「まずサイエンス高をテコ入れ」 つくばの市民団体要望に県教育庁
学級増はトーンダウン
人口が増加するつくば市で県立高校が不足している問題で、市民団体「つくば市の小中学生の高校進学を考える会」(片岡英明代表)は26日、森作宜民県教育長宛てに①現時点でつくば市周辺エリアの県立高校は学級数が15学級不足しているとして、高校改革プラン期間中の2026年までに15学級増やし、30年までにさらに10学級程度増やすこと②中学生が安心して進路選択できるよう学級増の計画を早急に示すことなどを求める要望書を提出した。
要望書を受け取った県教育庁高校教育改革推進室は「サイエンス高校の(定員割れの)状況がひじょうにショッキングな状況だったので、まずはそこをテコ入れしていかなくてはならない」とし、考える会が強く求めたつくば市周辺の県立高校の定員増に対しては「つくばエリア(の中学生)が増えていることは理解しているが、周辺地域を含め総合的に判断させていただき検討したい」との回答にとどまった。
昨年11月の県議会一般質問で森作教育長がつくば市周辺の県立高校について「中学生の進路選択に影響が出ないよう検討する」「適切な時期に県立高校の定員を増やしていくことが必要」と答弁したことを受けて(22年11月4日付)、市民団体が改めて学級増を要望した。一方、今年4月に開校したつくばサイエンス高校(旧つくば工科高)が、定員を2学級80人増やしたにも関わらず定員240人に対し72人の志願者しかなかったなど大幅に定員割れした事態を受けて、今年3月の県議会で森作教育長は「既存高校の魅力化を図ることにより志願者確保に努める」「つくばエリアの増よりも周辺エリアのマイナスの方が大きい」と答弁するなど、学級増に対する答弁をトーンダウンさせている(3月8日付、4月9日付)。
26日要望書を受け取った同改革推進室の増子靖啓室長は「要望について真摯に検討させていただくが、県の考えとしては、つくばサイエンス高校や筑波高校に欠員が出ており、我々のPRがうまくいなかったと反省しているが、魅力化を図って、来ていただける学校にしたいということが我々の取り組みの第一」だと強調した。
さらにサイエンス高について「『(普通科を希望する中学生が多いという)ニーズと離れているんじゃないか』というご指摘を(考える会から)いただいたが、つくばには研究機関がたくさんあり、大学進学のニーズもあることを踏まえ、学校を変えて定員増をしたが、結果として大変厳しい結果となったことは反省すべき点だと思っている」とし「一番残念だったのは、昨年の段階でPRした時、説明会にはたくさん来ていただいたが、(校舎が改修工事中だったため)実際の教室とか実習室とか、科学技術のために新しく整備したところを一切見せることができなかった。実際にこういう場でこういう授業ができるということを実際に見ていただければ中学生や保護者も違うのかなと思う」と話し、今年はサイエンス高のPRを強化するとした。
考える会の片岡代表はこれに対し「定員割れしている学校の魅力を高める問題と、歴史的に県立高校や学級数が削減された中で人口が増えて7人に1人しか市内の県立高校に入れないという問題を混同している」とし、定員割れの問題と県立高校不足問題を別々に検討するよう迫ったが、同改革推進室は「周りの県立高校に影響が出るので切り分けるべきではない」と答えるなど、平行線に終始した。(鈴木宏子)
尽きない77歳のチャレンジ 《菜園の輪》12
【コラム・古家晴美】昨年10月、つくば市在住の小島幹男(77)さんの畑を訪ねたときには、筑波連山の宝篋山(ほうきょうさん)を背景に、畑の入り口にマリーゴールドや菊などが植え付けられ、青空に鮮やかに映えていた。今の時期は、種から育てたネモフィラが小島さんの畑を飾る。
夏野菜の苗の植え付けは、4月半ばに8割方終えたとのこと。「苗はほとんど購入しますよ」と、控えめな答えが返ってきた。が、話を聞くと、自分で種から仕立てた苗が多い。カボチャ、赤パプリカ、ズッキーニ、トウモロコシなど、なじみのある野菜が多い。「苗を仕立てることは楽しい」と言う。
