「人形って、生きているように見える瞬間があるんです」。今年、旗揚げから50年を迎えた筑波大学の学生人形劇団「ノイ(NEU)」の塚越彩加さん(20)はそう話す。筑波大学開学3年目の1976年に発足したノイは、現在、学部生18人、大学院生4人の計22人で活動する。ドイツ語で「新しい」を意味する「ノイ」という名前には、旗揚げ当時の学生たちの「新しい人形劇をつくろう」という思いが込められている。半世紀の歴史の中で受け継がれてきたのは、「人形劇を『面白い』『楽しい』と思う気持ち」だ。
受け継いできた技術と人のつながり
「ごめん! そこはもう少し間を詰められるかな」
仕切りを外した畳敷き10畳二間の稽古場に、張り詰めた声が響く。声の主は、8月に都内で公演を予定する、宮沢賢治原作の「注文の多い料理店」で演出を務める同大2年の田中咲妃さん(19)だ。公演が間近に迫り、稽古にも熱が入る。「この作品は昨年5月の初演以来、何度も改良を重ねてきた。人の身体表現と人形劇をどう組み合わせるかが大切。もっと見やすく、分かりやすい作品になるよう、最後まで磨き上げていきたい」と話す。
8月の公演に向けて稽古に熱が入る
ノイが活動拠点とするのは、TXつくば駅近くの筑波大春日エリアの春日課外活動施設だ。2002年に同大と統合した旧・図書館情報大学の敷地内にあった旧宿泊施設をアトリエとして使用している。
室内には、次回作に向けて制作途中の美術道具が並ぶ。舞台で使う人形は、人形の胴体や頭に直接手を入れて、指や手首の動きで動かすパペットや棒遣い人形、作品によってはより直感的に操作できる糸操り人形を用いている。人形は、和紙や新聞紙、包装紙などを型に何層も貼り重ねる「張り子」という技法も用いられ、衣装や舞台美術など、公演で使うほぼ全ての道具をメンバー自身が手作業で仕上げるのが劇団発足以来続く伝統だ。一体あたり、試作の期間も含めると、完成までに約1カ月を要する。演目によっては、人形と共に、役者の身体表現も取り入れ物語の世界を表現する。
「活動を始めてまず難しかったのは人形作り。構造を考えたり、縫製したり、丈夫に仕上げたり、工程がとても多い。上手な人を見ると『どうしてこんな仕組みを思いつくんだろう』と驚く」と、入団3年目の塚越さんは振り返る。照明機材や音響機材、大きな黒幕なども代々受け継がれてきたものだ。「今改めて全部そろえようと思ったら、本当に大変」と語る。
学生メンバーが必要な道具を手作りする
一方で、「伝統は技術的なものだけではない」と話すのは、ノイ代表の横井一葉さん(20)だ。「50年という歴史の中で、人のつながりも受け継がれてきた。OB・OGの皆さんとは今も交流がある。公演を見に来てくださったり、ワークショップなど学外のイベントで、プロとして活動されていたり、自分で劇団を立ち上げたりした先輩たちから直接アドバイスをいただく機会もある。本当に貴重」
コロナ禍経て「バージョンアップ」
演目は、劇団によるオリジナル作品が中心だが、近年は、神話や童話をモチーフにしながら人形劇としてより物語を引き立たせるためにセリフや場面を追加するなど再構成した作品も増えている。一方で、公演を控える「注文の多い料理店」は、原作の文章を忠実に再現しており、ノイの中では珍しい作品だ。メンバーは、公演ごとに役者として舞台に立つこともあれば、演出担当者として役者への演技指導、照明や美術、音響効果などを指示する舞台の責任者も務める。脚本は、演出担当者が一人で作ることもあれば、メンバー全員で話し合いながら仕上げることもある。
一時期は、劇団員が10人を切る時期が続いたこともあった。活動を自粛せざるを得なかったコロナ禍では、公演のサイクルや演出方法など途切れてしまった伝統もあった。しかし活動を再開させる中で、以前よりバージョンアップさせたのが公演方法だという。
以前は、春の新歓公演、夏の新人公演、雙峰祭(学園祭)公演、卒業公演、演劇祭への参加などと年間スケジュールが決まっており、公演ごとに新作を作るのが慣例だった。一方、現在は、定期的な公演のほかに、地域の幼稚園や保育園、小学校から依頼を受けて行う公演が増え、年間を通じて舞台に立っている。
「コロナ禍で劇団の運営方法や文化を引き継ぐことが難しくなった。公演ごとに新作を作り、一つの作品に全力を注ぎ、公演が終われば一区切り、という印象がこれまでのノイにはあった」と横井さんは言う。「演劇にはそうしたスタイルも多くある。例えばミュージカルは長期間同じ作品を上演するし、小劇場では1週間ほど公演し、次の作品へ移ることもある。ただ、その方法では作品を改善する機会も少なく、経験も次につながりにくかった」と話す。一方、プロの人形劇団は、幼稚園や小学校などを巡回しながら、何度も同じ作品を上演することが多い。「私たちも、これまで小劇場のようなスタイルだったが、今はプロの人形劇団に近い形へ少しずつ移行しているところ」だと横井さんは説明する。
ノイのマスコットになっている約30年前に作られた人形「宇宙人」
「楽しむこと」が伝統
「仕掛けのある人形が思い通りに動いた時は、本当にうれしい」と話す横井さん。「脚本の面白さがお客さんに伝わって、笑ってくれたり、泣いてくれたりすると、『頑張って良かった』と思えるし、自分が思い描いていた動きが、人形でそのまま表現できた時は本当に感動する。驚きと美しさの瞬間をつくりたい、子どもにも分かりやすく、大人にも通じる驚きと感動を大事にしたい」
50年を迎えて横井さんは「活動を休止してしまった学生人形劇団が少なくない中で、他大学の人形劇団出身の方から『うちの大学では劇団がなくなっちゃったんだよね』と言われる。ノイ出身でプロとして活動する先輩からも『今もノイはにぎやかでうれしい』と言われると、うれしいです」
ノイの一番の伝統は「楽しむこと」だと横井さんはいう。「作品づくりをしていると『こう動かしたいのにうまくいかない』『思ったように見えない』と苦しくなることがたくさんある。でも、その試行錯誤そのものを楽しんでほしい。『楽しむこと』をノイの伝統として受け継いでいってほしい」という。
「趣味は『人形劇』と胸を張って言えるくらい、人形劇にどっぷり浸かっている。人形劇が本当に好きなので」と笑顔を見せる横井さん。「人形劇というと『子どものためのもの』というイメージを持っている方も多いと思う。でも私たちは、その先入観を覆すような作品づくりを目指している。どの作品にも『面白かった』『驚いた』と思っていただける見どころがあると信じている。11月には学園祭での公演もある。ぜひ劇場へ足を運んでいただけたらうれしいです」。(柴田大輔)
◆筑波大学人形劇団ノイの公演スケジュールや活動の詳細は、同劇団の公式サイトへ。