日曜日, 10月 17, 2021
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無念の中止決定 土浦の花火 第90回記念大会

土浦市最大の観光イベント、11月の全国花火競技大会の中止が決まった。安藤真理子市長が6日の定例記者会見で明らかにした。事故による2018、19年の中途打ち切り、新型コロナ禍による20年の中止に続き、4年連続での打ち上げストップに、安藤市長は「非常に残念」と無念さをにじませた。 土浦市などでつくる大会実行委員会は第90回記念大会となる今回、11月6日開催予定で開催準備を進める一方、新型コロナの感染状況を見極め、ぎりぎりまで開催判断を先伸ばししてきた。しかし、茨城県を含む21都道府県で緊急事態宣言が発出され、ひっ迫する医療現場の状況を踏まえ大会運営に万全を期すことが困難と判断し、中止を決定した。緊急事態宣言が解除されても中止の決定は変わらない。 同市のワクチンの2回目接種状況は、8月30日時点で44.2パーセントと順調に進んでおり、10月の早い段階で希望者の接種終了が見込まれることなどから、開催の準備を進めていた。有料観覧席上限を2万人とするなど新型コロナ対策を強化。19都道府県から55の花火業者が参加を決め、競技大会の出品の種目も決定していたという。 花火業者や開催の関係者である警察や消防、JRなどには誠意もって市から直接中止の報告を行う。 安藤市長は「ぜひ開催したかった。歴史がある土浦の花火競技大会は、たくさんの人が楽しみにしている貴重な地域資源。全国の花火大会再開の先駆けにしたいと準備していた。安全を期す準備を進めていたが非常に残念。苦渋の決断だった」と述べた。 市花火対策室によると、延期も検討したが11月過ぎの気候では安全な花火大会が開催できるか不明であることから断念したという。密を避けるため、2日に分けての開催も検討したが、警備などの負担が増えることや、花火の公正な審査が困難であるとし、中止を決断した。来年開催する場合は、11月の第一週土曜日になる。(伊藤悦子)

天然由来の材料と手法で つくばで藍染風布展【秋アート’21①】

つくば市神郡で染織工房「藍染風布」(あいぞめふうぷ)を営む丹羽花菜子さん(36)が19日まで、同市小野崎の蔵ギャラリー「Shingoster LIVING(シンゴスター リビング)」で「空高く澄みて 藍染風布+TANSU 展」を開いている。東京都内の仕事仲間であるユニットTANSU(たんす)と企画した共同個展。 丹羽さんの作品は、無農薬栽培された藍から染め上げられた生糸や生地、衣服などがさまざまな色彩の蒼(あお)を描き出す。展示されている小物のカフケースやルームクロス「Orifuse(おりふせ)」などは、TANSUの制作による手仕事作品だ。 丹羽さんは北海道出身、武蔵野美大在学中の2007年から東京都青梅市の藍染工房壺草苑(こそうえん)で働き始め、約9年間勤務した。2016年につくば市に移住。常総市の畑で藍を育て、藍染の原料・蒅(すくも)を作るようになった。藍染風布として活動を始めるのは17年で、20年に筑波山の麓に工房を移転した。 昔ながらの染色で、自然界にある原料だけを使った天然灰汁(あく)発酵建てという手法を用いる。丹羽さんは「心地のよい循環と持続性を伝えてくれます。TANSUさんの作る小物たちも、とても微笑ましくて、手に取って見たくなる風合いに満ちています」と説明する。 カフ・ケースやルームクロス「Orifuse」などは、TANSUの制作

