土曜日, 1月 17, 2026
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邦楽の音遠くなりにけり 50周年の土浦三曲会 25日に定期演奏会

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土浦三曲会定期演奏会の様子=40周年記念演奏会記録誌から複写

お琴に尺八の14社中

邦楽でいう「三曲」は三味線(三弦)、箏(そう=琴)、尺八-の3種の楽器による音楽の総称。土浦三曲会(柳林順一代表)は25日に土浦市亀城プラザで定期演奏会を開く。50回目を迎えるが、半世紀の間に三曲合同の演奏が聴ける機会は随分と貴重になってしまった。

「無理がきかない」

演奏会には尺八の琴古(きんこ)流5社中と都山(とざん)流1社中、箏の山田流2社中、生田流6社中の合わせて14団体、約40人が出演する。三弦の地歌三味線は箏曲に含まれる。

尺八では、かつて虚無僧装束で演じられた古典の本曲「北国鈴慕」「吾妻の曲」2曲の演奏などがあり、箏曲では江戸時代の古今調子である「春の曲」、現代音楽に属する「平安朝風な舞曲」などの曲目で構成される。生田流で宮城道雄の開いた宮城派に所属する池田孝子社中はクラシックの名曲「パッヘルベルのカノン」に挑む。

定期演奏会は50回目となるが特に記念の企画は予定されていない。代表の柳林順一さん(73)は「40回目のときは土浦市民会館大ホールで盛大に開き、出演を記録した記念誌を発行したが今回は難しい。参加団体も減ってしまったし、出演者の平均年齢も上がってしまい無理がきかない」という。

自宅で尺八演奏を披露する柳林竹栄さん

土浦の自衛隊員が先鞭

土浦三曲会の発足は1974年にさかのぼる。戦後、土浦市右籾には「補給処」と呼ばれた陸上自衛隊霞ケ浦駐屯地が出来、多くの自衛官が移り住んだ。隊員の間では精神修養のためか、尺八の演奏が好まれ、同好の士が集まって複数の社中ができあがっていたという。

その中心人物が安宅筑鳳さん(故人)と橋本竹堂さんで、土浦はじめ阿見や牛久などの筝曲社中に呼び掛けて、76年に1回目の三曲合同演奏会を開くに至ったと伝わる。

芸事の粋を次世代に

1992年の開催では尺八7社中、筝曲⒓社中があったというが、以降の活動は先細り。柳林さんによれば「世代交代で当時のメンバーはすっかり入れ替わった。次の世代交代は望めないほど若い人がいない」のが現状という。

昭和百年、戦後80年。詩吟や長唄など町なかに流れていた邦楽の音は遠くなりにけり。柳林さんは「定年を迎えて尺八でも習おうかと訪ねてくる人はいるが、腹式呼吸が難しくてほとんどが即座にあきらめてしまう。30代、40代に始めると長く続けられる趣味だし、仲間ができ健康づくりにも役立つと思う」と次世代に芸事の粋を聞いてほしいという。(相澤冬樹)

■土浦三曲会 第50回定期演奏会は5月25日(日)午前11時から、土浦市中央2丁目、亀城プラザ文化ホールで開催。入場無料。詳しくは柳林竹栄社中(電話029-842-6355)へ。

元気が出る話を聞いた!高校同窓会式典《吾妻カガミ》206

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写真は筆者

【コラム・坂本栄】5月連休前、切りのよい高卒年次の同窓会がありました。上の写真には「卒業60・50・40・25・15周年記念祝賀会」と書かれていますが、卒業してから60年、50年、40年…という意味です。私は卒60年ですから、この式典に招かれるのはこれが最後になります。この看板に「70を付け加えよう」との声もありましたが…。

インド人校長の方針

同窓会と言えば思い出話で盛り上がる場です。卒業時18才+60年となれば、これに持病の話がプラスされます。でも、この種の式典の面白いのは、元気が出る話も聞けることです。県の公募で採用されたヨゲンドラ校長(インド人)はあいさつの中で、攻めの教育方針を話してくれました。

「世界的に役立つ人材を育成し、自分で設計した方向に強い意志を持って進む、そういう学生に育てたい。今年から修学旅行を復活させ、台湾に送り出すことにした。現地の大学や高校のほか、世界的に競争力がある大企業も視察する」

「世の中はこれから劇的に変わる。どんな職業が残りどんな職業が残らないか、予測がつかない。各国の競争力が強くなると、日本が今の位置にいられるとは思わない。日本はさらにパワーアップしていく必要がある」

「県立高の中で我々は常にトップを走ってきたが、より上のレベルに持っていきたい」。このくだりは進学先のことですが、ヨゲンドラさんは2年後の合格目標をこっそり教えてくれました。

▽東北、東京、東京工業(科学)、東京外語、一橋、京都=70人(2023年度46人)
▽筑波、茨城、県立医療=60人(同56人)
▽国公立医学部=25人(同21人)
▽私立医学部=5人(同8人)
▽早稲田、慶應、上智、東京理科、国際基督=200人(同225人)
▽海外大学=5人(同0人)

面白い時代を生きた

高校講堂での式典のあと、市内の結婚式場で卒60年の同窓会がありました。スピーチするよう事前に言われ、1時間分の原稿を用意したのですが、15分にカットされました。結論は「私たちは面白い時代を生きた」ということです。

「経済記者になって2年目の夏、ニクソンショックがあった。米国がドルを金に交換させないと宣言、ドル切り下げに動いた事件だ。これは戦後の雄、米国のパワーの低下を意味した。その2年後にオイルショックが起き、産油国が先進国の秩序に異を唱えた。日本はどちらも乗り切り、米市場で目立つ存在になった」

「ニクソンショックのときは大蔵省を担当、オイルショックのときは海運造船業界を担当、自動車摩擦のときはワシントンで日米交渉を取材。米国の衰退と日本の台頭を間近で見られたのはハッピーだった」

「しかし日本のおごりがバブルにつながった。私も取材で銀行幹部と飲み歩き、彼らと一緒に浮かれていた。バブル破裂のあと、日本の金融システムが意外に弱かったことを知った」

「バブル処理で痛んだ日本がその後遺症から脱した今、トランプショックが襲った。他国に攻め込まれた米国がなりふり構わず反撃に出てきたわけだが、いずれ大転びする。ポスト米国の時代を迎える好機と思ったらよい」(経済ジャーナリスト)

軽井沢に藤巻進さんを訪ねて《ふるほんや見聞記》4

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写真は筆者提供

【コラム・岡田富朗】藤巻進さんは、1973年に有限会社塩沢遊園(現・軽井沢タリアセン)に入社。85年には軽井沢高原文庫を設立し、理事長に就任。その後、89年に一般社団法人軽井沢青年会議所理事長に就任、95~2007年の間、軽井沢町議会議員を3期務め、07~10年には一般社団法人軽井沢観光協会長を歴任。そして、11~23年の12年間、軽井沢町長を務められました。

今回は、藤巻さんが塩沢遊園に在籍していた時代のお話を伺いました。塩沢湖のある場所は、かつて一面の水田でした。冬になると水田に水を張り、スケートを始めたのがきっかけで、やがて本格的な天然スケートリンクとして整備され、その後現在の塩沢湖の姿となりました。

1971年には塩沢遊園が設立され、冬のスケートだけでなく、1年を通して楽しめる施設へと発展しました。78年には、ジョン・レノンとオノ・ヨーコも来園したというエピソードもあります。85年、軽井沢にゆかりのある文学者たちを中心とした文学館「軽井沢高原文庫」を開館。敷地内には堀辰雄の山荘、有島武郎の別荘、野上弥生子の書斎などを移築・公開しています。

1986年には「塩沢湖レイクランド」をリニューアルオープン。同年、「ペイネ美術館」も開館。この美術館は、建築家アントニン・レーモンドが1933(昭和8)年に建てた「「軽井沢・夏の家」を移築・復元した建物で2023年には国指定重要文化財になりました。

1991年からは10年間にわたり、「タリアセン音楽祭」を開催。1996年には「塩沢湖レイクランド」から「軽井沢タリアセン」へと施設名も改めました。

「タリアセン」という名称は、アントニン・レーモンドの師であるフランク・ロイド・ライトが建設した、設計工房兼共同生活の場の名前に由来しています。ライトのタリアセンは、単なる設計事務所ではなく、「タリアセン・フェローシップ」という建築塾として運営されていました。そこでは、自給自足の共同生活を行いながら、建築教育と実践が行われていました。

