月曜日, 4月 21, 2025
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安倍さんの国葬、「感動」の弔辞だったのか《邑から日本を見る》121

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常陸秋そばが満開に(那珂市)

【コラム・先﨑千尋】「賛否交錯の中 安倍氏国葬。分断の責任、岸田首相に」。これは、安倍さんの国葬儀の翌日の「東京新聞」1面の見出しだ。

同じ紙面に、豊田洋一・論説主幹が「国葬とは国家として故人を葬送する儀式である。国家とは、領土や居住する国民、政治権力で構成され、国家意思を決定するのは主権の存する国民だ。国民が同意しない国葬はありえない。(中略)報道各社の世論調査によると、この国葬には半数以上が反対する。故人を静かに悼むはずが、首相の浅慮により、国民を分断し、儀式から静謐(せいひつ)を奪った。その責任は首相にある」と、厳しく岸田首相を糾弾する。

自民党の二階俊博元幹事長は「黙って手を合わせて見送ってあげたらいい。議論があっても控えるべきだ」と語っていたが、その後もメディアは黙ることなく、国葬の是非について多くの識者の声を載せている。

その1人、評論家の佐高信さんは毎日新聞の記者と国葬当日に現場を歩き、ルポしている。「閣議決定だけで何でもやろうと思ったら、戦争だってできるんです。国葬、誰が喜んでいるか。いうまでもなくそれは統一教会です。「死」は私事の最たるものであり、その私事を『公』に利用するのが国家だ。『公』が『私』のもとに無制限に入り込み、公私の区別がつかなくなる。国は異論を封じる道具に使われる」(9月30日「毎日新聞」夕刊)。至極まともな考えだと思う。

G7首脳は誰一人来なかった

国葬で菅前首相が読んだ「絶賛弔辞」も話題を集めている。立場の違う会葬者の心をつかみ、静かな拍手が広がったという。しかし、この弔辞にはウラがある。ニュースサイト「リテラ」は「菅義偉が国葬弔辞で美談に仕立てた『山縣有朋の歌』は使いまわしだった。当の安倍晋三がJR東海葛西敬之会長の追悼で使ったネタを」(10月1日配信)と報じている。

それによると、菅さんは弔辞の最後に「かたりあひて 尽しし人は 先立ちぬ 今より後の 世をいかにせむ」という山縣有朋の歌を引用した。朝鮮の民族主義活動家・安重根に暗殺された伊藤博文をしのんで、山縣が詠んだ歌だ。伊藤と山縣の関係を、自分と安倍との関係になぞらえたのだろうが、この歌は、安倍さんが6月、盟友の葛西会長の葬儀の弔辞の最後に入れたものとネタバレしてしまった。

では、その山縣有朋とはどのような人だったのか。明治政府の軍事拡大路線を指揮した日本軍閥の祖。治安警察法などの国民弾圧体制を確立し、教育勅語を作らせた。安倍さんが最後に読んだという『山県有朋』(岩波新書)の著者岡義武氏は、山縣を「閥族・官僚の総本山、軍国主義の権化、侵略主義の張本人」と見ている。

戦前の軍国主義に引き戻そうとした安倍さん。抵抗する官僚を干し上げてきた菅さん。2人の体質は似ているようだが、税金を使った国葬の弔辞で、軍国主義の権化のような人間の歌を、美談仕立てに紹介するというのはいかがなものか。

そういえば、国葬の前後に弔問外交を、と岸田首相は言っていたが、G7の首脳は誰一人来なかった。挨拶程度の弔問外交で、どのような成果があったのかも伝えられていない。統一教会の問題はさらに広がりを見せ、岸田さんは「運の尽き」か?(元瓜連町長)

土浦の花火から消える「風物詩」 《吾妻カガミ》143

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土浦の花火(土浦市提供)その1

【コラム・坂本栄】11月5日、桜川畔の「土浦の花火」大会が3年ぶりに開かれることになりました。コロナ禍がまだ残っていることもあり、実行委員長の安藤土浦市長はどうするか迷ったようですが、知恵を絞ったコロナ対策を立て、開催を決めました。そのメニューを聞くと、緊張感が伝わってきます。

河川敷の席取りがなくなる

人が密になるのを避けるため桟敷席の密度を減らすとか、観覧区画の入口で体温を計るとか、おしゃべりを減らすため飲酒はできるだけ控えてもらうとか、いろいろな手を組み合わせるそうです。具体的な対策は、記事「3年ぶり 11月5日開催決定 土浦全国花火競技大会」(9月5日掲載)をご覧ください。

記事には載っていませんが、花火の「風物詩」がいくつか消えるのは残念です。その一つは、有料桟敷席手前の河川敷に向かい、できるだけよい場所を押さえようと、陣取りに走る光景がなくなることです。これまで、パワフルな場所取りの話を聞くと、花火が近づいたことを感じたものですが…。

早い者勝ちだった河川敷の一画は、今年は有料の椅子席になります。密をつくらないようにする対策ですが、椅子席新設で収入を増やす狙いもあるようです。市も考えるものです。

市の大会補助は以前と同じ

土浦市花火対策室長の菊田雄彦さんによると、今年の大会予算は2億2000万円(収入は有料席販売が中心)。市財政からの補助は8500万円、警備要員(警察官と市職員は除く)は450人と、いずれも従来とほぼ同じということ。運営方法はいろいろ変えても、補助金と警備体制は維持されます。

無くなる「風物詩」のもう一つは、桟敷席券の販売風景が消えたことです。以前は、販売日の早朝、霞ケ浦総合公園内の体育館入口に設けられた販売所には、長蛇の列ができました。私は散歩を兼ねてその列を見に行き、桟敷席への思いを聞くのが楽しみでした。これも密を避けるという理由で、今はやりのネット販売に切り替わりました。

土浦の花火(土浦市提供)その2

土手の露店は2割減の800?

無くなりはしないものの、抑えられる「風物詩」もあります。催事を盛り上げる露店です。花火の帰り、値引きされた焼きソバや焼き鳥を買うのは楽しいものですが、これも密を減らすために、従来の約1000店から約800店になる可能性もあります。

菊田室長によると、土浦橋から桟敷席に向かう土手は露店ゼロになるそうです。桜の古木が連なるアクセス路のお祭りムードは抑えられます。打上げ区画前の桟敷席に向かうとき、気分を高めてくれる露店チェックができなくなるのは残念です。

コロナ禍はいろいろなことを変えました。仕事もパソコンを使い遠隔でやるのが当たり前になりました。花火大会の運営も変わり、「風物詩」が無くなるのは仕方ありません。災い転じて福となす。コロナ禍によって花火大会も洗練された形になります。(経済ジャーナリスト)

<参考>花火大会の安全対策については、コラム116「また中止された土浦の花火を考える」(2021年9月20日)で、打上げ場所の話などを取り上げました。

信州の山《続・平熱日記》119

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【コラム・斉藤裕之】初めて信州の山並みを見た時の感動を今も覚えている。生まれ育ったところの丘のような山とは全く違う。その手の届かないような高さや鋭角な形、色。それが幾重にも連なっている様(さま)は、「畏怖(いふ)」とか「崇高」とか普段あまり使わない言葉を想起させる。

信州上田に大学の後輩が住んでいる。作家でもあり、コーディネーターとしても活躍している彼が、上田のとあるパン屋さんで展覧会をやるから信州の山絵を描いてよこせ、と言う。題して「信州山景クラッシック」。なるほど。30年近く前に私の冗談から始まった、「富士山景クラッシック」という富士山をテーマにした展覧会の信州版ということか。

