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TXつくば駅前。グラフはつくば市の人口増加率の推移(%)

総務省が26日公表した住民基本台帳に基づく人口動態及び世帯数調査によると、つくば市の2023年1月1日現在(2022年1月1日から12月31日まで1年間)の人口増加率は2.30%となり、市区部で全国1位となった。つくば市が1位になるのはデータが比較可能な1995年以降初めて。

2位は千葉県印西市の2.16%、3位は流山市の1.90%、4位は東京都豊島区の1.89%、5位は台東区の1.85%で、つくばエクスプレス(TX)沿線のつくば市、流山市、台東区の3市区が全国ベスト5のうちの3つを占めた。

つくば市統計・データ利活用推進室によると、同市の人口増加率は2016年以降、1.5%前後の増加と堅調に推移してきた。特に沿線の区画整理事業が完了し宅地分譲が本格化しているここ数年は増加率が全国トップ10に入っており、2020年(2019年1-12月)の人口増加率は1.64%で全国9位、21年(20年1-12月)は1.75%で4位、22年(21年1-12月)は1.96%で2位となり年々順位が上がっていた。

人口増の主な要因について同市は、子育て世帯がTX駅近辺に転入を続けていることのほか、特に新型コロナの影響で控えられていた国外からの外国人の転入が、2022年中に再び活性化したことによる一時的な影響も大きいと分析している。

五十嵐立青市長は「転入超過数が2年連続、一般市で全国最多となったことに加え、人口増加率も全国1位となったことは、つくば市が選ばれるまちとなっていることが数字で示されており意義がある」とし「ランキングに一喜一憂することなく、持続可能で包摂的な都市を市民と共につくる努力を続けていく」とのコメントを発表した。

同市の人口は、合併してつくば市が誕生した1987年は11万人だったが、TXが開通した2005年は19万人になり、08年には20万人を超過、22年6月に25万人を突破した。今年7月1日現在の人口は25万5152人となっている。

たくましい農家の女性《菜園の輪》13

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沢辺賢子さん(筆者撮影)

【コラム・古家晴美】今回は、つくば市北部の農村に住む沢辺賢子(たかこ)さん(78)にお話をうかがった。50年前に玉里村(現小美玉市)の農家から嫁いで来た。当時、舅(しゅうと)と姑(しゅうとめ)は、主に稲作と養蚕を営む農家で、自分たち息子夫婦はその手伝いをしながら、養豚やシイタケ栽培に取り組んでいた。

そして、その後約30年間は、バラを中心に栽培してきた。しかし、温室の燃料費高騰などもあり、バラ園は今年2月に閉園し、後継者である息子さんはブドウを栽培している。

専業農家の現役主婦の活躍ぶりには、頭が下がる。賢子さんがバラ園で働いていた2月までの生活は多忙を極めた。バラの作業にいつも追われ、近所の人とも長話もできず、家事と仕事の合間の時間に自家用畑の面倒を見ていた。

出荷前日の月・水・土の1日のスケジュールを振り返ると、朝6時に起床し、夫婦の朝食の準備、8時から花切り開始。12時に昼食の準備、13時半くらいからずっと花を束ねている。週末以外の18時には、家族の夕食の準備を始めなければならない。

大人ばかり7人の大家族の食事では、1日8合の米を食べきる。それに伴う大量のおかず作りも一仕事だ。朝からずっと花の作業と家事に付きっ切りとなり、息つく暇もない。

そして、日・火・木の花の出荷が終わる午前10時からお昼頃を、賢子さんは自家用畑の作業時間に当てていた。この地域では、自家用野菜を作る畑を「〇〇の畑」と地名で呼ぶ以外に、「ソトヤラ」(外谷和原)とも言うとのこと。

賢子さんは、5畝(せ=500平方メートル)の畑を1人で面倒を見ている。舅の手伝いをしながら、畑仕事を覚えた。姑は養蚕にかかりきりになっていたので、舅が自家用野菜を栽培していたのだ。賢子さんが本格的に作り始めたのは、舅が他界してからのことだ。

干し柿、こんにゃく、たくあんも

今の季節は、ナス、キュウリ、トマト、ピーマン、インゲン豆、ジャガイモ、白瓜、玉ねぎ、トウモロコシなどが食べ頃だ。また、仏壇に供えるための百日草、ダリア、グラジオラス、ホオズキも大輪を咲かせ、実をつけている。

畑の中央の小梅と南高梅、柿の木の根元には、こんにゃくが青々とした葉を茂らせている。去年は梅干を10キロ漬けた。今年は干し柿とこんにゃくを作る予定だ。冬になれば、大根35キロをたくあん漬けにする。大根の運搬を除けば、すべて1人でこなす作業だ。