名称には、遊園施設としてだけでなく、「来園者の創造力や創作意欲を刺激する場所でありたい」という藤巻さんの思いが感じられます。

深沢紅子 野の花美術館、明治四十四年館

同年には「深沢紅子 野の花美術館」も開館。軽井沢の歴史的遺産のひとつである「明治四十四年館」(旧軽井沢郵便局舎)を移築・復元し、その2階に開館。さらに2008年には、1931(昭和6)年に建築家W.M.ヴォーリズが設計し、フランス文学者・朝吹登水子が別荘として使用していた「睡鳩荘」を移築・復元し、一般公開しています。

最後に藤巻さんは、「未来の軽井沢に、今、私たちが何を残していけるのかを考えることが大切です。かつて軽井沢には多くの文学者が集い、数々の無形文化が生まれました。また、名建築家たちが手がけた別荘も多く存在しています。そうした文化や建築は、残すだけではなく、守り、そして生かしていくことが重要なのです」と語ってくれました。

遊園施設の運営から町の運営を経験された藤巻さん、「すべては、これまで出会ってきた人たちのおかげで、ここまでやってこられた」と語ります。(ブックセンター・キャンパス店主)

<参考>町長時代のお話は、4月25日に発売された著書『軽井沢とともに歩んだ12年 時時刻刻~町長が綴った133話』(婦人之友社)でご覧いただけます。

有名な昆虫博士との出会い(1)《看取り医者は見た!》40

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写真は筆者

【コラム・平野国美】私の患者さんの中には、かつて各分野のトップを走り、現在は引退し、老化のために自宅や施設で療養をされている方がおられます。

毎日数時間、机に向かう文系の方もいます。統計データを自室で読めるため、現役時と環境があまり変わらないのだと思います。今でも専門誌に投稿したり、外国の学術書を翻訳している方もおられます。理系の方では、「動物、鉱石、虫、草木と会話できるのではないか」と思われる方もいます。

初診の際には事前に患者さんのことを調べます。病状だけでなく、人生史も把握するようにしています。米国では「あなたの全てを教えてください」と伝えてから初診すると聞いたことがあります。相手やご家族の気質まで把握することも大切です。

1匹のオケラにジャンプ

今回紹介する患者さんは、農学系の方であることはわかっておりました。部屋には昆虫標本こそないのですが、写真や自著が置かれていました。家に戻りアマゾンで調べると、児童や一般人向けの著書が何冊か出ていました。2冊を購入して読むと、独特のウイットがあり、虫好きでない私も昆虫の世界に入れる本です。

父親も蚕種(さんしゅ)系の学者で、内外で活躍された方です。この昆虫博士が虫と出合ったのは疎開先の信州松本でした。家の玄関先を走っていく物体を見つけた瞬間、誰かに体を押されたように地面にジャンプ、1匹のオケラをつかんだそうです。

その瞬間、虫に夢中になり、その世界に入ったとのことです。父親は物理や医学を勧めたのですが、昆虫以外に興味がなかったようです。父親を説得して昆虫研究を支援したのは母君でした。そして、彼は日本を代表する昆虫学者になりました。

診察の際、昆虫ネタを仕入れて診察前に話し掛けました。「いやあ、あなたみたいに虫に詳しい方に会うのは、定年になって以来久しぶりだ。2階に海外で集めた標本があるので、酒でも飲みながら話しましょう」と、声を掛けていただきました。

しかし、「私、残念ながら下戸なんです」と答えると、「では、お茶でも飲みながら」と。私は虫嫌いだと言うと、不思議そうな顔をしていました。私は「こんなに昆虫に傾倒する方がおられるのが面白くて、ここにいるのです」と話し、その日は終わりました。(訪問診療医師)

来春からジェンダーレスに統一 ランドセル贈呈50年機に 土浦市

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50年を機に、来春から新1年生に贈呈される薄い茶色のランドセル(土浦市教育委員会提供)

土浦市は1976年から毎年、市立小学校と義務教育学校に入学する新1年生に、入学祝い品としてランドセルを無料で贈呈している。来年で50年の節目を迎えるのを機に、来春の新1年生から性別に関係なく、性別によるイメージを連想させにくいジェンダーレスの薄い茶色に統一する。

同市では2020年度まで、赤いランドセルを女子、黒を男子に贈呈していた。保護者から「こういうご時世で赤が女子、黒が男子はおかしい」などの声が出て、21年度から好きな色を選べる選択制に変更した。22年度からは黄色のリュックサックを加え、赤と黒のランドセルと、黄色のリュックサックの3色から選んでもらっていた。今年度は新1年生838人のうち、赤を選んだ児童は421人、黒は417人、黄色は8人だった。このうち赤を選んだ男子は4人、黒を選んだ女子は4人だったという。

事業の継続性を考え1色に

昨年、市内の小学6年生約1100人と保護者代表約30人にアンケート調査を実施し選定した。薄い茶色、濃い茶色、紺色、キャメルの4色の中から選んでもらったところ、小学6年生は薄い茶色、保護者はキャメルが一番人気だった。明るい色の方が目立ちやすいなど登下校時の安全性を考慮し、市教育委員会が薄い茶色を選んだ。複数の色の中から選択できる方法も検討したが、事業の継続性を考え、1色に統一したという。

合わせて機能面を強化しリニューアルする。夏の暑さ対策として背あてにメッシュ素材のクッションを追加したり、授業で使用するパソコンのタブレット端末を家に持ち帰って学習できるよう収納スペースを確保したり、ランドセルの名前入れを、蓋部分の「かぶせ」の内側に移動させて外から児童の名前が見えないよう防犯対策などをする。リュックサックは機能強化が難しいことから廃止する。

素材は人工皮革で、重さは約1100グラム、A4の教科書やタブレット端末が入る大きさ。土浦鞄商組合に製造を委託する。来春は16校に入学予定の約860人に贈る予定だ。ランドセル1個当たりの価格は約1万3000円程度。予算は総額で1159万8000円程度を想定している。価格は材料費や人件費の高騰のほか、機能面を強化するなどから、前年度より25%上昇する見込みだ。

贈呈事業は、家庭の経済的負担軽減を図ることが目的。贈呈するランドセルは指定ではなく、市販のランドセルやリュックサックを使ってもいいが、ほとんどの児童は贈呈されたランドセルを使っているという。

同市によると、県内では44市町村のうち16市町村が新1年生にランドセルを贈呈している。色をジェンダーレス1色に統一するのは鹿嶋、笠間、高萩、日立市に続いて県内で5市目になる。(鈴木宏子)

お好み焼きとジャガイモ、それからビール① 《ことばのおはなし》81

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写真は筆者

【コラム・山口絹記】「来週空いてる? 日本に行くんだけど」。彼女からの誘いはいつも突然だ。まぁ、彼女からのお誘いとあれば無理にでも予定を空けるので、あまり関係はないのだが。

彼女というのは、63「わたしたちのことばのおはなし」(23年11月4日掲載)に登場した台湾人の旧友である。あちらのことばでいうところの“朋友”だ。今回は私に是非会ってみたいと言ってくれているドイツ人の旦那さんも一緒である。

関東のお好み焼きが食べたいという彼女の希望で、大雨の中、自己紹介と近況報告をしながら、スマホで適当なお店を検索する(旦那さんには申し訳ないが、私と彼女の会合はいつも行き当たりばったりなのである)。

席について店員さんが注文を聞きにくると、彼女が目くばせをしてきた。そうだったそうだったと私が事前の打ち合わせを思い出して黙ると、彼女が「とりあえず生で!」と日本語で元気よく注文を伝える。

「かしこまりましたー!」と言いながら去っていく店員さんを見送りながら、3人で笑い合う。彼女は日本語を勉強中なのだ。言語学習は実戦に限る。いくつになっても、この手のやり取りは楽しいものだ。私も台湾に滞在していたときは、何度も教えられたフレーズを使わされたものだ。

独語、日本語、英語で乾杯

運ばれてきたビールを片手に、私はドイツ語で、彼女は日本語で、旦那さんは英語で「乾杯!」とジョッキをぶつけ合った。日本に交換留学した経験があるので少し日本語が話せる旦那さんと、ドイツ語を勉強中の私、日本語を勉強中の彼女というメンバーなので、使用言語はあべこべだ。すばらしいことである。

生まれ育った国も使う言語も関係ない、それぞれの歴史を背負う必要のないこういう空間が、私にとっては一番居心地がよいのだ(言語研究者)

研究者ら、持続可能な研究環境の実現訴え つくばでメーデー集会 

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参加者100人余りが駅周辺をパレードした

5月1日はメーデー。第96回つくば中央メーデー(同実行委員会)が1日、TXつくば駅前の中央公園で開かれた。市内や県南、県西地区の研究機関、民間企業、自治体の労働組合など18団体から約200人が集まり、研究予算の拡充や労働環境の改善、賃上げなどを訴えた。

