日曜日, 10月 1, 2023
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田中めぐみ -検索結果

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子どもたちがお金とものの大切さ学ぶ つくばリサイクルマーケット

地域で開催されるフリーマーケットなど蚤(のみ)の市を活用して、子どもたちに経済活動を知る体験をさせたいと考える親が増えている。子どもたちは、10円から数百円といった価格帯の商品を売ったり買ったりし、楽しみながらお金のやり取りをすることで、物の価値や、コミュニケーションの仕方、お金の使い方を学んでいる。 24日、つくばリサイクルマーケットがつくば市吾妻の中央公園水の広場で開催され、牛久市から親子で出店した中学3年の荘司愛衣さん(15)がゲームキャラクターのトレーディングカードを販売した。朝10時、開店と同時に小学生や幼児が次々と荘司さんの店に来店した。 つくば市内に住む小学5年の男子児童2人は、今年5月の開催時に初めて同リサイクルマーケットを訪れ、今回は2回目の来訪。自分のお小遣いで好きなものを買いたいと、会場を回り、カードに目を付けた。「見せてもらってもいいですか」と声を掛け、好みのカードを数枚選んでいく。カードの値段は1枚10円から50円。荘司さんが考えて決めた。「こういうカードもあります。おまけも付けられますよ」と接客し、「値下げもいいですよ」と価格交渉にも応じる。 買い物が終わると互いに「ありがとうございました」とあいさつ。小学生もよい買い物ができたと満足げだ。自分の財布を持ち親に付き添われて訪れる幼児もおり、荘司さんの店には最後まで子どもたちの客足が途絶えることがなかった。カードは50枚以上が売れ、約1600円の売り上げとなった。荘司さんは「カードを集めて遊んでいたが、遊ぶ時間が無くなり、やらなくなったので売ろうと思った。いろんなお客さんと話せてよかった。次回も出店したい」と話した。 土浦市から参加した20代の女性は、ゲームセンターのクレーンゲームで獲得した景品のぬいぐるみなど約10点を販売した。1つ数百円ほどに値段を付けた30センチほどのぬいぐるみは幼児に人気で、開店1時間で売り切れた。「初めての出店。不用品がたまったので売りに来た。同じ子が3回も買いに来てきてくれてかわいい。また不用品がたまったら参加したい」と話す。 小学生の子どもを連れてきた親は「何も言わなくても買う時に自然とあいさつや交渉ができていて普段と違ってびっくり。よい勉強になったと思う。こういう場を利用して礼儀やコミュニケーションを学ばせたい」と話す。

ツェッペリン伯号の模型など展示 地域再発見を イオン土浦で16日から

子どもたちに地域の話題を紹介し、空への夢を持ってほしいと、「飛行船と空飛ぶ人たち」と題した催しが16日からイオンモール土浦(同市上高津)で開かれる。20世紀初頭、土浦に飛来した世界最大級の飛行船、ツェッペリン伯号の模型2機が展示されるほか、筑波大の学生サークルが製作した人力飛行機が展示される予定だ。協力は「土浦ツェッペリン倶楽部」、「つくば鳥人間の会」。18日まで。 会場はモール1階の「花火ひろば」。長さ約3メートルのツェッペリン伯号の模型2機が展示される。実物の約80分の1の大きさで、1機は今年2月に完成した新しい模型だという。時間帯によっては土浦ツェッペリン倶楽部の会員が来場し、展示解説を行う。また、紙芝居「ツェッペリンが舞い降りた日」の実演が1日2回、午後1時からと午後3時から行われる。 人力飛行機は、筑波大学のサークル「つくば鳥人間の会」が作ったもので、人力飛行機の練習用コックピットやプロペラ、2005年から歴代の人力飛行機の機体図面も展示する。子ども向けの体験イベントとして、各日先着100人限定で、ストローを使って不思議な形の紙飛行機を作る工作体験が行われる。 30万人押し寄せ、流行語に 巨大なドイツの飛行船、ツェッペリン伯号が土浦に飛来したのは1929年(昭和4年)8月のこと。世界一周の途中に霞ケ浦海軍航空隊(阿見町)の霞ケ浦飛行場に寄港し、5日間停泊した。乗員、乗客は料亭「霞月楼」(土浦市中央)で歓迎を受けた。当時最先端の乗り物だった236.6メートルの飛行船を一目見ようと30万人の観衆が押し寄せたと伝えられ、「君はツェッペリンを見たか!」が当時の流行語となったと言われている。 イオンモール土浦では「土浦と茨城」の話題を紹介し、地元を再発見してほしいと「知るをたのしく。まなびの」と題したイベントを毎月実施している。「土浦ツェッペリン倶楽部」の堀越雄二さんは「一般の方に土浦にツェッペリン伯号が飛来したという大きな歴史があることを知って誇りに思ってもらいたい。子どもたちも模型と一緒に写真を撮って楽しんでもらい、町おこしの起爆剤になれば」と来場を呼び掛ける。(田中めぐみ)

