月曜日, 4月 21, 2025
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土浦花火大会復活へのシナリオ《見上げてごらん!》6

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土浦全国花火競技大会実行委員会提供

【コラム・小泉裕司】土浦の秋の風物詩、土浦全国花火競技大会(11月5日午後5時30分~8時)が戻ってくる。安藤真理子市長は5日の記者会見で、「今年の大会を開催する」と力強い声で発表し、大会は3年ぶりの開催に向け、ついにスタートラインに立つことができた。

11月5日まで2カ月。この時期の決定は、国内最高峰の内閣総理大臣賞を贈るにふさわしい安全な大会としての環境整備にめどが立ったということだろうし、参加業者にとっては、競技大会の「特別な作品」の製造に要する時間を考えると、リミットでもあったろう。

コロナ禍、相次いだ花火大会の中止で危機的な経営状況に陥り、事業の継続性や技術の継承の問題が顕在化していた煙火業界だが、18都道県から55業者が参加するとのことで、まずはほっとしている。今年1年の集大成となる土浦大会で、どんな感動と出会えるのか、期待に胸が膨らむ。

ところで、花火大会はお祭りだろうが競技大会だろうが、何よりも安全第一。観客にとっても、花火師にとっても、主催者にとっても安全でなければならない。花火関係者すべての合言葉であると同時に、今大会を開催に導くためのキーワードでもあった。

イベント報道では、今年前半から、決まり文句のように「3年ぶり」の見出しが急増しており、土浦の場合も同様だ。決して間違いではないのだが、どうも違和感がある。実は土浦大会だけが抱えている「安全」上の深刻な事情があるからだ。

2018年、2019年と、2年続いた花火事故による途中中止に加えて、コロナ禍による2年間の取り止めを加えると、競技大会としての成果は4年連続で残せていない。これは太平洋戦争中の5大会に次いで、史実に残る長期の空白となっている。先人が営々と築いてきた競技大会としての伝統を継承するべく、実行委員会には、安全な大会を再構築し、復活させるという、きわめて重い使命が課せられていたのである。

事故対策では、専門家をはじめ関係機関の協力・理解を得ながら安全対策に心血を注ぎ、再起のめどがついた頃、コロナ対策で出鼻をくじかれた。通常でも大会開催までの準備はほぼ1年を要する土浦市最大のイベントに、未経験の大きな課題が2つも加わっている。それでもこの高い壁を乗り越えなければ、土浦の花火の未来はないのだ。

<具体的な課題対策は、本サイトの記事「3年ぶり 11月5日開催決定 土浦全国花火競技大会」(9月5日掲載)をご覧ください>

ウィズコロナの花火鑑賞

さて今年、私が鑑賞した花火大会は、県内外合わせて2桁に到達したが、心がけているのはコロナ対策である。観覧席、道路や駅など人混みでの距離感が気になる空間では、「時差式発光花火」(4月17日掲載の本コラム)にあやかって、遅めの会場退出や電車予約など時間差で「密」回避策をとっている。

同様の行動パターンをされる方は、結構多いように感じている。一方で、観覧席に持ち込んだテーブルいっぱいに、弁当や酒類を広げて、声を張り上げ宴会を楽しむ観客も少なくない。

花火の楽しみ方は人それぞれでよいのだが、アルコールが進めば、その後訪れるトイレ行列。打ち上げ中にもかかわらず、千鳥足で観客の面前を横切り、花火師の魂の1発を背中で鑑賞する。今年に限り、こうしたお作法はいったん封印をいただき、土浦の夜空を見上げて、珠玉の「全89作品」を見尽くしてみませんか。

もしかすると、苦虫をかみつぶしたようなお顔のお客さんが、お隣でにらんでいるかも知れませんよ。本日はこの辺で「打ち止めー」。「ドン ドーン!」。(花火鑑賞士、元土浦市副市長)

解決をしてはいけない時期《続・気軽にSOS》117

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【コラム・浅井和幸】周りや環境の悪口を言い続けたり、借金を返さなかったり、人や自分を傷つける言動を繰り返したり、乱暴な運転をしたり、嫌いな人のことばかりを考えたり、人と連絡を絶ち引きこもったりと、人はわざと不幸になりたいのかなと思うような行動をとり続けることがあります。

しかし、そのような行動をとる人たちでも、ほとんどは、よりよく生きたいと思っています。つらい状況にどうしようもなく追い込まれることもありますが、上記のような行動がより良い生活のために必要だと考えて、意識して行動し続けていることも多々あるのです。

よりよい状況にしたいので、そのための邪魔になる問題は早く解決したいと考えます。ですが、問題解決を焦ってしまうと、むしろよりよく生きることとは逆の方向に向かってしまうことがありますので、注意が必要です。

借金は早く返した方がよいと無理な返済計画を立てたら、最後まで返済できなくなるかもしれません。スピードを出して乱暴な運転をしたら、事故を起こす可能性が上がり、目的の場所にたどり着けなくなるかもしれません。宿題をやれと怒れば怒るほど、宿題をやらなくなるかもしれません。

短期的に、しかも狭い範囲で見れば得をする、問題解決すると思うことが、中長期的に見みると、むしろ問題をこじらせてしまうことも多々あるのです。短期的に見れば、お金を借りて返さない方が、お金を返すよりも手元に残って得かもしれません。ですが、長期的に見れば、借りたお金を返した方が信頼ができ、次にまたお金を借りることができるようになるかもしれません。

周りや世界が変化するのを待つ

これらを踏まえたうえで、相談を受けるときにはどうでしょうか。例えば、お金を貸してくれと相談されても、無駄遣いをすることが明らかなときはお金を貸しても解決にはならないでしょう。それと同じように、学校にさえ行ければ、彼女さえできれば、何かきっかけさえあれば、うまくいくと決めつけた状態のときは、次に進むのは危険なことが多いのです。

また、これとこれをまず行ってみて、次にこれをすれば状況が変わってくると予測できても、当人がこちらの言葉に耳を傾けて実行できる段階でなければ、問題解決に進むのではなく、まずは話をじっくり聞いて共感をするなどし、味方になることが必要になります。

例えば、Aさんが周りの悪口を言い続けているような状況のときは、Aさん自身に考え方や行動の変化を促しても反発につながります。そのときは、その悪口に耳を傾けて、周りが変わったらもうけもんだというぐらいの感覚で、じっと何年も待つことが必要かもしれません。

働きかけず待つだけで、周りや世界が変化するのを待つのも一つの生き方なのでしょう。私は、自分のできる動きで目的に向かう方法を探ることをお勧めしますが、それができないときは、じっくりと伴走をして待つのも相談の一つなのでしょう。(精神保健福祉士)

日本政府の恥ずかしい認識《電動車いすから見た景色》34

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2022年8月に国連ジュネーブ本部の前で介助者と

【コラム・川端舞】8月22~23日、障害者権利条約に対する日本の実施状況を審査する会合が国連ジュネーブ本部でおこなわれ、日本から障害者や家族、支援者など約100人が現地に向かった。審査自体は審査を担う国連の障害者権利委員会と日本政府との対話形式で進められるが、審査に先立ち、国連の委員と日本の障害者団体などが対話する時間が設けられたほか、審査の合い間に会場の外で、障害者たちが日本の現状を委員に直接訴えた。