このほか、この時期に植えたのは、ナス、トマト、スイカ、ズッキーニ、ハグラウリ、ピーマン、トウガラシなどだ。ナスは、昨年3種類植えたが、今年は白ナスの苗も購入した。知人から白ナスをもらい、自宅で食べたのを思い出し、苗を買ってみたくなった。
その知人も、別の知り合いから白ナスをもらったというから、まさに《菜園の輪》だ。ナスとトマト類の苗には、手作りの風よけ兼寒さよけを立てた。苗の周囲に4本の枝を立て、それをすっぽり囲むような形で、底を抜いたビニールの肥料袋をかぶせてある。家庭菜園ならではの光景だ。
土を介してお孫さんと交流
今年3月上旬には、昨年の5種類のほか、もう1種類のジャガイモを植えてみた。小島さんはこの機会をとても楽しみにしている。お孫さんと一緒に畑仕事をするからだ。「多少のお小遣いをやるんですがね」と、照れながら話されてはいたが、言外に伝わるものがあった。
作業の後、共通の話題で盛り上がり、共に食事を取る。日々忙しい現代っ子との、土を介した貴重な交流の場に違いないだろう。畑や自然に少しでも興味を抱いてほしいという願いもある。
しばらく経てば、サツマイモ、豆類、ゴボウ、ゴマをまく予定だ。小島さんの1年は忙しい。
小島さんが指さす先には、宝篋山の藤の花が見事に咲き誇っていた。少し前は「山笑う」というくらい、コブシの花やヤマザクラなどが咲き乱れ、見事だったと言う。夏は畑仕事の合間に、栗の木陰で、宝篋山を見ながらお茶を飲むのが日常だ。
小島さんの次なる目標は、スイカを自分でカボチャに接ぎ木して育てること。現在は接ぎ木の苗を購入しているが、以前から、今までやったことがないことを試してみたいと思っていた。77歳の大人のチャレンジは尽きない。(筑波学院大学教授)
アメリカナマズに熱視線 「ガチ中華」で食べて活用【桜川と共に】3
桜川で増えている外来魚アメリカナマズを食べて活用できないかと、新たな模索が始まっている。4月上旬、「東京ディープチャイナ研究会」に所属するつくば市在住の医療通訳士、松永悠さん(49)が中心となり、アメリカナマズを使った本格的な中華料理を試食する会を開いた。
集まったのは同会代表で、「ガチ中華」を発掘するメディアサイトを運営する「東京ディープチャイナ」編集長の中村正人さんや、インバウンド・地方創生に関するメディアで編集に携わる大坊比呂志さんなど、本格中華に興味を持つ30代から50代10人と、中華料理のシェフ1人。都内からつくば市松塚の桜川漁協拠点を訪れてナマズ釣りを体験し、中華料理2品を試食した。
「ガチ中華」は、日本で暮らす中国語圏の人が好む、日本人向けのアレンジをしない本格的な中華料理だ。中国語圏のオーナーが経営する「ガチ中華」の店は、新宿、池袋、新橋、上野などを中心に都内で急増しており、都内近郊にも広がっている。顧客は主に日本で暮らす中国人だが、近年は海外旅行気分を味わいたいと訪れる日本人ファンも増えているという。本格中華にはナマズを使った伝統料理がいくつかあり、中でも四川省の麻辣(マーラー)を使った料理が有名だ。
ナマズと聞いて「ガチ中華」ファンの食指が動いた。中村正人編集長は「麻辣中華と結びつけることで新しい地域の可能性が見つかったらおもしろい」と話す。
参加者らは朝9時頃から釣りを開始。すぐには釣れず、途中漁協の組合員2人も手伝いに加わった。午前11時過ぎ、釣りは初めてという石坂みずきさんの竿(さお)にナマズがヒットし、見事に釣り上げた。その後、3匹釣り上げ、計4匹を参加者らが絞めて、田悦良さんがその場で料理した。田さんは北京出身だが四川料理も手掛け、都内のいくつかの中華料理店を掛け持ちするシェフ。麻辣鍋とトマト鍋2種類の鍋を作り、参加者らと桜川漁協の鈴木清次組合長が試食した。
参加者の一人、中村征太郎さんは「ナマズは初めてだったので泥臭いのかなと不安があったがそんなことはなく、シンプルな白身魚のような淡泊な食感と味わい。麻辣鍋の方はご飯がほしくなるようなパンチがあり、お酒のつまみにもぴったり。トマトベースの方は野菜スープやミートソースのような印象で、こちらはパスタと組み合わせたり、子ども向けにもいい」と好印象。ナマズを最初に釣り上げた石坂さんも「麻辣もトマトもどちらもとてもおいしい。ナマズの骨で出汁を取った麻辣鍋のスープがなんとも癖になるおいしさ。米麺を入れるのもよいかも」と話した。
