火曜日, 4月 14, 2026
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「混沌を吹き飛ばしたい」第38回茨城現展 12日開幕

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第38回茨城現展の会場の様子=12日、県つくば美術館

何ごとにもとらわれず自由に制作活動を行う現代美術家協会茨城支部(佐野幸子支部長)の「第38回茨城現展」が12日、県つくば美術館(同市吾妻)で開幕した。約40人の作家による絵画、デザイン、立体造形、工芸、写真など約150点が展示されている。

牛久市の佐々木元彦さんは造花や人形、写真を飾り木に模した立体造形「あすなろの樹」を作った。空間全体を作品として体験してもらうインスタレーションというジャンルの作品だという。「黒い雨と蝶々」は被爆地ヒロシマをテーマにした、手で触れて動かすこともできる体験型の作品だ。

佐野幸子支部長の「華々・春」と「想・葛藤」(左)と、佐々木元彦さんの「黒い雨と蝶々」(右)

佐野支部長はコロナ禍の心象を表した絵画「想・葛藤」と、見通しの立った明るい気持ちを表現した「華々・春」を描いた。「暗い混沌を吹き飛ばそうという気持ちや、明るい世界を見てみたいという気持ちを表現した」と話す。

牛久市の福田三恵子さんは、乗馬を通じて出会い駆け落ちした若い男女が都会で翻弄(ほんろう)される姿を描いた映画「その人は昔」から着想を得て、やさしいタッチで絵画「白馬のルンナ」を描いた。

中根和香子さんは、着物や着物の帯の布を素材にした色鮮やかなパッチワーク「輝」を緻密な構成で縫い上げている。

福田三恵子さんの「白馬のルンナ」と「おきんのかんざし」(左)と、中根和香子さんの「輝」(右)

ほかに「光」をテーマにし出展者が自由に描いた絵画を一列に展示した共同作品や、馬蹄(ばてい)を使った立体造形、花器などの陶芸も展示されている。

土浦市在住の後明(ごみょう)廣志さん(73)は「水彩画をやっていて絵画に興味があって見に来た。自分は写実的な作風だが、幻想的な水彩画もあっておもしろいと思った。いろんな表現の仕方があると感じる」と感想を話していた。

佐野支部長は「何にもこだわらない現代美術で、いろいろな作品があるのでおもしろい。昨年はコロナ禍でやむを得ず入場制限をしたほど来場者が多い日もあった。お子さん連れが多く、子どもが見ても楽しいのでは」と来場を呼び掛ける。(田中めぐみ)

◆「茨城現展」は17日まで。開館時間は午前9時30分~午後5時(最終日は午後3時まで)。入場無料。

3万本のチューリップが見頃 霞ケ浦総合公園 土浦

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オランダ風車前の満開のチューリップ=土浦市大岩田、霞ケ浦総合公園

霞ケ浦湖岸の土浦市大岩田、霞ケ浦総合公園のオランダ型風車前で、約3万本のチューリップが見頃を迎えている。

同公園は、面積46ヘクタール、ネイチャーセンター、水生植物園などがある。4月上旬、平日にも関わらず多くの人が訪れ、高さ25メートルの風車を背景に、チューリップの花をカメラに収める人の姿が見られた。

風車前の花壇は6段になっており、段ごとにそれぞれ異なる品種のチューリップが植えられている。隣接の土浦ネイチャーセンターによると、一番下の段に植えられた赤色の品種、バンエイクの開花が他の品種に先んじて3月29日から始まり、4月中旬には6種全てが咲きそろうとのことだ。

霞ケ浦総合公園は数多くの映画やドラマの舞台になっている。市広報広聴課シティプロモーション室の山口淳一さん(38)によると、オランダ型風車と満開のチューリップの姿は、昨年のテレビ番組で茨城県を代表する名所の一つとして紹介された。山口さんは「多種類のチューリップが順次咲くので、20日過ぎごろまで花を楽しめると思う。春の風景を堪能しにお越しください」と話す。

ネイチャーセンターに隣接する日帰り入浴施設、霞浦(かほ)の湯でカルチャー教室に通っているという土浦市の50代女性は「教室の後に、チューリップを見よう、と友達と誘い合って来た。毎年見に来ているが、今年は特にきれい。花に微妙なニュアンスが加わっていてとても美しく感じる」とにこやかに語った。(門脇七緒)

◆チューリップ開花に関する問い合わせは霞ケ浦総合公園 土浦ネイチャーセンター(電話029-826-4829)へ。

「ウッドショック」でぎっくり腰 《続・平熱日記》107

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【コラム・斉藤裕之】ちょうど1年前に看板製作を頼まれた友人が経営する打ちっぱなしゴルフ場。今回の依頼は打席を仕切っている板の新調。打席数分40枚の板にトリマーという工具で数字を掘って色を塗る。まずはホームセンターへ材料の調達に。使うのは俗にツーバイ材という輸入材で、厚さ4センチ、幅25センチ、長さは3.6メートル。これが都合30枚ほど要る。

ところが、そこで見たものは目を疑うような値札。以前の倍ほどの値段かと思うほど。これがうわさの「ウッドショック」か! コロナ禍の影響、中国の買い占め、円安などが原因と聞いているが…。自分の腹が痛むわけではないので多少割高でもいいのだが、生まれ持っての貧乏性。結局、その日は買わずじまい。

次の日、別のホームセンターに。すると、昨日見たものよりも大分安い値段が付いている。やれやれと思って材料に手をかけた瞬間、いやな予感が。久しぶりの腰痛黄色信号だ。これはヤバいぞ。

結局、積み込みは手伝ってもらって、何とかなったものの、家に着いたころには赤信号が点滅し始め、軽トラから材料を降ろすころには完全に赤信号。ウッドショックで「及び腰」になったのがいけなかったのか、このタイミングで「ぎっくり腰」のダブルショック!

若いころの背負い投げの鍛錬がたたって始まった、腰痛と付き合う人生。症状が出るたびに、レントゲン写真で「第五腰椎剥離(ようついはくり)」「すべり症」と診断されて、日ごろから気を付けていたのだが…。今回は前触れなしに突然やられた。

西洋で「魔女の一撃」と言われていることもわかる気がした。しかしながら、そうそう寝ているわけにもいかない。いや寝ていても痛いので、時々グキッと激痛が走るのを我慢して作業に取り掛かることにした。

タラの木の「ウッドチェック」!

