【コラム・平野国美】昭和、平成、令和と時代が変わっていく中で、住まいの形も変わっていくのを感じます。仕事で診療先の家を回っていると、その文化的様式が変わっていくのがわかります。現代住宅から消えつつあるものとして、神棚と仏壇があります。あったとしても昔のような仏間にある巨大な物でなく、コンパクト化された家具のようなデザインです。
注目しているのは遺影が消えていることです。昔、母親の実家に泊まりに行くと、名前も知らぬ5代も前の先祖の遺影ににらまれ、怖くてなかなか寝付けなかった記憶があります。つくば市の伝統的な地区に入ると、遺影が残されており、見ていると興味深いものです。
今、目の前にいる患者さんと先祖の顔を見比べて、似ているなと思ったり、ある時から、その顔が写真に変わったりと、時代の変遷を味わえるのです。
ご家族の話で、つくば市のある地区に遺影画家がおり、描いてもらったという話を聞いたことがあります。ある日お会いした患者さんは、その伝説の遺影画家でした。得意な分野は肖像画であり、4000件を超える遺影を描かれたそうです。
いろいろ調べてみると、遺影は元々、江戸後期から幕末にかけて存在した「死絵(しにえ)」に起源があるそうです。死絵とは、歌舞伎役者などが亡くなった際に描かれた似顔絵で、絵巻物だったようです。そこから、日清戦争、日露戦争、太平洋戦争を通して、出征する兵士の写真がそれに変わっていったようです。
霊性や霊魂を意識
私の患者さんが逝去された際、ご家族が遺影はいらないと言っていたことがありました。いろいろ複雑な思いがあったようですが、「何かがないと会葬者がどこに手を合わせていいのかわからず困る」と葬儀屋さんがご家族を説得し、遺影を用意してもらいました。
他国では、葬儀に遺影がない場合、ある場合があるようですが、葬儀後も部屋に飾る習慣は日本だけかもしれません。米国のドラマを見ていると、部屋に故人の写真が飾られていますが、それは宗教的なものというよりも「メモリー」の写真のようです。
遺影について、日本人の根底に何か共通する概念があると思います。今、何代も前の遺影を壁から外しても、それを廃棄できない我々日本人を多く見ます。単なる写真や絵として扱えないので、部屋の片隅に保存されているのです。
日本の遺影には何があるのか? 遺影は故人をしのぶための肖像画や写真であると同時に、霊性や霊魂を意識しているのではないでしょうか。日本的アニミズムに根差していると思うのです。日本人の八百万(やおよろず)の神という概念は、生物だけでなく、無生物にも霊魂が宿ると考えます。令和の時代にも、これが意識として残っているような気がするのです。(訪問診療医師)