ナマズフェスや返礼品の提案も
鈴木組合長とナマズ料理を囲みながら、ナマズをどう利用するかについてもアイデアが出た。中村征太郎さんは、つくば駅周辺の公園で「ナマズフェス」を開催し、食べたことのない人にナマズ料理を振る舞ってつくばが産地だとアピールすることを提案。イベントにはつくばにゆかりがあるタレントやアーティストを招待して集客力、告知力アップにつなげてはどうかと話した。また、フェスのTシャツを毎年異なるデザインで作成、販売すれば、コレクションしたいと参加する人が増えるのではと考えを話した。
大坊さんは「麻辣ナマズ鍋セット」を商品開発し、つくば市の特産品としてふるさと納税の返礼品にすることを提案。寄付金は桜川の河川環境の整備、ナマズ養殖などに使用することもできるのではと言う。「地域課題を解決していくには、民・官の連携が不可欠だが、日本が誇る学園都市つくばなので『学』との連携も視野に入れてみては」とアイデアを出した。
試食会を企画した松永さんは「まずはつくば市内の中華料理の店と連携して実験的に使ってもらおうと考えている。生態系の保全など環境問題に貢献できたら」と話す。現在、食べるためにアメリカナマズを捕る漁業者はいない。(田中めぐみ)
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津和野の清流に沿って 《続・平熱日記》132
【コラム・斉藤裕之】春らしいすっきりしない空だけど、伐採の仕事に行く弟を横目に、義妹のユキちゃんと津和野方面に出かけることにした。まずは錦川という川が見えてくる。清流として知られ、「錦川清流線」という鉄道が流れに沿って走り、下流には有名な錦帯橋が架かっている。東京では桜が満開というのに、ここ山口の瀬戸内側ではやっと開花をしたばかり。
しかし、山に入って行けば行くほど不思議なことに桜の花が目立つ。広瀬という街に至ってはほぼ満開だ。その広瀬の道の駅で見つけたのが、「鶏卵せんべい」。この数日、出かけるたびに探していたが出会えなかった。名産というわけでもなく、とてもシンプルなお菓子なのだが、卵の利いた優しい味わいと庶民的な価格が魅力。
迷わず、数袋を手にレジに向かった(その後お土産に渡したほとんどの人から鶏卵せんべいを絶賛された)。
すれ違う車も少なく島根に入る。すると桜の花は消えた。六日町という山間の町で次の道の駅に。そこでは「麦ころがし」という和菓子?を買ってみた。ユキちゃんはガニメというワサビの新芽を買った。今度は高津川という清流に沿って走る。「ゴギの里」と書いたのぼりが立っている。後で弟に聞いたら、この辺りの川にしかいないイワナの一種でゴギというのがいるそうだ。次の道の駅では、次女に白あんのお菓子を買った。
「モクズガニラーメン」というのも見つけた。実は別の日に、別の道の駅で網に入ったモクズガニを買って食べてみたところだった。食べたことがないのでわからないが、上海ガニに似ているという。味はとてもよく泥臭さもなかった。
ガニメのしょうゆ漬け
それから、日原という天文台のある街を通って津和野へ。2年前訪れたときと同じように、周りの山々は深い霧に包まれていたが、満開の桜が車窓を彩る。
ユキちゃんのお勧めで、今回は街から少し離れた「旧畑迫病院」を訪ねてみることにした。大正時代に実業家によって建てられたという、木造の立派な病院が復元されていて、少し生々しい器具や調度品、診察室や手術室を見ることができる。併設のレトロな雰囲気のカフェで、ランチも楽しめる。
お昼は津和野の道の駅で。ここでユキちゃんは「ザラ茶」を買う。カワラケツメイという植物が原料で、独特の風味があって病みつきになる。私もお土産に1袋買った。
夕餉(ゆうげ)時、ユキちゃんがガニメのしょうゆ漬けを作ってくれた。辛みがとばないように、70度くらいのお湯で軽くゆでるのがコツだそうだ。食後には麦ころがしを食べてみた。甘さのちょうどいい餡(あん)が入った素朴な味わいで、一同及第点を付けた。
