土曜日, 2月 28, 2026
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「世界のつくばで盆おどり」を終えて《映画探偵団》67

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イラストは筆者

【コラム・冠木新市】『第1回 世界のつくばで子守唄』(7月1日開催)と同時並行で、『第11回 世界のつくばで盆おどり』(7月29日、デイズタウン平面駐車場)の準備をしていた。久しぶりの参加である。

私の担当は、やぐら前で披露するステージ部門「Let’s world BON dance!!」(午後1時20分~6時)。二の宮太鼓会、アフリカ(ケニア)、インドネシア、フラメンコ、コンテンポラリーインド、スリランカ、サンガイア(バレ一ボ一ル)、フラダンス、日本舞踊、ベリーダンス、ストリートダンス、ケンニイバンド―などから成る催しだ。

時間は1チーム約20分。炎熱下、カラフルな衣装でダンスなどを披露する。言葉もうまく伝わらない中、外国の1チームが待機場所に見あたらず、探し回ったことも。なんと、観客席に座っていた。

ステージを終え、午後6時からは盆踊りを観賞した。すさまじい人出。延べ1万数千人はいただろう。「つくば音頭」「ダンシングヒーロー」「せかぼん音頭」に混じって、「炭坑節」も流れ、浴衣姿の外国人女性が踊っているのが印象的だった。

今年はコロナ明けのせいか、つくば、日本各地、世界でも盆踊りブ一厶である。13年前とは隔世の感がある。当時は会場に来ても踊る人が少なく、ビンゴゲームの商品で人を集めた。

歌い踊った歌垣が盆踊りのルーツ

2010年、NPOの副代表をしていたとき、盆踊り企画が出て、メンバーから大勢を集めたいとの声が出た。ただの盆踊りではインパクトが弱いので、東映映画『夢のハワイで盆踊り』(1964)をヒントに、『世界のつくばで盆おどり』と命名したが受けなかった。でも約5000人が集まり、しっかり踊る姿が見られてうれしかった。今では『せかぼん』の愛称で知られている。

盆踊りは死者供養と男女の出会いの場であることが知られている。『盆踊り 乱交の民俗学』(下川耿史著、作品社)を読むと、755年ごろ、春と秋に関東各地から筑波山に集まり、歌い踊った歌垣(かがい)が盆踊りのルーツのようである。

『スター・ウォーズ』の元ネタで知られる黒澤明監督の『隠し砦の三悪人』(1958)に、戦さに敗れた秋月城の雪姫が同盟国に向かう脱出行の途中、火祭りで楽しそうに踊る場面が出てくる。城から出たことのなかった16歳の姫にとって、敵地にあっても息抜きの一時だった。

男女、国を超え、一緒になって踊る行為は平和そのものである。盆踊りは日本が世界に誇れる文化だと思う。日本の盆踊りをつくばに集め、世界にアピールしたらどうだろうか。実は13年前に考えたのだが、今回、久しぶりに運営に参加して思い出した。ひょっとして、10年後に実現しているかもしれない。サイコドン ハ トコヤンサノセ。(脚本家)

土浦日大、初の甲子園2勝に沸く地元

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試合終了、立ち上がって勝利を喜ぶ観客たち=土浦市役所

甲子園球場で開催中の第105回全国高校野球選手権記念大会は12日、2回戦に突入した。県代表の土浦日大は第3試合で九州国際大付属(福岡)と対戦、3-0で勝利し、同校初の3回戦進出を決めた。地元の土浦市役所1階ではパブリックビューイングが催され、市民ら約50人がスクリーンに向かって声援を送った。

試合は土浦日大の小菅勲監督が試合前に予想した通り、ロースコアの戦いとなった。両チームとも先発投手が5回まで被安打1に抑える好投。九州国際大付の田端竜也は変化球で追い込み、直球で打ち取るスタイル。土浦日大の先発は甲子園初登板の小森勇凛。高めからストライクゾーンに落ちるチェンジアップでカウントを取り、高めの直球でスイングアウトを誘う投球だ。前半で3四球と制球に苦しむ場面もあったが、守備陣の好プレーも続出して先発投手を盛り立てた。

土浦日大の前半戦唯一のヒットは3回、8番・大井駿一郎のソロホームラン。高めの直球を左翼席へ運んだ。7回には追加点。先頭打者の2番・太刀川幸輝が中前打で出塁すると、3番・後藤陽人のプッシュバントは投手と二塁手のグラブをかいくぐり無死一・三塁。4番・香取蒼太の中前適時打で1点を奪い、さらに2死一・三塁から相手投手の暴投で1点を追加。足を使った攻撃でみごとに相手の守備を揺さぶった。

6回からは小森に代わり伊藤彩斗、8回からは伊藤に代わり藤本士生がマウンドを守り、九国大付をシャットアウト。甲子園で2つめの勝利を手にした。

パブリックビューイングで裏方を務めた市商工観光課の関口洋平さん(44)は「選手たちの真剣なプレーを見ることができた。最初、テンポよく試合が進んでどきどきしたが、県の代表が勝ってよかった」とコメント。観戦者の一人、島谷有さん(11)は「今日も勝ってくれた。また勝ってほしい」と期待を込めた。

県大会の決勝はタブレットで観戦し、甲子園の1回戦はラジオで聞いていたという市内の女性(64)は「土浦日大は逆転勝利が続いていて勢いがあると思った。今日はこういうところで見られてよかった」と、喜びをあらわにした。

土浦日大の次戦は15日第4試合の予定。かつて常総学院の監督を務め、木内幸男ファミリーの一員ともいえる持丸修一監督率いる専大松戸(千葉)が相手だ。

38度線へ 母に手を引かれ逃避行【語り継ぐ 戦後78年】1

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花房順子さん

間もなく戦後78年の終戦の日を迎える。戦争体験者が少なくなる中、戦争とは何だったのかを次世代に語り継ぐことが年々難しくなっている。戦争体験者4人に話を聞いた。

つくば市 花房順子さん

つくば市の花房順子さん(83)は、1910年から45年まで日本が植民地支配していた朝鮮半島で生まれた。広島県出身の父親は警察官。中国国境に近い朝鮮北部には当時、日本の駐在所があちこちにあり、父親は国境の駐在所で警備に当たった。終戦の時は6歳。「終戦の日まで怖い目に遭ったことはなかった」と振り返る。

1945年8月15日、日本が無条件降伏し日本軍が撤退すると、入れ替わって北にソ連軍、南に米軍が進駐し、38度線でにらみ合った。

順子さんの暮らしは終戦の日を境に一変する。日本が降伏した途端、日本人に対する周囲の朝鮮人の反感を幼心に感じた。両親はばたばたと荷物をまとめ、父親は家族を引き連れて駅に向かった。しかしすぐにソ連兵が入ってきて、駅に集まっていた多くの日本人が逃げ惑った。父親は駅まで行かず、途中で、懇意にしていた朝鮮人に家族をかくまってもらった。

8月23日、スターリンが、日本軍捕虜をソ連の収容所に移送し強制労働させるというシベリア抑留の命令を出すと、朝鮮北部にいた日本人男性は全員集められた。

順子さんの父親も街の広場に集められた。最初、順子さんら家族は父親にくっついて広場で過ごした。明日、連れていかれることが決まり、母親はお酒が好きな父親のため、別れに酒を持たせようとしたが、手に入れることができず、代わりにハチミツを水に溶かした飲み物を順子さんの水筒に入れて父親に持たせた。それが父親との最後の別れになった。

順子さんは3人きょうだいの長女で、4歳の妹と2歳の弟がいた。母親は3人の幼子を連れて、しばらく朝鮮人の家を転々とした。そのうちかくまってもらうこともできなくなり、夜は近くの山に入って野宿した。街中では、日本人女性がソ連兵に強姦されたり、殺されたという話を聞いた。