賢子さんにしても、他界されたお姑さんにしても、農家の女性は、まさしく「縁の下の力持ち」だ。たくましい。(筑波学院大学教授)

障害者が遠隔操作するロボット接客 つくば市 就労可能性探る実証実験

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分身ロボットが運んできたコーヒーをお客が受け取っている=スタートアップカフェ」(つくば市吾妻)=

つくば市で今月から、障害者が遠隔地で操作する分身ロボットによる接客などの実証実験が始まった。コーヒーファクトリー「スタートアップカフェ」(同市吾妻)では飲食物の配膳や来店者との会話を、市立中央図書館(同所)では絵本の読み聞かせを、全国各地の障害者や筑波大学に在籍する障害のある学生がロボットを通して行う。同市は昨年度、筑波大学の実証調査に協力する形で、同様の調査を約3週間実施したが、今回は5カ月間にわたり、障害のある市民などの就労可能性を検証する。

ロボットはオリィ研究所(東京・日本橋)の開発による「OriHime(オリヒメ)」。遠隔操作によって人の「分身」として働く。今回の実証実験では、体調などの面から週に数時間しか就労できない障害者数人が1台の分身ロボットを交代で操作する。

きなこさんが自宅から操作している分身ロボット「OriHime」

障害者雇用促進法は、事業主に障害者を一定数以上雇用する義務を課しているが、その対象は週20時間以上働ける障害者となっており、より短時間しか働けない重度障害者は雇用実績に換算されない。市科学技術戦略課の大垣博文課長補佐は、「ロボット1台の稼働時間を労働者1名の労働時間に読み替えることで、短時間労働の障害者も雇用率に算定できないか検証したい」と話す。

様々な人と会話しながら働く

20日から始まった実験で、筑波大学社会・国際学群1年のきなこさん(18)は24日、カフェで初めて働いた。

体長23センチほどの分身ロボットが乗るワゴンに、店員が「テーブル2番にレモンアイスコーヒーをお願いします」と商品を置くと、「わかりました」とロボットからきなこさんの声が聞こえてきた。自宅にいるきなこさんが遠隔操作でワゴンを動かし、テーブル席まで運んでいるのだ。

ワゴンが近づくと、客が商品と、必要に応じて紙ナプキンなどを受け取る。きなこさんが「シロップが下に溜まりやすいので、かき混ぜてお飲みください」と声をかけ、ロボットはカウンターに戻った。

普段、きなこさんは車椅子で生活する。以前から、様々な人と会話しながら働く接客業に興味があり、アルバイトを探していたが、車椅子での通勤や立ち仕事が不安で、実際に働いたことはないという。リモートでの接客なら、自分に合った働き方ができると思い、今回参加した。「将来は、いろんな人とお話しできる仕事に就きたい。今回の実証実験が、私自身の経験になると同時に、移動に困難があっても、このような形で働けることを多くの人に知ってもらうきっかけになるといい」

きなこさんからコーヒーを受け取った男性客は「最初は戸惑ったが、スムーズにコーヒーを受け取れた。障害のある人も働ける場がもっと広がればいい」と話した。

今回の実証実験に参加する筑波大生は、きなこさんのほか、運動障害や発達障害のある学生5人。

働く経験で高まる「自己効力感」

障害のある大学生が実証実験に参加する意義について、筑波大学人間系の大村美保助教は、「多くの大学生は飲食店などの接客業でアルバイトすることで、様々な年代や職種の人と関わり、社会を知る機会になる。しかし、運動障害のある学生が同様のアルバイトをするのは難しい。今回、このような形で働くことは、社会との接点になるだけでなく、他の大学生と同じ経験をすることで自信にもなるだろう」と話す。

昨年度の実証実験では、分身ロボットによる短時間アルバイトを通して、障害のある学生の「自己効力感」や職業に対する関心が高まったという。大村助教は「今回、より長い期間、働く経験をすることは、その後、学生たちがキャリア形成をしていく上で役立つだろう」と期待する。(川端舞)

●コーヒーファクトリーでは、11月24日(金)までの期間、11時30分から13時30分は全国各地の障害者が、15時30分から16時30分は筑波大の障害学生が接客等をする。11月27日(月)から12月20日(水)は、11時30分から13時30分で、全国各地の障害者のみが行う。いずれも土日祝日と、8月14日(月)から18日(金)は除く。

●市中央図書館では、9月7日(木)まで毎週木曜日、10時30分から15分間、以前、保育士をしていたが障害のために働けなくなった人たちがOriHimeを通じ、絵本の読み聞かせをする。