天気予報は晴れ。朝起きて信州行きを決める。5時出発。予定では3時間余で上田に着く。関東平野の終わりに妙義山が見えてくる。長いトンネルをいくつかくぐると、いよいよ信州。知識がないので何という山か知らないが、遠くに蒼(あお)い稜線(りょうせん)が見える。

「待てよ、このまま長野まで行ってみよう」ということで、朝早くに善光寺に参った。実は、初めて訪れた長野市と善光寺。短い時間だったが、山門の上に登って長野の街を眺める。

それから国道を通って上田に。実は娘の義理のお母さんのご実家は上田。かねがね、ゆっくりと訪ねてみたいと思っていたのだが、今回は時間の制限もあるので、とりあえずそのパン屋さんに向かう。店は歴史を感じる旧街道筋の一軒。知る人ぞ知る名店らしい。けれども、実に素直な造りで押しつけがましさがない。

食事のできる2階の窓から烏帽子岳が見えると聞いていたので、階段を上らせてもらうと、畳の上にご主人とおぼしき方がごろりと寝ておられる。なるほど、この風貌にこの店構えに納得。窓越しに山を見ようとするが、山頂に大きな雲がある。黙ってこっそりと引き上げようと思っていたのだけれど、体を起こされたので、「○○さんの友人で山を描きに来まして…」と事情を説明。

上田の空気が頭にあるうちに

折角なので、これぞ店名のルヴァン(酵母)そのもののクロワッサンとコーヒーをいただいていると、雲が取れてきて烏帽子が見えてきた。

しかし、簡単に山を描けると思ったら大きな間違い。まして数時間麓でうろうろしたところで、大した絵が描けるはずがない。それはわかっているのだが…。風景とはよく言ったもので、信州の風、空気を記憶するしかない。

「松本あたりに行くと、アルプスが見えていいけどねえ…」とご主人。脳裏にその風景が浮かぶ。地図を見ると、ここからそう遠くないが、残念ながらタイムリミット。

帰り道、高速道路沿いの満開の葛(くず)の花が気になってしょうがない。昨年はこの花をあまり見かけなかったので、今年こそ絵を描こうと思っていたからだ。大きな葉に隠れるように咲いているからだろうか。とても鮮やかな花なのにあまり人目につかない。

帰宅して、まだ頭の中に上田の空気が残っているうちに絵筆をとることにした。(画家)

大動脈解離 医療と運 《くずかごの唄》117

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イラストは筆者

【コラム・奥井登美子】夫が76歳のときだった。元気でジョギングが大好き。「東京で会議があるので、皇居のまわりを3周してから行く」といって出かけていった。

「モシモシ。奥井清さんのお宅ですか?」
「ハイ」
「こちら東京医科歯科大学病院の救急医のHと申します。奥井さんが救急搬送されました。検査をしたいのですが、家族のサインが必要です。15分以内に病院に来てもらいたいと思います」
「意識はありますか?」
「意識はありません。早くしないと呼吸が止まる可能性もあります」

病院は御茶ノ水駅の近くだ。空を飛んでいきたいが、それでも土浦から15分は無理。どうしよう。医者の兄は千葉で、1時間近くかかる。娘は世田谷。タクシーで30分はかかる。困った。

呼吸が止まるかもしれないと言われた。いったぃどうしたのだろう。タケちゃんしかいない。私は祈るような気持ちで、文京区白山の弟の加藤尚武に電話してみた。

「10分以内に行けるよ。大丈夫すぐ行く」

手早い技術と処置が命を救ってくれた

外科医の兄が次の日、動脈乖離(かいり)の国際的専門医、増田政久先生を千葉から連れてきてくれた。

「運がよかったですね。救急車がこの病院へ連れてきてくれたこと。血胸(けっきょう)を抜く技術が格段に優れています。家族がすぐに来てくれたこと。どうやら、動脈の中膜(ちゅうまく)が乖離して、肺にたまって、呼吸困難になり、まだわかりませんが、脳へ行く血管も保護されたようです」

大動脈の37センチ解離だった。肺にたまった血液が呼吸を止める寸前に、ドレーンを使って血胸を抜いてくれた。この病院ならではの、手早い技術と処置が命を救ってくれた。脳へ行く血管の1センチ下から乖離したおかげで、脳の機能も保存された。

人間の死と生が運で決まることもあるのだ。(随筆家、薬剤師)

「おみたまヨーグルト」 《日本一の湖のほとりにある街の話》4

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【コラム・若田部哲】夏。小美玉市の畑では「おみたまピラミッド」と呼ばれる、緑色の巨大な堤防のようなものが築かれます。その正体は、酪農家が育てた高さ4メートルにもなるトウモロコシを、刈り取り破砕して、ショベルカーやブルドーザーなどの重機でうず高く積み上げたもの。まるで土木工事のようですが、これを乳酸発酵させることで、乳牛のための良質な飼料となるのだそうです。

茨城県No.1の生乳生産地であり、2018年には「第1回全国ヨーグルトサミットin小美玉」が開催され、2日間で約4万人を動員した酪農王国・小美玉市。今回は、同市で30年以上にわたり、良質な乳製品を作り続けてきた「小美玉ふるさと食品公社」の木村工場長に、同社のヨーグルトのおいしさの秘密について伺いました。

おいしさの下地として、まず木村さんが挙げたのが、同社の前身である堅倉(かたくら)村畜牛組合が掲げた「土づくり・草づくり・牛づくり・人づくり」というモットー。冒頭で紹介した「おみたまピラミッド」は、まさにその言葉の象徴となる風景なのです。

そして次の秘密が、小美玉市の酪農家の密度の高さ。「酪農」といえば、多くの方はまず北海道を連想するかと思いますが、北海道は広大なため、各酪農家の距離が離れています。それに対し、小美玉は日本一酪農家の密度が高いため、生乳を速やかに酪農家から加工場である公社まで運搬することが可能です。

ヨーグルトは生乳の鮮度が命

ヨーグルトの原料となる生乳は鮮度が命のため、このスピード感は製品の品質向上のための大きなメリット。毎朝新鮮な生乳を酪農家から集め、少しでも鮮度が落ちないうちに加工するという基本に忠実な作り方が、同社のヨーグルトのおいしさの何よりのポイントなのだそうです。

さらに、乳酸菌がいかに心地よく乳製品にしてくれるか、温度・時間の管理がキモであり、酸味・甘味・なめらかさ・もっちり感、そのどれを最大限引き出すかが腕の見せどころとのこと。同社はその確かな加工技術により、看板商品「おみたまヨーグルト」のほか、同市産のフルーツを用いた季節ごとの小ロット多品種展開を行っています。

酪農には、観光牧場的方向性と生産品質向上の方向性があるなかで、あくまで品質での勝負・食品加工での認知向上を図っていきたいとの木村さんのお話でした。

6月には、パッケージにもこだわった新商品「OMIYOG CRAFT」も発売され、さらに展開が拡大していく小美玉のヨーグルト。全国随一の酪農環境が生み出す味わいを、ぜひお楽しみください。(土浦市職員)

素人になり切れない世界の片隅で 《ことばのおはなし》50

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【コラム・山口絹記】ファインダー視野率、ダイナミックレンジ、開放描写、色収差。これらの単語、何の用語かわかるだろうか。