私も、自分の子ども時代の普通学校での経験を書いたカードを委員に手渡し、障害児が日本の普通学校で学ぶ上で直面する困難を伝えた。私が差し出すカードを笑顔で受け取り、「インクルーシブ教育は日本にとって大きな課題だと思っている」と言ってくれた委員もいた。

実際の審査で「特別支援学校を廃止するために、予算措置を特別支援学校から通常の学校へ移行する予定はあるのか」「通常の学校が障害児を拒否することを禁止する法令を策定する予定があるのか」など、国連からの厳しい質問に、日本政府が回答した内容は、聞いているこちらが恥ずかしくなるようなものだった。

「特に知的障害児は中学・高校と学年が上がるにつれ、障害のない生徒と同じ内容を学ぶのが難しくなり、特別支援学校を選ぶことが多くなる。特別支援学校では知的障害のある生徒もリーダーシップを発揮できる」などの日本政府の回答を聞いていて、「特別支援学校を廃止する方略を聞かれているのに、特別支援学校の意義を主張してどうするのか」とツッコミを入れたくなった。

学習が苦手な生徒を支援する教員を1人多く教室に配置したり、生徒本人が「静かな部屋で集中して学習したい」「少し休憩したい」と思ったときだけ、他の教室で過ごしたり、知的障害のある生徒もどうやったら他の生徒とできるだけ一緒に学べるかを考える過程こそが、権利条約のいうインクルーシブ教育の過程なのに、日本政府の回答はその過程を放棄している。権利条約のいうインクルーシブ教育を全く理解していない。

「分離教育」中止を要請

8月の審査を受け、今月9日に国連が公表した報告書では、障害児を分離する現在の特別支援教育は止めるよう、日本政府に強く要請している。日本の障害者たちが自分と仲間の権利のためにジュネーブまで行った結果だ。現在、通常の学校に通っている障害のあるお子さんとご家族もジュネーブに行き、国連の委員に直接、日本の教育の現状を訴えたのも大きいだろう。

国連の要請にどう答えるのか。政府の反応に注目だ。(障害当事者)

科学都市つくばとねずみ男《映画探偵団》59

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【コラム・冠木新市】今年はマンガ家、水木しげる生誕100年である。2007年にフランスのアングレーム国際漫画祭で「のんのんばあとオレ」が日本人初の最優秀作品賞を受賞。09年には「総員玉砕せよ!」が同漫画祭の遺産賞を受賞。10年には日本の文化功労者に選ばれた。

さらに15年に「コミック昭和史」がアイズナー賞最優秀アジア作品賞。2023年には映画「鬼太郎誕生 ゲゲゲの謎」公開。またアニメ「悪魔くん」がNetflixで全世界に配信される。水木しげるの評価が自分のことのようにうれしいのは、歴史を共有してきたからだ。

水木しげる漫画の半妖怪

1960年、「墓場鬼太郎」を貸本屋で見つけ、妖気漂う画調に虜(とりこ)になった。その頃は、手塚治虫の明るい「鉄腕アトム」全盛時代である。どちらも好きだったが、一般受けしなかった「墓場鬼太郎」に肩入れした。東京オリンピックの翌年、1965年に「墓場の鬼太郎」が週刊少年マガジンに登場する。

このころ、東京世田谷区三軒茶屋の古本屋で、片腕のない壮年が助手の青年に次々に指示して本を選び、終わると風のように去って行く姿を目撃する。すぐ「アッ、水木しげるだ!」と気づいたが、声をかける勇気はなく呆然(あぜん)と見ていた。

2度目に出会うのは、俳優・丹波哲郎さんに何気なく「ねずみ男の冒険」の映像化を勧めたところ、大乗気になって、1997年、原作の許諾を得るため調布市にある水木プロダクションを訪ねたときだ。

「面談30分」との貼り紙のある応接間で、水木先生にお会いした。企画の話をすると、「丹波哲郎のねずみ男、イイですなあ!」と大喜びで、1時間近く話が続いた。「ボクが製作会社に話してあげましょうか」とまで言っていただいたが、こちらは時間超過が気になって、落ち着かなかった。

その後、コント55号の欽ちゃんに監督も決まったが、ある事情で映像化にはならなかった。申し訳ないと今でも思っている。

「ゲゲゲの鬼太郎」人気を支えるものは何だろうか。それは、ねずみ男の存在にある。人間でも妖怪でもなく、正義でも悪人でもなく、金と名誉と女性に極めて弱く、ときには仲間を裏切る、得体(えたい)のしれないキャラクターなのだ。しかも、水木マンガでは主役も張れば、準主役も張り、脇役、特別出演もやる。鬼太郎よりもねずみ男の方が、ファンが多いのではなかろうか。

110億で売れたら目が変化

科学都市つくばでは、妖怪ワ一ルドは受けないと思っていたが、2010年、NHK朝の連続テレビ小説「ゲゲゲの女房」が放送されると、女性たちの人気を呼び話題となった。昔、貸し本の「墓場鬼太郎」を気持ち悪そうに見ていた女性の成長した姿である。

あれから10年が過ぎた。ある土地が110億円で売れた途端に、一括売却反対だった人たちの、その場所を見る目が変化した。自分がもうかった気になっているようだ。もしかしたら、つくば市は半妖怪ねずみ男の故郷なのかもしれない。サイコドン ハ トコヤンサノセ。(脚本家)

消費者トラブルに遭わないために《ハチドリ暮らし》17

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【コラム・山口京子】今の社会は、商品やサービスを購入して、その商品やサービスを消費して暮らしを成り立たせています。そして、広告の誘引力はとても大きいものがあります。みなさんは、広告の文句にひかれて商品を購入したものの、実物とイメージの違いに落胆したことはありませんか。

消費者としてトラブルに遭わないための知識を得ようと、消費者講座に参加しました。2022年の消費者白書によると、21年の消費生活相談件数は85万件にもなっていました。これは相談があった件数なので、諦めてしまった人たちがいることを踏まえると、かなりのトラブルがあるのではないかと推測されます。

泣き寝入りしないためには、きちんと契約について知ること。契約に際しての規約や約款を確認すること。そもそも、その契約が自分に必要な契約なのか、じっくり考えること。こういったチェックが必要です。どの広告も「今すぐに」と呼び掛けますが、そういう宣伝こそ要注意だと思います。

私たちの暮らしのルールは民法が基本になっています。民法は対等な私人間の関係を前堤にした体系です。しかし、売る側の人たちと私たち消費者の間には、情報の質・量、交渉力などで大きな差があります。その差を前提に、売買の是正を考えたルールを作らないと、公正な取引はできないでしょう。

消費者契約法と特定商取引法を学ぶ

その格差を是正するためのルールが、消費者関連法といわれる法律です。講座では特に、消費者契約法と特定商取引法を学びました。消費者契約も契約ですから、民法の契約を基本にしています。その上で、消費者契約の特殊性から、これら2つの法律ができたということです。

消費者契約法には3つの柱があります。1つは、契約の勧誘段階の規制で誤認類型と困惑類型をあげ、該当すれば取り消しができます。2つ目は、不当な契約条項を無効とするもので、実際にどういうことが無効になるのかを定義しています。3つ目は、消費者被害に遭ったときなどに、被害者である消費者に代わって消費者団体に訴訟する権利を認めたもので、消費者団体訴訟制度と呼ばれます。

