日曜日, 3月 8, 2026
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本好きが作る、街と人をつなげるフリーペーパー「ほんとこ」 土浦

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「ほんとこ」の編集会議

土浦市内の喫茶店などの個人店を取材し、お店にまつわるひと物語をつづるフリーペーパー「本と珈琲と土浦」(通称『ほんとこ』、A5判 4ページ)の第3号が6月に発行された。作るのは、職業、年代もさまざまな、「本と珈琲と土浦が好き」だという思いでつながる市民たち。広がる人の輪で、土浦の隠れた魅力を軽やかに掘り起こす。

「『ほんとこ見たよ』というお客さんがお店に来てくれたと聞いて、私もつなげられたんだなと思って本当にうれしかった」と声を弾ませるのは、第2号に記事を書いた大学生の田畑千芙実さん(20)。土浦市桜町の喫茶店「カフェ デ ポロン」の店主・林盛健さんをインタビューした。学校以外で人に見せる文章を書くのは初めてだったと言い、「人と話すのはあまり得意じゃないがマスターの話を聞くのは楽しかった」と振り返る。

「ほんとこ」は、参加する人たちが手配りで広げている

参加者は学生、主婦、会社員にユーチューバー

「ほんとこ」は、同市中央の古民家を改築したカフェ、城藤茶店で毎月1回開かれる読書会に集まる本好きが作る。読書会の後、各々が気になる話題を持ちより編集会議が開かれる。参加するのは10代から50~60代までの男女15人ほど。学生、主婦、会社員、ユーチューバーなど背景や職業もさまざまだ。土浦出身者もいるし、近年土浦に越してきた人からは「土浦に関わってみたかった」「地元の方と知り合う機会になっている」などの声が聞こえてくる。

「読書会」では、最近読んだお薦めの本をそれぞれが持ち寄り、その本の魅力を一人一人語っていく。小説、漫画、ノンフィクション、ファッション雑誌など決まりはない。7月20日の読書会に参加した市内在住の増山創太さん(25)は5回目の参加になる。「僕は音楽が好きなので、本もいつも音楽関係だが、ここでは自分が普段読まない本に出合うことができる」と魅力を語る。

読書会には、参加者がさまざまなジャンルの本を持ち寄る

読書会の盛り上がりをそのまま引き継ぎ編集会議が始まる。先日は、市内で40年以上、子供文庫を続ける同市中央の「奥井薬局」をメンバー7人で取材した。今年3月には、会議での書物談義がきっかけになり亀城公園隣の商業施設・公園ビルで2日間の古本市開催につながった。

もともと本が好きで書店員をしていたという田中優衣さん(25)は、4カ月前に兵庫から土浦に越してきた。「ひょんなことで全然知らない土浦に越してきた。知り合いもいなくて寂しかったけれど、本でつながる『ほんとこ』のメンバーを通じて土浦を知ることができている。私にとって土浦が居場所になりつつある」と話す。

ちょっと土浦が好きになってきた

「ほんとこ」作りのきっかけは、2022年に城藤茶店で開かれた「まちづくりとデザイン」がテーマの市民向け講座。そこで意気投合した4人が立ち上げメンバーだ。その1人の葛西紘子さんは「土浦で話を聞きたい人に会い、好きな話が聞ければと思ったのが始まり。みんなで聞いた話を共有しようと思った」と言い、同じく立ち上げから参加する稲葉茂文さん(35)は「土浦は個人店が多い町。今聞かないとなくなってしまう」という危機感もあったと言い、「『ほんとこ』は作るのも楽しいが、月1回の読書会が何よりの楽しみ。本の話をするのって、なかなか会社ではできないですからね」と思いを語る。

読書会と編集会議が開かれている城藤茶店

1000部から始まった発行部数も回を重ねるたびに増え、第3号は1700部になった。配布先は、メンバーが足を使い、手渡しで広げている。当初はタイトルに沿って土浦市内の書店や喫茶店から始まったが、今ではつくば市やかすみがうら市など周辺地域にも広がり、土浦市内約40カ所、つくば市内約10カ所など県内計約60カ所に設置されている。「配るのをきっかけに店の人と仲良くなるのが楽しみ」という言葉を聞くようになり、その甲斐もあって「街で『ほんとこ』を見つけたのをきっかけに、夫を誘って読書会に参加するようになった」と言う女性や、「カフェに行くと『ほんとこ』がいろんなところにあって気になった」と話す人など、参加する人の輪がますます広がっている。

「土浦に戻って3年目」だと話す市内出身の稲葉さんは、もともと本が好きで、都内で古本屋を営み仲間やお客さんと同人誌を作ったり読書会を開いたりしていたという。その後、紆余曲折を経て戻った故郷での出会いをきっかけに「ほんとこ」に参加した。「以前は自分でこういう場をつくろうとしていました。こういう活動が好きなんです。色々な出会いがあって、生かされているなと思っている。ちょっと土浦が好きになってきたのかもしれません」と微笑む。

「ほんとこ」は、取材した記事のほかに、メンバーによるコラムなど4~5本の記事が掲載されている。デザインや編集作業などは、メンバーが得意な分野を生かしてボランティアで実施している。立ち上げメンバーの葛西さんは「『ほんとこ』は情報発信が目的ではなく、制作メンバーや設置したお店が、『ほんとこ』を介して人との交流をして欲しいという意図がある。読書会も含めて自分たちが楽しむための活動なので、やりたい人同士で、やれることだけでやっていこうと思っている。もちろん、興味がある方の参加はいつでも大歓迎」と話す。

タイトル名の由来は「本が好きな人はコーヒーも好きでしょう?という緩いものだった」という。「コーヒーを飲んでるときに、良い時間を過ごしながら土浦を知るきっかけになれば」と葛西さんは語る。

SNSでの情報発信が主流の世の中で、「縦書き」「紙媒体」にこだわるのは参加者たちの「本好き」としてのこだわりだ。現在は、半年に1回の発行だが、「いつか季刊にできれば」という思いも抱く。手紙を届けるように手渡しで広がる「ほんとこ」が、土浦の魅力を知らせてくれる。(柴田大輔)

本を積むということ《ことばのおはなし》73

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写真は筆者

【コラム・山口絹記】最近は家に本が届くことが多くなった。積み上げると私の肩のあたりまで届く有様(ありさま)で、正確な数は数えていないが、まったく困ったものである。

自然現象のように書いてみたが、なんてことはない。自分で買ったのだ。買ったとも。紙の書物は当分購入を控えると(ひとり勝手に何かに)誓っていたのだが、無理だったらしい。性懲りもなく定期的に禁煙宣言している方々とおおむね同類であり、ああ、またなんか言っているな、と思っていただいて差し支えない。

過去のコラムでも何度か書いたが、私は重度の活字依存症である。活字なら何でもよいと思っているフシがあり、一般的な書物はもちろんのこと、内容が理解できない技術書でも、やったこともないゲームの攻略本でも気が付くと読んでいる。依存対象がアルコールであったなら、メチルアルコールでも手を出す手合いだろう。見境だとか節操というものがどこにも見当たらない。

今日も2冊届いた

こういった私のような、いわゆる『患者』と呼ばれる人間には共通点がある。基本的に対象が自然発生したような物言いをするのだ。例えば、カメラの界隈(かいわい)における患者たちは、レンズが『生えてくる』と強く主張する。生えてくるものは仕方がなかろう、ということらしい。たけのこか何かなのだろうか。

書籍やゲームソフトの界隈では、『積む』という用語がもっぱら多用されるのが特徴だ。コレは一見主体としての人間が対象を『積んでいる』わけで、意識してやっているように思われるが、重要なのはかたくなに発生過程について言及していないことだろう。

つまり、我々はどこからともなく現れた書物という物質を積み上げているだけなのであって、たくさんあるものは積むしかないんだ、仕方ないではないか、と言っているのだ。そういう意味では、購入したことをハッキリと明記(というか自白)した私はかなり潔いと言えるだろう。

ついでに、この場を借りてひとつ言い訳をさせていただくと、今年の夏はバタバタと忙しく寝不足が続いていた。正直に申し上げて、これらの書籍を購入した記憶は判然とせず、この行為は責任能力が著しく低下していたことによるものと誰かに証明していただきたいのだが、本日も2冊書籍が届いた。どうやら余罪もありそうなのである。(言語研究者)

これにて打ち止め 7日、水海道 宝来館跡地で「第10回懐かシネマ」

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懐かシネマ実行委員会の東郷さん(右)と羽富都史彰さん。旧宝来館跡地には、元宝来館従業員で看板絵師の井桁豊さんが描いた映画看板が所狭しと飾られている

常総市水海道宝町でかつて賑わいを見せた映画館「宝来館」をしのぶ野外映画会「懐かシネマ」が7日、旧宝来館跡地で開かれる。2014年に始まり10回目を数える人気のイベントだったが、今回で惜しまれつつ千秋楽を迎える。