ところで、文字通りウッドショックは業界に相当な打撃を与えているらしい。それなら国産材を使えばいいかというと、これがまたいろいろと根深い問題があるという。ただ、大工の弟が嘆くのは、現在使われる国産材のほとんどが人工乾燥によるスカスカの「腰抜け材」で、細工に耐えうる粘りが全くないということだ。

「どうせ金物でつなぎ留めるし、石膏ボードと壁紙で覆うから、関係ないけどね」と、やや投げやり気味に木造文化の行く末を案じる。

しかし、今回の腰痛もなかなかしつこい。それでもなんとか無事に作業を終えた。ついでに友人の言葉に甘えて、敷地内のナラやクヌギを何本か切ってまきを作ることにした。しかし、チェンソーで木を切り倒す時にはいつもドキドキする。危険な作業であることはもちろんだが、何十年か生きていた木を切るのだから。大げさに言えば「命」を感じる瞬間。

倒れ始めるときの木のきしむ音や、ドドーンという地響きは神聖にさえ感じる。ホームセンターのツーバイ材も、元は生きた1本の木だったことに改めて気づく。その時ふと、私の目に留まったのは…。立派なタラの芽! こういうときは腰が軽い。いざタラの木のウッドチェック!(画家)

新入行員がアジサイを植樹 筑波銀行あゆみの森

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植樹に臨んだ生田雅彦頭取(中央)と、新入行員の小泉瞳さん(右)、神代宏明さん(左) 

筑波銀行(土浦市・生田雅彦頭取)の2022年度新入行員46人が11日、つくば市六斗、筑波銀行あゆみの森でアジサイの記念植樹をした。

桜の花びらが舞う中で行われた式典の冒頭、生田頭取は、植樹するアジサイの花言葉を引用しながら「アジサイのように成長し、筑波銀行の行員として、社会人1年生として、自分の中の変革に取り組んでほしい」と新入行員に呼び掛けた。

筑波銀行では、東日本大震災以降、震災復興支援計画「あゆみ」を策定し、地域社会・経済の復興に取り組んできた。その後、地域を持続的に発展させる取り組みを強化するため、国連が定めたSDGs(持続可能な開発目標)の趣旨に賛同し、「筑波銀行SDGs宣言」を新たに制定した。今回の植樹はこれらの取り組みの一環として実施された。

会場となったあゆみの森は、東日本大震災を機に、ボランティア活動を組織的に支援しようと立ち上げた「筑波ボランティアクラブ」の活動の一環としてつくられた。つくば市内に約1万3530平方メートルの広さの森がある。

アジサイの植樹は2012年から始まり、今年で11回目を迎えた。2020年は新型コロナウイルス感染拡大の影響で中止となった。

記念写真撮影に臨む新入行員と生田雅彦頭取(前列中央)

新入行員として事前に同行のSDGsセミナーを受けて臨んだ石岡市出身の新入行員・神代宏明さん(22)は「SDGsについて事前研修で理解を深めることができ、いい経験になった。これからは同期のみんなと協力して頑張っていきたい」と意気込みを語った。

古河市出身の小泉瞳(22)さんは「不安はあるが、今日植えたアジサイの成長とともに、信頼される行員になれるよう頑張りたい。将来は、後輩に目標とされるよう頑張りたい」と語った。(柴田大輔)

古本回収しネット販売 つくばの障害者施設 売上の一部を工賃に

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回収した古本を本棚から取り出すスタッフの鈴木真美さん=幸和義肢研究所ワーク・イノベーションセンター

つくば市の福祉機器製造会社、幸和義肢研究所(同市大白硲、横張巧社長)が運営する障害者就労支援事業所ワーク・イノベーションセンターで、障害のある通所者が、不要になった古本を回収、クリーニングしてネット出品し、購入者に発送する活動を行っている。本の売上金の一部は通所者の工賃になる。

古本は、つくば市内や近隣市の企業10数カ所に回収ボックスを設置して回収しているほか、つくば市内の小中学校にも協力を依頼している。古本は無料で提供を受ける。竹園東中学校ではPTAの活動の一環として、回収ボックスを設置し、約150冊の寄付があった。

古本の回収用ボックス

古本の回収・ネット出品は、障害者の雇用創出などに取り組むワーキングバリアフリー(東京都千代田区)が運営する「ジョブボン(job+本)プロジェクト」によるもので、業務を通じて障害者の就労支援や自立支援を行うことを目的としている。全国で22の施設や団体がプロジェクトに提携しており、同研究所のワーク・イノベーションセンターも提携施設の一つだ。

同センターでは、昨年6月から同プロジェクトの活動を始め、これまでに約3200冊の古本を集めた。集めた本は、通所者が書き込みの有無など本の状態を調べて査定し、商品として販売できるものは表紙をアルコール消毒したり本の間のほこりをはけで払ったりしてクリーニングし、本にビニールをかける。さらに本のバーコードを利用した出品システムを用いてこれまで2500冊を出品、インターネット通販大手、アマゾンのネットショップ「早稲田ブックス」で販売している。

これまで売れた本は約340冊、売り上げは合わせて十数万ほど。通所者の工賃は現在、他の仕事も含めて月数万円程度という。今後は本の回収を積極的に進めてジョブボン事業の拡大を図る。

宛名の貼り付けや梱包作業を担当している通所者は「お客様の情報を扱って発送するので間違いがないよう注意を払っている。その日に何件注文があり、発送するのかを確認し、必要な道具を準備してから作業を始める。本の重さや大きさによって発送方法が変わるが、梱包作業は好きな方なのでやりがいがある」と話す。

本の発送作業について説明する志賀智史さん

同研究所就労支援部の志賀智史さんは「黙々と作業ができ、パソコンを使った作業やクリーニング、梱包や重い本の持ち運びなど様々な工程があるので、障害の種類に応じて分業しやすい。メーンで作業している通所者は本が好きなので、やりがいもあると思う。ただ、本がなければ作業もできないので、活動を知ってもらい、もっと本を集めたい」と話す。「全国ナンバーワンの工賃を払える事業所を目指したい」と語る。(田中めぐみ)

◆問い合わせは同ワーク・イノベーションセンター(電話029-875-3351)へ。

50年ぶりに「出稼ぎの村」へ 《邑から日本を見る》109

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リーフレタスの水耕栽培

【コラム・先﨑千尋】『出稼ぎ—農村はどこへ行く』『出稼ぎの村』『出稼ぎのうた』『お父をかえせ』『村の女は眠れない』『出稼ぎとハタ織り』。久しぶりに出稼ぎ関連の本を書棚から取り出した。中でも草野比佐男の『村の女は眠れない』という詩にある「村の女は眠れない。どんなに腕をのばしても夫に届かない。どんなに乳房が熱くみのっても夫に示せない。どんなに腰を悶えさせても夫は応じない」などのフレーズは、今読んでも衝撃的だ。

江戸時代から、富山の薬売りや、新潟、岩手の杜氏(とじ)など冬場の出稼ぎは全国各地にあった。私の住む那珂市にも、江戸時代末期に越後から来て行き倒れになった人の墓がある。

それが社会問題となったのは、最初の東京オリンピックが開かれた1960年代の頃だ。雪の多い水田単作地帯では冬場の仕事がない。戦後の高度経済成長は農村の生活を一変させ、農業面でも暮らしでもカネがかかるようになった。米価は相対的に安く、コメを作るだけでは暮らしていけない。耕作は牛馬からトラクターなどの機械に代わっていって、カネが足りない。ではどうするか。東京などの大都市周辺では建設ラッシュ。多くの人手が必要だった。両者がうまくかみ合ったのが出稼ぎだった。

しかし、村社会根こそぎの出稼ぎは家庭生活を壊し、集落の人間関係も変えていった。

私は学生時代、農村問題研究会というサークルで山形県最上町に入り、2年間、出稼ぎの調査を行ったことがある。私たちは公民館に寝泊まりし、手分けして農家を回り、農業経営や出稼ぎの実態などを聞き歩いた。子供たちを集めて遊んだり勉強をみたりした。婦人会や若妻会の人たちから話を聞き、青年団の人たちと酒を酌み交わしながら、村の将来を語ったりもした。