現役教師にエール 元高校教員が授業づくりの「勘ドコロ」出版

つくば市在住の元高校教師で、NEWSつくばコラムニストの片岡英明さん(72)が、現役教師のために授業や学級活動のヒントをまとめた電子書籍「若手教師の勘ドコロー基礎力を磨く授業づくり・HR(ホームルーム)づくり、教えます」(22世紀アート、税込1000円)をこのほど出版した。 片岡さんが1982年から2021年までに書きためた教育に関する論文やアイデアを収録している。学校現場で使える指導の実践例を多数挙げ、解説している。片岡さんは「悩みは宝。悩んだことや失敗に全ての問題を解決するためのヒントがある」と若手教師に向けてエールを送る。 絶版となった前著「若い教師のための授業・HRづくり」(2016年、三友社出版)に、17年から21年発表の論文6本を加え、新たに電子書籍化した。長年の高校教師の経験から得た、生徒との関係をつくる対話法や授業のコツなど、明文化されにくい教師の仕事の要所、いわゆる「勘ドコロ」をまとめている。 2010年当時、教室で英語を教える片岡さん=霞ケ浦高校 片岡さんは茨城大学大学院農学研究科を修了後、私立霞ケ浦高校(阿見町)で英語教師として39年勤め、2016年に退職した。生徒との対話を中心にした指導を重視する。生徒とのかかわり方は「渚(なぎさ)を歩くイメージ」。押しつけや説得ではなく、遠くから生徒を冷静に見る、中に入り波を起こす、というスタイルだ。 「上から見下ろす評論家教師ではなく、子どもが遊んでいる水に入ってかき回してしまう教師でもない。時に大きな波をかぶることもある」と笑う片岡さん。「それでも生徒との対話が教師の根本的なエネルギーになる。意見を押し付けるのではなく、『まいったなあ』『すごいな』といったゆるい言葉の研究が大切」と話す。同書にはゆるい言葉を使った生徒との対話例も掲載した。

筑波技術大の多田伊吹さん 2025デフリンピックのエンブレムを制作

ろう者のためのオリンピック、デフリンピックが2025年に東京で初めて開催される。大会のエンブレムに、筑波技術大学の学生、多田伊吹さん考案のデザインが採用されることが決まった。大会エンブレムは、大会の気運醸成に活用するほか、大会時の盛り上げにも使用する予定だという。 採用された東京2025デフリンピックのエンブレム(同) 採用が決定したエンブレムは手と花がモチーフ。聴覚障害者のコミュニケーションが手話で行われることから、多田さんはデザインを考え始めてすぐに手の形を思いついた。手を桜の花弁に見立てて、人々の繋がりの「輪」を表現し、コミュニティが「輪」のように繋がった先で新たな花が咲いてほしいという、未来への希望の思いを込めた。エンブレムにはデフリンピックの公式ロゴマークと同じ赤色、青色、黄色、緑色を用いており、この色はアジア太平洋、ヨーロッパ、全アメリカ、アフリカと4つの地域の連合を表現しているという。 エンブレムは、同大の学生が考案した案の中から投票で選ばれた。今月3日に東京都パラスポーツトレーニングセンター(調布市)で開催されたイベント「2025 年デフリンピック 大会エンブレムをえらぼう!」で3案が示され、中高生らが投票し、決定した。投票したのは都内に在住、在学の中高生65人。同大の学生からそれぞれのデザインの説明を聞き、参加者同士の意見交換を経て投票を行った。全日本ろうあ連盟理事長の石野富志三郎さんは「選手もこのエンブレムを見て、競技を頑張ろうという気持ちが湧き出てくるのではないかと非常に期待している」と述べた。同イベントには、21年のデフリンピックブラジル大会に出場した中野洸介選手(陸上競技・マラソン)と岩渕亜依選手(デフサッカー)も参加し、デフスポーツの魅力や2025 年のデフリンピックへの思いなどを語った。 投票イベントの参加者らからは「一筆書きができるところが素晴らしい」「手の指下のところが繋がりを表しているのが良い」「親指のところが花になっておりユニーク」「一目で手であることがわかり、幼稚園生など小さい子でも描きやすそうなデザイン」などと評価され、採用が決定した。

高校生4人、課題解決型インターンシップに挑戦 企業のSDGsを研究

  高校生を対象とした「課題解決型インターンシップ」が今夏、関彰商事(本社筑西市・つくば市)で実施され、23日、つくば市二の宮のつくば本社で成果報告会が催された。インターン生として参加したのは土浦日大高校1年のマレク・ラワハ・マナミさん、下館一高1年の富田にこさん、同2年の内山ひかりさん、茗溪学園高校1年の設楽桃さんの4人。報告会では集計したSDGsに関するアンケート結果の報告が行われたほか、同社の SDGsの取り組みを紹介するパンフレットの構成案が披露された。 課題解決型インターンシップは一般的なインターンシップの就労体験とは異なり、インターン生自身がテーマを設定し、受け入れ先でプロジェクトに加わり研究活動を行う。インターン生4人はSDGsを研究テーマに選び、同社は学生への情報発信に課題を感じていたことからインターン生に向けて「中学生に向けたSDGsのパンフレットを作成する」という課題を提示した。 7月から8月にかけて社員らとミーティングを重ねながら、在籍する高校や卒業した中学校の生徒を対象に県内の様々な企業の認知度やSDGsへの意識に関するアンケートを実施。また同社のオフィスや店舗を見学し、どのようなSDGsの取り組みを行っているかを調査した。 成果報告会ではアンケート結果を分析してまとめたスライドを示し、中高生の意識について分かったことを関正樹社長や社員らの前で発表し、質問に答えた。読み手となる中学生の意識を踏まえて考えたパンフレット案も披露。同社のカーボンニュートラルやダイバーシティ、スポーツを通じた地域活性化の取り組みなどを分かりやすく記載し、親しみやすいよう設楽さんが描いたイラストを添えた。今後、案をもとに同社で完成版を作って印刷し、中学生に配布する予定だという。 今回のインターンシップは、4月に開催された教育イベント「成蹊教育フォーラムinつくば」に参加したマレクさんが、登壇した関社長に「海外大学への進学を考えており、自己の成長につながる課題解決型のインターンシップを受けるにはどうしたらよいか」と相談したことがきっかけで実現した。近隣の高校に声掛けを行い、3校から4人の生徒がインターン生として参加した。

