木曜日, 1月 1, 2026
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ふるさと納税の顛末記 ① 《文京町便り》10

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土浦藩校・郁文館の門=同市文京町

【コラム・原田博夫】年末になると、ふるさと納税でソワソワするお宅もあるかも知れない。魅力的な返礼品をめぐる話題である。しかし、これは、制度導入の経緯からすると、妙な話である。今回は、その顛末(てんまつ)を取り上げたい。

そもそも、高校まで地方圏で教育を受けた若者の相当数が、大学入学や会社就職で都会に出て、その後の社会人生活や結婚後もそこで過ごすのは、20世紀後半の日本社会では(都市部と農村地域の間で教育や就業のチャンスに濃淡がある以上)当然だった。

この若者には財政の観点からは、高校卒業までは地元自治体の教育支出が投入されていた。勤務先の企業は、法人税(国税)および法人住民税を(企業の所在地へ)納めている。会社員としては、給与・報酬から所得税(国税)と個人住民税を(居住地の県・市町村へ)納めている。この会社員も企業も、当該年度に関しては立派な納税者である。

しかし、この会社員を高校時代まで成育させた出身地では、この財政収支の流れはやや釈然としない。少なくとも、地方出身者の高校卒業までに投じた財政資金のある部分は、出身の市町村・県に戻してもらいたい。とりわけ、都市部に出た地方出身者が地元に残った同世代よりも高所得者になっている場合には、そうした矛盾を感じる。

故郷へ還元できる制度はないか?

地方交付税制度は、こうした気分を一部解消する制度でもある。主要な国税5税(所得税・法人税・酒税・消費税・地方法人税)の一部(3割強)を地方の固有財源とみなして、全国の地方自治体を対象に、一定の意基準に従って(地方自治体ごとに基準財政需要額と基準財政収入額を算定し、前者が後者を上回っている場合はその差額を財源不足とみて)財源保障のために一般財源として配分する、という制度である(うち、94%は普通交付税、6%は特別交付税)。

この制度が導入(1954年)されて以降、東京都だけは恒常的に普通交付税の不交付団体だが、市町村の不交付団体(2022年度)は全国で72である(交付団体は1646)。茨城県内の不交付団体は、つくば市、神栖市、東海村である。ともあれ、この制度は全国画一的で、そもそも、個々の納税者には自分の納税額のどの程度が全国に配分されているのか、自覚もトレースも困難である。

個人ベースで、こうした故郷・出身地への還元を実現できる制度はないか、という問題意識はかねてからあった。このあたりの事情は、この制度を(『日経新聞』「経済教室」2006年10月20日で)提案した西川一誠『「ふるさと」の発想』(岩波新書、2009年7月)に詳しい。ちなみに西川氏は、自治省出身で福井県知事(2003~19年)を務めていた。

ともあれ、ふるさと納税制度は、(1)田中康夫・長野県知事が住民登録を自らの考えに近い自治体(泰阜村)に変更するという型破りの問題提起(2004年3月)などもあり、「ふるさと」を必ずしも自分の出身地に限定しない、(2)この納税は、あくまでも所得税・住民税の納税分の一部を対象団体に振り替える寄付金税制として設計され、2008年5月からスタートした。(専修大学名誉教授)

ウクライナ避難民支援募金を大使館に寄付 日本つくば国際語学院

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左から東郷治久理事長、駐日ウクライナ大使館のインナ・イリーナ文化担当官、森山英熙本部長=東京都港区、駐日ウクライナ大使館

学校法人つくば文化学院(東郷治久理事長)が運営する日本語学校「日本つくば国際語学院」(同市松代)が、4月からつくば市内で呼び掛けていたウクライナ避難民支援募金(4月13日付)が9月末までに計24万5000円集まり、10月26日、東京都港区の駐日ウクライナ大使館に寄付した。

募金箱はグループ企業のサンスイグループ(東郷理事長)が運営する市内計8カ所に設置した。当初6月末までの予定だったが延長し、9月末まで寄付を募った。

8カ所は同校のほか、つくばグランドホテル(同市筑波)▽つくばわんわんランド(同市沼田)▽つくば国際ペット専門学校(同市沼田)▽つくば山水亭(同市松代)▽つくば山水亭別亭(同市吾妻、ホテル日航つくば2階)▽KEY’S CAFE(キーズカフェ)ララガーデンつくば店(同市小野崎、10月16日閉店)▽ミスタードーナッツ イーアスつくばショップ(同市研究学園)。特にKEY’S CAFEとつくば国際ペット専門学校に設置した募金箱には多くの寄付が集まったという。

今回の募金活動は「ウクライナ避難民の支援はまず日本語学校から手を挙げてやるべきではないか」という東郷理事長の言葉がきっかけとなった。寄付金を受け取ったウクライナ大使館の担当者からは感謝の言葉が述べられたという。

同校の森山英熙本部長は「みなさんに関心を持って寄付をしていただき、本当に感謝しています。寄付金が避難民の方々のお役に少しでも立てれば」と話し、「これからもウクライナ避難民で日本語を学びたいという人がいたら積極的に受け入れていきたい」と語る。

10月から同校には、ウクライナ避難民でつくば在住の20代男性1人と60代女性1人が聴講生として入学し、意欲的に日本語を学んでいるという。

同校は、4月入学と10月入学が選択でき、新型コロナに関する水際対策緩和を受け、先月10月にはウクライナ避難民を含め13カ国からの留学生50人が入学した。ほかに、市内近郊に住む外国人の家族など20人も聴講生として受け入れた。現在、新入生と在校生20人を合わせて28カ国90人の生徒が在籍している。(田中めぐみ)

百年亭再生プロジェクトが進行中 《宍塚の里山》95

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改修工事中の百年亭

【コラム・佐々木哲美】宍塚の自然と歴史の会では、2019年7月に里山に隣接した築100年以上の住宅を購入し、「百年亭」と名付け、修復作業に取り組んでいます。その資金集めに、クラウドファンディング(CF)を使いました。期間は9月5日~10月21日、目標額は300万円としました。

建物の完成には800万円程度が必要ですが、CFに並行して、助成金申込みや様々な手法で、宍塚の里山の重要性を伝えながら資金を集めます。

CFの結果、223名の方から317万5000円の寄付をいただき、目標を達成することができました。どんな方から寄付があったかまとめたところ、会員から27%、非会員から73%と、非会員の寄付が多くを占めました。居住地別では、つくば市32%、土浦市15%など、県内で62%を占めました。

県外では東京都が14%と多く、関東全体では28%を占め、関東以外は9%でした。宍塚から離れると人数は減少しますが、県外からの寄付者が全体の37%にもなり、宍塚の里山保全への支持が全国に広がったことを示しています。

寄付額は1万円が119名(59%)と最も多く、次いで5000円が65名(29%)と続きます。10万円という高額寄付者が4名もいました。今回の成功のカギは、もちろん、寄付していただいた方、知人・友人に働きかけていただいた方、プロジェクトメンバーの努力ですが、ホームページ(HP)の役割も少なくありません。仲介業者READYFORの方々の親身なサポートもありました。

百年亭の創建年と大工名が判明

現在、百年亭再生プロジェクトは、建物の基礎部分の補強工事に取り組んでいますが、工事にあたって解体した玄関の部材から、墨で書かれた古文書が発見されました。専門家の判読の結果、「明治十四年 六月 佐野子 伊助作」と、建物の創建年月と、手掛けた大工棟梁の名前が判明しました。

