火曜日, 10月 13, 2026
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地域のゴミ拾い《デザインを考える》31

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写真は筆者

【コラム・三橋俊雄】1月に地域の「こども会議」を開催しました。「こども会議」とは、地域の子どもたちが集まり、自分たちの生活や地域について意見を出し合う場です。子ども自身が地域の一員として考え、発言し、提案していくことを目的としています。

参加者は、小学4年生から高校生までの子ども12名と大人7名の計19名でした。テーマは、前回の会議で子どもたちから提案されていた「地域のゴミ拾い」です。

交流センターに集合した子どもたちは、「こども会議」の象徴であるグリーンのビブスを身につけ、北風の吹く中、トングとゴミ袋を手に2つのコースに分かれて歩き始めました。

初めは道路を見ても、ゴミのポイ捨てはほとんどないように見えました。しかし子どもたちは草地ややぶの奥まで入り込み、ペットボトルや空き缶、プラスチック片、手袋、さらには捨てられた電化製品のファンヒーターまで拾い集めました。

わずか40分という短い時間にもかかわらず、地域にはこれほど多くのゴミが潜んでいたことが分かり、子どもたちも私たち大人も驚きと新たな発見がありました。

活動後は、集めたゴミを使って、みんなで「ゴミ・アート」を制作しました(上の写真)。

環境教育につなげる試み

ゴミ拾いを体験した子どもたちからは、「思ったよりゴミが多くてびっくりした」「いっぱい拾えて気持ちよかった」「どんどんきれいになってうれしい」「飲みかけのペットボトルがあった」「草の中に小さいゴミがあって驚いた」「風に飛ばされてむずかしかった」など、さまざまな感想が寄せられました。

今回の子どもたちによる「ゴミ拾い」は、単なる清掃活動ではありません。自分の住む地域を「自分ごと」として捉えるための、大切な第一歩でした。また、ゴミを拾うという行為は、環境を守るための最も身近な市民参加のかたちでもあります。どこにどんなゴミが多いのか、なぜそこにゴミが集まるのかを観察することで、子どもたちが社会を知り、社会に目を向けるきっかけにもなりました。

さらに、拾ったゴミを使った「ゴミ・アート」は、ゴミの存在を可視化し、環境教育につなげる試みでもありました。一見価値がないと思われていたゴミが、子どもたちの手によって新しい形や意味をもつ作品へと生まれ変わっていきます。その過程は、体験から得た気づきや、ものの見方を変える力、発想を広げる力を育てる機会にもなったのではないかと思います。

こども会議によるこのような取り組みは、子どもたちが未来の地域を担う市民として育っていくための小さなきっかけにもなります。自分たちの行動が地域を変えることにつながるという体験は、子どもたちの自信となり、次の行動への原動力にもなるはずです。(ソーシャルデザイナー)

土浦港周辺「観光・レクレーション拠点」整備 《吾妻カガミ》218

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ラクスマリーナの広場に陸揚げされたボートとヨット

【コラム・坂本栄】4月初めに土浦市が主導する霞ケ浦土浦港周辺「観光・レクレーション拠点」整備計画の詳細が明らかになり、その事業を担当する企業名も公表されると期待していました。ところが、記事「公募は仕切り直し…」(4月2日付)にあるように、事業を任せられる企業が存在しないことが分かり、この整備計画のスタートは先延ばしになりました。

総合ホテル→保養マンション→?

総面積9.4ヘクタールの整備区画の中心には、元々、土浦京成ホテルが建っていました。宿泊・宴会・結婚式ができる総合ホテルでしたが、2007年春に撤退しました。その跡地を不動産開発会社が買い取り、富裕層向けリゾート型マンションの建設を計画していました。ところが2008年秋のリーマンショックで資金難に陥り、このプロジェクトは中止されました。

そこで2010年秋、湖畔に不似合いな施設が造られるのは困ると土浦市が判断、マンション用地と京成ホテルの関連会社「ラクスマリーナ」(ヨット・ボート保管施設や遊覧船を運営する会社)を市が買い取り、「観光客が訪れる魅力ある空間」「湖岸の観光・レクレーションの拠点」にしようと、具体策を練ってきました。

いろいろ考えた末に起案したのが、市の整備計画に関心がある企業から事業計画を提案してもらい、その中からベストの案を出してきた企業を選定、提案内容が市の条件を満たせば、そこに整備を任せるという手続きでした。行政や業界では「公募型プロポーザル」と呼ばれています。

計画区画内には県が管理する港施設が2つ(A地区+B地区=4.3ヘクタール)あることから、この公募-審査-選定には県も参加、事業を任せる企業を絞り込む会合が3月中下旬に開かれました。冒頭述べたように、私はこの選定会で整備を担当する企業が選ばれ、計画の全体イメージを描いたイラストが発表されるだろうと楽しみにしていました。

公募企業の企画評価は不合格

ところが、選定結果は大々的には公表されず、「事業者を選定できなかった」と市議にメールで伝え、その2日後、「最後に残った事業者は合格点以下だった」と市のHPに載せるという控えめなものでした。担当者の無念さが伝わってきます。

公募には3社が応じたものの、2社は資格要件を満たさず、残った1社が審査対象になったそうです。しかし、その企画内容評価(210点満点)は102.31点にとどまり、審査会が設定した最低基準(126点)以下でした。100点満点で計算すると49点ですから、不可(60点未満)=不合格です。

この点数から2つのことが読み取れます。①市が「観光・レクレーションの拠点」の姿や形にこだわり審査基準が厳し過ぎたのではないか②市と県が設定した整備条件が企業側には魅力に欠けていたのではないか―といった点です。

市の担当者は、整備計画をスクラップすることはせず、今回と同じ公募型プロポーザル方式を使って再トライすると言っています。提案への評価方法を少し変えたり、今回公募に応じた事業者とは別の事業者に声を掛けることも考えており、民間の力を使って霞ヶ浦湖畔を整備する方針は変えないそうです。

土浦港の位置図

整備条件をチャーミングに!

そこで提案です。賃貸を条件としている市有地(B地区、4.0ヘクタール)を事業者に売却する選択肢も加えたらどうでしょう。また、指定管理者制を条件としている市営「りんりんポート」(C地区、1.1ヘクタール)も事業者が取得できるようにしたらどうでしょう。いずれも市の関与を減らし、事業者の経営自由度をアップさせる方策です。

市の担当者によると、審査に残った企業の「事業計画内容」と「にぎわいづくり」はマアマアだったものの、「事業実現性」がイマイチだったそうです。ということは、体力と頭脳がある企業を誘致する必要があります。それには整備条件がチャーミングでなければなりません。(経済ジャーナリスト)

フル女子優勝は県勢の沼田夏楠さん かすみがうらマラソン

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フルマラソンのスタート(撮影/高橋浩一)

昨年を大きく上回る2万人がエントリー

第36回かすみがうらマラソン兼国際ブラインドマラソン2025(土浦市など主催)は16日、土浦市川口の川口運動公園J:COMフィールド土浦を発着点として開催された。フルマラソン女子では地元茨城県東海村の沼田夏楠さん(34)が2時間44分30秒で初優勝を飾った。フルマラソン、10マイル(約16キロ)、5キロ各部門のエントリー総数は2万0625人で、昨年の1万5832人を約4800人上回った。

フルマラソン女子優勝、沼田さんのフィニッシュ

フルマラソン女子の沼田さんは2位に3分20秒の大差をつけて優勝した。前半は男子の集団に入って飛ばし、後半はペースを落としながら粘った。「ハーフ過ぎあたりで、これ以上押したらつぶれると思い、あえて集団を離れた。後半は追い風になるのも知っていたので、前の選手に付いて抜いてを繰り返しながら自然に走れた」と沼田さん。スタート時点の気温は約22度で雲もなく、強い日差しに気温はますます上昇。「暑いのは得意。もっと暑くなれと思いながら走った」。数日前から意図的に摂取水分量を増やし、マラソン中も全ての給水所で水を取った。「目標は2時間45分を切ること。寒くても暑くても達成したいと思っていた。切れて満足」と、充実した表情を見せた。

沼田さんはひたちなか市出身。田彦中で陸上競技を始め、名門の茨城キリスト教学園高に進み、高3のとき卒業記念で出場した勝田マラソンで優勝。茨城大を経て実業団の日立製作所に入団。現在は笠松走友会で市民ランナーとして活動しながら、マラソンやトレイルの魅力をSNSで発信している。

フルマラソン男子優勝、蜂須賀さんのフィニッシュ

フルマラソン男子は蜂須賀源さん(31)が2時間20分24秒で優勝。「暑さがある中、前半は集中しすぎず体力を温存した。25キロあたりから自然にペースが上がり、ついてくる選手がいなかったので、このまま最後まで押していこうと考えた」という。「1キロ1キロ、無理せず自分のペースで頑張っていれば、やがてゴールにたどり着く。それがマラソン。だが力みが出るときつくなる。最後はゴールはまだかまだかと思いながら走っていた」

