【コラム・山口絹記】大切な人から本格的な自転車を譲り受けた。いわゆるロードバイクというやつだ。防犯登録のため家の近くの自転車屋さんへと向かう道すがら、さっそくギアチェンジのやり方がわからない。軽くはできるのに重くできないものだから、高回転でペダルを漕(こ)いでいるのにスピードは徒歩と変わらない安全運転。前方から歩いてきた家族連れが怪訝(けげん)な顔でこちらを見ている。見せもんじゃねぇぞ。
登録手続きをお願いしながら手近な柱に自転車を立てかけようとすると、慌てた店長さんに制止された。(私の自転車の)フレームに傷がつくからやめてくれということらしい。「そんなたいしたものじゃ」と言いかけて、自分がこの自転車の価値を知らないことを思い出す。
無知を隠すつもりはないので、一からこの自転車の扱いを教えて欲しい旨を伝えると、店長さんが申し訳なさそうに「当店で購入されたものではないので、説明も有料になってしまうのですが」と言う。知識の提供に対価を支払うのは当然のことである。私は「払います。必要なものも全部買うので教えてください」と答えた。こちらはハナからいくらかかっても構わない腹づもりなのだ。
自転車のエンジンは自分自身
店長さんは自転車をスタンドに乗せると、丁寧にすべてのパーツの名称からその仕組みと役割、ギアチェンジの方法まで教えてくれた。また、年式を考えると、油圧ブレーキのオイルを交換した方がよさそうなで、ギアを切り替えるパーツも分解清掃した方がよさそうということらしい。そこまで自転車を操作しながら話していた店長は、立ち上がると私の顔を見て言った。
「正直に言うと、一度すべて分解して油を指し直して組み直した方がよいと思います。このバイクにはそれだけの価値がある。そうさせてもらえるなら、私もうれしいです」。私の答えはとうに決まっていたのだけど、先に聞いてみたいことを聞くことした。
「この自転車で、筑波山を登ることはできますか」「もちろん。3、4往復は普通にできます」。店長さんは誇らしげに答える。「それって、一度にってことですか?」。私が唖然(あぜん)として聞き返すと、「自転車のエンジンは自分自身ですから、もちろん自分自身を鍛える必要はありますが、このバイクはそれくらいのことを普通にこなしますよ」と、不敵な笑みを浮かべる。
ああ、この店に来て良かったと思った。ものごとの始まりにはいつだって、こういうやりとりが必要なのだ。私は「長く大切に乗りたいので、ぜひお願いします」と頭を下げつつ、「あ、空気入れもください。あと、空気の入れ方も」と付け加えた(言語研究者)






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