この発見によって、今まで不明だった百年亭の建設者と築年数が明らかになり、築年数は推定したよりも長く、141年を数えていたことになります。

CFの取り組みは、今後の宍塚の里山保全の資金集めの参考になりました。また、百年亭の歴史が判明したことで、関わっている一級建築士の若者たちをはじめ、多くのスタッフを元気づけています。皆が力を合わせ、再生プロジェクト完成と里山保全に取り組んでいきたいと思います。(宍塚の自然と歴史の会 顧問)

空気汚染の健康被害を知ってほしい 市民科学者、故 津谷裕子さんの著書を公開

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故 津谷裕子さんと、無料公開された著書「絵でとく健康への環境対策ープラスチックからの新しいVOC空気汚染」の表紙

有害化学物質による空気汚染の被害者で、2021年2月に92歳で死去した土浦市の市民科学者、津谷裕子さんが、化学物質による健康被害について知ってほしいと09年に執筆した著書「絵でとく健康への環境対策ープラスチックからの新しいVOC空気汚染」(A5判、98ページ、社会評論社)が、「忘れるな 杉並病・寝屋川病~プラスチックリサイクルで生活を奪われないために」と題したウェブサイト内でこのほど全面公開された。

公開したのは東京都千代田区の市民団体「化学物質による環境汚染を考える会」代表の森上展安さんだ。森上さんは1990年代後半、当時住んでいた東京都杉並区で津谷さんと共に、プラスチックなどの不燃ごみ圧縮・詰め替え施設で健康被害を受けた周辺住民の実態調査や原因究明に取り組んだ。「杉並病」と呼ばれた健康被害だ。

公開された著書は、アレルギーやアトピーなどの患者が増える中、身の回りのさまざまなところから、これまで無かった、ごく微量の揮発性有機化合物(VOC)が発生し、新たな空気汚染が広がっている実態を知ってほしいと執筆された。

東京都杉並区の施設周辺住民の健康被害の調査結果や、プラスチックごみの圧縮や詰め替えで揮発性化学物質がなぜ発生するかをまとめている。その上で「プラスチックは不完全な加熱や機械的処理では、多種類で多様のVOCが発生し、毒性がごく強いものに変質することもある」などと指摘し、今日推進されているプラスチックのリサイクルについても疑問を投げ掛けている。

予防、救済、解明へ

ウェブサイトでは、著書に対する補足・説明を加え、公式には認められていない津谷さんオリジナルの考えもあると指摘する一方、大気汚染がどのように広がったのかについて津谷さんが「空気汚染が一様に拡散して広がるものではない」「空気中でとても薄い濃度だと分析されても、物やほこりの表面ではびっしりと汚染分子が並んで高濃度になって、表面に付いたり離れたりするので、人の周りの汚染濃度は高い」と記していることについて、「まさにその危険性を、マイクロプラスチックが海洋動物に与えるリスクとして、今、研究が進められている。杉並病からこの可能性を発見したのは、まさに先見の明でしたが、それゆえに当時の人たちには理解されにくかったのでしょう」と解説している。

さらにウェブサイトでは、杉並病と同様の健康被害が発生した大阪府寝屋川市の「寝屋川病」と呼ばれる健康被害や、原因物質と拡散の仕組み、プラスチックリサイクルの問題点などを指摘し、空気汚染と健康被害研究の第一人者である柳沢幸雄東京大学名誉教授が「本サイトで化学物質による環境汚染の理解が深まり、健康被害の予防、救済、解明につながることを祈ります」とメッセージを寄せている。

亡くなる直前まで草の根で測定活動

津谷さんは、つくば市の元通産省工業技術院機械技術研究所(現在は産業技術総合研究所)の研究者で、1996年、東京都が杉並区に建設した不燃ごみを圧縮・詰め替えする中継施設近くに住み、健康被害を受けた。当時、原因が分からないまま、先頭に立って住民の健康調査を実施し、97年、国の公害等調整委員会に公害調停を起こした。2002年、施設の操業に伴って排出された化学物質が健康不調の原因であることを認めさせる裁定を勝ち取った。

ただし原因となった化学物質が何であるかは特定されず、裁定では「この化学物質の数は二千数百万にも達し、その圧倒的多数の物質は毒性を始めとする特性は未知の状態にあるといわれている。(中略)今後、化学物質の解明が進展し、被害の救済につながることを強く期待する」とされた。

津谷さんはその後、土浦市に移り住み、2010年にNPO法人「化学物質による大気汚染から健康を守る会」を立ち上げ、亡くなるまでの10年余り、同NPO茨城事務所長を務めた。

この間、土浦市内の自宅兼茨城事務所を拠点に、化学物質過敏症の被害者の相談に乗ったり、全国各地の空気汚染の裁判を支援したり、海外から揮発性有機化学物質を測定する測定器を購入し、草の根で身の回りの空気汚染の調査を行ってきた。さらに測定データを集めて行政に対策を働き掛けたり、国と話し合いなどをしてきた。近年は、香害といわれる柔軟剤の臭いに悩む全国各地の住民からも相談を受けていた。

二度と起こらないように

森上展安さん(平野晋子さん撮影)

著書を公開した森上さんも1990年代後半、不燃ごみの中継施設があった場所から2キロ南に住んでいた。仕事で主に区外に出ていた森上さんには症状はなかったが、家にいた妻や中継所に隣接する公園で遊んでいた当時小学生の息子に発熱など風邪のような症状が続き、引っ越すと症状が無くなったと話す。

森上さんは津谷さんら地域住民と98年に「杉並病をなくす会」を立ち上げた。2002年の公害調停の裁定後も津谷さんと共に、現在まで、化学物質による健康被害について考える活動を続けている。

森上さんは「杉並で健康被害にあって泣き寝入りした人がいっぱいいる。住んでいるところを追われて、その後も体が良くならないという人の話も聞いている。二度とこのようなことが起こらないように、サイトを見てこういったことがあったということを多くの人に知ってほしい」と語った。

はつゆきさん《短いおはなし》9

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【ノベル・伊東葎花】

はつゆきさんと出会った日、僕はまだ小学生だった。

遊び過ぎた帰り道、肌を切るような冷気に、思わず身を縮めた。

「そこのぼうや、早く帰りなさい。雪が降るわよ」

見上げると木の枝に、透き通るような白い女性がいた。

「雪? まだ11月だよ」

僕が言うと、彼女はほほ笑んで白い指をくるりと回した。

途端に、空から無数の雪が舞い落ちてきた。

灯りがともり始めた夕暮れの町が、幻想的な冬景色に変わった。

「わあ、おねえさん、すごい」

はしゃいで見上げると、木の枝に彼女はいなかった。

僕は彼女を「はつゆきさん」と呼んだ。

はつゆきさんは、初雪の季節になると必ず現れた。

ほんの一言、言葉を交わしてすぐに消える。

年に1度、わずかな時間を過ごすだけなのに、僕にとって彼女はかけがえのない存在になった。

僕は20歳になった。

寒さが足元からじわりと伝わる。今日、初雪の予報が出ている。

いつもの場所に向かうと、やはりいた。

はつゆきさんは、木の枝で静かにほほ笑みながら僕を待っていた。

「今年も会えたね」

「今夜は冷えるわ。温かくしてね」

はつゆきさんはいつものように、白い指を空にかざした。

「ちょっと待って!」

彼女が指をくるりと回す前に、僕は慌てて声をかけた。

「こっちに降りてきなよ。もっと話したい」

はつゆきさんは、戸惑いながら枝を離れ、僕の隣にふわりと舞い降りた。

子供の頃はずいぶん大人に見えたけど、今はまるで可憐な少女だ。

その細い肩に触れようとしたら、彼女はひらりと身をかわした。

「触れてはだめ。溶けてしまうわ」

彼女の身体は雪と同じだ。

僕たちは少し離れてベンチに座った。

時々話して、風に踊る枯葉をながめた。

そして明日も逢う約束をして別れた。

その日、初雪は降らなかった。

それから僕たちは、毎日逢った。

天気予報に雪マークが並んでも、雪は降らない。

やがて、はつゆきさんは少しずつ痩せていった。時おりつらそうに息を吐く。

もう限界だ。これ以上引き留めることはできない。

「今日で最後にしよう」

はつゆきさんは、悲しい瞳で僕をじっと見た。

そしてすっかり細くなった手で、僕の手を握った。

僕の体温が、はつゆきさんの方に流れていく。

「だめだよ。溶けちゃうよ」

はつゆきさんは首を横に振り、僕にそっと寄り添った。

溶けてしまう…。溶けてしまう…。

わかっているのに、離れることができない。

「さようなら」小さな声が風に消えた。

はつゆきさんは、木枯らしのベンチに僕を残し、きれいな水になってしまった。

はつゆきさんが消えた翌日、今年初めての雪が降った。

彼女の代わりの誰かがやって来て、雪を降らせたのだろう。

その姿は、僕には見えない。

きっと、やがて彼女と恋に落ちる、どこかの少年にだけ見えるのだろう。(作家)