最初は2014年の水海道千姫まつりの前夜祭に、一夜限りの復活として行われた。翌年は常総水害の被害に遭った市民を勇気付けようと2度目の復活を果たした。その後は「また来年もやってほしい」という周囲の声に支えられ、「10回目までは何とか頑張ってみよう」と続けてきたという。

かつての宝来館の姿

「一つの切れ目として10回目はちょうどいい。『場所を移してでも続けられないか』という声もあるが、ここでやることに意義がある。昔の宝来館を覚えている人が少なくなってきたことも終える理由の一つ」と話すのは、懐かシネマ実行委員会会長の東郷治久さん。

東郷さんは料亭「つくば山水亭」や、テーマパーク「つくばわんわんランド」、日本語学校「日本つくば国際語学院」などを経営するサンスイグループの代表。宝来館跡地は自身の出生地でもある。父で東郷商店2代目の通行さんが、明治期に建てられた古い芝居小屋を買い取り、映画館に改装して1946(昭和21)年から始めたのが宝来館だった。「父が映写技師、母が木戸番を務め、母の背中には私が背負われ、膝元には姉がうたた寝をしていた」と創業のころを語る。

1950(昭和25)年ごろの記念写真。前列中央が両親で、母の膝に座るのが東郷治久さん。前列左端は井桁さん

当時、映画は娯楽の王様で、宝来館では水海道駅まで続く約1000人もの行列ができたという。その後、通行さんが経営する映画館は1958(昭和33)年までに県西・県南・県央の計17館に急拡大。だが映画が斜陽産業化すると「つくばグランドホテル」を中心とするサービス業へ軸足を移し、1973(昭和48)年に宝来館も閉館した。

東郷さんらが「懐かシネマ」をスタートしたとき、「宝来館を懐かしんでくれる人がこんなにいたんだ」と感慨深かったという。「伊奈や谷和原から毎週自転車で来た」「よく家族で見に来た」「初デートがここだった」などの声が聞かれ、水戸や東京から子どもや孫に車を出してもらって来る人もいた。そのうち「病気になって来年は来れるかどうか」といった話が出るようになり、後に訃報が届いた人もいた。近年は宝来館をしのぶという当初の趣旨よりも、今では珍しくなった野外映画に興味を持って来る人が増えていた。

今回の上映作品は山田洋次監督・高倉健主演の「幸福の黄色いハンカチ」だ。「毎回の演目は自分が独断と偏見で選んでいる」と東郷さんは言うが、参加者に見たい映画をアンケートで問うと美空ひばり、石原裕次郎、吉永小百合、高倉健、オードリー・ヘップバーンの5人が圧倒的だった。その最後の一人の登場で、全10回のフィナーレを飾ることになる。(池田充雄)

ロコレディ前のベンチで談笑する東郷さんと羽富さん

◆第10回懐かシネマは9月7日(土)、常総市水海道宝町のブティックロコレディ駐車場(旧宝来館跡地)で。鑑賞無料、予約不要。午後4時30分受付開始、同6時30分上映開始。少雨決行、荒天時は9月8日(日)に順延。問い合わせは電話0297-22-1377(ロコレディ水海道事務所)

若い世代よ、羽ばたけ《医療通訳のつぶやき》10

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北京の故宮博物館(娘が撮影)

【コラム・松永悠】今年、我が家の大きな出来事と言えば、子供3人中2人が海外へ短期留学したことです。高3の息子はシドニーへ、そして大学3年の娘が夏休みの間北京へ。

子供が生まれてから毎年のように3人を連れて北京に行っていますので、北京は子供にとって大変なじみ深い場所ですが、高校受験やコロナの関係で、気が付けば最後に北京に行ったのは6年も前のことです。

長女は大学で中国語を専攻しています。語学留学は入学してからずっと心の中で温めていた願いでした。本格留学のウォーミングアップとして、この夏休みに北京大学に行くことにしたのです。

親戚に囲まれて守られる滞在と違って、今回は寮生活だけでなく、一緒にいるのも全員初対面で、世界中から来た中国語を学ぶ大学生です。短期留学中は、勉強のほか、観光も組み込まれていて、故宮博物館、天壇公園、万里の長城といった世界遺産はもちろんのこと、中国版新幹線に乗って山西省大同にある雲岡石窟や懸空寺にも行きました。

最初はそれなりの不安もあったと思いますが、心配はご無用。若いパワーであっという間に慣れてくれました。送られてきた写真を見ると、まぶしく輝く笑顔があふれています。娘と一緒に写っているのは、日本、欧州、米国など世界中からの大学生です。

もうすぐ帰ってくるのですが、すでに「帰りたくない」を口にしています。確かに、最初の緊張が消え、徐々に慣れてきて、楽しくなったころに帰国しなければならないのは残念ですが、来年こそ長期留学できるように準備したいものです。

国をまたいで仕事をするという技

外の世界を見るのは、若い人にとって大切なことです。比較対象がないままでは自国を評価できないので、たくさんの国に行ってほしいと思っています。どの国も良いところ、良くないところ、自分に合うところ、合わないところがあります。

ネット情報が氾濫している今だからこそ、現地に行ってしっかり自分の目で見て、心で感じてほしいです。

飛躍的に生活が便利になっている北京ライフを満喫していて、めちゃくちゃ快適だと絶賛する娘。軽食やタピオカドリンクをデリバリーしてもらったり、日本よりずっと安い料金でネイルしたと喜んでいます。短い滞在ですと、どうしてもこのような表面的なことしか見られないでしょう。

今の中国はたくさんの問題を抱えています。若い世代の就職難、経済の後退など、語り出したらキリがありません。

娘には、「便利」の背後にある厳しい現実も知って欲しいです。グローバル化が進む今、言語という武器を手に入れて、国をまたいで仕事をするという技を身につけた上、客観的中立的に日本と中国を観察して、しっかり自分の考えを持つ社会人、そして大好きな二つの国をつなげる人材になってほしいと願わずにいられない今日この頃です。(医療通訳)

生活保護行政の適正化求め市職員が請願 市議会は異例の特別委設置 つくば市

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請願審査特別委員会の委員長に選任され、あいさつする長塚俊宏委員長(右奥)

生活保護行政をめぐって不適正な事務処理が相次いでいるつくば市で、現役の市職員が3日開会の市議会9月会議に、生活保護業務の適正化を求める請願書を提出し、市議会は同日、同請願を審査する請願審査特別委員会(長塚俊宏委員長)を設置するなど異例の事態になっている。

請願したのは、昨年まで生活保護を担当する社会福祉課に在籍し、現在は別の部署に異動になった市職員。市がこれまで発表した残業代と特殊勤務手当未払い(5月9日付)や生活保護受給者に対する生活保護費の過払い(7月20日付)とそれぞれの再発防止策などに対して、「問題の全容解明には未だほど遠く、現場のケースワーカーにも具体的な再発防止策はおろか不適正事案の具体的な内容や問題の本質、問題発覚の本当の経緯が一切示されていない」などとして、市民と職員双方に身体的、法的、精神的安全が確立されること、不適正事務があった場合、うそ偽りや過不足のない誠実な公表と、具体的で中身のある再発防止策の検討などを求めている。

市議会に設置された特別委は13人で構成する。長塚委員長は「二つの常任委員会にまたがる請願なので特別委員会の設置になった」とし「中身について各委員としっかり審議したい」としている。10月4日までの会期中に審議し採択か不採択かなどの結論を出す。

請願によると、5月に発表があった残業代未払いを生んだ社会福祉課職員の労務環境については、職員は過酷な業務に追われ、例えば(仕事が終わらず)金曜のうちに自宅に帰れず土曜日の始発で帰る職員がいた。その職員が始発で帰ろうとした土曜日朝5時、子供が寝ている時間に仕事をするため職場に来た別の職員と会うなどの勤務実態があったとしている。5月の発表後、実施するとしている全庁的調査については、過去3年の不適切な労務管理に関して実名で回答するという調査はあったが、未払い手当てに関する全庁的調査はいまだ実施されていないとしている。

7月に発表があった生活保護費の過払いに対しては、発表になったケースを担当するケースワーカーには誤認定の説明はあったが、原因や経緯などの説明はなく、フォローできる体制がまだないなどとしている。

請願は新たな問題も指摘している。2023年度に市職員が生活保護受給者宅を訪問した際、暴行を受けた事案について、管理職から対応策の指示があったのは3週間以上経ってからで、指示内容は「危ないと思う場合は2人で訪問してよい。気を付けて訪問するように」というものだった。護身術講座もあったが指導内容は「間合いを取ること、バインダーやペンで応戦すること」などで現実的対策とは思えなかったなどとしている。

さらに公務員は、法に基づいた業務が行えるよう、法解釈の誤りが起こらないようにすることが求められるが、生活保護の困難ケースについて法解釈を話し合うケース診断会議の場で、管理職が「これは感覚の問題」と発言したり、同じ会議の場で保護開始と決まったケースが、その後の管理職の決裁で「取り下げさせろ」と命令されたり、先輩職員から「何が正しいかはその時々の管理職が何て言うか次第」と言われるなど、法解釈の誤り以前の状況があったと指摘している。