カメラとそのレンズに関するマニアックな専門用語である。あえてマニアックと書いたのは、こんな用語知らなくても写真は撮れるからだ。あえて言い切ってしまおうか。こんな用語知らなくていい。知らなくていい、のだけど、知らないでいる、ただそれだけのことが、私たちの生きるこの世界では、もはや難しくなってしまった。

例えばカメラが欲しいと思った時、まず何をするだろう。身近に写真をやっている知り合いがいなければ、きっとおすすめのカメラを見つけるためにネットで検索をするだろう。

おびただしい数のおすすめカメラが提示され、使用するレンズの大切さを一から教示してくれるはずだ。ついでにプロレベルの撮影技術から、あらゆる専門用語にまみれたレビュー情報を摂取できる。これらの知識を雑誌や専門書で手に入れようとしたら、なかなかの金額がかかるはずだ。しかし、ネットで閲覧している限り、全部無料である。ああ素晴らしい新世界。

とはいえ、ある程度の前提知識があればありがたい情報も、これから何かを始めようとしている者には過度な情報の激流に違いない。無料でいくらでも情報が手に入るこの世界線で手に入らないモノ。それは情報に対する適切なフィルターなのだ。

「いちいちうるせぇな」「これでいいのだ」

数多のサイトを巡礼して、やっと決めたカメラとレンズ。通販サイトの購入ページに進めばおのずと目に入るのはどこかの誰かが書き残したレビューだ。そこには「開放付近の軸上色収差が酷(ひど)くて使い物にならないレンズ。売りました」なんて書かれていたりする。まことに余計なお世話である。

そう、どんなものにも欠点はある。当然だ。だって完璧なものがあったら、世の中に同じような性能のカメラやレンズがこんなにたくさんあふれることはないのだから。その欠点を許容できるかどうかは、まずは自分で試してみない限り、わからない。

とはいえ、人様の意見というのはどうにも気になって仕方ないものだ。そんな時のためのとっておきの呪文がある。

「いちいちうるせぇな」「これでいいのだ」。私はいつもこう唱えて、一歩踏み出すことにしている。

なんて偉そうなことを書いているのだけど、実は最近、私自身、食わず嫌いで手を出していなかったモノに手をだして大きな発見があった。それについては次回の記事で書こうと思う。(言語研究者)

孤立し苦境に立つプーチン大統領 《雑記録》40

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【コラム・瀧田薫】ウクライナ軍が、9月中旬以降反転攻勢に出て、ロシア軍に占領された北東部の要衝を奪還しつつある。これに対し、プーチン大統領は、9月21日のロシア国内向けテレビ演説で、予備役に対する部分的動員令(30万人の徴兵)を発動すると宣言し、さらにウクライナ東部や南部のロシア軍占領地域において住民投票を実施し、その上でロシア領に併合する意向を示した。

この演説で特に注目されるのは、新しくロシア領(クリミア半島を含む)となった地域をウクライナ軍が奪還しようとすれば、「あらゆる手段でこれに対抗する」としたことである。この「あらゆる手段」とは、具体的には何を指しているのだろうか。ラブロフ外相が国連総会の一般演説で、ロシアに編入される地域を防衛するために核兵器を使用する可能性を示唆していることと重ね合わせれば、狙いの一つは「核兵器の使用」であり、もう一つは「ウクライナに対する宣戦布告」であろう。

プーチン大統領は、これまでロシア国民を報道管制下に置き、ウクライナ侵攻が国民生活とは遠い世界の出来事であるかのように伝えてきた。しかし、今回の演説のなりふり構わぬ内容は、ウクライナ侵攻当初の楽観が根底から崩れ、ロシア軍が苦戦している事実をプーチン大統領自らが告白したに等しい。

当然、国民一般の受けたショックは大きく、ロシア国内の複数の都市で市民による反戦デモが発生し、徴兵を恐れる市民やその家族が飛行機や車を利用してロシア国外に脱出し始めているとの情報も伝わってきている。当面、この混乱が政権の土台を揺さぶるほどに拡大することはないだろう。また、ロシア軍によるクーデターが起きる可能性もさほど大きなものではないだろう。

独裁者の妄想という不条理

しかし、ウクライナ侵攻の大義、すなわちロシアの過去の栄光を取り戻し、大国としてのパワーを維持し続けるための軍事力行使は、はっきり裏目に出たというのが軍事専門家大方の見方である。それでも、プーチン大統領は侵攻をやめないし、やめられない。

最低限、ロシア軍が占領した東部および南部の4つの州をロシア領として併合できれば、それを戦果としてウクライナとの停戦協議の席につくことはあり得るかも知れない。しかし、ウクライナ政府がそれに応じる可能性は限りなく低い。結局、戦争の膠着(こうちゃく)化、長期化の可能性が一段と高くなっている。

その場合、プーチン氏は政権の維持はできても、ロシアの衰退に歯止めをかけることは難しくなる。中国やインドなどロシアが頼りにしている国々も戦況を分析しつつ、それぞれ国益にかなうロシアとの距離の取り方を模索し始めている。

友邦との関係においてさえ孤立しつつあるプーチン大統領の焦燥やストレスが臨界に達すれば、一瞬の衝動によって核戦争のボタンが押される可能性を誰が否定できよう。独裁者の妄想が世界を破滅させる不条理に怯えながら生きる、それが今の時代のグローバル・コモンだとすれば、あまりに悲しく虚しい。(茨城キリスト教大学名誉教授)

人が不満を言うとき 《続・気軽にSOS》118

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【コラム・浅井和幸】自分が正当に評価されていないとき、不安が大きいとき、公平でないとき、何か問題があるとき、人は不満を口にします。人の生活も心も単純ではないですから、いろいろな理由が絡み合って不満は募るものです。

口を突いて出てくる不満は、正当性が前面に出ます。わがままではなく、自分の不満には正当性があると主張します。もっとわがままにふるまいたい、えこひいきされたい、褒められたい―なんていう願望は前面に出せませんし、本人も気づいていないことが多いものです。不満をまともに受けて解決しても、事態がさらに悪化することがあります。

長男「昨日の夜も、弟の方がハンバーグ大きかったじゃないか。ずるいよ。いつも自分ばっかりがまんしている。不公平だよ」

母親「ごめんね。気づかなかった。これからは同じ大きさにするから、いつまでも前のことばかり言わないで、そのときに言いなさい」

それほど不思議な会話ではないですよね。これで問題なく分かったと、お互いが気持ちよく過ごせていればよいのですが、それでは納得できないと、長男が暴れるようであれば、公平な解決を急がずに、長男が思っていること、聞いてほしいことに焦点を当てることが大切です。

長男は、昨夜のことやいつも(過去)のことを言っています。対する母親の回答は、今後のことです。長男はこれだけがまんしているのだから、偉い自分をほめてほしい、認めてほしい、という願望を持っているかもしれませんが、母親は解決方法の話をしています。

母親は、長男が嫌な思いをしているのだから、早く解決してあげたいという気持ちになります。この部分にずれが生じ、長男は自分の言っていることを無視されたという感覚になります。

その問題解決が不満を増やす?