当時、米軍が進駐した朝鮮半島南部にいた日本人は、米軍が出した船で次々に日本に送り返された。一方、ソ連が進駐した北部にいた日本人はそのまま留め置かれた。

しばらくして順子さんらは、中国との国境に近い、日本兵が駐屯していた兵舎に集められ収容された。収容所は女性と子どもばかりだった。国境近くは冬には氷点下30度にも40度にもなったが、暖をとる薪(まき)を買うお金もなかった。どうやって過ごしたか、よく覚えてないが、1日1回くらいコーリャン(キビ)を炊いたおかゆが配られた。やがて収容所で、はしかが流行し、2歳の弟が息を引き取った。

これ以上ここにいては全員死ぬしかないと、リーダー格の日本人が、収容所を出て日本に帰る計画を立てた。母親も計画に加わり、雪が解け始めた頃、母親は順子さんと妹を連れて収容所を出発した。何かあったら兵隊に渡して見逃してもらえるよう、金目のものも集めた。

200人くらいがグループに分かれて38度線を目指した。街の通りはソ連兵が警備しているため、見つからないよう、昼間は山中に身を潜め、夜になると山の中を歩いた。早く歩ける者はどんどん進んだため、列はばらばらになり、幼い子供を連れた女性はだんだん取り残された。

6歳の順子さんは、4歳の妹をおぶった母親に手を引かれて歩いた。赤ん坊を連れた女性も多かったが、ソ連兵に見つからないよう、赤ん坊の口をふさいだ母親もいたと聞いた。

幾晩も幾晩も山の中を歩いて、38度線に近づいた頃は、グループは5~6人だけになっていた。夜が明けたころ、米軍が進駐する南の駅のそばまでたどり着いた。すでに明るくなっていたが、「すぐそこだから歩こう」と、歩き出した時、ソ連兵に見つかり、銃を持った兵隊がやってきた。順子さんは「殺される、これでおしまいになる」と覚悟したことを覚えている。

しかしソ連兵は行かせてくれ、順子さんは無事、38度線を超えることができた。後で知ったことだが、その時ソ連兵は「女を1人残せ」と言ったのだという。グループには大人の女性が3人いて、順子さんの母親ともう1人は子連れだった。途中から付いてきてグループに加わった子どものいない女性が「私が残ります」と言ってくれたのだと聞いた。

南に入ると、米兵が汽車に乗せてくれ、釜山に向かった。釜山ではたくさんの日本人が船を待っていた。翌年の1946年5月の終わり、釜山から船に乗ることができ、長崎県佐世保に上陸。佐世保から広島県呉まで汽車に乗り、それからバスに乗って、さらに長い道を歩いて、広島県のいなかの父親の実家に身を寄せ、父の帰りを待った。

父から何の連絡も無いまま、1年か2年が過ぎたころ、父親と同じ収容所で収容されていたという男性が父親の実家を訪ねてきた。男性は父親と郷里が同じで、収容所を脱走し、翌年、日本に帰ってきたのだという。

男性によると、父親と男性は1945年8月の終わり、シベリアに行く途中で中国・東北部の延吉にあった収容所に集められた。収容所では発疹チフスが蔓延し、父親も感染して、1946年2月4日、チフスで亡くなったのだと話した。男性は、父親が亡くなったのを見届けて収容所を脱走し、途中、中国共産党と国民党の戦闘にも加わったが、そこも脱走したのだと話した。

父親の形見となった水筒

男性は、父親の形見だと言って、ハチミツを入れて渡した順子さんの水筒を持ってきた。高さ17センチの小さな水筒はふたがつぶれたり、底の一部が欠けたりしていたが、順子さんにとってたった一つの父親の形見となった。

父親が亡くなったという報告を聞き、母親は順子さんらを連れて、同じ広島県内の母親の実家に帰った。

成人した順子さんは京都の私立大学の事務職員として勤務し、研究者の夫の転勤を機に1979年、つくばに転居した。

「戦時中、日本では、空襲でひどい目に遭ったり、疎開で子どもたちがひもじい思いをしたが、朝鮮では、怖い目に遭ったことは一度も無く、むしろ日本人は威張っていた。しかし終戦になった途端、しっぺ返しを受け、朝鮮の人からもいじめられたが、ソ連兵はとりわけひどかった」と順子さん。「満州から逃げてきた日本人もたくさん北朝鮮に入ってきたが、ソ連兵に殺され、たくさんの人が亡くなった」とも言う。

次の世代に伝えたいこととして「何がなくても戦争を起こしてはいけない」と強調する。「『抑止力をもたなくてはいけない』と言う今の政府のやり方は本当に怖い。抑止力はきりがない。それよりも仲良くする方法をなぜ考えないのか、対立するのではなく、話し合う機会をつくるべき」と語る。(鈴木宏子)

続く

ホームドラマの名物お母さん 《遊民通信》70

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【コラム・田口哲郎】
前略

このごろ、昔のドラマがたくさん再放送されています。最近でも、「二人の世界」「明日からの恋」「夫婦」「心」「道」「太陽の涙」「幸福相談」と、1970年代から80年代に放映されたものが、テレビ神奈川、東京メトロポリタンテレビ、BS11でふたたび放送されています。

このうち、「夫婦」「心」「道」の脚本家は橋田壽賀子さんです。橋田さんのドラマのテーマは家族です。高度成長期は終わり、生活が豊かになり、伝統的な家制度が本格的に崩壊し始めた時代の、家族のあり方を主題に、人間模様を描いています。旧来の「家」概念にしばられる人びとが、お互いに協力したり、ぶつかりながら、自由を尊重しつつ、暮らしてゆく。そんな日常生活はまさに当時のリアルな国民生活のひとつの側面だったのでしょう。

そうした変わりゆく家庭風景のなかで、橋田ドラマでは母親が主人公になることが多いです。「心」では山田五十鈴さんが、「道」ではその役を京塚昌子さんが演じています。山田五十鈴さんは戦前の映画スター、京塚さんといえば「胆っ玉母さん」「ありがとう」で国民的母のようなイメージです。恰幅(かっぷく)のよい、やさしそうだけれども、しつけにはきびしいお母さん。ひと昔前までは、そういう母親像がたしかにありました。

ホームドラマのお母さん役の系譜

山田さん、京塚さんの前に、そういう母親らしい役者さんがいるかと思ったら、ピンときました。東山千栄子さんです。小津安二郎監督の「東京物語」の母親役で有名です。東山さんも恰幅がよく、やさしそうだけれど、どこか芯が通っている、そんな母親を演じられています。

東山さんは華族のお嬢さんだったところ、築地小劇場に出るようになって、役者となりました。山田さんの父親は新派の出身、京塚さんは新派出身の女優さんです。おふたりの演技を見ていると、うまいなあと素人ながらに感心すると同時に、なんともいえない味があります。セリフや所作、架空の人物ながら、その生きざまが見る者を魅了します。

俳優さんのすごさは、人間味を見せてくれることなのでしょう。私は、山田さん、京塚さん、東山さんの演技を見ながら、魅力的な母親と会っているような、不思議な満たされた気分になります。たかがドラマ、されどドラマです。名優さんの演技は、見る者の生き方の参考になるのではないでしょうか。

だから、日本にはホームドラマが長らくあり、国民的母親を演じる俳優が重宝されてきたのだと思います。50年前の文化遺産は本ではなく、映画やドラマになる時代になりました。そうした文化遺産から学ぶことは多いですね。ごきげんよう。

草々
(散歩好きの文明批評家)

筑波山のホテルを米投資会社に譲渡 サンスイグループ

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筑波山神社門前の通りにあるつくばグランドホテル=つくば市筑波

料亭「つくば山水亭」などを経営するサンスイグループ(本部・つくば市小野崎、東郷治久代表)は、筑波山神社前に保有する「つくばグランドホテル」(同市筑波)を米国の投資ファンド「フォートレス・インベストメント」に譲渡する。9月末までサンスイグループが運営した後、同ファンドに経営権が移る。系列のホテル会社が冬場に改修工事を行い、来春、新ホテルとしてオープンする。

東郷代表によると、ホテルの従業員約40人は事業を継承する新ホテルに移る。コロナ禍などによる宿泊客減、観光地・筑波山の魅力不足などから、サンスイグループはホテル事業からの撤退を検討していた。東郷代表の以前の勤務先である三菱商事の紹介があり、今回のホテル売却が実現した。譲渡額は「相手との約束もあり言えないが、ホテルの借入金を相殺できる金額」という。