ほかに、ケースワーカーは現金を取り扱わないことになっているが、県からの指摘で今年1月に取り扱いを改めるまで、管理職の机の引き出しから金庫のかぎを取り、別の管理職の後ろにある金庫から現金を取り出すなどしており、県の監査に対しうその報告していたーなどとも指摘している。(鈴木宏子)

水道料金値上げなど38件を提案 つくば市議会9月会議開会

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3日開会したつくば市議会9月定例会議

つくば市議会9月定例会議が3日開会。五十嵐立青市長は来年4月から水道料金を平均15%引き上げる市水道給水条例改正案など議案18件、2023年度一般会計決算など認定7件、報告13件の計38件を提案した。

水道料金は、市上下水道審議会の答申を受けて提案した。モデルケースの試算では1人世帯は15%、2人世帯は23%、4人世帯は22%の引き上げになる。可決されれば2018年度以来の引き上げとなる。市は下水道料金の改定についても検討している(7月30日付)。

補正予算案は、筑波大学国際統合睡眠医科学研究機構との連携協定に基づいて市職員の睡眠の質を400人規模で調査するための負担金約965万円(7月26日付)、アフタースクールモデル事業の運営を来年4月に開始するため沼崎小の空き教室を改修するなどの準備費用約510万円、環境省から選定を受けたつくば駅周辺地区の脱炭素先行地域づくり(23年12月12日付)を市民に周知しブランディングを進めるための業務委託費約660万円など、計約30億8600万円を増額する。

提案議案はほかに、つくば市長2期目の退職金の金額を市民のネット投票で決める条例案など(8月26日付)。

会期は10月4日までの32日間、一般質問は9月10、11、12日の3日間実施される。

やってみせ、言って聞かせて…《続・気軽にSOS》153

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【コラム・浅井和幸】まったく今の若い子たちは…。下の世代と接していて、うまく物事が進まないと出てくる言葉です。コミュニケーションは相互作用で成り立っていますから、ほとんどのトラブルはどちらか一方だけに問題があることはないと言ってよいでしょう。

ですが、まったく今の若い子たちは…という呪文を唱えると、年上の自分は悪くない、年下の人間が悪いのだと思い込めてしまうのです。さらには、自分が若いときはもっと大変な状況で、もっと立派に立ち振る舞えていたと錯覚することができます。相手に悪いことを押し付けることで、自分のストレスを緩和しようという、年上の世代の用いる常套手段と言えるでしょう。

「今の若い子たちは…」と言っている世代の若いころはどうだったでしょうか。一つの例を見てみましょう。今の30歳前後は「さとり世代」とか「ゆとり世代」とかと呼ばれることがあります。ガツガツしていない、気力がない、欲がない、恋愛や物への執着心がないというような評価をされる世代でしょうか。

この世代に対する70歳前後は、「しらけ世代」と呼ばれていました。熱くならず冷めている、ノンポリ、真面目な行いが格好悪いと反発する世代とのことです。この世代が社会人になり、上司になり、「ゆとり世代」を叱咤(しった)激励し、お前らは無気力だと圧力をかける場面もあったことでしょう。

見守って、信頼せねば、人は実らず

たまたま、分かりやすい二つの世代を取り上げましたが、時代の移り変わりで変化はあるものの、やはり年上の人間は、年下の人間に対してイライラして、自分に落ち度がないときには、「今の若い奴らは…」と言いたくなるのでしょうね。

私も50を何年も過ぎた「老害」と呼ばれても否めない世代ですから、重々気を付けなければいけないなと思います。と言っても、自由にやらせてもらいますけどね。

さて、20代だろうが、80代だろうが、「今の若い奴らは…」と言いそうになったら、下の昭和の言葉を思い出してみるとよいかもしれません。少なくても昭和の初めには、「まったく今の若い奴らは…」という考え方があった何よりの証拠で、今に始まったことではないという現実に気づくでしょう。

「やってみせ、言って聞かせて、させてみて、褒めてやらねば、人は動かじ。話し合い、耳を傾け、承認し、任せてやらねば、人は育たず。やっている、姿を感謝で、見守って、信頼せねば、人は実らず」(山本五十六)。(精神保健福祉士)

つくば市選管「実施見送り」を最終決定 市長選・市議選のオンデマンド投票

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8月6日から9日に実施したオンデマンド型移動期日前投票の実証実験の結果について、つくば市選挙管理員会委員(右側)に説明する市イノベーション部職員ら(左側)

三たび審議、いずれも不可

つくば市選挙管理委員会(南文男委員長)が2日開かれ、ワゴン車に投票箱を積んで自宅前まで行く「オンデマンド型移動期日前投票」を10月のつくば市長選・市議選で実施するか否かについて審議が行われ、実施を見送ることを決定した。4月24日、6月3日に続いて3度目の審議となり、いずれも全会一致で不可とする判断が出された。今回が最終判断となる。

実施見送りの理由について4人の委員からそれぞれ「選挙事務にミスは許されない。市民一人一人のニーズに対応するのは大事で、そことの兼ね合いになるが、ミスを無くすため事務を煩雑にすることは避けた方がいい」「実証実験と本番は違う。実証実験の検証報告では選挙本番での利用者を多く見積もって80人と推定しているが、80人を超えた場合、対応できるのか。リスクを排除して万全を期した方がいい」「衆議院の解散総選挙と期日前投票の日程が重なることも想定される。市長選・市議選はオンデマンド投票ができるが、衆院選はできないということにはならない」などの見解が示された。

これに対し五十嵐立青市長は「これまで選管の提言を受け、それに対応して課題を解決してきたという認識だったので最終的にこのような決定がされたことに驚いている。期待してくださった障害当事者や家族に非常に申し訳ない。今後も引き続きあらゆる可能性に挑戦し誰一人取り残さない社会の実現を目指していきたい」などとするコメントを発表した。

市執行部が実施する計画だったオンデマンド投票の対象者は、自力で立ったり歩いたりすることができない高齢者や障害者。8月6日から9日に実施した実証実験には対象者約3000人のうち35人が参加した。実施見送りが決まったことで、対象となる高齢者や障害者は、市から配布される無料のタクシー券を利用し福祉タクシーを使って投票するか、寝たきりの場合などは郵便投票を実施することになる。

総合的に検討を

2日開かれた選挙管理委員会で、市政策イノベーション部は、8月6日から9日に実施した実証実験(8月6日付)の結果を報告した。利用者のニーズとして実証実験に参加した35人のうち91.4%が「10月の本番もオンデマンド投票を使いたい」と回答したなどと報告した。

これに対し市選管の委員から「雨の日は時間がかかるが(期日前投票所設置の時間内に)対応できるのか」「選挙公報をどこで読んでもらうのか」「(予約に応じて自宅まで迎えに行き期日前投票所まで送迎するサービスを実施しないなら)もはやオンデマンド(要求に応じて)という名称ではなく期日前移動投票になる」などの質問が出て、市政策イノベーション部が対応策などを一つひとつ答えていった。

選管の委員からはさらに、オンデマンド投票がネット投票へのステップになると位置付けることへの疑問が前回に続いて出され、「(オンデマンド投票を通して)どうやって公選法の穴をこじ開けようとするのか、8月6日から9日の検証結果にはネット投票に向かうステップが入ってない」「オンデマンド投票とインターネット投票とでは対象者が違うのではないか」などの意見も出た。オンデマンド投票ありきではなく、郵便投票のやり方など制度面も含めて総合的に再検討することが必要だとする意見も出た。

市議会からも懸念

同市は2022年、インターネット投票を看板事業に掲げ、政府からスーパーシティに指定された。インターネット投票にはなりすましや強要などの懸念があるなど総務省の理解を得られないことから、代わって市執行部は、オンデマンド投票をインターネット投票に向けたステップだと位置づけてきた。

オンデマンド投票実施に向けて市執行部は今年1月、市北部で実証実験を実施。今年3月議会で、市北部の一部地域で実施する計画で予算を計上した。一方市議会からも、公平性の観点から一部地域でのみの実施に疑問が出された。一部地域のみでの実施について市選管は4月24日、公平性の観点から時期尚早だとする判断を出した。

市議会からはタクシー券配布の提案も出ていた。市議会の意見や提案を受けて市は、市全域の移動困難な高齢者や障害者に期日前投票のタクシー券を配布する予算を計上(5月30日付)。タクシー券配布については選管で異議無く了承された。

その後、市執行部は計画を改め、市北部だけでなく市全域で、自力での歩行が難しい高齢者と障害者を対象にオンデマンド型移動期日前投票を実施する計画を立て、6月3日の選管に再提案した。これに対し市選管は再び「時期尚早」だとする結論を出した。