時の流れとノスタルジー《遊民通信》53

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【コラム・田口哲郎】

前略

今年は鉄道150周年イヤーだそうです。1872年に新橋-横浜間に開業した路線が日本初の鉄道になりました。150年前は明治時代ですから遠い昔のように感じます。確かにそうなのですが、今わたしは43歳です。たとえば鉄道の150年のうちの43年間は自分にとってもリアルタイムだったことになります。

単純計算で、わたしが生まれたときは、鉄道は開業して117年だったわけです。歴史の一部が自分の半生にかかっているというのは、なんとも不思議な感覚です。いつも現在だった今が、いつの間にかある程度時間的な距離のある過去になってしまうほど、自分がこの世に存在してきたのだなと驚きます。

ふと気づいたら、高校球児がずいぶん年下になってしまうと言われますが、それが感覚的によくわかるようになりました。

40歳を超えたあたりから、振り返ることができる年月が10年単位になることにも気づきました。若かったとき、いわゆる中高生だった時代は30年前、最初の大学生時代は20年前になります。わたしにとって懐かしい時代は90年代、ミレニアム、そして2000年代です。あのころを思って、ノスタルジーにひたることになるとは思いもしませんでした。

バブル経済がはじけて、失われた10年といわれた時代。阪神淡路大震災に衝撃を受け、9.11同時多発テロに震撼した時代です。携帯電話の登場でコミュニケーションが劇的に変わり、インターネットの登場で情報が洪水のようにあふれるようになった時代です。当時新鮮だったことも、現在は当然のこととして常識になっていたりします。

ノスタルジーは人間の本能!?

人間は歳をとると、現在と過去を自由に行き来できるようになります。まさに今のことが何十年後には過去になってノスタルジーを引き起こすに違いありません。

不思議なのですが、「あのころはよかったな」と、若いときは絶対に言えなかったフレーズが自然と口をついて出てきてしまいます。思い出は美化されますから、過去が現在よりも絶対に良いということはないのです。でも、もう変えられない過去は、どこかふるさとのようなやさしい感覚をよみがえらせてくれるのでしょう。

人間が伝統を大切にするのは、こういう時間の流れへのささやかな抵抗を本能的にしてしまうからかもしれませんね。ごきげんよう。

草々(散歩好きの文明批評家)

もっと日常に音楽を つくばの若手2人がサロンコンサート企画

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川澄さん(左)と吉田さん(右)=つくば市二の宮、吉田ピアノ教室

コロナ禍でコンサートやライブが少なくなった中、質の高い音楽をもっと身近で聞いてほしいと、つくば市在住の音楽家2人がオーボエとピアノの第1回サロンコンサート「樹の詩(きのうた)」を12月2日、アルスホール(つくば市吾妻)で開催する。

主催者のオーボエ奏者、川澄萌野さん(39)は「コンサートでは出演者との交流はもちろん、聞きに来てくれた人同士でも交流し、人のつながりの温かさを実感してほしい。音楽をきっかけにしたつながりの輪を大切にしたくて『サロンコンサート』とした。身近で良い音楽を聞いて、ほっとしたり元気になったりして帰ってもらいたい。いいものを聞いたなと思うような音楽を提供できたらうれしい」と話す。

ピアニストの吉田琢磨さん(38)は「それぞれの人の日常の中に少しでも音楽があるとうれしい。私たちの音楽がみなさんの日常の一つになれるともっとうれしい。近くに住む人にぜひ聞きに来ていただけたら」と来場を呼び掛ける。

川澄さんは14歳からオーボエをはじめ、東京芸術大学を卒業した。大学在学中には水戸芸術館主催「茨城の名手・名歌手たち第16回演奏会」に出演、プロオーケストラのエキストラ奏者として活動し、東邦音楽大学大学院、桐朋オーケストラ・アカデミーを修了した。現在は音楽の家庭教師を務めながらオーボエの演奏活動に注力している。

吉田さんは中学卒業後に渡仏。パリ・エコールノルマル音楽院在学中にパリ国立高等音楽院に入学。その後エコールノルマル音楽院で研さんを積んだ。2007年、第9回イル・ド・フランス国際ピアノコンクール2位、2010年、第6回テレザ・リャックーナ国際ピアノコンクール3位など国際ピアノコンクールで実績を残す。帰国後はリサイタルなど演奏活動を行いながら、現在はつくば市二の宮で「吉田ピアノ教室」を開き、講師としても活動している。

川澄さんと吉田さんの出会いは、コロナ禍の中、川澄さんの夫がピアノを習いたいと教室を探し、吉田さんの教室に通うようになったのがきっかけという。吉田さんの妻、紗代さんは絵画教室「アトリエ彩り」(同市二の宮)で講師を務める画家。芸術活動を通じて夫妻で交流を深めてきた。川澄さんと吉田さんは今年6月と10月にもユーチューブを使ったオンラインライブで共演し、好評を博したという。しかし、やはり生の音も聞いてほしいと、アルスホールでのコンサートを企画した。

コンサートのタイトル「樹の詩」は、オーボエもピアノも木でできている楽器であることや、つくばの街にそびえたつ樹々のように、街に根差した音楽を届けたいという思いから、川澄さんが考えた。

コンサートでは第1部と第2部で8つのプログラムを演奏する。「アヴェ・マリア」や「ジャズ・クリスマス・メドレー」のほか、オーボエの定番曲であるサン=サーンスの「オーボエ・ソナタ ニ長調 作品166」など3曲、また、ブラームスの「6つの小品作品118 第2番 間奏曲 イ長調」など2曲のピアノソロに、川澄さんの作った詩を朗読し吉田さんが即興で演奏する「ポエトリーリーディング」も披露する予定だ。

◆第1回サロンコンサート「樹の詩」は、12月2日(金)午後7時半から、つくば市立中央図書館内アルスホールで開催。開場は午後7時。チケットは大人2000円、学生1000円、全席自由。問い合わせは電話080-3409-8417、メールmoeno_kawasumi@yahoo.co.jp(代表 川澄さん)

娘さんが始めた家庭菜園《菜園の輪》9

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家族みんなでサツマイモ掘り

【コラム・古家晴美】和子さんから、開口一番、「9月は忙しくて畑になかなか来られなかったんですよ」という言葉が出る。

つくば市に住む娘さんが始めた家庭菜園を、妊娠時に手伝うようになった川島夫妻。車で片道30分かけて来る。そのこと自体は、とても励みになり、楽しい。しかし、用事が立て込んでいるときや悪天候が続いたときなど、来られないときもある。来れば草むしりに追われ、なかなか作付けに取り掛かれなかったという。