川を次世代に託す 児童らフナの放流体験【桜川と共に】8

つくば市栗原の桜川沿いの広場に10日、市立栗原小学校(同市栗原)4年生児童59人が集まり、フナの稚魚40キロを放流した。桜川漁協(鈴木清次組合長)が種苗放流事業の一環として毎年行っている放流体験学習で、今年は同市内の栗原、栄、大曽根の3小学校と秀峰筑波義務教育学校を対象に各校40キロ、計160キロのフナの稚魚を放流する。 児童らはそれぞれのバケツに稚魚を入れて桜川に入ると、「冷たい」「気持ちいい」などと言いながら並び、鈴木組合長のかけ声に合わせて一斉に放流した。稚魚は群れになって泳いでいき、「かわいい」「元気だな」と声を上げながら見送るとしばらくフナを観察していた。 鈴木組合長は「フナは1匹だと小さく見える。川に入るとカワウやアメリカナマズ、ブラックバスなどたくさんの天敵がいるので群れになって泳いで大きく見せる。上から見ると黒い保護色になっており、下から見るとおなかは白いので空の色と同じに見える」とフナの生態や特徴について説明した。 また、「昔は川がプール代わり。今はプールがあるから幸せだよね。川にも遊びに来てほしいが、危険もあるので必ず大人と一緒に来てください。桜川にはたくさんごみがある。ごみを掃除し、下水も処理して水をきれいにしたい。逆水門(常陸川水門)を作ってからシジミが全くいなくなった。昔の桜川に戻したい」などと話した。児童らは真剣に聞き入っていた。 投網の技に児童ら歓声 放流体験の後は魚の漢字クイズが行われ、「鮒」や「鮎」「鯰」などの漢字のパネルが出されると、児童らは手を挙げて楽しそうに答えていた。クイズが終わると、新潟県出身で投網歴50年以上の組合員、佐藤孝男さん(73)が広場でしゃがむ児童らの頭上に投網を打ち、投網の技を見せた。網に捕まえられた児童らは歓声を上げていた。

被爆者と広島の高校生が共同制作 8月4日から土浦で「原爆と人間展」

広島市の高校生が描いた原爆の絵や写真パネルを展示し、戦争の悲惨さと核兵器根絶を訴える「原爆と人間展」が、8月4日から土浦駅前、ウララビル5階の県県南生涯学習センターで催される。 同展は市民団体「土浦平和の会」が主催する。展示する絵は、広島市の高校生が被爆体験者らの証言をもとに描きあげたもの。この取り組みは1997年から行われ、昨年までに182点の絵が完成し、広島平和記念資料館が保存している。同展ではそれらの中から広島市立基町高校美術部の生徒が制作した絵の複製画40点と写真パネル40点を展示する。 土浦での展示は2005年から始まった。2021年はコロナ禍の影響で中止し、今年で18回目の開催となる。 「土浦平和の会」事務局長の近藤輝男さん(82)は「描かれた絵は、いずれも写真にも増して原爆の非人道性をリアルに描写している。被爆体験者が高齢化する中、原爆の実相を後世にどう伝えていくかが課題となっているが、被爆体験者と高校生の共同制作は次世代と描く原爆の絵として高く評価されている」と話す。 広島に原爆が投下されて78年目となる会期中の6日には、県南生涯学習センター5階の講座室で、ドキュメンタリー映画「封印された原爆報告書」と「声をあげる高校生たち」を上映する。また、土浦市が毎年広島市に派遣している平和使節団の中学生が、体験を通じて感じたことを報告する。 「封印された原爆報告書」は米国立公文書館に所蔵されている原爆被害の実態を調べた報告書がどのようなものであったか、戦後日本が被爆にどう向き合って来たのかに迫った2010年制作の作品。「声を上げる高校生たち」は、核兵器禁止条約への参加を求めて核兵器廃絶の署名活動に取り組む高校生を記録した映画で、今年完成したばかり。

アメリカナマズを四川料理に ガチ中華で食事会【桜川と共に】7

桜川漁業協同組合が主催し7月上旬につくば市や土浦市の桜川で開かれた「特定外来魚釣り大会」(7月16日付)。一般参加者が釣り上げたアメリカナマズ3匹をつくば市在住の医療通訳士、松永悠さんがもらい受け、市内の中華料理店に持ち込んだ。調理を頼んだのはつくば市天久保にある中華料理店「麻辣(マーラー)十食」。オープンして1年ばかり。つくばではまだ珍しい、日本人向けにアレンジしない、いわゆる「ガチ中華」の店だ。 四川料理が専門。筑波大学大学院出身の元留学生が経営する。当初都内での出店を考えていたが、コロナ禍だったこともあり、ゆかりのあるつくば市に店を構えた。メニューには霞ケ浦で捕れたコイを数十種類の香辛料で調理した料理もある。四川省は海に面していない内陸部であることから、主に川魚を食べる食文化を持ち、ナマズやハクレン、フナやコイなどを香辛料で調理する料理が数多くある。 桜川のアメリカナマズを料理 松永さんの呼び掛けで、ナマズ料理を含む本格四川のコースを楽しもうと東京や千葉から参加者10人が集まった。牛肉を使った前菜「夫婦肺片(フーチーフェイピェン)」や「麻婆豆腐」、「回鍋肉(ホイコーロー)」などの四川料理と共に、桜川のアメリカナマズを使った3品「辣子鯰魚(ラーズーニエンユー)」、「酸辣鯰魚(サンラーニエンユー)」、「豆鼓鯰魚(ドウグーニエンユー)」が並んだ。 「辣子鯰魚」はナマズをカリっと揚げて唐辛子と花椒(ホアジャオ)で作った麻辣で味付けした料理。見た目から辛そうだがそれほど辛くはなく、花椒のさわやかな香りとナッツの香ばしさがナマズのから揚げにマッチしている。「酸辣鯰魚」はナマズを蒸して酸味と甘みのあるソースをかけた料理。淡白なナマズの身がふっくらとしていて、ソースがナマズをひきたてる。「豆鼓鯰魚」は発酵した黒豆の調味料を使った蒸し料理で、酸辣とは違った深い旨味とコクがあるソース。これもナマズによく合っていた。 食事会に参加した都内在住の西岳晴さんは、仕事で広東省深圳(シンセン)市に4年間住んでいたことがある。かつて食べていたような本格中華を求めて参加した。桜川のアメリカナマズ料理について「中国で食べた雷魚などの川魚よりこちらの方がおいしく感じる」と驚きを語る。