飯泉あやめさんが個展 生きている禍福、文字列ドローイングを進化

つくば市在住のアーティスト、飯泉あやめさん(32)がきょう30日まで、同市古来の喫茶店、珈琲倶楽部なかやまに併設されたギャラリーJINで個展を開いている。飯泉さんがこれまで描いてきた抽象画の画風と異なり、文字列に色彩を加えたドローイングが新たな試みとして並ぶ。飯泉さんがアーティストとして走り出すきっかけとなった「心の衝動の表現」を基にした進化の一コマだ。 「子供のころから数式を解く文字列に魅入られていました。それと一緒で、思い立つと何度でも繰り返して、そのとき心に留まった言葉や文字を繰り返してドローイングしていました。書き取りの宿題は大好きだったのです」 ギャラリーJINで30日まで開かれている個展 ギャラリーにはカレンダーの裏側に書き記した様々な数と大きさの文字列が張り出され、ある意味異様な迫力を醸し出していた。この裏書ドローイングは、飯泉さんの創作原点。20代以前の書き取り遊びだったものが、ある日を境に異なる次元に彼女をいざなうこととなった。 「東日本大震災が発災した日、祖母と青森県に旅行に出ていました。大きな被災は受けませんでしたが、ライフラインの停まってしまった宿泊先で、災害の状況がわかるにつれ、何かとても恐ろしいことに引き込まれたと感じ、聞いたこともない被害や犠牲者の数を耳にして、私自身がパニックに陥ってしまいました」

追憶の「筑波日記」 詩人・竹内浩三との幻の接点を綴る【戦後76年】

筑波から激戦地のフィリピンに渡り23歳で戦死した詩人・竹内浩三が、終戦から76年目の今年、生誕100年を迎えた。竹内は、青年期にある自身の気持ちを等身大の言葉でみずみずしく表現した詩人で、戦後、その作品群が詩集「戦死やあわれ」にまとめられるなど、たびたび注目されてきた。竹内は戦争末期の1年3カ月あまりを、今のつくば市作谷にあった西筑波陸軍飛行場の滑空部隊で訓練を積んだ。その日々を「筑波日記」と題した日記に記録した。 冊子「ないはずの記憶 竹内浩三がいた北条にて」 竹内とつくばの関係を再考する冊子にまとめたのは、つくば市北条で洋品店「とり文」を営む土子隆輝さん(78)。タイトルは「ないはずの記憶 竹内浩三がいた北条にて」、一昨年に刊行された。 竹内が北条を頻繁に訪れていたことを知ったのが、冊子作成のきっかけになった。冊子では、同時代を生きた父の日記を併記させ、生後間もない土子さん自身の記録とともに、そこにあったかもしれない竹内との接点を「ないはずの記憶」として表現した。 竹内浩三と北条 「戦死やあわれ...

クレオ3階からオンエア ラヂオつくば「トナリエスタジオ」

つくば市のコミュニティーFM、ラヂオつくば(周波数84.2HMz、堀越智也社長)の「トナリエスタジオ」が、つくば駅前の商業施設トナリエクレオ3階にオープンした。8日から昼と夕方の番組などを生放送している。 新スタジオは面積約66平方メートルで、放送スタジオとイベントスペースに分かれている。生放送中のスタジオの様子を、買い物客が、目の前のイベントスペースで視聴できるのが特徴だ。 クレオなどの商業施設「トナリエつくばスクエア」を運営する日本エスコンから誘いを受け、まちづくりにさらに寄与したいと新たなスタジオを設けた。これまで生放送をしていた、つくばセンタービル2階のサテライトスタジオ・センは、引き続き番組の収録などに使用する。 堀越社長は「皆が気軽に立ち寄って楽しんでいける場にしたい。一方的に発信するのではなく、MC(司会進行者)、ディレクター、市民、通り掛かりの人が、一緒に番組をつくっていけるスタジオにしたい」と抱負を述べる。 トナリエクレオ3階にオープンしたラヂオつくばの「トナリエスタジオ」 夕方5時から7時までの生放送番組「つくば...