雪の最上町

「年寄りばかりの家が増えた」

今年3月のある日、50年ぶりに雪深い最上町を訪れた。同町は県の北東部にあり、隣は宮城県鳴子町。町の人口は、50年前には1万8000人くらいいたが、今は8000人と半分以下にまで減っている。林野が町の面積の8割を超え、県平均よりも高い。最近はクマが人家近くに出没するという。今はもう出稼ぎはなく、農家の人たちは町内や近くの新庄に勤めに出ている。町の農業は、コメのほか、和牛を飼う人があり、リンドウやトルコギキョウ、アスパラガス、ニラ、しいたけ、タラの芽など、新規の農作物の栽培も盛んになっている。

今回訪れた中嶋富雄さんの家に私は新婚旅行のとき泊めてもらうという、今思い返してみれば図々しいことまでした。富雄さんの息子の聡さんは農協に勤めていたが、10年ほど前から、水田にビニールハウスを建て、1年通してリーフレタスを栽培している。スーパーやレストラン、農協などに出荷しており、近くの母さんたちも手伝っている。その中に合宿で一緒だった人が2人もいて、びっくりした。

悩みは冬場の雪。地下水を利用し、ハウスの周囲に絶えず水を張る消雪システムを導入し、冬場の農業を可能にした。富雄さんに村の悩みを聞いた。「若い人が家を出て、年寄りばかりの家が増えた。空き家もある。50歳代で結婚できない人が集落の2割くらいいる。これからどうなっちゃうのか、心配だ」。50年前とは違う難題に頭を抱える彼。50年の時空が一気に狭まった。(元瓜連町長)

つくばのスリランカ人、一斉抗議行動 日本各地で母国に呼応

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プラカードや国旗を掲げて抗議行動をするつくば市在住のスリランカ人ら=10日、つくば駅前

深刻な経済危機に見舞われているスリランカで、大統領退任を求める抗議行動が行われているのに呼応して、つくば市在住のスリランカ人約30人が10日午後、つくば駅前に集まり、プラカードや国旗を掲げて大統領退任を求める抗議行動を行った。この日は東京都渋谷区など日本各地で、在日スリランカ人が一斉に抗議行動を行った。つくばもその一つという。

10日午後、つくば駅前に集まった市内在住のスリランカ人らは、現職のゴタバヤ・ラジャパクサ大統領を名指しし、「大統領は辞任せよ」「大統領は憲法を守れ」「腐敗を止めろ」など、日本語と英語、シンハラ語で書かれたプラカードを掲げ、声を上げて抗議した。

集まったスリランカ人によると、現在スリランカは、中国から巨額の借金をしたことやウクライナ情勢の影響で、物資不足や物価高騰、長時間の停電などが起こっている。ゴタバヤ大統領は家族や親戚を閣僚に据えた政治を行っていたが、今月4日、閣僚ら26人と中央銀行総裁が経済危機の責任を取って一斉辞任した。しかし、ゴタバヤ大統領とその実兄であるマヒンダ首相は現職にとどまっており、スリランカ国内で抗議デモが過熱しているという。

筑波大学で農学の博士号を取得し、現在、市内の会社で農業コンサルティング業務に携わるアルナ・プラバートさん(42)は、市内在住の家族と共に抗議行動に参加した。「(スリランカでは)生活に必要なものがなく、物価が高い。ガソリンや子どものミルク、薬も不足している。エネルギー不足で1日に14時間停電することもある」と話し「自分はつくばに住んでいて不自由なく暮らしているが、父と母、親戚もスリランカにいるので心配でつらい。大統領には責任を取って辞めてほしい。私たちが日本でできることは抗議活動しかないが、この声が大使館などに伝わって、大統領に、国民のことをよく考えてくださいと言ってほしい」と訴える。

市内在住で下妻市内に勤務しているピカル・ハプワラーナさん(33)も家族と共に参加した。「スリランカは外貨不足になっていて海外から輸入ができず、国内に物資がなくなっている。2カ月ぐらい前から状況がかなり悪くなった。2、3カ月前に比べて物価が50パーセントも上がったと聞く。多くの会社が倒産し、みんなの仕事も大変なことになっている。スリランカに父と母がいるが、高齢なので心配している」と話す。

同日は、つくばから、東京都内で行われた抗議活動に向かった人たちもいるという。(田中めぐみ)

つくばのファッションアイコン目指す 筑波大生の古着店、再オープン

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1日限定で開店したリリバレのポップアップストア店頭でポーズをとる岡本萌実さん=3月28日、つくば市天久保

11日、キュート1階

筑波大生が運営する古着店「リリー・オブ・ザ・バレイ(Lily of the valley)」が11日、つくば駅前の商業施設キュート1階に再オープンする。昨年12月から今年2月、同市のチャレンジショップ事業(21年12月3日付)で出店したのに続き2度目の出店となる。

筑波大学理工学群社会工学類3年の岡本萌実さん(20)が代表を務める。「昨日より、ちょっぴりおしゃれに」をビジョンに掲げる。

再オープンに向けて「リリバレのブランド価値を高めたい」と岡本さんは語る。SNSでの宣伝方法、特に写真投稿アプリ、インスタグラムの活用を図る。週に1回、洋服アイテムのトレンド情報を特集し投稿する。「スタッフがお薦めの古着アイテムでコーディネートを組み、短い動画に収めて発信を行う」とし、「リリバレがつくばのファッションアイコンとして成長できるように取り組んでいきたい」と意気込みを話す。

新たな店舗は、前回の出店時よりも「リリバレスタッフ一人ひとりの個性をもっと大切にし、お客さまとスタッフとの信頼できる人間関係をつくりたい」という。接客の際、スタッフが来店客の好みの色やアイテム、髪色に合わせたコーディネートを提案できるように心がける。「スタッフのことも好きになってもらえたら」と語る。

さらに、店舗とSNSの投稿に一貫性を持たせる。例えば、週ごとにアイテムに関するテーマを決め、ジーンズをテーマにする際は、店内広告、装飾はもちろん、SNS投稿でもジーンズを前面に押し出す。

前回の出店では、約90平方メートルの店舗に、ジーンズやジャケット、シャツ、スカート、ワンピースなど1着3000円から6000円の普段着約300点を並べ、3カ月間で約400人が購入した。再出店する店舗は約66平方メートルの面積に250点ほどの商品を並べ、1日あたり30人の来店者を見込む。

カフェで1日限定店

11日の再開店に先駆けて3月28日、つくば市天久保のカフェ「ひととつむぐカフェ縁counter(カウンター)」で、1日限定で開店するリリバレのポップアップストアがオープンした。今回のポップアップでは同店スタッフ8人で運営を行なった。春らしいジャケット、スウェット、シャツ、デニム、スカート、ワンピース、ハットやスカーフといった幅広いアイテムを取りそろえた。

来店客に商品をわかりやすく伝えるために、マネキンに洋服を着させてイメージをわかせる、古着を来た着用画像を店内の壁に貼るなど、写真をより多く用意することを心がけたという。そして、前回の出店からのこだわりとして、引き続き、商品名や用途、価格などを手書きしたポップ広告を多く使用し、来店客に大きく文字で伝える工夫を行った。

11日の再オープンに向けて、岡本さんは、わくわくしている気持ちが大きいと語る。(ドットジェイピー茨城エリアつくば支部インターン生 筑波大学1年 上田侑子)

