国の文化審議会(島谷弘幸会長)は21日、江戸後期から大正後期に建築されたつくば市栗原、旧家の住宅「下邑(しもむら)家住宅」の主屋(おもや)や米蔵、長屋門など6棟1基を、国の登録有形文化財に登録するよう文科相に答申した。主屋と米蔵は造形の規範として、長屋門や塀は歴史的景観に寄与するものとして評価された。
登録されるのは、主屋と、米蔵・北蔵・南蔵の3棟の蔵、長屋門、外便所、塀。同市文化財課は「市として、市内で文化財の登録が増えるのは喜ばしい。これまでにもイベント等で活用されてきた実績がある施設で、今後も市としてイベントの周知等を通じて連携していきたい」と話す。答申後、官報に告示され、正式に登録される。登録されれば、市内の登録有形文化財は7カ所28件になる。

下邑家は、新田開発や質屋などの事業で財を成した。同市筑波地区と土浦市を結ぶ街道沿いにあり、敷地面積は約4200平方メートル。
主屋は平屋建て寄棟造、江戸後期の建築とされ、明治中期に現在の豪華な姿に改修された。間取りは、一般的な農家建築よりも部屋数が多い六つ間取りで、来客を迎えるための広い式台玄関などに当時の栄華を見ることができる。座敷は、書院の障子や欄間(らんま)に、繊細な模様を作り出す組子(くみこ)を用い、格式を備えている。
3棟の蔵のうち、米蔵は1921(大正10)年ごろに建てられた。木造2階建て、切妻造、外壁は黒漆喰(しっくい)塗仕上げで、屋根材を構成する下屋桁(げやけた)には、長大なマツの一丁材が使われるなど豪華な造りとなっている。入り口脇には英語で記された木札が残され、戦後にGHQの食糧倉庫として借し上げられたことを伝えている。江戸後期の建築と伝わる北蔵は、かつて質草を保管した蔵で、外壁を漆喰で塗り固めた土蔵造り、こて絵による「下邑」の文字が残る。南蔵は、関東大震災以後の1924(大正13)年に再建され、現在も倉庫として使用されている。
長屋門と塀は明治前期に建築され、長屋門は門口廻りにケヤキ材を用いた重厚な造りとなっている。塀は三段の切石積みの基礎の土台の上に柱を立てて造られている。

震災と家族の思いが背中押した
下邑家の7代目の下邑悠司さん(32)は、母の郷晴美さん、妹の瑞季さんらと参加者を募り、住宅敷地内で飲食物やハンドメイド作品などを販売する「邑(むら)マルシェ」の開催や、レンタルスペースとして利用者を募るなど、これまで古民家の新しい利用方法を模索してきた。
今回、国登録有形文化財に登録されることについて下邑さんは「家を残さないと先祖に顔向けできないという焦りがあった。東日本大震災での家の破損と、祖父の逝去とが重なり、その思いが加速した」と述べ、「2017年から開始した『邑マルシェ』は、資金がない中でできる活動として、多くの人に家を知ってもらうために始めた。今回の文化財登録は、さらに多くの方に知ってもらうための大きな一歩」と話す。
また「2028年には下邑家が今の場所に移り住んで230年を迎える。そのタイミングで家の歴史そのものに焦点を当てた展示会を、邑マルシェと同時開催することを計画している」と語り、今後については「今の姿のままを残していきたい。古建築活用といえばリノベーションやワークショップが主流だが、資金や人脈がない一個人には難しい。一方、リノベーションしていない本来の姿が喜ばれる活用方法としてマルシェや撮影利用などがある。古い家に生まれたものの、保存に悩んでいる全国の皆様の参考になれるように活動していきたい。今回の登録は、出店者やお客様、家の保全や広報を手伝ってくれている方々のおかげで実現したもの。感謝を忘れることなく今後も邁進していきたい」と思いを語った。(柴田大輔)
〈下邑家住宅の過去記事〉
➡古民家活用のモデル模索中(2023年5月31日付)
➡地元ホテル、ワイナリーとコラボ(23年10月23日付)
➡大正建築の米蔵に価値を見出す(23年10月24日付)
➡コスプレーヤーの高校生ら動画制作しPR(24年5月16日付)






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