しかし、お彼岸には、秋冬野菜をまき終わり、畑には、青々と小松菜が茂っている。すでに1回間引いて食べている。この日の朝食のみそ汁にも入っていたらしい。また、長ネギ、キャベツやスティックセニョール(ブロッコリー)がすくすくと育っている。今年は娘さんからのリクエストで、イタリアンキャベツ(ちりめんキャベツ)にも挑戦した。ほかに伝統野菜の、のらぼう菜(アブラナ科の野菜)も仲間に加わった。

フルタイムで働いている娘さんは、家事以外に、息子の容太郎君の送迎などに忙しい。それでも仕事帰りや週末に、畑での収穫作業を分担し、それをご両親にも届けている。週1、2回、平日の昼間の野良仕事は、川島夫妻の担当だ。容太郎君が小学校から帰ってくる時間に、仕事を切り上げられるよう、その前の1、2時間を畑で過ごす。

共に食べることで活力を得る

最近のお孫さんの成長について、和子さんは半ばうれしそうに、半ば寂しそうに語る。「以前は、畑仕事以外に、虫を探したり、畑で過ごす時間がもっと長かったんですよ。無論、畑へ来れば、すぐにイチゴを摘んで食べることを楽しみにしていたり、芋掘りなどのイベントがあると聞きつけると、やって来ます。ただ、大きくなるにつれて、畑以外にも関心の幅が広がり、長時間、畑にいることが少なくなってきましたね」

子どもが様々なことに関心を持つことは、喜ばしいことだ。しかし、言葉にはされてはいなかったが、お孫さんと共に過ごす時間が短くなったことの寂しさは、本音かもしれない、と感じられた。

このように、菜園での共同作業は、子供の成長、家族のあり方とともに、変化している。しかし、たとえ、畑で共に過ごす時間が、それによって短くなったとしても、同じ畑で採れた収穫物を食べることによって、家族はつながっているのではないだろうか。日本の民俗は、「共食」と言うものをとても大切にしてきた。共に食べることにより、活力を得ることができる、という考え方だ。

また、子どもの頃に、家族と共に過ごした菜園での時間は、お孫さんにとって将来の大きな宝物となるかもしれない。(筑波学院大学教授)

五十嵐つくば市長が新型コロナ 欧州出張から帰国

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つくば市役所

つくば市は22日、五十嵐立青つくば市長が新型コロナウイルスに感染したと発表した。五十嵐市長は6日から20日まで15日間、フィンランド、ドイツ、スペイン、イタリアの4カ国を訪れ、20日帰国した。

秘書課によると、帰国した20日夕方、せきやのどの痛みがあり、翌21日、PCR検査を受けたところ陽性が判明した。熱はないという。

症状がない場合の療養期間は7日間であることから、27日まで自宅療養する予定。療養期間中はリモートで公務を行うとしている。

市職員3人が濃厚接触者

欧州出張には市職員4人が同行した。6日、市長と市職員3人の計4人で出発し、フィンランドでは科学技術都市のハイレベルフォーラム国際会議に出席して、つくば市のスーパーシティの取り組みを紹介した。続いてドイツを訪れ、つくば市と科学技術分野の連携合意書を締結しているボーフム市役所などを訪ねて同市長などと交流した。同行した市職員3人のうち2人はドイツから帰国した。

その後、別の市職員1人が合流し、市長と市職員2人の計3人が、労働者協同組合の先進地域であるスペイン・モンドラゴン市とイタリア・ボローニャ市を訪れ、地域住民が組合員となって地域を自ら経営する様子などを視察したという。

同行した市職員4人のうち濃厚接触者は、スペインとイタリアに同行した職員2人。ほかに帰国後、成田空港から五十嵐市長を自宅まで送迎した1人も加え、計3人が濃厚接触者になるという。3人はいずれも現在、自宅待機中で、症状がある職員は新型コロナの検査を受ける。

五十嵐市長は「このたびは市民の皆様を始め、市内事業者・団体関係者の皆様にご心配をお掛け致します。症状は軽症であり、リモートにより公務を行い、市政運営に支障をきたさぬよう対応していきます」とするコメントを発表した。

専門店街運営の商業協同組合が破産 土浦「さん・あぴお」

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新治ショッピングセンター「さん・あぴお」=土浦市大畑

エコス側は営業続ける

土浦市大畑にある新治ショッピングセンター「さん・あぴお」の専門店街を運営する新治商業協同組合(大槻利夫理事長)が破産し、専門店街に入居する店舗が順次閉店している。同協同組合と、土地などを管理する新治商業開発が水戸地裁土浦支部に破産を申し立て、17日に手続き開始決定を受けた。

負債総額は6億~7億円程度とみられる。専門店街の区画とは別に、建物を区分所有する核店舗のエコスなどの店舗は営業を続ける。

さん・あぴおは、長崎屋新治店を核店舗に1993年4月に開業。2階建てで店舗面積は1万1034平方メートル。地元主導型ショッピングセンターとして協同組合が建物の約半分を所有する形で運営されていたが、長崎屋の経営破たんから、2003年12月にスーパー「エコス」(本社・東京都昭島市)が長崎屋分を買い取って食品売場などを運営している。

開業時、専門店街の組合員は28店舗あったが、近年は空き床が目立つ状態となっていた。現在組合員は6事業所7店舗、ほかにテナントとして20店舗ほどが入る。

18日以降、組合事務所を含め順次閉鎖をしており、商業協同組合側にあるファーストフード店なども閉店となる見込み。「エコス」側の売場にある百円ショップやドラッグストアは営業を続ける。

組合員の飲食店は「17日夕方になって突然破産を告げられた。本当に寝耳に水。このまま廃業するしかない」と語る。組合員には債権者会議が持たれるなどの情報も伝えられておらず、不安な表情をのぞかせている。

信州の美術館「無言館」《続・平熱日記》122

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【コラム・斉藤裕之】「信濃山景クラッシック」。信州の山をテーマにしたグループ展が長野県上田市で開かれた。会期中に当地を訪れるつもりはなかったのだけれども、上田に近い千曲市でギャラリーを開くという上沢さんのお誘いもあって高速に乗った。

2カ月前に訪れた信州はまだ夏の空気が感じられたが、晩秋の信濃路は絵に描いたような紅葉の真っただ中にあった。菅平辺りから、多分あれは北アルプスだと思うのだが、すでに雪をかぶった山々が遠くに見えてきた時には運転席で私の心も高揚していた。

その日は、会場である老舗有名パン屋「ルヴァン」で、この展覧会のコーディネートをしてくれた雨海さんと上沢さんを引き合わせ、酵母の香しいパンをいただきながら久しぶりに美術談義などを楽しんだ。

作家としてまたアートコーディネーターとして活躍されている雨海さん。上田に来る前は益子の役所で文化関係の仕事をしていて、その知識と経験から人望も厚く、幅広い世代の作家に慕われている。上沢さんも長い間東京で現代美術に関わるお仕事をされていて、このたび、ご実家を改装されてギャラリーを開かれるという。どうやら長野に拠点を構えるお2人の仲を取り持つことができたようだ。

ルヴァンのご主人とも再会できた。僭越(せんえつ)ながら、前回訪れた折、この2階の窓から見た烏帽子岳を描いた作品を贈らせていただいたのだが、ご主人、実は元々大学で美術を学んでいらしたと聞いて、いささか恐縮した。

さて、せっかく来たのだから、どこか訪ねてみようということになった。観光するには事欠かない信州だが、「無言館は?」という雨海さんのご提案に虚を突かれた。実は、何となく頭の隅にあったのだが、多分、一生行かないと思っていた場所。