蜂須賀さんは国学院大で箱根駅伝に3回出場、4年時は主将も務めた。実業団ではコニカミノルタで活躍し、昨年から千葉県立流山おおたかの森高校教諭。クラス担任として、また陸上競技部顧問として、生徒たちに背中を見せる気持ちでこの大会に参加した。「生徒たちの背中を押すため、タイムよりもインパクトがある順位にこだわった。自分のベストを尽くせば優勝できる自信はあった。自分の人生を自ら豊かに切り開く生徒を育てたい」と話す。

5キロ男子の表彰。(左から)2位の柱欽也さん、1位の佐々木詩音さん、3位の伊藤遼佑さん

5キロ男子は1位の佐々木詩音さん(26)、2位の柱欽也さん(38)がコースレコードを塗り替えた。「かすみがうらは初めて。風が強いと聞いていたが強くなく、晴れて走りやすかった。チームメートと助け合い、引っ張り合いながらいいレースができた」と佐々木さん。「フルマラソンと10マイルは出たことがあるが、今年はスピードをつけたいと初めて5キロに出た。最後まで優勝争いを演じ、粘りの強化ができた。2位は悔しいが達成感はある」と柱さん。

同3位は伊藤遼佑さん(29)。この部門では常連で、昨年の15分52秒より33秒タイムを縮めたが、大会新の2人にはかなわなかった。「極力ついていこうと粘ったが、3キロあたりから離された。優勝が目標だったが、少なくとも今の力を出しきることはできた」と納得の表情。

そのほか、主な成績は以下の通り。敬称略

フルマラソン男子の表彰。左から2位、1位、3i位

【フルマラソン男子】
1位 蜂須賀 源(千葉県・ONESHIP)2時間20分24秒
2位 三野貴史(33、千葉県・松戸市陸協)2時間21分10秒
3位 滑 和也(39、埼玉県・作.AC北海道)2移管21分49秒
【フルマラソン女子】
1位 沼田夏楠(34、茨城県)2時間44分30秒 
2位 沿道知佐(37、東京都・PACERTRACKCLUB)2時間47分50秒
3位 舛田果那(37、石川県)2時間48分08秒

フルマラソン女子の表彰。左から2位、1位、3i位

【10マイル男子】
1位 大野聖登(千葉県・順天堂大学)48分56秒
2位 出仙龍之介(25、東京都・警視庁)49分10秒
3位 山城弘弐(24、東京都・警視庁)49分25秒

10マイル男子の表彰。左から2位、1位、3i位


【10マイル女子】
1位 小野寺美麗(21、宮城県・石巻専修大学)1時間00分43秒
2位 小輪瀬明希(20、東京都)1時間00分48秒
3位 西島百香(28、東京都・ステラキャンプ)1時間03分36秒

10マイル女子の表彰。左から2位、1位、3i位

【5キロ男子】
1位 佐々木詩音(26、東京都・警視庁)14分46秒
2位 柱 欽也(38、東京都・警視庁)14分49秒
3位 伊藤遼佑(29、筑西市・つくばウェルネス整形外科)15分19秒
【5キロ女子】
1位 片桐紫音(23、埼玉県・埼玉医科大学G)17分42秒
2位 ハル・ティファニー(29、東京都・Namban)17分53秒
3位 米津利奈(33、東京都・ディべロップ)18分25秒

5キロ女子の表彰。左から2位、1位、3i位

土浦の花火100年の紡ぎ(4)《見上げてごらん!》51

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土浦の花火オフィシャルカレンダー2026の表紙と4月の暦

【コラム・小泉裕司】戦後、連合国軍総司令部(GHQ)の統治下にあった1945年10月、火薬類の製造は全面禁止となった。再び製造・販売が許可されたのは、3年後の1948年8月1日である。同日、東京・両国では「川開き花火」が8年ぶりに再開された。のちにこの日は「花火の日」に制定されている。さらに同年9月22日には、戦後初の競技会とされる「第1回全国花火コンクール」が隅田川で開催された。

このコンクールの目的は、花火師同士が切磋琢磨(せっさたくま)し、色彩や造形美といった品質を極限まで高めることにあった。同時に、もう一つ重要な役割を担っていた。それは、花火の輸出振興を目的とした「プロモーションの場」である。海外バイヤーに対し、「日本の花火は世界一である」ことを示すショールームとしての機能を果たしていたのだ。

終戦からわずか3年。深刻な物資不足とインフレに直面していた当時の日本にとって、外貨獲得は至上命題であった。繊維製品や雑貨と並び、伝統技術の結晶である花火もまた、戦略的な輸出品として位置づけられていく。

茨城が誇る「輸出花火」の輝き

こうした国策の流れは茨城にも波及する。1953年の「いはらき新聞」によれば、野手火工や茨城火工があった下妻地方では、特産の玩具花火が同地方の出荷額第3位を記録した。輸出先は南米にまで及び、まさに輸出産業の花形であった。

土浦火工もまた、輸出に心血を注いだ企業の一つである。海外の環境に対応するため、防水スプレーを塗布するなどの工夫を重ね、アメリカを中心に各国へ花火を送り出した。

こうした功績が評価され、1961年には「土浦の花火」大会の最高賞として通商産業大臣賞が授与された。さらに1962年から10年間、大会名称に「輸出振興」の冠が付されたことは、高度経済成長期という時代を象徴している。

進駐軍を魅了した「日本の花火」

一方で、土浦の花火には興味深い記録が残る。火薬製造が禁止されていたはずの1946年9月30日に、すでに「第14回大会」が開催されていたというのである。1948年の両国花火再開よりも、実に2年早い。

背景にあったのは進駐軍の存在だ。当時、米軍は独立記念日などにキャンプ地で花火を打ち上げており、国内の催事でも司令官の裁量で許可が下りる場合があった。1946年、水戸に置かれたGHQ茨城軍政部に着任したリンボー少佐は、故郷のナイアガラの滝を懐かしみ、花火の打ち上げを要望したという。

これを受けて県内の花火師が招集され、土浦観光協会の主催により、9年ぶりの大会が実現した。リンボー少佐ら幹部将校30人余りが、友末知事ら県幹部とともに観覧したと伝えられている。日本の花火に魅了されたGHQが花火師たちの訴えに耳を傾けたことが、1948年の製造解禁を後押ししたとも言われている。

歴史の転換点を経て

しかし1970年代に入ると、転機が訪れる。人件費の高騰や円高、さらに安価な中国製花火の台頭により、花火の輸出は次第に縮小していった。

現在の「土浦全国花火競技大会」は、輸出振興よりも芸術文化の継承や観光振興の側面が強い。しかし、その根底には「日本の匠(たくみ)の技で世界を魅了し、国を豊かにする」という、戦後を駆け抜けた花火師たちの熱い志が、今も確かに息づいている。本日はこれにて、打ち留めー。(花火鑑賞士、元土浦市副市長)

<参考文献>
「下妻市史」(下妻市史編さん委員会、1995年刊)
「日本の花火のあゆみ」(武藤輝彦、あずさ書店、2000年刊)
「花火の事典」(新井充、東京堂出版、2016年刊)
「花火と土浦」(土浦市、2018年)
「花火師たちの記憶/DVD」(㈲茨城ビデオパック、2025年完成)

絶滅危惧種のアイドル サクラソウ展始まる 筑波実験植物園

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展示準備を終えたサクラソウを見学する来場者=17日

筑波大コレクション100品種以上展示

100品種余りのサクラソウの園芸品種が並ぶ企画展「さくらそう品種展」が18日、つくば市天久保、国立科学博物館 筑波実験植物園(遊川知久園長)で始まった。筑波大学が保有する約300品種の中から、見頃を迎えた株を順次入れ替えて展示する。環境の変化などから野生種の個体数が減少しているサクラソウは、「一見地味にも見えるが、よく見ると可愛らしく、絶滅危惧種植物のアイドルとも言われる。古くから日本人の身近にあった植物でもあり、人々の暮らしから生まれた多様な園芸品種を見てもらえたら」と、企画に携わる筑波大つくば機能植物イノベーション研究センター准教授の吉岡洋輔さん(47)は話す。26日まで。約20年前に始まったこの企画には、毎年およそ5000人が訪れる。

江戸の庶民文化を知る

展示会場では、上部や背面をすだれで囲んだ3段から4段の木製縁台に、鉢植えのサクラソウが並べられる。江戸時代に観賞用に用いられた「桜草花壇(さくらそうかだん)」を再現したものだ。当時の文献や図面をもとに、上段には下向きの花、下段には上向きの花を置くなど、見る人の目線を意識した配置がなされている。すだれの隙間から差し込む光も含め、花壇全体で空間を演出する手法だ。

江戸時代の「桜草花壇」を再現した

サクラソウは、種子とともに地下茎でも増える多年生植物で、自分の花粉では受粉せず、昆虫が運んだ異なるタイプの花粉によって受粉・受精するのが特徴だ。近年は環境の変化などにより野生種の個体数が減少し、準絶滅危惧種に指定されている。

ルーツは1種の野生種

日本では古くから園芸用として栽培され、現在確認されている園芸品種は300種以上にのぼる。その多くを筑波大が遺伝資源の保存を目的に保有している。同大での園芸品種の研究は、2003年に埼玉県の園芸試験場から約200品種の寄贈を受けたことを契機に本格化した。それ以前は野生種の研究が中心だったが、園芸品種の多様性に注目が集まり、研究対象が広がった。