新運営会社は「マイステイズ」社

フォートレスは運用資産458億ドル(約6兆5500億円、2022年末会社概要)の大型ファンド。その100%子会社「マイステイズ・ホテル・マネジメント」(本社・東京都港区六本木)は旅館やホテルを買収し、日本国内で144棟、2万888室(同)の宿泊施設を運営している。名称は「マイステイズホテル…」「亀の井ホテル…」(…部は地名)が多く、再オープンするホテルもこれに準じた名称になる。

筑波山神社門前には、筑波山江戸屋、筑波山ホテル青木屋、つくばグランドホテルが軒を並べている。グランドホテルが撤退した場合、宿泊施設が減ることが心配されていたが、ファンド系マイステイズの進出により、3つの旅館・ホテル体制は維持される。

祖父と父の代の事業はなくなった

サンスイグループは、ホテルレストラン事業部(グランドホテルのほか、ホテル日航つくば内の和食レストランなど)、ペット事業部(筑波山麓のつくばわんわんランド、同園そばの老犬介護ホームなど)、教育事業部(つくば国際ペット専門学校、山水亭そばの日本語学校など)で構成されている。売り上げ比率は各部門ごとに3分の1程度。

東郷代表は「ホテルからの撤退でホテルレストランのシェアは減るが、5年前に設立した日本語学校への入学者が増えており、今後、この部門が期待できる。今、この日本語学校の増設工事を進めている」と語る。

つくばグランドホテルは、元々、祖父が買い取った「旅館・筑波山水荘」が前身。父の代にホテルに建て替えた。東郷家(祖父は米穀商→鉄道経営、父は映画館チェーン経営、3代目はパチンコ店経営→現事業部門構成)の家訓は「一つの業種にこだわるな。一つよい時に違うことをやっておけ」。東郷代表は「これで祖父と父の代の事業は何もなくなった」と笑う。(岩田大志)

牛久栄進1学級増でも山積する地域の課題 《竹林亭日乗》7

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ゆれる穂波(筆者撮影)

【コラム・片岡英明】茨城県の森作宜民教育長は7月26日、2024年度から、牛久栄進高校を1学級増の9学級にし、筑波高校が募集する3学級の中に国・数・英を強化した「進学アドバンストコース」1学級設置する―と発表した。

私たちの会の最初の要望書(2年前)への回答が「学級増は困難」だったことを考えると、来年度の学級増と進学コース設置は小さいが大きな一歩である。県教育庁の担当者をはじめ市議・県議など多くの方々に感謝する。

筑波高を訪れ、定員には満たないものの「つくばね学」を学び、大学進学希望者がいるのに、教員が少ないために十分な指導や指導ができないとの話を聞き、進学指導の充実を県にお願いしてきた。これからも同校を見守り、応援していきたい。

ただ、現在の受験事情を見ると、まだまだ課題が残る。私たちの計算では、「つくばエリア」の県立高校は、県平均よりも現時点で15学級不足し、2030年までを展望すると、さらに10学級不足する。そこで今年4月には、毎年2~4学級の学級増か、学級増の一形態として高校新設を要望したが、牛久栄進が2学級増でなく1学級増にととどまった。

県には「学級増には既存教室で対応し、新校舎は建てない」という縛りがあるようだ。その条件を付けると「つくばエリア」には牛久栄進の次に学級増ができる高校はないから、中学生のために、この縛りを解いて「校舎を建て学級を増やすこと」をお願いしたい。

土浦一高では来年度、付属中の1期生が高校に入る。それに伴い、元々8学級で現在6学級の高校の募集が、来春には4学級になる。「付属中をつくっても総学級数は維持する」との縛りがあるからだ。そのため、来年度、牛久栄進が1学級増えても、土浦一が2学級減り、地域全体の高校入試は厳しくなる。付属中の分を高校で減らすのには疑問がある。

公募校長に求められる高い倫理観

県は7月31日、教員免許不問の民間人を含む校長を採用するため、7名を新規に公募することを発表した。公募校長(来年校長予定の副校長を含む)は現在8名(水戸一高、土浦一高、龍ケ崎一高、下妻一高、水海道一高、鉾田一高、勝田中等、つくばサイエンス高)いるが、日立一高、太田一高、鹿島高、下館一高、並木中等、古河中等、IT未来高に配置するためだ。

高校問題の学習会を開くと、魅力のある高校への期待とともに、民間出身の公募校長に対する疑問の声を多く聞く。県には「民間校長なら県立高校の改革が進む」という固定観念があるのだろうか。

生徒=人間を指導する学校と利益を追求する民間企業では、組織運営の形が異なる。県の学校改革も、校長への信頼があってこそできるものだ。新たな選考要項には、「求める人物像」に「高い倫理観」が加わったようだが、公募採用校長の不祥事が報道され、選考の視点に問題があることに気づいたようだ。

この際、新規の校長公募をいったん立ち止まり、現8校長の学校運営状況を検証してみてはどうだろうか。(元高校教師、つくば市の小中学生の高校進学を考える会代表)

香り立つ「木の酒」づくり つくば 森林総研に新研究棟

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6樹種を原料とする「木の酒」、それぞれに異なる芳香を放つ=森林総合研究所

木からお酒をつくるー人類の歴史でもおそらく初めてという試みに挑んでいる森林総合研究所(つくば市松の里、浅野透所長)が9日、研究所内に完成させた「木の酒研究棟」を報道関係者らに公開した。

お披露目されたのは「木質バイオマス変換新技術研究棟」。木造平屋建て約140平方メートルの施設で、内部には①木を1センチの木片に粗くチップ化し、②1ミリサイズの木粉状に粉砕、③さらに水と混ぜながら1マイクロメートル(100万分の1メートル)まで微粉砕し、④クリーム状となった木材を糖化・発酵タンクに投入してアルコール度数1-2度の「醸造酒」を作り、⑤さらに2回蒸留することによりアルコール度数30-40度の「蒸留酒」を得るー5工程からなる装置を配置した。

①は木材のチップ化によく使われるチョッパーと呼ばれる装置で、②は大豆など粒原料の粉砕に使われる粉砕機、④はバイオエタノールの製造などに以前から使われてきた装置の転用。これら既存技術を組み合わせる中で、③の「湿式ミリング処理」がキモとなった。

細胞壁の厚さを砕く「湿式ミリング処理」装置についての説明=木の酒研究棟

木材の細胞壁の厚さは一般に、2〜4マイクロメートルと非常に薄く、この薄い細胞壁構造が密集して硬い木材を作り出している。この木材の細胞壁の厚さを砕く新しい前処理技術が「湿式ミリング処理」。ビーズミルと呼ばれる装置を応用して、木材を水中で高硬度のジルコニア製ビーズとの衝突により微粉砕する。木粉と水を所定の割合で混合し、ビーズミルの粉砕槽に流し込むことで1マイクロメートル以下になるまで微粉砕できる。これによって木材の細胞壁の厚さが砕かれ、中に埋め込まれたセルロースがほぐれて露出する。露出したセルロースは市販の酵素(セルラーゼ)によりブドウ糖に分解でき、できたブドウ糖は微生物によって発酵することができる。

熱処理や薬剤処理なしに木材と水だけで処理できることから、同研究所の森林資源化学研究領域、大塚祐一郎主任研究員(46)らは、木材を直接発酵して造る飲用のアルコールの製造が可能と考えた。木の酒の製造技術については2018年に特許出願し2021年に権利化している。これまでに複数の民間企業、団体から特許の使用申請を受けているという。

こうしたことから、これまで所内外に分散する施設・装置に人と材料を移動させながら、行ってきた試験製造の集約化を図ったのが「木の酒研究棟」。実証的な製造技術開発を加速化するとともに、民間への技術移転を推進するための研修に活用することも目的に開設した。

樹種ごとに異なる香り楽しめる

人類は有史以前から、様々な酒類を生み出し消費してきたが、そのほとんどは穀物か果実の糖分を原料とした酒であり、木を直接発酵して酒を造った歴史はない。このため、「木の酒」を飲料とするためには、特に安全確認が必要となった。