同実行委の永井孝志委員長(48)が読み上げたメーデー宣言では、武力紛争や異常気象、AI技術の悪用による偽情報の拡散などにより世界情勢が不安定化している中で、問題解決に取り組む市内の各研究機関では、国から交付される予算が削減されていることで、持続可能な研究環境が脅かされている研究者が多数いると指摘した。また、直面する物価高騰、実質賃金の低下、税金や社会保障費の負担増などに対して政治的な対応が必要だとし、大幅な賃上げと労働条件の改善、雇用の安定、ジェンダー平等を求めることが盛り込まれた。宣言は、賛成多数で採択された。

宣言文を読み上げる永井実行委員長

同実行委員で、産総研労組執行委員長の吾妻崇さん(58)は「国からの運営交付金が年々減少する中で、物価高なども重なり、純粋に研究費として使える予算はより限られてきている」とし、「研究を続けることは未来への投資。この予算を削ることは我々の未来が失われることにつながる。つくばは世界に誇れる研究都市。研究を続けるためにも、運営費交付金を全体的にも増やしてほしい」と訴えた。

集会後は、100人余りの参加者らが同駅周辺をが約40分かけてパレードした。「選択的夫婦別姓の実現」「年金の引き上げ」「防衛費削減」「最低賃金を1500円に」など、思い思いのメッセージを記したプラカードを掲げながら、「人間らしい生活のために、職場環境の改善と雇用の拡充を!」「子どもから高齢者までみんなに優しく豊かで安全な社会の実現を!」などと声を上げた。(柴田大輔)

夫婦別姓の実現を訴える参加者

ホテル日航つくば社長の石田奈緒子さん【キーパーソン】

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石田奈緒子さん

今回は、茨城県の部長やTX(つくばエクスプレス)の常務などを歴任し、10カ月前に「ホテル日航つくば」の社長になった石田奈緒子さんに登場してもらった。学園都市を代表するホテルの経営者として、いろいろな営業企画を考え、宿泊客を呼び込もうとする話は面白い。

昔は「第一…」「オークラ…

TXつくば駅から徒歩2分のところにあるホテル(商号は株式会社筑波学園ホテル)は、つくば科学万博(1985年)直前の1983年、「筑波第一ホテル」としてオープン。2001年に「オークラフロンティアホテルつくば」に改称され、2020年から現在の「ホテル日航つくば」という名前になった(国際会議場近くの「ホテルJALシティつくば」も併営)。日本のホテル業界を代表する「ホテルオークラ」の100%子会社。

科学万博のころから市内に住む人は今でも「第一ホテル」と呼び、20年前から隣接市に住むようになった私は今でも「オークラホテル」と言っている。「ホテル日航」という名称がなかなか出てこない。

全国どこの伝統ホテルも同じだが、宿泊+宴会+結婚式を基本とするホテル経営は苦労が多い。会社などの節約志向で宴会が減り、若い人の結婚式も簡素になっているからだ。こういった流れを乗り切るには、著名ホテルのブランドを生かして宿泊客を増やすことが求められる。

ホテル日航つくばのセンター広場側入口

体験を組み込んだ宿泊プラン

「ホテルを楽しく使ってもらおうと、『つくたびプロジェクト』と称して旅とセットにしたプランを提供している。筑波山麓のワイン醸造所を見学した後にホテルで食事・宿泊してもらうプラン、市内の農園でサツマイモを掘ってホテル内でスイーツ作りを体験してもらうプラン、JAXA(宇宙航空研究開発機構)の元職員を講師にペットボトルでロケットを作り飛行実験をする宿泊プラン、などなど」

「つくたびプロジェクト」はコロナ禍にホテルが始めたものだが、TX在職中もコロナ禍で利用客が激減する中、その対応にあたった。「TX駅周辺の魅力を発信し、TXを利用する観光客を増やした」。ワープステーション江戸でのコスプレイベント(つくばみらい市)、アサヒビールとのコラボ企画(守谷市)、慶應義塾幼稚舎の先生の監修を受けた子供向け研究機関紹介パンフ作成(つくば市)などだ。

TXへの茨城県の出資額は東京都に次いで2番目。経営企画担当として、経営戦略・財務・広報・沿線事業を担当していた。インタビューのついでに、TX駅ホーム拡張(混雑対策、6両停車→8両停車)の進行状況を聞くと、完了したのはまだ6駅にとどまり、全20駅の拡張が終わるのは2030年代になるという。

北茨城市で7年間も副市長

下の経歴欄からは省いたが、石田さんは2009~16年の7年間、北茨城市に副市長として勤務している。県職員が市町村に「副」で出る期間は2~3年が普通なのに、なぜ7年にもなったのか聞くと、「東日本大震災で市も被災。それでも4年ぐらいで帰ろうと思っていたら、市立病院の移転などの仕事が入って7年になっていた」

県とのパイプ役、市復興の仕事人として、北茨城市に必要な人材になってしまったらしい。県職員には珍しい発想力と企画力が豊田稔市長に買われたようだ。

「地球にやさしい」ホテル

県幹部のキャリアはホテル経営にも生かされている。今春には、ホテルのSDGs活動が「地球にやさしい企業」として県から表彰された。①食品ロス削減運動②廃食用油回収③使用済み歯ブラシ再資源化④屋上でのミツバチ飼育⑤ペットボトルによる巨大アートづくり―などの取り組みが評価されたそうだ。

この取り組みを県表彰で終わらせず、ホテル内での集客イベントにも活用している。6月8日(日)には、「地域・お客様と連携したSDGs体験会『ホテル日航つくばサステナブルフェス2025』」を開く。環境専門家の講演のほか、持続可能メニューの試食会、子ども向けペーパークラフト講座、天然染料を使った染色体験などをパートナー企業と共に準備していると言う。

【いしだ・なおこ】1984年、茨城大学人文学部卒。NHK水戸放送局FM番組アシスタントを経て、86年、茨城県入庁。総務部地域支援局市町村課副参事、保健福祉部次長、国体・障害者スポーツ大会局長、営業戦略部長などを経て、2021年に定年退職。21~24年、首都圏新都市鉄道株式会社(TXの運営会社)常務取締役。24年6月からホテル日航つくば代表取締役社長。64歳。笠間市出身、同市在住。

【インタビュー後記】筑波学園ホテル社長は県部長クラスのポスト(石田さんは6人目)。TX常務も同クラスのポスト(石田さんは6人目)。ホテルの歴代社長とは随分付き合ってきたが、TX役員経由の方は初めて。知事は、今年開通20年のTXと学園都市の老舗ホテルのつながりを重視した?(坂本栄、経済ジャーナリスト)

◆「ホテル日航つくばサステナブルフェス2025」は6月8日(日)午前11時~午後3時、つくば市吾妻1-1364-1 同ホテル本館3階ジュピターで開催。2021年から同ホテルが進めているSDGsの取り組みを紹介し、日ごろから連携している企業や団体の展示ブースや体験コーナーを設ける。3回目の開催で、環境カウンセラーの中上冨之さんによる特別講演のほか、フードロス削減プロジェクトによるサスティナブルメニューのグランプリを投票で決定する試食イベント、規格外のコーヒー豆で行うブレンド体験、子供向けペーパークラフトワークショップ、天然染料を使った染色体験などを実施する。会場では、航空機の燃料となる家庭の廃食用油を回収する。詳しくはこちら

「故郷」の変化を記録 解体される公務員宿舎の写真展

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県つくば美術館での展示風景

つくば市出身の松﨑章馬さん

つくば市吾妻2丁目にあった国家公務員宿舎「筑波大学職員宿舎」の取り壊しまでの過程を記録した写真展を、つくば市出身の写真作家、松﨑章馬さんが29日から、同市吾妻の県つくば美術館とつくば市民ギャラリーの2会場で同時開催している。つくば美術館では、松﨑さんが同宿舎の取り壊し計画を知った2018年から取り壊し作業を間近に控える2023年までを記録した大判写真54点が、市民ギャラリーでは、取り壊しが始まり更地になるまでを記録した大判写真約20点が展示されている。

自然と近代が同居する街並み

1990年代生まれの松﨑さんが小学1年まで暮らしたのが、TXつくば駅から徒歩数分のところにあった旧・筑波大学職員宿舎だ。つくばエキスポセンターに向かい合う約3万3400平方メートルの敷地内には、16棟の宿舎が立ち並んでいた。2024年までに解体を終え、今後、筑波大学による研究・実証実験施設の建設が予定されている。