無言の絵画が語るべきこと

無言館は上田市を一望できる小高い丘の上にあった。ケヤキやクヌギが真黄色に染まるなか、十字の形をした建物はあった。先日、テレビでこの無言館を舞台にしたドラマが放映されたとかで、扉を開けると、薄暗い館内には平日というのに、若い人のグループからご年配の方々まで予想外に多くの人がいて驚いた。

この無言館には、先の大戦に出征し若くして亡くなった画学生の絵が飾られている。私の母校の大先輩方々の絵もある。

「先輩方の絵に対する真摯(しんし)な態度、物を見る素直な眼差(まなざ)しに感動しました。どなたも絵が達者でした。私の頃は絵画そのものが表現方法として危うい時代でしたから、入学と同時に違う表現に向かう者も少なからずいたりして。私ももう少し真面目に画面に向かえばよかったと…。いや、これからちゃんと絵を描こうと思います…」

無言館は、飾ってある絵とそれを見る人が無言であることから名前が付けられたというが、饒舌(じょうぜつ)な時代にこそ、無言の絵画が語るべきことがあるような気がした。初めて訪れたという上沢さんも感慨深げだった。来てよかったと思った。

次の日も快晴。上沢さんに千曲市から長野市を一望できる姨捨(おばすて)の棚田を案内してもらって、昼にはクルミだれの新ソバも堪能して、ますます信州のファンになった。来年の春に、上沢さんのギャラリー「アートコクーン」で個展を開くことになっている。半年後、今度は春色に染まる信州に来るのが今から楽しみである。(画家)

つくば市有地売却 おかしな行政手順《吾妻カガミ》145

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つくば市役所正面玄関サイド

【コラム・坂本栄】つくば市の運動公園用地売却については、その手順のおかしさを何度も指摘してきました。市の財産処分なのに議会の決を取らなかった、公募意見では売却賛成が少数なのに無視した、売却の是非を市民に聞く無作為抽出調査をやらなかった―などです。これらに、行政手続きを終える前に売却契約を結ぶという、おかしな手順も加えておきます。

議会無視(取得するときは議決)、公募意見無視(売却賛成はたった3%)、無作為調査不採用(市政運営の定番を無視)の3点については、137「つくば市長の宿痾 総合運動公園問題」(7月18日掲載)をご覧ください。

市は用途変更ダメの事態も想定

前市長時代、市がUR都市機構から買った運動公園用地は「住宅地域」「文教地区」です。市は8月、この用途を「準工業地域」に変更するとともに、「文教地区」を外すと約束をして、用地を売却する契約を倉庫業者と結びました。この業者は、ここに電子情報倉庫や物流倉庫を建てるそうですから、用途変更が土地取得の前提になります。

そこで、市は10月から、都市計画審議会で用途変更が妥当かどうか審査しています。県とも相談して、来年2月に結論を出すそうです。

用地変更がOKになる前に売却契約を結ぶというこの手順、おかしくないでしょうか? 購入者の使途を確認用途変更を決定売買契約を締結というのが、正しい手順ではないでしょうか? 担当部に手順逆転の理由をただしたところ、ウヤムヤな説明でした。市は、この用地をできるだけ早く処分したいと焦っているようです。

売買契約書には、都市計画審の結論がNOとなった場合に備え、解約条項が入っているそうです。手順が正しい流れであれば、そのような条項は必要ないのに、です。市は、各方面への根回しを済ませ、NOはないと判断しているようですが、その可能性がゼロではないとも思っているのでしょう。ちなみに、土地を元の状態に戻す「解約リスク」は、原則として業者が負うそうです。

元研究者は反対、前市長は慨嘆

先の都市計画変更・公聴会では、元研究者から、用地売却=用途変更に反対する意見が述べられました。その主張については「2人が反対意見を公述…都市計画変更で…公聴会」(11月11日掲載)をご覧ください。

反対意見は、▽未利用地だからと言って、売却してしまうのはデベロッパー(開発業者)の発想だ、▽研究学園都市としては、将来、研究機関用地が必要になる事態を想定し、公有地として残しておくべきだ、▽売却は市の決定だが、学園都市つくばの特殊性を考え、県や国と一緒になって、公有地の扱いを判断すべきだ―と、整理できます。

市は研究学園都市を「経営」する構想力に欠け、その「視野」も遠くが見えていない、ということです。つくば市は困った市執行部を抱えてしまったものです。

元県議・首長の視点から、前市長は「あの土地を売らないで、市有地として確保しておけば、いつでも体育館や陸上競技場を建てられたのに、それを売り払ってしまうとは…。つくば市だけでなく、県南地域にも悔いが残る」と、慨嘆しています。詳細は「今、何をしているのですか? 前つくば市長の市原さん」(11月15日掲載)をご覧ください。(経済ジャーナリスト)

茗渓が11連覇 高校ラグビー県予選決勝 清真に競り勝つ

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前半7分、青のユニフォームの茗渓センター網田優作が右中間にトライ(撮影/高橋浩一)

2022年度全国高校総体兼第102回全国高校ラグビー県予選会は20日、水戸市小吹町のケーズデンキスタジアム水戸で決勝戦が行われ、茗渓学園(つくば市)が24-6で清真学園(鹿嶋市)に勝利した。茗渓は11大会連続28回目の優勝を飾り、12月27日から東大阪市花園ラグビー場で開催される全国大会への出場権を獲得した。

茗渓学園 24-6 清真学園
前半 16-3
後半  8-3

競ったプレーでの精度高めたい

前半31分、ウイング林勇太がスピードに乗り相手を振り切る(同)

茗渓は、5月の関東大会県予選では74-0と圧倒した相手に、思わぬ接戦を強いられた。前後半を通して、トライとペナルティーゴールを3つずつ決めたのみで、トライ後のコンバージョンキックはいずれも失敗。守備では、相手にトライを許すことはなかったが、2つのペナルティーゴールを奪われた。

要因は相手のプレッシャーにより、小さなミスが続出したこと。「パスミスやキャッチミスなどで攻撃のテンポが上がらず、練習でやったことが出しきれなかった」と高橋健監督。「相手のプレッシャーをどう散らすかがポイントだったが、その意識を試合の中でチーム全員に植え付けられず、後半もメンバーが替わった中で修正できなかった」と松永樹門主将。

全国大会に向けて、この課題をどう修正していくか。高橋監督は「ちょっとした心の問題」と見ており、練習試合などでは成果は出ているという。松永主将は「競ったプレーでの精度が足りない。日ごろの練習から緊張感を高め、ハードワークを心掛けていきたい」と弱点克服を誓う。

後半14分、ドライビングモールからの展開でウイング森尾大悟にボールが渡る(同)

南アから帰国、期待の超重量FW

この試合で、1年生ながらスクラムで最もハードなポジションと言われる右プロップを務めたのが和田翔太。身長183センチ体重125キロの恵まれた体格によるパワフルなプレーを持ち味とする。全国大会では相手スクラムの重さに苦しめられてきた茗渓にとって待望の超重量級FWの一人だ。

「今日は緊張して思うような動きができなかったが、ボールをもらったら相手を弾き飛ばしてゲインをかせぎ、ハイパントには体を張ってボールを守るなど、局面での役割は果たせた」と振り返る。

全国での活躍を誓う和田翔太(同)

幼いころから父の転勤に伴い、中国やカナダなど海外経験が豊富。ラグビーを始めたのは南アフリカにいた小5のとき。父も中・高とラグビー部だったことがきっかけとなった。中3で帰国し谷田部東中(つくば市)に転入、現在に至る。

世界有数の強豪国である南アのラグビーと、日本のラグビーの比較については「南アフリカではパワープレーでの突破など個人技が中心。日本では体のぶつかり合いに加え、サインプレーなど戦略性が高く、自分の役割を意識しながらチームが一つになって戦う。より面白さを感じるようになった」