栽培の歴史は1440年代、室町中期に始まった。当初は野山の花を持ち帰って育てていたものが、やがて公家や武家、僧侶へと広がり、江戸時代には庶民文化として定着した。

切れ込みの入った花びらと色彩が特徴的な「錦鶏鳥」

国内に現存する300種以上の園芸品種のルーツをたどると、江戸時代に江戸郊外の荒川流域に咲いていた1種の野生種に行き着くことが、DNA研究から分かっている。その後、生育環境によって色や形などにわずかな違いが出て、その差異に着目して人々が選抜と栽培を重ねた結果、数百年をかけて多様な品種が生まれた。花の色は白から赤が中心だが、花びらの形や咲き方は多彩で、ギザギザの縁を持つ「錦鶏鳥」や、下向きの花をつける「白滝」、縁が白く色づく現存する最古の園芸品種「南京小桜」など、野生ではあまり見られない特徴を持つ品種も多い。

現存する最古の園芸品種「南京小桜」

江戸郊外の荒川流域に園芸品種のルーツがあるのは、庶民の暮らしとの近さを示しているという。吉岡さんは「こうした多様性は、人が珍しさを求めて選び続けた結果ともいえる。江戸時代には庶民の間でも栽培が広まり、特に後期には品種改良が盛んになり、多様性が飛躍的に拡大した」と話す。

温暖化、10日早い開花

サクラソウは、種子だけでなく地下茎で繁殖するため、環境が整えば広がりやすい特性を持つ。また、林内から河川敷まで幅広い環境に適応する能力も高い。しかし近年は気候変動などの影響も指摘され、今年は暖冬の影響で開花が例年より約10日早まった。企画を担当する同博物館植物研究部多様性解析・保全グループ研究主幹の田中法生さんは、今後は展示時期の見直しが必要になる可能性もあると話す。

野生種も展示されている

一方、野生種の保全が課題となっている。かつては関東各地に自生地が広がっていたが、多くはすでに失われた。埼玉県の田島ケ原は現在も残る貴重な自生地で、天然記念物に指定されている。野生種の個体数が減少する中、筑波大学では市民と協力して品種を守る「里親制度」を市内のNPO法人とともに2005年に立ち上げ、遺伝資源の保全にも取り組んでいる。

「さくらそう里親の会」のメンバーが、育てた品種を設置する

田中さんは「来園者に人気投票を行ったところ、濃い紫色の『天晴(あっぱれ)』や、桃色の『美女の舞』などが上位に挙げられた。サクラソウの面白さは、小さな違いに目を向けて増やしてきた歴史にある。花の大きさや色だけでなく、それぞれの個性を楽しみ、自分のお気に入りを見つけてほしい」と話す。(柴田大輔)

◆コレクション特別公開「さくらそう品種展」は18日(土)~26日(日)、つくば市天久保4-1-1 国立科学博物館 筑波実験植物園で開催。開館時間は平日は午前9時~午後4時30分(入園は午後4時)、土日曜は午前9時~午後5時(入園は午後4時30分)。20日(月)は休館。入園料は一般320円。高校生以下と65歳以上、障害者などは無料。19日(日)は無料入園日。

◆第1会場の教育等では、「さくらそうを知る」と題した、サクラソウに関する歴史や栽培方法を紹介するパネル展が開かれ、「さくらそう里親の会」が増殖したさくらそう品種の販売会が開かれる。25日(土)には、「植物園研究最前線 シコクカッコウソウ遺伝子資源から見えてきた花の色の多様性」と題する講座が、午後1時30分から開かれる。定員は30人。事前予約制。

ロボッツ、越谷に今季4連敗

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この日18得点を挙げMIPに選ばれた茨城ロボッツの駒沢颯(青いユニフォーム)=撮影/高橋浩一

男子プロバスケットボールBリーグ1部(B1)の茨城ロボッツは15日、ホームのアダストリアみとアリーナ(水戸市緑町)で越谷アルファーズ(本拠地・越谷市)と対戦し70-87で敗れた。茨城は今季越谷に4戦全敗、通算成績は15勝38敗で東地区11位。次節は18・19日、西地区首位の長崎ヴェルカとホームで対戦する。

2025-26 B1リーグ戦(4月15日、アダストリアみとアリーナ)
茨城ロボッツ 70-87 越谷アルファーズ
茨城|15|15|22|18|=70
越谷|26|26|16|19|=87

第1Q、ティム・シュナイダーがゴール下でシュートを放つ

茨城は第1クオーター(Q)で越谷にいきなり11点の大差をつけられた。第2Qもこの流れを引きずり、前半終了時に点差は22にまで開いていた。「3ポイントを最初1、2本決められたとき、自分たちがアジャストして止めることができず、後半も続けられてしまい、攻撃のリズムがつくれなかった」と陣岡流羽の反省。「こういう試合では細かいディテールが重要になると思い、前半はいろいろ調整しながらやっていたが、やはり試合の最初からしっかりプレーしなくては」とクリス・ホルムヘッドコーチ(HC)。

序盤のターンオーバーやスチールで波に乗り損ねた部分もあるが、特に大きかったのは相手チームのジョーダン・ナタイに第1Q後半だけで4本の3点シュートを決められたこと。ナタイは現役ニュージーランド代表のフォワードで越谷には3月に加入したばかり。この日は8本の3点シュートと1本の2点シュートを沈め、シュート成功率は90%に達している。

第1Q、長谷川暢が3点シュートを放つ

対して茨城のチーム得点は、2点シュートでは26本中17本を決めたが、3点シュートは35本中9本、フリースローは15本中9本というホームアリーナとは思えない低調ぶり。ただし後半は修正し、ある程度持ち直すことができた。

「オープンな状況なのになぜか打たず、また何か別のことをしようとしてミスが増えたり悪い結果につながることが多い。攻撃に関してはオープンになったら積極的にシュートを打っていこうと話しており、アグレッシブに攻めれば決められるだけの力は持っている」とホルムHCの分析。

第2Q、赤間賢人がシュート体勢に入る

守備についても後半は盛り返し、ディフェンスリバウンドやスチールの数が目立って増えた。「よりフィジカルに戦うことを意識し、さまざまなプレーに対してしっかり守ることができた。水曜日のゲームで疲れが残っていても、守備では小さな精神的ミスも許されない。切り替えなど細かい部分をもっと大事にしながら取り組んでいきたい」

第2Q、ドライブで攻め込む久岡幸太郎

この日の観客数は4143人。2021-22シーズンにB1へ昇格して以来、通算40万人を突破した。「40万人もの方々に見に来ていただけたことはとてもうれしい。勝っていても負けていても時間やお金を費やして来て、常に応援してくれるブースターの皆さんには本当に感謝しかない。皆さんのために最後の最後まで戦い、高いパフォーマンスを見せ続けることが自分たちの義務。そういうチームを作り上げてきたことを証明できるよう、今季残り7試合も全力を尽くしたい」とホルムHCは誓う。(池田充雄)

試合後、越谷のナタイ(左端)らと握手するロボッツの選手たち

筑波大近くの「薔薇絵亭」《ご飯は世界を救う》72

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イラストは筆者

【コラム・川浪せつ子】数年ぶりに筑波大学近くのロシア料理店「薔薇絵亭(バラエテイ)」(つくば市天久保)を訪ねました。「ずいぶん前からあるお店ですね」とお聞きすると、今の場所では40数年になるそうです。その前は近くの建物にテナントで入っていたとか。筑波大は創立53年ですが、そのころ開店したお店は多かったようです。

「ナターシャプレート」を注文しました。ナターシャって?トルストイの長編小説「戦争と平和」の主役ナターリアの愛称ですね。「マーシャのつぼ焼きプレート」のマーシャはマリア(女性の名前)の愛称だそうです。「マーシャと熊」というロシアの人気アニメの名前が付いたプレートもあるんですね~!

ロシア料理の代表は、寒いお国柄で、温かな煮込み料理ボルシチ、ビーフストロガノフ、つぼ焼き、ピロシキ。寒いからか、お酒はアルコール度の高いウオッカ。そのお国の食べ物を通して、気候、文化が見えてきます。

日本は海に囲まれているから、魚介類を使ったお料理、おだしの文化。そして湿度の関係から、発酵食品がいろいろあるのだと思います。でも、日本は南から北に長いので、ご当地のお料理に幅がありますね。

「百万本のバラ」?