特定外来魚駆除へ 釣り大会開き活用法模索【桜川と共に】6

7月上旬、つくば市と土浦市の桜川で「特定外来魚釣り大会」が開かれた。県内外から親子連れなど約70人が参加し、午前中だけでアメリカナマズ126匹、ブラックバス2匹、ブルーギル9匹の計約131キロを釣り上げた。 同大会は、釣り好きの一般参加者の協力を得て特定外来魚を駆除しようと、桜川漁業協同組合(つくば市松塚、鈴木清次組合長)が毎年主催している。釣果の9割を占めたアメリカナマズは1980年代に霞ケ浦に定着し、2000年ごろに爆発的に増え始めたとされる。雑食性で、組合員が捕まえたアメリカナマズの腹を割くと、ワカサギなどの在来魚のほかモグラまで出てきたことがあった。漁協では刺し網やはえなわ漁を組合員に推進しているが、捕っても収益になる見込みがないことが課題となっている。 釣れたアメリカナマズはこれまで穴を掘って埋めていたが、「ただ殺すのは忍びない」(組合員ら)と今回新たに、つくば市内の中華料理店や、近隣農家で働いている外国人技能実習生らが引き取り、食べてもらうこととなった。漁協は多方面に声を掛け、新たな活用法を模索している。 県内外から参加 釣り大会は、釣り上げた総重量で順位を付け、兵庫県から参加した斎藤直之さん(39)が16.7キロで優勝した。斎藤さんは筑波大の卒業生。「在学中から桜川でバケモノ(アメリカナマズ)が釣れると知り、釣りに来ていた」と話す。大会には都内や栃木県在住の釣り仲間と一緒に参加した。

南北のアクセス向上 県道取手つくば線バイパス全線開通

県道19号取手つくば線バイパスが12日、つくばみらい市板橋から南太田までの約1.6キロ区間で供用を開始し、延長約4.1キロのバイパス全線がつながった。 バイパスは同市谷井田から狸穴(まみあな)までの路線で、つくば市街と取手・守谷方面を結ぶ南北の軸線となる生活道路。1992年に都市計画され93年に事業着手、完成までに約30年かかった。今回の開通区間の事業費は約20億円。全体の総事業費は約80億円だった。 式典で挨拶する渡邉千明つくばみらい市副市長 開通に先立ち、12日午前には交通安全祈願式が行われ、県土浦土木事務所の大森満所長や渡邉千明つくばみらい市副市長らが参列した。渡邉副市長は「交通量が多いにもかかわらず歩道の整備が十分でなかったり朝夕の渋滞が厳しかったりで心から整備を望んでいた」などと挨拶した。 つくばみらい市板橋から南太田までは幅員18メートルの2車線道路。両側車道と区分された歩道が整備された。板橋地区や谷井田地区は、幅が狭く歩道がない道路に交通が集中していたが、バイパスの開通で朝夕の渋滞が解消され、通学路などの安全も確保できるという。開通区間には小中学校も近接する。 県道取手つくば線は、北上して常磐道谷田部ICを経て、サイエンス大通りから圏央道つくば中央ICに接続、学園都市を縦断しつくば市北条に至る路線。南は取手市で国道6号につながる。常磐道と6号の間でつくば市街地から県南部へのアクセス向上を担う道路に位置づけられる。

ウクライナの民族弦楽器バンドゥーラで平和を祈る 16日にチャリティーコンサート

ウクライナ出身で東京都在住の民族楽器奏者、カテリーナさん(37)のコンサートが16日、ノバホール(つくば市吾妻)で開かれる。弦楽器の一種バンドゥーラを奏でるチャリティーコンサートで、収益と募金はウクライナ大使館や同国からの避難学生が学ぶ筑波大学、国境なき医師団に寄付する予定だという。 コンサートを主催するのは、つくば市上郷在住の尾崎秀子さん(75)。「ウクライナへの軍事侵攻がはじまり、これは他人事と思わずに、なぜこのような戦争が起こったのか、当たり前の普通の暮らしがいかに貴重であり、もろく崩れ去るのか、平和な状態をどのようにして維持できるかなどを考えてもらいたいと思った。それで、カテリーナさんの音楽の力をお借りしようと思い至った」と話す。 カテリーナさんは、日本各地でバンドゥーラの公演を行っている。ウクライナのブリビャチ生まれ。チェルノービリ原発から2.5キロの地点で生まれ、生後1カ月で原発事故により被災。自宅から強制退去となり、家族で首都キーウに避難した。被災した子供たちで構成された音楽団「チェルボナカリーナ」に所属し、世界各地に演奏旅行に赴く中、日本にも公演に訪れ、19歳の時に日本に活動の拠点を移した。 今年5月には生い立ちや音楽、戦争についてつづる「カテリーナの伝えたい5つのこと」(ナイデル)を出版した。福島の原発事故にも心を痛め、演奏活動を通じて支援を行っているという。つくばでのチャリティーコンサートは昨年7月にも市民ホールとよさと(つくば市高野)で行い、2回目の開催となる。前回は425人が来場し、チケットの売り上げは経費を除いてウクライナ大使館に寄付した。尾崎さんがカテリーナさんのCDを初めて聞いたのは2010年頃のことで、友人からCDをもらったのがきっかけだった。2013年に兄と姉を3カ月の間に亡くし、その悲しみを慰めてくれたのがバンドゥーラの音色だったという。 「若い方々、学生さんたちには、自分の人生、何を大切にして生きて行くのか、考えてもらいたい。カテリーナさんの歌声とバンドゥ-ラの演奏から何かを感じ取って頂ければうれしい。きっと心に響くものを感じ取っていただけると思う」と来場を呼びかける。(田中めぐみ) ◆カテリーナ〝平和を祈る〟コンサート 16日(日)午後1時30分開場、午後2時開演。 会場はノバホール(同市吾妻)...

