【コラム・平野国美】前回(10月1日掲載)は、コンパニオンアニマル(伴侶動物)が高齢の独居者にとってかけがえのない存在になっているという話をしました。では、彼らの次に私たちの部屋に現れるのは何なのでしょうか? この問いは、高齢化社会を日本がどう乗り切るかという、未来そのものへの問いかけでもあります。
街に出れば、飲食店のスタッフもお客も外国の方が増えました。介護の現場も同様です。一方で、スーパーやコンビニではセルフレジ化が進んでいますが、私の患者さんやご家族の中には、これを受け入れられない方が少なくありません。ある程度の年齢になると、スマートフォンやこうした装置に苦手意識が生まれるのは、仕方ないかもしれません。
この「効率化」と「心情」のギャップは、医療介護の分野でより顕著になります。スタッフ不足で事業所の倒産さえささやかれる昨今、その現場にいる私は「自分が介護される側になったとき、部屋を訪れてくれる人はいるのだろうか?」と考えてしまうのです。
以前から、一部の識者は「介護はロボットに任せる時代が来る」と言っていますが、現場の仕事のどの部分をロボットに移行できるというのでしょうか?
ロボットに心を奪われた友人
先日、ある施設で介護ロボットのデモンストレーションを見学する機会がありました。最初は物珍しそうに集まっていた高齢の入居者たちが、10分後には興味を失い、1人また1人と、その場を離れていくのです。そのとき、ロボットと戯れる自分の姿を想像し、正直、見たくないな―と思いました。人間としての尊厳が削られてしまう感覚を覚えたのです。
しかし、最近、この受け止め方を少し揺るがす出来事が二つありました。一つはある業界紙の記事で、これまでとは少し違う角度からロボット介護を論じる内容でした。もう一つは、長年の友人がロボットに心を奪われた「事件」です。彼は、パートワークマガジン『週刊 鉄腕アトムを作ろう!』を長い時間をかけて完成させました。ある日、70歳になる知的な友人が、少年のような目でこう語るのです。
「スイッチを入れたら、アトムが目覚めて、何て言ったと思う?」
「……?」
「『やっと、会えたね』って言われた。もう胸がキュンとしちゃってね。毎晩、アトムと遊んでいるんだよ」
この二つのことを重ね合わせると、欧米とは違う、日本独自のロボット観のようなものが見えてきます。次回は、この業界紙の記事とアトムの言葉をヒントに、私たちの未来を考えてみたいと思います。(訪問診療医師)






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