金曜日, 6月 26, 2026
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セルロースナノファイバーの磯貝教授に江崎賞 茨城県科学技術振興財団 

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各賞受賞者=茨城県科学技術振興財団提供

茨城県科学技術振興財団(つくば市竹園、江崎玲於奈理事長)は15日、オンラインで選考会を開き、第19回江崎玲於奈賞に東京大学大学院の農学生命科学研究科、磯貝明特別教授(68)を選んだ。従来、金属など無機材料を素材にしていたナノファイバーに植物由来のセルロースを用い、その創製法と応用に関する研究で多くの成果をあげた。選考会の委員長を務めた江崎理事長は「これまでの物理系受賞者と異なり、化学分野の研究成果で非常に面白く、生活の改善に直結する応用研究である」と評価した。

江崎賞はナノサイエンスやナノテクノロジーに関する研究に携わり、顕著な業績・成果を挙げた研究者を顕彰する。ナノ分野の学会や研究機関、大学などから推薦された研究者の業績を江崎理事長はじめ、歴代のノーベル賞受賞者らで構成する委員会で選考する。関彰商事(関正樹社長)が特別協賛しており、江崎玲於奈賞には副賞1000万円が贈られる。

今回は13件の推薦の中から、磯貝教授の「植物由来の完全分散化セルロースナノファイバーの創製と応用に関する研究」が選ばれた。ナノは10億分の1サイズで、1ナノメートルは0.000000001メートル。木材などの繊維成分であるセルロースは細かくしていくと1ナノの半分にも満たない、原子数個の物質にまで分解されるのが知られていたが、この状態では扱いにくい素材だった。磯貝教授は「TEMPO酸化」と呼ばれる処理法で、リボン状の物質約40本を束ね、安定的になるナノファイバーを作り出した。

セルロースナノファイバーは植物由来の物質のため環境への負担が少なく、鋼鉄の5分の1の軽さで、鋼鉄の5倍以上の強度を有している。軽くて丈夫な上、消臭効果や生分解性など応用分野を広げる特性を示した。強度の高いタイヤの開発はじめ、ボールペンのインクや紙おむつの消臭などで実用化の段階に入っている。

つくば賞にはKEKの研究者

県内の研究者を対象にしたつくば賞には、高エネルギー加速器研究機構(KEK)の足立伸一理事(58)、野澤俊介准教授(48)の「放射光X線による分子動画計測法の開発」が選ばれた。KEKの放射光源加速器(PF-AR)から得られるパルスX線を活用した分子動画計測法を開発し、その手法を用いて人工光合成研究などの先端的応用研究を推進した。特にフェムト秒(百兆分の1秒)オーダーの時間分解X線計測にも成功した点が評価された。

つくば奨励賞の実用化研究部門では物質材料研究機構(NIMS)の高橋有紀子磁気記録材料グループリーダー(48)、宝野和博理事長(63)、同じく若手研究者部門では筑波大学の都甲薫准教授(39)、NIMSのセペリ アミン ホセイン主幹研究員(39)の各2人が選ばれた。

表彰式はコロナ禍のために期日、開催方法とも未定。関彰商事の関正樹社長は「来年度は節目となる20回目の江崎玲於奈賞。ぜひ対面で行われるようお祈り申し上げます」とコメントした。(相澤冬樹)

佐々木里加氏が立候補を表明 県議選つくば市区

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記者会見し立候補を表明する佐々木里加氏=つくば市竹園、学園記者クラブ

任期満了に伴って12月2日告示、11日投開票で行われる県議選に、新人の佐々木里加氏(55)=無所属=が15日記者会見し、つくば市区(定数5)から立候補すると表明した。

佐々木氏は7月の参院選で維新から県選挙区に立候補し、次点で敗れた。つくば市では1万6000票を超える得票があった。

会見で佐々木氏は「参院選で(県全体で)16万票の負託をいただき、県民にお返ししたい、県民のために働きたいという思いがある」とし「お困りごとを傾聴する中、筑波山周辺ではバスが不便、買い物が不便、高齢者同士のコミュニケーションがとれない、県道が荒れているなどの声を聞いた。皆さんのお困りごとを解決すべく、県に質問したい」などと立候補の動機を話した。

今回、維新ではなく無所属で立候補することについては「茨城県内に原発があり、不安がある。無所属で出馬するので、原発には賛成しない、茨城県は洋上風力発電に力を入れるべきということが言える」などと話した。

公約は①高齢者の介護サービスを県内でさらに拡充し高齢者を大事にする②教育と出産を無償化し子育て世代への手厚い支援を拡充する③観光資源を最大限活用し筑波山周辺の魅力を創出し「食」を誘致するーなどを掲げる。

佐々木氏は東京都出身。多摩美術大学大学院修了。現代美術家。栃木県鹿沼市議を歴任し、現在は女子美術大学非常勤講師。

県議選つくば市区をめぐっては、現職5人のうち星田弘司氏=自民=、鈴木将氏=同=、山中たい子氏=共産=、塚本一也氏=自民=の4人が再選を目指しているほか、新人で元市議の宇野信子氏(57)=つくば・市民ネットワーク=、新人で前市議の山本美和氏(52)=公明=が立候補を表明している。ほかに現職の男性市議が立候補に意欲を見せており、定数に対し3人超の8人が立候補するとみられている。

精密さと力仕事のオーダーメード 家具職人高橋伸治さん【ひと】

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家具工場で鉋(かんな)を持つ高橋さん=つくば市若栗

つくば「ラスカル・ファニチャー・ファクトリー」

畑が広がるつくば市若栗の集落に、家具工場「ラスカル・ファニチャー・ファクトリー」を訪ねた。主の高橋伸治さん(50)は大学卒業後、華やかなアパレルの仕事に従事したが、ものづくりの世界に魅了されて家具職人に転身した経歴の持ち主。オーダーメード家具の製作から修理、リメークを行っている。

顧客がついて安定した経営に、影を落とすのが新型コロナ、家具のリメークの注文が増えたものの、木材価格の高騰に見舞われている。心身ともにタフな高橋さんは現状にめげず、独自の規格による定番商品を実現しようとしている。

工場は、かつて鉄骨造の牛舎だった。専門業者に依頼して壁を施工した工場はテニスコート2面分に相当する約500平方メートルの広さで、木材加工の大型機械10基が設置されている。

牛舎だった工場。丸太にカップがぶら下がる牛の給水器が残る

アパレルからの転身

高橋さんは秋田市生まれ。父親の仕事の関係で中学生の時から横浜で暮らした。大学卒業後、ファッションデザイナー、芦田淳(1930ー2018)が創業したアパレル会社に就職した。

転機は入社から1年半後。高品質の既製服作りに専念する芦田の姿が輝いて見え、思いを形にする「ものづくり」への願望が湧きあがった。少年期、わくわくしながら木箱や木製の小物入れを作ったことを思い出し、家具職人になる道に踏み出した。

木材加工のマシーンで木材をカットする

最初に、埼玉県の飯能職業訓練校木工工芸科で基本的な木工技法や機械の操作技術を習得した。「中高時代はよく授業をサボったけど、訓練校の授業は楽しくて1日も欠席したことはなかった」と当時を懐かしむ。

その後、家具工房やアンティーク家具ショップなどで経験を積みながら修理と経営スキルを磨き、人脈もできた。独立資金をためて35歳で独立した。以来、注文に応じて打ち合わせからデザイン、製作、納品まで一貫して1人で行っている。