特定商取引法は取引形態を7つに類型化し、それぞれの特徴に応じた規制や民事ルールを整理しています。みなさんは「クーリングオフ制度」という言葉を聞かれたことがあるでしょうか。頭を冷やしてじっくり考える期間を保障し、その結果いらないと判断したら、無条件に契約を撤回、解除できる制度です。

特定商取引法では、通信販売を除く6つの取引に適用があります。また通信販売では、返品特約の明記が義務づけられています。県内でも様々な消費者講座があると思います。みなさんもぜひ参加してほしいです。(消費生活アドバイザー)

開店40年、二の宮の「エレガンス」 《ご飯は世界を救う》51

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【コラム・川浪せつ子】今回は、今年で40周年のイタリアンダイニング「エレガンス」(つくば市二の宮)さんです。私が、つくば市(そのころは谷田部町)に来たときと同じ。ずいぶん昔々ですが、今なおステキなお店。コーディネートされたお花が、室内にたくさん飾られています。建物も素晴らしい洋館風。

私の建築関係の仕事仲間は、こちらでウエディングパーティーを開きました。また建築士会の女性部会主催のコンサートも。そんな催事もできてしまう広さとインテリアです。

エレガンスの外観

コロナになったばかりのとき、外食を控えていました。そんなとき、エレガンスさんのテイクアウトをして、斜め前の公園で食しました。お弁当は良かったのですが、なんだかとてもわびしく、寂しい思いをしました。

お料理というのは、お味も大切ですが、どこで食べるか、そして居心地の良い場所なのか―というのが、重要なことだと感じました。

今回、思ったこと。以前はもっと混んでいたなぁ~、と。やはりコロナのせいですね。それと、最近感じることは、研究学園駅方面に新しいお店が増えて、時代の流れと、人の動向にも影響していること。これからも、末永く頑張ってほしいお店です。

秋の日の入り口付近

最後に。気が付いたら、このコラム、前回ちょうど50回目でした。そんなに食べたの?わたし!でした。おいしくて、楽しくて、お絵かきもして…。このコラムを見て「行きました!」というお話もお聞きして、ニコニコ、ハッピーです。ありがとうございます。コメント、お待ちしております。(イラストレーター)

新しい資本主義には新しい原発が必要? 《邑から日本を見る》119

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水戸で開かれた東海第2原発の再稼働を止める集会

【コラム・先﨑千尋】先月28日、ロシアが占拠しているウクライナのザポリジエ原発で、原子炉から約100メートルにある建屋が被弾した。原子炉本体が攻撃され、制御不能になれば、チェルノブイリ原発事故以上の被害が出ると言われており、間一髪という感じがする。ウクライナの原発だけでなく、わが国の原発だって、武力攻撃のリスクが高まっているという判断は今や常識だ。

それなのに、岸田総理は突然、次世代原発の開発を含む原発の新増設や原則40年の運転期間の延長、東海第2原発や柏崎刈羽原発の再稼働促進などの方針を示した。東京電力福島第1原発の事故後、歴代首相は国民感情を意識し、原発の新増設には触れないできたのに、国会や閣議などで検討することもなく、突然の方針転換。先の参院選でも争点にせず、故郷を奪われた被災者や原発の安全性に不安を抱く多くの国民の理解を得ていない。私は「岸田さん。あんた、マジか?」と言いたい。

この政府の方針転換に、県内の首長は戸惑いを見せる。大井川知事は「現場で抱えている課題を考えると、突然、来年の春とか夏とかいう話はちょっと難しい」、東海村の山田村長は「国の動向に左右されず地元として丁寧に対応していく」、水戸市の高橋市長は「実効性ある避難計画ができなければ再稼働は認めない」(いずれも8月26日の東京新聞)。

新聞の社説は、「足元の『危機克服』を理由に、長期的な国策を拙速に転換すれば、必ず禍根を残す。考えなおすべきだ」(朝日新聞)、「2011年に起きた東京電力福島第1原発事故の反省を、政府は忘れてしまったのか」(毎日新聞)、「これ以上、原発依存を続けることに国民の不安は大きく、持続可能な社会や脱炭素にも本当につながるとは思えない」(京都新聞)などと、政府の方針に疑問を投げかけている。

水戸では東海第2再稼働反対集会

たまたまだが、先月27日に東海第2原発の再稼働を止めようという集会が水戸市で開かれ、県内外から450人が参加した。鎌田慧さん(とめよう!東海第2原発首都圏連絡会)や海渡雄一さん(東海第2原発運転差止訴訟弁護団)、藤井学昭さん(東海村願船寺住職)などの挨拶、訴えなどがあり、「岸田首相は原発推進政策の『短絡的な号令』を撤回せよ」という抗議文を採択した。

この集会には、福島県新地町の漁師小野春雄さんも参加し、汚染水を海洋放出するという政府と東京電力の方針を厳しく糾弾した。「海は人間の命であり、宝物だ。また我々の仕事場であり、我々が海を守っている。そこをなぜ汚すのか。日本は法治国家のはずだ。東電は我々の承諾がなければ、汚染水を海に流さないと文書で約束しているのに、一方的に反故(ほご)にしようとしている。勝手に決めないでくれ。ハラワタが煮えくり返っている」と訴えた。

今回の集会には、五十嵐立青つくば市長や中島栄美浦村長らの多くの賛同人があったが、私は飯島清光水戸農協組合長や秋山豊常陸農協組合長ら農業関係者が賛同人に入っていることに注目した。福島の事故でも、第1次産業と言われている農林漁業が取り返しのつかない被害を受けている。茨城でも、東海第2原発が再稼働になり事故が起きれば、多くの人が避難しなければならなくなり、農林漁業関係者のダメージは計り知れないことが予測される。(元瓜連町長)

パクちゃん 山口へ行く《続・平熱日記》117

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【コラム・斉藤裕之】お盆に思い切って故郷山口に帰ってみることにした。鉢植えの水やりは「百均」のペットボトルを再利用したものでなんとか凌げそうだが、問題は犬のパク(ハクは随分前から「パク」という呼び名に代わってしまっている)をどうするか。預かってくれそうな先もいくつか思い当たったのだけれど、ここは一緒に車で帰ろうと決めた。

片道千キロ。しかも車嫌いのパクにとっては辛い旅になることはわかっていた。しかし、この先も車で2人?旅をするにあたっては、いずれ通らねばならない試練。思い立ったが吉日。渋滞を避けたつもりで出発してみたものの、すでに人々の移動は始まっていた。首都高通過に予想以上の時間がかかった上に、景色優先で選んだ中央道では名古屋の手前でホワイトアウト級の土砂降りに遭う。

やれやれ何とかたどり着いた。弟の家は山の中にあるほぼぽつんと一軒家だ。と、ちょっと目を離した隙にパクが山の中へと消えてしまった。「パクー!パクー!」と呼べども反応がない。「そのうち帰って来るよ」と弟夫妻。辺りはだんだん薄暗くなって、ヒグラシが寂しく鳴き始める。

山中にはイノシシの罠(わな)もかけてあるというし、かれこれ3時間が経つ。諦め半分の気持ちでふと外の縁側を覗くと、そこにパクが座っている。「パクー!」。顔と足が汚れていて、どうやら山の中の散策を楽しんだらしい。我が家に来て1年半。元はノラ公だったので、初めはなつくのか心配だったけれども、ちゃんと戻ってきてくれたぞ。

コーヒーの木は、なじみのカフェに

翌日。さして目的もないが、まずは粭島(すくもじま)に行き、弟の船で出航。アジ、タイ、カワハギの大漁。それから、件(くだん)のホーランエー食堂で冷たいそばをいただく。別の日には、瀬戸内海、日本海の道の駅を探訪。ビニール袋いっぱいの小ぶりのサザエが千円。

透き通るようにきれいな海に戸惑うパク。帰りの山道では、「何か落ちてる?」と思って車で近づいてみると、なんとウリ坊。死んでいるのかと思って、車で近づくと足をバタバタさせて、昼寝?