◆古着店「リリー・オブ・ザ・バレイ」は11日、つくば市吾妻1-6-1、つくば駅前、トナリエキュート1階フードコート近くに再オープン。公式インスタグラムやTwitterで随時、情報発信している。

船齢42年のクルーザーヨットを大修復 《夢実行人》7

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中央の黒と赤の船体がオーロラ号

【コラム・秋元昭臣】昨年春、船齢42年のSK-25 (船長25フィート)のクルーザーヨットを譲り受け、知り合い2人と私の3人で共同所有しています。旧船名「AURORA(オーロラ)」はそのまま引き継ぎました。レストア(修復)は大変でしたが、仲間の協力によって楽しみながらできました。

まずは霞ケ浦に浮かべた状態での作業。昨秋、出入港に使うエンジンを洗浄し、5ノットで機走(エンジンで走ること)できるようにしました(それまでは3ノット)。一部腐っていたチラー(かじの柄)は、新しいものに交換。また、車いすの人でも乗り移りできるようにと、専用の移乗板も造りました。

今年1月には、土浦港に上架(陸上げ)して船台に乗せ、本格的な作業入り。まずはクレーンで吊り上げた状態で高圧洗浄。10年浮かしっぱなしの間に付いた汚れを洗いました。それから、船底塗装、推進プロペラ・舵・キール(横流れ防止と転倒防止の鋳鉄製1トンの重り)、船体木部修復、木製ブルワーク(デッキ周囲の波除け・落水防止枠)更新―など。

スタンション(支柱)の腐った木台座も交換。風雨で傷んでいたウインチ(帆綱用)取付ボードも新調。キャビン(船室)入口屋根の「スライドドア」が割れて雨漏りするため、ドアの割れ目に細い木材を入れ、ウレタンニスで固めました。

312日に「レストア進水式」

このほか、キャビン屋根左右の手すりやキャビン周囲の飾りも修復。木部にワックスをかけたところ、見違えるように輝き出しました。デッキは、滑り止め「つや無し」の白が素晴らしい仕上がりに。深いグリーンに金色のラインが入っているハル(船体)は、2度ワックスをかけて磨いたところ、作業者の顔が映るまでに。

下架前には、プロペラシャフト止水装置のグランドパッキンを交換。キャビン側と狭い機関室にもぐり込み、新しいパッキンをシャフトに巻きつけ、水漏れ対策を施しました。

修復が終わり、いよいよ進水式。3月12日(土)、シャンペンで「レストア進水式」を行いました。国籍、性別、年齢、障害の有無に関係なく、誰でも乗ってもらえればと思っています。もちろん子どもたちにも。また、クルーザーの訓練艇として利用することを考えています。(元ラクスマリーナ専務)

<私たちの「AURORA」に乗りませんか>
▽4月中に乗船体験会を2回予定
▽定員は1回5人まで(12歳以下の子供は2人で大人1人分)
▽1人500円の保険料をいただきます
▽乗船時間は60~90分
▽乗船場所は土浦港「ラクスマリーナ」
▽問い合わせは秋元akimotoakiomi@gmail.comまで

「大好きな動物に関わる仕事への第一歩」 つくば国際ペット専門学校入学式

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名前を呼ばれ起立する新入生たち=つくば国際会議場(同市竹園)

つくば国際ペット専門学校(つくば市沼田、高橋仁校長)の入学式が9日、つくば国際会議場(同市竹園)で行われた。入学したのは2年制のドッグトリマーコース、ドッグトレーナーコース、ペットケアコース、動物看護福祉コースと、3年制の愛玩動物看護士コースの218人。ペット業界で働く夢を持つ新入生たちがスーツに身を包み、式典に臨んだ。

髙橋仁校長は、生徒一人が一頭の犬を担当し、24時間一緒に過ごしながら勉強する同校独自の「パートナードッグシステム」について触れ、「常に動物たちと触れ合い、感じ、考えることのできる最高の環境で学生生活を存分に楽しんでください」と話した。また、「人生の決定に時間をかけてほしい。焦る必要はなく、時間をかけて自分の成長に合わせて決めていけばよい。専門学校での2年間、3年間は自分の成長や変化を楽しみ、将来を考える時間にしてほしい。幼いころからの夢や希望を大切にしながら挑戦してほしい」と式辞を述べた。

式辞を述べる高橋校長

東郷治久理事長は「動物に関する技能は教科書を読むだけでは決して身につかない。実際に動物たちに触れて感じて初めて本物の知識になる」と述べた。また、同校がトリマー養成機関として認定を受けたことや、全国初となる通信制学科をスタートさせたことを話した。コロナ禍についても振り返り、「今年度もさまざまな制約や想定外の事態を余儀なくされるかもしれない。そのような中でも皆さんの夢を叶えるために教職員一同尽力していく」と祝いの言葉を送った。

新入生代表の長濱采加(ながはま・あやか)さんは、「幼いころから大好きだった動物にかかわる仕事に就くための第一歩をたくさんの人に支えられ踏み出せたこと、この感謝の気持ちをしっかりとかみしめ日々精進していきたい。新型コロナの影響により、今までとは違う環境の中でとまどいや不安はあるが、私たちがそれぞれ思い描く夢の実現に向け、これから始まる学校生活を通して動物について学び、仲間と共に支え合い成長し、様々な経験を生かしてたくさんの方々の役に立てるよう努めていきたい」と入学の決意を述べた。

新入生代表として決意を述べる長濱采加さん

昨年12月からはペット専門学校として日本初となる3年生の通信制学科「通信制ペット学科」が開設された。また、今年度から一般社団法人ジャパンケネルクラブ(東京都千代田区)が認定する「公認トリマーB級」試験の受験資格を得られるトリマー養成機関として認定された。茨城県では同校のみだという。(田中めぐみ)

TX延伸ルート選びに必要な視点 《茨城鉄道物語》22

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つくばエクスプレス

【コラム・塚本一也】前回コラム(3月11日掲載)では、茨城県がTX県内延伸ルート調査費を今年度予算に計上したことを取り上げました。今回はその議論の進め方について、私が思うところを述べたいと思います。

県の総合計画では、現在つくば市止まりのTXの北部延伸について、①筑波山方面、②水戸方面、③茨城空港方面、④土浦方面―の4方面が「点線」で記されています。これら4候補を1つに案に絞り込むことが、県調査の使命です。各案に「一長一短」があり、関係者の思惑も加わり、1方面に絞り込むことは容易でないと思います。

鉄道建設のような大プロジェクトは、計画時と完成時で社会情勢が変化するために、その存在意義や方向性にどうしても迷いが生じます。しかし、鉄道インフラの必要性は普遍的であり、世の中がいかに変わろうとも、「社会の役に立つ財産」という位置付けは変わりません。

本州と北海道を結ぶ青函トンネルは、洞爺丸転覆事故(1954年)のような悲劇を繰り返さないために、国民的な議論の末に着工されました。工事の困難さゆえに、途中で不要論も出ましたが、完成によって現在の北海道新幹線へとつながりました。

多目的ダム・八ッ場(やんば)ダム(群馬県)は、民主党政権時代にその必要性が大議論になりましたが、2019年に来襲した台風19号のときは、その貯水能力によって利根川下流域の氾濫を防ぎました。

