水曜日, 11月 4, 2026
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半世紀の集大成 光を描く水彩画家 中野瑞枝さん回顧展 つくば美術館

土浦市在住の水彩画家、中野瑞枝さんの回顧展が3日、つくば市吾妻の県つくば美術館で始まった。画家として歩んだ50年余りの集大成として、過去25年間に描いた作品を中心に180点余りを展示している。

北海道や東北の農村、ドイツやスイスの風景から、茨城県内の身近な自然まで。一貫して追い求めてきたのは光だ。「光はどこにでもある。光が全ての事物を美しく見せてくれる。なるべく身近なものを描いていきたい」と語る。

回顧展は、以前にも開催を考えたことがあったが、「まだ早い」と踏みとどまった。だが体の衰えと進行性の病気が重なり、「今やらないともうできない」と決断した。8日まで。

展示会場の様子

「白」に命を宿す

中野さんの描く光は、水彩紙の白そのものだ。「水彩画の白は、色を乗せない。周囲に塗り重ねた色が、白を浮かび上がらせる」という。描きたい光をあえて描かずに、周辺の影や背景を塗り重ねることでモチーフを際立たせる、透明水彩の技法「ネガティブペインティング」を駆使する。

「あの木を見てください」と中野さんが指差す絵には、斜めから射す陽光に輪郭が照らされる3本の白樺の木がある。幹の光る部分を紙のどこに置くか、描き始めたら動かすことはできない。「塗ったら白は終わり。どこに光を残すか、描き始める前に決めなければいけない。描いてしまったら、波も雲もピカッと光らない」。緊張感の中で、光に命を宿していく。

入り口正面に置かれた「帰り道」

会場入り口正面に置かれた作品「帰り道」は、山形県西村山郡の岩根沢をモデルにした風景画だ。刈り取りを終えた田んぼに沿う小道が画面の奥へと緩やかに伸び、柔らかい穂をつけたススキが土手を覆う。夕日に染まる雲が一面を赤く包む。車移動を重ねながら「心に響く光」を求めて旅した北海道・東北の景色や、スイスやドイツで出合った風景も並ぶ。

一方で、暮らしに近い場所にある風景にも眼を向ける。豊かな緑に囲まれる湿地と森の奥にのぞく階段、広い敷地に咲き誇る桜の木々は、つくば市の自然公園「高崎自然の森」だ。「桜なんて、以前は描く気はなかった。でも教室を始めて生徒たちと行ってみると、やっぱりきれいで、この世界がやっぱりすごくきれいに見えるんです」と笑みを浮かべる。ほかにも、つくばみらい市の小貝川沿いにある「福岡堰」、牛久市岡見町の「上池親水公園せせらぎの里」など、地域住民に馴染み深い場所の絵が並ぶ。

高崎の自然の森をモデルに描いた「緑深き頃」

けがが開いた絵への扉

東京 伊豆大島で生まれた中野さんは、幼少期から自然に親しみ、高校時代はアルピニストを夢見た。「リュックの中にいろんなものを詰めて、お弁当を入れればパッと山へ行けるようにしていた。明日学校で試験だと言っても山へ行っちゃう、そんな人間だった」。そんな高校時代にアキレス腱の断裂を経験、さらに治療中の感染症が重なり、登山を断念することになった。「山登りしたかった子がそうなったんだから、人生絶望状態でした」と振り返る。

大学卒業後、20代半ばに「元々関心があった」絵画を始めた。芸大を目指す高校生たちとともに美術学校で腕を磨き、「やり始めたらすごく面白かった。一度も描くのが嫌だと思ったことはない」。

わが子が幼い頃は、1年で1万枚を目指して毎日子どもを描いていた。1990年に初めて開いた展覧会を30年以上に渡り毎年開催し続けてきた。

「お裾分けできれば」

けがによって限られた選択肢の中で手にしたのが「絵を描くこと」だった。しかし、いつの間にか絵のない生活はありえないほどに人生そのものとなっていた。「絵を描くことで私はプレゼントをいっぱいもらった。絵そのものも頂き物、人との出会いもそう」

「(病により)1週間前にできたことが今日できないこともある。でも、そう生きている人は山ほどいる。老いや病は誰もが通る道。かわいそうだという見方はすごく嫌なこと。そこにフォーカスするより、私が絵を通して頂いてきたものをお裾分けできればいい。そんな思い」と静かに話す。

「一度も描くのが嫌だと思ったことはない」と語る中野さん

16年前、牛久市に転居したのを機に始めた絵画教室は、土浦に引越した現在も、つくば市内で月2回続けており、現在約10人の生徒が学ぶ。

「自分が培ってきた技術や、いろいろなものをできるだけ人に伝えていきたいと思うし、絵を通して人と関わることによって、与えたり与えられたりすればいいと思っている」と話し、「高校時代、足のけがで山に登れなくなったのは、今は本当に良かったと思っている。あのまま突き進んでいたら、雪山で命の保証はなかった。けがで命拾いをして、絵を描き始めた」。時間はかかったが、そう思えるようになったと微笑んだ。(柴田大輔)

◆「中野瑞枝水彩画回顧展」は、つくば市吾妻2-8 県つくば美術館で3月3日(火)~8日(日)まで開催。開館時間は午前9時30分~午後5時(入場は午後4時30分、最終日は午後3時まで)。入場無料。詳しくは県つくば美術館ホームページ内の展示会情報へ。

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