全国大会では自分の武器をさらに磨き、安定させ、チームに貢献したいと意気込む。(池田充雄)

11年連続28回目の花園出場を決めた茗渓フィフティーン(同)

「パークPFIを維持」洞峰公園問題で大井川知事 代替案の利用料値上げを否定

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グランピング施設などが計画されている洞峰公園野球場=つくば市二の宮

知事定例会見が18日行われ、つくば市にある県営の都市公園、洞峰公園問題について、つくば市の五十嵐立青市長が2日の市長定例会見で、パークPFI事業を撤回し利用料値上げを県に要望していく考えを示したことに対し(11月2日付)、大井川和彦知事は「今は県民のための公園なので、パークPFIを使った利用料収入などで公園の費用をまかないながら、公園を魅力的にするという、当初の予定を維持していこうと考えている」などと述べ、県としてパークPFI事業を維持していく考えを改めて示した。

8月の説明会で県自身が示した代替案をもとに、五十嵐市長が示したプールやテニスコートなどの利用料を6割値上げするという代替案について大井川知事は「利用料値上げは、利用をしている方々に負担をしわ寄せさせる」などとし、利用料値上げ案を否定した。一方で知事が10月に示した(10月25日付)、市が洞峰公園を買い取る案については「(一つの選択肢として)残っている」とも述べた。

五十嵐市長は2日の会見で、記述式だとして県が集計しなかった7-8月実施のアンケートの一部を市独自で集計し、集計結果を元に、パークPFI事業の撤回と代替策としての利用料値上げを県に要望していくなどとしていた。

県が一部を集計しなかったことについて大井川知事は18日の会見で「そもそもアンケートに参加されている方々がひじょうに偏っていたと判断した。そもそも反対の人がアンケートに参加され、ひじょうにバイアスが高いと感じた。本当の声はどうなのかと無作為抽出の調査を、県、つくば市の両方で行い、つくば市でも賛成が多数だった。どっちが本当に全体の市民あるいは県民の声を正確に反映しているかというと、無作為抽出の方が正確な姿を反映していると理解している」とした。

さらに代替案としての利用料値上げについて「利用をしている方々に負担をしわ寄せさせ、非常にバランスの悪い解決法だ」と話した。

その上で「現在の(県の)提案は、県の公園であり、県民すべての税金を財源として維持している公園であるということから生まれているので、市の公園になるのであれば別な考えが出てくる」とも述べた。

「土浦の花火」~未来へ~《見上げてごらん!》8

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優勝した山﨑煙火製造所の10号玉作品「昇曲付五重芯銀点滅」(土浦市提供)

【コラム・小泉裕司】天気、風力、風向き良好。佐藤亨・土浦市産業経済部長が参拝した日本で唯一の「気象神社」の御利益なのか(10月16日掲載)、近来まれにみる好条件に恵まれた第91回土浦全国花火競技大会は、「無事」終了した。今回の「無事」は、Safe(安全)に加えて、No problem(問題なし)、All good(すべてよし)、Complete(完璧)、Success(達成)と英訳したいほど、見事な大会だった。

とりわけ、18都道県から出品された89作品すべての打上げが完了し、コロナ禍を含め4年間途絶えていた歴代入賞者一覧に、新たに業者名が追記されたことがうれしいし、未来につなぐ第1歩を刻むにふさわしい大会になったと思う。

出品作品については、全般的に斬新性や話題性というよりも、今年1年の集大成的な作品が多かったように思う。むしろ、そうした秀作・力作の数々が土浦の夜空に集結し、披露されたことそのものが、贅沢(ぜいたく)の極みなのだ。

山崎煙火製造所製作の10号玉レプリカ(筆者所有)

部門別では、10号玉の部における茨城県勢の安定した完成度が際立った。特に、優勝した山﨑煙火製造所の作品「昇曲付五重芯銀点滅(のぼりきょくつき いつえしんぎんてんめつ)」は、色のコントラストもさることながら、5つの芯と一番外側の輪を加えた6層の同心円が見事に真円を描いた。聞けば30代の花火師の手によるとのこと。

コンダクター役の山﨑智弘社長は「昨年から、競技大会は若手で作り上げようと取り掛かった。諸先輩から継承した技術を若手がどこまでできるのか試してみたかった」と、「攻め」を強調した。「この業界は次の世代にどう伝承させていくかがとても重要」と続けた。

期せずして、最近の若手花火師の活躍に触れた佐々木繁治前大曲商工会議所会頭の言葉が重なる。「若手は勝手には育たない。素晴らしい実績を残した先輩がいて、初めて若手が育つ」。まさに言い得て妙。

創造花火の部では、女性花火師の感性豊かな作品が高評価を得た。特に、私のお気に入りの花火師、芳賀火工の石村佳恵さん(5月14日掲載)の作品「アマビエに願いを込めて☆」が準優勝。表彰式の集合写真では、最前列に安藤真理子土浦市長と横並びに着座。この土浦で石村さんの笑顔を拝見できたことが、とてもうれしい。

3年後は「土浦の花火100年」

山﨑社長は「コロナ禍、たくさんの方々の支えがあり、大曲や土浦で多くの方に応援をいただき感謝の気持ちでいっぱい。来年は挑戦者として謙虚な気持ちで挑みたい」と、てらいのない言葉で結んだ。主催側の大会実行委員会本部長を兼ねる佐藤部長も山﨑社長と同様、「成功体験を大切にしながら、慢心することなく、反省すべきは検証し、未来につなげたい」と、緊褌一番(きんこんいちばん)の決意を語った。

煙火業者や実行委員会の面々のこれまでの様々な努力や苦労は、部外者には計り知れないものがあったと思う。あらためて、「無事」の開催を成し遂げた皆さんに、慰労と祝福の拍手を送りたい。そして、過去に懲りずに、再訪いただいた観客の皆さんには、心からの感謝の念を伝えたい。「これからも、よろしくお願いします」と。

一方、競技部門ごとのあり方や、スタッフの入れ替えに伴う運営の不慣れなど、確かに気になる点もあった。「土浦の花火100年」に向けて、次回以降、本稿でも再確認してみたい。

これも3年ぶり。翌日早朝の清掃活動は、いまだかつてないぐらい、観客の行儀の良さを実感しながら、拍子抜けするほどの短時間で終了。大会から10日が過ぎて、安全対策の看板類も撤去され、桜川沿いの自宅周辺は、晩秋の静寂な情景を取り戻した。本日はこの辺で「打ち止めー」。「ドン ドーン!」。(花火鑑賞士、元土浦市副市長)

児童3人に最優秀賞 つくばの2研究所「ボール紙で作る橋コンテスト」

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入賞者全員が作品を持って記念撮影。前列中央は奥村康博国総研所長(左)と藤田光一土木研理事長

国土技術政策総合研究所(つくば市旭)と土木研究所(同市南原)による第29回「ボール紙で作る橋コンテスト」の表彰式と作品展示が19日、「土木の日」一般公開中の両研究所で行われた。

コンテストは、工作用ボール紙を使って、幅30センチの川を渡れるような橋を作る。構造の強さやデザインが審査の対象になる。ものづくりを通じて生活を支えている橋などの土木インフラの大切さを知ってもらおうと1994年に始まり、コロナ禍でも途切れることなく続いている。

つくば市内の小学校4・5年生に応募を呼び掛けており、今回は413作品が集まった。大学や研究所の専門家らが審査し、最優秀賞に、渡壁太智さん(学園の森義務教育学校4年)の「守り橋」、髙橋涼さん(島名小5年)の「ゆかいなあおむしアーチ」、髙橋佑季さん(同)「左右あげあげ橋」の3作品を選んだ。

