ライター紹介


編集部・ライター

NEWSつくばのライターは以下の通りです。

鈴木宏子 元常陽新聞記者

3年半で2回、勤めていた常陽新聞の休刊を経験しました。理不尽としか言いようがない体験でした。不運にもめげす、元同僚たちと新しい地域メディアを立ち上げました。常陽新聞は大切な地域資源の一つなのに、経営上の判断だけでなくなってしまうのは悔しい、他のやり方はなかったのかを探りたかったからです。

折しも米国では、IT技術の進展や格差拡大を背景に地方紙が次々と廃刊に見舞われる中、元記者らが調査報道機関を立ち上げるなど新しい時代を切り開いていました。日本国内でも各地で新しいウェブメディアが次々と誕生しています。

スタートとして私たちは、わずかな資金ででき、たくさんの人に読んでもらえるウェブメディアを立ち上げました。ボランティアで取材し、地域で何が起きているのかを拾い上げ、発信していきます。高齢化、人口減少、格差拡大など地域はさまざまな問題にあふれています。地域の課題について皆で議論し解決方法を考える場となり、人と人が結びつき力を合わせて新しい何かを生み出す場となって、地域メディアに何ができるか、可能性を探りたいと思います。

将来は市民記者を育成し、たくさんの市民が自ら発信する場となることを願っています。日刊紙の発行は無理でも、月1回や週1回、地区ごとに地域の課題と向き合う新聞を発行したり、政治家や市民が顔を合わせて議論し新しい政策を生み出す政治カフェをつくったり、70年の歴史がある常陽新聞のアーカイブをつくろうという構想もあります。焦らず一歩一歩積み上げていきます。

NEWSつくばの創設にあたって、元同僚たちとは、休刊直後の今年4月から毎週1回、勉強会や準備を重ねてきました。筑波学院大学の支援ほか、多くの元読者の方々の励ましがありました。支援を約束してくださった実業家の方もおりました。感謝に堪えません。

【すずき・ひろこ】1963年生まれ。水戸市出身。常陽新聞記者としてごみ焼却場のダイオキシン問題、東海村JCO臨界事故の周辺住民の中性子被ばく問題、つくば市の回らない風車問題などを取材。2013年8月と17年3月の常陽新聞休刊を経験した。

橋立多美 元常陽新聞記者

先日、久しぶりに当市を訪れた友人に「つくば全体が衰退したね。まち全体が古くなって、西武が閉店したセンター付近も活気がない」と言われた。

そりゃそうだろう。まちの骨格をつかさどる幹線道路ができたのが1975年。西武デパートが入居したクレオはその10年後。40年以上の年月が過ぎ、まちも住民も新陳代謝が難しい「年頃」になった。 高齢化が進むが、最近の高齢者はスピードは若者に劣るものの、スマホやタブレットを操って情報を得ている。ネット社会の中で高齢者は情報弱者とされたが、高齢者自身がその域を超えようとしている。そのことで当法人が生き残る道が見えてきた。高齢者に限らず、地域の皆さんの「心の杖」となる記事を発信していきたいと思う。

大志万容子 元常陽新聞記者

大学卒業後に新聞社に就職したのを皮切りに、結婚、転居、出産、子育てなどで中断しながら、細く長く記者を続けてきました。そのため女性のライフイベントに関するテーマにとくに興味があります。

つくばに住んで四半世紀ですが、インターネットやSNSで情報が溢れる一方、確かな地域ニュースは得にくくなったと感じています。NEWSつくばの取り組みが、現状に風穴をあける一助になればと思います。

 

崎山勝功 元常陽新聞記者

18歳の頃に流通経済大学進学のため単身で茨城県龍ケ崎市に来て以来、20年以上に渡って同市在住。30歳で常陽新聞記者職に就いて以来、「市民の声、市民の目線」を大切に県南地域を中心に記事を書いてきた。

常陽新聞新社時代は連載企画「おれたち働きたいんだ ルポ・年越し派遣村」や布川事件再審をはじめ、選挙や市政などを担当。

常陽新聞(株)では「ご当地メシ決定戦2014」に出場した龍ケ崎コロッケの全国優勝や、土浦市の心臓病男児への心臓移植募金活動を取材したほか、警察、裁判所、スポーツなど幅広く担当。

【さきやま・かつのり】1976年岩手県宮古市生まれ。岩手県立宮古高校、流通経済大学卒業後、広告代理店社員、無料情報誌編集部員などを経て、2007年常陽新聞新社(当時)に契約社員として入社。08年報道部記者として正社員登用。13年常陽新聞株式会社の創立に参加し、17年3月まで編集制作局記者として活躍。現在は「週刊金曜日」「よみうりMOVEダイジェスト」などに寄稿。

鈴木萬里子 元常陽新聞記者

常陽新聞では主に文化面を担当していました。各ギャラリーでの展覧会や音楽会は私にとって趣味の範ちゅうである上に、重圧はあるものの取材する特典まで与えられた至福の時間でもありました。新聞が休刊した後に訪れたそれらの催事は、取材から解放されこそすれ物足りなさも感じていました。今回NEWSつくばの発足に加わり、私の興味ある分野を再び取材できる!と今は少々興奮気味でいます。

私は子どもの頃からの活字オタクで目の病気をするまで年間300冊は本を読んでいましたし、今でも活字を読まないと落ち着きません。なのに息子は活字を読んだのは受験の時だけ、二児の父親となった今でも本は読まず新聞購読もしていません。情報は全てネットから得ているようです。これが息子を含め今の若い人の平均的な姿なのだと思います。情報発信の媒体は紙からネットに変わるのも時代のすう勢なのだと感じています。ページをめくる楽しさは手軽に読める電子媒体に替わったけれど、情報を発信する側の熱意は変わりません。これからも熱く、でも冷静に取材し発信していきたいと思います

米内隆 元常陽新聞編集委員 元朝日新聞記者

全国紙、地方紙、地域紙で通算35年間、記者や編集者をしてきました。紙の世界しか知りませんが、媒体は違っても、記者としてニュースを掘り起こし、記事にして発信する作業自体は変わらないと思います。初めからうまくいくとは毛頭、考えていません。大事なのは、ニュースを発信したいと思う人たちがいて、実際に発信する環境を整え、発信していくこと。拙速であっても、まず始めていきたい、という他の記者たちと意を同じくしました。

岩手県盛岡市出身。これまで、岩手県北上市→青森県八戸市→福島県福島市→岩手県東磐井郡大東町→宮城県仙台市→岩手県一関市→茨城県水戸市→静岡県浜松市→秋田県能代市→東京都府中市→千葉県浦安市→富山県富山市→茨城県水戸市(2回目)→千葉県浦安市(2回目)→北海道札幌市→東京都江東区→茨城県つくば市で暮らしてきました。茨城県には深い愛着があります。八戸市では十勝沖地震(震度5)、仙台市では宮城県沖地震(同)を体験しました。

子どものころからの憧れだったバスを運転したい、という思いから最上級の大型自動車第二種運転免許を取得すべく、土浦自動車学校をこのほど卒業しました。

いつか運転の仕事をしたいとひそかに夢見る57歳です。(よない・たかし)

伊達康

中学軟式野球部出身で学生野球は大学まで経験。社会人軟式野球を引退後はプレーする側から見る側へ転身し、精力的に球場へ足を運んでいる。好きなカテゴリーは高校野球と中学野球。雑誌「野球太郎」や高校野球ドットコムなどに寄稿している。