高橋さんの家具づくりのコンセプトは「使い手のライフスタイルに寄り添い、次世代に引き継がれるシンプルな家具」。家具をどう使いたいか希望を聞き取ってデザインを提案するという。また「変化する生活スタイルに対応できるよう余白をとって製作している」と話す。

木で作られていたら直せないものはない

日々向き合う木材については「触ると優しくて温かいが、鉄のように丈夫で手をかければ応えてくれる万能の材料。経年変化で風合いがでるのも魅力。木で作られていたら直せないものはない」。

新型コロナの流行をきっかけに、今ある家具を素材として新たな家具を作るリメークの相談が増えたという。外出自粛で「おうち時間」が増え、身の回りを見つめ直したことが要因では、と高橋さんはいう。ところが、コロナ禍をきっかけに「ウッドショック」と呼ばれる木材価格の高騰が起こり、家具製作にも影響を及ぼした。以前と同じ価格で製作するのが難しくなったそうだ。

家具職人は0.1ミリ単位の精密な作業を行うための集中力と手先の器用さが要求される一方、重い木材を運んだり長時間立ち続けるなどの体力も必要とされる。今年50歳になった高橋さんは精神的にも肉体的にもタフで、制作意欲に陰りは見えない。

「温めてきた計画を実行に移したい」と高橋さん。流行に左右されないテーブルや椅子など独自の定番商品作りで、そのために家具職人を増やし、オーダーメード家具製作との両立を目指すプランだという。「これからも長く人に寄り添い、どこか懐かしくて温かみのある家具を作っていきたい」と力強く語る。(橋立多美)

ラスカル・ファニチャー・ファクトリー ホームページはこちら

今、何をしているのですか? 前つくば市長の市原さん【キーパーソン】

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医療法人・健佑会の市原健一理事長

つくば市長を3期12年やった市原健一さん(71)が市長を退いてから6年。市原さんが経営している総合病院のところ(つくば市大曽根)で何やら工事が始まっているのに気付き、何を建設しているのか聞きに行った。ついでに、手広く医療・福祉施設を展開する市原グループの現状、市原市政の後の五十嵐市政への評価についても話してもらった。

新病院棟を建設し現棟と連結

東大通りに面している「いちはらメディカルグループ」施設を道路側から見ると、左に老人保健施設(リハビリセンター)、中央に病院棟、右に有料老人ホームが並んでいる(写真)。工事現場は、病院棟の手前(東大通り寄り)で、駐車場に使われていた場所だ。

病院棟建設現場(手前の囲い)。奥 は、リハビリ棟(左)、現病院棟(中)、有料老人ホーム(右・丸屋根)

「現在の病院棟(3階)を建ててから34年たつ。老朽化してきたし、新しい医療に対応するためにも、病院棟を新設することにした。今の建物は壊さないで、レントゲンや検査室、給食用厨房、院内薬剤業務、歯科医療の充実などに使う。現棟と新棟(4階)とつなげ、新旧が一体化した病院になる」

1階が外来診療区画、2~3階が病床室、4階が手術(オペ)区画になるという。「今は年に約1000件のオペをこなしているが、年々増えている。手術室を新棟の4階に移し、増加に対応したい。完成は来年10月になる」。病床数は現在と同じ199だが、急性期79+回復期120の現構成を、急性期79+回復期100+慢性期20に変える計画。

全17の医療・福祉施設を運営

医療・福祉法人トップの市原さんの話を聞き、「いちはらグループ」の全体像を初めて知った。医療法人「健佑会」(市原さんが理事長)が病院や老健など6施設を運営。社会福祉法人「健誠会」(奥様が理事長)が特別養護老人施設など10施設を運営。ほかに有限会社が有料老人ホームを1施設運営。職員は3法人合わせて約900人という。

全17施設のうち、13施設は病院がある場所とその周辺に配されているが、4施設は東京都内の一等地にある。身体障害者施設(港区六本木)、特別養護老人施設(杉並区永福)、同(港区南麻布)、身体障害者支援施設(同)だ。

運動公園用地売却は悔いが残る

インタビューの半分は、現在の五十嵐市政の感想を聞く時間に充てた。予想通り、自分が市長時代に計画したものの、現市長らの反対運動で白紙に戻さざるを得なかった総合運動公園計画の後日談(46ヘクタールの用地を倉庫業者へ一括売却)については厳しかった。

「あの土地を売らないで、市有地として確保しておけば、いつでも体育館や陸上競技場を建てられたのに、それを売り払ってしまうとは…。つくば市だけでなく、県南地域にも悔いが残る所業だ」

市長時代、市原さんは、用地取得と施設建設のために二百数十億円を投資、公式競技ができる体育館(5000人収容できる水戸市営体育館クラス)、公式記録が取れる陸上競技場(ひたちなか市にある県営笠松運動公園の陸上競技場クラス=第2種、五十嵐市長が廃校跡に造ろうとしている陸上競技場は第4種)、プロチームを呼べるサッカー兼ラグビー場の3施設から成る総合運動公園を、10年ぐらいの時間をかけて、順次、建設する計画を立てた。しかし、住民運動での反対に遭い、断念した。

高規格の運動施設が県南に必要

「総合運動公園のような施設は、つくばだけでなく、県南に必要と考えた。茨城県では、ちゃんとした施設が水戸地区に集中している。つくばは東京に近いし、(TXや圏央道も通る)交通の要所。市内に総合運動施設を造れば、県南の活性化に役立つからだ」「あの用地のように、土地の形、周辺の環境、アクセスの便に優れた、まとまった土地は北関東にはもうない」

【いちはら・けんいち】1979年、北里大医学部卒、東京女子医大病院整形外科入局。1988年、つくば市に市原病院を開設、院長に就任。茨城県議(4期連続当選)を経て、2004~2016年、つくば市長。現在、「いちはらメディカルグループ」最高経営責任者。2017年から県教育委員。1951年、つくば市大曽根生まれ。同市竹園在住。

【インタビュー後記】市原さんはいつも細身のズボンをはいている。大体イタリア製という。とてもオシャレだ。インタビュー数日前、「あみプレミアム・アウトレット」に行き、ブランドのゴルフ用ズボンを3本、まとめて安く買ったと喜んでいた。私は大体ユニクロで済ませている。(経済ジャーナリスト・坂本栄)

ARでアートの魅⼒伝えたい つくば発画廊サイトお目見え

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ギャラリーのエントランスに立つ平山陽子さん=つくば市古来

国内外の版画、油彩、⽔彩など美術品の卸売り、⼩売りを⼿掛けるアート・プロジェクト(つくば市古来、廣瀬健⼀会長)は14日、美術絵画の販売をイーコマース(電子商取引)で行うECサイトをオープンさせた。サイトでは100点を超える美術品を販売、オンライン上でも絵画の魅⼒を伝える試みとしてAR(拡張現実)を活⽤した展⽰を行う。

サイトは「Try on ARt-アートを試着しよう」をコンセプトにした。ARはAugumented Reality(オーグメンテッド・リアリティー)、「拡張現実」と翻訳されるが、VR(バーチャル・リアリティー、仮想現実)のような映像を投影する専用デバイスを必要とせず、スマホやパソコンの画面上で立体視できる。ARにトライの「t]をオンさせて「ARt」としている。

サイトの作品詳細ページでアイコンをタップすると、カメラを通じてAR体験できる。購⼊を検討している絵画を、自宅や職場などの環境にシミュレーションして飾ってみるものだ。衣料品のセレクトショップで試着してから購入するのに似たデジタル体験となる。PC版の場合は、360度の3Dビューが可能。美術品販売ではこれまで類例のないECサイトという。