樹齢という時間のストーリーを合わせられると木の酒の魅力を語る大塚主任研究員

原理的には樹種を問わずお酒にできるが、研究所ではスギ、シラカバ、サクラ(ソメイヨシノ、ヤマザクラ)、ミズナラ、クロモジの6樹種を原料に試験製造を行ってきた。食品安全性の面で、箸や楊枝などに使われた経験からアレルギー発症などのおそれのない樹種を選んだということだ。

研究棟の装置では一度に最大2キロの木材を生産プロセスにかけられるが、2キロのスギからはアルコール度数35度の蒸留酒がウイスキーボトル1本分(750ミリリットル)できる。樹齢50年ほどのスギであれば、スギ1本からウイスキーボトルで100本以上の蒸留酒が製造できる計算という。

9日の公開では試飲は行われず、蒸留酒を嗅ぎ比べる香り体験会が催された。スギは樽酒を思わせる香り、シラカバは白ワインのようなフルーティーな香り、ヤマザクラは華やかな香り、ミズナラはウイスキーを感じさせる芳醇な香り、クロモジは柑橘系の爽やかな香り、と樹種ごとに異なる風味が醸し出されるとの評価があるという。

大塚主任研究員によれば、社会実装までには装置の大型化や酒造メーカーの参入などの課題を抱える。これまで市場関係者とは、味覚や風味を判定してもらうための官能試験に協力を得るなどしており、試飲したレストランのシェフなどからは「シラカバやミズナラは食前酒に使えそうだ」との感触を得ているそうだ。(相澤冬樹)

カイメンの自衛手段でフジツボ付着を防ぐ 世界大会に挑む筑波大学生サークル

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北茨城市の平潟漁港でフジツボの被害に関する取材を行った=iGEM TSUKUBA提供

生物学と工学の学際的研究分野である「合成生物学」を用いて、地球温暖化の問題を解決しようとする学生サークルが筑波大学(つくば市天王台)で活動している。4月に発足した「iGEM TSUKUBA(アイジェムつくば)」、生物学類2年の吉本賢一郎さんが代表を務める。

iGEMはマサチューセッツ工科大学(MIT、米国マサチューセッツ州)で毎年11月に行われる合成生物学の世界大会。世界中から約300チーム、約6000人の学生が集まり、研究成果を発表する。日本からは東京大学(東京)、京都大学(京都)、早稲田大学(東京)などが毎年参加しているという。これに筑波大学チームとして参加しようと、今年度から一般学生団体として立ち上がったのがアイジェムつくばだ。

iGEM TSUKUBAのミーティングのようす=同

同サークルが研究対象にしているのは、海洋生物のカイメン。主に海の岩などに付着して生息する動物で、これらは自分を守るための物質を藻類などの微生物に作らせている。この物質を、船底などに付着するフジツボの阻害に使えないかというテーマだ。

代表の吉本さんは「海に浮かぶ船の底にフジツボなどの生物が付着すると、重量や運航時の抵抗が増す。その結果、燃料の消費量を非常に大きくしてしまうが、除去にもコストがかかり問題になってきた」と話す。付着を阻害する薬剤が用いられてきたものの、自然環境の汚染などへの懸念から規制が強まりつつあるという。

これに対し、カイメンなどの「生物が作り出す物質」を微生物に合成させることによって、新たな生物由来の付着阻害剤を実用化することを試みていると話す。吉本さんによれば、生物由来であるために環境への悪影響が極めて少ないと考えられ、環境負荷を減らせる可能性がある。

「資金集めに苦労」

生物学類の学生の中で、昨年の1月ごろ「iGEM」に参加するチームを作ろうという計画ができた。当時、大学一年生だった吉本さんもその計画に参加していた。アイジェムつくばとして行うテーマを決めるとき、吉本さんは「授業の課題」から生物由来の付着阻害剤を着想した。

「科学概論」という新入生向けの授業で、生物由来の物質が生活の役に立っている例の紹介があった。その際に出された「授業では紹介していない例を挙げる」という課題を調べていく中で、一部の海洋生物がフジツボなどの付着を阻害する物質を体内で合成していることを知った。吉本さんは「生物が作り出している物質が、他の生物の『発生』を阻害することがあるのか」と興味深く思ったと話す。

同サークルには現在、約30人が所属している。多くは2年生で、生物学類や生物資源学類の学生が多い。4つのチームに分かれており、研究だけでなく、高校生への教育活動なども行っているという。

千葉県立千葉中学校(千葉市)では教育活動を行った=同

実験やそのまとめ、アメリカで開催される大会への参加など、資金も必要だ。それらの資金の獲得も、団体の活動として行っている。そうした役割を担う「総合運営班」のリーダーを務める石川風太さん(生物学類2年)は「やはり資金集めには苦労している。始まったばかりの団体だが、年間200万円ほどの予算が必要だ。企業の支援や、研究助成の獲得など、裏方も仕事が多い」と話す。

吉本さんは「iGEMは1年を通して、テーマを決め取り組む。1年というスパンは短くもあるが、大会では、研究成果に対するフィードバックや論文の執筆支援もあり、とても意義があるものだと思う。将来的には本格的な実用化に向けて頑張っていけたらと思う」と意気込みを話した。(山口和紀)

◇アイジェムつくばのHPはこちら

「人生の終わりのための活動」を考える 《ハチドリ暮らし》28

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旅の景色を撮りました

【コラム・山口京子】数年前から、終活に関するセミナーに呼ばれることが増えました。終活とは「人生の終わりのための活動」の略です。人生のたな卸しをしつつ、これからの締めくくり方を考えます。「自分の情報や願いを整理し、これからやりたいことを書き出して実行してくださいね」と話しています。

終活の前段として、いつまで働くか、いつから年金を受け取れるかも大きな課題です。高齢期の長期化で、健康寿命・働く寿命・資産寿命の3つを意識せざるを得ません。健康寿命を延ばすことは、働く寿命や資産寿命にも影響し合います。職種によっては定年が70歳だったり、定年を廃止しています。

一般的に65歳以上の人を高齢者と言い、2022年時点で3627万人、人口の3割弱となっています。みなさんは、65歳以上になった自分の生活や働き方、受け取れる年金の予想額などを意識されているでしょうか。

2022年の日本人の平均寿命は、男性が81.05歳、女性が87.09歳。死亡者が最も多い年齢は、男性で88歳、女性で93歳でした。長生きをするほど、平均寿命を超えていくのがわかります(令和4年度簡易生命表=※メモ参照=より)

認知症の患者は、2025年には700万人を超えると言われています。自分も認知病までに至らなくても、物忘れが増えましたし、体の敏捷性や体力の低下を実感しています。ですので、数年前から身の回りの片づけを始めました。

社会的な活動にも参加する

「思い立ったが吉日」で、資産のたな卸しやエンディングノートの作成、成年後見制度の仕組みや家族信託、遺言や各種委任契約などを調べてみてはいかがでしょうか。

また、人生を振り返って、自分が生きた時代はどういう時代だったかを整理したいと思います。そのうえで、これからどう生きるかをしっかり考えることが求められます。今を生きる宿題、それにどういった答えを出すかが、子どもや孫たちの人生にもかかわるのではないでしょうか。

セミナーでお伝えすることは、①自分の気持ちと向き合いその気持ちを家族に伝え、家族の気持ちも受け止めて思いを共有する、②家計を予算化しその範囲で暮らし、資産寿命を延ばす、③これからの法律の立法や改正にアンテナを張り、それがわが家にどう影響するかを考える、④事情が変われば早めに見直す、⑤社会的な活動に参加する―などです。(消費生活アドバイザー)

メモ※令和3年簡易生命表
政府統計報告書の1つ。日本にいる日本人について、令和3年1年間の死亡状況が今後変化しないと仮定したときに、各年齢の人が1年以内に死亡する確率や、平均してあと何年生きられるかという期待値などを、死亡率や平均余命などの指標によって表したもの。日本の死亡状況の厳密な分析、また0歳の平均余命(平均寿命)など広く活用されている。

デビュー作で初回コンクールに入賞 つくばワイナリーの山ぶどうワイン

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茜賞を受賞した「SPARKLING BLANC」(左)と空賞受賞の「SPARKLING ROSE」=つくばワイナリー提供