清流に沿って桜の花を追うような、追われるような春の1日。そして、のどかに見える風景は、時代に追われているのか、時代と共にあるのか…。少し前に、弟が伐採された山桜の枝を軽トラの荷台にいっぱい積んで帰ってきた。ユキちゃんがその枝を生けた甕(かめ)が桜の花で春色になった。(画家)
廃棄食材リサイクルに家畜昆虫「ミズアブ」 隠れた消臭機能を発見
農研機構など 再資源化システムで特許取得
増えるフードロスの一方で先細る食料資源ー。持続的な食品サイクルが地球規模で危機にひんする中、体長数センチの小さな昆虫の存在がクローズアップされている。一般に「ミズアブ」と呼ばれるアメリカミズアブは、余った農産物や廃棄食材のリサイクル処理に有用な昆虫とされる。ミズアブの幼虫を動物性たんぱく質として回収する研究に取り組んでいた農研機構(つくば市)などのグループが24日、研究成果を発表した。
記者発表したのは、農研機構昆虫利用技術研究領域の小林徹也グループ長補佐(48)、同機構から東京大学大学院に移り応用昆虫学を研究している霜田政美教授(57)ら。ミズアブには、食品廃棄物の処理の際発生する悪臭を抑える機能が隠されていることを発見、再資源化システムで特許を取得した。循環型産業の「昆虫工場」を日本国内につくる上での可能性を示唆した。
ミズアブは北中米が原産で、世界各地に分布生息域を広げる。日本にも1950年ごろに侵入し自然繁殖するようになった。アブの仲間だが人を刺すことはなく、特に害虫扱いはされていない。この幼虫に生ごみなどを分解させると、残さはたい肥となり、体長20-28ミリぐらいに育った幼虫はタンパク源として飼料に用いられる。家畜化昆虫の技術で、ミズアブ繁殖の「昆虫工場」は東南アジアなどに広がりつつあるが、日本では廃棄物処理業者などが試行的に始めた段階にとどまる。
研究グループは、食品残さの中で育てたミズアブの幼虫をたんぱく質資源として回収した上で、魚粉代替に用いる「出口戦略」を立てた。魚粉価格は高騰しており、養殖経営を圧迫している。ことし1月現在キロ当たり232円で、2001年比で5倍強になっているというデータもある。その飼料のたんぱく質を、食品廃棄物を原料とするミズアブから得ようとするわけだ。「バイオ燃料で食料のトウモロコシを取り合いしたような事態は避けられる」と霜田教授。
ミズアブのたんぱく質含有量は約42%。卵からかえった幼虫が蛹(さなぎ)になる直前まで約20日間、育てる。約100キロの食品残さで、約15キロのたんぱく質が回収できるという。
食品廃棄物を餌にミズアブを飼育すると、独特の悪臭が消えていることに気づいた研究グループは、ミズアブを入れないで放置する場合と比較してみた。すると悪臭の主原因である二硫化メチルや三硫化メチルなどが激減した。数値としては検出限界以下だった。
メタゲノム解析を行ったところ、ミズアブ飼育により残さの細菌の種類が変化し、全体の多様性は減少することが分かった。ミズアブ幼虫の腸内細菌に由来する細菌が、悪臭の要因となる物質の代謝・分解に関わる酵素を有するため、悪臭が抑制されたと考えられた。乳酸菌の一種であるラクトバチラス属が有意に増えていたという。
一般に生ごみなどのコンポストでは、臭いがしなくなる完熟たい肥には数カ月かかるが、20日程度で済むなら産業化に大きな前進。さらに昆虫のふんや腸内細菌などが混ざった飼育残さを処理前の食品残さに混合すれば消臭剤としても利用できる。この再資源化システムで昨年、特許を取得した。悪臭のしない「昆虫工場」なら、食品廃棄物が大量発生する市街地近傍での立地にも可能性が開ける。
小林グループ長補佐は「ラクトバチラス属といっても数多くの種があって、研究としては消臭作用を持ったものを同定するのがこれからの課題になる。その種を大量培養できるかなどで、産業化の展望も開けてくると思う」と語っている。(相澤冬樹)
ウクライナ大使が筑波大で講演 避難学生と懇談も
駐日ウクライナ大使のセルギー・コルスンスキー氏が24日、筑波大学(つくば市天王台)を訪れ、日本人学生やウクライナからの避難学生、大学関係者ら約100人を前に講演したほか、ウクライナからの避難学生と懇談した。