ARに絵画を配置したECサイトの画面イメージ

アート・プロジェクトは1985年にギャラリー広瀬として創業。当初からピカソやシャガールら、フランスの巨匠版画を中⼼に、⽇本⼈巨匠の版画や現代アートを加えた企画画廊として数多くの美術品を取り扱ってきた。従来、百貨店の美術画廊をメーンに全国展開の販売を⾏ってきたが、コロナ禍などから百貨店との流通チャンネルが相次ぎ閉鎖となり、販売戦略の立て直しを迫られていた。

版画作品メーンに「本物を」

創業者である廣瀬会長の「世界中の巨匠作家の作品を⽇常に届けたい」という思いを引き継ぎ、新しい時代のカタチを模索したのは実子の平山陽子さん。絵画を愛する人に向け「好きな作家の絵画が場所や時間を選ばず鑑賞、購⼊できるオンライン上の画廊を作りたい」とECサイトに取り組んだ。「せっかく会社をつくばに置いているのだから、足元を見つめ、そのテイストを発信したい」と狙いを語る。

取り扱うのはフランス人気作家のベルナール・ビュッフェ、ジャン・ジャンセンらに加え、東山魁夷、熊谷守一ら日本人巨匠の版画などがそろう。版画はコピーとは異なり、模造品などが入り込まないようチェックを徹底している。平山さんによれば「多くの作家にはレゾネと呼ばれるカタログがあって、年代順に制作部数などのデータが整理されている。これらと照合し、コピーでないことを確認できた作品を扱っている」ということだ。

■アート・プロジェクト(問い合わせ電話:029-857-1877、Eメール:info@artproject-ltd.jp)ECサイトはこちら

小繋事件の発生から100年たった 《邑から日本を見る》123

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小繋事件100周年記念碑の除幕(岩手県小繋)

【コラム・先﨑千尋】この国では、人々は縄文時代から山と共に暮らしてきた。家を建てる木材。屋根を葺(ふ)く茅(かや)。燃料となる薪(まき)や炭。わらび、ぜんまい、クリ、クルミなどの山菜や果実。牛や馬の飼料。後には木を植え、森や林にした。人々にとって山や森、林は暮らしに不可欠のものだった。

その山に入ることを突然止められたら、暮らしはどうなるか。そういうことが、今からおよそ100年前に、岩手県一戸町小繋(いちのへまち・こつなぎ)というごく小さな集落で起きた。明治維新後の地租改正に伴う官民所有区分処分のときに、2000ヘクタールの小繋山が民有地とされたことが発端だった。

1915年に集落で大火が起き、それまでの書類が一切灰になってしまった。そのことをきっかけに、名義を持っている地主が警察力などを使って、山への住民の立ち入りを実力で阻止するようになった。地主は本県那珂湊の人で、北海道などで財を成し、ここの山林を手にしていた。

従来通り、山に入る権利である入会(いりあい)権を行使しようとした人たちは、1917年に民事訴訟を起こし、刑事事件を含めて1966年まで50年にわたって裁判が続いた。

戦後、法社会学の権威で、東京都立大教授だった戒能通孝(かいのう・みちたか)は『小繋事件』(岩波新書)を書き、大学教授の職を捨て、小繋の住民を救うために弁論に当たった。古在由重、丸岡秀子、日高六郎、渡辺洋三、近藤康男などの文化人や学者、法曹関係者らが小繋支援の輪を作った。

親子3代約60年の苦闘の歴史

この裁判が最高裁で審理されているころ、私は早大や岩手大などの学生たちと小繋に入り、援農や子供会活動、集落の経済調査などを行った。私は戒能から「大学で学んだことを自分の立身出世やカネもうけの手段にするな。学んだことを社会に寄与するために生かせ」と教わった。

その言葉が、その後の私の生き方の指針になった。岩手県北の小繋と私が住んでいる茨城の農村の状況は同じではなかったが、おしなべて貧しかった。『貧しさからの解放』という本もあった。裁判は住民側の敗訴で終わった。

10月15日、現地で「小繋事件100周年記念碑」の除幕式が行われ、私も参列した。この記念碑は、裁判の開始から105年経ち、先人たちが生活基盤を死守するために闘い続けた歴史を後世に伝えようと建立したもの。記念式典には、小野寺美登一戸町長ら関係者と地元住民など約60人が出席した。

「小繋の灯」と刻まれた記念碑には、住民が小繋山の地主に対して訴状を出して以降、親子3代約60年に及んだ苦闘の歴史が刻まれ、今後も住民が共同で管理し、入会山として利用する決意も記されている。

戒能は「農民も『拾い屋』から『生産者』になるべきだ」と言い続けてきた。燃料は薪炭からプロパンガスに代わり、小繋から盛岡まで約1時間と、通勤できるようになった。暮らし方は100年前、50年前と大きく変わり、山の存在価値がまるで変わってしまった。小繋の人たちが山をどう使っていくのか、私には分からない。

最近、入会を意味する「コモンズ」という言葉が使われるようになってきた。また「有機農業の復権」も国の農業政策の柱になった。これからも、小繋の行く末に関心を持っていこうと考えながら小繋をあとにした。(文中敬称略、元瓜連町長)

V2サンガイア 地元土浦で開幕3連勝 首位に立つ

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勝利を喜び合うサンガイアの選手たち=土浦市、霞ケ浦文化体育会館(撮影/高橋浩一)

バレーボールVリーグ2部(V2)男子のつくばユナイテッドサンガイア(SunGAIA、本拠地・つくば市)は12、13の両日、ホームゲーム2試合を土浦市大岩田の霞ケ浦文化体育会館で開催。13日は富士通カワサキレッドスピリッツ(本拠地・神奈川県川崎市)と対戦し、セットカウント3-1で快勝した。これでつくばは開幕3連勝、勝ち点8で10チーム中首位に立った。

つくばは第1セットでスタートダッシュに成功、課題としていた立ち上がりの悪さを克服した。第2セットはサーブやスパイクにミスが出始め、巻き返してきた富士通にセットを奪われる。劣勢を耐え忍んだつくばは、戦い方をもう一度整理すると、気を取り直して第3・4セットを連取、一気に勝負を決めた。

この日のMIP、鎌田敏弥。アタックで18得点、ブロックで3得点を挙げた

「力ある相手だったが、チームとしてどう戦うか、対策がしっかりできた」と新垣東麻主将。「練習で積み重ねてきたことを試合で出せ、全員が良い状態でプレーできた」とミドルブロッカーの十文字龍翔。

11月5日の開幕戦では埼玉アザレアに3-2のフルセット勝ち、12日は兵庫デルフィーノに3-1で勝利。この日は同じ2連勝同士の対戦で、富士通を自らの手で引きずり下ろし、首位奪取に成功した。

「決めたルールがうまく機能」

今季から選手を引退し、チームを率いている浜崎勇矢監督は「アナリストから送られてくるデータに基づいてルールを決め、選手の頭の中に落とし込んでいる。それが今はうまく機能している」と好調の要因を説明する。サーブやブロックにどのような狙いを持たせるか、などの決めごと。「サーブを同じ方向へ打ち続けることで、相手の動きを限定させることができる。そのためのルールであり、ルールを破るようなファインプレーなら必要ない」と浜崎監督は言い切る。

チーム内に不協和音はない。ルールとはいっても押しつけではなく、納得のいくまで説明し、なおかつ結果も出ているから。選手の意見に耳を傾ける風通しの良さもある。去年まで一緒のコートでプレーしていた「監督っぽくない監督」の面目躍如たるところだ。