土浦市職員のHPが最優秀賞 イラストと記事で”日本一”の霞ケ浦流域紹介

土浦市職員の若田部哲さん(45)が、個人で制作するホームページ(HP)「日本一の湖のほとりにある街の話」がこのほど、ウェブサイトコンクール「TCDアワード2021」で最優秀賞を受賞した。版画のようなオリジナルのイラストと記事で、霞ケ浦流域のグルメやレジャー、文化などを紹介している。 ウェブデザイン会社「デザインプラス」(大阪市)が主催する賞で、「独特な、味のあるデザインのイラストが目を引く」「コンテンツが充実している。まるで懐かしい絵本のよう」などと評価された。 土浦の老舗グルメ、霞ケ浦流域の祭りやレジャー施設、レンコンや江戸崎カボチャなどの特産品、夕映えスポットなど、若田部さんが実際に行って魅力を感じた霞ケ浦流域の地域文化を、5つのジャンルに分けて紹介している。 特に高い評価を得たイラストは、各作品3色だけを使い、濃淡で表現している。手描きでスケッチを描き、色別に写しとってさらに手描きし、パソコン上で彩色して仕上げる。 ホームページは2019年に開設し、毎週平均2本ずつ記事を紹介しており、現在計約170本が紹介されている。グーグルマップなども取り込み、自転車道「つくば霞ケ浦りんりんロード」を走るサイクリストが、ホームページを見ながらグルメを堪能したり、景観スポットを散策できるよう工夫している。 若田部さんのオリジナルのイラストが掲載されたホームページ「「日本一の湖のほとりにある街の話」

一周忌に「根本健一の世界」展 19日からつくば文化郷

筑波研究学園都市の建設初期から、里山集落の自然と歴史を生かしたサスティナブルな事業展開と文化の創造・発信に取り組んできた、根本健一さんをしのぶ企画展が19日から、つくば市吉瀬の国登録文化財、つくば文化郷で開かれる。 未発送のダイレクトメール 根本さんが66歳で亡くなったのは、昨年8月4日のこと(2020年8月14日付)。その遺品の中から、未発送のダイレクトメールが見つかった。「ルーラル吉瀬アトリエT2のアーティスト展」と題した案内状で、19人の作家名が記されていた。 吉瀬の根本さんの旧宅には、隣接して若い芸術家たちが寄宿していた「アトリエT2」があり、19人は約30年の間に巣立っていった作家たちの名だった。筑波大学名誉教授、蓮見孝さんによれば、「アーティスト・イン・レジデンスの先駆けともいえる活動」と評価できるそう。展覧会の期日も書かれていない案内状こそ、根本さんがやり残した最期のプロジェクトだった。 生前根本さんの周囲に集っていた学者や編集者、クリエーターたちがその遺志をくみたいと実行委員会(井坂敦実委員長)をつくり、遺族の了解のもと一周忌企画展を準備した。文化郷に部屋を借りて活動した斎藤さだむさん(写真)、岩崎真也さん(映像)らも実行委員に加わり、アトリエT2の出身者と連絡を取り合ってきた。

土浦写真家協会が8月にも発足 市出身のオダギさんが奔走

土浦市在住の写真愛好家を中心に「土浦写真家協会」を設立する動きが進み、早ければ8月にも設立総会が開かれる。発足に向けて奔走してきた市出身のオダギ秀さん(コマーシャルフォトグラファー)は「土浦の写真文化、写真産業が失われつつあり、これでいいのかと、ずっと心を痛めてきた。同好の人たちが集うことで、土浦の文化風土を再活性化したい」と話す。 具体的な活動としては、土浦市などが主催する写真展の後援、公民館などを使った撮影講座の開催、写真愛好家と写真関連店との交流促進、写真文化を育てるウェブサイトの運営、小規模な写真展を気軽に開ける街中ギャラリーの運営、昔の街並みなどを写した写真の保存(アーカイブ)―などを考えている。 城跡公園の雪の城門 この中でもアーカイブに力を入れる考えで、「明治、大正、昭和の土浦の諸相を記録したような、歴史的な写真を掘り起こし、協会の手で保存したい」と語る。具体的には、旧家などに残されている古い写真を提供してもらい、分類・デジタル化して保存。企画展での公開だけでなく、メディア経由での「土浦の魅力発信」も想定している。 写真文化の振興発展を願い活動 土浦生まれ・土浦育ちのオダギさんは、早稲田大政経学部を卒業した後、商業写真の仕事ほか、写真愛好家を指導する「オダギ塾」の開催、身の回りの風景などを写真で切り取った個展の開催など、多方面で活躍してきた。こういった活動をするうち、土浦の写真文化の衰退が気になり、何とかしなければと思うに至った。