この感覚のずれは、会話が成立していないことで判別します。もう一つが、長男が客観的な公平を求めているのであれば、自分の方が大きいときは、喜ばないで弟に分け与えているはずです。それが普段から見られないのであれば、自分が大きなハンバーグを食べたいという気持ちを伝えたいと捉えるべきでしょう。人は自分の得るものを小さく、他人が得るものを大きく感じてしまうものです。

同じことは、大人の会社内での場面でもよく見かけます。自分(A氏)の方が仕事をこなしているのに給料が低いとか、同じ職場のB氏がミスをするからいつも自分がフォローしていて迷惑だとか。問題解決をするには、A氏の仕事を減らす、あるいは給料を上げる、B氏と職場を離す、B氏のミスを別の人にフォローさせる、B氏がミスをしない対策をする―などが考えられます。

ですが、その対策を提案したところで、A氏が満足しないこともあるでしょう。さらにはA氏がミスをしたときに、周りもフォローしているから、お互い様だと説得をしたら逆効果でしょう。不満に対する問題解決自体が不満を増やすかもしれないことを、頭の片隅に入れておいて損はないですよ。(精神保健福祉士)

りんりんロードでシベリアを目指す《ポタリング日記》8

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「りんりんロード」虫掛休憩所=土浦市虫掛

【コラム・入沢弘子】「シベリア」がずっと気になっていました。ジブリ映画『風立ちぬ』で登場して、印象的だったからです。

映画の中の「シベリア」は竹皮と新聞紙に包まれた、黒い具材を挟んだ三角サンドのようなもの。映画は1920年代の激動の渦中にある日本を舞台に、航空技術者・堀越二郎の半生を主題にしたものですが、西洋の影響を受けた文化の描かれ方が、ノスタルジーを感じさせるものです。「シベリア」は今も売られていると知り、ポタリング散歩で買いに行くことにしました。

出発地点は、今年7月にリニューアルした「りんりんロード」虫掛休憩所。18台分の駐車場、テーブル付きベンチ、新しいトイレの壁面には空気入れも設置。トランクから出した愛車「BROMOTON」(ブロンプトン)を組み立てるスペースも広くて安心です。

初めて食べるのに懐かしい味

さあ「シベリア」目指してスタート!

枯葉色に変化しつつあるハスの葉、黄金色の稲穂、青々としたひこばえ、白く広がるソバの花、色づき始めた桜の葉。秋色のグラデーションを楽しみながら行くと、武者塚古墳の標識。石室から古墳時代の人の結った頭髪・みずらが、日本で唯一、形を保ったまま発掘されたそうです。石室の展示施設があるそうなので、帰りに寄ってみましょう。

「かきぬま」のシベリア

筑波山が宝篋山(ほうきょうさん)に隠れた頃に藤沢休憩所。少し先を右手に曲がり一般道へ。高岡根の標識からは緩やかな上り坂。信号を渡ると、右手に菓子処「かきぬま」があります。「シベリア」は掌(てのひら)の半分ほどの大きさですが、ずっしりとした重み。映画で観たものと同じ形状です。

道路を土浦方面に少し戻り、新治ふるさとの森に入ります。公園内には「ひたちふじさわ」の駅名標が建っていました。土浦方面には「さかた」、筑波山方面には「たとべ」の印字。旧筑波鉄道の駅から移築したのでしょうか。

ベンチに座っておやつタイム。水ようかんが挟まれ、しっとりしたカステラ生地の「シベリア」は、初めて食べるのに懐かしい味がしました。(広報コンサルタント)

「NEWSつくば」は今日が5周年 《吾妻カガミ》142

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NEWSつくば活動拠点の日本国際学園大学体育館㊧と、体育館入り口の看板

【コラム・坂本栄】旧常陽新聞の記者が中心になって立ち上げた「NEWSつくば」がスタートしたのは2017年10月1日。当初の月間閲覧数は数万でした。それから5年たった今、閲覧数は10倍以上に増え、つくば・土浦エリアの話題を伝えるネットメディアとして定着しつつあります。

新聞にしてもテレビにしても、多くのメディアは営利組織ですが、本サイトは非営利のNPO法人によって運営されています。私たちは、読者が減少する紙の新聞に代わり、地域の諸相を伝えられるメディアは何かを研究。運営費を地域有志(意識の高い個人や地域メディアが必要と思う法人)の寄付に頼る「ネット新聞」で行こうと、このサイトをつくりました。

ポスト新聞の地域メディアモデルに

この5年間、私たちは「ポスト新聞時代の地域メディアのモデル」になることを目指してきました。この試みを面白いと思ったのか、大手新聞や大学研究者から取材を受けました。

「NEWSつくば」の特徴は執筆陣です。記事のチェックは地域紙にいたベテラン記者が担当しますが、市民記者(大学教授、大学生、一般市民)、他メディアにも寄稿するフリー記者、一般紙や専門紙を退職した記者などで構成されています。一緒に活動をしたいと思っている方がおりましたら、大歓迎です。

また私たちは、本サイトを「踏み台」にして、より広い世界を目指そうとするライターも歓迎しています。本サイトの記事は、「Yahoo!ニュース」「Googleニュース」などにも転載されますから、他メディアの編集者の目に付くチャンスは大です。

コラムも本サイトの大事なメニュー

もう一つの特徴は、コラムが多いことです。現・元大学教授、現・元自治体関係者、弁護士・経済アドバイザー・精神カウンセラー、写真家・画家・イラストレーター、作家・脚本家・随筆家、言語研究者・広報専門家、障害者支援・自然環境の活動家、文明批評家―など、現在、24人のコラムニストが登録されています。

こういった方々は、ブログ、ツイッター、フェイスブックといったSNSでも、自分の意見や各種情報を発信できます。しかし、個人サイトの場合、どうしても来訪する読者数に限界があります。その点、地域紙を前身とする「NEWSつくば」をベースにすれば、発信力は格段に強まります。本サイトは「インフルエンサー」(影響力がある人)が集う場でもあるわけです。

コラムニストの身辺情報・雑記、地域行政所感、政治国際問題分析などは、本サイトの奥行きを深めます。その意味で、コラム群は「地域メディアのモデル」を目指す本サイトの必須メニューです。「コラム」をクリックすると、全寄稿者の全記事を読むことができます。

読者コメント欄は少し工夫が必要?

ネットメディアでは、読者に投稿してもらう双方向性も大切な機能です。本サイトでも「コメント」欄を設け、記事やコラムに意見を述べる場を提供しています。ただ、ニックネーム(事実上匿名)ということもあり、言い放題(無責任?)になる傾向があります。

「脱新聞」を図る大手新聞のサイトでは、実名識者のコメント欄を設け、記事を深掘りする工夫がされています。この試みも参考にしながら、①匿名維持②実名限定③両者並立のどれがよいか検討したいと思います。私たちは、記事・写真・動画コンテンツ(中味)を充実させながら、サイトの機能や使い勝手も改良していきます。ご期待ください。(NEWSつくば理事長)