それから、ずっと疑問に思っていたこと。小さい頃、裏の山に一家で出かけると、母が摘んでいた丸い葉っぱ。確かその葉っぱで、柏餅(かしわもち)を作っていたと思うのだけれど…。道の駅で買った柏餅。なんと、その葉っぱに包まれている。弟の奥さん、ユキちゃんによると、「この辺りでは柏の葉の代わりに、サルトリイバラを使うんよ」。

帰りは渋滞もなく、ほぼ予定通りの時間に自宅に着くことができた。着いてまずは2階に上がる。枯れはしないかと心配だったコーヒーの木。元気そうな姿に一安心。実は留守をしていた間に一考して、この木はなじみのカフェに寄贈することを決めた。

オーナーもこの申し出を喜んでくれたし、家で私1人が見ているよりも、多くの人に触れ合うことができて、その方が木もうれしいに違いない。私も会いに行くのが楽しみだ。いつか花を咲かせてくれるなんてことを思うのは、ちょっと虫が良すぎるかな。

長旅を終えたパクも、安堵(あんど)した様子で階段下の定位置に寝転んでいる。旅から帰ったときのお決まりの文句でも言いたそうだ。「やっぱり我が家が一番。住めば都ねー!」(画家)

銀座通りの火の玉 《くずかごの唄》115

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イラストは筆者

【コラム・奥井登美子】9月1日は防災の日。私は防災用品の点検をする日にしている。関東大震災を知っている人はいなくなってしまったが、子守歌代わりに震災の恐ろしさを聞いて育った私にとって、忘れられない日なのだ。

父は子供が大好きで、慶應義塾の学生時代、近所の子供たちを集めて、水泳を教えたり、絵本を読んだり、藤友会という「こども文庫」みたいなものをやっていた。母は、弟たちを藤友会に連れて来て、父と親しくなり結婚したらしい。

大正12年(1923)9月1日。20歳の母は妊娠8か月。東京中央区新富町に住んでいた。お昼時。食事をしようとしたら激震。周りは木造の家屋。竈(かまど)で薪(まき)をくべて煮炊きする時代だったから、地震でつぶれた家屋から発火し、引火して、町のほうぼうが火事。逃げるしかない。父と相談し、目の悪い姑(しゅうと)の手を引いて、3人で皇居前広場を目指して避難することになった。

火事の火を避けて歩いていたけれど、銀座通りを横切る時。すごい風が火の玉となってぶつかってきて、危うく死にそうになったという。

皇居前広場のあたりは、昔、三菱ヶ原と呼んでいた。父が子供の頃、トンボ取りをした原っぱがあったという。新富町あたりの子供たちは、4キロくらい離れた皇居前まで遊びに行っていたらしい。皇居前広場はたくさんの人が避難していて、喉が渇いて水が飲みたかったが、某国人が井戸に毒を入れたから井戸水は飲むなという「オフレ」が出て、つらかったという。

父は足を棒にして友達の家を探し回り、慶應同級生の亀山さんの目黒の家が焼けずに残っていたので、その家に転がりこんで、お世話になった。母は芝公園の中の仮設産院で兄を出産した。着るものがないので、亀山さんの妹の跡見女学校の制服を着ていったという。兄の加藤尚文(故人、経済評論家)の戸籍謄本には、出生地芝公園内2号地と書かれていた。

母から聞かされた震災の恐怖

母は震災後の精神的後遺症なのだろうか、10年間子供がつくれなかった。10年目に私が生まれて、物心ついた時。私を相手に、震災で避難の時の恐ろしさを、繰り返し、繰り返し、語っていた。

10年目に生まれた娘にその怖さを語ることで、精神的なゆとりを取り戻していったのだろう。幼い時、母から何百回も聞かされた震災の恐怖。母のPTSD(心的外傷後ストレス障害)を忘れないように、私はその日を、今でも防災用品点検日にしている。(随筆家、薬剤師)

秋が近づくこの時期のノスタルジー 《遊民通信》48

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【コラム・田口哲郎】
前略

蒸し暑いながら、どことなく秋めいてきました。空気が冷たくなり、道には落ち葉が落ち始めています。空の雲も夏の入道雲からうろこ雲みたいになっています。セミが盛んに鳴く夏が去りゆき、草むらで鈴虫が鳴く秋が近づくと、なんとなくさびしい気分になります。

さびしいときに思うのは、過去のことです。今年になって戦争や元総理襲撃、豪雨災害が起こり、世界はいよいよ混迷を深め、激動の時代が来る予感がしています。先の読めない時代にあって、過去は過ぎ去って確定した世界です。変えられないからこそ変わらない世界に、なぜかノスタルジーを感じるのは人情というものかもしれません。

私の世代、40代前半は、青春時代にはすでにバブル景気は終わり、学生が終わるころは就職氷河期でした。自己責任が叫ばれた社会で、かつての終身雇用制のような安定を求めることもできず、非正規雇用で辛酸をなめる人も多かったです。

そして、心を病んでしまう人もいて、ミドルエイジ・クライシスが問題化しました。さんざんな印象の時代ですが、それなりに思い出はあります。

カフェ・ブームとクラブ・ブーム

バブル崩壊でつかのまの栄華が終わり、空洞化していた東京の雑居ビルに、小さなカフェが次々と開店し、カフェ・ブームが起きました。今ではめずらしくないですが、小さいながら、モダンなインテリア空間で、健康志向のカフェ飯をいただくというスタイルが確立されました。

そして、クラブ・ブームも起こりました。六本木のマハラジャや湾岸のジュリアナで有名な大型ディスコではなく、やはり雑居ビルの一室で、D Jが流す、電子音楽に満ちたこぢんまりとした空間でゆるく踊るのが流行しました。カフェやクラブは渋谷の裏通りや恵比寿、西麻布あたりにあり、いわゆるメジャーな街にはありませんでした。右肩上がりの時代が終わり、なんとなく暗い気分の若者の感性に合っていたのでしょう。

庶民は不景気に苦しんでいましたが、一方で世界のだぶついたマネーが日本に流れ込みました。その資金によって、大手デベロッパーによる再開発が進み、東京中の裏通りがきれいな複合施設に生まれ変わる直前の風景です。

過去のノスタルジー効果なのでしょうか。幸福感もなく、次々と起こる社会変化を控えていた当時のほうが、今よりも幸福だったような気がします。これは思い出の美化で、妄想なのでしょう。こうした追憶から目が覚めたら、変わり続けている社会に適応していかねばなりません。「今」というのはおそらく過去の価値観が通用しないものです。