つくば市北条の醸造所「つくばワイナリー」からエントリーした3種のワインが、第1回の日本山ぶどうワインコンクール(日本山ぶどうワイン協会主催)で入賞を果たした。経営元のカドヤカンパニー(小美玉市、岡崎正光社長)が8日発表した。

コンクールは、「山ぶどう」「山ぶどう系品種」で作られたワインに特化した、日本で初めてのコンペティション。黒ぶどう品種の「日本山ぶどう」は日本独自のワイン専用種として、交配種の「山ぶどう系品種」と共に近年、栽培面積を拡大させているという。今回は、主産地である秋田県鹿角郡小坂町に事務局を置く実行委員会の主管で、7月に開催された。全国41のワイナリーから103本のワインがエントリーされた。

つくばワイナリーからは、スパークリングワイン部門で「SPARKLING ROSE(スパークリングロゼ)」が空賞、「SPARKLING BLANC(スパークリングブラン)」が茜賞を受賞。そして白ワイン部門で「TSUKUBA BLANC STANDARD(つくばブランスタンダード)」が茜賞を受賞した。特にスパークリングワイン部門では紫賞に該当するワインがなかったため、単独で空賞を受賞した「SPARKLING ROSE」が最高位という結果になった。コンクールでは通常の金、銀、銅ではなく、日本古来の色順位に基づき、上位から紫賞、空(青)賞、茜(赤)賞が贈られた。

同社は筑波山ろくの北条地区の丘陵地に約18ヘクタールの土地を取得、2012年にワイン用ブドウの栽培を開始した。19年には醸造所と売店からなる施設、ワイナリーを開設して、つくば産ブドウ100%を使ったワイン製造を開始した。(2019年12月15日付

ブドウ園の6割ほどを占めるという山ぶどう系品種を使ったワインの仕込みは2021年収穫分からで、コンクールには、このワインを丸1年寝かせて出品した。デビュー作で初回コンテストに入賞した形だ。

同ワイナリーの栽培・醸造責任者の大浦颯人さん(25)によれば、「SPARKLING ROSE」は山ぶどうと赤ワイン品種のメルローとの交配種を用いたワイン。「山ぶどうワインは野性味ある男っぽさが持ち味だが、その酸味を残しながらもフルーティーでチャーミングな味に仕上がったのが評価されたのではないか」としている。

◆つくばワイナリー つくば市北条字古城1162-8(電話029-893-5115)

ハンバーガーに寄せる「おいしい絵」 つくばで川浪せつ子さん水彩画展

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水彩画展を開いたコラムニストの川浪せつ子さん=つくば市松代「マツシロバーガー&カフェ」

NEWSつくばにコラム「ご飯は世界を救う」と「ご近所スケッチ」を執筆している川浪せつ子さんの水彩画展が29日まで、つくば市松代のマツシロバーガー&カフェで開かれている。同市在住の水彩画家、イラストレーターによる「おいしい絵 ハンバーガーの水彩画展」で、同店のハンバーガーやスイーツなどを描いた作品17点と、つくばや周辺地域の四季折々の風景画21点が展示されている。

いずれの作品もA4サイズほどの判型に、透明水彩絵の具を用いて細やかなタッチで丁寧に描き込まれている。風景画は2017年に廃刊となった常陽新聞に川浪さんが寄稿していたコラム「花もダンゴも」で掲載された作品。透明感と清涼感に満ちた作品を熱心に鑑賞する入店者の姿が見られた。

細やかなタッチで描かれたハンバーガーなどの水彩画に魅入る女性たち

会場のマツシロバーガー&カフェは、コラム「ご飯は世界を救う」の54回目に登場したハンバーガー店(2月14日付)。以前は同市小野崎の商業施設でフランチャイズ「フレッシュネスバーガーLALAガーデンつくば店」として営業していた。川浪さんは当時から、施設内の民間のスポーツクラブに通うときに必ず立ち寄る居心地の良い店だったが、22年10月にLALAガーデンつくばが閉店したことで独立し、フランチャイズ店で培ったノウハウを生かし、昨年末松代ショッピングセンター内にオープンした。

独立を果たした同店を応援しようと川浪さんらは3月から準備を進めてきたそうで、おいしそうなハンバーガーが壁面を飾っている。入店した50代から60代の女性たちからは「つい食べ慣れたハンバーガーを注文してしまうが、レパートリーが広がりそう」といった声や「風景画は自然の清々しい空気感が感じられて優しい気持ちにさせてくれる」と話していた。

川浪さんは「ランチスケッチ『ご飯は世界を救う』には食べることは心を豊かにしてくれるという思いと、安全で安定した食への思いを込めている」と話す。イラストを添えながら独自の視点で捉えた店の成り立ちや人間模様が書き添えられ、食べログとは一味違うランチガイドに仕上がっている。昨年から始まった「ご近所スケッチ」は地元再発見散歩で、身近な場所の魅力に触れられる。(橋立多美)

◆おいしい絵 ハンバーガーの水彩画展 会期は29日(火)まで。会場は松代ショッピングセンター谷田部松代郵便局並び。営業時間は午前11時~午後8時。水曜定休。問い合わせは川浪さん(電話080-5524-8678)。

「ラージポンポン」 《続・平熱日記》139

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絵は筆者

【コラム・斉藤裕之】「異次元の少子化対策」の何がどう「異次元」なのか? そんなことが世間でつぶやかれる中、3次元的に大きく膨らんだのは長女のお腹。1人目に続き帝王切開ということで、一応予定日というか誕生日、時間まで決まっている。その時間、私は授業中だから、心の中で無事に生まれてくることを祈るしかない。

少子化は国家の根幹を揺るがすほどの問題なのかもしれないけど、娘の大きなお腹を見ていると、この「さずかりもの」は国家と関係があるのだろうか? とか、種としては十分すぎるほど繫栄しているし、むしろ増えすぎたんじゃなかろうか? とか、少しぐらい日本の人口は減ったぐらいがいいじゃないか? とか、いや減るべくして減っているのでは? とも思う。

しかし、ソーリとしては「面倒見るよ! 心配しないでバンバン産んで!」と言うしかないのだろう。

それにしても、「異次元」という言葉は、どなたかの入れ知恵なのかもしれないけれど、少し子供っぽい。それよりも、どこからこの予算を引っ張り出すのか。異次元が2次元に、「絵に描いた餅」にならないように。子供が増えると、まず減らされるのはお父ちゃんの小遣いだろう。

ということは、まずは政治家さんの小遣いから減らさないとね。「異次元の身を切る政策」から。

「インハラベビー」

それはそうと、夏休みを心置きなく故郷で過ごしたい。そのために、9月の頭から香川県のギャラリーで開かれる展示のため、数点の作品を早めに準備しておくことにした。そのタイトルが「ディメンション Zero展」。キャンバスのゼロ号サイズの作品展という意味だそうだが、ゼロ次元展とも読める。ゼロ次元というのは宇宙誕生の寸前? 創造のエネルギーの状態? かな。

実は次元という言葉には少しアレルギーがあって、というのも現代美術というくくりの中では絵画のことを2次元表現なんていうものだから、こっちもすっかりその気になって「ニジゲン、ニジゲン…」なんてやっていたら袋小路に入っていっちゃって…。

でもあるとき、シンプルに「絵を描こう!」って思ってから楽になったというか…。そんな苦い経験があるからだ。

数日後、無事に長女が男児出産の知らせ。メールで送られてきた画像を見ながら、何とも言えない幸福感に包まれる。「こんにちは赤ちゃん…」子供の頃にはやった歌が頭の中に流れてきた。

そうね、異次元云々より「こんにちは赤ちゃん予算」くらいにしておくのはどうだろう。それから中学のときの国語の先生の言葉を思い出した。「ラージポンポン、インハラベビー」。当時産休に入られる先生のことを言ったのか…。なんか昭和って感じ。

そういえば四国に行ったことがない。故郷の海岸からはうっすらとその姿が見えるのに。次元は超えられないが、海なら越えられる。行ってみるか…。(画家)