武蔵美卒業生らが茨城支部展 つくばで20回目

県内在住の武蔵野美術大学卒業生らによる美術展「武蔵野美術大学校友会茨城支部展」が4日、県つくば美術館(同市吾妻)で開幕した。20回目を迎えた今年は、30人の作家が絵画や手芸など103作品を展示している。 沼尻正芳さん(73)は、卒業生らが集まる校友会の茨城支部を25年前に立ち上げた。当初3年ほどは展覧会を開くことができなかったが、仲間が集まり、夢だった支部展を2002年につくば市二の宮のスタジオ‘S(関彰商事つくば本社1階)で初めて開催した。以来、スタジオ‘Sから市民ギャラリー(つくば市吾妻)、県つくば美術館へと場所を移し、コロナ禍で中止した2020年を除き、毎年開催している。 沼尻さんは冬の筑波山を描いた80号の油彩画「雪景色」など8点の作品を展示する。武蔵美大工業デザイン学科でテキスタイルデザインを専攻。学生の頃から油彩画が好きで描き続けている。秋の筑波山を描いた「収穫の頃」は5年前から描き始めたモチーフで、同じ構図で描くのはこれが3枚目になる。1枚目は売れ、2枚目は校長を務めていたつくばみらい市立伊奈東中学校に寄贈した。「筑波山はみんなが日々見ているものなので、適当に描けない」と話す。筑波山の木々の緑のグラデーションや、山に落ちる雲の影など、色を丁寧に重ねて描き上げる。 沼尻正芳さんと、作品の「雪景色」(左)、「収穫の頃」 NEWSつくばコラムニストでもある川浪せつ子さん(67)は、沼尻さんと同じ工業デザイン学科テキスタイルデザイン専攻出身。10年前から描きためた160枚のイラスト「おいしい時間」と小品5点を展示する。「おいしい時間」はNEWSつくばのコラムにも掲載しているもので、県南地域の飲食店のメニューを水性顔料のサインペンで描き、透明水彩で鮮やかに着色した作品。絵に描くメニューはあらかじめ決めてからお店に向かうという。「毎回新しい描き方を試している。色が濁らないように気を付けて描いている」と話す。

4年ぶりにゴロが戻ってきた【桜川と共に】5

6月下旬、桜川漁業協同組合の2023年度総会がつくば市栗原、栗原交流センターで開かれ、29人の組合員が出席した。組合員の平均年齢はおよそ80歳で、最年少は49歳だ。総会では5月24日に起こったハクレン大量死の経緯や(5月27日付、6月2日付)、今年が10年に1度の漁業権の申請の年となることが報告され、今年度の予算や漁業権行使の規則などについても審議された。 昨年6月の正組合員数は108人だったが、高齢化による脱退で今年5月末には89人と減少。鈴木清次組合長は総会で「組合員や遊漁者を増やす努力が必要。そのためには魅力をつくらないといけない」と話した。外来魚を含む桜川の水産資源の活用について考えることが喫緊の課題となっている。 投網ができること必須 専業はおらず、自分や家族で食べる分だけを捕る組合員が多い。組合員になるには投網ができることが必須で、代々、親や先輩から投網を学んできた。投網を完全に修得するには10年かかるという。 今年、漁業権を申請する漁業の種類は、「こい漁業」、「ふな漁業」、「わかさぎ漁業」、「えび漁業」、「にごい漁業」、「おいかわ漁業」、「はぜ漁業」の7種類。「す建(すだて)」という竹や木を建てて網に誘導する漁法や、刺し網、巻き網などの漁法が許可されている。「す建」は5カ所、竹で十字に組んだ骨組みに網を付けてすくいとる「四手網(よつであみ)」での漁法は5カ所までなどと制限がある。「す建」は最近はやる人がおらず、「四手網」は1カ所のみで操業している。

音楽劇「ヒロシマ」 7月、土浦公演 市民団体が主催

紙芝居やチンドン屋の練り歩きなどを行っている土浦の市民団体「つちうら駄菓子屋楽校」(石原之壽=のことぶき=代表)が主催し、音楽劇「ヒロシマ」の公演が7月22日、土浦市大和町の県県南生涯学習センターで催される。2021年から毎年、土浦で開催し3回目となる。 「ヒロシマ」は、78年前に広島で被爆した路面電車を擬人化し、当時の記憶を語っていく物語。作中には被爆者たちの様々な証言を、できるだけ表現を変えずに用いているという。俳優で演出家の嶋崎靖さん(67)が平和への思いを込めて制作・演出した。今回の公演では、数々の劇団で活動する原洋子さんと、俳優の保可南さん、地脇慎也さんが出演し、武蔵野音楽大学大学院の青山絵海さんがマリンバを演奏する。音楽は嶋崎雄斗さんが制作を手がけた。 音楽劇「ヒロシマ」の一場面(石原さん提供) チンドン屋の先輩と後輩 主催する「つちうら駄菓子屋楽校」は石原さん(64)が3年前に立ち上げた。飛行船「ツェッペリン伯号物語」や「土浦花火物語」など、土浦を中心に地域の歴史や物語を題材にした紙芝居を制作し上演している。