東北新幹線は、計画時に対ソ連関係が緊張していたこともあり、鉄橋などは米軍・三沢基地に戦車を運べる強度に設計されたと聞いています。その能力が発揮されたのは東日本大震災の時でした。時速300キロで走る車両は脱線こそしましたが、死傷者を1人も出さずに済んだからです。

大型インフラには「そもそも論」が大事

鉄道のようなインフラの存在意義に迷いが生じたときには、原点に帰ってその必要性を検証する「そもそも論」が重要であると、私は思っています。では、そもそも、TXはなぜ必要だったのでしょうか? 答えは「常磐線の混雑緩和対策」です。

1960年代、国鉄(現JR)は首都・東京への通勤混雑緩和対策として、プロジェクト「5方面作戦」に取り組みました。その過程で考えられたのが「第2常磐線構想」です。それが「常磐新線構想」に変化し、現在のTXの形で実現しました。つまり、通勤対策が当初目的だったのです。

鉄道ではありませんが、「筑波研究学園都市」も東京の過密対策が本来の目的でした。高度成長で東京が過密になり、いろいろな弊害が表面化。その対策として、首都機能の一部を移転させようと、筑波山麓に人工的な都市を造り、国の研究機関や大学を移転させたのです。

つまり、研究学園都市もTXも、首都・東京機能の保全・向上のために計画されました。私はTXの将来構想(県内延伸はその一部)を議論するときには、こういった「そもそも論」が重要と考えています。具体的な「そもそも論」は次回にします。(一級建築士)

花期は1週間から10日遅れ 「つくば牡丹園」9日開園

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開花が楽しみなオリジナルのボタン「トリビュート」(つくば牡丹園提供)

世界最大級のボタン、シャクヤクの庭園、「つくば牡丹園」(つくば市若栗、関浩一園長)が9日開園する。同園では、里山の自然の中に、ボタンとシャクヤクが800種6万株植栽されている。4月には大ぶりの花を咲かせるボタン、5月にはエレガントなシャクヤクを観賞できる。会期は5月22日まで。

今年は例年より開花が1週間から10日程度遅れている。ボタンの見頃は20日ごろから4月いっぱい。シャクヤクの見頃はゴールデンウイーク後半から閉園まで。大型連休中は、花の数は少ないものの両方の花が楽しめるとのことだ。

起伏のある6万平方メートルの園内は、ウェルカムエリア、ファームエリア、水辺エリアなど7つのエリアからなる。今年は園内で大人も子どもも参加できるスタンプラリーが開催され、それぞれのエリアでスタンプを探しながら園全体を周遊できる。

新型コロナで、一昨年には2~3000人にまで落ち込んだ入場者数は、昨年1万7000人にまで回復。今年は2万人程度との予想だ。コロナ禍は続いているが、いばらきアマビエちゃんに登録し、昨年同様の感染症対策を続けた上でオープンする。来園者には広々とした屋外施設で「密」を避け、自然に回帰してもらいたいという。

咲きほこるシャクヤクの花(同園提供)と円内は関園長

園内では、ピオニーガーデンテラスでサザコーヒー(ひたちなか市)や、抹茶、うどん、そばなどが提供される。ゴールデンウイークと5月の土日にはファームエリアにジューススタンドのベルファームつくば(つくば市下岩崎)が出店する。関園長(61)によると、園内へのピクニックマットや弁当の持ち込みも可能。園内は全て農薬不使用・酵素農法で管理されているので、安心して思い切り自然に触れてほしい、としている。

ボタンは木、シャクヤクは草の花

いずれもボタン属ボタン科に属するというボタン(牡丹)とシャクヤク(芍薬)。ボタンは木の花で、太い幹が分かれて花を咲かせるが、シャクヤクは草の花で、1本の細い幹に1つの花を咲かせる。花が楽しめるのはボタンが3~4日、シャクヤクは約1週間だ。花の品種ごとに咲く時期が異なるため、会期中、訪れるごとに違った花との一期一会が楽しめる。

それらの中から、関園長に一種類、紹介してもらった。同園オリジナルの貴重なボタン「トリビュート」は、オレンジがかったアプリコット色の花びらが目を引く(冒頭の写真)。上を向いて咲くオレンジ色で大輪のボタンは世界で唯一という。4 月中下旬が見頃だ。

法学部出身という関園長は、濃い赤色の八重で大輪のボタン「芳紀」に⼀⽬惚れしたことから、サラリーマンから転身し、花づくり、土づくりの道に入った。土職人を名乗りながらも研究に取り組み、この春には東京農⼯⼤学⼤学院で博⼠課程を修了した。⼤学院で学んだ知識と現場での実践経験、その両⽅を持っているのが自身の強みであり、今後はこれらを若い⼈たちに伝えていくことが⾃分の使命だと考えているという。(門脇七緒)

◆開園期間は4月9日から5月22日まで。開園時間は午前9時から午後5時。入園料は大人1000円、中学生以下無料。シーズンパス1800円。ペット入園可。問い合わせはつくば牡丹園(電話029-876-3660)。

悲しくて見られない上野の桜 《くずかごの唄》105

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イラストは筆者

【コラム・奥井登美子】敗戦から6年後、私は上野桜木町にあった東京薬科大学女子部に通学していた。上野駅の公園口で降りて、東京芸大の前の道を通り抜けると、桜木町郵便局(私の実家・加藤家の親戚が局長)。その近くの谷中側の道路沿いに学校があった。

学校の敷地の一部に、彫刻家の朝倉文夫氏の家があったらしく、校舎の隅に彫刻の残骸がたくさん落ちていた。

薬科大が専門学校から新制大学になって2年目。学校側も、新制への切り替えで、どうしていいかわからなかったのだろう。今思い出すと、奇妙な、個性的な先生ばかりだった。

法学を教えてくれた正木昊先生は、「松川事件」「三鷹事件」や、自分が関係した「水戸の首なし事件」について、口角泡を飛ばしてしゃべりまくる。黒板いっぱいにチョークで漫画の絵を描く。実に面白い絵だが、終わると、すぐ消してしまう。

「そもそも官僚というのは、自分の立身出世のためならば、何ものも犠牲にする。独善、無責任、非能率、形式主義…」。今でも私は、テレビ画面に広がった漫画が出てくると、正木先生を想い出してしまう。

数学の三東哲夫先生は、寺田寅彦の文章を毎週1回、大きな紙に書いて、読んで解説してくださった。寅彦の文章は、科学と文学の接点を私たちに教えてくれた。

ドイツ語の中山久先生が始めたゲーテの「ファウスト研究会」が面白くて、私は当時、両国高校生だった弟の加藤尚武を誘って参加した。

大空襲で焼死した人たちを埋葬

上野駅公園口には、今の西洋美術館の所に、150人ぐらい家のない人たちが地面にゴザを敷いて寝ていた。家のない子が駅構内に300人ぐらいいて、そのあたりはすごい臭気だった。

桜並木の下では、東京都の腕章をつけた人が5~6人、いつもシャベルを持って地面を掘っていた。死体を処理する土地のない下町で、東京大空襲で焼け死んだ人たち(約8万人)が寛永寺のあるこの山へ運ばれ、手掘りで仮埋葬されたらしい。

6~7年たった当時でも、探すと、木の下、石の下など、思わぬ所から骨の断片がたくさん出てきたという。

上野の桜。今年も、見事な花をテレビで見た。しかし、本物の上野の桜は、私は涙が出てしまって、見られないのだ。(随筆家、薬剤師)