初出場決めた!! 国体関東予選と天皇杯へ 筑波銀行軟式野球部

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大会に向けて調整するエースの征矢隼輔投手=筑波銀行野球部グラウンド

筑波銀行(本店・土浦市)軟式野球部が県代表として、8月開催の国民体育大会関東ブロック大会と、9月開催の天皇賜杯全日本軟式野球大会に出場する。6月から7月にかけて開かれた県民総体と天皇杯第78回全日本軟式野球県大会にそれぞれ優勝し、創部11年目にして初の快挙を達成した。いずれも常陽銀行との決勝戦にいずれも勝利した。

筑波銀行野球部は部員15人で、県内の強豪校出身者が多く在籍する。各支店に分かれて勤務していることから、平日はランニングや素振りなどの自出練習を行い、土日に那珂市にある同行野球部グラウンドでシートノック、連係プレー、フリー打撃などの全体練習を行う。

走者を置いて実戦練習する筑波銀行の選手たち

投手4人を擁する。エース征矢隼輔(そや・しゅんすけ)=水城高出=は投手陣の軸としてストレート、スライダー、チェンジアップ、カーブを武器に最速143キロの速球で相手打者に立ち向かう。「強気で、気持ちで負けないように頑張る」と意気込みを話す。

天皇杯県大会決勝で3ランを放ち一発長打がある4番福岡邦昌(ふくおか・くにまさ)=土浦湖北高校出身=は「茨城県代表として、企業を背負ってやっているので少しでもいいプレーを魅せて優勝したい」と力を込めた。

撃練習をするキャプテンの秋川弘明選手

強肩強打で俊足が持ち味のキャプテン秋川弘明(あきかわ・こうみょう)=常総学院出=は「チーム、個人ともに順調にきている。大会まで最高の状態に仕上げたい。今年から監督が代わって新たな気持ちになった。相手より1点多く取って普通にやるのではなく相手が嫌がる野球をやって優勝したい」と抱負を述べた。

「守り勝つ全員野球」

就任1年目で初の国体、天皇杯出場の切符を手にした岡野信裕監督は「少ないチャンスをものにして投手陣を中心に守り勝つ。普段の全員野球で出来ることをやる」と国体、天皇杯へ向けての意気込みを語った。

国体関東予選は8月19日と20日、さいたま市で開催、埼玉県代表の旭製作所と対戦する。天皇杯は9月15日から20日、香川県で開催される。(高橋浩一)

つくばの洞峰公園問題 まだ迷走が続く? 《吾妻カガミ》164

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洞峰公園野球場=つくば市二の宮

【コラム・坂本栄】茨城県営の洞峰公園(つくば市二の宮)が無償でつくば市に譲り渡され、市営化される流れになっていると思っていたら、県議会から「待った」がかかりました。この公園の管理運営方法については県と市の間でホットなやり取りがあり、市がタダでもらうことで県と話がついていましたが、これで幕引きとはならないようです。

県議会が無償譲渡に「待った」

県議会の「待った」とは、知事が鹿島セントラルホテル(神栖市、県の第三セクターが経営)、県立白浜少年自然の家(行方市)などの県財産を安易に処分するのはおかしいと、議会が調査特別委員会を設けて審査する作業が8月2日から始まり、その中に県営洞峰公園も含まれることになったという動きです。

県議会が何を問題にしているのかなど、詳しくは「洞峰公園も調査対象に 県議会が調査特別委設置」(7月31日掲載)をご覧ください。

7月末時点での市のスケジュール感は、9月県議会で譲渡条例を可決してもらう⇒9月市議会で譲受条例を可決してもらう⇒同議会で半年分(10月~来年3月)の公園関連追加予算を承認してもらう―というものでした。しかし、調査特別委(次回は8月30日)が譲渡の是非や条件をチェックすることになれば、県も市もその結論が出るまで動きが取れなくなります。

仮に、調査特別委が「洞峰公園は民間売却でなく、官⇒官だから特別扱いしてもいいが、無償でなく有償にすべきだ」とか、「どうしても無償というなら、県が提案していたグランピング施設などを無償譲渡の条件とせよ」といった結論を出すようなことになると、これまでの基本合意は白紙に戻さざるを得ません。

県は名を捨て実 市は実を捨て名

市は上のスケジュール感を前提に、8月中に無償譲受の是非を市民に聞くアンケート調査を実施する予定でした。しかし、調査特別委の作業に時間がかかれば、当分、この調査は実施できないでしょう。また、仮に調査特別委が無償譲渡にOKを出すとしても、当たり前のことですが、アンケート調査の結果がどうなるかわかりません。

市民説明会の記事(7月22日掲載同29日掲載)によると、市は2択形式の調査を考えていたようです。県の当初案(洞峰公園の野球場に民営のグランピング施設などを設け、その賃貸収益で公園管理費を捻出し、県の財政負担を軽くする)か、市営化案(洞峰公園を無償で市が譲り受け、市の財政負担とコンセプトで管理する)か、どちらかに〇を付ける形です。

私はコラム(下欄参照)で、県と市の「洞峰公園バトル」を終わらせる策として、県営公園の市営化(簿価+アルファで有償譲受)を提案。結局、知事は市側により好ましい無償案を示してきました。県は「名(公園改造計画)を捨て実(管理費転嫁)を取り」、市は「実を捨て(管理費発生)名(公園現状維持)を取る」ことになったわけです。

しかし、市営化案にも賛否があります。譲受賛成派=公園の現状維持を望む周辺市民(緑茂る今の公園のままがよい)、譲受反対1派=公園をあまり利用しない市民(市は余計な予算を使うな)、譲受反対2派=県の当初案を歓迎する市民(グランピング施設などでの魅力度アップは面白い)―などです。

調査は多サンプル・無作為抽出で

調査特別委の結論が出たあと、市は市民の多数意見が把握できるアンケート調査をすべきでしょう。少なくとも、無作為抽出の1000~2000人を対象にすべきです。少サンプルかつ作為抽出でやれば、アンケート調査をしなかった(故意?)運動公園用地売却のケースように、市民の間に強いストレスが残ります。(経済ジャーナリスト)

<参考>
153「洞峰公園の市営化、住民投票が必要?」(3月20日掲載
151「…洞峰公園バトル、勝者は県? 市?」(2月20日掲載
150「つくば市の2大懸案 県が示した解決策」(2月6日掲載
146「…洞峰公園…をめぐる対立と分断」(22年12月5日掲載
144「…洞峰公園… 県と市の考えが対立」(22年11月7日掲載
134「…洞峰公園、…市が買い取ったら?」(22年6月6日掲載

土浦日大、タイブレークで甲子園開幕戦に勝利 市役所で約100人応援

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土浦日大の試合の様子を見守る安藤真理子土浦市長(前列左)=土浦市役所1階

第105回全国高校野球選手権記念大会が6日、甲子園球場で開幕した。県代表の土浦日大は開会式直後の第1試合に登場し、延長10回、タイブレークで上田西(長野)を破り、1986年以来37年ぶりとなる甲子園勝利を飾った。地元の土浦市役所1階ではパブリックビューイングが催され、土浦日大の勝利に大きな拍手が起こった。

(延長10回タイブレーク)

土浦日大は2回、5番・松田陽斗が中堅左へ大会第1号となる本塁打で先制。3回には2本の単打と盗塁で1死二、三塁とし、暴投で2点目を奪った。その後は相手投手陣を攻めあぐねた。9回には2死二塁から太刀川幸輝の右前打で二塁から中本佳吾が本塁を狙ったがタッチアウト、開幕試合からいきなりの延長タイブレークに突入した。

延長10回からは無死一、三塁で攻撃スタート。1死後、四球で満塁となり、代打・飯田将生がレフト前にポトリと落ちるタイムリーで勝ち越し。さらに2死後、塚原歩生真から5連打を集めて5点を追加して試合を決めた。タイブレークでの1イニング6得点は過去最多となった。

投げては先発左腕・藤本士生が緩急つけたピッチング。4回に2本の長短打とスクイズで同点とされたが、それ以降は立ち直り連打を許さず、8回途中から2番手・伊藤彩斗に継投。延長10回に藤本が再登板し、試合を締めた。

