【コラム・山口絹記】前回の記事(5月1日付)では、突然譲り受けたロードバイクについて書いた。そして、この記事を書いている少し前、「ツール・ド・つくば」というイベント(7年ぶりに開催された筑波山を自転車で登るイベント)から帰ってきたところだ。観戦ではない。参戦である。
いわゆるヒルクライムと呼ばれるレースで、他の参加者の動機は私にもよくわからないが、自転車にまたがって峠をひたすら登る。自分で書いていても正気の沙汰とは思えないのだが、とにかく私も完走してきた。なかなかの地獄だったが、実際のところ思ってもないほど楽しい地獄だった。
どうしてそうなったと疑問に感じる方もおられるだろう。私も同感だ。つくづく人生はままならない。現実ではいつだって小説のような文脈はどこかに忘れ去られ、側溝に落ちて朽ちてゆく。
レースで痛めた膝をかばいながら家に帰ってきて、少し頭も冷えてきたので、この1カ月の出来事について、徒然(つれづれ)なるままに書いていこうと思う。
ロードバイクにちゃんと乗る?
繰り返しになってしまうが、このロードバイクは私が大切な人から譲り受けたものだ。私はその人に「ちゃんと乗るから安心してくれ」と約束をした。しかし、家に帰る道すがら、「ロードバイクにちゃんと乗る」ってどういうことだろう、とわからなくなってしまった。
ママチャリくらいしか乗ったことのない私には、ロードバイクにちゃんと乗ることの定義がわからなかったのだ。毎日乗ることか? 遠くに行くことか? 速く走れるようになることだろうか? そこまで考えて、筑波山の山道をかっこいい自転車がいつも登り降りしていることを思い出した。アレはしっかり乗っていることになるのではないだろうか。
週末に本屋に行くようなノリで、筑波山をロードバイクで走っている人は、「ちゃんとロードバイクに乗っている」気がする。コレだ、コレしかない、と脳みそのゆるい私は考えたのだ。これは、自転車のことなど何も知らない中年が、いきなり降って湧いたロードバイクにまたがってレースに出ることになるまでのおはなし。(言語研究者)






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