多世代に注目してほしい街の原点【つくば建築散歩】7

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つくばセンタービル。市民が主体となってにぎわいをつくった100本のクリスマスツリー(写真はNPOつくば建築研究会発行「つくば建築フォトファイル」から斎藤さだむさん撮影・提供)

つくばセンタービル

この連載でも避けては通れないであろう、つくばセンタービル。

つくば市によるリニューアル問題の是非にはさほど興味を示さなかったが、そもそもこの街の多世代に親しまれているのかどうか、磯崎新アトリエのこの作品がなぜ「センター」「シンボル」なのか、若い世代の人々がどのように感じているのかに関心を寄せる。

画期的な事件 建築から都市へ、市民が眼差し開く

つくばセンタービル(同)

【鵜沢隆 筑波大名誉教授コメント】「つくばセンタービルの改修計画が、最終的に室内の改修のみに限定された(2021年12月17日付)ことは、建築の社会的、文化的、都市的文脈が認められたことで、建築に市民権が与えられた。つくばセンタービルは、筑波研究学園都市の中心的、象徴的施設であったが故に、その建築の保持が求められたということを改めて確認しておきたい。都市とは切り離せない建築の存在が、この建築の保持の意識を市民に促した。市民に共有されたそうした意識の発生は、日本においては画期的な事件であったと言えよう。

つくばセンタービルの保持運動が、筑波研究学園都市との文脈から推進されたことで、将来的には筑波研究学園都市が日本の文化遺産の空間として再認識されることであろう。ひとつの建築から都市への眼差しが開かれることで、日本における空間認識のレンジ(範囲、広がり)が都市まで確実に押し拡げられたことは疑いない。

その意味でも、つくばセンタービル・リニューアル計画の撤回は、画期的な意義を獲得している」

つくばセンタービル。つくばエクスプレス開業以前(同)

地域の特別なよりどころ

【建築散歩】実はこの連載で取り上げた建築のうち、筑波大学大学会館を設計した槇文彦さん、南3駐車場の伊東豊雄さん、ひたち野リフレの妹島和世さんは、磯崎新さんと同様、プリツカ―賞の受賞者だ。もちろん、ここで取り上げてきた作品だけで賞を獲得しているわけではない。つくばセンタービルリニューアル問題の折、必要以上に「建築界のノーベル賞」という表現が目立っていたことが、いささか鼻についた。ある種の評価の物差しではあるが、逆にそこを意識しても仕方がないような気がした。

逆の捉え方をすれば、つくばとその近傍には、これほどにプリツカ―賞受賞者が手がけた建築があるということ。その視点で考えれば、自慢できる地域の財産なのだ。それぞれの建築がいよいよ老朽化した時、人々はセンタービルと同様にその成り行きに関心を寄せていくのだろうか。

おそらくそうはならないだろう。だからこそつくばセンタービルには、地域の人々の特別な拠り所となる魅力もあるのだと思われる。(鴨志田隆之)

第1部 終わり

➡つくば建築散歩1 槇文彦、筑波大学大学会館はこちら
➡つくば建築散歩2 鵜沢隆、筑波大学総合研究棟Dはこちら 
➡つくば建築散歩3 坂倉建築研究所、つくば国際会議場はこちら
➡つくば建築散歩4 谷口吉生、つくばカピオはこちら
➡つくば建築散歩5 伊東豊雄、南3駐車場はこちら
➡つくば建築散歩6 妹島和世、ひたち野リフレはこちら (敬称略)

花とだんご つくば市手代木公園の桜 《遊民通信》38

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手代木公園(つくば市松代)の桜

【コラム・田口哲郎】
前略

桜の季節ですね。つくば市周辺もいたるところできれいな花が見られます。先日、手代木公園を散歩していたら、野球場のまわりに植えられている桜がみごとに咲いていました。桜が満開の光景はどうしてあんなに静かなのでしょうか? つくば市は騒音もあまりなく閑静なので、上野公園で見る桜よりも静かに感じるのは確かでしょう。

でも、現実の音の状況というよりは心象風景という気がします。花びらが散っているシーンを思い浮かべてみてください。無音のイメージではないでしょうか。それははかなさと関係しているのではないかと思います。咲きほこる花はきれいですが、1週間で散ってしまいます。生けとし生けるもの、若さのうちには力がみなぎり、老いてくれば衰えます。

盛者必衰のことわりをあらわすわけで、古来日本人はそのはかなさにも美しさを見出してきました。はらはらと地に落ちる、うす桃色の花びらを眺めながら、わたしたちは生命の勢いのなかに死の予感を読み取ります。そのときは外界の音が消えるほどに精神が集中するのでしょう。

ひとしきり感傷にひたったら、おなかが空きます。最近の気温の乱高下で体力が消耗しているのです。花よりだんごです。

年に一度は桜を見て、人の生きる道について思いをはせる。でも、腹が減ってはなんとやら。桜を愛(め)でてだんごを食べる。こう書くと、人間とはいかなるものかを言いつくしているようです。食べてゆく現実的な基盤と何かに思いをはせるこころの部分。そのふたつがなければ人間生活というものは成り立たないというわけです。このように何千年も日本人をよろこばせて、はげましてきた桜は本当にすごいですね。

極上のだんご「つくば」

さて、先日同じ研究室の学生と話していました。その人は生まれも育ちもつくば市というまさに、つくばサラブレット。つくばの観光名所はなんだろうという話になり、スマホで検索したところ、観光名所ランキングなるサイトを発見。1位筑波山、2位JAXA筑波宇宙センター、3位にイーアスつくばがランクインしていました。

ショッピングモールが観光名所になるのか!? とざわついていたところ、その人がつぶやきました。「筑波山と研究学園は結構離れているからねえ。あちらは古くて歴史があるけど、学園は平野に新しくつくった街だもんね。生活に必要なものはなんでもあるけどね」

誤解を招かないように補うと、これはつくば愛にあふれている人の発言です。生活便利施設は充実。おいしいパンとラーメンもたくさんある。道も広く、街並みがきれい。公園も多い。研究所群はテクノロジーの発信基地。研究学園はおだんごとしては極上です。

花も極上のはずです。桜はいたるところで咲いています。でも、それはつくばにかぎらず、日本中でみられる風景です。つくばがおなかのみならず、こころも満たせる街であることをお伝えできるようにこころがけます。ごきげんよう。

草々(散歩好きの文明批評家)

まずは旬のナノハナから 花のリレーでつなぐ下広岡花迷路 つくば

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大きなシャボン玉が飛ばせる「菜の花迷路」=つくば市下広岡

花曇りの空模様が続くなか、中根農園直売所(つくば市下広岡、中根剛代表)の設けた「菜の花迷路」第1弾が見ごろを迎えている。菜種梅雨(なたねづゆ)が明ける中旬以降に第2弾、第3弾と順次開設の予定で、さらに一帯を折々の花のリレーでつなぐ「下広岡花迷路」の仕掛けで通年の集客を募る構えでいる。

直売所付近の農地に設置した迷路は広さ1300平方メートルのミニサイズで、入場料なしに散策できる。現在満開の見ごろとなっているのはセイヨウナノハナ。茎の高さが50~80センチほど。迷路は1メートルほどの幅でルートが切り開かれており、途中でシャボン玉を作って楽しめるようシャボン液が置かれている。