お店の名前「薔薇絵亭」。思い出したのが「百万本のバラ」という歌でした。ロシアの歌謡曲を日本語に訳して、加藤登紀子さんの持ち歌になっています。そこから店名を取ったのでしょうか。当て字が面白いですね。

ロシアで思い出すものもう一つ、「おおきなカブ」という、今でも読み継がれているロシア民話です。私が幼稚園に通っていたとき、このお話のおばあさん役をしたことを覚えています。最後に「やっと、カブは抜けました」でおしまい。みんなが一緒になってカブを抜くことができるというお話です。

そう、みんなで力を合わせたら、困難なことも解決できる。昔から言い伝えられてきたのではないかな。世界中、ケンカしないで、みんなで力を合わせたら、温暖化や紛争も解決できる…かもね。(イラストレーター)

46人の100作品を一堂に 「茨城現展」始まる 県つくば美術館

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佐々木量代さんの作品「「混沌からの飛び立ち」

個性を尊重し自由な表現活動を行う美術家団体「現代美術家協会茨城支部」(佐々木量代支部長)の第42回茨城現展が14日から、つくば市吾妻、県つくば美術館で始まった。同支部会員など約46人の美術家による油絵、デザイン、立体作品、工芸、写真などさまざまなジャンルの作品計100点が一堂に展示されている。佐々木支部長は「具象よりも抽象の方が多くなっている。その中で若い人がどんどん伸びていっている」と話す。

同協会は1948年に創設され、全国で約400人の作家が所属している。「現展」は関西、名古屋でも移動展が開催されるほか、全国16支部で地域展が催されている

佐々木支部長の水彩画は「混沌からの飛び立ち」というタイトルで、F80号を2枚重ねた縦1.46×横2.24メートルの大きな作品。「現代は混沌とした状態が続いている。早く良い世界になって欲しい」という思いを込めた。絵は鳥をイメージしたものを切り張りなどしながら抽象画としてまとめた。完成まで1年を要した。

会場には本部賛助作品として、渡辺泰史さん、八幡一郎さんの作品が飾られ、ほかに前支部長の佐野幸子さん、元JAXA筑波宇宙センター地球観測研究センター長の福田徹さんの作品が飾られている。福田さんは、「光の競演」など宇宙をテーマにした写真などを出品した。

福田徹さんの「光の競演」。月が映る

昨年に続き、つくば市の筑波山麓で有機農業をしながら絵を描いたり演劇活動をする障害者施設「自然生クラブ」の知的障害者が描いた作品も展示されている。「自然生クラブ」で絵画を担当する安部田奈緒美さんは「NHK Eテレの『あがるアート』という番組に出たことがきっかけで現代美術家協会からオファーをいただいた。(知的障害者たちの)色彩豊かな絵を見て、アカデミックな教育を受けた方はびっくりする。ぜひ皆にも見に来てほしい」と話す。

自然生クラブの作品

会場を訪れた市内に住む善里賢子さんは「知り合いが出展しているので、毎年来ている。絵は詳しくないけれど優しい感じがしてとても良い」と語った。(榎田智司)

◆同展は14日(火)~19日(日)まで、つくば市吾妻2-8、県つくば美術館で開催。開館時間は午前9時30分~午後5時(最終日は午後3時まで)。入場無料。問い合わせは電話029-876-0080(同茨城支部)へ。

詩劇「憎しみは愛によって止む」《映画探偵団》99

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イラストは筆者

【コラム・冠木新市】現在、詩劇コンサート・つくばシルクロード2026「憎しみは愛によって止む」(5月16日)の準備をしている。

1月25日、つくば市北条・宮清大蔵での「北条芸者ロマンの唄が聞こえる」終演後、観客のスリランカ人から話があると言われ、その夜、台湾料理店で会った。スリランカを代表する歌手クリシャンタ・エランダカさんが来日するので、コンサートをプロデュースしてほしいということだった。「4月に開催したい。ぜひに」と懇願され、了承してしまった。

ところが、5月連休まで会場がどこも空いていなかった。結局、昨年「雨情からのメッセージⅲ/空の真上のお天道さまへの旅」でお世話になったサンスイグループの東郷治久代表に相談し、山水亭(つくば市小野崎)の宴会場が借りられることになった。

「憎しみは愛によって止む」のちらし

「北条芸者〜」の後始末をしながら、このコンサートの企画を練った。クリシャンタさんはスリランカでは有名な方だが、日本では知られていない。さて、どうしたものかと考えた。以前、コロナで公演を中止した金色姫伝説をスリランカのチャンナウプリ舞踊団で企画したとき、スリランカのことを調べたことがある。日本にとって大恩のある国なのだ。

終戦後の1951年、日本が五つの戦勝国に分割統治されそうになったとき、国連で、セイロン(当時)の財務大臣ジャヤワルダナ氏が「憎しみは憎しみによって止まず、愛によって止む」とのブッタの言葉を引用し演説したところ、参加者が感動し、分割構想が廃案となり、日本は独立することができた。

さらにセイロンは対日賠償放棄までしてくれた。ふと、今年がサンフランシスコ講和条約75周年目に当たることに気が付き、「これと関連付け、良いものができないか」と思った。

「憎しみは愛によって止む」は、ブッタの言葉をテ一マにした2部形式の詩劇コンサート。第1部「終わりの始まり」は、講和条約の話を舞踊と映像で構成する。第2部「平和の里を訪ねて」は、スリランカ共和国になった翌年1973年に生まれたクリシャンタさんの人生と同国の現代史を重ねて歌で構成する。

『…ハリウッドに最も嫌われた男』

構想を練りながら、憎しみと愛について考えていたとき、伝記映画『トランボ ハリウッドに最も嫌らわれた男』(2015年)を思い出した。

脚本家ダルトン・トランボは、1950年代に共産党員だったため赤狩りに遭い、映画界から干されてしまう。観客からコ一ラをぶっかけられたり、引っ越した家のプ一ルに隣人からゴミを投げ込まれたり、数々の嫌がらせを受ける。しかし、市民や業界人から憎まれても、トランボは怒りにまかせて対応したりはしない。

B級映画会社に売り込み、安い値段で脚本を引き受け、変名で次々と脚本を書き上げる。赤狩りされた仲間にも仕事をあっせんし、脚本の直しまで引き受け、抵抗を続ける。誰も憎まず、知恵と粘りで困難に立ち向う。トランボが怒り出すのは、バスタブにつかり脚本を書いているところに娘が入って邪魔した時だけだ。

「ローマの休日」「スパルタカス」「栄光への脱出」「フィクサ一」「パピヨン」「ジョニ一は戦場に行った」。トランポの描く主人公は実にたくましく忍耐強い。

「憎しみは愛によって止む」の愛とは、知恵、勇気、忍耐から来るものではないだろうか。予算も人材も時間も足りないイベントだが、トランボを見習って取り組んでいる。サイコドン ハ トコヤンサノセ。(脚本家)

<お知らせ>朗読者養成講座「つくつくつくばの七不思議」(参加費無料)
講師:冬木周一(朗読家)
日時:4月25日(土)午後1〜3時
場所:カピオ小会議室1
対象:朗読芝居に興味ある方
主催:一般社団法人スマイルアップ推進委員会

7部署42人に6255時間 市職員の残業代未払い つくば市が全庁調査公表

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つくば市役所

約2年間で総額1490万円

生活保護業務を担当していたつくば市職員の告発に端を発する同市の残業代(時間外手当て)未払い問題で(24年5月9日付)、五十嵐立青市長は14日、市役所全体で調査した結果、2021年4月から23年4月までの間、7部署の42人に6255時間の残業代未払いがあり、未払い総額は1490万円になったと発表した。

昨年5月までに支払い済みの生活保護など担当の社会福祉課職員24人(未払い時間3851時間、約860万円)以外に(25年6月20日付)、新たに6部署の18人に2404時間分の未払いがあったことが分かり、今月8日に約630万円を支払ったという。

18人に対する延滞金(遅延損害金)は40~50万円程度になる見通しで、市は議会に報告し速やかに対応するとしている。さらに職員の処分についても今後検討していくとしている。

6部署は、社会福祉課以外の福祉部の1部署、建設部の2部署、都市計画部の1部署、消防本部の2部署。具体的な課の名前は現時点で公表しないとしている。

サービス残業が発生した具体的事案として▽課の残業代の予算が不足した際に、所属長が残業を制限する指示を出し、残業の申請が適正になされなかった▽市の規則で月45時間超える残業は原則不可となっていることから、所属長が理由を問わず一律に不可とし、サービス残業の時間数を翌月に付け替えるなど不適切な管理をした▽所属長が残業を把握していながら適切な申請を促さずサービス残業が発生した▽残業の申請は、事前申請を原則としていることから、所属長が事後申請を認めずサービス残業が発生した▽残業時間の削減について所属長が特定職員に実現可能な手段を明示せず、残業時間の削減のみを指示したためサービス残業が発生したーなどがあったとした。

原因や背景については「特定個人によって起こったというより、全庁的に慣習に従って行われた部分も多い」などとした。

その上で、残業代未払いは全庁的な規模の問題だとし、組織全体としてこれまでの慣習を払拭し、再発防止に向け、①誤った認識を払拭するための全庁的な制度の周知②管理職による残業の事前命令と事後確認の徹底③必要に応じた予算措置などのほか、必要に応じた適正な職員数の配置、職員の能力向上のための研修、相談体制づくり、生産性を意識した評価制度の検討などに取り組むとしている。

一方、所属長の処分については、全庁的な慣習のほか、必要性が低いのに職員が残業した事例もあったなどとして、「所属長に一律に責任を課すことには疑義が生じ、処分は慎重さが求められる」などとしている。

全庁調査は、社会福祉課で残業代未払いがあったことを受けて実施された。五十嵐市長の処分については、すでに同課で未払いが発覚した際に処分を実施したなどから、追加の処分は実施しないとしている。