時流に乗る苦労に対するささやかななぐさめがノスタルジーなのであれば、これからはもっとノスタルジーにひたることが増えそうです。ごきげんよう。

草々
(散歩好きの文明批評家)

石岡のおまつり 《日本一の湖のほとりにある街のお話》3

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イラストは筆者

【コラム・若田部哲】「正月やお盆には帰省しなくても、おまつりには帰る」といわれるほど、市民に根付いている「常陸國總社宮(ひたちのくにそうしゃぐう)例大祭」。通称は「石岡のおまつり」。川越氷川祭(埼玉)、佐原の大祭(千葉)とともに、関東3大祭りの一つとして知られ、毎年9月15日と敬老の日を最終日とする3日間に行われます。

このお祭り独特の幌獅子(ほろじし)は、獅子頭から延びる胴体に獅子小屋と台が付いており、その周りを幌が覆うというもので、お囃子(はやし)とともに、獅子が進むさまは圧巻。町内ごとに色や表情が違い、何度訪れてもその都度違う表情が味わえます。

令和元年(2019)には、期間中、約50万人超の見物客が訪れ、町中が熱気に包まれたこのお祭りについて、常陸國總社宮禰宜(ねぎ)の石﨑さんにお話を伺いました。

「祭り」とは、祈りのより動的な形であり、「人知を超えたものを神として可視化し、感謝する」という行為を、意識せずに行ってきたものだと石﨑さん言います。そして、「神を祀(まつ)る者、神に祈る者の背中が美しいからこそ、その祭りは美しく、皆で共有すべき『宝』としての価値を持つ」と話されました。

私見ですが、祀(まつ)る神を持たず、ただ、よそのお祭りの表層の姿を寄せ集めた近年の観光イベントとしてのお祭りは、心引かれるものがありません。一方で、古来より続く、神を祀る祭りの光景が胸を打つのはそのためだったかと、合点がいくお言葉でした。

お祭り=神事

しかしながら、この歴史あるお祭りも、新型コロナの影響を避けることはできず、令和2、3年度は9月15日の例祭のみが行われ、「神賑行事(しんしんぎょうじ)」については延期となりました。

「逆にそのことで、祭りの意義を根本から問う機会になるなど、プラスの面もあったのでしょうか?」と伺うと、若い世代を中心に「祭り=神事」であることを再確認する機会になったのも確かだが、連綿と続いてきた祭りが2年間途切れたマイナス面の方が大きかったとのこと。

古来よりの祭りが連綿と今も続いているのは、その時代ごとの神職や氏子・崇敬者が、続ける努力を怠らなかった結果であり、その時代ごとに要不要を見極め、新陳代謝を繰り返しながら、祈りを「続けていくこと」こそ、祭りの意義であると石﨑さんは言われます。

例えば、現在ではこのお祭りの代名詞でもある巨大な「幌獅子」。これは当初からあったものではなく、江戸時代後期に市内土橋町の照光寺に逗留(とうりゅう)していた大工さんが、お世話になった印に、寺の襖(ふすま)に描かれた獅子を彫って奉納したのがその始まりであり、それが次第に他の町内にも波及し、現在のような姿になっていったのだそうです。

令和3年(2021)10月、「常陸國總社宮祭礼の獅子・山車・ささら行事」の神賑行事が、石岡市の無形民俗文化財に指定されましたが、これは「石岡のお祭り」が観光イベントではなく、そのように少しずつ形を変えながら連綿と続く祈りの形であったからこその賜物(たまもの)でしょう。

コロナ禍を超え、これからこの神事がどのように新陳代謝をしていくのか。その祈りの形を、これからも見続けたいと思います。(土浦市職員)

 

ナマズを桜川の名物料理にして駆除しよう 《夢実行人》12

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ナマズの解体

【コラム・秋元昭臣】「移入され肉食害魚(緊急対策外来種)となったアメリカナマズを地元の名物料理に変え駆除する」。ナマズの害を被っている桜川漁業協同組合の鈴木清次会長のアイデアです。そこで今夏、土浦で料理教室を開いている吉田礼子先生、霞ケ浦湖畔でモーターボート販売会社を経営している伊藤一樹社長らと一緒に、同漁協事務所(つくば市松塚)を訪れ、ナマズ料理を味わってきました。

まずアメリカナマズを解体。吉田先生が骨に付いた肉をこそぎ落とし、タンカイ(淡水域にすむ中型の貝)の甘辛煮、ごり(淡水産のハゼ類)のつくだ煮、川えびの揚げ物と一緒に、「揚げボール」「唐揚げ」「かば焼き」などにしていただきました。揚げたては「サクサク」「ほっこり」で、桜の木陰で川風に吹かれながらの昼食会になりました。

ナマズは海外ではよく食べられますが、日本では一般的ではありません。家庭でさばくのが難しく、お店にもあまり並んでおりません。天然物は入手するのが難しく、霞ケ浦周辺で売っているのは、山野水産(かすみがうら市)、観光物産店「こいこい」(行方市)、なまず屋(行方市)ぐらいでしょうか。

確かに外見はグロテスクです。しかし、ビタミンB1、Eなどが豊富で、疲労回復、免疫向上、動脈硬化予防、老化防止によいそうですから、もったいない話です。それに、広く流通するようになれば、漁業者が迷惑している害魚=ナマズを減らすことにつながり、漁協にはプラスです。普及させるため、吉田先生は調理方法を考えるそうです。

川に大切さを知る「川の日」を!

ナマズ料理を試食しながら、桜川漁連の鈴木会長は、延長60キロの桜川のことについても話してくれました。

以前は、水かさが増したときなど、7カ所の堰(せき)を人力で徐々に開放していたそうです。ところが今は、自動で一気に開放され、急激な水位上昇により、護岸が崩落したり、泥が堆積(たいせき)したり、浮遊物が大量発生したり、いろいろ問題が起きています。また漁協は、魚道設置などを関係部署に要望しているそうです。

桜川流域の人に治水・利水に関心を持ってもらうため、川の大切さをアピールする「川の日」を設けるよう鈴木会長は提案しています。また、伊藤社長は「川を守るには釣り人のマナーが大切だ」と発言、河川保護の話でも盛り上がりました。

試食中、桜川での川遊びを終えた幼児から声を掛けられ、子供を連れて遊びに来られる川を残すのも我々の責務と感じた次第です。(元ラクスマリーナ専務)

ウクライナ戦争 原発砲撃の意図《雑記録》39

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【コラム・瀧田薫】戦争の終わらせ方には二つの類型があるという(防衛研究所主任研究官・千々和泰明著「戦争はいかに終結したか」中公新書)。すなわち、「根本的解決」と「妥協的解決」である。前者の場合は、自分たちの被る損害は覚悟の上で、相手を完膚なきまでにたたき、将来の禍根を断つ方法である。後者の場合は、相手と妥協し、その時点での損害を回避する方法である。