2年ぶり 制作意欲倍加で150点 ムサビ卒業生ら県つくば美術館で支部展

武蔵野美術大学(ムサビ、東京都小平市)の卒業生らでつくる校友会の第18回茨城支部展が県つくば美術館(つくば市吾妻)で始まった。7月4日まで、会員30人の絵画など、作品150点が展示されている。 校友会顧問、沼尻正芳さん(70)によると、支部展はこれまで同美術館の第1スペースだけを使い、展示数は80点程度だったという。しかし、新型コロナ感染拡大の影響で中止になった昨年の分も挽回しようと今年は第1、第2両スペースを使い、例年の倍近い150点の展示になった。 展示されているのは、技法も油絵や水彩画、墨絵など絵画を始め、張り子人形や刺繍バッグ、藍染めスカーフなどさまざま。絵画は100号の大作もあれば、ハガキサイズの小さな作品も。沼尻さんは、「150点という数は見応えがある。ジャンルにとらわれない展示なので楽しんでいただければ」と語った。 故・繪畑浩二さん作品「猫の集会」 特別展示として昨年他界した会員、繪畑浩二さんの作品の展示コーナーもある。8点の展示のひとつ、「猫の集会」は、温かみのある表情で色鮮やかな6体の張り子の猫たち。来館者らから「かわいい」という声が上がっていた。 会場を訪れていた鈴木亮寛さん(76)はつくばみらい市田村にある華蔵院の住職。寺に所蔵している江戸時代の阿弥陀如来像を、沼尻さんに半年かけて描いてもらったという。「100号サイズで迫力がある。後光が差しているような姿に感動した」と見入っていた。

「神様」寺内タケシを「伝説」の音職人がしのぶ 土浦三高下で追悼の夕べ

18日に亡くなった「エレキの神様」、寺内タケシさんの葬儀・告別式が横浜市で営まれた26日、出身地の土浦で、ひそやかに、そして大きな音のロックンロールで故人をしのぶ追悼コンサートが催された。 在りし日の寺内タケシさん=実弟の寺内正夫さん提供 会場は阿見町のノーチラスカフェ(山本哲夫さん経営)。寺内さんの出身校である県立土浦三高(土浦市大岩田)が見下ろす道路沿いにあるコーヒーとジャズの店。近くに住む音響エンジニアの行方洋一さん(78)が2018年9月から、貴重な音源を持参して「音屋セミナー」を開いている。 セミナー19回目の26日は「シンフォニーオーケストラ」がテーマで、マーラーの交響楽などによるプログラムを用意していたが、急きょ前半部を「寺内タケシさん追悼の夕べ」に差し替えた。 亡くなった寺内さんは1939年生まれだから没年は82歳、行方さんとは4つ違い。1960年代、激動の音楽シーンを共に駆け抜けた世代だ。

「コロナ禍をチャンスに」 地域の芸術家たちをサポート つくばのにれ工房

つくば市平塚の「にれ工房」で家屋のリフォームや家具制作業を営む代表の山崎誠治さん(66)が、コロナ禍で苦しむ地域の芸術家を支援している。 山崎さんはコロナ禍で多くの画家や工芸作家、音楽家らが活動の場を失い苦しむ様子を間近で見てきた。コンサートが中止になり、教えていた教室や、作品を販売していたマルシェが次々中止になった。そこで山崎さんが始めたのが、活動の場を失った芸術家へのサポートだ。 音楽家には自宅のスペースを提供し、つくば市による芸術家振興事業の「オンライン文化芸術奨励事業」に向けた動画制作や、来場者数を絞って感染防止対策をしながらの「プチライブ」を企画した。もの作りの場として作家に教室を提供もしている。 音楽イベント会場にもなる、山崎さん自作のウッドハウス 「若い芸術家にとって活動できなくなることが一番辛い。コロナが明けた時に必ずチャンスが来る。だから、前を向こうと励ましました」