「全て明らかになったと思わない」

一方、最初に告発した当時社会福祉課の男性職員(41)=現在は別部署に異動=は「今回の公表で全てが明らかになったとは到底思っていない。私たち職員が置かれていたのは、必要な残業を適正に申請するのか、それとも職場の空気に従って黙るのかを迫られる、まさに『踏み絵』のような状況だった。しかも、定期監査結果や、職員間で直接聞き取ってきたサービス残業の実態と比べても、今回公表された結果とは大きなズレがある。まだまだ拾われていない被害があると思う」とし「社会福祉課についても、声を上げられた人、申告や請求にたどり着けた人は全体の一部。申請できなかった人、職場の空気にのまれて諦めた人、声を上げれば不利益を受けるのではないかと黙った人がいた」とし「一番懸念しているのは、声を上げた人(公益通報者)が守られず、私の二の舞になってしまうこと。問題の本質は、個人・現場の問題ではなく、市役所全体の組織風土にある。自主的な幕引きではなく、第三者を入れた検証と、声を上げた職員が不利益を受けない仕組み作りが必要」だとしている。(鈴木宏子)

たまゆら《続・平熱日記》191

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絵は筆者

【コラム・斉藤裕之】「将来きっと青い絵を描くよ…」。ある彫刻家が私に言った。唐突に、なんの根拠もなく。あれから随分と時が経った。

まだ寒い3月初旬、パクと山口に向かう。山の中では弟夫妻が変わりない日常を過ごしている。長旅を終えたパクも再会を喜んでいた。

その日は野暮(やぼ)用があって街まで出かけた。かつてにぎわっていた繁華街も人通りはまばら。少し時間があったのでちょっと気になるところを車で通ってみた。「たまゆら」という看板が見えて店内の明かりがわずかに見えた。思い切って引き返して駐車場に車を入れた。

この辺りは小学生だった私の新聞配達の受け持ち地域だった。だから半世紀以上経った今も当時の街並みと店の名前をはっきり覚えている。「たまゆら」にも新聞を入れていたのだけれども、居酒屋や料亭などが多い通りなので昼間は開いていない店が多い。

だから「たまゆら」も子供心には十分に怪しげなその言葉の響きから、てっきりその類の店かと思い込んでいた。その後、たまゆらとは玉響と書き、勾玉(まがたま)同士が触れ合うかすかな音から、ほんのひとときや束(つか)の間という意味を持つ美しい言葉であることを知った。

ところがつい先日のこと、ネットに「たまゆら」の記事がアップされているのを見かけて「たまゆら」が実は純喫茶で、しかも今もなお営業しているということを知った。

「それいゆ」

客は私ひとり。ゴブラン織りの椅子に重厚な調度品。天井近くにある年代物のスピーカーからはクラシック音楽。そして半世紀の時が醸し出すどこか懐かしい匂い。そのうち2組の客が入ってきた。

確か代替わりされたと記事には書いてあったが、カウンターの中から数人の女性のにぎやかな話声が聞こえる。子供の頃に新聞を配っていた「たまゆら」の中はこんな世界が広がっていた。

あの彫刻家が未来を予言していたわけではないだろうが、「斉藤さんの青い絵がいい…」という声をこのごろ耳にするようになった。人は青に何を見るのだろうか。チルチルとミチルの探す「青い鳥」は幸せや希望の象徴として描かれる。

シャルトル大聖堂のステンドグラスは無垢(むく)で神秘的な青だ。もし、たまゆら色という色があるとすれば…、それは奥行きを感じる軽やかな青だろうか。

大きめのカップに入ったコーヒーを飲み干して店を出た。この並びには確か「それいゆ」という店もあった。当時はその意味も分からないでいたが、なかなか趣のある屋号の店が並ぶ街に新聞を配っていたんだな。

数日後、静かな入り江のある街で、これを吉兆とするほど信心深くないが、こういう偶然が物語の始まりになることはあるのかもしれない、青い鳥が飛んできて目の前の塀にとまった。ちょっとドキドキした。たまゆらのひととき。浜ヒヨドリという鳥だと後で知った。(画家)

反戦と反差別訴える大学院生 ハナさん つくば【ひと】

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「反戦デモinつくば イラン爆撃もうたくさん!」で訴えるハナさん=11日、つくば駅前、つくばセンター広場

米国とイスラエルによるイラン爆撃に反対する「反戦デモinつくば イラン爆撃もうたくさん!」を呼び掛け、11日つくば駅前のつくばセンター広場で街頭集会を開催した。主催したのは、つくば市在住の大学院生、ハナさん(25)ら「戦争に反対するつくば市民の会」。2月21日にも同駅前で反戦と反差別を訴える「戦争と差別もうたくさん!デモinつくば」(2月22日付)を開催して以来2回目。呼び掛けはSNSで広まり、11日はつくば市内外の市民ら約80人が参加した。

ハナさんはナイジェリア人の父親と日本人の母親との間に生まれた。つくば市内の小中学校、高校を出て、都内の大学に進学。現在は都内の大学院に通う。外国人ルーツかつアフリカ系という2つの属性ゆえに、日常的に日本社会からの疎外感を感じていた。

小学生の頃に自分の似顔絵を描く授業があり、周りの同級生と同じ「肌色」(薄だいだい色)を使って描いたが「これは誰だろう」と納得がいかなかった。後に自分が感じた差別的な体験や生きづらさの原因が社会構造にあると考え「社会的な構造を変えるために、市民の声を聴かせる市民運動がすごく強い力になる」と思い至ったという。

大学生の頃から、アフリカ系の人々やアフリカにルーツを持つ若者たちの支援活動に参加。2年前からはつくば駅前で毎月1回ペースで、パレスチナ連帯を訴えるスタンディング活動を行っている。

11日の集会終了後、ハナさんに思いの丈を聞いた。話は戦争反対から差別反対まで及んだ。

ハナさん(右から2人め)の掛け声に合わせて「戦争いらない」などと声を上げる参加者たち=同

何をしてもいいという状態

—前回の2月のデモから1週間足らずで(2月28日に)米国とイスラエルによるイラン攻撃が起きました。「デモをやったのに」という思いはありますか。

ハナ 前回のデモでは「戦争反対」を訴えると同時に、米国やイスラエルの帝国主義・植民地主義にも反対しました。イスラエルがイランを攻撃したのは初めてではなかったので、世界がなんとなくイスラエルや米国を許すような状態でイランへの攻撃が始まったことは、正直あまり驚きではありません。「イスラエルは何をしてもいい」という状態になってしまっていると感じています。2年前からパレスチナ連帯のデモを続けてきて感じていることで、その歯止めが利かなくなっていることを本当に実感しています。

—ハナさんは大学院生とのことですが、大学の中や周囲の友人、知人との間で、イラン攻撃は話題になりますか。

ハナ 私は外国ルーツの友達が多いので、イランの情勢はいろいろなところに影響します。例えば、飛行機が急に欠航になってしまったりなどの影響が出ていて、友達と「不安だね」という話をします。イランの友達もいますし、周辺国のレバノンやシリア出身の友達もいます。周辺国でもイスラエルによる爆撃が続いていて、皆、家族を心配しています。

—今回のデモは、人が多かったと感じましたか。関心を持つ市民がかなり多く来た印象です。

ハナ いつもはそれほど人が集まらないのですが、前回(2月)のデモは50〜60人集まり、今回はもっと多く70〜80人と、かなりの人が来てくれました。つくばでは珍しい数だと思います。

—市民もそれだけイラン情勢に関心を持っているのだと思いますし、外国人や外国ルーツの人にとっては、他人事ではないのだと思います。

ハナ つくば市はとても国際的な都市で、外国ルーツの友達がいる人も多いし、外国ルーツの人自体も多い。イラン情勢もそうですが、米国やイスラエルに対する日本政府の外交的な姿勢について「どうなのかな」と疑問に思う人が多いのではないでしょうか。

「通報報奨金制度」撤回を求めて、市民団体「牛久入管収容所問題を考える会」と一緒に記者会見に臨むハナさん(右端)=3月25日、茨城県庁

2月の「戦争と差別もうたくさん!デモinつくば」では、戦争反対と同時に差別反対も掲げ、外国にルーツのある若者らを中心に集まった。今回の集会でも参加者から「差別反対」の声が上がった。

中でも、茨城県が今年度から実施予定の「通報報奨金制度」に対しハナさんは、同制度の撤回を求め、県に申し入れをした。非正規滞在の外国人を雇った事業主に関する情報提供者に報奨金1万円を支払う制度で、「自分のように外国人に見える日本人が普通に生きているだけでも、犯罪者のように扱われることがある」とハナさんは批判する。

身がすくむような感じ

—茨城県の通報報奨金制度ですが、ハナさんは3月25日につくば市の市民団体「牛久入管収容所問題を考える会」に同行して県庁を訪れ、同制度の撤回を求める申入書を提出し、県の担当者と面談しました。

ハナ 申し入れのとき県の担当者は、同制度が差別ではない理由を繰り返し説明しました。例えば「茨城県自体に外国人を通報する権限はない」「事業者に向けたものだから外国人差別ではない」などと繰り返し言いました。しかし通報(報奨金)制度を運用すれば、結局行き着くところは、働いている外国人に対し「在留カードを見せろ」と確認するしかない。いつでもそういう状況に追い込める権力を県が持っているということです。対象が事業者であっても、(外国人)差別であることは変わりません。