松﨑さんが記憶しているのが、歩道の両側や公園に立ち並ぶ木々など、整備された街並みに同居する豊かな自然だった。木々の隙間からのぞくエキスポセンターに立つ実物大の宇宙ロケット「H-IIロケット」や、アーチ状の最上部が特徴的な当時市内で最も高かった三井ビルなど、自然と同居する近代的な風景も、幼心に印象に残っている。

つくば市民ギャラリーの展示風景

現在、東京で暮らす松﨑さんが「故郷」を撮影しはじめたのは、つくばに帰省した際に、以前暮らしていた宿舎に何気なく立ち寄ったのがきっかけだった。懐かしさもありスマートフォンで動画を撮影してみると、以前は感じなかったその場所の雰囲気に面白さを感じた。その後間もなくして、宿舎が廃止されるのを聞いた。過程を記録しておくべきだと感じ、2018年から毎月1、2回、現地へ足を運んで建物や周囲の風景を撮影し始めた。

当初は作品にするつもりはなかったと振り返る松﨑さんだが、ファインダー越しにかつて暮らした場所を見つめる中で、以前は見落としていた敷地に茂る木々や草花の豊かさに気づいていく。さらに、住民の退去が進み宿舎が無人化する中で、住民がかつて育てていたツバキ、ビワの木が大きくなり建物の窓を塞ぎ、以前は刈り取られていたはずの雑草が、建物や路地など人の暮らしの痕跡を覆っていくのも目についた。そうした軌跡を追う中で「当初は建物に関心があったが、場所が持つ様々な表情に興味が移った。一つの場所を見続ける面白さに気がついた」と松﨑さんは話す。

昨年6月に、解体される様子を記録した写真をつくば美術館で初めて展示した。同年12月には、解体で出た「瓦礫」をテーマに市民ギャラリーで写真展を開いている。今回の展示は、過去2度の展示作品を再構成した作品を市民ギャラリーで展示し、県立美術館では、初めて公開する取り壊し以前の写真を展示する。

「つくばの中心地域には、計画的につくられた街の中で自然と人が共存していた。前回の展示では、この場所を『いい場所だった』と懐かしむ人もいた。街の風景を無意識に拠り所にしていた人は多かったのだと思う。人と共存していた木々も全部切ってしまったのは残念」とし、「街の変化を記録し、観察していくのは誰かがやらなければいけないことだし、一つの対象を観察し続けることで見えてくるものがあると感じている。取り壊される前後の風景の対比を見てほしい」と松﨑は言う。

初日に展示に訪れた市内在住の三倉恵子さんは「私も以前、公務員宿舎に暮らしていたことがある。写真にあるビワの木など、自分が暮らしていた場所にもあった。写真から感じる湿気などにも懐かしさを感じた」と感想を話した。(柴田大輔)

◆写真展「アーキテクチュラル ピルグリメッジ / 建築の巡礼」は、つくば市吾妻2丁目8、県つくば美術館で、「シーイング ア プレイス」はつくば市吾妻2丁目7-5、つくば市民ギャラリーで開催。会期はいずれも5月6日(火)まで。つくば美術館の開館時間は午前9時30分~午後5時、最終日は午後3時まで。市民ギャラリーは午前9時から午後5時、最終日は午後2時まで。2会場とも入場無料。

突然発症する大動脈解離《メディカル知恵袋》10

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筑波メディカルセンター病院

【コラム 大坂基男】大動脈解離を知っていますか。予兆もなく突然発症して患者さんは死の淵に立たされます。テレビやネットでも時々紹介されるのでご存じの方も多いと思います。今回は大動脈解離について説明します。

大動脈解離とは

大動脈壁は、内膜・中膜・外膜の3層から構成されています(図1)。

大動脈解離とは、大動脈壁の内膜に亀裂を生じて流入血によって大動脈壁が内膜側と外膜側に剥がれた状態になることです。この亀裂をエントリー、生じた内外膜間の空間を偽腔(ぎくう)、本来の血管内腔を真腔(しんくう)と呼びます(図2)。エントリー部位に一致して強烈な胸背部痛や腰背部痛が出現します。解離の進展により疼痛(とうつう)部位が移動するのも特徴です。この解離により破裂と大動脈分枝閉塞が起きます。特に上行大動脈の解離は心嚢(しんのう)内で破裂しやすく、上行大動脈を含む解離をスタンフォードA型、含まない解離をスタンフォードB型と分類して緊急症例を識別しています(図2)。偽腔の血流と圧の増加で真腔が圧迫され大動脈分枝に閉塞が起きます。

その結果、心筋梗塞、脳梗塞、脊髄梗塞、肝虚血、腎梗塞、腸管虚血、下肢虚血などの様々な血流障害(続発症)が出現します。大動脈基部に解離が及ぶと大動脈弁閉鎖不全症で心不全を発症します。偽腔内は血栓ができやすくなるため播種性血管内凝固(DIC)を発症します。疼痛は一時的に改善し、脳梗塞、狭心症・心筋梗塞、腰痛症、尿管結石、下肢動脈閉塞、胆嚢炎などと診断され背後の解離が見逃がされる危険があります。年間発症数は人口10万人あたり3~10人、男性の方が多く、男女とも70歳代に発症のピークがあります。冬季に多く発症して高血圧との関連が示唆されます。

急性A型大動脈解離の治療

急性A型大動脈解離の死亡率は1時間当たり1~2%と考えられ、治療しなければ24時間以内に約半数が命を落とすため、緊急手術が行われます。手術はtear-oriented surgeryという原則に基づき、破裂しやすい上行大動脈と分枝閉塞や破裂の原因となるエントリーを含め人工血管に置換します。エントリーの位置により大動脈基部、上行、部分弓部、全弓部大動脈置換術が選択されます。

近年、全弓部置換術において遠位側の下行大動脈内に直視下でステント付き人工血管(オープンステントグラフト)を内挿する術式が急速に普及しました。この術式は人工血管の遠位側吻合(ふんごう)を従来法より手前で行うことができ、より安全に近位下行大動脈までのエントリーを閉鎖できるようになりました。また残存解離腔の真腔拡大・偽腔血栓化を惹起して将来の残存解離腔の拡大予防が期待されています(図3)。

急性B型大動脈解離の治療

重篤(じゅうとく)な続発症のない急性B型大動脈解離症例の死亡率は10%以下と低く、安静と降圧療法による保存的治療が選択され約3週間の入院で退院します。一方、重篤な続発症を有する症例では胸部ステントグラフト内挿術(TEVAR)によるエントリー閉鎖(+)大動脈分枝のステント留置や、開胸による人工血管置換が行われます。

保存的に治療された症例のうち将来の拡大が予想される症例は1年以内にステントグラフトによるエントリー閉鎖(preemptive TEVAR)が行われます(図4)。

慢性解離性大動脈瘤について

手術後のA型も、保存的治療後のB型も、解離が残った部分は徐々に拡大して数年から10数年の後に慢性解離性大動脈瘤(りゅう)になり、瘤径60ミリ以上が手術適応になります。人工血管の中枢が拡大すれば基部置換、末梢が拡大すれば弓部・下行・胸腹部置換術を行います。B型は広範な胸腹部瘤になることが多く、主に左開胸で下行置換や胸腹部置換が行われます。根治的治療ですが高齢者には手術侵襲(しんしゅう)が高いのが問題です。慢性解離に対しても拡大防止目的でTEVARが行われます。低侵襲ですが対症的で再治療率が高いのが問題です。

最後に

急性A型大動脈解離の手術件数は高齢者人口とともに増加していますが、救命率は向上しています(図5)。慢性期には患者さんのライフステージに応じた最適な治療法を検討します。(筑波メディカルセンター 心臓血管外科診療科長)

筑波大出身の東田旺洋選手、クミ2025アジア選手権出場へ

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パリ五輪帰国報告会での東田選手=昨年8月19日、つくば市二の宮、関彰商事つくばオフィス

パリ五輪陸上男子100メートルに出場した筑波大学出身の東田旺洋(ひがしだ あきひろ)(29)選手=関彰商事所属=が、27~31日、韓国クミ市で開催される「クミ2025アジア陸上競技選手権大会」の日本代表に選出された。100m競技への出場が予定されている。

東田選手は、昨年8月3日に行われたパリ五輪で10秒19(追い風0・6メートル)の1組5着という結果で予選敗退となったが、スタート反応速度は0.129と、出場選手72人中1番のタイムという非凡な才能を見せた。昨年の日本選手権は2位、2019年のインカレ、国体は優勝している。