時期尚早の理由の一つに「市内全域で実証が必要」との意見があったことから市執行部は6月の市議会常任委員会で、市全域で実証実験をする計画を示し(6月25日付)、市は対象者約3000人にダイレクトメールを出し、8月6日から9日まで、申し込みがあった35人の自宅に投票箱を積んだワゴン車が出向く期日前移動投票の実証実験を実施した。市議会からは「どうやっても突き進むのか」など懸念の声が出ていた。

退職金でネット投票

一方で、インターネット投票をめぐって五十嵐市長は、自らの2期目の退職金約2039万円についてネット投票を実施し金額を決める条例案(8月26日付)を、3日開会の市議会9月会議に提案する。(鈴木宏子)

一騎打ち? 三つどもえ? つくば市長選《吾妻カガミ》190

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つくば市役所正面玄関サイド

【コラム・坂本栄】つくば市の市長・市議選挙(10月20日公示、27日投票)まであと2カ月弱に。「…3期目への立候補を表明」(2月27日掲載)にあるように、五十嵐市長は早い時期に続投意欲を示した。ところが対抗馬が現れず、無投票当選かと思っていたら、「星田弘司県議が立候補へ…」(8月8日掲載)と報じたように、中堅の県議が出馬を表明。やっと市長選の構図が出来上がった。

パフォーマンス型と問題解決型

「政治家は選挙で鍛えられる。政策も選挙で磨かれる」(私の造語)。市政の健全化のためにも、両氏の今後のためにも、一騎打ちの形になりそうなことを歓迎したい。五十嵐氏の続投理由、星田氏の挑戦理由を上のリンク先から引用すると…。

五十嵐氏は「(常住人口25万人突破、人口増加率全国1位など)つくば市が選ばれるまちになっていることが数字に表れている。様々な取り組みが評価され、私自身、昨年、経済協力機構によるチャンピオン・メイヤーに選出された」と、つくば市と自分のパフォーマンス(出来栄え)を自慢。

星田氏は「(県営公園が市営化された)洞峰公園のやり取りが象徴しているように、県との連携が十分でない。無償譲渡だが、毎年膨大な管理費がかかる。知事との直接のやり取りが一度もできず、直談判もせずに譲り受けており、連携不足を感じた」と、実務に疎い五十嵐市長を批判。

県との連携:3つの具体的事例

現職の仕事振りは市の広報紙や各種報道で知られている。そこでバランスを取り、星田氏が出馬会見で明らかにした5分野・37項目の公約を紹介すると…。

項目の一つ、県と連携した県立高校問題の課題解決については、「県議として市民団体の(市内にある県立高の学級数を増やしてほしいといった)要望を聞き、活動してきた。(県立高が難しいのであれば)市立高を新設したらとの意見もあり、大井川知事はそれを支援すると言っている。その可能性も追求したい」と述べた。

他の項目もっと企業を呼び込む工業団地の造成と企業誘致については、「否定はしないが、市内には物流倉庫が目立つ。(こういった業種よりも)半導体とか食品といった職を生む企業を誘致する必要がある」と、企業誘致に熱心な県知事との連携を図ることを強調した。

市営化された洞峰公園問題について質問されると、「県と市の連携ができていれば、(市と県が維持管理費を折半するなど)負担割合などで別の形もあった」とし、五十嵐市長が選択した完全市営化に疑問を呈した。

行政改革を主張する理系研究者

実は、前回市長選で2位に終わった酒井泉氏(元高エネルギー加速器研究機構准教授、元福井大学教授)も再出馬を検討している。水戸市、土浦市、守谷市に比べると、つくば市役所の人件費、職員数、管理職が多過ぎると怒り、役所に乗り込んで行政改革をやりたいと言う。すでに比較分析を終え、近く市民にその要約ペーパーを配布する。

ただ、現時点では、市長選に臨むか、議会改革も念頭に市議選に出るか、市井の市政監視人として活動するか、熟慮中と言う。政治家になることが目的ではなく、それは市政を正常化するための手段と考えている。理系学者が市政を論じる学園都市。実に面白い。(経済ジャーナリスト)

若い世代が競技に打ち込める環境づくりへ 県パラスポーツ協会設立

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舞台前に並んだ所属選手ら=31日、土浦市城北町のホテルマロウド筑波

障害者スポーツの普及・発展などを目指す一般社団法人「茨城パラスポーツ協会」がこのほど設立され、8月31日、土浦市内のホテルで設立式が開催された。パラスポーツの振興、障がいに関する理解の促進、自立と社会参加の促進、多様性の尊重と共生社会の構築ーの四つを設立目的とする。大井川和彦知事のほか国会議員、県会議員、周辺市町村長ら多数が来賓として出席し鏡開きによって門出を祝った。

代表理事を務める皆川鉄雄さんは「スポーツを通じて得られる絆や達成感、自己成長の機会を、より多くの人々に広げたいという思いから設立した。特に、若い世代が競技に打ち込める環境を提供し、彼らがスポーツの素晴らしさを実感しながら成長できる機会をつくりたい」と構想する。皆川さんはシッティングバレーボール日本代表としてパラリンピック北京大会と東京大会でともに8位入賞した。

鏡開きの後。田山東湖茨城県議会議員が乾杯の音頭をとった

協会設立は励みに

所属選手のうち最年少は9歳の冨嶋美月さん。2歳のとき脊髄梗塞で障害を負った。リハビリ入院していた阿見町の県立医療大に車いすバスケのチームがあることを知り、体験会を経て練習に参加するようになった。

同チームでは年齢や性別、障害の有無も問わず一緒に練習に励み、他県のチームなどと交流試合もしている。「大学生や大人の人と混ざってやるとテクニックの練習にもなるし、シュートも入りやすくて楽しい」と美月さん。

スキーやバスケを楽しむ美月さん(協会設立趣意書より転載)

4歳からパラスキーも始めた。ガイドの人にロープで引っ張ってもらいながら滑っていたが、今年からは一人で滑って止まる練習もしている。中学生になったら一人でリフトに乗ることにも挑戦したいという。

「活発な子なので、歩けなくても何かスポーツをさせてあげたいと思ったが、最初はどこへ行けばできるかも分からなかった。テレビで見るパラスポーツも大人ばかりだったので、最初は『子どもでもできるんですか?』という質問からスタートした」と母の里美さん。「これからもいろんなスポーツにチャレンジさせてあげたい。協会の設立はこれから始めたい子にも、続けていきたい子にも励みになると思う。できてよかった」と喜ぶ。

サポート受け情報交換の場にも

「選手の頑張りを通じて、パラスポーツによって障害者がこんなに元気になっているんだと一般の人たちにも伝えられ、障害があってスポーツをやっていなかった人にも知ってもらう良い機会になる。協会があることでさまざまなサポートが受けられ、情報交換の場にもなると思う」と話すのは、車いすバスケ女子日本代表のチームドクターを務める筑波大学医学医療系リハビリテーション科准教授の清水如代さん。自らも健常者として車いすバスケの練習に参加しながら、選手にどういう困りごとがあるかや、どういうけがをしやすいかなどを研究する。「所属選手には日本代表を目指す子もいる。競技力向上やパフォーマンス向上のためのサポートもしたい」という。(池田充雄)

◆同協会はビジョンに共感し、共に歩んでくれる協賛企業を募集している。問い合わせは電話029-832-4699(一般社団法人茨城パラスポーツ協会)へ。

誰もが経験したことがある便秘 《メディカル知恵袋》6

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筑波メディカルセンター病院

【コラム・間宮孝】便秘、誰もが一度は経験があるのではないでしょうか。あのつらさは一度味わうと、もう経験したくないと思うものです。みなさんも原因をいろいろ考えてみたり、健康食品や生活習慣などで予防されている方も多いと思いますが、ここでは最近の便秘治療についてご紹介します。

便秘とは

医学的には「本来排泄(はいせつ)すべき糞(ふん)便が大腸内に滞ることによる兎糞(とふん)状便、硬便(こうべん)、排便回数の減少や、糞便を快適に排泄できないことによる過度ないきみ、残便感、直腸肛門の閉塞(へいそく)感、排便困難感を認める状態」と定義されています。

すこし難しいですね。簡単に言うと、ただ便の回数が少ないだけでなく、そのことによって困っている状態という認識です。これらの状態により、生活に支障をきたすと便秘症と診断されます。

なぜ治療が必要なのか

もともと便秘は生命予後に影響を与えないと考えられてきました。しかし、近年の研究により、便秘症がある人とない人を15年追跡すると、便秘症の人の生存率が20%悪化したという報告がありました。便秘症の人は便秘のない人より生存率が低かったという内容です。

生存率

そのほかにも、血栓症や慢性腎不全のリスクになるという報告もあり、積極的に治療を行うべきと考えられています。死亡率上昇の理由については様々な説がありますが、排便時のいきみの際に血圧が急上昇し、心血管イベント(心筋梗塞や脳梗塞などに代表される心血管系の病気)を起こすと推定されています。