ただでさえ排外主義が高まっている社会で、普通に生きているだけでも外国人が犯罪者のように扱われることがあります。外国人だけでなく、外国人に見える私のような日本人も日々経験しています。それにお金をつけて推進していく制度は、差別でしかないと思います。

—県弁護士会が出した「通報報奨金制度は撤回すべき」という意見書に対し、大井川知事は4月2日の記者会見で強く反論していました。ハナさんから見ると「お金をつけて差別を推進する」ように映るわけですね。通報報奨金制度はまだ施行されず、通報するためのパソコンの通報システムを作っている最中といわれていますが、いつ出来上がるのかは不明です。県議会でも「虚偽通報があったらどうするのか」などの議論もありました。

ハナ 虚偽通報は怖いです。外国人が正しく働いているかどうかなんて、一般の人には基本的にわかりません。見た目でわかるわけではない。通報報奨金制度全体の予算は20万円と言っていましたが、そんな少額の予算でわざわざ報奨金を出すことに実効的な効果があるとは思えません。

—通報報奨金制度をあえてやるのは、大井川知事が「外国人に厳しく対応しています」とアピールしたいがためとしか思えませんが。

ハナ 外国人を捨て石にして、極右的な支持層の獲得を狙っているようにしか見えません。つくば市でも、外国人に対して差別的な主張を流す人たちが駅前などで行動しています。外国ルーツの身として、そういうのを見るたびに身がすくむような感じがします。そうしたすごく差別的な、外国人を「もの」としか見ていないような人たちに多くの票が入ってしまうのは、こんな国際的な都市でも起きるので、かなりショックです。


ハナさんたちは5月頃にも再びデモを行う予定という。詳しくはインスタグラム「palestine_day_tsukuba」または「moutakusandemotsukuba
」で告知される。

(聞き手・崎山勝功)

開幕2連勝 つくばFCレディース

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前半アディショナルタイム、左サイドからドリブル突破するつくばFCレディースの穂谷颯季(撮影/高橋浩一)

関東女子サッカーリーグ1部が開幕、つくばFCレディースは2連勝し、好スタートを切った。5日に今季開幕戦を神奈川大学(本拠地 横浜市)とアウェーで戦い4-2で勝利。12日の第2節はホームのセキショウチャレンジスタジアム(つくば市山木)に山梨学院大学(本拠地・甲府市)を迎え2-0で勝利した。

第32回関東女子サッカーリーグ1部 前期第2節(4月12日、セキショウチャレンジスタジアム)
つくばFCレディース 2-0 山梨学院大学
前半2-0
後半0-0

後半10分、ドリブルで攻め込むMF加登友佳

つくばは前半23分、MF穂谷颯季がボールを前へ送ろうとした相手DFに詰めてボールを奪い、間髪を入れずミドルシュートを放つ。ボールは前へ出ていた相手GKの手を弾き、ゴールポストを叩いてネットを揺らした。「次に相手がどういうプレーをするのか予測を持って守備に行くのが得意。一瞬のときをつかんでボールを奪い、何も迷わずゴールに行けたことは良かった」と穂谷の振り返り。

後半38分、前線へフィードを送る高橋

その後は早めのメンバー交代で守備陣形を整え、10分後の前半34分には追加点。ロングボールに穂谷が抜け出してコーナーキックを獲得し、MF打桐菜海が蹴ったボールのこぼれ球にMF高橋萌々香がいち早く駆け込み、左足のミドルシュートをゴール左隅に突き刺した。「こぼれ球がいいところに来たので迷わず振り抜いた。いいコースに飛んでよかった。今は点をしっかり決められていることが勝ちにつながっている。試合の流れとして課題はまだたくさんあるので、自分たちの目標に向かってしっかりやっていきたい」と高橋主将。

前半34分に追加点を挙げ、メンバーとハイタッチを交わす高橋

課題の一つが後半の戦い方。今節では後半に放ったシュートはわずか1本で、浴びたシュートは8本に及んだ。前節も前半は4点を奪いながら、後半は相手のキーマンをつぶし切れず、不要な2失点を喫してしまった。「2節目ということもあるしチームの練習は夜が中心なので、まだ昼間の戦いに体が慣れていない。このリーグの対戦相手はほとんどが高校や大学のチームで、ハードワークでは彼らの方に分があり、今後暑くなると体力的にもっと厳しくなる。チームとして意識的に取り組む必要がある」と志賀みう監督。

後半43分、途中出場のFW犬伏柊萌子がシュートを放つ

ロングボールの応酬から相手にセカンドボールを拾われ、押し込まれる時間が長くなったものの、守備を固めてゴールを一度も割らせなかったことは一つの成果といえる。負傷中のGK伊東美和に代わってゴールを守る鈴木那智の活躍も見逃せない。「前の選手が決めてくれたので、その分も後ろがしっかり守らなくてはという強い気持ちがあった。相手のロングシュートにも警戒を怠らず、上を狙ったボールも体格を生かしてしっかり止めることができた」と鈴木。

新加入の鈴木(左から3人目)が開幕戦からゴールを守る

目標はなでしこ2部入替戦

昨季から継続の13人に新規加入の14人が加わり、選手層が厚くなるとともにレギュラー争いも厳しくなり、締まった雰囲気でトレーニングが行われているという。

若いメンバーが増えた今季登録選手27人

「目標は9月末のなでしこリーグ2部入替戦。予選だけで4試合あり、レギュラーメンバー以外の誰が出ても遜色なく、むしろ強くなるくらいでないと勝ち進めない。選手の成長が非常に重要なポイントになるので、育成の部分には強くこだわって取り組みたい」と志賀監督は力を込める。

次節は19日、西東京市の早稲田大学東伏見グラウンドで早稲田大学と対戦する。(池田充雄)

試合後、サポーターとタッチを交わす選手たち

満開の桜の下 東京で「百姓一揆」《邑から日本を見る》193

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ほら貝を合図に出発するデモ隊

【コラム・先﨑千尋】「この閉塞状況を水戸の力で突き抜ける。あきらめず、新しい農村、農業を作っていこう!」。3月29日に東京都心で行われた「令和の百姓一揆」。トラクターと軽トラが出発する前に開かれた集会で、茨城県代表として発言した常陸農協の秋山豊組合長が檄(げき)を飛ばした。

昨年に続いての百姓一揆が北海道や沖縄など全国18カ所で開かれ、東京の会場となった青山公園には、トラクター7台と軽トラ21台、1200人の農家や消費者らが集まった。

山形県長井市で米を作っている令和の百姓一揆実行委員会の菅野芳秀代表は「昨年の百姓一揆から1年。状況は変わっていない。羊羹(ようかん)をスパッと切ったように日本から農民がいなくなり、食の供給がぷつんと切れる。そうなってから騒いでも遅い」と強調した。

集会で訴える菅野芳秀代表

集会では、トラクターと軽トラの参加者と、全国から集まった米生産者や酪農家、野菜農家、消費者が、農業では生活できない現状や国への要望、国産の米が食べたいのに高くて買えない、などとそれぞれの思いを訴えていた。

食料自給率は10%を切っている

東京大学の鈴木宣弘特任教授も会場に駆け付け、「食料自給率は38%と言われているが、肥料や種子、動物の飼料は大半が輸入だ。だから実質の自給率は10%を切っている。生産者はコスト高で辞めていき、消費者も所得が減って苦しい。農家への所得補償をすれば両者のギャップが埋まり、自給率も上がるのに、国はやらない。地域ごとに農作物をみんなで作ってみんなで食べる取り組みを進めよう。植えるか、飢えるかだ。各地にローカル自給圏を構築し、食と農の自立を広げていこう」と提案した。

午後4時に声援に送られてトラクターと軽トラが出発。1時間後、ほら貝の合図で、提灯(ちょうちん)やのぼり旗を掲げた人の行進が始まった。コースは、桜が満開の青山公園から表参道、原宿駅前を通って代々木公園までの約3.5キロ。

参加者は「国産の米や野菜を食べよう。農家に所得補償を。日本の農業を守ろう。未来の子どもに国産の農畜産物を残そう」などと訴えながら、ゆっくり行進した。道を歩く人たちからも注目を集め、拍手が起き、「ガンバレー」などの声援も飛んだ。スマートフォンで撮影する人の姿もあった。

令和の百姓一揆実行委員会は、農業、農村の衰退を止め、国産の食料を守ることを目的に全国各地の有志が立ち上がり、現在では26都道府県で実行委員会が結成されており、百姓の声を国民に伝える取り組みが行われている。農村では耕作放棄地が増え、山林も放置され、熊やイノシシなどが人家近くまで出没し、農村の衰退が進んでいる。一方では、スーパーの棚から米が消える「令和の米騒動」が起き、消費者の生活が苦しくなっている。こうした状況を打破しようというのが百姓一揆の狙いだ。(元瓜連町長)

「どう学ぶか、常に意識を」つくば国際ペット専門学校で入学式

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新入生を代表して決意を述べるドッグトレーナーコースの塚田海璃さん=11日、つくば国際会議場