どちらを選ぶかは、戦争終結を主導する側、つまり優勢な側にとっての「将来の危険」と「現在の損害」の比較考量によって決まる。同氏によれば、その際「紛争原因の根本的解決と妥協的和平のジレンマ」という視角が浮上するという。戦争の終わり方は一見バラバラに見えるが、実はどの戦争もこのロジックをたどっていることから、過去の失敗から学ぶこともできるし、眼前の戦争の終結方法を検討することもできるというのだ。

この理論の限界を指摘しておきたい。ウクライナ戦争をウクライナとロシアの戦争として限定すれば、この理論が有効な分析装置たり得る可能性はある。しかし、この戦争の影響が地球全域に及ぶことがすでに明らかになっている状況では、この理論だけでこの戦争の先行きを見通すことは不可能だ。

恐いのは独裁者の判断力喪失

そのことを断った上で、この理論による有効な分析例を一つ取り上げよう。ザポリージャ原発への砲撃をロシア側からの攻撃(砲撃主体がロシアかウクライナか明確なエビデンスは今のところない)と仮定し、これに千々和氏の理論を適用する。ロシア側が、ザポリージャ原発を砲撃で破壊し、放射能を外部に漏出させることまで意図しているとすれば、ロシアは紛争の「根本的解決」を決断した可能性が高い。

その場合、ロシアはウクライナが自暴自棄になって原発を破壊したとのプロパガンダをまき散らす。そうすれば、核爆弾を投下することなしに投下同様の効果を得られると同時に、核使用当事国として全世界から非難、制裁されずに済むと考える(ロシアの勝手読み)からだ。他方、ロシアがウクライナと西側諸国へのブラフとして、原発砲撃をしているだけだとすれば、ロシア側は、ウクライナとの「妥協的解決」を留保しているという見方ができる。

考えたくはないが、ザポリージャ原発に対する砲撃、その照準が一つ間違えば、ブラフがブラフではなくなる。その場合、ウクライナ原発は全世界に放射能汚染をまき散らすことになる。その時点で、状況は千々和氏の理論の限界を超えることになる。

そもそも、戦争というものをロジックや数学的合理性の視点だけで説明できるだろうか。人間には情念、狂信、集団幻想など、取り上げれば数え切れないほどの不合理性がつきまとう。いわゆる権威主義体制において個人独裁システムが機能しているとして、独裁者が判断力を失った場合、この世界はどうなるのか。想像するだけで暗たんたる思いになる。(茨城キリスト教大学名誉教授)

つくば市政を迷走させる 困った市議会 《吾妻カガミ》140

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つくば市役所正面玄関サイド

【コラム・坂本栄】つくば市長リコール(解任)署名集めが未達に終わったことで、総合運動公園問題の次の焦点は住民訴訟の判決に移りました。市議会が運動公園用地跡売却の可否を議決にかけていれば、解任運動も住民訴訟もありませんでした。議会の怠慢が問題をこじらせているといえます。

署名運動の結果は、本サイトの「市長リコール請求を断念 … つくばの市民団体」(8月16日掲載)をご覧ください。また、用地処分契約の内容は「グッドマンと売買契約を締結 …旧総合運動公園用地」(8月30日掲載)に出ています。

未達の原因について、▽つくばには研究機関用地が必要だとの訴えに市民の関心が薄かった(市民の多くは東京通勤に便利な上質な街つくばに満足?)、▽訴えが多岐にわたり、問題の核心(市の用地売却手順の違法性)がぼけた、▽市民の関心が売却額(110億円)に集まり、用地売却の手順に向かわなかった―と、私は分析しています。

運動公園用地問題はまだ終わらない

解任運動を引っ張った酒井泉さん(研究者)は、市長解任を決意した理由を「今年1月の議会で、用地売却は議決不要との市執行部の判断が示された。売却案を議会に諮り、それを議会が承認するなら、それはそれで仕方ない。しかし、議会の議決も取らず、執行部の勝手な売却を許すというのなら、市民運動で止めるしかないと思った」と言っています。

その第1弾が水戸地裁への住民訴訟(5月下旬、判決は1年ぐらい先、訴状は下記リンク先に転載)、第2弾が不発に終わったリコール署名集め(7中旬~8月中旬)でした。

地裁判決後の流れは、A:市の売却手順は合法→有志市民は上級審に持ち込む、 B:市の売却手順は違法→市執行部は上級審に持ち込む―といった展開が考えられます。判断するのは、(議会を軽視する)行政でも(執行部に従順な)議会でも(あまり関心がない)市民でもなく、(法律に基づき裁く)司法ですから、どうなるか予想できません。いずれにしても運動公園問題はまだまだ終わりそうにありません。

市の「議決不要」を素直に受け入れ

有志市民が違法だと主張する「市の用地売却手順」のおかしさについては、コラム135「運動公園用地売却に見る つくば市の不思議」(6月20日掲載)で取り上げました。

私はこの中で、「不思議なのは、66億円で購入した運動公園用地が市の大事な財産であるにもかかわらず、帳簿上は市のものでなく、市のペーパーカンパニー『つくば市土地開発公社』の所有だから、その売却については議会に諮らなくてよい―という手続き論をタテに、議会の議決を回避したことです」と指摘しました。

笑えるのは、執行部の「議決不要」に議会が異論を唱えず、素直に受け入れたことです。市が運動公園用地を買ったときは、関連する議案を審議しています。ところが、売るときは必要がないというのでは、議会の仕事の放棄です。議決しておけば、この問題はずっと前に片付いていたのに、実に困った議会です。(経済ジャーナリスト)

<参考> 住民訴訟の訴状

痩せる=健康の落とし穴《続・気軽にSOS》116

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【コラム・浅井和幸】何年か前にラジオから次のような話が流れてきました。誰でも知っているような有名な落語家の師匠が入院していました。お弟子さんたちがお見舞いに集まり、ベッドに横になっている師匠のそばにいます。

師匠は言います。

「のどが渇いたから、何か飲み物を買ってきてくれ」

分かりましたと、お弟子さんが買い物に走りました。全くの世間知らずというほどの若いお弟子さんではなく、そこそこの人生経験のある人だったそうです。お弟子さんが帰ってきました。

「師匠、健康になるヘルシーなお茶です」

弟子はヘルシーと書かれた痩せるお茶を買ってきました。それを見た師匠。

「バカヤロー、俺は医者にもっと食べて、太れと言われているんだ」

何とか健康のためと気を使ったつもりのお弟子さんは、褒められるどころか怒られてしまいました。

怒りと笑いは似たところに存在する

これは笑い話として語られていました。私はこの話を聞いていて、怒りと笑いは似たところに存在するなと感じました。気持ちに余裕があると、怒りは笑いに変えられるのではないかとも考えるようになったのです。

私は気が短い方なので、この、怒りを笑いに変化させるということ、さらには怒りではなく笑いとして受け止めることが目標となりました。まだまだ練習不足なので、今後も研さんしていきたいと思っています。

もう一つの教訓が、大勢にとっての健康なものが、ある人にとっては健康を害する可能性があるということです。私たちは、ゴマが健康に良いとか、塩が健康を害するとか、食品単体について健康に良いとか悪いとかレッテルを張りがちです。

食品、というか栄養素には、ほとんどのものに欠乏性と過剰性があります。さらに、アレルギーがあったり、ラジオの話のように病気であったりと、そのときの状態によって良しあしは変わってくるものです。