一方でこれらは観察研究が中心で、便秘治療を行った結果、寿命が延びたという介入研究の報告はないため、正確な評価には今後のさらなる研究が必要です。

便秘の分類

便秘は大きく4つに分類されます。

①器質的狭窄(きょうさく):大腸がんなどにより物理的に便の通過が困難な場合。

②薬物性:多くの薬剤が腸管の蠕動(ぜんどう)低下をもたらすことが知られており、それが便秘の原因となる場合。具体的には、抗コリン薬、向精神薬、抗うつ薬、抗パーキンソン病薬、化学療法薬、循環器作用薬、抗不整脈薬、利尿薬、制酸剤、鉄剤、吸着薬、制吐剤、止痢薬などです。

③他の病気の影響:甲状腺機能低下症、糖尿病、慢性腎不全、パーキンソン病、強皮症など、便秘をきたす疾患の場合。

④機能性便秘症;①~③以外の場合。

治療薬の進歩

便秘の治療は以下のフローチャートのように原因の精査から治療を行っています。まず大腸がんなどの器質的疾患が無いかを調べ、次に止められる薬がないかを調べていきます。そして、いよいよ治療薬を処方しましょうということになります。

便秘の治療は近年急激に選択肢が増えています。2012年に30年ぶりに新薬ルビプロストンが発売、2017年にリナクロチド、ナルデメジントシル酸塩、2018年にエロキシバット、ポリエチレングリコール(PEG)、2019年にラクツロースが発売になっています。下の表で種々の薬剤を簡単に紹介します。

それぞれの薬には特徴がありますが、直接比較の試験は少なく、一般的に若年者には酸化マグネシウム製剤、そのほかにはルビプロストンから開始し、腹痛など過敏性腸症候群の疑われる人にはリナクロチド、蠕動低下も疑われる際にはエロキシバット、難治の場合にはPEG製剤などを併用しています。それぞれの薬に特徴があるので、自分に合う薬を主治医の先生と相談してみてください。

便秘を防ぐ3つの習慣

最後に生活習慣についても、少しだけ触れさせていただきます。便秘を防ぐには、①十分な水分摂取、②1日3食を食べる、③便意を感じたら我慢しない―これらを習慣にしましょう。「たかが便秘、されど便秘」と言われ、人々のQOL(クオリティ・オブ・ライフ=生活の質)を妨げてきた疾患です。今後の生活や治療などに少しでも参考になれば幸いです。(筑波メディカルセンター病院 消化器内科診療科長)

霞ケ浦蓮根の花のお花見会《くずかごの唄》142

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イラストは筆者

【コラム・奥井登美子】

「蓮根の花。霞ケ浦、すごい景色。これ日本一ですね」

「大げさだよ、日本一なんて…」

「とんでもない、世界一の風景ですよ」

「実さんは世界中飛び回って、オランダの田んぼもきれいでしょ」

「きれいですけれど、大きさと色が不ぞろいなんです。不ぞろいの美しさもあると言えば言えるけど…」

「大きさも色もきちんとそろって、しかもこれだけ広い面積は世界一なのね」

「そうです、そうです。1年1回、僕は見に来ないと、気が済まない」

1990年ごろ、1年に1回、7月の朝。福田実さんから電話がある。私たち夫婦は車を運転して、土浦駅で彼を拾って、霞ケ浦の畔の蓮根の花を観賞しながら、ゆっくりと歩いたり、車に乗ったり、歩﨑まで、おしゃべりに余念がなかった。

福田さん一家を偲びながら

北里柴三郎のもとで働いていた夫の祖父平沢有一郎が、自分の姪(めい)の琴子の夫に選んだのが中村万作氏だった。彼は牧師だったが、たくさんの社会的貢献を土浦の街に残している。万作氏の2人の姉妹は、偶然2人とも、かすみがうら市の福田家の兄弟と結婚している。

福田実さんと道子さんは2人とも医者で、道子さんは産婦人科医として、土浦新治病院(今の土浦協同病院)に勤務したこともある。実さんは麻酔医として米国のバーモントに住み、ものすごく忙しい日々を送っていたが、1年1回、7月に日本での学会や臨床報告会などにかこつけて、必ず日本にやってくる。

霞ケ浦の畔に咲く蓮根の花を見に来るのだ。花は昼にはしぼんでしまうので、朝早く行くしかない。

世界保健機関(WHO)にいて、世界的な感染症の防止に努めたケイジ・フクダ氏は、この2人の息子さんで、5年前、県の感染症講演会に講師として来てくれたが、声が父親とそっくりなので、私は聞きながら涙が出そうになってしまった。

夫も実夫妻も、あの世に行ってしまったが、今年も東京から娘が来てくれて、私は福田さん一家を偲(しの)びながら、霞ケ浦蓮根のお花見をすることができた。(随筆家、薬剤師) 

紛争地イエメンで国境なき医師団活動 筑波メディカルセンター病院に戻り報告会

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病院の職員向けに開かれた活動報告会=28日、筑波メディカルセンターTMCホール

NGO組織、国境なき医師団(MSF)の一員として、アラビア半島の紛争地イエメンで3カ月間にわたり医療活動をしてきた医師が、勤務先の筑波メディカルセンター病院(つくば市天久保、河野元嗣院長)に戻って28日、職員向けに体験談を語った。同病院救急診療科の新垣かおる医師(42)。日中の診察時間の終わった午後6時過ぎから約1時間、医師や看護師、病院スタッフら約50人を前に、活動報告会で話した。

「手を洗おうキャンペーン」から

イエメンはアラビア半島の南端にあるアラブの貧困国。イスラム教シーア派の武装組織「フーシ」と、スンニ派が主導するサウジアラビア中心の「アラブ連合軍」の対立による紛争が10年近く続いている。新垣医師は4月から7月の3カ月間、フーシ派の支配域であるサナア近傍の2カ所の医療施設で、手術麻酔、手術室スタッフの教育・監督の業務、病棟や集中治療室などで重症患者治療などに従事した。

過去2度の空爆のあった地域で、「外国人はまずスパイとして見られるから移動が大幅に制限される。病院への出入りでも、現地スタッフの指示で周囲を確かめてから駆け込む」ほどの切迫した状況だった。そんななか病院は、待合室や病床がほぼ半屋外に置かれている。日中の最高気温45℃、コレラが流行するなど衛生的とはいえない劣悪な環境に加え、手で食事をとる状態だから「みんなで手を洗おうキャンペーン」から始めたという。

唯一エアコンが利いているのが手術室。現地のスタッフと協力して麻酔を行った。主に手掛けたのは産科での手術で、帝王切開は約80例に及んだ。「女性たちは現地の風習で手先にいれずみをしているから点滴がとれないこともあり慣れるまで大変だった」。日本では珍しい鎖状赤血球症(異常ヘモグロビン症)の妊婦にも遭遇したそうだ。

会場からの質問に答える新垣医師。講演後、マスクを外してもらった

「輸血製剤には、大きく赤血球液製剤、新鮮凍結血漿(けっしょう)、濃厚血小板の3種あるのはご存じでしょうが、イエメンでは新鮮な全血と新鮮でない全血の2種類があるだけ。全血は採血して3つに分ける前の血液で、日本でも昔の病院では使われてた。新鮮な全血にはこれら3つ全部が入っているという理解で、血を止める目的などに使いました」

麻酔科医師として「ダメージコントロール」の経験は積んだつもりだが、麻酔できない症状に出くわしては「まず死なせない」ことを肝に銘じ治療戦略を立てたという。

次は「南極越冬隊員」

3カ月間の勤務で支えになったのは「帰る場所がある」という安心感。同病院は在勤2年目の新垣医師を長期研修の名目で快く送り出してくれ、帰国後の復職もあらかじめ認めてくれていた。「現地の同僚からもうらやましがられた。ありがたいこと」と新垣医師。

活動報告を聞いた筑波メディカルセンターの志真泰夫代表理事は「この経験は財産になる。病院にとってもこういう経験を積んだ若い医師が増えてくれればいいなと思う」と語る。

新垣医師は沖縄県の出身。もともとは医療スタッフとして南極越冬隊に参加したい意欲をもっており、こうしたミッションに協力的な医療機関を探して同病院に就職した経緯がある。「経験を積まなければならないことはもっと沢山ある。そのうえでチャンスがあれば、改めて南極をめざしたい」職場に戻った日々、救急医療の最前線で運ばれてくる患者の対応に当たっている。(相澤冬樹)

医学工学融合の実証研究施設 筑波大附属病院にリニューアルオープン

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実証研究スタジオでの立ち車いす「Qolo」のデモンストレーション=筑波大学附属病院

筑波大学附属病院(つくば市天久保、平松祐司院長)に医学工学融合の実証研究施設、未来医工融合研究センター(CIME、野口裕史センター長)がリニューアルオープンし、27日に記念の講演会「異分野融合・産学連携のハブを目指して」が開かれた。