ナノハナ(菜の花)には、ナタネ(菜種は正式な作物名)、アブラナなどの呼び名がある。年末から初夏まで花期の長い花だが、菜花として食するには「これからが旬」と農園の中根剛さんの解説。今後、下広岡地内で2500平方メートルに設置した「菜の花迷路」の第2弾、7000平方メートルに及ぶ「菜の花大迷路」と相次いで開設する予定でいる。

農園では昨年7月に、耕作放棄地対策として「ひまわり迷路」を開設した(21年7月16日付)。中根さんによると、コロナ禍からアウトドアレジャーが人気となったこともあり、約1カ月で延べ2000人ほどが訪れたという。

一帯の遊休農地などを借り受け「花迷路」が展開される予定

そこで今年は一念発起。ナノハナの他に、4月末から6月に咲くポピーやヤグルマギクなどの遊歩道設置、6月中旬から11月上旬には昨年好評だった「ひまわり迷路」も開設する計画で、様々な花のリレー栽培に取り組んでいく。来場者を見込んで有料の駐車場(1台100円=税込み)も農園近くの数カ所に借地して設置した。

菜種梅雨の晴れ間にはウクライナカラー

3月から4月ごろ、気温が低く雲が多い日が何日も続いたり雨が降ったりする天気を「菜種梅雨」という。開花を促す春の雨「催花雨」という言葉が「菜花雨」に転じ、菜種梅雨という言葉ができたという説もある。

晴れ間がのぞくと青空にナノハナの黄が映える=同

雨が上がって雲が晴れれば「青空と黄色の花でウクライナカラーになる」と中根さん。遠い地でウクライナの平和を祈る。(田中めぐみ)

◆現在開設中の「菜の花迷路」第1弾は入場無料。第2弾は大人100円、中学生50円。「菜の花大迷路」は大人200円、中学生100円を予定している。問い合わせは中根農園直売所☎090(6498)2913

新しい街の駅前ランドマーク【つくば建築散歩】6

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ひたち野リフレ西側外観(写真はNPOつくば建築研究会発行「つくば建築フォトファイル」から斎藤さだむさん撮影・提供)

ひたち野リフレ

常磐線ひたち野うしく駅前という立地から、「つくば建築散歩」とは言えないけれど、この建物をピックアップした意味については次回(最終回)にまとめる。設計は妹島和世建築設計事務所によるもの。妹島氏は伊東豊雄建築設計事務所から独立した建築家で、日立市の出身。

空と雲のパッチワーク映す

【鵜沢隆 筑波大名誉教授コメント】「この作品は、JRの新駅前に実現した中規模オフィスビルである。オフィスビルという空間的な凡庸さはそのままに、妹島和世は、駅側ファサード(正面)のデザインに設計のフォーカスを絞った。そのファサードはダブルスキン(2枚のガラス面構造)で、外側を横長のガラス・ルーバー(ガラス板を平行に複数並べたもの)が覆っている。

ひたち野リフレ西側外観の夜景(同)

このガラス・ルーバーは日照をコントロールする意図よりも、それぞれのルーバーの取り付け角度が垂直方向に微妙に調整されることで、建築の表面に周囲の風景のリフレクション(反射)がパッチワークのように再構成される仕掛けである。

ただし竣工当初は、この建築の周囲にはほとんど建築は見当たらず、妹島の作品は、建築の表層に空のコラージュを映し出すだけであった。

竣工から10年以上が経過したが、この建築の周囲の環境はほとんど変わらず、空間密度は低いままである。したがって妹島のこの作品の表層に映るのは、未だに空のパッチワークである。

空を流れ行く雲が建築の表面に視覚化されることで、建築の存在感は、確かに希薄化されている。しかし、建築がダブルスキンという「仮面」をまとうことで、建築の都市的コンテクストの曖昧化がもたらされていることも指摘しておきたい」

ひたち野リフレ東側外観(同)

女性建築家を起用

【建築散歩】1998年に完成したひたち野リフレは、新駅をコアに開発されたひたち野うしくの街びらきに合わせ、ランドマークとして計画された。都市開発者である住都公団(UR都市再生機構)では、「この建築については女性の建築家を起用したい」という初期方針を立て、当時まだ新進の域であった妹島氏に白羽の矢が当たった。

新しい街づくりの顔には、新しいコンセプトで建築にアプローチする設計者を求めたことが理由の一つだが、今だから書ける逸話として「女性建築家採用って格好いいだろう?」と、着工のときに公団幹部に耳打ちされた。軽快さや透明性を求め、建物の内側と外側の既成概念を無くしていくことが、妹島氏の建築に対するひとつのアプローチ。ひたち野リフレでは、壁面への街の映り込みにそのコンセプトが見出される。(鴨志田隆之)

続く

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地方の企業が取り組むべき2つの課題 《地方創生を考える》22

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ダイアモンド筑波

【コラム・中尾隆友】地方の経済が活力を保ち続けるためには、地方の企業が元気であり、雇用を提供する役割を果たすことが欠かせない。そこで、地方の企業が早急に取り組むべき課題は、主にふたつあると考えている。

デジタル化の推進

ひとつは、企業のデジタル化を推し進めることだ。

デジタル化の効用は、何も業務の効率化だけではない。特にB to C(企業⇒消費者)のビジネスでは、顧客を大幅に増やすポテンシャルを秘めている。このコラムでも数年前に申し上げたように、デジタル化や人口減少が進む経済・社会では、「商圏」という考え方は必ずしも盤石ではないからだ。

国立社会保障・人口問題研究所の人口推計によれば、茨城県の2045年の人口は223万5686人にまで減少(2015年の291万6976人から23.4%減)し、日本全体の減少率(16.2%減)よりかなり大きい。TX沿線を除いて、県全体で人口減少が加速度的に進み、商圏は縮小の一途をたどっていくのだ。

その対応策として、デジタル技術をうまく活用し、商圏の外(県外や海外など)から顧客を獲得するという発想が求められるというわけだ。

法令順守の徹底

もうひとつは、コンプライアンス(法令順守)を徹底することだ。

企業に求められるコンプライアンスとは、単に法令を守れば良いというだけでなく、高い道徳観や倫理観を持って業務を行うという意味も含んでいる。しかし残念ながら、この点でも遅れている地方の企業は多い。NEWSつくばコラムの執筆者でもある後輩の堀越智也弁護士によれば、コンプライアンスで問題がある企業の例には枚挙にいとまがない。

たとえば、昨今は住宅メーカーと消費者とのトラブルが多いという。成約を急ぐあまりに、虚偽の説明をしたり、不適切な契約をしたりするのは、地場のメーカーに共通する問題らしい。たとえ県内ナンバーワンとうたっていたとしても、それはまったく信用に値しないというのだ。

義務教育でESG(環境・社会・ガバナンス)が教えられる今となっては、地方の企業にもコンプライアンスの徹底は不可欠だ。茨城の企業にはこれらの課題を解決し、各々の地域の活力となってもらいたい。そう切に願っている次第だ。(経営アドバイザー)

故三浦春馬さん誕生日に特別な上映会 「聖地」土浦セントラルシネマズ

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劇場受付前には、三浦春馬さんへ寄せられたメッセージによる「桜の木」が展示されている=土浦市川口、土浦セントラルシネマズ