東田選手は「昨年のオリンピックに続き、今大会でも日本代表に選んでいただいた。韓国の地で走れることを光栄に思う。持ちタイム的には厳しい戦いになることが考えられるが、万全の準備を行い大会に臨む。目標は決勝の舞台で勝負すること。日本代表として恥じない走りをしたい」などとコメントを出している。

アジア選手権は、9月に東京・国立競技場で開催される「東京2025世界陸上競技選手権大会」の出場権獲得につながる重要な大会に位置付けられている。

東田選手は1995年奈良県で生まれ。 奈良市立一条高から筑波大、同大学院に進み、栃木県スポーツ協会を経て、関彰商事に入社した。関彰商事ではヒューマンケア部ウェルネスサポート課に所属し、仕事をしながらトレーニングに励んでいる。東田選手の記録は60メートル6秒59、100メートル10秒10、200メートル20秒60。(榎田智司)

➡東田選手の過去記事はこちら(24年7月10日付同8月19日付

ある日本画にまつわる縁の不思議《文京町便り》39

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土浦藩校・郁文館の門=同市文京町

【コラム・原田博夫】今回は、私の親戚筋で女流日本画家KMさん(1918~2009年)の絵画にまつわる縁の不思議さについて語ります。彼女の父親は戦前に茨城県議会議員をしており、家計もそれなりに裕福でもあったためか、地元の女学校を卒業後、美術学校(現女子美術大学)に学び、生計をあまり気にせず画業一筋だったようです。

私の父と母が土浦市に転居した際(1954年ごろ)、KMさんは近くに居住していたこともあってか、転居祝いにと自作の絵画を持参してくださいました。筑波山を正面から描いたもので、それ以来、わが家の居間の鴨居(かもい)に飾ってあります。子供時代の私も、その時の光景や会話をかすかに記憶しています。

それから約65年。コロナ禍前の2019年晩秋、私の家内が水戸でのお茶会で、HKさんという方とやり取りする機会がありました。その方は筑西市(旧下館市)にお住まいの未亡人で、KMさんの甥(おい)だったご主人HT(歯科医師)さんが数年前に亡くなり、遺品の中にあったKMさんの絵画(大判の10数点)の引き取り手を探しているとのこと。

家内からその話を聞き、数カ月後、筑西のご自宅を訪ねました。拝見すると、いずれも150号(227センチ×162センチ)程度で、襖(ふすま)や障子が多く壁の少ない日本家屋では設置場所が無いため、引き取り手を探すのが難しいのもうなずけました。最初は地元市役所に話したそうですが、専門家が選定したものをすでに数点収蔵しているため、これ以上KMさんの絵画を収蔵することはできない、との回答だったそうです。

日展特選の絵画「おおづる」

そこで私は、2、3の知人や親戚に話を向けました。土浦ロータリークラブの仲間FA君に打診すると、KMさんは親戚筋でもあり、経営している病院が増築中なので、その壁面に数点飾れるのはありがたいと、快諾を得ました。私の父の生家(旧八郷町半田)では、江戸時代後期の屋敷を維持していることもあり、土間上部の大きな梁(はり)が組み合わさった空間に飾ることが可能であることも分かりました。

一方、土浦市内の拙宅(父の生家の隠居家屋を移築)ですが、玄関脇の応接間に壁があり、そこに150号を収蔵するスペースがありました。たまたま父親が残していた「第14回日展特選集(1982年)」に、この絵画「おおづる」が特選の一点に選ばれたことが写真と共に記録されていました。

ともあれ、こうしてKMさんの絵画数点は、何とか関係者に収めることができました。すると1年後、小学校からの友人YY君が拙宅を訪ねて来て、玄関に入るや否や(半分程度しか見えないにもかかわらず)これはKMさんの絵画ではないか、と言うのです。KMさんは自分の親戚筋でもあるので、ここに落ち着いてよかったと言ってくれました。

しかも、自分の妹TNさんがKMさんに絵画指導を受けていたので、見たいというかもしれないとまで言うのです。1カ月後に、YY君が妹TNさんと絵画教室仲間だったご友人と連れだって拙宅にお見えになり、喜んでいただけました。

これを奇縁というべきか分かりませんが、人のつながりは大事にしたいものだと、しみじみ感じているところです。(専修大学名誉教授)

里山でオタマジャクシと遊ぶ《宍塚の里山》123

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産卵のために里山からやってきた母ガエル(3月7日、筆者撮影)

【コラム・江原栄治】1月末、冷たい風が吹き抜ける里山の谷津田を訪ねる。うっすらと氷の張った水面を見つめながら、私は毎年のようにニホンアカガエルの産卵初日を探しに来る。このカエルは、真冬、水中に産卵する。冬も水がある宍塚の谷津田は希少な産卵場所となっている。

つえを頼りに、ふらふらと歩き回る老体ではあるけれど、心の中はワクワクと躍っている。だが、そう簡単には出会えない。空振りの日々が続く。

今年の初確認日は例年よりずっと遅かった。待ちわびた3月1日。その日から10日間ほど、首にカウンターを下げて、母ガエルが水中に産み落とす卵塊を数えて歩く。彼女たちは、一つにつき500から1000個もの受精卵を、寒天質に包んで産む。やがて、卵たちは発生を始め、オタマジャクシが孵(ふ)化し、変態へと進む。

出会うたびに、私は驚きと尊敬の念を込めて、心の中でそっと「ワンダフル」と声をかける。命の不思議さに胸を打たれる瞬間だ。

言うまでもなく、母ガエルにとっても、これは宇宙で一度きりの不可逆な時間体験なのだ。産卵の日も、孵化の日も、足が出て、手が出て、尻尾が消える日も、カエルとして水を離れるその日も、そして命を終えるその日も、そのすべてが毎年違う。誰にも予測も確定もできない。

命は、天候や環境、そのすべての「つながり」の中で、一期一会の出会いを繰り返す。私はただ、それに寄り添い、生き、そして死ぬだけなのだ。

田植え前の宍塚の谷津田(4月18日、筆者撮影)

こんなになるとは知らなんだ♪

自分は66歳のときに幸運にも胃がんが見つかり、胃の3分の2を摘出する手術を受けた。その後は、退職後の生きがいを求めて、さまざまな活動に取り組んできた。土浦市の社会福祉協議会が主催する「初めての野菜作り教室」や、我々の会の自然農田んぼ塾や親子が参加する田んぼ学校、古武道の「杖道教室」や「尺八教室」、そして最近は「食生活改善推進委員」としての活動。

気がつけば、もう16年。思い出はたくさんできたが、身についたものといえば…、正直ひとつもない。すべてが「年寄りの冷や水」だったかもしれない。それでも楽しかった。

82歳を過ぎた今、時間は3倍速で飛ぶように過ぎていく。朝夕には「♪こんなになるとは知らなんだ♪」と大きな声で歌いながら、笑い、そして少しだけ嘆いている。何をするにも、孫たちが心配してくれる。「ありがとう」と言いながら、その優しさをうれしさ半分、寂しさ半分で受けとめる。ありがたくも、どこか切ない、そんな日々だ。せめて、周囲には「嘆かない、張り切らない」を心がけて暮らしているつもりだ。

とはいえ、やっぱり私の中の「スズメ」は踊りを忘れない。自分という存在、この不思議な世界への興味と関心は、いまだに手放せない。古語にある「良き言葉で良き人生をつくる」という言葉を胸に、私は今も、「良き言葉」を求めて歩き続けている。命が尽きるそのときまで。(宍塚の自然と歴史の会 会員)

事業協力者に戸田建設など 桜土浦IC周辺に産業用地開発へ

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基本協定を締結した桜土浦IC周辺地区土地区画整理組合設立準備委員会の中村雄一会長(左から2人目)と戸田建設関東支店執行役員の林和男支店長(同3人目)

常磐道桜土浦インターチェンジ(IC)周辺で土浦市が検討を進めてきた新たな産業用地の創出について、事業計画策定や造成工事、企業誘致などを一括して担う事業協力者が準大手ゼネコンの戸田建設(東京都中央区)など3社でつくる共同事業体(JV)に決まり、25日、土浦市役所で、地権者団体と戸田建設などが基本協定を締結した。安藤真理子市長らが立ち会った。

同ICと国道6号バイパス建設予定地に近接する同市中村西根の約33ヘクタールに物流倉庫や工場などを誘致する。着工は早くて2028年ごろ。同市で工業団地が新たに造成されるのは1996年以来。

桜土浦IC周辺地区 土地区画整理事業の土地利用構想図(紫色の部分に物流倉庫や工場などを誘致する)=土浦市提供

開発事業は、地権者らが今後、土地区画整理組合を設立して実施する。具体的な計画策定、測量、設計、造成工事、企業誘致などは戸田建設など3社でつくるJVが担当する。地権者は84人で、現在97%が農地や山林などの民有地となっている。昨年1月時点で地権者の90.1%の仮同意を得ている。

