【コラム・浅井和幸】先日、ある支援のために駅前のロータリーを回り、目的地に向かいました。そのあたりは歩いている高齢者も多く、ゆっくりと左右を見ながらの運転です。その運転とは関係ない50メートルほど先で、高齢女性が倒れました。幸い、近くにいた数名の方が助けに入ったので、私はそれを確認して目的地に向かいました。
県内を動き回っていると、このような場面に時々出くわします。今回は偶然にも倒れる瞬間を見たのですが、その倒れ方がまっすぐ硬直したような倒れ方で、とても危険な印象が残りました。私は高齢福祉については勉強不足なので、現在どのような取り組みが行われているのか分かりませんが、「高齢者の倒れる練習」とネット検索しても、ほとんどが「転倒防止」についての内容でした。
このようなことは、子育て、不登校、ひきこもり、生活困窮、住宅確保要配慮者支援などでも似ています。危険なことが起こったあと、どう対応するかという支援を続けていると、「そもそも未然に防ぐことが大切だ」という考えに行きつきます。しかし、予防や防止を重視しすぎると、危険なことが起こったときにどうするかという視点が抜けてしまいます。
リスクから遠ざけすぎることは、リスクを回避する、乗り越える、やり直す、助けを求めるといった感覚を育ちにくくします。人は、汚いものや苦しいことなどから遠ざかりすぎることで、強すぎる痛みが実際に訪れたときに耐えられず、立ち直れなくなってしまうことがあります。
よりよい成長のため、その痛みは本人が耐えられる範囲に調整することが必要です。何でも一律に、苦しい経験をすれば強くなれるという考え方も、たまたまうまくいった人たちの勘違いなので注意が必要です。
「自分で起き上がってごらん」
私は人を雇っていくつかの事業を行っています。年齢も性別も背景も実力もさまざまです。その人の能力や成長段階に合った課題に向き合えるよう調整しなければならないと、日々悩んでいます。言葉で「危険だからやめた方がよい」と伝えるだけでは、本人が納得しない限り届かないことがあります。だからこそ、少しだけ怖い思いや苦しい思いを体験してもらうことも必要だと感じています。
子育てや支援をしている方から、「成功を経験して成長ができる支援のコツはなんですか」と質問されることがあります。私は「転んでもフォローできる環境を自分自身ができる限界と考えて支援をしてみてください」と答えます。
例えば、よちよち歩きの子どもであれば、転んでも大きなけがをしない環境を整え、すぐに支えられる距離にいることです。少し膝をすりむいても大丈夫な子なら、少し離れた場所から「自分で起き上がってごらん」と声をかけられる距離にいるのがよいでしょう。
危険を予防し回避することと同じくらい、危険への予想や耐性、立ち直る力を育てることも大切であると、私は声を大にして伝えたいのです。(精神保健福祉士)






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