審査委員長の蓮見孝筑波大学名誉教授は、「渡壁さんの作品は飼っているイモリを素材にしているが、愛情極まってその体内に入り込むという概念転換をして奇想天外。高橋涼さんは一見アーチ橋だがひっくり返すと吊り橋にもなる逆転の発想を見せている。高橋佑季さんの作品は手品を見ているような美しさがあり変形の時間軸をもっている」と講評。それぞれの細部にまでこだわった手際に感心していた。

表彰式後、展示される作品について解説する蓮見孝審査委員長(右)

渡壁さんは「アカハライモリは大好きな動物で、家で4匹飼っている。お腹の赤い色が外からの光でちゃんと見えるようにするため、花紙を使ったり工夫して、夏休みをかけて作り上げた」という。

作品にはSDGsを意識したり、ドローンが組み込まれたり、近年のトレンドが随所に織り込まれてもいる。第2回から審査員を務めるデザイナーの佐山剛勇さんは「今回はもうネタ枯れかもと審査に臨むのだが、まだこんな発見があると毎回驚かされる」と語った。

両研究所はこの日、「土木の日」(11月18日)にちなむ一般公開が行われ、事前登録で申し込んだ約700人が試験走路や建設DX実験フィールドなどの公開施設を見て回った。その会場に、コンテストに集まった413作品全部が表彰式後に公開された。入賞作については21日から12月5日まで、イーアスつくば(同市研究学園)の特設コーナーに展示される。(相澤冬樹)

最優秀賞以外の入賞者は次のとおり。(敬称略)
【構造デザイン賞】千葉宏志郎(手代木南小)、渋谷健吾(手代木南小)、小島壮一郎(大曽根小)、小笠原悠(春日学園義務教育校)、坂本海(吾妻小)
【美術デザイン賞】飯岡崇真(吉沼小)、飯村李恩(要小)、岡部稜央(竹園東小)、西川緒美(竹園東小) 、新井那奈(並木小)
【努力賞】下瀬航一(大曽根小)、宮原啓(九重小)、七澤龍明(竹園東小)、久保田彩雪(学園の森義務教育校)、常陸克行(春日学園義務教育校)

宇宙人とのつきあい《くずかごの唄》119

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イラストは筆者

【コラム・奥井登美子】大学病院の救急救命室から運よく生還した夫は、いつの間にか日本人でもフランス人でもない、宇宙人になってしまっていた。読む本は「素粒子論のランドスケープ」(大栗博司著)、「ニュートリノで探す宇宙と素粒子」(梶田隆章著)、「時空のさざなみ 重力波天文学の夜明け」(ホヴアート・シリング著)。

宇宙関係の講習会があると、東京、つくば、どこにでも出かけてしまう。家に帰ると、気に入った文章を、墨をすって、ありあわせの紙の裏に筆で書いている。

新聞などの書評に重力波天文学などが載っていると、「読みたいので、すぐほしい。今日中に買ってきてくれ」と言いだす。まちには本屋さんが少なくなってしまって、私は探すのも大変なのだが、こちらの都合は一切考えてくれない。私は宇宙人と付き合っていると考えるしかないのだ。

奥井清の講演タイトル

属していた日本山岳会・茨城支部では、2カ月に1回、市民公開講演会を開いている。その会の彼の演題は、以下のようなものだった。

1.免疫化学について 抗原と抗体(2007年11月)
2.パーキンソン病とその脳科学(2009年1月)
3.ダーウィンの種の起原期限と人類の誕生(2011年1月)
4.ナノテクノロジーの科学と技術について(2011年11月)
5.今までに分かった宇宙の神秘 神の素粒子・ヒッグス粒子の発見(2013年1月)
6.宇宙は無数にあるのか?(2015年9月)
7.天文学の夜明け 重力波の発見(2018年4月)
8.ブラックホールの初撮影 ノーベル賞級の快挙(2019年4月)

合成化学を専攻し、中外製薬の研究所を経て、日本ルセルの研究所長を務めた彼は、合成化学が専門職である。1と2は専門を生かしての講演だが、後は彼自身が分かっているのかいないのか、わからない。

「自分でも分からないことをテーマにしてどうするの?」「提案して、みなで宇宙のことを考えてもらう。それでいいんだよ」。宇宙人の宇宙論だ。(随筆家、薬剤師)

自動配送ロボットが毎日走行 全国初、19日からつくば駅周辺

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つくばセンター広場のペデストリアンデッキ上をすれ違う2台の自動配送ロボット。大きな機体は西友、小さな機体はスターバックスの商品を配送する

無人運転の自動配送ロボット2台が19日から、TXつくば駅周辺のペデストリアンデッキ(歩行者専用道路)を毎日走行し、小売店や飲食店の商品を配達する。同駅周辺で今年5~7月に計10日間、配送サービスを実施した(5月26日付)楽天グループが取り組む。楽天によると、期間を限定せず定常的に配送サービスを実施するのはつくば市が全国で初めて。

楽天グループ、コマースカンパニーの牛嶋裕之シニアマネジャーによると、つくば駅周辺は人口が集中し今後も増えると見込まれること、安全に通行できる歩行者専用のペデストリアンデッキが整備されているこ、自動配送サービスを受け入れる住民意識があること、などを実施の理由にあげる。「5~7月に実施した際『スーパーシティーにふさわしい』『ぜひつくばでやってほしい』などの声をいただいた。新しいサービスを受け入れる環境はつくばがピカイチではないか」

宅配サービスの担い手が不足する中、来年4月から道路交通法が改正され、無人運転ロボットによる配送サービスが全国で加速すると見込まれるのを見据えた運行になる。採算性をにらんだ本格営業は来年4月以降になるという。5~7月実施の利用件数や事業費などは非公表としている。

受け取り場所増やし夜間や雨天時も

19日からの今回は、5~7月と比べ、利用者、配送区域、時間帯を拡大し、夜間や雨天時も配送できるようにする。配送料は5~7月と同じ1回110円。

今回は区域住民でなくても、スマートフォンの楽天専用サイトから注文すれば、区域内のオフィスや広場、公園などでだれでも商品を受け取ることができるようにする。

配送区域も広げ、駅周辺の吾妻と竹園の約1000世帯から約2500世帯に広げる。マンションや一戸建て住宅前での受け取りだけでなく、オフィスや広場、公園でも受け取れるようにするため、受け取り場所は33カ所から63カ所に増える。1回当たりの最長走行距離も1キロから1.4キロに拡大する。

店舗数も増やす。5月は西友つくば竹園店の商品だけだったが、新たにスターバックスコーヒーのトナリエキュートつくば店でコーヒーやフードが注文できる。今後は駅周辺のほかの小売店や飲食店に参加を呼び掛け、配送できる商品を増やしたいとする。

配達時間は西友が午前11時~午後9時、スターバックスは午前9時~午後7時、いずれも1日11便配送する。西友は注文後40~60分、スターバックスは30~45分で指定の場所に届ける。西友は当日配送のほか6日後まで配達時間の指定ができる。スターバックスは当日のみ。

運行する機体は、米国で自動配送の実績があるカートケン社が開発し、三菱電機が調整した赤色の機体2台を使用する。高さ93センチ、積載容量114リットルの機体は西友の商品、高さ59センチ、容量24リットルの機体はスターバックスの商品を配送する。歩く速さより少し早い時速5~6キロで走行する。

つくば駅周辺の地図データをもとにカメラやセンサーで安全を確認しながら走行し、さらに遠隔操作で安全を確保する。今回も保安監視員として、つくばまちなかデザインのスタッフが同行し、安全を確認する。