次戦は19日、宮崎県都城市の早水公園体育文化センターでヴォレアス北海道と対戦する。開幕2連勝中で2位につける相手を倒し、首位固めといきたい。(池田充雄)

記念の集合写真。右端が浜崎監督

一瞬のために:おしっことおむつの話 《写真だいすき》14

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仲睦まじくする獅子ふたり。どんなものを撮っていても、今だ、という瞬間というものがある。その瞬間というのはとても掛け替えがない

【コラム・オダギ秀】おしっこやおむつの話をすると言うと、また変なことを言い出すのではないかと嫌われそうだが、そうではない。ちゃんとした、大人のカメラマンのおしっこやおむつの話だ。

たとえば、マラソンや野球などのスポーツの写真や、政治や事件などの写真が、一瞬のチャンスを逃さず見事に撮れていても、一般の人は当たり前のような顔で眺めている。

だが、その一瞬のチャンスを逃すまいとしているカメラマンたちは、とてもつらい思いをしていることがある。

競技の場合は野外のことも多いので、近くにトイレがないことがままある。あっても、一瞬、気を抜いて持ち場を離れ、ベストショットを撮り逃がすわけにはいかないのだ。何時間も、トイレを我慢しなければならない。

テレビのクルーに聞いたことがある。どうしてるんだい?と。すると、テレビ局などは大手だから、彼らには交代要員がいるし、尿漏れ紙パットや紙おむつを、局が用意してくれると言っていた。

パレードするときの人々や、お立ちになる皇室の方々もそうなのかなあ、と笑ったことがあるが、規模の小さい新聞社やフリーランスはそうはいかない。カメラマン自身の責任で、何とかしなければならないのだ。

350ccのおむつを買った

ボクも取材で外に出ることはあるが、スポーツは撮らないから、トイレに困ることはそれほど多くはない。だが、撮影会の指導なんてことで、トイレを使えない郊外に出ることは多いので、そっかあ、尿取りパットを着けているのかあ、そいつはいい、と納得した。

それで早速ドラッグストアに行ってみた。なあるほど、パッドもおむつも驚くほど色々な種類がある。ちょっとのお漏らしに最適、なんて魅力的に誘ってくる。早速、お漏らし用60ccというのを買った。

テストをしてみた。すぐに、こんなんじゃダメだとわかった。成人の尿量は、一度に200から300ccなのだそうだ。すると、トイレ1回分とすれば、ちょっとお漏らし用ではなく、一度しか使わなくても、それだけに耐えられる容量が必要なのだ。

何度もドラッグストアを行き来して、350cc用というのを見つけた。これでいい。これだけの容量があれば、安心だ。少し厚みはあるが、外見からはわからない。

残念なのは、せっかく用意しているのだが、まだ、これにお世話になる緊急事態に遭ったことがないことだ。けれど、写真教室の生徒たちには、緊急事態に備えるための的確なアドバイスができるようになった。

土浦市長の「殿様」が落馬!

一瞬のチャンスを逃して思い出すのは、科学万博のときのことだ。ボクはソニーのビルに昇って、そのチャンスを待っていた。4〜5階建てだったろうか、その屋上は手すりのない廊下のようなところで、風がまともに吹き付け、ハラハラ怖かった。

下では、大名行列が通り過ぎることになっていた。土浦の市長が殿様になり、行列の中心スターになる行列が計画されていた。待っていると、来た。カメラを向け撮ろうとしたその瞬間、市長の殿様は馬に乗り損ね、落馬してしまった。いい行列を撮ろうとしていたのに、あ〜あ、残念。

プレスセンターに戻ったら、大いに笑われた。落馬という一番おいしい瞬間を、カメラマンは誰も撮っていなかったと知った。カメラマンは皆、ちゃんとした大名行列を撮ろうとイメージしていたのだろう。フィルムの時代は、失敗は撮る必要がない、と思ったにちがいない。

市長の失敗は、カメラマンにとっては、最高の瞬間だったのに。あのとき、吹きっさらしのビルの上で、ボクがおしっこをガマンしていたかどうかは覚えていない。(写真家、日本写真家協会会員、土浦写真家協会会長)

霞ケ浦、4度目の挑戦で初白星 関東高校女子サッカー開幕

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前半17分、五十嵐が先制のシュートを放つ(撮影/高橋浩一)

第31回関東高校女子サッカー選手権大会が12日、鹿嶋市で開幕した。県大会2位で出場権を得た霞ケ浦は1回戦で神奈川1位の湘南学院と対戦、1-0で勝利した。同部は創立5年目で関東大会には4年連続の出場となるが、今回が記念すべき初の1勝。明日の2回戦では東京2位の修徳と対戦する。

第31回関東高校女子サッカー選手権大会(12日、鹿嶋市北海浜多目的球技場)
霞ケ浦 1-0 湘南学院
前半1-0
後半0-0

霞ケ浦は前半17分、MF河野辺楓果のスルーパスをFW五十嵐和郁がシュートし先制、これが決勝点となった。「関東大会でチーム初のゴールを決められてうれしかった。次も自分が点を決めてチームを勝利に導きたい」と五十嵐。竹元栄子監督は「練習でやったことがそのまま出た。相手がどういう戦いをしてくるか情報がない中で、ピッチ内外含めてチーム一丸となり、自分たちのサッカーを貫けた」と評した。

先制ゴールに抱き合って喜ぶ。左から河野辺、五十嵐、和田(同)

立ち上がりから押し込んで優位にゲームを進めた。FWの五十嵐と原田華花は共にポストプレーも裏抜けもこなすことができ、スピード豊かなサイドハーフの和田優芽と箕川そらが前線をサポートする。「相手サイドバックの裏のスペースを使うことを意識した」とセンターバックの岡田知里主将が狙いを明かしたように、守備陣も含めチーム全員の意識がかみ合い、相手に攻め手を与えず前半を終えた。

しかし後半は流れが一変、相手が速い展開で前へ出てくると、受け身に回ることが多くなった。「追加点を取りに行く考えはあったが、相手のロングボールをはね返すことや、裏を取られないことを意識し、集中力を切らさないようチームに声を掛けた」と岡田主将。

重要な大一番の緊張にも体力を削られたようだ。20分過ぎごろから運動量が低下、足をつる選手が出始めた。ここでチームを支えたのが交替メンバー。つくば市出身のMF大信田茉依は「残り時間が少ない中、自分にできることを考え、走り回って相手の守備に圧をかけた。途中出場でも試合の流れを変えられるよう、次の試合も頑張る」と話した。

後半最後の相手のコーナーキックも、GK中村優乃華を中心とした守備で乗り切り、ここで試合終了のホイッスル。ベスト8進出となる大きな1勝を手にした。

試合終了の瞬間、選手たちの顔に喜びが広がる(同)

「最初で決めて全国に」

今大会は関東の1都7県から16チームが参加、7位までに全国大会の出場権が与えられる。2回戦以降は順位決定戦を含めて3試合を戦うことができ、そのうちどれか1試合でも勝てば、全国への切符が手に入る。

「残り3つあるが最初で決めて、皆で全国に行けるようにしたい。次の相手は自分たちよりレベルが高いと思うが、まずは守備からしっかり入って点を取りたい」と岡田主将は意気込む。(池田充雄)

霞ケ浦イレブンの集合写真(同)