同大は昨年4月にウクライナからの避難学生の受け入れを表明し、渡航費用や生活費を一部支給している。さらに学生宿舎の無償貸与、日本語学習プログラムの提供、カウンセリングの実施など、サポート体制を整えてきた。現在は、国立大学としては国内最多の42人を受け入れているなどから大使の訪問に至った。
講演では、ウクライナが誇る芸術のバレエや、卵の殻に花や鳥などを描き込んだ工芸品の「プィーサンキ」、郷土料理などを、スクリーンに写真を映しながら紹介し、ウクライナの歴史と、ロシアから侵攻を受け破壊された街並み、犠牲となった市民の姿に触れながら、戦争により傷ついた祖国の現状を訴えた。
大使はまた「侵攻後、最初に支援を表明したのが茨城県」であるとし「茨城とは特別な関係がある」との述べ、感謝の意を表した。今後の日本への期待として「日本の企業などとは戦後復興について、インフラ再建への投資など協力関係構築について協議をしている」とした上で、「難民の帰還への協力とともに、新しいウクライナを共につくっていくことを期待したい」と語った。
講演の後には避難学生との懇談会が開催され、大使から学生に「学生たちは、この大学で学ぶことができて、明るい未来があると私は思っています。しっかり学んでください。ウクライナはあなたたちを必要としています」とメッセージが送られた。
講演を取材した、同大の学生で筑波大学新聞の川上真生さん(19)は「ウクライナのことはこれまでテレビなどの報道で接してきたが、直接、話を聞いたことはなかった。講演を聞く中で、被害を伝える場面での声の強弱などによる感情の変化に接して、現状をよりリアルに感じられた」と話した。
茨城県は、ロシア侵攻が始まった翌日の昨年2月25日、県議会が「ロシアによるウクライナ侵攻に断固抗議する決議」を全会一致で可決。さらに全議員から募った義援金100万円を大使館に贈った経緯がある。また同年3月には、守谷、常総、坂東、つくばみらいの4市が連携し、ウクライナからの避難民受け入れを表明している。(柴田大輔)
瓜連小で再びゲストティーチャーに《邑から日本を見る》134
【コラム・先﨑千尋】3月下旬のある日、私は地元の瓜連小学校で再び教壇に立った。相手は5年生全員だ(といっても60人弱)。テーマは「倭文織に魅せられて―しづ織とは何か」。
私が住んでいるすぐ近くに常陸二ノ宮静(しず)神社がある。近頃は、神社に隣接する静峰(しずみね)公園の2000本の八重桜の方が知られているが、「桜田門外の変」で井伊大老を討った一人、斎藤監物(さいとう・けんもつ)の墓もあり、歴史に関心のある人はそちらに引き付けられる。
静神社の祭神は建葉槌命(たけはづちのみこと)。織物の神様だそうだ。古代、神社の周辺には倭文部(しどりべ)という職業集団がいた。倭文(しどり、しづおり)とは「楮(コウゾ)や麻、からむしなどを素材として、その緯(い)を青、赤などに染め、文(あや)に織った布」と言われている。『万葉集』には、防人(さきもり)に行った倭文部可良麻呂(しどりべのからまろ)の長歌が収められている。
この織物は『常陸国風土記』や『延喜式』など多くの文献に出てくるが、現物が発見されていないので、こういうものだと断定はできないが、調べる価値のある織物だ。
地元にこのような貴重な歴史遺産がある瓜連町では、約30年前に楮や木綿などを使ってしづ織の復活を試み、小学校にも「しづ織クラブ」が誕生した。今の子どもたちは第2世代になる。私もこのクラブの誕生に関わっており、小学校から「しづ織とは何かを話してほしい」と頼まれたのだ。
楽しみながら学ぶ、楽しいことを学ぶ
私は当然、しづ織の素材や用途などについて基本的なことを話したが、その前に、歴史とは何か、どうして歴史を学ぶのかについて、私が日ごろ考えていることを伝えた。学校で教わる歴史とは、年表を覚えることと有名な人や事件などを知ること。だから面白くない。私はその壁を破りたかった。