愛玩動物看護師やドッグトリマーなどの人材を育成するつくば国際ペット専門学校(つくば市沼田、東郷治久理事長)の入学式が11日、つくば国際会議場で催され、ペットビジネス学科の愛玩動物看護師・動物衛生看護、ドッグトリマー、、ドッグトレーナー、ペットケア総合の四つのコースに全国各地から179人が入学した。同校は動物分野で国内有数の専門学校。

高橋仁校長は「専門学校は専門知識と専門技能を習得する場。どう学ぶか、どう身に着けるかを常に意識することが大事。未来は今まで経験したことよりも美しい場所があり、素晴らしい仲間がいて、もっと面白いことがある」と式辞を述べた。

東郷理事長は「動物に関する技能は教科書を読むだけでは決して身につかない。実際の動物たちに触れて感じて、初めて身に付く。これから動物たちと日々触れあっていく中で、必ず育まれると信じている」などと祝辞を述べた。

祝辞を述べる東郷理事長

新入生を代表してドッグトレーナーコースの塚田海璃さんが「私たちが思い描く夢の実現に向け、これから始まる学生生活を通し、動物について学び求め、皆と支え合いながら成長していきたい」と決意を述べた。

在校生代表を代表し、ドッグトリマーコースの池田麻優さんが歓迎の言葉を述べ「入学後に決定した(1人が1匹とずっと一緒に過ごす)パートナードッグは生活を大きく変える存在だった。それまで動物を飼ったことがなく、毎日試行錯誤だった。しかし日々のお世話やトレーニングを通じて、授業では学べない学びを経験することが出来た。皆さんも様々な経験をして、自分自身の将来を切り開いてください」とエールを送った。

入学式に臨む新入生ら

式典の最後に教職員全員が壇上に立ち、一人一人が新入生に歓迎の言葉を述べた。。

式典に参加した土浦市出身の新入生は「犬より猫が好きだが、入学後は犬にも慣れていき、楽しく学園生活を送りたい」と話していた。(榎田智司)

今年の県立中・高入試問題を分析《竹林亭日乗》39

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つくば市北条大池の先に見える筑波山(写真は筆者)

【コラム・片岡英明】桜の花のもとで入学式を迎えた小中学生のために、今年の県立中学・高校の入試問題分析で学びを応援したい。

県立中の入試問題

中学入試は、まず正確で早い計算力や文章の読解力を見ると言われているが、今年の問題では小学生の知識を持っていても取り組めない問題があることに気づいた。その典型が試験中に訂正があった適性検査Ⅰの算数2の問題である。これは6年生までの小学生の知識に加えて、与えられた条件を順序よく考え、それを重ね合わせる思考力をみている。

この思考力は、〇☓や読んですぐ正解を見つける学習では身につかない。あせらず、じっくり時間をかけて、試行錯誤を繰り返しながら思考を重ねる必要がある。つまり、練習はゆっくり、試験では素早くの構えが必要である。この種の問題で、逆に練習時に素早さを求めると消化不良を起こし、学習嫌いが発生する。

理科にも特徴がある。実験の結果を予想し対話するスタイルは、板倉聖宣氏が提唱した仮説実験授業を想起させる。また、国語と社会は読解というより、資料の「情報読み」中心である。国語で最も大事な主人公の心情を読み取り自分を耕す—そんな文学の授業は想定していないのか。

最大の特徴は問題文が対話調である点で、そのため、問題文から答えを導く論理を引き出しにくいものになっている。重ねる思考力を求めているのだから、大学受験参考書の「実況中継」シリーズでは論理力が身につかないという指摘を思い出してほしい。

以上をヒントに、小学生には、焦らずじっくり考える学習スタイルを期待したい。

高校の入試問題

最近の高校入試の特徴は国語と英語の問題文が長いことだ。国語の問題は2段組みで15ページ。英語もリスニング3ページ、筆記が7ページと、たっぷりある。短時間で、この長い問題文にどう取り組むかが高校受験の肝である。

試験問題を解くとは、問題文を読解して、問題作成者の意図を読み取り、自分の回答を採点者に分かりやすく書くという行為である。長い文を正確に早く読むには、まず英文や国語の段落や接続詞や強調構文に注目し、著者の主張を捉え、文章の型を押さえ、展開を予想することだ。

この文章の型について、渡邉雅子氏が「論理的思考とは何か」(岩波新書、2024年)で、日本、アメリカ、フランス、イランの4カ国の文章の型を分析した。この本は作文指導の参考になると、現在好評を博している。これが今年の国語の問題三で出題された。良問とは設問を読みながら知の世界が広がるもので、これは解く価値のある問題である。

英語の問題4の長文は茨城の伝統的な問題で、毎年ある体験をした主人公の変化を述べる典型的な感想文型である。英語の読解にも、渡邉氏の日本独特の感想文型の説明が参考になる。一読をお勧めしたい。

中学生には、今回の分析を参考に英語・国語の読解力をつけ、学校での学習を通して自分が豊かになる大河の学びを体験してほしい。(元高校教師、つくば市の小中学生の高校進学を考える会代表)

野口雨情の未発表詩に曲を付け初披露 つくば出身の若手作曲家

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(左から)作曲家の門田和峻さんとメゾソプラノ歌手の金子美香さん(「野口雨情の『四季』制作委員会」提供)

12日 ノバホール

「シャボン玉」「赤い靴」などで知られる北茨城市出身の童謡詩人、野口雨情(1882-1945)の未発表作品に曲を付けて、初披露するコンサート「野口雨情の『四季』」(同制作委員会主催)が12日、つくば駅前の同市吾妻、ノバホールで催される。つくば市出身の若手作曲家、門田和峻さん(35)が曲を付け、メゾソプラノ歌手の金子美香さんが歌う。タイアップ企画として同日、約百人が着物で集う「百人きもの」が野口雨情をテーマにつくば駅前のホテルで催される。

未発表作品は、四季の情景をつづった詩で、もともと歌をつくるために書かれたものではなかった。題名も付けられてなかったことから、雨情の孫で、雨情研究家でもある野口不二子さんが「雨情の四季」と名付けた。

企画したのは、つくば市在住の万葉集研究家、布浦万代(ふうら・まよ)さん。不二子さんの承諾を得て、布浦さんが作曲家の門田さんに作曲を依頼した。

コンサートでは、「雨情の『四季』」が初演されるほか、雨情の童謡「雨降りお月さん」「シャボン玉」が門田さんの編曲で演奏される。不二子さんも登壇し、雨情の詩について解説する。

さらに筑波山ゆかりの万葉集に門田さんが曲を付けた組曲「万葉集による歌曲集」が完成したことからお披露目される。万葉集の組曲は4年前の2022年、布浦さんが監修し門田さんが一部に曲を付けて、筑波山で開かれたイベント「百人きもの」で披露している。

門田さんは大阪生まれ、つくば育ち。県立竹園高校を出て、東京音楽大学で作曲を専攻、東京学芸大学大学院を修了した。2017年、作曲家久石譲が主催するコンペで室内オーケストラのための作品「きれぎれ」が選出され、演奏された。ピアニスト、作曲家、編曲家として活躍し、ふるさと茨城の伝統音楽と文化を研究し、音楽と結びつける活動も行っている。現在は東京都大田区在住。

声楽家の金子美香さんは、東京音楽大学を首席で卒業。同大学院、ザルツブルクモーツァルテウム音楽院マスタークラスを修了後、新国立劇場やびわ湖ホールなどで公演、2018年夏にはバイロイト音楽祭「ワルキューレ」に出演した。

門田さんは「野口雨情というと童謡をイメージされると思うが、今回は趣向をこらしたアレンジでいろいろなものが聴けると思う。普通に良い音楽を聴くということで捉えてもらえるとうれしい」と語る。

布浦さんは「四季の曲を作るために、門田さんと一緒に北茨城市まで行き、子孫でもある野口不二子さんとも会った。海岸線から海を眺めながら曲のイメージもつくられ良い作品になったと思う」と話す。

「百人きもの」がタイアップ

筑波山華やぎプロジェクト実行委員会メンバー(同実行委員会提供)

同日タイアップ企画としてホテル日航つくばで特別開催される「百人きもの」(筑波山華やぎプロジェクト実行委員会主催)は毎年、筑波山神社で開催されているイベントだ。4年前の「百人きもの」で、門田さんが万葉集の一部に曲を付け、披露したことが今回タイアップのきっかけとなった。

12日はつくば市在住の脚本家、冠木新市さんが筑波山と雨情のつながりなどを話すほか、日本舞踊の正派美作流「こと耶の会」が雨情の世界を舞踊で表現する。

同実行委員の山本美和さんは「今回は市の中心地で開催しようということになった。やはり筑波山まで行くと1日がかりのイベントになって参加できないという声もあって、今回は(筑波山と詩中心部を)繋げる意味でもやってみようということになった」と話す。。

◆コンサート「野口雨情の『四季』」は12日(日)午後2時から、つくば市吾妻1-10-1、ノバホール大ホールで開催。開場は午後1時30分。入場料は大人4000円、22歳以下2000円。チケットはノバホール窓口やオンラインで購入できる。問い合わせは電話090-3217-4449(野口雨情の「四季」制作委員会担当者)