3年ぶり5000人限定で特別公開 50周年の筑波宇宙センター  

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約100人の聴衆を集めた宇宙飛行士、金井宣茂さんの講演=つくば市千現、筑波宇宙センター

宇宙航空研究開発機構(JAXA)筑波宇宙センター(つくば市千現)が11日、特別公開された。今年開設50周年を迎え、これまでの足跡をたどったり、未来の技術を体験する各コーナーを展開。約5000人の宇宙ファンが、約53ヘクタールの広い敷地内の研究棟などをめぐって楽しんだ。

コロナ禍の影響で一般公開は3年ぶり。市内の研究機関の中でも人気の高い施設で、過去の一般公開は1万人を超す来場者を集めてきた。今回は県に感染防止安全計画を提出して、5000人の事前申し込み当選者のみの入場に限定した。

追跡管制棟前や宇宙グッズを扱う売店の前など会場内の各所に長い行列が出来た。人気漫画「宇宙兄弟」に登場したセンター内の場所をめぐる「聖地巡礼マップ」が用意され、それに従ってロケット広場などをめぐり記念撮影するカップルや家族連れの姿が目立った。

小惑星探査機「はやぶさ」の前は人気の撮影スポット=同

「宇宙兄弟」の大ファンというつくば市の恵郷千鶴さんは「当選したので家族4人を連れてやってきた」。宇宙飛行士、金井宣茂さんの講演「有人宇宙活動30周年企画ーこれからの有人宇宙活動や探査について考えよう」では最前列に陣取って聴講した。

講演が終わると長男の裕貴さん(20)が「訓練中うまくいかないこともあったと思うが、くじけそうになったとき、どのように気持ちを切り替えたか」を質問。金井さんから「開き直りも大事。自分はうまく出来ることから取り組もうとした」との答えを引き出した。裕貴さんは「とっても大切な言葉をいただいた」と言い、自分も宇宙を目指したいとの意思表示に、千鶴さんが「ぜひ行ってほしい」とエールを送った。(相澤冬樹)

冷たくてもおいしい焼き芋《日本一の湖のほとりにある街の話》5

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【コラム・若田部哲】秋の深まりとともに恋しくなる焼き芋。スーパーの出入り口付近に設置されている焼き芋機のお芋を求める人も多いと思います。この焼き芋機と原材料の生芋を、北は北海道から南は沖縄まで全国に卸し、青果用サツマイモ業界をけん引しているのが、かすみがうら市の「株式会社ポテトかいつか」。また近年はデザイン性の高い直営店も展開し、人気を博しています。今回は同社広報の中村さんにそのおいしさの秘密を伺いました。

主力商品は2010年に開発された新品種の「べにはるか」を独自の貯蔵技術で熟成し、おいしさを引き出したオリジナルブランド「紅天使」。ねっとりとした食感と濃厚な甘みが特徴です。べにはるかが開発されるまで主流だったねっとり系のサツマイモの「安納芋(あんのういも)」は、収穫量の少なさがネックでした。それに対し、べにはるかは栽培しやすく食味も良いと、良いところ尽くしの品種です。

それをさらに熟成させた紅天使の焼き芋の特徴は「冷やしてもおいしい」ところ。直営店でも一番人気は冷蔵の紅天使だそうです。温かい焼き芋のほっとするようなおいしさも格別ですが、冷やし焼き芋はさながら高級スイーツのような深いコクと甘み! 一度食べればクセになること請け合いです。

霞ヶ浦の大地が育む芳醇な甘さ

「冷たくてもおいしい焼き芋」は、それまでの焼き芋のイメージを変えるだけでなく、素朴な印象だったサツマイモのイメージも大きく変えました。直営事業では、女性に喜ばれるように、デザイン性の高さや紅天使を使用したさまざまなスイーツを提供するなど、サツマイモの新たな価値を生み出し、成功を収めています。

また、それらの商品を支える生産体制の充実も注目すべき点。常に高品質な生芋を生産するため、600軒にものぼる契約生産者に対し、土壌の改良から苗の卸し、その年々の気候条件に応じたきめ細かい育成相談を行っています。さらに収穫した芋の全量買い取りにより、生産者が安心して生産に取り組める環境づくりを整備。これらにより、年間2万4000トンという国内最大規模の青果用サツマイモ生産を実現しているのだそうです。

中村さんに同社のこれからについて伺うと、「まだ秋冬のものという印象が強い焼き芋のイメージを払拭(ふっしょく)し、年間を通じておいしさを味わっていただけるよう、さらなるアピールをしていきたいです」とのこと。サツマイモのリーディングカンパニーの同社によって、霞ヶ浦の大地が育む芳醇(ほうじゅん)な甘さが、さらに全国に広がっていくのがとても楽しみです。(土浦市職員)

①サイクリストの宿(7月8日付
②予科練平和記念館(8月11日付
③石岡のおまつり(9月8日付
④おみたまヨーグルト(10月6日付

預金・貸出金残高ともに過去最高 筑波銀行が23年3月期中間決算

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中間決算を発表する生田雅彦頭取=つくば市竹園、筑波銀行本部

筑波銀行(本店・土浦市、生田雅彦頭取)は11日、2023年3月期第2四半期決算を発表した。22年4~9月期の連結中間決算で、一般企業の売り上げにあたる経常収益は、前年度の中間決算と比べて1億3300万円増え、185億7000万円となった。

中間純利益は前年同期比2億円減の22億5800万円。臨時的損益7億1400万円のマイナスが、本業部門の利益6億5800万円のプラスを上回った。臨時的損益の有価証券関係損益は4億2200万円減となり、取引先の貸出金が回収できなくなった場合に備える予信関係費用は増加し1億4800万円のマイナスとなった。

こうした中、預金・貸出金残高はともに過去最高となった。新型コロナ感染症の影響が続いて、手元に資金を確保しておきたい意識から、預金は個人、公金ともに残高を増やしており、9月末の預金残高は2兆5181億円(前年同期比278億円増)に達した。

貸出金残高は、前年同期比642億円増の1兆9146億円。業種別では化学、建設機械などが好調の製造業、物流倉庫の立地が目立つ運輸業、TX沿線でのマンション、住宅建設から不動産業などが資金需要を拡大した。

中小企業向け貸し出しも7681億円に伸ばした。コロナ禍にあって、特に地元中小企業の支援に積極的に取り組んだという。

生田頭取は「過剰債務に陥った顧客の支援をメーンに取り組んでいるが、エネルギー受給のひっ迫や諸物価高騰など、状況は悪化している。支援策はコロナ対策時より難しく、より高度なものになろう」と語っている。

2人が反対意見を公述 旧総合運動公園用地 都市計画変更でつくば市が公聴会

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都市計画変更に向け開かれた公聴会=11日、つくば市役所

つくば市の旧総合運動公園用地(同市大穂、45.8ヘクタール)と、つくば駅前の吾妻70(ななまる)街区 国家公務員宿舎跡地(同市吾妻、6.4ヘクタール)について、都市計画変更(10月11日付)に向けた同市による公聴会が11日、市役所で開かれ、旧総合運動公園用地に倉庫を建てられるようにするなどの用途地域変更と第2種文教地区の指定をはずすことなどに対し2人がそれぞれ反対意見を公述した。

1人は「つくば市は科学技術の研究拠点都市であり、都市の経営戦略として新たな研究分野に集中投資できる体制を用意しておくべき。(旧総合運動公園用地は)未利用地ではなく未来用地。事業用倉庫や物流拠点を可能にする今回の都市計画変更は、研究学園都市のマスタープランから逸脱しており、研究拠点都市の未来を危うくする」などと述べた。