2020年に急逝した、土浦市出身の俳優、三浦春馬さんが32回目の誕生日を迎えるはずだった5日、同市川口の映画館「土浦セントラルシネマズ」に全国から多くのファンが集まった。同館では昨年1月以来、三浦さんの主演作品を上映し続けて、ファンの間で「聖地」と呼ばれている。この日、上映された3作品それぞれの冒頭に、誕生日に合わせて国内外のファンから寄せられたメッセージによる動画が上映され、会場から大きな拍手が上がった。

全国から「故郷」にファンが集う

誕生日の5日は、朝8時半から三浦さん主演で遺作となった「天外者」(2020年公開)を特別上映した。通常は午前11時から「森の学校」(2002年公開)、午後1時から「アイネクライネナハトムジーク」(2019年公開)、3時から「天外者」と、回を追うごとに三浦さんが年齢を重ね、主演俳優としての成長も見届ける上映順になっている。土浦セントラルシネマズの寺内龍地(67)社長は「三浦さんの成長を1日かけて追いかけられる」と説明する。

朝8時、開場時間を迎えるセントラルシネマズには、全国から駆けつけた100人以上のファンが並んだ。「春友(はるとも)」と呼ばれる。岡山県倉敷市の八木鈴恵さん(63)は4月2日から土浦に宿泊し、三浦さんにゆかりのある県内各地を巡りながら、思いを馳せたと話す。

待合スペースに展示される三浦春馬さんの写真は一部を除き、所有者の許可のもとSNSなどに投稿可能=同

この日のために休みをとったという石岡市の40代の女性は、どんな役でもなりきってしまう三浦さんの役作りの幅広さと、作品の外での口ぶりににじむ優しさが魅力だと語る。

東京町田市の野中英子さん(52)、秀昭さん(54)夫妻は、朝5時に自宅を出て、三浦さんが通った土浦市内の学校を訪ねてから朝一番の上映に駆けつけた。英子さんは「演技に対する真剣さ、ストイックさ、誰に対しても同じように対応する優しさに惹かれた」と話すと、三浦さんを思い返し目に涙を浮かべた。

会いたくなったら会える場所

寺内社長は「土浦は彼の故郷。うちを心の拠(よ)り所にしてくれる『春友』さん同士が、ここで仲良くなっている」と話す。この日、会場を訪れた神奈川県横浜市の梶原織栄さんと栃木県足利市の塩田真紀子さんも、同館の上映で知り合った「春友」だ。2人にとって土浦セントラルは「(三浦さんに)会いたくなったら会える」特別な場所だと思いを込める。

同館では、初主演作品の「森の学校」を昨年1月再上映させたのを皮切りに、現在まで主演の3作品を連続上映し続けている。寺内さんは「足跡を残す意味でも、彼の作品上映を続けていきたい。個人館の強みですよね。シネコンじゃできない」と連続上映への思いを語る。

訪れるファンに応対する寺内龍地社長=同

土浦市出身の三浦さんがデビューしたのは2000年。その後、2002年公開の「森の学校」で映画初主演を果たすと、土浦セントラルは全国に先立ち同作品の上映を開始した。それが縁になり、その後も三浦さんは土浦を訪れた際に寺内さんを訪ねていた。「実直で、表裏がない。それが彼の魅力」と寺内さんが振り返る。

5月8日までは、各回の作品上映の前に、今年の誕生日に向けてファンから募った三浦さんへのメッセージをまとめた、4分50秒の「オリジナル動画」が上映される。同館からのSNSの呼びかけに、欧米やアジアなど世界中から寄せられた3000あまりのメッセージを、寺内さんの娘、杏里さんが動画に編集した。

「彼のファンは、シニアから高校生まで本当に幅広い。それが彼の魅力を表している」として、「普段の上映では、6割から7割のお客さんがリピーターです。本当にありがたいです」と話す。今後については、「三浦さんにとって土浦は故郷。配給会社が許す限り、上映を続けていくつもり」と言い、「会いたくなったら来てください。作品の中で、皆さんを待っています」と呼びかけた。(柴田大輔)

ひと味違う立体駐車場【つくば建築散歩】5

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南3駐車場(写真はNPOつくば建築研究会発行「つくば建築フォトファイル」から斎藤さだむさん撮影・提供)

南3駐車場

筑波研究学園都市中心部にいくつかある立体駐車場が「名建築」の域に収まるのかどうか、議論を呼びそうな気もするが、ともすれば無味乾燥なだけの立体駐車場が巨大な構造体を都心部に横たえるとどうなるのかという、都市景観の面から浮かぶ懸念を払しょくしようとした試みがある。もちろんその取り組みが成功したか否かは、見る人の主観で変わってしまうが、今回紹介する1994年完成の南3駐車場(つくば市竹園)は、ひと味違うと感じられる。

建築が都市と対峙

【鵜沢隆 筑波大名誉教授コメント】「伊東豊雄建築設計事務所が設計したこの駐車場は、すぐ近くに存在する坂倉建築研究所の南1立体駐車場(つくば市吾妻、クレオ隣)の空間構成と無縁ではない。否、それとは好対照の空間構成を意図して設計されたと言っても過言ではない。つまりこの駐車場は、南1立体駐車場とは対照的に、立体駐車場に不可欠な車の上下移動のランプ(斜路)を積極的に外に露出させることで、この建築の機能的な存在を都市の中にストレートに表出させた。

南3駐車場の夜景(同)

坂倉建築研究所の駐車場が、立体駐車場に不可欠な斜路の空間を建築の内側に包み込むことで、都市の建築の空間構成との連続性を求めたのに対して、伊東豊雄建築設計事務所の駐車場は、立体駐車場という建築の機能的特殊性を建築のファサード(正面)に据え、都市の建築との不連続性を際立たせることで、作品の存在を訴えかけた。車のための斜路を空中高く持ち上げて峻立する鉄骨の柱列が、この建築のさっそうとした印象を際立たせ、建築が都市と対峙する。

裏側のペデストリアンに面したファサードが、バーコードを思わせるようなルーバー配列になっていることも、もうひとつの外観を作り出している。坂倉建築研究所と伊東豊雄建築設計事務所の立体駐車場の建築を改めて対比的に見直せば、それぞれの建築作品の空間特性が際立って明らかになるはずである」

南3駐車場の裏側(同)

都市とのかかわりまでも織り込む

【建築散歩】紹介したいことはすべて鵜沢隆筑波大名誉教授に書き込まれてしまった。要は、機能一点張りでもかまわない都市インフラと言い切ってしまえる立体駐車場に、機能は当然のことデザインや都市とのかかわりまでも織り込むという、非常にぜいたくな計画をベースにつくられた建築物なのである。そのことは、日常の利用では気にも留めない、留める必要もないものかもしれないが、「立駐ひとつとっても、つくばのそれはよそとは違うんだよ」と自慢できるのだ。

伊東豊雄さんは今、水戸市において完成しつつある新市民会館の設計を手がけている。伊東さんの代表作には仙台市の複合公共施設・せんだいメディアテークがあるが、水戸市民会館同様、都市と建築のつながりを表現しており、鵜沢名誉教授の都市と建築の不連続性という見方とは裏腹に、南3立体駐車場もまた都市とのかかわりを浮かび上がらせる側面もあると思える。(鴨志田隆之)

続く

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