改正道交法が施行される来年4月以降は保安監視員は同行せず、自動運転と遠隔操作のみとする計画だ。安全対策として自動配送サービスを手掛ける業界26社でつくるロボットデリバリー協会が現在、安全基準とガイドラインを策定中で、安全基準の認証を受けた機体が運行することになるという。

スタバコーヒーも

19日からの運行開始に先立って18日、つくば駅周辺でデモンストレーションが実施された。

新たに注文可能になるコーヒーを自動配送ロボットの容器に入れるスターバックスの店員

機体は歩く速さより少し早い速さでペデストリアンデッキを軽快に走行。途中、人影が前を横切ると停止するなどした。

トナリエキュートのスターバックスコーヒーからコーヒーを注文し、つくばセンタービル2階ペデストリアンデッキのつくば献血ルーム前で商品を受け取ったつくば市の会社員、茂田あゆみさん(36)は「1階のコワーキングスペースで仕事をしていて、コーヒーを注文した。買いに行かなくてもすぐに届けてもらえるので便利」と話し、西友で生鮮食品と冷蔵品、日用品を注文し自宅マンション前で受け取ったパートの藤沢直子さん(45)は「前回(5~7月)5回利用した。買い忘れたものを思い出した時に注文でき、仕事と仕事の合い間、自宅に戻ってきた時に受け取れるので便利」などと話していた。

リソグラフを楽しもう! つくばでワークショップ開催

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えんすい舎店長の小林佑生さん。「アナログさこそが魅力」と語る=つくば市天久保

日本発の印刷技術「リソグラフ」に特化した印刷所、えんすい舎(小林佑生店長)が4月、つくば市天久保にオープンして半年が経った。障害者の就労を支援する多機能型事業所、千年一日珈琲焙煎(コーヒーばいせん)所(大坪茂人代表)が運営する。近年、欧米ではリソグラフの生み出す独特の「味」が人気を呼んで、国内でも再評価されている。20日には、えんすい舎で地域住民を対象としたワークショップが予定されている。店長の小林佑生さん(39)は「リソグラフは人の手が入る部分が大きく、表現の幅広さが特徴。楽しさを皆さんに伝えたい」と参加を呼びかける。

欧米から「逆輸入」再評価される印刷技術

リソグラフは、家庭用の簡易印刷機「プリントゴッコ」を手掛けた理想化学工業(本社・東京)が1980年に開発した事務用印刷機で、国内では主に学校などで、それまでのガリ版印刷に置き換わり普及した。

画像を読み取り複製するコピー機やインクジェット印刷とは違い、データ化した図案を色ごとに分けて版を作り、一色ずつ色を重ねていくのが特徴だ。

小林さんによれば「版画のイメージ。色が多いと印刷時のズレやカスレも出る。それを目視で調整するのも面白い」そう。「使える用紙も幅広い。和紙など薄いものから厚紙など、他のプリンターでは使えない紙が使用できる。濃度と色の重なり具合、用紙との相性、この広い選択肢がリソグラフの奥深さ。ものを作る感覚がより強い」

日本で生まれた印刷技術を表現手段と捉えたのが欧米のアーティストたちだ。リソグラフによるアートブックや雑誌、音楽家のフライヤー(チラシ)など、その特性が広く活用されるようになる。日本でも2000年以降、各地に専門の印刷所ができはじめ、今年10月に東京都現代美術館で開かれた、国内外の芸術家や出版社による「TOKYO ART BOOK FAIR(東京アートブックフェア)」では特設コーナーが設けられるなど、その魅力が再評価されている。

障害の有無によらず楽しめる場所を

えんすい舎では、現在3人の障害者が、就労支援を活用し健常者と共に勤務しているなど、障害者の就労を支援している。運営する千年一日珈琲焙煎所は、天久保地区にあるコーヒー豆の焙煎所とカフェ、印刷所の3つの店舗で障害者を雇用し、「障害をもつ人たちが、街なかのお店であたりまえに働く風景」を作ることを目指している。

「障害の有無に関わらず、誰もが物作りを通じて同じ場所を共有し、楽しむことができれば」と小林さんは印刷所の目的を話す。開催されるワークショップも、多様な人との「場の共有」のためのアクションの一つ。これまでに開催した「絵しりとり」「新聞製作」では、幼稚園児から70代まで、地域に暮らす幅広い世代が楽しんだ。今回は、目をつぶった人が、周囲の参加者の声かけに従い一枚の絵を描く「ブラインドドローイング」に挑戦する。「スイカ割りの要領。みんなで一枚の絵を作りリソグラフで完成させる。後で作品集にしたいと思っています」

前回のワークショップ作成した「新聞」。広い世代の参加者がリソグラフの特性を楽しんだ

えんすい舎では、Tシャツなどの布に直接印刷できるシルクスクリーン印刷にも対応しており、リソグラフと共に店舗スタッフのサポートを得ながら、自分で印刷作業をすことができる。必要な道具とスペースが準備されている。

■ワークショップ「ブラインド・ドローイング」 20日(日)午後1時~6時、えんすい舎(つくば市天久保1丁目)。参加費は税込み1500円。6人程度の参加を予定(事前予約制)。イベントへの申し込みはメールで。詳細は公式インスタグラムへ。

腕立て伏せは何回すればよいか? 《続・気軽にSOS》121

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【コラム・浅井和幸】体を鍛えるためには腕立て伏せを何回しなければいけないのか? これは、その人の筋力によって違うということと、やらないより1回でもやった方がよいということになると思います。

ですが、「何回?」と聞かれたら、回数で答えたくなってしまうものです。30回はやらなければいけないんじゃないのかな、100回はやらなければ意味がないよ、少なくとも10回はやらなきゃ―などと。それぞれの印象で答えがちですよね。確かに、100回以上やらなければ、鍛えるどころか、筋力が落ちてしまう人もいるでしょう。

でも、普段は体を動かさない、筋力の弱い人の中には、1回も腕立て伏せができない人もいると思います。そのような人は、その格好をして30秒ぐらい態勢を保つだけで、筋力トレーニングになるかもしれません。

このように、自分の今の力を把握して、次の一歩を練習して習得することは、意外と難しいものです。気づかずに、毎日を過ごしている人の方が多いのではないでしょうか。特に、困難を抱えて悪循環を起こしているときは、これらの考え方が抜け落ちていることが多いですね。

小さな一歩を積み重ね、大きな山を越える

学校に登校するかどうかで、「良い・悪い」の線を引いてしまうので、朝、布団から出られないところまで自分を追い詰めてしまう。学校にいけないのならば、朝起きること、朝食をとること、家族と会話をすること―などを無駄だと捉えてしまいやすい。今の自分に悪い評価を与え、できる一歩を軽んじてしまうと、できることもできなくなっていきます。

今できることを把握し、次の小さな一歩に挑戦することができれば、その小さな一歩を重ねて、遠くに行ける可能性があります。小さな一歩も、自分がやったことがない一歩ならば、初心者なので、うまくいかないこともあるでしょう。でも、どのような達人も、最初の一歩は「初心者」から始めたはずです。

できないことで悩み、できることをしなくなることが、もったいないと思うのです。小さな一歩も積み重ねることで、大きな山も越えられるという希望を持てない人は、自分が何もできない赤ちゃんのころから多くのものを得てきたことに目を向けてみましょう。

積み重ねてきたことに目を向けることができない人は、周りの尊敬できる人、自分が好きな人に、そのことを聞いてみてください。周りには、自分の成長を喜ばしく思ってくれる人がいることに気付けるはずです。そんな人物はいないと思っている人は、カウンセリングを受けてみてください。きっと自分の素晴らしい価値に気づけるはずです。(精神保健福祉士)