◆百人きもの「KAGAI(かがい)~響」は12日(日)午前11時から、つくば市吾妻1-1364-1、ホテル日航つくばで開催。受付開始は午前10時30分。現在、参加申込は終了している。問い合わせはメール298hanayagi@gmail.com(筑波山華やぎプロジェクト実行委員会)へ。

「おひたじ」のまち土浦《くずかごの唄》156

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イラストは筆者

【コラム・奥井登美子】

「土浦は『おひたじ(醤油=しょうゆ)のまち』と聞いていたけれど…」

「うちの隣りのあの大きな倉も、昔、醤油を作っていたらしいわ」

「おひたじ、使い過ぎですよ。漬物にまでかけるのね」

私の母は明治時代、京橋で生まれて育った人。醤油のことを「おひたじ」と言っていた。常陸の国の「ひたち」が下町風になまって、「おひたじ」になったらしい。

私が3人目の女の子を出産したときだった。奥井家の親戚の男の人から「女っぱら…」と言われ、私は何のことやら、さっぱりわからなかった。家が重んじられた江戸時代、女の子ばかり産んでいる母親を「差別用語」でそう呼んだらしい。

まだそのような差別用語が、土浦には残っていたのかと、びっくりした。

醤油ジャブジャブの夫

私の夫、奥井清は94歳まで日本山岳会に入っていて、山登りを楽しみながら、明るく、たくましく生きて、天国にみまかった。

彼は76歳のとき、東京のお茶の水で大動脈解離を起こし、救急車で当時の東京医科歯科大学病院に運ばれた。大動脈の中膜が脳へ行く1センチ下からの解離で、脳味噌も何とか機能を保持しながら退院ができた。

3人の娘たちは、子育てしながら仕事をしていたが、介護の私を実に細かくサポートしてくれた。「女っぱら…なんて言われたけれど、女の子が3人いて本当によかった」。彼はしみじみとそう言って、3人の娘たちに感謝していた。

退院のときに医者から強く言われたのは、食事の塩分制限だった。お醤油をジャブジャブ使う夫の舌を、どうやって改造し、塩分を減らしていけばいいのか、私は途方にくれてしまっていた。

千葉大学病院で胃がんの手術をしていた外科医だった兄も、「大動脈解離の後、いつ何が起こるか分からない状態だから、2人とも覚悟して生活を変えなさい」と、心配してくれた。

医者の言うことは聞いてくれるが、私が言えば反発するに違いない。当時、霞ケ浦医療センターに栄養指導の部門があったので、そこへ2人で通院することにした。(随筆家、薬剤師)

「水エンジン」量産へ 東大発 宇宙ベンチャーがつくばに生産拠点

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開所したつくばの生産拠点で水イオンエンジンを手にするペールブルーの浅川社長

小型人工衛星向けの推進機(エンジン)を開発する東京大学発の宇宙ベンチャー、ペールブルー(Pale Blue 本社・千葉県柏市、浅川純社長)がつくば市内に建設していた「つくば生産技術開発拠点」の開所式が8日、大井川和彦知事、五十嵐立青つくば市長ら関係者30人余りが参加して催された。同施設では、同社が開発した「水」を推進剤とする独自のイオンエンジンの量産に向け、技術開発から製造、検査、出荷までを1カ所で完結させる。

拠点は、つくばエクスプレス(TX)万博記念公園駅周辺の工業地域に立地する。鉄骨造3階建て、敷地面積は約1900平方メートル。当初は25年8月の操業開始を予定していたが、実際の稼働は今年2月となった。

式典でテープカットをする五十嵐つくば市長(左から2人目)、浅川社長(中央)、大井川知事(右から2人目)

用地は県が土地区画整理事業を実施したTX沿線の上河原崎・中西地区内で、県有地をペールブルーが約9800万円で落札し、取得した。土地取得費を含む総事業費は約16億円。成長産業の本社や研究所などの誘致を目的とした県の企業立地促進補助金に、2023年12月に採択された。補助見込額は約1億5000万円。主に人材の雇用に対する奨励金として活用される。

施設内には、真空状態となった内部で機器の試験を行う真空チャンバー、振動試験機、クリーンルームなどの主要な設備があり、推進機の生産技術開発から最終検査・出荷までを自社で完結できる「一気通貫」の体制を構築した。

拠点は今年2月に稼働を開始し、現在は約15人が勤務する。生産拡大に合わせて段階的に人員を増やし、将来的には最大60人体制を目指す。生産技術や品質管理、調達などものづくり関連の人材を中心に採用を強化している。

新施設の外観

県プロジェクトの目玉企業

ペールブルーは2020年、東大大学院で航空宇宙工学を専攻した浅川さんら研究者4人が創業した。従来の推進剤には毒性の高いヒドラジンや、希少で高額なキセノンが使われ、取り扱いに制約があった。これに対し同社は、安全で調達が容易な水に着目し、水蒸気やプラズマを噴射して推進力を得る独自の推進機「水イオンエンジン」を開発した。エンジンの重量は、水を含めて約1.5キロ、大きさは約10センチ四方と、従来型では難しかった小型化を実現。浅川さんは水の利点として「安全性、入手性、コスト」の3点だと説明する。2025年9月には宇宙空間で水イオンエンジンを稼働させることに、世界で初めて成功した。

同社が開発する推進機は、ロケットで打ち上げられた人工衛星が宇宙空間で切り離された後に初めて役割を発揮する装置で、推進剤となる水を宇宙空間に噴射し、その反動で衛星を動かす仕組みだ。機能は大きく四つある。衛星を目的の軌道に送り届ける「軌道投入」、空気抵抗や重力の影響で生じる軌道のずれを定期的に修正する「軌道維持」、運用を終えた衛星を大気圏に落下させる「軌道離脱」、増加が問題となっている宇宙ごみ(スペースデブリ)との「衝突回避」だ。

近年は多数の小型衛星を連携させて運用する「衛星コンステレーション」が急速に広がり、年間数千機規模の打ち上げが続く。衛星の数だけ推進機が必要となるため、需要は世界的に増加している一方で、供給が追いついていないと浅川さんは言う。

県は2018年、JAXA(宇宙航空研究開発機構)と連携し宇宙ビジネスに取り組むベンチャー企業などを支援する「いばらき宇宙ビジネス創造拠点プロジェクト」を立ち上げた。大井川知事は開所式で「宇宙開発は新たな段階に入りつつある。つくばを中心に宇宙ビジネスに貢献できる企業を集積したい。ペールブルーはプロジェクトの中でも目玉の企業であり、県としてしっかりと支援していく」と述べた。

五十嵐市長は「世界から注目されるペールブルーの新拠点がつくば市にオープンしたことを光栄に思う」と歓迎し、約4年前から欧州の宇宙産業をリードするルクセンブルクの機関と連携協定を結び、市内のスタートアップを現地に派遣するプログラムを実施しており、ペールブルーの海外展開についても支援する意向を示した。(柴田大輔)

抗がん剤治療を始めて3カ月《ハチドリ暮らし》60

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写真は筆者

【コラム・山口京子】ステージⅣ、肝臓・肺・リンパに転移している末期の直腸がんと診断され、抗がん剤治療を始めて3カ月。6回目の治療が終わりました。

がんと分かった昨年暮れの腫瘍(しゅよう)マーカーの値は370.9。抗がん剤を始める直前の値は532.2。わずか20日の間に160も上がっていました。それが、抗がん剤治療を始めて1カ月後に91.0、2カ月後には21.8まで下がりました。

抗がん剤治療を受けながら、自分にできることは何かを考えました。がん関連の本を読んで、食事を見直す、身体を温める、免疫力を高める治療やサプリメントを試す―など、できることをいくつか書き出してみました。

効くと言われる治療やサプリメントなどを推奨する書籍コーナーには、がん関連の本が山積みです。けれど、ある人に効いた治療やサプリメントが自分にも効くかどうかは分かりません。がんの仕組みも人体の仕組みも分からない素人が読んでも、判断できないというのが正直な気持ちです。

なので、自分が納得できるところから始めました。まずは食事の見直しです。それまで毎日飲んでいたビールを止める、ニンジンとリンゴのスムージーを毎朝飲むようにする、バランスのとれた食事を意識する、体重が40キロ切らないようにする―など。

生きたいとあがいている私

がんが好むのは低体温の体なので、陶板浴を利用して全身を温めることも始めました。陶板の上に横になるととても気持ちがよく、ホッとします。陶板浴では、がんや免疫に関する勉強会、がんになった人の交流会、身体を整える整体や足もみ、ストレッチなどの企画があります。がん関連の本がたくさん並べられ、無料で貸してもらえます。

抗がん剤治療と同時に、知人が勧めてくれたサプリメントも飲み始めました。抗がん剤の働きを助け、副作用を抑制し、免疫力を高める効用があるそうです。最初はこのサプリがよいかどうかよりも、信頼できる人が勧めてくれたことを信じた自分がいました。飲んでみると、体調がよくなっていると感じます。

局所温熱のマイクロ波を患部に当てる治療もしています。この治療が書いてある本を読み、自分で試したいと思いました。この治療ができる病院が市内にあったのがラッキーでした。こうして振り返ると、生きたいとあがいているのかな、と。治るのは無理としても、痛みや不快のない生活が少しでも続いてほしいと…。(消費生活アドバイザー)