同センターは、病棟内の患者の協力を得て、リハビリテーションなどで医師や作業療法士ら医療者らと、医療機器の実証研究や生体情報の収集・解析ができる施設。今夏、病棟の免震改修工事が完了したことから、一層の拡充を図って、入院棟であるB棟11階、見晴らしのいい最上階の広いフロアに陣取って業務を開始した。

元は2014年、病院の基礎研究の成果を臨床研究・実用化へ効率的に橋渡しするため、大学のつくば臨床医学研究開発機構(T-CReDO、荒川義弘機構長)の橋渡し研究推進センター(町野毅センター長)内に開設。ロボットスーツ「HAL(ハル)」や立ち車いす「Qolo(コロ)」などの社会実装に成果を上げてきた。

今回、実証研究スペースとして175平方メートルの実証研究スタジオや、レンタル可能な7部屋などのラボ施設が整備された。さらに、起業支援に実績のある医工連携の専門教員の執務室も併設され、伴走支援などのインキュベーション機能を拡充させた。

センター内では産業技術総合研究所や自動車業界によるコンソーシアムとの共同研究も展開中だ。ドライビングシュミレーターに各種センサーを組み込んだ研究室で、患者から疾患関連予兆シグナルの収集を行っており、特許出願が準備されるなど成果を上げつつある。

ドライビングシュミレーターに試乗する見学者

野口センター長は「これまではスペース的な制約もあってアカデミア内の交流にとどまりがちだったが、特に産業界へ向けた発信を強化したい。革新的な医薬品・医療機器・再生医療製品などの実用化を目指していきたい」とした。

講演会では国光あやの衆議院議員(医療機器議員連盟事務局長)が医療機器研究開発へテコ入れを拡大する国の政策を紹介、筑波大学の鈴木健嗣教授(システム情報系長)が医療と工学系研究との連携強化によるイノベーション創出をアピールした。

同大附属病院は1976年完成。病院のほぼ中心部に位置するB棟は主に入院病棟として利用されてきたが、耐震性確保や老朽化した設備の改善が必要となり、2020年から既存の建物を残しながら耐震化する大規模改修に取り組んでいた。 (相澤冬樹)

開き直った戦い方が良い方につながった 霞ケ浦 高橋監督に聞く

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甲子園に出場した霞ケ浦高校の野球部員ら。右から3人目が高橋監督=宿泊先のホテルにて

甲子園初勝利つかみ、秋の大会へ

霞ケ浦高校は7月に行われた第106回全国高校野球選手権茨城大会を5年ぶりに制し、甲子園では2回戦(初戦)で名門の智弁和歌山と対戦。延長11回タイブレークにもつれ込むも、エース市村才樹(2年)と眞仲唯歩の継投でしのぎ5対4で甲子園初勝利をつかんだ。続く3回戦では滋賀学園に2対6で敗れた。息つく暇もなくその4日後に秋季大会1次予選を迎え初戦敗退となった。激動の日々を経験した霞ケ浦の髙橋祐二監督に、夏の大会や甲子園初勝利の感想、秋の戦い方について語ってもらった。

苦しい初戦をものにできて選手がまとまった

―改めまして、第106回茨城大会の優勝と夏の甲子園で学校として初めての1勝おめでとうございます。まず、茨城大会について振り返っていただきたいと思います。大会前のインタビューで、今年はチームの中心選手が不在で選手の一体感がないとおっしゃっていました(7月9日掲載)。大会初戦(2回戦)は太田一に2対2から9回サヨナラ勝利と苦しい試合戦だった訳ですが、優勝に至るまでチームはどのような変遷をたどったのでしょうか。

高橋 全く打てなくて本当に苦しい初戦になりました。負けてもおかしくなかったと思います。ですが、苦しい試合をものにできて、バラバラだった選手たちが少しずつまとまり、どん底の状態から偶然に最高の状態に持っていけました。こういうふうに勝ち上がる展開を計算してできる監督だったらまさしく名将と言えますが、完全に偶然の産物です。今年のチームは本当に力がなかったので、「いつ負けてもいいや」くらいに開き直ったところがありました。

―大会前のインタビューでも「勝ちたい勝ちたいと思わない方が、欲がない方が意外と勝てるのかもしれない」とおっしゃっていました。

高橋 この夏はいろいろな方面から「ちょっと以前とは采配が変わりましたね」と言われることがありましたが、私は別段何かこう変えようと意識していた訳ではありません。開き直った戦い方が結果的に良い方につながったのだと思います。

市村がよくしのいでくれた

8月8日に誕生日を迎えた髙橋監督(左)。生徒たちからお孫さんのユニフォームをプレゼントされたそう

―準々決勝では秋に負けた鹿島学園に、決勝では春に負けたつくば秀英に勝利しました。何か特別な対策はあったのですか。

高橋 2チームとも秋と春に対戦していたので勝つイメージはつかめていました。組み合わせが決まった時に最大の山場になるのが準々決勝の鹿島学園戦だろうと見ていました。鹿島学園は春にも関東大会に出場して非常に勢いがあった。内容的に楽に勝てた訳ではないですが、市村才樹(2年)がよくしのいでくれました。

準備したものを羽成がやってのけた

―決勝のつくば秀英戦では、羽成朔太郎選手がライト前ヒットで一気に二塁を落とし入れる走塁が光りました。あのプレーで試合が動いて霞ケ浦ペースに傾いたように思います。

高橋 チームでは大高先生を中心に相手を分析しており、投手の癖や球種、打者の傾向や守備の隙など、ある程度のデータを蓄積しチームで共有しています。あのプレーはまさにチームで事前に打ち合わせて準備したものでした。しかし、あれを羽成がやってのけたのは私も驚きました。チームを勢いづける素晴らしい走塁でした。

―羽成選手に関しては、雲井選手と共に1年生から出場している中心選手なのに、チームを引っ張れていないと大会前に話されていましたが、その後の評価はどうですか。

高橋 羽成と雲井の二人に関しては期待値に見合った行動をしてこなくて、夏前には私がかなり追い込んでました。初戦から4回戦までは精神的にかなり負担の方が大きかったと思います。その後、準々決勝からは何だかプレッシャーから解き放たれたように輝き出して顔付きが変わり、チームを引っ張る活躍を見せてくれました。彼らの精神的な成長は本当にうれしかったですし、よくぞ期待に応えてくれたと思います。

壮行会で決意表明する高橋監督

込み上げる感情抑えた

―その後の甲子園では、全国優勝経験もある強豪の智弁和歌山に対して延長11回タイブレークの末に5対4で勝利し、遂に校歌を歌うことができました。校歌を聞いた時はどのようなお気持ちでしたか。

高橋 3度目の甲子園にしてようやく勝利してホッとしたのが本音です。強豪の智弁和歌山を相手に何でうちが勝ったんだろうという不思議な感覚と、甲子園初勝利の感動で戸惑っているうちに校歌が流れてきました。途中でやばい、泣きそうだというタイミングがあったのですが、戸惑いの方が強くて込み上げる感情を抑えることができました。

連絡が1000件

―ここまで茨城大会の決勝でたくさん壁にぶつかり、甲子園でも2度の初戦の壁に跳ね返されてきました。OBや関係者からの祝福の連絡が相当あったのではないですか。

高橋 茨城大会優勝時に500件ほど祝福の連絡をいただきましたが、智弁和歌山に勝った時は1000件ほどの連絡を頂戴しました。ものすごい熱量で桁が違いますね。みなさんに同じ文面で通り一遍に返すのも違うと思ったし、次の対戦の準備をしなくてはならない。申し訳ないですが返事が書けていません。この場をお借りして祝福してくださった方にはお礼を申し上げたいです。

―引退した3年生に一言お願いします。

高橋 この夏にみんな力を合わせて頑張ってこういう結果で終われて本当に良かった。この経験を将来の人生の糧にしてもらいたいです。

厳しい日程

―3回戦の滋賀学園には惜しくも2対6で敗れ、翌8月17日に帰茨しました。その4日後の8月21日に3年生引退後の新チームによる秋季県南地区大会1次予選を迎えました。結果としては、江戸川学園に0対2で初戦敗退して、敗者復活戦に当たる2次予選に回ることとなり、秋の県大会のシード権を獲得することは出来なくなりました。この状況について所感をお聞かせください。

高橋 甲子園出場校にとっては厳しい日程です。昨年からこのような日程に変更され、土浦日大は甲子園準決勝の翌日に秋の1次予選を戦いましたが、日程は今年、見直されませんでした。茨城に残った選手たちは直井先生が指導してくれていましたが、私が直接見ることが出来ません。また、甲子園で2試合やったので、応援部隊は0泊3日を2回です。当然その間は練習できないし、疲労ばかり蓄積される。甲子園組も16日間ホテル生活で明らかに体のキレがおかしくなっていました。