長い長い人類の歩みの中で、数え切れない人々の暮らしや生活があり、事件や事故、自然災害なども起きた。その中から何をつかみ取るのか。自分が生きている今と違う世界がある。そこを旅するのが歴史だ。過去に学ぶことは、これからの自分や地域、国の将来を考えることだ。そう前置きし、次のようなことを話した。
しづ織を織っていた倭文部の人たちは、どんな暮らしをしていたのだろうか。何を食べていたんだろうか。他の人たちとの交流はどうしていたんだろうか。静神社の近くに前方後円墳があるが、しづ織と関係あるのだろうか。一つのことに興味を持てば、調べたいことが次々に浮かんでくる。それを調べるのが歴史の旅なのだ。
この地域には、奈良・平安時代には「倭文郷(しどりごう)」という大きなムラがあり、最近墨書(ぼくしょ)土器も見つかった。鎌倉・室町時代は、東西南北の交通の要所で、東海村辺りから栃木那須方面への塩の道が通っていた。
私は当日、わが家の田んぼで見つけた旧石器時代の小さな石斧(おの)を持参した。皆それを手に取り、目をキラキラ輝かせていた。楽しみながら学ぶ、楽しいことを学ぶ、それが子どもの教育に大事なことなのではないか。そう考えた。(元瓜連町長)
24人の当選決まる 土浦市議選
投票率、最低の40.20%に
任期満了に伴う土浦市議選(定数24人)は23日投票が行われ、同日午後7時から同市大岩田の霞ケ浦文化体育会館で開票の結果、24人の当選が確定した。投票率は40.20%で、新治村と合併した2006年以降最低となり、前回選挙(2019年)を3.23ポイント下回った。当日有権者数は11万6044人(女性5万8348人、男性5万7696人)。
定数を8人オーバーする32人が立候補した。当選したのは現職14人、新人8人、元職2人。政党別は公明4人、共産2人、社民1人、無所属17人。女性は改選前の3人から5人に増える。
開票結果は以下の通り。
土浦市議選(定数24ー立候補者32)確定当3313 勝田 達也 59 無現当2574 矢口 勝雄 59 無現当2460 今野 貴子 65 無現当2369 島岡 宏明 64 無現当2057 吉田千鶴子 70 公現当2054 平石 勝司 52 公現当1954 吉田 直起 41 無新当1912 海老原一郎 69 無現当1847 根本 法子 57 公新当1804 目黒 英一 53 公現当1651 竹内 裕 72 無元当1640 菅井 歩美 38 無新当1593 奥谷 崇 52 無現当1497 平岡 房子 70 社新当1445 滝田 賢治 46 無新当1397 柳澤 健二 36 無新当1364 田中 義法 53 無新当1350 鈴木 一彦 59 無現当1304 寺内 充 70 無現当1245 下村 壽郎 67 無現当1183 篠塚 昌毅 67 無現当1147 古沢 喜幸 76 共元当1120 福田 勝夫 79 共新当1120 小坂 博 66 無現▼1036 坂本 繁雄 74 無新 1024 塚原 圭二 61 無現 838 大木 俊郎 60 参政新 524 山下 久徳 60 無新 503 たじまゆき 38 無新 246 小野 勉 61 無新 181 四栗 治 55 無新 88 三上 英則 56 無新
▷土浦市議選 当選者一覧 得票順(氏名・敬称略、年齢、職業、政党・政治団体、現職・新人・元職の別・当選回数)
勝田 達也(かつた・たつや)59 会社役員 無③ 神立町
【略歴】明治学院大卒。勝田商事代表取締役
矢口 勝雄(やぐち・かつお)59 会社員 無② 下高津
【略歴】千葉工大卒。マミーやぐち社員。副地区長
今野 貴子(こんの・あつこ)65 市議 無③ 小松
【略歴】北海道釧路江南高卒。総務市民委員会委員長。元・衆議院議員秘書
島岡 宏明(しまおか・ひろあき)64 会社社長 無③ 烏山
【略歴】立教大学卒。島岡商事代表。元関彰商事
吉田 千鶴子(よしだ・ちずこ)70 市議 公⑥ 中村南
【略歴】土浦三高卒。党土浦支部長。元市議会副議長
平石 勝司(ひらいし・かつじ)52 市議 公④ 神立町
【略歴】創価大学卒。元市議会副議長
吉田 直起(よしだ・なおき)41 会社役員 無① 常名
【略歴】流通経済大学卒。NPO法人ジョインアス専務理事。元参議院議員公設第一秘書
