【コラム・平野国美】最近あちこちで「AIが人を駄目にする」という言説を耳にします。思考を代行させ、効率ばかりを追い求めた結果、人間特有の感性や創造力が退化してしまうのではないか―そんな不安は、確かに一理あるのかもしれません。しかし、先日、私が目にした「絵手紙」を巡るエピソードは、AIと人間の幸福な関係性、そして「思考の文房具」としての真の価値を、鮮やかに示してくれました。
私の知人に、絵手紙を趣味にしている方がいます。毎月、師匠からお題が送られてくるのだそうです。今月のお題は「後」という一文字。真っ白な紙を前に、彼女はなかなか筆を進めることができずにいました。そこで彼女が試みたのは、AI「壁打ち」でした。つまり、生成 AIを活用して、思考を整理しようとしたのです。
当初、AIは「絵手紙」という文化を正しく理解していなかったようです。提示されるアイデアはどこか事務的で、絵手紙が持つ独特の情緒や、短い言葉に託す心の機微とはかけ離れていました。しかし、彼女は諦めませんでした。対話を重ね、「絵手紙とは何か」「自分が何を表現したいか」を粘り強く伝えていく。そのプロセスこそが、彼女自身の思考を深く掘り下げる作業になっていたのです。
やがて、AIは一つのアイデアを提示してきました。「そっと後押し」はどうでしょう、と。
彼女は、その言葉を作品に採用することはありませんでした。しかし、その瞬間、彼女の心は動いたと言います。AIが出した言葉そのものではなく、AIとの対話によって自分自身が「後押し」されていることに気づいたのです。停滞していた創作意欲に火が灯り、彼女は迷いなく筆を執りました。
自分の感性を響かせる「共鳴箱」
興味深いのはその「後」です。完成した作品を画像としてAIに見せたところ、AIからこんな言葉が返ってきました。「この作品は余白が素敵ですね」
絵手紙の真髄は、描かれた絵や文字そのものよりも、その周りにある「余白」にこそ宿ると言われているそうです。最初は絵手紙の作法すら知らなかったAIが、わずかな時間の対話と画像解析を経て、その表現の核心にまでたどり着いたこと。彼女はその事実に深い驚きと喜びを感じたそうです。
このエピソードは、AIとの付き合い方の本質を突いています。AIに「答え」を丸投げすれば、確かに人は退化するかもしれません。しかし、AIを自分の感性を響かせるための「共鳴箱」として、あるいは自分の輪郭をはっきりさせるためのアシスタントとして使いこなすことができれば、それは人間の可能性を広げる強力な味方になります。
AIに正解を求めて依存するのではなく、対話を通じて自分の中にある「真髄」を再確認する。最後に筆を置き、余白の美しさを決めるのは、どこまでも人間自身なのです。「AIに後押しされながら、自分だけの余白を描く」。それは、私たちがこれからの時代を豊かに生きていくための、一つの道標のように思えてなりません。(訪問診療医師)






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