新チームによる秋季県南地区大会1次予選は初戦敗退となった

―土浦日大の小菅監督にお話しを伺った時も、日程にもっと配慮して欲しいとおっしゃっていました。

高橋 秋の大会ってその1年間を左右する大事な大会なので、新チームの立ち上げ期間は1カ月程度は必要だと思います。それくらいあれば、選手を色々と試して適性を見極めて地固めをしてから臨めます。県大会のシード4つも(水戸、県北、県南、県西の)各地区で優勝した1チームということになったので、今回もし2次予選を勝ち抜いたとしても県大会はノーシードになります。だからまた初戦で他地区のシードと当たるかもしれません。秋に序盤で有力校がつぶし合う可能性が高いルールになったから、今夏と同じように来夏も力があるのにノーシードのチームが出てくるでしょう。

気持ち立て直して戦う

―2次予選はいかに戦いますか。

高橋 甲子園から帰ってきて選手で話し合い、新チームの目標を「春の選抜甲子園出場」に設定したんです。うちは第62回大会の選抜甲子園に出場しましたが、私が監督に就任してからは一度も出場したことがありません。そしたらいきなり負けました。正直、昨日の負けはショックですけど、しょうがないですねこれは。必死でやったのですが点が取れなければ勝てません。もう後がないわけだからしっかりと気持ちを立て直して県大会の出場権を取れるように頑張って戦っていきます。

7月の地方大会から甲子園、秋の1次予選と休みなくお疲れのところ、インタビューを引き受けていただいた。霞ケ浦の秋の戦いぶりに注目したい。(聞き手・伊達康)

雨の日は憂鬱《短いおはなし》30

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イラストは筆者

【ノベル・伊東葎花】

朝から雨が降っていたので仕事を休んだ。
怠け者だと思わないでほしい。雨の日は、出かけたくない。
なぜなら、見えてしまうから。

歩道橋の下や踏切の前、橋のたもと、交差点の真ん中。
成仏できない霊たちが、私を見つけて傘の中に入ってくる。

「ねえ、お願い、助けて」

私は霊媒師ではないし、どうすることもできない。
ただひたすら、気づかないふりで歩くしかない。
それはとても辛く、苦しい時間だ。
身体中が重くなり、この上なく憂鬱(ゆううつ)になる。

出かけないと決めた日に限って、母から連絡が入る。

「咲ちゃん、具合が悪いの。すぐに帰ってきて」

母はいつも私を頼る。家を出てひとり暮らしを始めても、母は私を束縛する。
仕方がないので、ため息まじりに家を出る。
霊が見えると傘を閉じて耳をふさいだ。
おかげで家に着いたときにはびしょ濡れで、まるで私の方が幽霊みたいだった。

「ああ、帰ってきてくれたのね。さっきから頭が痛くて」

母は、ソファーに力なく座っていた。

どうせ私を呼び戻す口実と知りながら、「大丈夫?」と声をかける。
母は私にすがり、決まって繰り返す。

「咲ちゃん、帰ってきてよ。私はこの家を出られないんだから」

「無理だよ」

「じゃあせめて、今日泊まって行って。寂しくて耐えられない」

「いやよ。再婚相手がいるのに泊まれないわ」

「あんな人、気にしなくていいのよ」

「気にするわ。私はあの人が来たから家を出たのよ」

母はだるそうに頭を抱えた。雨がますます強くなってきた。
窓の外に何人もの霊が、ずぶぬれで私を見ている。

玄関を開ける音がした。再婚相手が帰ってきたようだ。

「お母さん、私帰るね。あの人が帰ってきたみたいだから」

「行かないで。あの人とふたりにしないで」

母は私にすがった。
再婚相手が、きしむような鈍い音を立ててリビングに入ってきた。
青い顔で、乱れた髪をかきあげて私をにらんだ。

「咲さん、来てたの? まあ、元々ここはあなたの家だから自由だけど、来るなら連絡くらい欲しいわね」

「ごめんなさい。ちょっと、忘れ物を取りに」

「あら、それならお母さんの位牌(いはい)も、一緒に持っていってくれないかしら。あれがあると落ち着かなくて。何だかいつも見られている気がするのよ」

父の再婚相手は、いかにも体調が悪そうにため息をついた。
無理もない。この人のまわりにはいつも、母の霊が憑(と)りついているのだから。

「雨の日は気分が悪いわ」

そう言って座り込んだあの人の後ろで、母の霊が私に訴える。

『ねえ、お願い、この人を追い出して。お願い、助けて』

ああ、これだから雨の日は…

(作家)

少年院でワイン向けブドウを収穫 牛久シャトーとプロジェクト

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15人の少年と職員や関係者がペアになり収穫作業が行われた

牛久市にある少年院「茨城農芸学院」(樋口光平院長)内で、ワイン向けブドウのメルロー種が栽培されている。同院に入所する15人の少年が26日、ブドウを収穫した。日本初の本格的なワイン醸造所「牛久シャトー」が、牛久市、茨城農芸学院と2020年から始めたプロジェクトで、入所者の更生と職業指導を兼ねている。収穫には牛久市の沼田和利市長、牛久シャトーの川口孝太郎社長らが参加し、若者たちと汗を流した。

ワインは、茨城農芸学院のハウスと牛久シャトーのブドウ畑で栽培されているメルロー種とブラッククーン種を原料に、牛久シャトーのワイナリーで醸造し、牛久シャトーが発売している。

26日、ハウス内で作業にあたった17歳の少年は、ブドウをうまくはさみで切り落せたことに喜びを感じたとし「暑かったが、楽しかった。自分たちが作ったものがたくさんの人に届くといい」と充実した表情を浮かべた。

作業を終えた19歳の少年は「自分たちが作ってきたものがワインとして人の手に届くと思うとやりがいを感じるし、最後まで愛を込めて作ってきて良かった」と話し、「ここにくる前はお金が絶対だと思っていた。作業を通じて人とのつながり、信頼が本当に大切だと学んだ。今の夢は、今日収穫したブドウのように、さまざまな人を幸せにすること。まだお酒は飲めないが、いつか、家族や友達と一緒にワインを飲んで、思いを共有したい」と話した。

入所者にブドウ栽培について語りかける牛久シャトーの川口社長(右)

沼田市長は「皆さんに教えてもらいながら収穫した。市の産品としてPRできる。栽培を通して今後の人生の糧にしてもらいたい」と話し、牛久シャトーの川口社長は「丁寧な作業で良いものができているし、皆さんが達成感を感じているように見えた。このワインは皆さんのブドウでできている。皆さんが社会の一員として作業できていると実感してほしい」と語った。

農芸学院職業指導主任の中橋文弥さん(48)は「ブドウ3房でボトル1本のワインができるので、子どもたちにとって、作業が仕事につながると実感しやすく、やる気につながる」とし、「製品化して消費者に届けるところまで取り組むことで、少年院の作業の一つだった農作業が、職業としての農業として理解できる」と話す。また「作業は同じことの繰り返しで面白みはないかもしれないが、繰り返すことでブドウの実に色が付くなど作物の成長を実感し、意味を確認できる。手を掛けた分だけ作物は応えてくれるし、学びが多い。彼らがワインを一緒に飲めるような仲間や、自分の過去を受け入れてくれるような人たちに囲まれるようになると良い」と思いを語った。

この日1日でメルロー種340株から約1.5トンが収穫できた。今後は職員による選果を経て、9月頃に収穫が見込まれる24株のブラッククイーン種とともに、牛久シャトーの醸造所で製品化される。来年5月には赤ワイン「牛久葡萄酒 Merlot(メルロー)2024」として牛久シャトーの店頭やオンライン通販で販売される予定だ。価格は1本(720ミリリットル)4000円(税込)。昨年収穫されたブドウで作った「牛久葡萄酒 Merlot2023」が現在販売中だ。

今年5月から販売されている、昨年収穫されたブドウで作った「牛久葡萄酒 Merlot2023」

茨城農芸学院は13万平方メートルの敷地に、17、8歳を中心とした15歳から20歳未満の少年約80人が入所している。主な入所理由は、窃盗、特殊詐欺、暴行、傷害、薬物犯罪など。コミュニケーションに稚拙さがあるなど人との関係を苦手にする者も多いと担当者は話す。11カ月の入所期間の中で、それぞれの矯正教育の進度に合わせて、段階に応じた教育目標や内容が設定される。今回の収穫作業に臨んだ15人は、最も段階が進んだ1級に属する。(柴田大輔)

café struggle《続・平熱日記》164

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絵は筆者

【コラム・斉藤裕之】浅間山の麓から茨城に戻ってすぐに山口に向かう。何度目かになるパクを連れての車の旅も大分要領を得てきた。軽井沢ほどではないが、標高500メートルにある弟の家。エアコン要らずのはずだが、この夏はちょっと様子が違う。テレビでは連日「これまでに経験したことのない」という枕詞(まくらことば)の付いた暑さの予報が連日流れる。

それでもやっと朝晩は涼しくなったころ、弟の次女が夏休みで帰って来た。せっかくなので、みんなでどこかに出かけようということになって、日本海側の長門市にある「香月泰男美術館」を訪ねることにした。