では、優しい言葉、正義、気を回す、いたずら、サボる、逃げる、笑う、悲しむ、ポジティブ、ネガティブ、気を使う、気を使わない、わがまま、友人が多い、明るい、暗い、勉強ができる―などは、良いことでしょうか悪いことでしょうか。一度立ち止まってあれこれと悩んでみると、何かが見つかるかもしれませんよ。(精神保健福祉士)

あまり話さない息子と私の散歩道《ことばのおはなし》49

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【コラム・山口絹記】前々回の記事(7月1日付)で、我が家の1歳児の息子があまりことばを話さないというおはなしをした。私としては特に心配はしていなかったのだが、案の定ぼちぼちと話すようになってきた。

私が帰宅すると「パパ!パパ!」と駆け寄ってくるし、私のお気に入りのペンポーチ(長沢芦雪の「白象黒牛図屏風」に描かれた白い犬がモチーフ)を奪って逃げるときは、「わんわん!わんわん!」と絶叫しながら走り去っていく。「鼻」という単語を覚えてからは、「はなぁ!」と言いながら、どこまでも追いかけてきて、すさまじい勢いで家族の鼻の穴に指を突っ込んでくる。指が細いので思いの外奥まで到達して、正直かなり怖い。

また、こちらのことばの意味はかなり理解しているようで、「お姉ちゃんにコレ渡してきて」とか「冷蔵庫にしまってきて」みたいなお願いも言った通りにやってくれる。しかし、私とふたりきりの時は相変わらずあまり話さない。

話す相手を選ぶ 省エネモード

先日も息子が新しい靴を購入したので、「せっかくだからお散歩いこうか」と2人で散歩に出たのだが、2人とも基本的に無言である。放っておくとどこかに走っていってしまうので、「手、つなご」と声をかけると、無言で私の顔をじっと見つめてから右手を差し出してきた。また静かになる。

行きつけのコーヒー屋さんに着くと、まず店員のお姉さんに手を振ってご挨拶。コーヒー豆を買って、お姉さんに「牛乳あるけど飲む?」と聞かれると「ぎゅっぎゅ(ぎゅうにゅう)!」と笑顔で返答。なんだおまえ、お姉さん相手なら話すのか? 店内でサービスのドリンクを飲み干すと、自分でコップをお姉さんに返却して、しっかり手を振って笑顔で退店。そしてまた無言である。

帰り道のスーパーで私が簡単な買い出しをしている間も、1人で店内を歩き回っては、お姉さんを見つけるたびに笑顔で手を振って挨拶回りをしているのを、私は横目で確認した。そうか、そういうことなのか。父は理解したぞ。

なんてことはない、話す相手を選んでそれ以外は省エネモードを駆使しているらしい。帰り道、さすがに疲れたのか路上に座り込んだ息子は、私に両手を差し出して言った。

「ん!(抱っこだろ?察しなよ)」

結局、1時間弱の散歩道で息子が私に発したことばは、この「ん!」だけ。父としては、いろいろと複雑なのである。(言語研究者)

戦後77年の日本の8月《ひょうたんの眼》52

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庭のブルーベリー

【コラム・高橋恵一】戦後77年の広島・長崎原爆忌、終戦記念日の8月が過ぎようとしている。ロシアのウクライナ侵攻や旧統一教会関連の安倍元首相銃撃など、さらに暑い夏であった。過去の日本の戦争の愚かさ、恐ろしさを改めて思い知るとともに、現在のプーチンのウクライナ侵攻が、旧日本軍の行動を再現しているように見えて仕方がない。

ウクライナ侵攻を受けて、日本の防衛力強化が主張されている。侵略戦争で逆に惨敗し、相手国だけでなく、自国の兵士や民間人も無駄に死なせてしまった国。いまだに自虐史観などと言って、侵略破滅戦争の責任も認められない日本は、軍事力を強化し、軍事同盟を強化したら、また加害者になる心配はないのか?

本来日本が果たすべき役割は、平和憲法を掲げた、核廃絶と戦争停止・廃止だ。東京裁判で有罪になるも、その後釈放された政府幹部や軍指導部の中には、無謀な侵略戦争に突入し、敗北が確実なのに多数の同胞を無残な死に追いやった無策の責任も認めず、ほとぼりが冷めたと、また旧大日本帝国復興を妄想するやからが健在だ。

自虐史観とか、教育勅語の容認、平和憲法の改悪などを公然と主張する勢力を組織化し、保守政治に植え付けた。それが岸元首相であり、それを受け継いで、解釈改憲で安保法制や特定秘密保護法を立法化し、武器輸出3原則の無効化やジェンダーフリーなどの人権擁護課題を妨害し、憲法9条あるいは憲法前文にまで手を付けようとしていたのが、安倍元首相である。

元首相と統一教会の不可思議な共鳴

一方、元々、日本の植民地支配への復讐を動機に、世界支配を進めるカルト集団、旧統一教会の日本での活動を立ち上げから支援したのが、岸元首相である。教会の関連組織の勝共連合や原理研究会などの反共活動に共感したとしても、岸元首相と統一教会の行動規範は相いれないと思うのだが、不可思議な共鳴だ。この旧統一教会と保守政治との協力関係を引き継いだのも安倍元首相である。

この関係は、報道で知る限りでも深刻だ。多数の政治家が、集会であいさつしたり、選挙活動の人的支援を受けている。旧統一教会は、政策主張として、日本国憲法や教育基本法の改正、選択的夫婦別姓制度やジェンダーフリー・人権擁護法案への反対。専守防衛・非核3原則・武器輸出3原則の破棄などを提唱している。集会へのメッセージは見過ごせない。

出席した政治家は、教会におもねる意図も込めて、これらの政策提唱に賛同する発言をしていることは十分に想像できる。つまり、霊感商法や多額の寄付金で稼いだ活動資金で、与党の政治家の発言・行動に影響力を行使しているわけだ。

報道では、過去の選挙でも得票に大きく関与し、ほぼ丸抱えで当選した国会議員もいた。自民党など各政党は、所属議員と旧統一教会との関係を明らかにして、公表するという。都合の悪いことはすぐ忘れ、身内をかばうことが得意な政治家は信用できない。今度こそ、マスコミが取材力を発揮して、安倍元首相を含め、異常な関係を、徹底的に明らかにすべきだ。(地図好きの土浦人)

おばあさんの「宿題屋」《短いおはなし》6

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【ノベル・伊東葎花】

もうすぐ夏休みが終わる。プールにかき氷に花火。

楽しい時間はあっという間。残っているのは憂うつだけだ。

宿題が終わらない。

絵と漢字ドリルと自由研究は、何とか終わった。

だけど苦手な算数ドリルと読書感想文が手つかずのままだ。

ああ~、どうしよう。

トントンと、窓をたたく音がした。

開けてみるとおばあさんが立っている。

「宿題屋だが、終わってない宿題はないかね」

「宿題屋?」

「1教科たったの千円だ。どうだい?」

宿題屋だって? そんな商売があるのか。詐欺じゃないのか?