総事業費は約50億円。ほかに市が道路や公園、水路など公共施設の整備費用として8億円を負担する。事業費に充てるため地権者は自分の土地を平均73%提供する(平均減歩率)。造成後は、33ヘクタールのうち15.5ヘクタール(保留地)を売却して事業費をねん出する。

予定地の一部

事業協力者は戸田建設のほか、物流・商業施設の開発などを手掛けるデベロッパーの日鉄興和不動産(東京都港区)、不動産事業や解体事業などを手掛ける大洋(東京都中央区)の3社。地権者団体の桜土浦IC周辺地区土地区画整理組合設立準備委員会(中村雄一会長)が今年1月、事業協力者を公募し、応募があった2JVの中から選定した。中村会長は、戸田建設が圏央道常総IC周辺の「アグリサイエンスバレー常総」の開発に関わった実績から選んだと説明し「道の駅常総やトマト、イチゴ農園などを視察した。経験ある戸田建設に安心してお任せしたい」と述べる。戸田建設は事業全般、日鉄は企業誘致、大洋は地権者の合意形成などを担当するという。

事業提案で戸田建設らは①広域交通ネットワークを生かした新たな産業拠点の創出②豊かな自然環境との調和を目指す環境共生サステナブル産業都市を掲げた。「環境共生型に特化したまちづくりを行い、地域ブランドとして、他地区と差別化できるまちづくりをしたい」とする。昨今の建築資材や人件費の高騰に対しては「リスクを加味した事業計画をつくりたい」としている。

あいさつする準備委員会の中村会長(左から3人目)

一方、地権者の平均減歩率が73%になることについて準備委員会の中村会長は「70%を超える減歩率は他地区でもなかなかないと思っている。地区は畑が半分ぐらい、山林が半分ぐらいで、畑はほとんど作っていない状態、管理するのに耕して草が生えないようにしている。山林は奥の方に入るとごみの山。山林の中に昔は農道があったが、今は農道なのか分からない状態。そういう状態をこれから先、次の世代まで続けて、残していくかを考えた時に、こういう機会しか、地域をもっときれいにする機会がないのではないか。地域の皆さんに、皆の大切な財産をもっときれいに、有効に使っていきましょうと話している。そういうことだったらと、90%を超える賛同をいただいている」と語った。

同市は、2019年に県が新たな産業用地の開発を推進する「未来産業基盤強化プロジェクト」を発表したのを受けて、20年から検討を開始した。21年にはゼネコン、デベロッパーなど民間事業者を対象にヒヤリングを実施、高い評価が得られたため、桜土浦IC周辺を候補地とし、22年から地元説明会、23年には地権者意向調査を実施してきた。昨年6月には同地区の地権者団体である準備委員会が設立された。(鈴木宏子)

7カ国34人を歓迎 日本つくば国際語学院

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東郷理事長(右から2人目)から学生証を受け取るミャンマー出身のキン・モー・テインさん(中央)。一人一人に学生証が授与された=つくば山水亭

学校法人つくば文化学園が運営する日本語学校「日本つくば国際語学院」(つくば市松代、東郷治久理事長兼校長)の2025年度4月生の歓迎会が24日、同市小野崎、つくば山水亭で開かれた。ミャンマー、中国など7カ国から来日した18歳から39歳までの34人が、鮮やかで多彩な民族衣装などに身を包み、新たな一歩を踏み出した。

今回は入学式という名称を使わず、かしこまらない形での会となった。新入生の出身国はほかに、ネパール、スリランカ、韓国、ベトナム、インド。今回はミャンマー出身者が15人と最多となった。

記念撮影でポーズをとる新入生と教職員ら

歓迎会では、出席した33人全員が一人一人自己紹介をした。それぞれ習いたての日本語で、年齢、日本でやりたいこと、趣味などを語った。「日本語を学び、大学や大学院で勉強したい」「日本の有名な観光地を回ってみたい」などと話す人が多かったが、「韓国の女性が好きです」と言う新入生もおり、会場を笑わせた。

在校生を代表してネパール出身のサヒ・マンジュさんがあいさつし「最初入学式に出た時は歓迎のあいさつも分からなかった。今ではこの学校で頑張ったかいもあって、自分が歓迎のあいさつをする立場になった。家族のことを思い寂しくなったこともあったが、友人たちのおかげで乗り切れた。自分の力を信じてがんばって欲しい」と新入生に歓迎の言葉を送った。

在校生を代表してあいさつするサヒ・マンジュさん

東郷理事長は「日本語を学ぶことによって日本の文化を学ぶことができる。言葉はつなぐものであり、日本語を通じて世界の友達と話してもらえたらいい。これから、楽しいことと、少し大変なこともあると思うが、困ったことがあったら、学校職員や先輩を頼ってほしい」などと語った。

その後、新入生、全校生徒の順で記念撮影会が行われ、最後は歓迎パーティで盛り上がった。

東郷理事長は記者らの質問に答え「入学者はこれからもっと増えそうな感じがする。世界的に外国人排除の動きがあるが、日本は今でも先進国であり、日本に来たがっている人は大勢いるので、学校もたくさんの留学生を受け入れられよう準備したい。当校では、後楽園や大洗水族館に行ったりするリクリエーションも実施しており、評判も良い」などと話した。(榎田智司)

つくばの素粒子研究施設に2人組アートユニット滞在

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トークショーで語る(左から)岩竹理恵さん、片岡純也さん。右端は浅井祥仁KEK機構長

発表は8月、大阪万博でも

芸術家が滞在して創作活動に取り組むアーティスト・イン・レジデンス(AIR)がつくば市大穂の高エネルギー加速器研究機構(KEK、浅井祥仁機構長)で始まった。23日からは構内でミニ個展も開催されている。

8月のつくばメディアアートフェスティバルと大阪・関西万博での発表に向けて、KEKでの生活をスタートさせたのは、片岡純也さん(42)と岩竹理恵さん(43)の2人組。ともに2010年、筑波大学大学院芸術専攻を修了。2013年のパリでのレジデンスを機に、国内外でユニットでの創作活動に取り組み、作品を発表してきた。

研究者向け宿舎に1カ月

今回はつくば市が隔年で開催する「つくばサイエンスハッカソン2025」の一環として実施されている。科学と芸術の融合を通じて、新たなインスピレーションを得ることが目的。2人は同市の委嘱を受けての活動で、KEKの研究者向け宿舎に1カ月間滞在し、研究者や学生との対話を通じて創作を進める。滞在期間中に得た着想をもとに、滞在終了後、自身のアトリエや筑波大の作業場を借りて作品を完成させる。

日常のささやかな出来事をシンプルな現象で再現するキネティック作品と、印刷物などから想像や類推でイメージを展開させていく平面作品を組み合わせた空間構成が特徴的で、素材や図案の出合いから物語を生み、個々の作品の題材がゆるやかに響き合う手法を用いる。

作品に「対称性の破れ」と感想

滞在初日の18日には研究者や職員らによる歓迎レセプションが催された。2人はこれまでの作品を持ち込んで紹介、浅井機構長を交えてのトークショーが行われた。

片岡さんは「頭でなく手で考えた」という装置型の作品が特徴で、平面上を永久機関のように回り続ける電球に、浅井機構長が「対称性の破れ」という素粒子物理学の概念を持ち出し感想を述べると興味深けな反応を見せた。

岩竹さんは、広い敷地をもつKEKの木々や水辺の「ささやかな日常」をスマホに撮って見せ、こうした素材を滞在期間中に教えてくれるよう研究者らに協力を求めた。さらに天文学の数式や記号に興味があるという。

完成した作品は、8月1日から11日に県つくば美術館(つくば市吾妻)で開催される「つくばメディアアートフェスティバル2025」で発表され、その後8月14日から20日まで、大阪・関西万博の会場(大阪・夢洲)でも展示される。2025年の「国際量子科学技術年」宣言を記念して、内閣府・文部科学省が主催する企画展「エンタングル・モーメント―[量子・海・宇宙]×芸術」にKEKが出展するものだ。(相澤冬樹)

◆回る電球ややじろぐ枝など、トークショーで紹介された2人の作品を紹介するミニ個展は5月9日まで、KEK「多目的スペース」で開かれる。時間は午前11時~午後2時。問い合わせは電話:029-879-6048(KEK広報室)。アートユニット2人の作品はこちら