ジョンの代わり《短いおはなし》7

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【ノベル・伊東葎花】

大好きだったジョンが死んだのは、寒い冬の夜だった。

僕はまだ9歳で、妹は7歳だった。

その夜は、何となく別れの予感がしたのだろう。

僕たち家族は、深夜を過ぎても誰も眠ろうとしなかった。

いつもだったら「早く寝なさい」という母も、眠い目をこする妹を抱きしめていた。

父はウイスキーを飲みながら、覚悟を決めたように何度か息を吐いた。

そしてジョンは、眠るように静かに逝った。

硬くなったジョンの感触は、今でも僕の胸に残っている。

その話をしたら、彼女は泣いてくれた。

「いい家族なのね」と言ってくれた。

「ジョンは、何歳だったの?」

「たぶん、15歳くらいじゃないかな。僕が生まれたときはすでに家にいたんだ。僕と妹が背中に乗っても、ちっとも嫌がらない優しい奴だったよ」

「素敵な思い出ね。でも、15歳なら長生きした方よ」

「そうかな。もっと生きてほしかったよ」

「きっとジョンは幸せだったわね。いいご家族に看取(みと)られて」

「うん。そうだといいね」

「あなたがもうペットを飼いたくないという気持ちは、よくわかったわ」

「でもね」と、彼女は分厚いカバンから、パンフレットを取り出した。

「こちらの商品をご覧ください。最新のペットロボット『愛犬3号』です。毛並みも吠(ほ)え方も肉球も、愛らしい目も、本物の犬とまったく変わりません。その上エサはいらないし、排泄(はいせつ)はしないし、なによりきちんとメンテナンスをすれば、一生あなたの傍らにいますよ。いかがですか? お試しもできますよ」

いろんな種類のロボット犬が、パンフレットの中から僕を見ている。

「どうです? 今なら本革の首輪をプレゼントしますよ」

「いや、でも」

「ジョンそっくりに造るオプションもありますよ。お写真があれば簡単です。ちょっとお値段は高くなりますけどね。まあ、あまりこだわらないのであれば、こちらのゴールデンレトリバーV36型がお勧めです」

やり手のセールスレディは、よどみなく早口で話す。

セールストークのお手本みたいだ。

彼女は、もはや僕とジョンの想い出に興味はない。

頭の中は、一件でも多くの契約を取ることで一杯だ。

僕は丁重にお断りして帰ってもらった。

彼女は、「泣いて損した」と言わんばかりに、僕をにらんで帰って行った。

ちょっと美人だったけど、ペットの押し売りなんてごめんだよ。

そもそもジョンが犬だなんて、僕はひとことも言っていない。

大好きだった亀のジョンは、たった15年で死んでしまった。

一万年生きると信じていたのにさ。(作家)

茨城ロボッツを応援しよう!《令和楽学ラボ》20

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茨城ロボッツ

【コラム・川上美智子】スポーツには疎い方ですが、小学3年生の孫に誘われて「茨城ロボッツ」を応援するようになりました。保育園のころにサッカーでつまずいた孫が、小学生になってから茨城ロボッツのスクールに通うようになり、すっかりバスケットファンになってしまいました。

昨シーズンも、アダストリア水戸で行われたホーム試合は全て応援に行き、さらにYouTubeでそれぞれの試合を何度も何度も観戦して、試合運びを分析するほどの熱の入れようです。休みの日には、敷地内の小さな中庭のバスケットゴールで腕をみがいています。

そのような折、ロボッツから試合後の選手に提供するリカバリー弁当の話が舞い込みました。私がオープニングでプロデュースのお手伝いをした「レストランAOYAMA」(水戸市赤塚)のオーナーシェフ青山雅樹さんから、メニュー作成と監修の依頼がきたのです。そんな形でお役に立てればうれしい話と、早速、前職場の茨城キリスト教大学の教員に声をかけ、ロボッツの西村大介社長と詰めに入りました。

昨シーズンが始まり、ロボッツがなかなか勝てなかった時期の話で、昨年12月に6者協定の話がまとまり、年明けから「茨城ロボッツ・スポーツニュートリション 6者連携プロジェクト」がスタートしました。この取り組みが功を奏したのか、この後は、ロボッツが勝利する試合が多くなりました。

「食」の応援プロジェクトは3本柱

このプロジェクトの内容は、以下のようなものです。

1つは、選手に対して月1回栄養カウンセリングを行うもので、茨キリ大学・生活科学部食物健康科学科の目黒周作講師と田井勇毅講師が担当しています。選手それぞれが日ごろより食生活を改善して、強い体、ケガをしない体を作るためのものです。

2つ目は、ホームゲーム後の速やかな体のリカバリーを目指した補食弁当の提供です。メニュー監修は、当方を中心に茨キリ大学が行い、弁当の調理はレストランAOYAMAが担当します。

さらに食材提供として、JAグループ茨城、県酪農業協同組合連合会、県畜産農業協同組合連合会が加わり、安全やおいしさにこだわった茨城県産食材の弁当が誕生することになりました。YouTube で、JAのクオリティLabでの対談「茨城ロボッツ:アスリートと食」が配信されています。

3つ目は、ここで蓄積したスポーツ栄養のノウハウを茨城県の子どもたちの食育やスポーツ選手育成に生かしていく意義あるものです。

このプロジェクトに関わっている全員がボランティアで臨んでおり、今年はさらに、選手が食するロボッツ弁当をアダストリア水戸で何回か一般向けに販売し、選手の弁当の食材費に充てたいと考えています。

10月1日、いよいよ新シーズンが開幕します。選手の強化により、先に開催されたプレシーズン戦は、B1「富山グラウジーズ」と、B2「アルティ-リ千葉」に快勝しました。次年度B1リーグ生き残りの条件、観客数平均4000人以上―などをクリアするため、「GEAR UP 4000 PROJECT」も始まっています。県全体で応援する態勢ができればと強く願っています。(茨城キリスト教大学名誉教授)

かすむ? 安倍氏国葬《邑から日本を見る》120

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谷津田で進む稲刈り

【コラム・先﨑千尋】去る19日、「ホンモノの国葬」をテレビで見た。イギリスのエリザベス女王の国葬だ。聖歌が響き渡る中、王室旗がかぶせられ、王冠を載せた女王の棺(ひつぎ)がゆっくりと教会の回廊を回る。壮大で厳粛な儀式だった。イギリスの王室制度をどう評価するかはさておき、世界史の中でのイギリスの栄光を見せつけられた思いだ。

翻ってこの日本。明日27日、7月8日に凶弾に倒れた安倍元首相の「国葬儀」が東京の日本武道館で行われる。こちらは賛否両論どころか、反対の声が日増しに強くなり、報道機関の世論調査ではダブルスコアで反対、評価しないという結果になっている。国会議員では、野党第一党の立憲民主党党首だけでなく、自民党からも村上誠一郎元行革相が欠席、と伝えられている。

強い反対の声を押し切っての国葬。当事者の安倍さん、遺族の昭恵さんや国葬を決めた岸田総理の心中は分からないが、おそらくこんなはずではなかった、と考えているのではないか。イギリスのすぐあとということもあって、二番煎じの感がする。

法的根拠がない

私は今度の安倍さんの国葬に反対だが、その理由は二つある。

一つは、法的根拠がないということだ。内閣法制局の見解では「国葬とは、国の意思により、国費をもって、国の事務として行う葬儀をいう」だ。では、国の意思とは何か。

国会、行政、司法の三権のうち、「国権の最高機関」であり「全国民を代表」するのが国会だ。意思決定過程に国会が関与することが求められるというのが、衆院法制局の見解。岸田さんは内閣府設置法をもとに、国葬は「その都度、政府が総合的に判断するのがあるべき姿だ」と言っているが、詭弁(きべん)でしかない。

国葬が「国の意思」によって行われるものだとすれば、内閣(行政府)の一存では決められない。現憲法下では、国民が主権者であり、内閣は主権者ではない。国会が決めたことを執行するのが内閣なので、国葬にすることを国会での議論を経ずに閣議で決めることはできない。

岸田さんは、民主主義のプロセスを無視してきた安倍首相のやり方を踏襲した、と考えているのだろうか。山崎拓・元自民党副総裁ですら「安倍元首相国葬決定はあまりに拙速すぎた。国会に諮るべきだった」と批判している(「NEWSポストセブン」8月29日)。

「業績」も?