もう1人は「今回の変更は、データセンターと物流施設を建てさせるための変更。国家プロジェクトとして建設された筑波研究学園都市があっという間に、駅前はマンション、郊外は物流施設になっている。次世代に研究学園都市を残す必要がある。研究学園都市のマネジメントはつくば市だけでは成し得ないので国や県と連携すべき」などと公述し「50年後、100年後のつくば市民がどう思うか(この事態を)記録に残すために今日ここに来た」と話した。

市は、公聴会で出された意見などを受けて今後、用途地域や地区計画変更案を再検討し、来年1月4日から18日まで、再度、変更案を縦覧し意見書を受け付ける。その後、都市計画審議会を開き、知事と協議の上で、来年2月中旬の都市計画変更を目指すとしている。

旧総合運動公園用地は、つくば市土地開発公社が外資系物流不動産会社グッドマンジャパンつくば特定目的会社に一括売却し、データセンターや物流拠点が建設される計画。吾妻70街区は土地所有者の財務省と市が、イノベーション拠点と中高層住宅などのスマート街区を誘導する計画。

関東ローカルTV局の情報番組が楽しい!《遊民通信》52

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【コラム・田口哲郎】

前略

ローカルテレビ局のローカル番組が好きなことは前に書きました。まだ好きで見ています。J:COM茨城経由で映るテレビ神奈川、千葉テレビ、テレビ埼玉のスクランブル放送で行われている朝、昼、夕の情報番組です。

朝は千葉テレビ「モーニングこんぱす」、昼はテレビ神奈川「猫のひたいほどワイド」、夕方はテレビ埼玉「マチコミ」(テレビ埼玉はテレビ神奈川経由でしか映りません)です。それに加えて、東京メトロポリタンテレビジョンの「5時に夢中」も見ています。

ローカルテレビ番組の良いところは、視聴者のメッセージを紹介してくれるところです。特に熱心にメッセージを送っているのが、「猫のひたいほどワイド」と「5時に夢中」です。「猫」の方は月曜から木曜まで昼12時から13時半までの1時間半。「5時」の方は月曜から金曜まで夕方5時から1時間の放送枠を持っています。

街の規模が大きいので、情報量が多いということでしょうか。それだけのボリュームのコンテンツに需要があるのがすごいと思います。

番組へのメッセージ投稿がさらに楽しい!

さて、番組へのメッセージです。「猫」の方も、「5時」の方も、ほぼ毎日送っています。たまに読まれます。読まれるとうれしいです。読まれるか、ドキドキするちょっとしたスリルが味わえます。日常の軽いスパイスといった感じです。深夜ラジオのハガキ職人みたいにディープな作り込みがいらない、あっさりしたテイストの文章でも読んでくれますし、何より素直な感想や応援の気持ちが大切です。

「猫」の方は視聴者が電話で出演し、ゲームに参加するというのがあり、先日参加しました。ゲームに勝つと番組特製のバッジがもらえるのですが、惜しくも負けてしまいました。次はもらえるようにがんばりたいです。そのとき、アナウンサーや出演者と少し会話をするのですが、素人ゆえにどぎまぎしてしまうところも。

そこをプロの出演者は声が大きいし、サポートしてくれます。岡村帆奈美アナや照井七瀬アナは仕切りが上手だなと感じました。テレビ番組に日々プロとして出演するのは、楽しそうですが、ご苦労も多いと思います。これからも視聴者を楽しませるローカル番組を作り続けてほしいと思います。ごきげんよう。

草々(散歩好きの文明批評家)

請願は継続審査に 県議会文教警察委員会 「つくばに県立高校新設を」

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請願の審査が行われた県議会文教警察委員会=10日、県庁 議会棟

人口が増加するつくば市などへの県立高校の新設や既存校の定員増などを求めた請願の審査が10日、県議会文教警察委員会(水柿一俊委員長)で行われ、継続審査とすることが全会一致で決まった。市民団体「つくば市の小中学生の高校進学を考える会」(片岡英明代表)が約7500人の署名を添えて県議会12月定例会に提出していた(10月31日付)。

委員会の審査結果を受けて、12月定例会最終日の16日、改めて本会議で審議されるが、本会議も継続審査となると見られる。一方、現在の県議の任期は来年1月7日までであることから、継続審査になった場合、請願は来年1月7日で審議未了により消滅する見通しだ。

継続審査となったことについて、同委員会を傍聴した片岡代表は「小さな団体の請願を不採択にできなかったことが大きな成果。保護者や子供たち、市民の願いが県議会に伝わったことが大きい」とし、「昨年12月から今まで、つくば市選出の5人の県議全員がそれぞれの方向からこの問題を取り上げてくれたことが県に対する圧力になったと思う」と話した。

今後については「県は『中学生の進路選択に影響が出ないよう、既存校の学級を増やす』と答弁しているので、県に対し、こちらから学級増の具体的提案をしていきたい。具体的に検討すれば(既存校の敷地面積の制約や教室増築の費用などから)新設しかないことを分かってくれると思う」と述べた。さらに「つくばだけの運動では力不足なので、つくばみらい、守谷、牛久、土浦などにも(運動を)広げていければ」と語った。

考える会は、人口が増加するつくば市では2021年、中学3年生の6人に1人しか市内の県立高校に入学できなかったこと、つくばエリア(つくば、つくばみらい、守谷、常総市など)の中学卒業生が2030年には21年より1000人増えることなどから、県に対し、つくば市やつくばエクスプレス(TX)沿線に全日制県立高校を新設することや既存校の定員増を行うことなどを求め10月31日、請願書を提出していた。紹介議員となったのは山中たい子県議一人だけだった。

請願に対し県教育庁は10日の委員会で、4日の一般質問への森作宜民県教育長の答弁(11月4日付)と同様の説明を繰り返し、つくばエリアの中学卒業者は2030年までに約700人増加するが、周辺のエリアでは約1400人減少すること、一方、つくば市の生徒が多く通学している土浦、牛久、下妻の3市に限れば、つくばエリアの中学卒業者数は2030年までに現在より約700人増加するのに対し、3市は約500人減少し、つくばエリアの増加が約200人上回る状況となるーなどの調査結果を報告した。

その上で、つくば市内の既存の県立高校の魅力を高め志願者を確保する、通学可能な範囲で進学先が確保できるよう適切な時期に既存の県立高校の定員を増やしていくなどの方針を説明した。

県教育庁の説明に対し、同委員会から質問や賛否の意見などは一切出ず、継続審査とすべきとの声が出て、全会一致で継続審査とすることが決まった。

地域おこしをみんなの力で【北条宿でコーヒーブレイク】4

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坂入会長(前列右)と振興会の皆さん

つくば市北条の街道沿いにある「北条ふれあい館」は大正末期に建てられた店蔵。2000年まで田村呉服店として現役で商売を営んでいた。現在は北条街づくり振興会が観光案内と無料休憩所をこの場に開設し週末に運営されている。

それは喫茶店なのか?と思うかもしれない。しかし訪れた人々へのもてなしでお茶やコーヒーを振る舞ってくれる。さらに北条米を練り込んだアイス「北条米スクリーム」を買い求めることができる。ここはもう番外でもかまわないので加えてしまおう。

旧呉服店を地域の情報発信地に

「街道筋に発展した町は、江戸時代から続く商業の集積地で、昭和30年代がにぎわいのピークでしたね。確かに、喫茶店というものはここには無かったように記憶しています。なぜと問われたこともなかったけれど、なぜでしょうねえ」