目の前で味わう本物の響き つくば・夢工房でピアノコンサート

コロナ禍で生演奏を聴く機会が減る中、つくば市豊里の杜、ギャラリー夢工房で13日、若手ピアニスト2人によるジョイントコンサートが開かれた。午前と午後の2部制で、周辺地域から音楽愛好家やピアノを学ぶ子どもたちなど合計50人ほどが集まり、本格的なクラシックピアノの演奏を間近で味わった。 コンサートを開いたのはつくば市豊里出身の菊池愛奈さんと笠間市出身の森田凪さん。2人とも音大生で、各年代の全国コンクールなどで受賞歴がある。水戸芸術館が開催している演奏会「茨城の名手たち」にも出場している。 演奏は全6曲。2人の連弾によるシューベルトの軍隊行進曲、ブラームスのハンガリー舞曲のほか、ソロでそれぞれショパンのバラードや、ラフマニノフのエチュードなどを披露した。「ショパンは小さいころから慣れ親しんできた一番好きな作曲家。今回は大学でより深く学んだ晩年の作品を選んだ。人の心に届く演奏を目指し、今後も精進していきたい」と菊池さん。「ラフマニノフは寂しげな和声や響きの中で、芯の部分に強く深いメロディが鳴っており、ロシアの大地を感じさせる。今日はお客さんとの距離が近く、アットホームな環境で楽しんでいただけた」と森田さんは話す。 熱心な観客が演奏を見守った 客席の最前列で、奏者の指遣いを食い入るように見ていた田端彩咲さん(沼崎小3年)と茉奏さん(同1年)の姉妹は「腕や指の動きがすごかった。同じピアノでも上手な人が弾くと、全然違う音に聞こえる」などと印象を語った。 午後の部ではサプライズゲストとして、内モンゴル出身の馬頭琴奏者、セーンジャーさんが登場。2人にも馬頭琴を指導する間柄で、7月3日のノバホールでのコンサートでは森田さんがセーンジャーさんの伴奏を務める予定。「今日の演奏は、2人それぞれの性格がよく出ていた」との感想を述べた。

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「資金調達 現在進めている」改修工事費用でまちづくり会社 つくばセンタービル

つくば市が出資するまちづくり会社「つくばまちなかデザイン」(同市吾妻、内山博文社長)が18日から工事を実施すると告知しているつくばセンタービル1階アイアイモールの解体と改修工事のうち、貸しオフィスなどにするための改修工事資金について、同社が現在も、資金調達を進めている最中であることが15日分かった。 同日開催された市議会全員協議会で、まちなかデザインの小林遼平専務が「資金調達を現在進めている」と答弁した。改修工事費がいくらになるかや資金調達の見通しなどについて複数の議員から質問が出たが、小林専務は「この場ではお答えを控えさせていただきたい。細かいデータがないのでお答えできない」「金融機関と守秘義務契約を結んでいる」などと繰り返した。 同社の工事スケジュールによると、アイアイモールの解体工事を18日から12月半ばまで実施し、貸しオフィスなどに改修する工事を12月初めから来年3月末まで続けて実施するとしている。解体工事の費用については「(元の借り主の)筑波都市整備からいただく」という。 小林専務は「(18日から)解体工事に着手する。新設(改修)工事は着手してない」とし、改修工事は「資金調達ができない限り着手しない」「資金調達が決定したらつくば市と協議しながら報告したい」などと答弁した。 同社の現在の資本金は当初の想定より2900万円少ない1億2100円。一方、市は昨年12月と今年3月に市議会に示した資料で、初期投資として改修費などに約2億7300円かかるとする見通しを示している。同じ資料の事業収支見通しでは、資本金を2億万円とし7000万円を借り入れる収支計画を示している。新たな収支見通しに対する質問も出たが、小林専務の答弁はなかった。 議会や市民に説明なしに工事を拙速に進めないよう求める決議を臨時議会に提案する山中真弓市議(壇上)=同

カーナビで「現在地」を知る 《続・気軽にSOS》95

【コラム・浅井和幸】カーナビゲーションシステム、いわゆるカーナビはとても便利なものですね。方向音痴な上に、物覚えの悪い私にとっては、茨城県内の相談依頼人のところに自動車で伺う時には、なくてはならないものです。 30年ほど前、ほとんどカーナビが普及していない時代には、数千円する地図を買って、前日に行き先を調べていました。大切な用事の時は、前日までに予行演習で目的地まで行って確かめることもしていましたね。20年前でも、インターネットの地図をプリントアウトして調べていました。 道順を赤ペンで書いて確かめていましたが、1回でもその道順から外れてしまうと、自分がどこにいるか分からなくなり、お店の人や道を歩く人に現在地を聞くしかありませんでした。 現在地が分かることが、カーナビの最大の利点だと思います。ナビの指示通りに行かず道を間違っても、またそこからの道順を再検索してくれます。 「どこまでできているか」を確認 悩み相談でも、全く同じことが言えます。いかに現在地が分かるかが大切です。不登校やひきこもりの子を持つ親御さんが相談に来た時に、お子さんがどのようなことができるのか、親御さんがどのようなことができるか、どのように関わることができるのかを洗い出していきます。