反対するもう一つは、安倍さんの「業績」のことだ。私はこれまで、このコラムでかなりしつこく安倍政治を批判してきた。特定秘密保護法や集団的自衛権を認めた戦争法の制定や憲法解釈の変更、共謀罪の創設、東京電力福島第1原発の事故を忘れさせるための東京オリンピック誘致(安倍さんが亡くなった途端、膿が一気に噴き出してきた)、憲法改悪の準備―などなど。また、国会で平気で嘘をつき、ごまかした。

新基地反対の声を上げ続ける沖縄や安倍政治に抗議する人たちには居丈高になり、強大なアメリカに対しては卑屈になる。「地球儀を俯瞰(ふかん)する外交」と言いながら、北朝鮮の拉致問題は置き去りにし、プーチンと何十回も会ったと言いながら、北方領土問題は1ミリも動かなかった。

仮に国葬を認めるにしても、以上の理由で、安倍さんはその対象にはならない。内閣葬か、「お別れの会」なら仕方がないが。(元瓜連町長)

棗とナツメ《続・平熱日記》118

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【コラム・斉藤裕之】今年も玄関脇の棗(なつめ)がたわわに実った。身の重さで稲穂のように枝が垂れ下がるほどだ。友人の植木屋さんによれば、うちの棗の実はかなり立派なのだそうである。参鶏湯(サムゲタン)などに使われるとか、漢方薬として体に良いとかいわれる棗だけれど、数年前に加工してビンに保存した実は一度も使ったことがない。

棗との出合いはかなり昔にさかのぼる。夏休みにまだ小さな子供たちと帰省した折、よく訪れていた公衆温泉浴場がある。海水浴に行った後などは、風呂に入れる手間がかからず安価で便利をした。

その浴場の駐車場に涼しげな木があった。それが棗だ。そのことを覚えていて植えてみた。しかし見た目にはわからなかったが、幹や枝にはかなり強烈なトゲを身にまとっていて、かなり厄介だということがわかった。特に若い枝は小さな鋭い棘がいっぱいで、不用意に触ると大変だ。なるほど、棘(とげ)という字と棗という字が似ているのは納得できる。

さて、ここに別のナツメが3つある。茶道で使うお茶の粉を入れるナツメだ。棗の実に似ているので、こう呼ばれるそうだ。これは亡き母のもので、母は茶道の先生の看板を持っていた(茶を入れたところは見たことがない。多分、日々の暮らしが忙しすぎてそれどころではなかったのだろう)。

数年前、実家を処分するときにわずかに持ち出したものの中に、このナツメがあった。恐らく、通販かなんかでシリーズものとして買ったのではないかと思われるのだが、1つは木製で黒と赤の漆が塗ってある。それから白い陶器のもの。これには梅のような花が描いてある。最後は錫(スズ)製のもので植物の蔓(つる)が彫られている。

あの3つのナツメがちょうどいい

さて、妻が亡くなって遺骨は収まるところが決まったが、本人の希望で仏壇はいらないから、小さな骨のかけらを2人の子供たちのところにしばらく置いてほしいと言われていた。なんとなくそのことは頭の隅にあって、どうしたものかと考えてはいたのだが、ある日ひらめいた。そうだ、あの3つのナツメがちょうどいい。

私は木の箱を作ることにした。薄い板は案外売ってないものだが、夏休みの工作用なのか杉の薄い一枚板を安く売っているのを見つけた。早速小さな箱を作って、以前妻が買った真田紐(さなだひも)で蓋(ふた)を括(くく)れるようにした。ひらがながいっぱい書いてある、母が残したお習字の手習い半紙でそっとかけらを包んで入れた。

ナツメを入れる袋は、妻が使っていたハンカチを使って友人に縫ってもらった。箱書きは字の達者な次女に任せた。こうして10センチ立法ほどのかわいらしい木の箱が3つできた。

棗の実を1つかじってみる。甘くて少しぱさぱさしたリンゴのよう。ふと、墓の近くでそよぐナツメの木も悪くないと思った。実をいくつか拾ってポケットに入れた。(画家)

古民家再生とクラウドファンディング 《宍塚の里山》93

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百年亭外観

【コラム・佐々木哲美】認定NPO法人「宍塚の自然と歴史の会」は、築100年ほど経過した古民家を修復する「百年亭再生プロジェクト」に取り組んでいます。その資金集めのためにクラウドファンディングが始まっています。期間は9月5日~10月21日、第1期修復工事の目標額は300万円です。

9月21日現在、170万5000円(目標の56パーセント)と、多くの方々から寄付をいただいています。その後、第2期工事=約200万円、第3期工事=約300万円、合計約800万円の費用が掛かります。目標達成への道のりは長いですが、達成を目指して最後まで頑張っていきたいと思います!

スタッフ全員がクラウドファンディングに取り組むのは初めての経験です。将来、里山保全のための資金集めなども視野に入れ、この際、しっかりこの方法を学ぶことも意図しています。

クラウドファンディングは、インターネットの普及に伴い、米国で2000年代に始まり、日本でも2011年からサービスが提供され、急速に拡大しています。この資金調達の形式には、「寄付型」「購入型」「融資型」「株式型」「ファンド型」「ふるさと納税型」のタイプがあります。

選択できる購入型は、「All-or-Nothing(オール・オア・ナッシング)型」「All-In(オールイン)型」の2種類があります。「All-or-Nothing型」は、募集期間内に目標金額を達成した場合のみ、プロジェクトが成立する方式です。取り組みへの覚悟を示すために、こちらも考えました。しかし、今回のプロジェクトでは、資金が集まらないからと断念するわけにはいかないと、「All-In型」を選択しました。

多くの応援メッセージをもらいました

初動が大切と言われ、直前でしたが応援メッセージをお願いしたところ、多くの方が協力してくれました。

ラムサール湿地ネットわたらせ事務局長で栃木県小山市長の浅野正富氏、日本ナショナル・トラスト協会会長の池谷奉文氏、日本自然保護協会理事長の亀山章氏、NPO法人茨城県環境カウンセラー協会理事長の軽部達夫氏、茨城県生物多様性センター・センター長の山根爽一氏をはじめ、大阪府立大学名誉教授の石井実氏、明治大学農学部教員の倉本宣氏、筑波大学教授の田村憲司氏と吉田正人氏などから応援メッセージ寄せられました。

資金集めが始まってからも、霞ケ浦市民協会理事長の市村和男氏などからも激励のメッセージをいただきました。これらはここから覧になれます。

ホームページの作成も若者たちが中心になり、クラウドファンディング事業者のスタッフと何度も打ち合わせして仕上げました。なかなかの出来だったと自負しています。是非ご覧になって、ご支援をお願いします。(宍塚の自然と歴史の会 副理事長)

松本清張につまずきそうになる 《くずかごの唄》116

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イラストは筆者

【コラム・奥井登美子】今年7月の文藝春秋に「創刊100周年記念 文藝春秋が報じた事件事故の肉声」という企画があり、その一番初めに「下山事件」が載っている。国鉄総裁だった下山定則氏の轢断(れきだん)死体が発見され、他殺か、自殺かでもめた事件である。東京大学薬学部の秋谷七郎教授は他殺説。それを取材して報じたのが松本清張だった。

