【コラム・平野国美】前回、介護ロボットへの私の懐疑的な視点と、友人が自作の「鉄腕アトム」に心を奪われたという対照的な出来事を紹介しました。この現象の背景を探る鍵は、業界紙が報じたドイツ有識者のインタビュー記事に見出せます。
その記事には、ドイツの専門家アルムート・ザトラパ・シル博士による次のような警鐘が記されています。「ロボットがケアについて自律的に判断してしまうと、人間をサポートするどころか、支配してしまうことになりかねません。『人間とは何か』という根本的な問題にも関わってくるでしょう」
この言葉は、私がデモで見た無機質なロボットから感じた「痛々しさ」の正体を的確に示しています。欧米では、ロボットはあくまで人間の作業を代替する「便利な道具」として捉えられており、それゆえに道具が人間を支配することへの警戒心が強いのだと理解できます。
しかし、友人がアトムに感じた「胸がキュンとなった」という、道具に対するものとは思えない感情は、この文脈だけでは説明がつきません。長い時間をかけて完成させたアトムは、スイッチを入れた友人に「やっと、会えたね」と語りかけました。この一言が、友人にとってアトムが単なる「道具」ではなく、幼い頃から物語を共有し、自らの手で組み立てた「魂のこもった存在」であったことを物語っています。
ここに、日本独自のロボット観が隠されていると考えられます。欧米の映画でロボットが悪の兵器として描かれがちなのに対し、日本では『鉄腕アトム』や『鉄人28号』のように、正義の味方、時には人間以上に豊かな感情を持つ存在として描かれてきました。戦後の日本人は、こうしたロボット観に深く親しんできたのです。
これは、業界紙の記事で指摘された「日本人はロボットへの親和性が高い」ことの一つの大きな理由でしょう。さらに驚くべきは、人間同士や人とペットとの絆を深めるホルモン「オキシトシン」が、人間とロボットとの関係においても分泌されることが確認されたという研究です。
道具も含め万物への畏敬の念
私たちが無意識のうちにロボットに「心」や「物語」を求め、そこに絆を見出す。この「心を通わせる」分野こそ、日本人が最も得意とするところかもしれません。
その根底には、日本人の独特の宗教観、すなわちアニミズムがあるのではないかと私は考えるのです。このアニミズムとは、自然や道具を含むあらゆるものに魂や霊が宿るという世界観です。具体的には、山、川、木、風など、数多くの自然や現象に神が宿る「八百万(やおよろず)の神」の考え方が神道の基盤となり、動植物だけでなく道具にまで万物への畏敬の念が深く根付いています。
現代において、この感覚は失われたように見えても、私たちの意識のどこかに今も残っています。それが、単なる道具ではないロボットとの強い親和性を生み出す源泉となっているのかもしれません。最近では、この癒し系ロボットと過ごされる方も出現してきました。(訪問診療医師)






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