「終わってるならいいよ。他の子どものところに行くからね。ああ、忙しい」

「待って。本当にやってくれるの?」

「もちろんさ。あたしは子どもの味方だよ」

にっこり笑った顔が優しい。

本当に、苦手な算数ドリルと読書感想文をやってもらえるならラッキーだ。

「ちょっとまって」とボクは、貯金箱をひっくり返した。

取っておいたお年玉が千円と、小銭が500円。

「算数ドリルと読書感想文をお願いしたいけど、1500円しかないんだ。まけてくれる?」

「そいつは困ったね。じゃあこうしよう。算数ドリルは全部やって、読書感想文は半分だ」

ボクは考えた。読書感想文なんて、決まった枚数があるわけじゃないし、半分書いてもらえたらあとは『おもしろかったです』と、適当にまとめればいい。

「うん。じゃあそれでお願いします」

「はいよ。じゃあ先払いね」

ボクは、1500円を払って、おばあさんに算数ドリルと課題図書と原稿用紙を渡した。

これで一安心。残りの夏休みはゲームざんまいだ。

おばあさんが来たのは、夏休み最後の日だった。

「おばあさん、遅いからヒヤヒヤしたよ」

「すまん、すまん。算数ドリルが思いのほか手こずってな。でもほら、ちゃんと終わったぞ。全問正解だと怪しまれるから、ところどころ間違えておいたぞ」

「サンキュー。気が利くね。さすが宿題屋だ。それで、読書感想文は?」

「ああ、ほい、これじゃ」

おばあさんは、何も書いてない原稿用紙をそのまま戻した。

「何も書いてないじゃないか。半分やってくれるって言っただろう」

「ああ、半分はやったよ」

「何も書いてないよ」

「読書感想文の半分は、本を読むことだ。あたしゃ、しっかり本を読んだからね、あとはあんたが書きなさい」

「そ、そんな~」

おばあさんは「ひひ」と笑った。

「毎度あり。また来年ね」

時計の針は午後5時半。

ヒグラシが、ボクを笑うみたいに鳴いている。

今から読書感想文を書くのか。

その前に、本を読まなきゃ。

あ~あ、終わるかな~。

ボクは泣きそうになりながら思った。

「来年のお年玉は、ちゃんと取っておこう」

(作家)

あるインド人家庭の菜園野菜 《菜園の輪》7

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へび瓜

【コラム・古家晴美】台風が上陸するかもしれない、という天気予報を尻目に、曇天の中、つくば市在住のインド人女性、カッパム・ビーディル・サジナさんご一家の菜園を訪ねた。4月に続き、2回目の訪問だ。今年は猛暑と大雨の異常気象もあってか、サジナさんの菜園の野菜は、昨年ほど豊作ではなかったと言う。

1メートル以上の長さになるsnake gourd(へび瓜)は、昨年、近くのスーパーで苗を購入して育て、たくさん収穫して食べたが、今年はうまく育たなかった。菜園仲間(先輩)の日本人のおばあさんに昨年、分けてあげた種を逆にもらい、それで再度、挑戦している。失敗しても、このような種返しをしてもらえるのは、菜園ネットワークの強みだ。

日本人にとっては珍しいへび瓜だが、ダール(レンズ豆のカレー)に入れてチャパティやロティと食べたり、ターメリック(うこん)と塩の味つけスープに入れて、ご飯と一緒に食べる。

白ゴーヤも昨年はたくさん食べたが、今年はあまりできなかった。しかし、昨年、大量に乾燥させたので、今年になってもそれは食べられる。塩とターメリックをまぶして日干しにしておく。そのまま食べてもよいし、炒めてもよい。白ゴーヤは緑のゴーヤよりも苦みが少ない。

トマトも、芽キャベツ、ケール、サフラン、ほうれん草も、場所を替えて何回も植えたが、ダメだった。

逆に、今年豊作だったのは、キュウリとベリー類だ。キュウリはピクルスにして保存した。同じものが続くと、飽きてしまうので、保存食や冷凍・乾燥するなどして、工夫している。ラズベリー、グーズベリー、いちごも、今回はカゴいっぱいにできて、畑でそのまま食べるのが最高においしい。

日本人では思いもつかぬ活用法

秋になって、里芋ができるのを楽しみにしている。ゆでてから、そのまま食べるか、少しつぶしてヨーグルトと少量のクミンを混ぜて食べる。

あるいは、ゆでたものを賽(さい)の目に切って、black mustard(クロガラシ:辛くない。これを入れると味が劇的に変わりおいしくなる、とのこと)と、カレーリーフを入れ、ココナッツオイルで、塩味で炒める。これは辛くないので、子どももよく食べる。日本のゴマあえなどの副菜に相当するらしい。

また、今年はターメリックを植えた。成功するかどうかわからないが、葉っぱが枯れたころに根を引き抜き、すりおろす。料理には使用せず、ペースト状にしてから肌にパックしようと考えている。乾燥肌の修復に効果があり、保湿性を高めると言う。

今夏の畑仕事は、必ずしもうまくいったとはいえなかったが、周囲の方々に支えられながら、再度、挑戦したいと張り切っているサジナさん。畑の収穫物である里芋を炒めたり、ターメリックをパックにしたりと、日本人では思いもつかぬ活用法は、インドの食文化、生活習慣を反映している。(筑波学院大学教授)

「百年亭再生プロジェクト」に着手 《宍塚の里山》92

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百年亭の内部

【コラム・佐々木哲美私たち「宍塚の自然と歴史の会」は、関東平野有数の規模と質を誇る「宍塚の里山」の保全、ここを活用した環境教育・自然調査などを、多様な主体に参加してもらい実施してきました。具体的には、観察路の整備、小川・林・湿地の保全、自然農田んぼの体験、里山内にある池の外来生物駆除などです。

ところが、これらの活動に参加する子供、母親、女子学生の着替える場所やトイレの確保が切実な問題でした。このため、3年前、里山に隣接した築百年以上の住宅を購入し、手を加えて、そういった場所として使うことにしました。

傷みが激しいですが、古民家に詳しい一級建築士に調べてもらったところ、里山の歴史や文化を伝える価値のある建物であることが分かり、「百年亭と名付けました。そして、「百年亭再生プロジェクト」を立ち上げ、修復計画、資金調達、活用計画を立てています。修復はできるだけボランティアを募って行います。その活動は本サイトの記事、古民家「百年亭」再生プロジェクトがスタート(3月28日掲載)で紹介されています。

クラウドファンディングで300万円募集

今回、その資金集めの方法として、クラウドファンディングを活用することにしました。「インターネットを介して不特定多数の人々から少額ずつ資金を調達する」方法で、新たな資金調達の仕組みとして注目されています。期間は9月5日~10月21日、第1期目標額は300万円です。

クラウドファンディングに並行して、助成金申し込みも受け付けます。建物の完成には800万円程度が必要ですが、様々な手法で宍塚の里山の重要性を伝えながら進めます。

我々の目標はあくまでも、緑豊かな里山を次世代に良い形で引き継ぐことであり、現在行っている保全活動はそのためのものです。そして古民家修復プロジェクトは、活動を楽しく効率的に進めるためのものです。このプロジェクトを通じ、新たな若者たちに加わってもらいたいと思います。

将来的には、私たちの会員が利用するだけでなく、広く市民に開放された「ミニ・ネーチャー・センター」として、地域の交流拠点になればと思っています。(宍塚の自然と歴史の会 副理事長)

<クラウドファンディングのリンク先はこちら 募集は9月5日午前0時から開始