(私の夫)清の兄の奥井誠一は私の学生時代の先生。当時、私が通っていた東京薬科大学女子部は上野桜木町にあった。東大に近いので、講師の先生は東大の助教授が多かった。奥井誠一は秋谷教室の助教授だった。私たちは「裁判化学」を彼から教わった。

クラス委員だった私は、かなりずうずうしく講師先生の所に行っては、色々な交渉をした。クラスの中でも沖縄から来た人は、パスポートがないと自分の家に帰れない時代だった。1950年のある日、私は秋谷教室に行った。

当時の東大薬学部は古い建物で、廊下などは腐って穴が開いている。帰るときに奥井先生から「そこに人が寝ているから、つまずかないように」と注意された。穴の開いた廊下の隅に男の人が寝ていてびっくりした。

「取材に来て、分析が終わっていないので帰ってほしいと言ったけれど、帰ってくれないんだよ。困ったなあ」。後で聞いたのだが、私がつまずきそうになった人は松本清張だった。

変な兄さん、おかしな弟

「登美子さんは清さんとどこで知りあったの?」。友達に聞かれてびっくりした。そういえば本人から一度も口説かれたことがない。

昔はお節介(せっかい)なおばさんがうようよしていた。親戚のおばさんがある日、奥井清を私の家に連れてきたことがあった。私は当時、絵の修復の仕事がしたくて、山下新太郎先生の家に入り込んで、修復業を勉強している最中。「まだ結婚は早いので」と言って、お断りした。

私が奥井清に初めて会った次の日。誠一兄から「話をしたい」と呼ばれ、彼に合った。松本清張を踏みつけそこなって以来のことであった。「弟と結婚してやってくれ」。兄から熱心に口説かれてしまった。

「本人に口説かれなくて、兄に口説かれて結婚しちゃった」。「変なお兄さん、おかしな弟だね」。友達は大笑いしていた。(随筆家、薬剤師)

国葬から見えた英国の魅力 《遊民通信》49

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【コラム・田口哲郎】
前略

エリザベス2世の国葬が行われましたね。19時から生中継があるから、見ようとテレビをつけたのですが、ふと思いました。他国の元首の葬儀を生中継。それを興味津々で視聴しようとしている自分。これが英国のスゴさなのだろうか…。

棺(ひつぎ)がウェストミンスター寺院に移送されるとき、スコットランド音楽が流れました。バグパイプの音が、英国という世界の中心的近代国家の民族性を浮かびあがらせました。

棺が寺院に入ると、寺院専属の聖歌隊によるおごそかな聖歌。イギリスの有名寺院や屈指の名門大学の付属チャペルの聖歌隊には、女性がいない場合が多いです。ソプラノパートは少年たちが担います。少年聖歌隊用に専属の学校があり、少年たちはそこで寮生活を送りながら日夜練習に励むのです。

これはキリスト教会の祭儀が男性中心に発展したなごりです。カトリック教会やアメリカの大学の付属チャペル聖歌隊では、よほどこだわってないかぎり少年聖歌隊はなく、女性がソプラノを歌っています。少年聖歌隊がこれほど残っているのは、イギリス国教会の特徴だと思います。これも英国の「伝統」がなせるワザでしょう。

葬儀式次第には女王のリクエストが盛り込まれていると事前に報道されていて、ビートルズの曲が流れるかも?とささやかれ、ダイアナ妃の葬儀でのエルトン・ジョン登場のようなサプライズを期待する声がありました。

しかし、フタを開けてみると、女王ゆかりの聖歌が歌われただけで、女王のリクエストというのはとてもオーソドックスなものであったことが判明しました。ああ、これがヨーロッパだなと、東京五輪閉会式で次のパリ大会の紹介動画の件を思い出しました。パリの街はポップ・ミュージックではなく、クラシック音楽にのせて紹介されていたからです。

伝統と平等のバランス
なんとなくですが、国葬中継で映し出された「英国」にはスキがなく、そして、この国はとてもバランス感覚がすぐれているのだなあと思わされました。

人間は法のもとでも神の前でもみな平等です。しかし、このたび世界の人々に悼まれた女王は「偉い人」であり、伝統を重んじる英国は王室の周りを貴族ががっちりと固めています。実際に英国を支え、動かしている労働者はあの光景のどこにいたのでしょうか? 葬列を見守り、けなげに泣く人々です。

主権は国民にあります。現代生活をかんがみるに、民族の違いは乗り越えられるべきですし、男女の間の差別をなくすべきです。区別や差別はこれからもっとなくなり、平等は広がると思います。

でも一方で、伝統があらわすような、まじめさ、つまり倫理は変わらず必要でしょう。あの国葬で、英国は伝統を大切にする平等な国家なのだと宣言したのだと、ひねくれ者の私は思います。このバランス感覚が英国の魅力なのでしょう。ごきげんよう。

草々(散歩好きの文明批評家)

歴史資料はいかに生まれるか、いかに読むべきか 《文京町便り》8

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土浦藩校・郁文館の門=同市文京町

【コラム・原田博夫】先日、本年2月に享年87歳で逝去された先輩教授を偲(しの)ぶ会がキャンパス内で開かれた。コロナ禍の時節柄、会場での式典・飲食は省略され、三々五々に参集し、交歓・談話後に適宜散会するスタイルだった。会場には、ご夫人やご家族・お孫さんも同席され、ほほえましい雰囲気だった。先輩教授の多数の著作・論文・政府審議会などでの活動記録のみならず、趣味だったジャズの楽譜(手書き)も展示してあり、まことに多方面な活躍が偲ばれた。

ただ、そこで配布されていた資料の一つに、私はちょっと(偲ぶ会そのものに対してではなく)違和感を覚えた。その内容は、先輩教授を見送る(私と同年代の)後輩教授が書いたもので、2000年ころからの、大学院研究科の新展開(夜間)への先輩教授との連携・協働ぶりについても言及されていた。

確かに、先輩教授と彼の間では、このような情報のやり取りもあったかもしれない。しかし、この展開が、2人のやり取りで進められたかのような記述は、明らかに行き過ぎである。不肖・私もそれと同等の(前段階での取り組みや展開後の工夫も含めれば、私自身の自覚ではそれ以上に)コミットしていたはずだが、それについての言及は一切ない。

もちろん、先輩教授を偲ぶ彼の文章である以上、内容に立ち入る筋合いは私にはない。問題は、歴史資料はこうして形成されるかもしれない、という恐れである。

確かに、談論風発の彼(後輩教授)は、宴席などでしばしばこれに類する話を巧みな話術で繰り広げていた。その場に関係者が同席していれば、反論・補足もあり、彼の話題提供も無条件で一方的になることはなかった。しかし、こうして「偲ぶ会」の資料として配布されると、その後これは、一種の歴史記録、といって大げさならば一次資料として扱われる可能性がある、という懸念である。

『鎌倉殿の13人』の視聴法

今年のNHK大河ドラマ(日曜日・夜)は『鎌倉殿の13人』である。この脚本(作・三谷幸喜)のベースは『吾妻鏡』と、されている。しかし、これは鎌倉幕府・北条政権下での歴史記録なので、当然ながら、歪曲(わいきょく)された部分も少なくない、という批判もある(たとえば「謎多き武将・八田知家」『常陽藝文』2022年8月号)。