阿見大空襲、むなしさこみ上げた【元予科練生からのバトン】下 

石岡市 萩原藤之助さん(94) 石岡市在住の萩原藤之助さん(94)は、土浦海軍航空隊甲種第13期飛行予科練習生だった。第14期生だった戸張礼記さん(94)=6日付=に回想録執筆を勧められ、去年2月、予科練の生活をまとめた「雛鷲の残像―そのままの予科練回想録」を自費出版した。「等身大の予科練―戦時下の青春と、戦後」(常陽新聞社)などの参考文献を元に、当時の記憶と照らし合わせてつづり、戸張さんが監修を務めた。萩原さんは長年、戦争の資料を集めており、3カ月ほどで書き上げた。多くの人に読んでほしいと700部制作し、200部を阿見町の予科練平和記念館に寄贈した。 『雛鷲の残像』表紙 萩原さんは中学3年の時、校内に貼りだされた「予科練習生募集」のポスターを見て応募を決めた。1943(昭和18)年のことだった。「戦局が悪化の一途をたどる中、13期は、もっと搭乗員教育を進めて飛行機搭乗員を大量に養成せよということで、入隊者数を大幅に増やした年だった」と、回想録に付した資料を示して説明する。 予科練では精神教育が行われた。「陸海軍軍人に賜はりたる敕諭(軍人勅諭)」に由来する五ケ条を暗唱。集会に遅れたり、訓練にやる気がなかったりすると罰を受けた。「アゴ」はこぶしで練習生のあごを殴る罰で、殴られた時には自分の至らなさを恥じたという。厳しい訓練に耐えていたが、卒業直前に体調不良に陥り、しばらくの間療養した。卒業前日になり、班長から卒業できることを告げられ、土浦海軍航空隊の分隊に所属して訓練を継続することとなった。所属した分隊で、44年9月には滑空訓練を行うようになった。

戦争は人災、起こさないでほしい【元予科練生からのバトン】上

78年前の1945年6月10日、阿見町にあった土浦海軍航空隊が米爆撃機B29による空襲に見舞われ、10代の予科練生と教官、民間人ら計374人が犠牲になった。6月10日を前に元予科練生2人に話を聞いた。 阿見町 戸張礼記さん(94) 阿見町在住の戸張礼記さん(94)は1928(昭和3)年生まれ。旧制土浦中学校に進学した41年の12月、ラジオの放送を聞いて「ぞくっとし、震えた」と当時を振り返る。「大本営陸海軍部発表12月8日6時。帝国陸海軍は本8日未明、西太平洋において米・英軍と戦闘状態に入れり」。ハワイ真珠湾攻撃を伝える放送だった。44年6月、「海軍飛行兵徴募」のポスターを見て応え、土浦海軍航空隊に甲種第14期飛行予科練習生として入隊した。 予科練では学科のほか射撃、水泳、短艇(カッター)、グライダーなど厳しい訓練を受けた。軍人精神を注入するため「バッター」と呼ばれる棒で叩く制裁があった。モールス信号を聞き取る無線通信の授業では、1分で80字を聞き取らなければならず、1文字間違うと1本バッター、3文字間違うと3本バッターと罰があった。 練習生は大きな風呂に皆で入った。隠していても皆、尻が紫色になっているのが分かった。「こんな調子だからすっかりぶるってしまった」。戸張さんは土浦中学の滑空部でグライダーの心得があったため、グライダー訓練は得意で楽しかったが、カッター訓練は長くて重いオールを合わせて漕がねばならず、尻の皮がむけるほどで辛かったと話す。 やがて特攻が発令されるようになる。一つ上の13期予科練生は神風特別攻撃隊や回天特別攻撃隊として、戸張さんより2カ月早く入隊した14期の1次隊は木製モーターボートで敵艦に体当たりする震洋特別攻撃隊として、体当たりの攻撃を任務とする部隊に配属される。

論文もパネルで「CONNECT展」 筑波大芸術系学生らの受賞作集める

筑波大学(つくば市天王台)で芸術を学んだ学生らの作品を展示する「CONNECT(コネクト)展Ⅶ(セブン)」が3日、つくば市二の宮のスタジオ’Sで始まった。2022年度の卒業・修了研究の中から特に優れた作品と論文を展示するもので、今年で7回目の開催。18日まで、筑波大賞と茗渓会賞を受賞した6人の6作品と2人の論文のほか、19人の研究をタペストリー展示で紹介する。 展示の6作品は、芸術賞を受賞した寺田開さんの版画「Viewpoints(ビューポインツ)」、粘辰遠さんの工芸「イージーチェア」、茗渓会賞授賞の夏陸嘉さんの漫画「日曜日食日」など。いずれも筑波大のアートコレクションに新しく収蔵される。芸術賞を受賞した今泉優子さんの修了研究「樹木葬墓地の多角的評価に基づく埋葬空間の可能性に関する研究」は製本された論文とパネル、茗渓会賞を受賞した永井春雅くららさんの卒業研究「生命の種」はパネルのみで展示されている。 スタジオ’S担当コーディネーターの浅野恵さんは「今年は論文のパネル展示が2作品あり見ごたえ、読みごたえがある。版画作品2作品の受賞、漫画の受賞も珍しい。楽しんでいただけるのでは」と来場を呼び掛ける。 筑波大学芸術賞は芸術専門学群の卒業研究と大学院博士前期課程芸術専攻と芸術学学位プログラムの修了研究の中から、特に優れた作品と論文に授与される。また同窓会「茗渓会」が茗渓会賞を授与している。 展覧会は関彰商事と筑波大学芸術系が主催。両者は2016年から連携し「CONNECT- 関(かかわる)・ 繋(つながる)・ 波(はきゅうする)」というコンセプトを掲げ、芸術活動を支援する協働プロジェクトを企画運営している。 (田中めぐみ)