振興会の会長を務める坂入英幸さんは、ふれあい館の近所で眼鏡・時計店を営む北条っ子だ。筑波研究学園都市の概成と市町村合併に伴う地域格差の顕在化、地元の少子高齢化など、地域を取り巻く問題は喫緊と言われながらドラスティックな解決策を見出せないまま現在に至る。

手をこまねいてはいられないと、市商工会の枠組みを超えて地元有志が集まり、町おこし活動を始めた。2007年度に始まり、茨城県のがんばる商店街支援事業にも採択され、北条の商店主だけでなく地域住民や筑波大生にも協力を求め、120人の会員で振興会が立ち上げられた。

ふれあい館で提供されたブレンドコーヒー

震災、竜巻、コロナに折れることなく

人材集結や企画立案は少しずつ形になっていったが、2011年の東日本大震災、12年の竜巻災害で、町は甚大な被害を受け続けた。振興会は折れることなく復興に携わり、観光資源としての町の活用も形になってきたが、2019年から新型コロナウイルスという新たな局面に足を止められた。

震災以前に鉄道が廃線となり、筑波地区は市が唱えるように学園都市の周辺地域として取り残されるポジションとなっていた。公共機関の集積と商業が両立していただけに、元々は飲食業には目のある地域だったが、学園都市中心部とは比較にはならない。坂入会長はこう述べる。

「市にも進言しています。地域格差是正のためのR8(リージョン・エイト、市による周辺市街地活性化事業)にも期待はするけれど、余所の周辺地域はまだスタート地点に立ったばかり。先行してスタートした北条を地域振興のサンプルとして、もっと目を向けてもらいたい」

パン屋、うどん屋、ラーメン店も

類を見ない粘り強さと米の風味を備える北条米スクリーム

北条米スクリームは、地域おこしのシンボルの一つ。北条米を使ったアイスクリームづくりを進めたのは、筑波大生だったそうだが、常識を越えた粘性が災いして「攪拌(かくはん)機が壊れるから製造できない」とも言われた。この粘性の改良の末、北条米の風味を生かした独特の粘りを持つ一品が誕生した。

ふれあい館のいろり端(正しくは集会テーブル)でこれをいただき振興会の人々と談話していると、ちょっとした古民家カフェの雰囲気を味わえる。

「地震と竜巻で、いくつかの歴史ある建築物が解体の憂き目に遭い、空き家問題なども起こっていますが、北条で喫茶店を営むというチャレンジに続いて、町なかに欲しいねと話題にしていたパン屋が2軒、うどん屋も2軒、洋食屋や行列のできるラーメン店が林立しています」と坂入会長は言う。(鴨志田隆之)

終わり

予定価格書に誤記載 物品購入の開札を中止 つくば市学校給食

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つくば市役所

つくば市は9日、学校給食の食用油を購入する指名競争入札で、予定価格書に誤りがあったことが分かったとして、同日実施予定だった開札を中止したと発表した。

市教育局健康教育課によると中止したのは。市内の全小中学校46校と市立幼稚園16園の学校給食を調理する計4カ所の給食センターで、来年1~3月に使用する食用油を購入するための入札。10月21日、市が指名した業者に入札を通知していた。

今回の入札は、購入単価のみを決定し、実際に使われた量に応じて代金を支払う単価契約だったことから、予定価格書には単価を記載すべきところ、誤って、1~3月に購入予定の数量に基づき、単価に数量を掛けた合計金額を記載してしまったという。

誤記載が分かったことから同課は指名業者に対し、開札中止と理由などを説明した。学校給食に支障が出ないよう、年内に再度、入札を実施する。今回の指名業者の数や予定価格については、今後、再入札を実施することから非公表としている。

再発防止策として同課は今後、予定価格書を作成する際は、単価を決め数量に応じて支払う単価契約による単価表記なのか、総額を支払う総価契約による総額表記なのかなど、作成前に職員2人で確認するとしている。

以前は新聞販売店【北条宿でコーヒーブレイク】3

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(左から)笠倉さん、植松代表、石浜さん

今年5月、北条大池の入り口に新しいカフェが登場した。カフェとお食事の店「モンステラ」。いつの間にこんな店がと記憶を巡らせたら、店舗は以前、新聞販売店だった場所だ。

店内はテーブル席と窓際カウンター席のしつらえとなっているが、この広いスペースに所狭しと新聞紙が積み上げられ、仕分けされた新聞を配達する送り出しが深夜に行われていた。

かつて新聞販売店だった店舗をカフェに

「うちは北条を中心に3300軒ほどの新聞購読者に支えられていました。時代の趨勢(すうせい)で行く末に希望を持てなかったし、何より3人の息子のうち、経営者だった長男(植松新聞店社長の崇さん)に突然先立たれて、販売店をたたむことになったんです」

モンステラの代表、植松惠子さん(75)は、2020年に新聞販売店を閉じたが、2人の息子から励まされ、店舗を活用する考えを巡らせていった。

サイクリストが往来

店舗の所在地は、筑波山の不動峠にヒルクライムに駆け上がるサイクリストの往来がある。最初は彼らの休憩所に使ってもらおうと、店内に沢山の自動販売機を設置しようとしたが、これは実現しなかった。

「自販機設置は希望した機械を設置できなくて。それなら自分でやってしまえと。喫茶店の経験はなかったけれどコーヒー豆を吟味して飲み比べる趣味があったし、セイロンで紅茶を極めた人とも出会えて、美味しい紅茶の淹れ方や飲み方の会などを開けたらいいなと考えました」

植松さんは「人生のいたずらですね」と語る。カフェづくりを進めながら、地域特産の北條米でおにぎりをにぎって、コーヒーブレイクと食事のできる店にしようというアイデアが浮かぶ。

「スペシャルティ」なコーヒー

特産の北条米でおにぎり

この計画の相談に、旧知の仲の石浜孝子さんが助言と実際の手伝いを買って出た。石浜さんは、この手のお店なら強い味方になると、笠倉よし子さんを連れてきてくれた。

「『美味しいおにぎりの作り方を知っている』と石浜さんが鶏そぼろおにぎりを作ってくれて、試食してみたらとても美味しい。モンステラの看板おにぎりが出来上がりました」

おにぎりは店内でも食べられるセットを用意している。これにはコーヒーがつかないが、サンドイッチセットにはついてくる。コーヒーはスタンダードと、スペシャルティがある。スペシャルティの豆はあちこち訪ね歩いて探し当てた、同市大曽根にある「もっくん珈琲」まで購入に出かけていく。

厨房でのコーヒー準備は、まだなんとなく危なっかしい雰囲気も漂うが、コクのある上品な味わいをいただくことができる。

しかしやはり、おにぎり作りではおばちゃんたちの実績がものを言う。ガス釜を使って6合を炊き、その日の需要によって追加炊きをする。イベント注文などが殺到する日は、最大で9合を炊いたことがあるそうだ。炊くだけでも大変な9合を、その場でにぎるのだ。

「北条米は、炊いた後温度が下がっても風味や柔らかさの変化が少ないんですよ。梅干しは私の手製です」

北条米を使ったおにぎりセット(コーヒーは別途注文)

仲間とまだまだ現役

店舗は金曜日から日曜日までの日中に限定した開店。平日はフロアそのものを小会議やミーティング行事などに貸し出している。「モンステラ」とはサトイモ科の多年草で、一般的には観葉植物のことだ。亡くなった崇さんの誕生花にあたるという。花言葉は「うれしい便り・壮大な計画」。