ロボッツ、ホーム最終戦で千葉に逆転負け

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チームトップの24得点を挙げたロボッツのロバート・フランクス(青いユニフォーム)=撮影/高橋浩一

男子プロバスケットボールBリーグ1部(B1)の茨城ロボッツは23日、今季ホーム最終戦として、水戸市緑町のアダストリアみとアリーナで千葉ジェッツと対戦し70-84で敗れた。これで茨城の通算成績は13勝43敗で東地区7位、B1全体では24チーム中22位。今季は下部リーグへの降格は行われないため、茨城は来季もB1で戦うことが決まっている。

2024-25 B1リーグ戦(4月23日、アダストリアみとアリーナ)
茨城ロボッツ 70-84 千葉ジェッツ
茨城|19|24|16|11|=70
千葉|14|19|20|31|=84

つくば市出身の陳岡流羽(特別指定選手、土浦日大高-白鴎大)がシュートを放つ

茨城は第1クオーター(Q)、立ち上がりから中村功平の3点シュートや平尾充庸の速攻などで千葉を引き離した。第2Qにはロバート・フランクスと陳岡流羽がそれぞれスチールを決めるなど守備からの攻撃が機能し、43-33と10点差に広げて前半を折り返した。だが第3Q、ファウルトラブルからフリースローで点差を縮められ、第4Q開始2分過ぎにまたもフリースローで逆転を許すと、その後は徐々に点差を広げられていった。

第3Q、中村が3点シュートを放つ

「前半は頭から選手が頑張ってしっかりと守れ、攻撃も自分たちの強みであるトランシジョンからスコアを積み重ねた。後半はファウルトラブルで相手にボーナスポイントを与えてしまい、第4QもファウルでDFがプレッシャーをかけにくい状況にされ、自分たちのやりたいバスケができなかった」とクリス・ホルムヘッドコーチ(HC)の総括。ファウルがかさんだ要因については「相手はアタックを強くして、審判にどんどん笛を吹いてもらおうとしたのだと思う。その通りになってしまった」と推察した。

チームの中心選手に成長した久岡

中村は、相手の対応のうまさと自分たちの疲れを指摘した。「相手は第4Qで、攻撃ではビッグマン同士のピック&ロールを多用し、守備ではスイッチディフェンスでずれが見えにくいようにしてきた。疲れが見えてくるとみんなの足が止まったり、ボールの動きが悪くなることが結構ある。止められてもそれを引きずらないよう、攻守の切り替えでしっかり対応し、チームで守って粘り強く戦いたい」

第4Q、遠藤善のジャンプシュート

落慶久ゼネラルマネージャーは、「相手が個の力で打破してくるのは分かっていて、結果としては押し切られたが、強豪相手にもブローアウトせず最後まで戦い抜くことができた」と評価し、「先月半ばあたりから守備的な戦いでの勝ち方が身に付いてきた。久岡幸太郎や駒沢颯ら若手の成長も実感している。今の強度を保って残り試合を一つでも多く勝ちたい」と今季の締めくくりについて展望した。

第4Q、平尾がドリブルで攻め込む

茨城の残り試合は4つ。4月26・27日は越谷市総合体育館で越谷アルファーズと戦い、5月3・4日は札幌市の北海きたえーるでレバンガ北海道と対戦する。北海道戦2試合はパブリックビューイングも開催される。会場は水戸市南町のM-SPO(まちなか・スポーツ・にぎわい広場) ユードムアリーナ、参加無料。(池田充雄)

試合後、満員の観客席に挨拶する選手たち

体験通じ五感で楽しめる施設に ツムラ漢方記念館リニューアル

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新設された模擬調剤コーナーで実演する漢方記念館の職員

漢方薬品メーカー、ツムラ(本社 東京都港区 加藤照和社長)が、阿見町吉原にある同社茨城工場内の医療関係者向け見学施設「ツムラ漢方記念館」を17年ぶりにリニューアルし、22日メディア向けに初公開した。刻んだ生薬を使って模擬調剤を実習できる模擬調剤コーナー「TSUMURA KAMPO LABO(ツムラ漢方ラボ)」などが新設され、実務実習にあたる薬学部の学生らが調剤を体験することができる。

医療学ぶ学生3000人が来訪

同記念館は、ツムラ創業100周年記念事業の一環として1992年に作られた施設。2008年に全面リニューアルした際には、漢方・生薬に特化した世界で唯一の記念館として日本デザイン振興会が主催するグッドデザイン賞の公共空間・土木・景観を受賞している。

漢方記念館の外観

延べ床面積1611メートル、2階建ての施設内には、漢方の原料となる生薬や、江戸時代に国内で刊行された中国の古典医学書「傷寒論」「金匱要略」などの歴史的書物、同社で製造する漢方製剤の製造工程や品質管理に関する資料が展示されている。医療を学ぶ学生をはじめ、医療従事者らが関東を中心に毎年3000人ほど訪れているという。

入り口を入ると大きく吹き抜けになった広い空間に、ガラスの筒や小瓶に入った100種以上の生薬が展示されている。風邪に効くとされる葛根(かっこん)湯に使われる「葛根」や、東南アジア原産で独特の清涼感ある香りが特徴の「薄荷(はっか)」、日本特産の多年草でセロリに似た香りを持つ「当帰(とうき)」など植物由来のものから、動物由来の、セミの抜け殻である「蝉退(せんたい)」やカキの殻の「牡蛎(ぼれい)」、鉱物の「石こう」など多岐にわたる生薬を間近に見ることがでる。小瓶に入る生薬はふたを開けて実際に匂いをかぐことができる。

展示される生薬を説明する吉田館長

その他、2階にある大型モニターを使った映像やイラスト、写真を通じて同社の歴史や取り組みを知ることができる。記念館の裏側にある「薬草見本園」では栽培される約300種類の薬用植物を間近に見ることができる。

記念館館長の吉田勝明さんは「今回のリニューアルでは漢方薬やツムラの取り組みを、よりわかりやすく楽しみながら伝えることを目的に、体験コーナーなどを用意した。夏休みには、昨年に続いて今年も、小中学生を対象としたイベントを、ウェブ配信と現地見学の両方で行う予定。現地見学では実際に漢方薬や生薬に触れて、においを嗅ぐなど薬草見本園での植物観察を交えた楽しめる体験を企画する。様々な体験を通じて五感で楽しめる施設にしていければ」と話した。

2階にはツムラの歴史に関する展示が並んでいる

ツムラは1893年創業で、奈良県出身の津村重舎が、東京・日本橋に津村順天堂を開業し、婦人薬である生薬製剤「中将湯」を販売したのが始まり。中将湯は現在も同社で販売されている。医療用漢方製剤における同社の国内シェアは2023年度末時点で84.2%。厚生労働省が認可している医療用漢方製剤148処方のうち、129処方を製造・販売している。従業員数は約4000人で、茨城工場には、研究施設と工場施設を合わせて約1100人が従事している。(柴田大輔)

◆ツムラ漢方記念館は医療関係者向けの施設で、阿見町吉原3586の茨城工場内にある。一般向けにはバーチャル漢方記念館が公開されているほか、夏休みに小中学生向けの見学イベントが開かれる。

➡ツムラ漢方記念館の過去記事はこちら

性的マイノリティ学生を支援するガイドブック 筑波大の研究者らが作成

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ガイドブック「LGBTQ学生支援指標」の表紙(河野さん提供)

誰もが安心できる大学に

大学が、性的マイノリティ学生を支援するためのガイドブック「LGBTQ学生支援指標」を、筑波大学人間系助教の河野禎之さん(45)らによる研究グループが作成した。当事者学生や支援者、専門家から聞き取った経験談などをもとに今年3月に発表した同グループの論文を土台とし、大学内の場面に応じて必要な支援の指針となる47の指標と、課題の具体例を解説する17のコラムからなっている。

研究・作成にあたったのは筑波大助教の河野さんと、同大人間系研究員の渡邉歩さん(35)、同大人文社会系助教の土井裕人さん(48)、立命館大人間科学研究科准教授の佐藤洋輔さん(33)ら4人の研究者。今後、国内の大学が支援方針を策定する際の指針にしたい狙いがある。

河野さんと土井さんは2015年に、国内の大学として初となる性的マイノリティ学生支援の基本理念と対応ガイドラインを筑波大学で作成した経験がある。その後、大学関係者有志のネットワーク「大学ダイバーシティ・アライアンス」をつくり、性的マイノリティ支援の情報を共有するなど取り組みを進めてきた。河野さんは「すべての学生、教職員、大学関係者がそれぞれに尊重され、安心して過ごすことができる大学キャンパスの実現につながることを心から願っている」と思いを語る。