熱闘に地元からエール

土浦市役所1階では、休日窓口を訪れた市民や、市役所周辺で開催中の夏祭り「きららまつり」を見物に来て市役所に立ち寄った市民らが足を止め、試合の展開を見守った。会場ではきららまつりのうちわが配られ、土浦日大に点が入るたび、うちわを叩いたり、拍手して喜ぶ姿が見られた。

友人と遊びに来て市役所に立ち寄り観戦した近くに住む大学2年、大塚勇翔さん(20)は「(土浦日大は)最初に先制したが追いつかれ、どっちが勝つか分からない緊張したいい試合だった。10回に、県大会決勝で見せてくれたような猛攻を見せてもらってうれしい。これからまた頑張ってほしい」と話した。

きららまつりを見に駅周辺を訪れ、市役所に立ち寄った土浦日大近くに住む無職60代女性は「とても良かった。最初2点取って、追いつかれたが、最後に6点を入れて素晴らしい。地元なのでこれからも勝ってほしい」と語った。

安藤真理子土浦市長は「まず1勝。この後の次の試合も期待したい。優勝目指して頑張ってほしい」と述べた。

なぜ、このコラム・タイトルなのか? 《訪問医は見た!》1

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海辺の無人駅 JR四国・下灘駅
著者近影

【コラム・平野国美】お初にお目にかかる方も多いかと思います。コラムの担当することになった平野国美(くによし)と申します。「NEWSつくば」の前身である日刊紙「常陽新聞」や無料紙「常陽リビング」でもコラムを書いていましたから、常陽紙を引き継ぐ本ニュースサイトへの執筆は「10年ぶりの復帰」とも言えます。

確か、日刊紙常陽への寄稿が始まったのは、拙著「看取りの医者」(2009年)がテレビドラマ化されたことが契機になったと記憶しています。その後10年、何もしていなかったわけではないのです。医療介護の業界誌やら週刊誌などのメディアで書き続けていました。検索していただくと、ネットで読めるものもあります。

現在は、つくば市内に医院を設け、主に訪問診療を行っています。開業は2002年春ですから、ずいぶん月日も経ちました。生まれは龍ケ崎市、家業は自転車の卸業でした。コラムのタイトルにもつながるのですが、父のトラックの助手席に座り、配達を手伝っていたエリアと、いま診療で回っているエリアは重なっています。

物心が着いたころから50年以上、茨城県南の姿を見てきたことになります。私が高校を卒業する年、当時「軍艦」と呼ばれていた土浦駅が取り壊され、現駅の工事が始まりました。一浪して、筑波大学にたどり着いたのが1985年。つくば市はまだ誕生前で、桜村と呼ばれていたころです。

日本で初めて「村」にオープンした百貨店が筑波西武。つくば科学万博(EXPO85)が開催され、その後の風景の移り変わりを定点観測のように眺めてきました。つまり、《訪問医は見た!》のです。

医療だけでなくサブカルの話も

そして東北大震災前の2010年、拙著「看取りの医者」が大竹しのぶさん主演でテレビドラマ化される打ち合わせの席で、三流原作者の平野は「訪問診療をしていると、各家庭には経済的な問題や家族間の問題が必ずあることがわかる。市原悦子さん主演のドラマ『家政婦は見た』の中で、市原さんが家政婦をしている時間はほとんどありません。ドアの隙間からのぞいている時間がほとんどです」とあいさつしました。

ここで《訪問医は見た!》が成立するのです。そこで聞く話は、私が生まれる前の土浦やつくばの風景もありますし、患者さんの生き様や死に様を見せつけられることもあります。「訪問医に魅せられた」のです。

私は休日には旅に出ます。ピカピカの観光地ではなく、昭和・大正の雰囲気が残る地方都市に向かいます。そこで新たな話を聞くことで、自分の生まれ育った街の伝統・習慣に気付かされるのです。

医療の話だけでなく(むしろこちらは少なめにして)、民俗性やサブカルチャーについても書ければと思っています。自由度を求めて、タイトルを《訪問医は見た!》にしました。また、いつ消えるかわかりませんが、ご愛読よろしくお願いします。(現役訪問診療医師)

【ひらの・くによし】土浦一高卒。1992年、筑波大学医学専門学群卒後、地域医療に携わる。2002年、同大博士課程を修了、訪問診療専門クリニック「ホームオン・クリニックつくば」を開業。著書「看取りの医者」(2009年、小学館)は大竹しのぶ主演でドラマ化。新刊は『70歳からの正しいわがまま』(2023年4月、サンマーク出版)。医療関係業界誌などでもコラム執筆。1964年、龍ケ崎市生まれ。つくば市在住。

筑波大生の指導受け 子どもたちがアート体験

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芸術を学ぶ筑波大生に作り方を教わりながらアートに挑戦する子供たち=つくば市吾妻、つくばセンタービル1階

筑波大学で芸術を学ぶ大学生に教わりながら、子どもたちがさまざまなアート体験をする夏休みの恒例イベント「夏のキッズアート体験」が5日、つくば市吾妻、つくばセンタービル内のコワーキングスペースco-en(コーエン)で催され、子どもたちが、オリジナルうちわ作りや粘土のストラップ作りなどに挑戦した。

関彰商事と筑波大学芸術系が主催し、2016年から毎年夏と冬に開催している。子どもたちが会場に集まり、その場で作品を完成させるスタイルだが、2020年夏から22年夏まではコロナ禍により対面での開催を控え、大学生が小学生向けの自由研究作品を展示したりオンラインで紹介するなどしていた。昨年冬から対面での開催に戻った。

5日は午前と午後の入れ替え制で各20人ずつ計40人の小学生が参加し、大学生10人が直接子どもたちに作品の作り方を指導した。和紙に絵の具をたらして仕上げるオリジナルうちわ作り、粘土に好きな色の絵の具を混ぜて型抜きをするストラップ作り、金網と歯ブラシを使ったはがきのぼかし染め、鳥獣戯画の動物たちの色塗りーの4つのテーブルが用意され、子どもたちは20~30分で作品を仕上げていった。

つくばみらい市から参加した小学生の母親は「子どもたちはとても楽しんでおり、大変良い企画だと思う。専門的なことを学ぶ大学生から直接教えてもらって、美術に興味を持てるようになれば」と話していた。

関彰商事は茨城県の文化芸術振興を共に推進していく県近代美術館のパートナー企業となっている。会場には同美術館企業パートナー制度事務局の田口克弥次長が視察に訪れ、「つくば美術館での開催も提案している。関彰商事とうまく連携をとり、美術館が手伝うことがあれば今後も喜んでやっていきたい」と述べた。

9日は「夏休み宿題応援」と題し、筑波大学で書と芸術を学ぶ大学生が習字、絵画のアドバイスをする特別企画がつくば市二の宮のギャラリースタジオ‘Sで催される。予約受付は終了している。(榎田智司)

日本語の大切さ 《続・気軽にSOS》138

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【コラム・浅井和幸】支援の場では、日本語があまり得意でない外国の方に対応することもあります。私は日本語しか話せないので、日本語ができれば対応しますと伝えますが、困っている人が日本語を話せるとは限らないので、できるところまで対応することになります。

英語をちゃんと勉強していたら、こんなことにはならなかったのかなぁ―なんて愚痴を言っても前に進みません。簡単な日本語と翻訳アプリ、それから身振り手振りで対応します。時には知り合いの通訳を交え、必要な情報を聞き取っていきます。

英語さえできたらと考えていましたが、英語以外の言語の対応を迫られることもあります。翻訳アプリ・通訳者様々です。翻訳アプリも、簡潔に文章を組み立てて音声入力するコツがあるようで、まだ勉強中です。

そうは言っても、日本人の相談を受けることが圧倒的に多いのは確かです。ですが、悩みを聞いている間に主語が変わったり、「てにをは」が間違ったりということが起こります。

もちろん、全て正確な日本語を使って、何一つ間違わずに会話を進めることはできません。それを差し引いても、日本語の使い方が独特な人もいます。主語が変わっていくというのは、抑うつの時にも出ることがあります。特定の人との人間関係がうまくいかなくなったら、全ての人が自分とうまく人間関係が作れないと考えてしまいます。