キログラム原器が重要文化財に 産総研の地下金庫で保管 つくば

つくば市の産業技術総合研究所(産総研、石村和彦理事長)の地下室金庫に保管されているキログラム原器が重要文化財に指定される。文化庁の文化審議会文化財分科会(島谷弘幸会長)が15日、文科大臣に産総研所有のキログラム原器と関連の原器類を、重要文化財「メートル条約並度量衡(どりょうこう)法関係原器」に追加指定することを答申した。 1kgの重さ130年間伝える 質量の単位「キログラム(kg)」は、メートル法にもとづく最も基本的な単位の一つ。この定義のために、メートル条約の理事機関であるパリの国際度量衡委員会は、1キログラムの具体的な質量を定める「国際キログラム原器」を1880年代に製作した。白金90%、イリジウム10%の合金でできている。日本にはNo. 6と番号付けされた原器が割り当てられ、1890(明治23)年に到着している。 以来、明治、大正、昭和、平成、令和の5つの時代にわたり約130年間、質量の基準としての役割を担い、日本の近代化および産業発展に貢献した。戦時下の1944(昭和19)年には、空襲から逃れるため、東京・銀座の中央度量衡検定所から石岡市の中央気象台柿岡地磁気観測所(現在の気象庁地磁気観測所)に疎開させるなど、原器は先人たちの英知とたゆまぬ努力によって受け継がれてきた。 それでも物体の形では質量の変動が避けられないため、キログラムの定義は2019年、普遍的な物理定数「プランク定数」にもとづく定義に改定された。産総研の研究チームも参加する、国際プロジェクトによる改定作業だった。これにより国際キログラム原器としての役割を終えたが、お役ご免ではない。引き続き、非常に優秀な分銅(ふんどう)として、我が国の質量標準の維持・管理に役割を果たすことになった。

「怪人二十面相」と2・26の時代 《映画探偵団》48

【コラム・冠木新市】昭和7(1932)年から昭和11年にかけ農村の貧困と陸軍の内部闘争を描いた高倉健主演の『動乱』(1980)、陸軍若手将校の4日間のクーデターを追った三浦友和出演の『226』(1989)、海軍と陸軍の攻防と昭和天皇の動きに迫ったNHK『全貌 二・二六事件 完全版』(2020)―これらを見直した。 江戸川乱歩の『少年探偵』シリーズ第1作『怪人二十面相』は、昭和11年(1936)、『少年倶楽部』1月号から連載が始まり人気を呼んだ。だが、2月には2・26事件が起き、東京に戒厳令が出された。当時の少年たちはどのような思いで読んでいたのだろうか。その気分を感じるため、2・26関係の作品を見てみたのだ。 乱歩との出会いは東映『少年探偵団/首なし男』(1958)である。シルクハットをかぶり、二十面相にふんした伊藤雄之助は、大人の演技を見せ真実味を感じさせた。その後、小学校の図書館で光文社版『少年探偵』を次々と読み、独特な世界に魅了されていく。私は長い間、このシリーズは戦後の作品だと信じて疑わなかった。 しかし、『怪人二十面相』『少年探偵団』『妖怪博士』『大金塊』の4作は「大東亜戦争亅へ突き進む戦前に執筆されたものだった。多分、戦前の少年たちにとって、『怪人二十面相』は強烈なリアリティを感じたように思える。 明智小五郎は第1作後半に、黒の背広、黒の外套、黒のソフ ト帽という、全身黒のいでたちでオシャレに登場する。満洲国(戦後版は某国)の依頼で新京に行き、重大な事件を解決し帰国したとの設定である。満洲国の背後には関東軍がいたのだから、明智は関東軍とつながりがあったと見るのが自然である。一体何を解決したのだろうか。