「私たち3人とも同い年で、いわゆる団塊の世代です。高齢の身ですから縁側でお茶飲みも良いけれど、まだまだ現役で働いているのも悪くない。毎日が楽しいと言ってくれる仲間がいるので頑張れます」

植松さんの朗らかさと石浜さん、笠倉さんのコンビネーションが、モンステラ独特のあたたかいムードを醸成する。田舎の実家に帰省するような気分に浸ってもらえればと、おばちゃんたちはにこにこしながらコーヒーを淹れ、おにぎりをにぎり続ける。(鴨志田隆之)

続く

働き方と年金の関係 《ハチドリ暮らし》19

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ダイコン畑

【コラム・山口京子】働き方と年金の関係について、改めて考える機会がありました。正社員で働いていたり、パートでも一定の条件をクリアすれば、厚生年金に加入することになります。また将来的には、多くのパート労働者を厚生年金の被保険者にしていく方向性が打ち出されています。

1961年に国民皆年金制度がつくられ、現在の公的年金制度の土台ができました。1986年に導入された基礎年金制度は、老齢基礎年金・障害基礎年金・遺族基礎年金という「1階部分」と、厚生年金に加入する人を対象にした老齢厚生年金・障害厚生年金・遺族厚生年金という「2階部分」の制度設計です。

国民年金の加入者は、第1号被保険者・第2号被保険者・第3号被保険者の3つに分類されています。第1号とは、日本に住所を有する20歳以上60歳未満の人で、第2号や第3号に該当しない人たちです。第1号被保険者といわれる自営業者やパートや学生などは本人が保険料を納めることとなり、月額の保険料は2022年度では1万6590円です。

第2号被保険者とは厚生年金の被保険者で、外国勤務の会社員や20歳未満や60歳以上の会社員なども含まれます。厚生年金部分と基礎年金部分が支給対象となります。第2号として厚生年金に加入していれば、給与の一定額を保険料として納付しますが、勤務先も折半して負担していますので、ありがたい制度だと感じます。厚生年金と国民年金の両方に加入していることになります。

「細く長く働く」という選択肢

第3号被保険者とは、第2号被保険者に扶養される配偶者で、一定の所得要件をクリアすれば、自らは保険料を負担しなくても国民年金の加入者となり、老齢基礎年金などを受給することができます。

この第3号被保険者という制度は、1986年の改正でつくられました。当時は会社員の夫と専業主婦の妻という世帯を標準として、収入のない妻に考慮したものだったのでしょう。共働きが増え、女性の収入も上がっていけば、第3号になる人は減少していきます。将来的は、第3号被保険者制度は実質を失い、無くなっていくのかもしれません。

年金受給額でみると、国民年金保険料を40年間ずっと納めた場合、年金額は778,000円です。厚生年金に加入していれば、それに上乗せして厚生年金部分が出ることになり、同年金保険料を納めた期間や金額によって、年金額は異なります。一般的に男性より女性の方が勤続年数は短く、賃金も低いので、女性の方が厚生年金の額が低くなります。

今ごろになって、その事実を痛感しています。もうすぐ65歳になる私としては、これからも、「細く長く働く」という選択肢を考えていますが、どうなることやら。(消費生活アドバイザー)

旧郵便局舎と巡り合う【北条宿でコーヒーブレイク】2

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意外とはにかみ屋の椎名店主

つくば市北条は、正しくは宿場町ではない。農村の様々ななりわいが集積した在郷町(ざいごうまち)と称するのがふさわしい。街道(県道138号石岡つくば線)に面して発展した歴史を持つ街並みには、いくつかの登録有形文化財指定を受けた近代建築が残る。

旧常陸北条郵便局もそのひとつ。切妻造妻入と切妻屋根のポーチを持つ、洋風外観でありながら和風建築との融合を果たした局舎と住宅だ。

登録文化財の旧郵便局舎が利活用される店舗

1933年に建てられ、1962年まで使われていたこの建物は、2008年に喫茶店として蘇った。その名も「カフェ ポステン」。スウェーデンの言葉で郵便局を意味する。

思い付きだったコーヒー修行

店主の椎名祐一さん(51)が1人で切り盛りする。椎名さんとコーヒーとの出合いは、数奇な縁が下地となっている。

「学生のとき、就職活動中に見た学内掲示板の『ブラジルへの交換留学』がきっかけでした。これを主催していた団体は今はもうありませんが、留学と就職目標の両方に選び、先方からは『どちらかに絞って』と言われて卒業後の留学となりました。1995年から1年間、ブラジルのコーヒー企業で豆の卸業や直営店での接客など、いろいろな経験をさせていただきました」

この時点ではまだ、喫茶店を営む考えも構想もなかった。サッカーとサンバとコーヒーの国に、たまたま出かけていったらラテンの陽気さが肌に合った、という程度だったそうだ。

帰国後しばらくして、つくば市古来の「珈琲倶楽部なかやま」に就職した。本格的なコーヒー修行はここから始まる。

「亡くなられたオーナーからはコーヒー屋の全てをたたき込まれました。もうひとつ、栃木県の黒磯(那須塩原市)にある『ショウゾウ コーヒー』さんのスタイルに憧れまして、ラテンどころか日本の昭和の風合いを感じさせる場所で、その当時の時間にも浸ることのできる店舗を描いたんです」

ブラジル発・なかやま仕込みのブレンド

古民家に住み物件探し

90年代、つくば市にも古民家活用の波が訪れていた。椎名さん自身も北条の古民家を借りて住み始め、仕事の合間に物件を探しながら喫茶店の構想準備を進め、旧常陸北条郵便局舎と巡り合った。

「構想はできていましたが、資金繰りや資機材調達や局舎の借り受けに何も後ろ盾が無くて、なんとかなるだろうと見切り発車です。建物の持ち主には幾度も説明に伺い、内装を店舗化することも含めて理解をいただきました。知人友人の手を借りて改装を自分自身で手がけ、店員も雇用できないから1人で営業です」

オープンは2008年11月。手仕事で作られた器、地産の食材を使った献立、建物に存在する古さの活用ー。来客はほとんど無かったという。

「当時は宣伝もせず取材も受けなかったですから、PR効果以前の話ですが、それで良かったんです。何でも自分でやらなければ気が済まないけれど、1人でできることは限られています。お客さんと対話する時間がまた楽しいですから、大繁盛よりものんびりと店を構えていたい」

ランチの一つ、ベーコンレタスサンド

今は、地元の来客、口コミ情報を頼りに訪ねてくる人々で、週末は混雑するほどになっている。「ポステン」と名付けたのは郵便局舎を母体としているから当たり前なのだが、スウェーデン語にした由来を尋ねると、市内でガラス工芸を営む妻が、北欧でガラス細工の修行をしてきたからだという。店内にあるグラス類は妻の手仕事によるものだ。

「夏の間、クリームソーダを用意したら大人は懐かしんでくれて、若い人たちにはインスタ映えするかわいい素材だと、全く異なる感想ながら皆さん楽しんでくれました。コーヒーもランチも同様で、ここに来て自分だけの時間を手に入れていただければいいなあと思っています」

近傍遠方から人々が通ってくる場所。椎名さんの人生にとって、カフェは「山を一つ登って降りてきた」ようなものだという。次の山に登る計画は既に始まっている。「やりたいことは沢山あります。北条で次の山を目指したいし、さらに年を経たら椎名家ゆかりの地に赴いて、また別の山に挑みたいですね」(鴨志田隆之)

続く