水曜日, 11月 30, 2022
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セルロースナノファイバーの磯貝教授に江崎賞 茨城県科学技術振興財団 

茨城県科学技術振興財団(つくば市竹園、江崎玲於奈理事長)は15日、オンラインで選考会を開き、第19回江崎玲於奈賞に東京大学大学院の農学生命科学研究科、磯貝明特別教授(68)を選んだ。従来、金属など無機材料を素材にしていたナノファイバーに植物由来のセルロースを用い、その創製法と応用に関する研究で多くの成果をあげた。選考会の委員長を務めた江崎理事長は「これまでの物理系受賞者と異なり、化学分野の研究成果で非常に面白く、生活の改善に直結する応用研究である」と評価した。

江崎賞はナノサイエンスやナノテクノロジーに関する研究に携わり、顕著な業績・成果を挙げた研究者を顕彰する。ナノ分野の学会や研究機関、大学などから推薦された研究者の業績を江崎理事長はじめ、歴代のノーベル賞受賞者らで構成する委員会で選考する。関彰商事(関正樹社長)が特別協賛しており、江崎玲於奈賞には副賞1000万円が贈られる。

今回は13件の推薦の中から、磯貝教授の「植物由来の完全分散化セルロースナノファイバーの創製と応用に関する研究」が選ばれた。ナノは10億分の1サイズで、1ナノメートルは0.000000001メートル。木材などの繊維成分であるセルロースは細かくしていくと1ナノの半分にも満たない、原子数個の物質にまで分解されるのが知られていたが、この状態では扱いにくい素材だった。磯貝教授は「TEMPO酸化」と呼ばれる処理法で、リボン状の物質約40本を束ね、安定的になるナノファイバーを作り出した。

セルロースナノファイバーは植物由来の物質のため環境への負担が少なく、鋼鉄の5分の1の軽さで、鋼鉄の5倍以上の強度を有している。軽くて丈夫な上、消臭効果や生分解性など応用分野を広げる特性を示した。強度の高いタイヤの開発はじめ、ボールペンのインクや紙おむつの消臭などで実用化の段階に入っている。

つくば賞にはKEKの研究者

県内の研究者を対象にしたつくば賞には、高エネルギー加速器研究機構(KEK)の足立伸一理事(58)、野澤俊介准教授(48)の「放射光X線による分子動画計測法の開発」が選ばれた。KEKの放射光源加速器(PF-AR)から得られるパルスX線を活用した分子動画計測法を開発し、その手法を用いて人工光合成研究などの先端的応用研究を推進した。特にフェムト秒(百兆分の1秒)オーダーの時間分解X線計測にも成功した点が評価された。

つくば奨励賞の実用化研究部門では物質材料研究機構(NIMS)の高橋有紀子磁気記録材料グループリーダー(48)、宝野和博理事長(63)、同じく若手研究者部門では筑波大学の都甲薫准教授(39)、NIMSのセペリ アミン ホセイン主幹研究員(39)の各2人が選ばれた。

表彰式はコロナ禍のために期日、開催方法とも未定。関彰商事の関正樹社長は「来年度は節目となる20回目の江崎玲於奈賞。ぜひ対面で行われるようお祈り申し上げます」とコメントした。(相澤冬樹)

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