正確を期すならば、この『吾妻鏡』とは異なる観点の歴史書にも目を通すべきだし、さらには1次資料それ自体の真贋(しんがん)の精査を行うべきだ、という誠実さも求められるかもしれない。しかし、当代のエンターテインメントにそこまでの厳密さを求めていては埒(らち)が明かない、という現場の声も推測できる。だから私は、毎日曜の大河ドラマでは、適度の精確さと娯楽性そして意外性をもって拝視聴している。

とはいえ、私が身近に体験した「1次資料」には、事実を歪曲(わいきょく)する(本人にとっては無意識の)波及効果を感じ、私自身この種の歴史資料を前にした際は心してかかるべきだ、と自戒した次第である。(専修大学名誉教授)

茅葺き屋根の古い民家 《写真だいすき》12

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茅葺きの古民家の屋根は、今となっては葺き替えも難しい。茅場もなくなったし、職人もいない。だが、茅葺き屋根は、知恵と感性の塊みたいなものだ(写真は筆者撮影)

【コラム・オダギ秀】敬愛する友人の写真家・味村敏(あじむら・びん)のことを話したい。ボクが彼から学んだことは少なくない。彼の奥さんは、200円しか持ってなくても、持たない人がいたら、その200円をあげてしまうような人だ。

味村が専門に撮っていたのは、最近はほとんど見られなくなった茅葺(かやぶ)き屋根の古い民家だ。全国を回り、茅葺き屋根の古民家を見つけると、その撮影に情熱を傾けていた。だが、茅葺き屋根の古民家の写真などでは、豊かな報酬を得られることはない。歴史資料としての価値や、古い情景を懐かしむ価値などしか認められないことが多い。だから、ある住宅メーカーが、毎年写真集を作ってくれたりするのが、報酬を得られる主な仕事であった。

それで彼は、ポンコツと呼ぶに相応(ふさわ)しいガタピシャ車に毛布など積み、車で寝泊まりしながら撮影を続けていた。ホテルや宿屋などに泊まるなど、とんでもない贅沢(ぜいたく)だった。

彼は、撮影に適した茅葺き古民家を見つけると、まずその家に、撮影許可を得る。その家では、訪ねられると、ホームレスのような人間を見て、何者が何をしに来たのかと訝(いぶか)る。彼は自分の素性やら実績を示し、何よりその熱意で撮影許可をもらう。それで「まあ、写真撮るくらいなら、いがっぺ」となる訳だ。

すると、撮影許可をもらった彼が、次にすることは、撮影ではない。まず彼が始めるのは、その家の周りの掃除だ。丁寧に庭を掃き、植木が傾いたり枯れていると手入れをする。黙々と作業をし、そして写真は撮らず、帰る。

「しゃあんめえ。気ぃつけてな」

翌日、あらわれた彼がすることは、縁側の雑巾(ぞうきん)かけ、破れた障子貼り、散らばった家財の整理。その他もろもろの家の手入れをして、また帰る。

次の日、味村は、この家を一番よく撮れるところは、庭の向こうの風呂場の屋根だから、あの屋根に上がらせてくれ、と言い出す。「ええっ、屋根なんかに昇られたら雨漏りしちゃうかも知んねえよ。とんでもねえ、ダメダメ」と言うのが当然の返事なのだが、これまでの、この家をいかにいいものに撮ろうかという味村の態度、行動を見ているから、当家は「しゃあんめえ。いいよ、いいよ。気ぃつけてな」となるのである。

茅葺きの古民家の撮影など、どの位置から撮ればいいか、少し写真に慣れた者ならすぐわかる。味村の写真はそんな写真なのだ。こんなの、その位置から撮れば誰だって撮れるぞ、と思わせる。オレだって、そこから撮れば、こんな写真撮れるさ、と、ちょっと写真を齧(かじ)っていると言うのである。だが、その位置に立てることが実力なのだ。その位置に立てれば誰でも撮れるが、ふつうはその位置に立てないのだ。

彼が撮影を終えて帰る時には、たとえばこんな言葉をかけられる。「この家が一番よく見えるのは、裏のコブシが咲いた時だよ。コブシが咲いたら知らせっから、また来な。そん時は、ウチに泊まるといいよ」(写真家、日本写真家協会会員、土浦写真家協会会長)

「これダメでしょ」 県と市の行政手順 《吾妻カガミ》141

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つくば市役所正面玄関サイド

【コラム・坂本栄】今、このサイトでアクセスが多くコメント欄がにぎわう話題は、茨城県営「洞峰公園」問題とつくば市有だった「運動公園用地」問題です。9月のつくば市長会見でも、記者団から多くの質問がありました。いずれも行政の手順に関することですが、県と市のやり方はとても変です。

県:都合よい結果が出るまで調査?

洞峰公園問題は、県が同公園改修についてのアンケート調査を集計したものの、その調査を無作為抽出の形でやり直すことになったと、市長が紹介したことがキッカケでした。

アンケート回答者の9割がつくば市在住の人、7割が40歳以上の人だったので、県営施設についての調査としては地域と年齢が偏っている、というのが再調査の理由だそうです。県はそうは言っていませんが、県の改修計画に反対(公園は現状のままでよい)が多かったので、アンケート調査の結果をそのまま受け入れたくなかったのではないでしょうか。

再調査は、この問題に関心がある人だけが答える方式ではなく、全県域・全年齢を対象にする無作為抽出方式ということですから、「あまり関心ない」「どうでもよい」といった回答が多くなり、県が期待する結果(反対は少ない)が得られるではないでしょうか。洞峰公園から離れたところに住んでいる知り合いの筑波大生も、同じような意見でした。

この公園は市の施設でなく県の施設です。県民が利用すること想定し、再調査をする理由が分からないではありません。しかし、県に都合のよい結果が出ることを狙い、公園を日常的に利用しない人を調査対象にするのは何か変です。

市:当たり前の手順をすべて無視

運動公園用地問題の方は、8月末、市有地を民間に売却する契約が締結され、これについて感想を求められた市長は「非常にうれしく思っている」とコメントしました。

本欄では何度も売却手順の強引さに疑問を呈しました。例えば、137「…市長の宿痾…」(7月18日掲載)では、▽用地を買うときは議会の議決をもらっているのに、売るときには議決にかけないのはおかしい▽市民に募った意見(パブコメ)の結果は売却賛成がたった3%なのに、市民の理解を得られたと解釈するのはおかしい▽市民の声をきちんと把握するためには、無作為抽出調査をやるべきだ―と指摘しました。

運動公園用地売却は、こういった手順をすべて無視した末の行為ですから、つくば市のおかしさは茨城県よりも重症です。無作為抽出で再調査する県の方がずっと正直で、かわいげがあります。不発に終わったものの、市長解任運動が起きたのは当然でしょう。

市:敗訴したら土地は返してもらう

会見で、住民訴訟(運動公園用地売却は地方自治法に違反するとの訴え)で市が負けることを想定した条項を売買契約に盛り込んだのか聞いたところ、市側は「(そのときは)契約を解除できるようにしてある」と答えました。裁判での敗北も想定、売り払った用地を返してもらう事態も想定しているようです。

この解除条項については、五十嵐市長の売却手順を評価します。土地取引に弱く(市長選では運動公園用地返還を声高に公約したのに返還に失敗)、裁判沙汰にも弱い(元市議を名誉毀損で提訴したのに途中で取り下げ事実上敗北した)市長としては、上出来です。

これで、市が住民訴訟に負けた場合、売却済み用地を「返せ」(つくば市)、「返さない」(倉庫会社)と、争わなくて済みます。(経済ジャーナリスト)