11カ国の出演者決まり制作発表 「世界のつくばで子守唄」コンサート

歌のコンサート「世界のつくばで子守唄 海のシルクロードツアー2023制作発表会」が28日、ホテル日航つくば(つくば市吾妻)ロビーで行われた。同市在住の脚本家、冠木新市さんの企画・プロデュースで、7月1日に開かれる。11カ国、15曲の子守歌をそれぞれの国や地域の出身者、約40人が歌や舞踊で披露し、コンサート後は各地域の交流会を行うという。 中国語の歌「祈り」を歌う劉暁紅さんと伴奏する大川晴加さん=同 制作発表会はコンサート会場となる同ホテルの「ジュピターの間」前で行われた。大川晴加さんのピアノ伴奏に合わせ、中国出身の劉暁紅(リュウ・ギョウコウ)さんが中国の歌「祈り」を歌い、披露した。「祈り」は日本の「竹田の子守歌」と同じ曲調で、中国だけでなくミャンマーでもよく知られる曲だという。演奏後はバングラデシュ出身のアナミカ・スルタナさんや台湾出身の潘頤萱(ハン・イガン)さんら出演者たちがそれぞれ自己紹介し、挨拶した。 挨拶する出演者の潘頤萱さん=同 つくば市在住で外国人サポートの仕事をしているアナミカさんは、コンサートで「アイアイチャンドママ」(日本語訳「来て、来て、ムーンおじさん」)という歌を披露する。この歌はアナミカさんが子どもの頃に母親から聞いた歌で、アナミカさんの母親も子どもの頃に聞き、代々伝わってきたという。「どのくらい古くから歌われているか分からない。子どもがよく眠ることを願う歌。バングラ語(ベンガル語)で歌います」と話す。

川遊び創出に海洋クラブ助け船 【桜川と共に】4

「最近の子どもたちは川に入ってはいけないと教わる。もっと川で遊んで、桜川の環境に興味を持ってほしい。そして澄んだ桜川を取り戻したい」。桜川漁協の組合員らは、大人が安全を重視するあまりに子どもたちが川から遠ざかっている現状を憂う。そんな中、子どもたちが川で遊ぶ機会を創出しようと、桜川に新しい風が吹き込んできた。 地元NPO、7月から本格的な活動へ 桜川での自然体験活動を先導するのはNPO法人Next One.(ネクストワン、つくば市研究学園)。筑波大学大学院で体育科学を修めた井上真理子さん(39)が代表を務める。桜川漁協の協力を得て今年から「B&G Next One.海洋クラブ」を発足させた。本格的な活動を7月から開始する。月1回、桜川での自然体験を行い、地域の人と交流しながら、環境問題についても学びを深めていく予定だ。 式で挨拶する山本杏さん=桜川漁協(つくば市松塚) 28日には、同クラブの活動拠点となる桜川漁業協同組合(つくば市松塚)でカヌーやライフジャケットなどの舟艇器材配備式が行われた。式では井上さんや器材を提供した公益財団法人B&G財団(東京都港区)の理事長である菅原悟志さんらが挨拶。市内外から訪れたクラブ員の児童ら16人とその保護者ら、つくば市環境保全課や観光推進課の職員も出席し、児童と漁協組合員らがクラブ発足を記念して桜の木2本の植樹を行った。式後は児童らが組合員やネクストワンのスタッフらから手ほどきを受けて釣りやカヌーの体験を行い、桜川の自然を満喫した。

ハクレンが大量死 桜川の田土部堰

死魚 つくば、土浦に流下 つくば市玉取、桜川の田土部堰(たどべぜき)で24日午後4時ごろ、ハクレンが大量死しているのを桜川漁業協同組合理事の松田七郎さんが発見した。ハクレンの死魚は2日後の26日午後時点で、下流のつくば市上野と土浦市田土部に架かるさくら大橋を過ぎた地点まで流れ着いている。桜川を管理する県土浦土木事務所河川整備課(土浦市中高津)によると、死んだのは推定で数千匹。県は、流れ下って河川に点在する死魚全てを回収することは困難だが、死魚が集中している箇所を中心に26日から回収を始めているとしている。 24日、大量死を発見した松田理事は、鈴木清次組合長に連絡した。つくば市松塚の漁協事務所にいた鈴木組合長はすぐに堰に向かい、ハクレンの大量死を確認。午後4時30分ごろに県霞ケ浦北浦水産事務所(土浦市真鍋)に連絡した。 24日、川の水がほとんど無くなった田土部堰下流側で大量死したハクレン(同) 県土浦土木事務所によると、大量死の原因は河川の水位低下によるものと推察するが、詳細は不明としている。

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ノスタルジア「八つ墓のたたりじゃ〜!」《訪問医は見た!》4