抑うつの状況でなくても、物事の捉え方が大ざっぱであったり、日本語の表現がうまくなかったりするため、「みんなが自分を悪く言っている」と、「みんな」が口癖の人は多いでしょう。「自分にはいつも嫌なことばっかり起こる」という表現もそうですね。

右・左・真ん中の選択肢

Aさんの前には、右・左・真ん中の3つの選択肢があります。Aさんは、右は絶対にうまくいかないから進みたくないと考えているとします。ですが、私は、とりあえず今は決めつけずに、3つの選択肢があり、それぞれにはメリットとデメリットがあるはずなので、決めつけずに考えていきましょうと説明します。

このとき、私は3つの選択肢が可能性としてあることを提示しているのに、Aさんは絶対に右に行かなければいけないと浅井が言っていると捉え、話が前に進まないことが実際に起こります。この場合、図で説明するとわかってもらえるのですが、言葉だけだとどうしてもニュアンスが伝わらず、相談につながらないこともあります。

Aさんが言っていることを総合的に考えると、右に進むことのメリットが大きく、左と真ん中の道のデメリットが全く想像できない状況で、右以外の道に進めば素晴らしい場所に行けるとさえ考えるようになります。ここで検討せずに進んでしまうと、こんなはずではなかったとなりやすいのです。

人は失敗から学ぶことも大切ですが、その失敗から「やっぱり私には悪いことしか起きない」という感想につながることが残念なことです。次に進むときには、現状の把握がとても大切な要素です。現状の把握と言語での正確な表現方法は密接に関わっていると感じる、今日この頃です。(精神保健福祉士)

「翻訳」のおくりもの《ことばのおはなし》60

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写真は筆者

【コラム・山口絹記】前回のコラムでは、文化や常識の違いによる翻訳の難しさについて書いた。今回はより込み入った話をしてみよう。

「役割語」ということばをご存じだろうか。例えば、「わしが若い頃はそうしたもんじゃ」「オイラにまかせとけよ」「あたしがそうって言ったらそうなのよ」といった、その話者の人物像を想起させるような言葉遣いだ。

英語にも役割語がないわけではないが、日本語ほどのインパクトはないことが多い。原文になかったニュアンスを、翻訳作業で入れるかどうかは翻訳者に託される部分である。また、ジョークやダジャレといった言葉遊びも、忠実な翻訳が困難な場合が多いだろう。

かといってジョークに注釈をいれるのも興ざめだ。なにげなく読んでいる分には意識することはないだろうが、実はこういった本筋に関係ない部分が最も難しいと私は考えている。

そして、今回は児童文学の翻訳だ。児童文学の特徴に、漢字の取り扱いがある。絵本であれば、その文章の多くがひらがなのみで書かれており、小学校低学年、中・高学年向きであれば、それぞれの学習年度に合わせた漢字が使用されることが一般的だろう。

とはいえ、これはあくまで一般的なおはなしであり、対象学年で習わない漢字でもルビを振って使用されることだってあるし、逆に習っていてもあえてひらがなで書かれることもある。

ひらがな表記か漢字表記か?

試しにミヒャエル・エンデの著書『モモ』(小学高学年向き)の表紙の文章を引用してみよう。“時間どろぼうと ぬすまれた時間を人間にとりかえしてくれた女の子のふしぎな物語”とある。“時間泥棒と盗まれた時間を人間に取り返してくれた女の子の不思議な物語”ではないのだ。

では、対象年齢に合わせた漢字にすべての文章をただ修正すればよいのかというと、そう簡単なおはなしでもない。例えば、「ただすべき」とひらがなで書かれると「只すべき」なのか「正すべき」なのか判断しかねる、といった問題が発生する。

漢字を使わないのあれば、句点を使ったり、あるいは表現自体を変えて誤解を招く表現を避ける工夫も必要になってくる。そして、児童文学に限らず、日本語においてひらがなで表記されるか漢字で表記されるか、というのは文章の雰囲気に大きな影響を与える。「美しい」と「うつくしい」、どちらの表記がより美しさを伝えられるか。あるいはどちらでも変わりがないのか。

これはもはや正解のない問いなのだが、翻訳をして文章に落とし込むのであれば、どちらかに決めなければならない。ルビを振ってでも漢字を使いたいと思うことだってあれば、どんなに簡単な語彙(ごい)でも、ひらがなを使いたいと思うことはあるのだ。

時間はかかったが何とか一冊の翻訳をやり切った。翻訳だけで満身創痍(まんしんそうい)になってしまったので、ルビをふるのはこれからだ。印刷できたら、今度は娘にプレゼントしようと思う。(言語研究者)

つくばの防災科学技術研究所 《日本一の湖のほとりにある街の話》14

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防災科学技術研究所。イラストは筆者

【コラム・若田部哲】毎年夏休み、つくば市内の各研究所で開催される様々な科学イベント。その中でも人気施設の一つに、防災科学技術研究所があります。

同研究所は、地震、津波、噴火、暴風、豪雪、地滑り、そして水害などの被害を抑えるべく、様々な実験施設により産学官民連携した研究を行い、社会に役立つ情報プロダクツを創出する機関。国内数カ所に拠点があり、そのうち、つくば本所には世界最大級の「大型降雨実験施設」などが設置されています。

そして、この大型降雨実験施設の人気体験イベントが「豪雨体験」。日本観測史上最大の降雨量、1時間換算300ミリという猛烈な雨を体験することができるというものです。

今回は、同研究所広報の入沢弘子さんに、この実験施設についてお話を伺いました。研究所入口の駐車場に車を止め、木々が豊かに茂る広大な敷地内をご案内頂くこと数分。木立の切れ間から目に飛び込んできたその施設は、とにかく巨大! 建屋の大きさは奥行49メートル×幅76メートル×高さ21メートルと、7階建てマンションが数棟並んだほどの大きさ。さすが世界最大級!

それだけでも驚きですが、なんとこの建物、動くのだそう! 施設は様々な実験が可能なよう、A~Eの一直線上に並んだ5ブロックがレールでつなげられており、その上を巨大な建屋が移動するとのこと。これにより、それぞれの区画で、実物の家屋など制作に長い日数を要する実験模型を準備し、様々な実験を行うことができるのだそうです。

様々な実験に使われる降雨実験施設

実験にあたり、いで立ちはカッパに傘、長靴と、完全フル装備。どんな雨も大丈夫…なハズ。いざ実験が開始されると、床面から16メートル上に設置された544個のノズルから、自然な降雨を再現した雨が降り始めます。雨は段々と激しさを増していき、叩きつけるような雨に。そして1時間に300ミリという降水量に達すると、長靴は水で満ち、激しい雨で視界は不明瞭、音は雨音しか聞こえません。これが実験でなかったら、恐怖にすくんでその場から動けなくなってしまうでしょう。

降雨のために地下に設けられた貯水槽の容量は2500立方メートル、小学校のプールおよそ4個分はあろうかという量。1日に実験で使用できる水量は、2000立方メートルにもなるそうです。この施設は自治体の啓発動画の作成や、建設業界との協働による水害に強い建物の開発、ドローンや自動車の技術向上など、様々な実験に使用され、年間90パーセントという高い稼働率を誇っているとのこと。

ここ数年来、毎年のように繰り返される「数10年に一度」の自然災害。中でも深刻なものの一つが、集中豪雨による水害です。ただし、この災害が地震や火山の噴火と違うところは、予報からある程度事前の対策が可能な点。

子供の夏休みの自由研究にとどまらず、いざという時の準備のため、ぜひ皆様に体験いただきたい、非常に貴重な機会です。ぜひ足を運び頂き、ご家庭の防災力向上にお役立てください。(土浦市職員)

<注> 本コラムは「周長」日本一の湖、霞ケ浦と筑波山周辺の様々な魅力を伝えるものです。

<防災科研 一般公開2023>
▽日時:8月5日(土)午前10時~午後4時
▽場所:国立開発研究法人 防災科学技術研究所 茨城県つくば市天王台3-1
▽入場料:無料
▽詳細はこちら

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