香月泰男は山口県三隅町(現長門市)に生まれ、故郷を愛し住み続けた画家である。今年ちょうど没後50年ということで、県立美術館ではシベリア抑留の体験を題材にした代表作である「シベリアシリーズ」を公開展示していた。実は、私の高校の恩師は高校生の時に当時教師をしていた香月泰男に出会い、以来師と仰ぎながら画業に取り組まれた人だった。だから、香月泰男は私にとって最も身近な画家だった。

美術館は香月が愛した三隅の小高い丘にある。入ってすぐの工作室では、夏休みの子供たちが木っ端や枝を使った工作をしていた(木っ端や鉄くずで作る香月の作る動物や人はとても魅力的だ。また美術館の中でもそれらは重要な展示作品となっている)。

展示室に入ると、モノトーンに近い香月独特の絵画が待っていた。程よい数と質の高い展示に満足したところで、最後に待ち受けているのは何度見ても見入ってしまう再現された香月のアトリエ。それから中庭に出て、香月がシベリアから種を持ち帰って植えたというサン・ジュアンの木の前で記念の写真を撮った。

あぐねあぐね描く

美術館を後にして、雑誌で見たカフェで一休みしようということになった。建物全体が緑の蔦(つた)で覆われたキュービックな建物。中に入ると、とても高い天井のレトロモダンな雰囲気。弟が突き当りの壁に大きな金庫らしいものが埋まっているに気付いた。以前は銀行か何かだったのか。しかし、「café struggle(カフェ・ストラグル)」、直訳すると「苦闘するカフェ」とは、奇妙な店名だ。

ところで、私は先ほどからどうも腹の調子が悪い。いったん外に出て、古い真ちゅうの取手を握って開いたトイレは和式だった。私はしばらくぶりにとる姿勢と流れ落ちてくる汗に思った。「まさにstruggle!」

自家焙煎のコーヒーは薫り高く、外の暑さを忘れさせてくれた。店を出る時、とっさに私は姪に店名の意味を店主に尋ねさせに行かせた。扉を開けて出てきた姪の口からは、「試行錯誤だって!」という言葉が。

「あぐねあぐね描く」というフレーズを高校の恩師はよく口にした。方言のようにも思えるが「倦(あぐ)ねる」というれっきとした共通語であるらしく、つまり「絵には答えや方法などはなく、あぐねあぐね(struggle)描くものだ」ということだ。

私は「café struggle」の扉の前で姪と記念写真を撮った。夏の空は絵に描いたように青かった。(画家)

ネット投票し市民評価で金額決定へ つくば市長2期目退職金

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記者会見を開き、2期目の退職金について説明する五十嵐立青つくば市長=市役所内の記者クラブ

市議会9月会議に条例提案

つくば市長2期目の退職金2039万4000円について、五十嵐立青市長は26日記者会見し、インターネット投票を実施し、投票者が下した評価の平均点で、受け取る金額を決める条例案を9月3日開会の市議会9月定例会議に提案すると発表した。1期目は「市長特権の退職金廃止」を公約に掲げ、受け取り額を22円としており、2期目はどうするか注目されていた。

市議会で可決されれば、同市長選・市議選終了後の11月1~11日に、ネット投票ができるよう開発された同市の市政情報発信アプリ「つくスマ」を使って、2期目の市政運営評価を市民に改めて投票してもらう。

ネット投票ができるのは、マイナンバーカードの交付を受けていて、電子的に本人確認ができる15歳以上の市民で、同市のアプリ「つくスマ」をダウンロードしていることが必要。現時点で、人口約25万8700人のうち、マイナンバーカードの交付を受けている15歳以上は約13万人、アプリ「つくスマ」をダウンロードしているのは約2万人という。一方、ネット投票に参加しない市民の評価は、退職金算定評価には加味されない。

評価点は、2期目の市政運営について、0点から100点まで10点間隔で何点かを選んでもらい、投票した人の平均点をパーセンテージにして退職金の支給割合とする。例えば投票者の平均点が50点だった場合、50%の1019万7000円の支給を受けるという。

ネット投票の実施時期については、市の顧問弁護士に相談したところ、公選法で禁じている人気投票の公表にならないよう、市長選・市議選の終了後に実施する。

五十嵐市長は、実質的に受け取りを辞退した1期目の退職金について「賛否があった」とし、2期目については「適切に市民の声を反映させるためネット投票を方法を行う」としている。ただしネット投票による市民評価で金額を決める今回の条例は、2024年度の退職金1回限りのものとなる。

市民評価で決めるやり方は、大阪府寝屋川市が昨年、市長給与に対して導入した。給与の3割分を無作為抽出した市民3500人の市民意識調査の評価と連動させ、「評価しない」が「評価する」を上回った場合、給与を3割カットする仕組みを作った。昨年の意識調査では「評価する」が「評価しない」を上回ったため、カットせず満額の支給となっている。一方、退職金については広島県呉市長が、市民の評価を退職金に反映させる退職金市民評価制度を公約に掲げたが、コロナ禍だったなどから実施を見送った。五十嵐つくば市長によると、同市がネット投票による市民評価で退職金の金額を決めるのは全国で初めてという。

一方、五十嵐市長が1期目に退職金を22 円としたことをめぐって、市が市長退職金の原資として県市町村総合事務組合に支出した負担金約600万円が市に返還されないことから、元大学教授の酒井泉さんが、市の財政に約600万円の損失を与えたなどとして住民訴訟を起こした経緯がある。判決は住民側敗訴で確定している。

五十嵐立青後援会 青風会の政治資金収支報告書によると、同後援会は、退職金を実質的に辞退した2020年9月に、水戸市とつくば市内で計3回「感謝のつどい」を開き計2350万円を集めた。昨年3月提出の22年分同収支報告書によると、同後援会は22年末で約1858万円の翌年への繰越金がある。市長選を控えた今年、政治資金パーティーを実施するか否かについて五十嵐市長は、実施しないとしている。(鈴木宏子)

かや葺き屋根の家で老子を学ぶ《邑から日本を見る》166

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かや葺き屋根での懇話会

【コラム・先﨑千尋】石岡市八郷地区在住の中島紀一さんから、「7月にかや葺(ぶ)き屋根の民家で古代中国の思想家・老子の勉強会(懇話会)を開くので、参加しませんか」と声がかかった。中島さんは有機農業研究の第一人者。しかもご自分で実践しておられる。私の同志の一人だ。

このかや葺き屋根の所有者は、2017年に八郷地区で新規就農した山田晃太郎・麻衣子さん夫妻。山田さんたちは自然と共にある農業を志し、「いのち育む水辺を目指す田んぼ」「草原を目指す畑」「里山復活を目指す落ち葉集め」「人がつながる農園へ」を柱とし、4年前に譲り受けた築百年のかや葺き屋根の家を拠点として「やまだ農園」を開き、有機農業に取り組んでいる。

中島さんは山田さんたちの茨城大学での恩師に当たり、中島さんが主導した耕作放棄地での農と自然の再生活動に参加したことが有機農業への道につながった。この茅葺き屋根の家は「八郷・かや屋根みんなの広場」として、いろいろな集まりに利用されている。

茅葺き屋根の葺き替え作業

老子は、古代中国、春秋戦国時代の思想家。中国が秦に統一される前だから、約2500年前の人。孔子や孟子などと並ぶ思想家だ。インドではブッダが生きていて、仏教のもとを開いた。西洋のギリシャ・ローマ文明の時代も同じころで、キリストはその少し後の人。老子は、宇宙の根源を「道」や「無」と名づけ、これに適合する「無為自然」への復帰を人間のあるべき姿、と説く。

中島さんによると、老子の時代の古代中国は経済も社会も政治も既に成熟していた。しかし、暮らしの基盤は田んぼだった。山田さんや中島さんたちが昔ながらの手植えで田植えをしながら、ふと老子のことを考えた。老子の思想と生き方が、ひょっとしたら山田農園のやっていることとつながるのではないか。そういうことで今度の勉強会が企画されたようだ。

といっても、参加者は10人。筑波大学で中国古代文学を研究されていた松本肇さんの話を聞きながら、老子の時代に思いをはせた。

「いいね、老子」

この日に開かれた懇話会は、松本さんが用意した「老子の人生観」という『老子』(岩波文庫版などがある)から引いた15の言葉の説明を受けながら進められた。その言葉は「上善水の如し」「無の効用」「(孔子の)儒教道徳反対」「あるがままに生きる。欲を減らす。文明を否定し、自然に帰る」「ほどほどで満足する。ちょっと立ち止まってみる」「人間万事塞翁(さいおう)が馬」、「生への執着を捨てるのが養生の秘訣」など。

松本さんの話を一通り聞いたあとで、それぞれが感想を述べ合った。私は、「老子が言っていることは現代社会の真逆。政治も経済もすべて『今だけ、カネだけ、自分だけ』の考えがまかり通っている。山田さん夫妻がしなやかにこの地で実践していることはまさに老子の思想に通じるのではないか」と話した。

この日、私の頭の中をさわやかな風が通り過ぎていった。(元瓜連町長)