【コラム・平野国美】岡山県の山間部に吹屋(ふきや)という地区(高梁市)があります。ベンガラ(酸化第二鉄)の街並みで有名なのですが、私は15年ほど前、よく調べずにここを訪れました。街の外れから歩き出したのですが、なぜかデジャヴ(既視感)があるのです。しかし、私には縁もゆかりもない場所のはずです。 そのとき、私の背後に老女が忍び寄り、耳元で突然叫んだのです。「たたりじゃ〜! 八つ墓のたたりじゃ〜!」と。そこで、すべてを悟りました(この部分は作り話です)。 当時、この地域は高齢化が進み、住人の多くが80代の方々でした。そんな街の古民家を利用した喫茶店で、土地の皆さんと話しているうちに、この街の概要がわかってきました。江戸時代は鉱山として、明治時代はベンガラ生産地として、繁栄した街だったのです。 ベンガラは、神社などの建築物に使われる赤い塗料で、腐食を防ぐ目的もあって塗られていました。吹屋の街並みは、壁はベンガラ色、屋根は山陰の石州瓦(これも朱色)で、独特の風景が見られます。 なぜ、私がこの風景に既視感を持ったのか? 喫茶店にいたおばちゃん達と話しているうちに、わかってきました。上で書いた「たたりじゃ〜っ!」は、あながちウソでもないのです。ここは1977年に公開された角川映画「八つ墓村」のロケ地で、この映画の風景が目の前に浮かんだのです。

「大学改革の旗手に」永田学長 筑波大が開学50周年記念式典

マハティール元首相が祝辞 筑波大学(つくば市天王台)が10月1日、開学50周年を迎えるのを記念した式典が30日、同市竹園、つくば国際会議場で催された。永田恭介学長は「世界中の大学との間で頭脳循環を加速させ、知の十字路としてのキャンパスを充実させていきたい。大学改革の旗手として、固定化された社会を再構築する原動力でありたい」などと、次の50年に向けた式辞を述べた。 祝辞を述べるマハティール元首相 式典には大学関係者のほか、つくば市長、県内選出の国会議員、協定などを締結している海外の大学学長など計約1200人が参加した。文科省の安江伸夫政務官のほか、マレーシアのマハティール元首相らが祝辞を述べた。 同大は来年10月、日本の大学で初めて日本の学位を授与する海外分校をマレーシアの首都クアラルンプールにあるマラヤ大学に開設する。2019年、安倍晋三首相とマハティール首相(当時)が取り決めをし海外分校を開設することから、今回来日に至ったという。

朗読列車 今年は紅葉仕立てで運行 筑波山ケーブルカー

山頂駅展望台に新アクティビティ 紅葉シーズンを前に、筑波山ケーブルカー(筑波観光鉄道運行)で10月1日から、車内に色付いたモミジやイチョウを飾り立て、声優らによる朗読劇が体験できる秋のイベント列車「ストーリーテラーズ・レールウェイ」が運行される。昨年に続いて2回目。 8分間の乗車時間の間に、つくばエリアで語り継がれる民話「しっぺいたろう」、宮沢賢治の「注文の多い料理店」、筑波山名物「ガマの油口上」を声優や劇団員らが朗読する。さらに今年から、標高約800メートルの御幸ケ原の筑波山頂駅隣りにあるレストランの展望台屋上に、絶景に浮かぶ的に向かってウォーターガンを発射させるアクティビティが導入される。「天空のガマスプラッシュ」と名付けられたストレス発散系アクティビティだ。 御幸ヶ原、コマ展望台での天空のガマスプラッシュ 展望台での新遊戯ウォーターガン  企画会社の担当者は「今年は朗読に女性声優も参加するなど、昨年よりグレードアップした形となる。また新しいメニューを加え、筑波山観光をグレードアップさせたい」と語り、筑波観光鉄道営業本部の須藤淳さんは「昨年から朗読列車を運行し、大変評判が良く、乗客数も増した。今年は企画がバージョンアップしたので、乗客数がさらに増加することを期待したい」とし、「筑波山ロープウェイの方も、10月から土日祝日に夜間運行がはじまるので楽しみにしてほしい」と話す。

長者と金持ち《ひょうたんの眼》61

【コラム・高橋恵一】岸田首相は就任以来、基本的な経済政策として、これまでの新自由主義的経済から、「新しい」資本主義を掲げ、「成長と分配の好循環」「コロナ後の新しい社会の開拓」を目指すとし、新たな経済対策として、物価高対策、賃上げ、国内投資促進、人口減少対策、国民の安心・安全確保を掲げている。 首相に有言実行してほしいのは、賃上げだ。それも、教師と看護師、介護職員の賃上げと働く環境の改善だ。経営者にお願いしなくても、配置基準と給与額は、政府が決められる。下からの「トリクルアップ」で、非正規雇用と人手不足を解消できる。 バブル期に至る前の日本経済は、高度成長期。国全体の経済力の拡大とともに、個人所得も豊かになったが、まさにバブルの言葉通り、安易な浪費を行い、将来の高齢化社会に備えた社会保障の仕組みや産業基盤、安定的な生活基盤の整備をおろそかにしてしまった。 当時、高度成長は、西欧諸国も同じであり、特に北欧は、堅実に社会保障基盤を固め、ジェンダーフリーの条件を整え、女性の社会進出を実現した。日本は、それを横目で見ていたが、21世紀の今日、両翼飛行の北欧諸国の1人当りのGDPと1.5翼飛行の日本の1人当り所得には、大差がついてしまった。 バブル崩壊後の日本経済は、停滞し、アメリカを習って、新自由主義経済に傾倒した。いわゆる小泉改革であり、経済の効率化、極限のコストカットであった。 アベノミクスの失敗