ガイドブックは、A5判、40ページ。大学の「組織」「場」「学生」の三つに分けて構成され、「組織」は大学での学生支援に関する方針や体制に関する7つの指標、「場」は大学の施設や設備、意識啓発、居場所に関するハード、ソフトの環境面に関する12の指標、「学生」は入学してから卒業後までの生活、授業、行事、就活支援など学生のあらゆる場面に関する28の指標が記載されている。

指標は質問形式で、「差別を禁止しているか?」「性的マイノリティの相談担当者は専門的な研修・訓練を受けているか?」など大学が組織として定めるべき事柄や、トイレや寮、更衣室などの学内施設の課題、本人の同意なしに性的指向や性自認を周囲に暴露する「アウティング」やハラスメントに関する防止策などがある。各指標のチェック欄も設けられ、大学は、各項目に付された補足と望まれる取り組み事例をもとに、学内の現状をチェックし改善に繋げられる仕組みになっている。

例えばトイレの利用に関しては、「学生がトイレ利用で困難が生じる際、本人から申し出があれば大学と本人が協議し出来る限り柔軟な対応を行っているか」「多目的トイレなど性別に関係なく利用できるトイレの設置場所を一覧や地図として公開しているか」など2つの指標を設け、発展型として「本人がどのトイレを利用したら居心地が良いか、悪いかを大学が一緒に検討する」「施設を新設または大規模改修する場合、性別に関係なく利用できる多目的トイレなどを設置する方針をもつ」などを提案している。

(左から)筑波大学人間系助教の河野禎之さん、同人間系研究員の渡邉歩さん、同人文社会系助教の土井裕人さん、立命館大人間科学研究科准教授の佐藤洋輔さん(提供は各研究者)

当事者の声を重視する

「支援はしたい。でも、実際に何から始めればいいのかわからない」―

性的マイノリティへの関心が高まり、全国の大学で当事者学生への支援が広がる中で、このような声が上がっているという。河野さんは「(当事者の学生を支援する上で)具体的に必要なこと、大切になる基準となる考え方が大学間で共有されていない現状がある。共有できる指標が必要と考えた」と、制作のきっかけを話す。

一連の研究活動の中で河野さんらが重視してきたのが、「当事者の声や意見を反映すること」だという。学内で当事者学生との交流を重ねる土井さんは、「学生の意識の変化は大きい。(支援する大学側の)認識がずれると、取り組み自体が当事者のニーズに合わなくなる」と話す。学生の変化について土井さんは、「学生が(自身の性を)自己規定する際に、ノンバイナリー(自認する性が男女に当てはまらない)という言い方をするようになっている。支援にあたる人の中には『LGBTの4種類でいい』と認識する人もいるが、それでは困る。当事者像は常に変わりうる。きちんと変化を見極めなければ支援が的外れになりかねない。ガイドブックは、いかに学生に寄り添えるかを重視し、大切にした」と話す。

差別や偏見に対し科学的情報示す

また、ガイドブックに込めた思いとして河野さんは「性的マイノリティに対するバッシングがあり、そこで言われる偏見や誤解に対して科学的な情報を提供したかった」と話す。その具体的な対応を、さまざまな事例をもとにコラムとしてまとめたのが、性的マイノリティの学生支援に取り組んできた渡邉さんだ。

近年、誤った認識のもとで差別的に取り上げられるトイレや入浴施設の利用やカミングアウト、性自認などのテーマに対する意見と対策を、実例を踏まえて取り上げながら、「当事者抜きで語る」ことの問題性や、課題は学生個人の問題ではなく、環境を作る大学側に根本があると指摘する。「インタビュー調査を通じて、他者に恋愛感情を抱かなかったり、性的なアイデンティティを持たなかったりするなど、多様な当事者の声を聞いた。そうした学生の意見を踏まえたからこその表現をしている。多数派と少数派の間で権力勾配がある中で、権力を持つ側が人を単純化して理解することはしたくなかった」とし、「バッシングも含めて、質問に対して、担当する職員ができるだけ理論的に返答するための根拠資料として使えるようにも書いた」と話す。

学生にも読んでもらいたい

土井さんはガイドブックの作成は、「『大学がきちんと課題に取り組んでいる』と、学生に伝える」意味もあると話す。「学生が感じる息苦しさは周囲の学生との関係だけでなく、社会状況にも依存する。(少数者を排除する)トランプ大統領の政策に辛さを感じる学生もいる。学生には『我々は、活動を後戻りさせないように計算して取り組んでいる』と伝えている。ガイドブックは学生の安心感につながる大事な機能、役割がある。今後、大学としてマイノリティ性が問題にならない環境をどう作っていけるのかが重要」だと指摘する。

心理学の面から課題に取り組む佐藤さんは、「偏った理解が浸透することで、学生が傷つく可能性がある。LGBTQ学生支援で忘れてはならないのは、当事者の学生が安心し、自分らしい学生生活を送れる環境を整えること。そのためには学生との対話を重ね、大学が実情にあった支援を実施することが必要になる。大学には何かしたいと思う学生、教職員がたくさんいる。思いを持つ人たちがつながり利用できる媒体として、このガイドブックを役立ててもらいたい」と語る。(柴田大輔)

◆「LGBTQ学生支援指標ー大学における性的マイノリティ学生の支援に向けた環境整備に関する 47の指標活用ガイドブック」は筑波大学人間系ウェブサイト内の専用ページで無料で公開されている。

お子様ランチ卒業式《短いおはなし》38

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イラストは筆者

【ノベル・伊東葎花】

パパと会うのは、いつも同じレストラン。
ピンクのテーブルクロスの真ん中に、可愛いキャンドル。
パパとママが仲良しだったころに、3人で行ったレストラン。
わたしはいつもお子様ランチを注文した。
小さなハンバーグとエビフライ。ニンジンは星の形で、ハートの容器に入ったコーンサラダとリンゴのゼリー。
プレートには夢がいっぱいで、パパとママも笑顔がいっぱいだった。

パパとママが離婚して、4年が過ぎた。
ママと暮らすことになったわたしは、月に一度パパと会う。
いつも同じレストランなのは、わたしがこの店のお子様ランチが好きだから。
……と、パパが思い込んでいるから。

正直もう、お子様ランチを食べるほど子供じゃない。
焼肉やお寿司の方がずっと好き。
だけどパパがうれしそうにお子様ランチを注文するから、言えずにいる。
「ユイ、学校はどうだ」
「ふつう」
「ふつうってなんだよ。いろいろ教えてくれよ」
パパの話はいつも同じ。ちょっとうんざりする。
「好きな男の子はいないのか」
うざい。いたとしても、言うわけないじゃん。
そろそろ月に一度じゃなくて、3カ月に一度、もしくは半年に一度くらいでいいかな……と思う。

食事のあと、パパが急に神妙な顔をした。
「ユイ、じつは今日、ちょっと話があってさ」
「なに?」
「うん、実はパパ、再婚することになって」
「えっ?」
「もちろん、再婚してもパパはユイのパパだ。何も変わらない。だけど、再婚相手の女性には、8歳の女の子がいてね」
「8歳…」
パパとママが離婚したときの、わたしの年齢。
「うん。だから、パパはその子の父親になる」
「ふうん」
「ちょっと体の弱い子でね、空気がきれいな田舎に引っ越して、一緒に暮らすことになったんだ」
「ふうん」
「だから、その…、今までのように、ユイに会えなくなる。もちろん、ユイが望むなら、パパはいつでもユイの力になるよ。でも、月に一度の面会は、ちょっと無理だな」
ふうん…。

「いいよ。わたしも中学受験で忙しくなるし、ちょうどよかった」
「中学受験するのか。大変だな」
「べつに、ふつうだし」
「またふつうか。今どきの子はふつうが好きだな」
パパが、拍子抜けしたような声で言った。わたしが泣くとでも思っていたのかな。

「デザート食べるか?」
「いらない。わたし、コーヒーがいい」
「コーヒーなんか飲むの?」
「うん。家でママと飲んでるよ。甘いジュースより、ずっと好き」
「そうか。もう、お子様ランチも卒業だな」
パパは、少し寂しそうに笑った。

強がって飲んだコーヒーは、やっぱり苦かった。
それでも精一杯大人のふりをした12歳のわたし。
何となく寂しくて、何となく悔しくて、「おいしかった」と言えなかった。
最後のお子様ランチだったのに。

街は鮮やかな緑であふれ、手作りのこいのぼりをかざした子供が通り過ぎた。
迎えに来たママに見られないように、帽子でそっと涙を隠した。
パパと過ごした最後の日、わたしはお子様ランチを卒業した。

(作家)