海老原 一郎(えびはら・いちろう)69 会社役員 無⑥ 真鍋
【略歴】青山学院大学卒。海老原興産取締役。元市議会議長
根本 法子(ねもと・のりこ)58 政党役員 公① 中高津
【略歴】つくば国際大高卒。党土浦副支部長
目黒 英一(めぐろ・えいいち)53 市議 公② 北荒川沖町
【略歴】国際武道大学部卒。公明党土浦支部副支部長。文教厚生委員会副委員長
竹内 裕(たけうち・ひろし)73 無⑧ 下高津
【略歴】日本大学卒。衆議院議員公設秘書などを経て市議
菅井 歩美(すがい・あゆみ)38 保育園園長 無① 右籾
【略歴】東京成徳大学卒。リトルフォレストキッズハウスうみの森園長
奥谷 崇(おくや・たかし)52 市議 無② 右籾
【略歴】東京経済大学卒。元カスミグループ労働組合連合会事務局長
平岡 房子(ひらおか・ふさこ)70 元教員 社民① 菅谷町
【略歴】茨城大学卒。元茨城県公立小中学校教員
滝田 賢治(たきた・けんじ)46 農業 無① 沢辺
【略歴】常総学院高卒。会社役員。商工団体役員
栁澤 健二(やなぎさわ・けんじ)36 会社員 無① 右籾
【略歴】東京農大大学院卒。明興塗装会社員
田中 義法(たなか・よしのり)53 会社役員 無① 永国
【略歴】土浦日大高卒。田中冷設工業代表取締役
鈴木...
色とりどりのボタンとシャクヤクが競演 つくば牡丹園
5000輪の花いかだも
ボタン、シャクヤク合わせて800種類、約6万株を栽培する「つくば牡丹園」(つくば市若栗、関浩一園長)で、ボタンが見ごろを迎えている。シャクヤクも咲き始め、色とりどりのボタンとシャクヤクが競演している。
22日には来園客が午前9時のオープン前から行列をつくった。来園客らは色とりどりの花々にカメラを向けたり香りをかいだりと、思い思いに楽しんでいた。今年は8日にオープンした。5月21日までの44日間開園する。
暖かい日が続き例年より10日ほど早く開花している。シャクヤクはゴールデンウイーク前に見ごろとなり、週末には池に5000輪以上のシャクヤクの花を浮かべる「花いかだ」を開催する予定だ。花いかだに使用するシャクヤクは近隣の農家で育てられ、市場に出す前に咲いてしまって花摘みしたもの。毎年開催しており、花いかだを楽しみにしている常連客も多いという。
同園は1989年に開園した。広さは約6ヘクタール。関園長(62)はすり鉢状で高低差のある地形を生かして開墾、植栽し、植物だけでなく昆虫や鳥、水生生物など多様な生き物が共生するビオトープ型の庭園を作り上げた。庭園となる前はスズタケなどのササが群生しており、切り開くのに苦労したと話す。土壌改良にこだわり、競走馬の馬ふんを活用した発酵堆肥を製造し園内の花作りに使用している。除草剤を使用せず、手作業で除草するなど徹底して無農薬で管理している。
一昨年はコロナ禍の影響を受け来園客は約1万7000人にとどまった。昨年は約2万6000人が来園した。
園では農作物の栽培も行っている。昨年からは発酵堆肥を用いてサツマイモ栽培を始めた。今年は初収穫したサツマイモを使用し干し芋や焼き芋、スイーツを数量限定で園内のカフェで販売している。オリジナルのシャクヤク茶も販売し、園内のテラスカフェで提供する。
園内のギャラリースペースでは日本とロシアの古道具と植物、生花を扱う店「はいいろオオカミ+花屋 西別府商店」(東京都港区)によるアート作品や、陶芸作家中村典子さんの作品展示、販売会も行っている。
22日、千葉県から訪れた30代の女性2人は「初めて来た。お花を見るのが好きで、都内などの庭園をめぐっている。ここのお花は大きくてとてもかわいい」と話した。関園長は「多様な生き物が共存共栄する巨大なビオトープになっている。花を目で見て癒され、農薬不使用の園内の空気を吸って楽しんでほしい」と来園を呼び掛けた。(田中めぐみ)
◆同園はつくば市若栗500。入園料は大人1000円。中学生以下無料。開園時間は午前9時~午後5時。詳しくは電話029-876-3660(同園)へ。
四半世紀前のモンゴル訪問で思ったこと 《文京町便り》15
【コラム・原田博夫】1996年10月末~11月初め、モンゴル国を初めて訪れた。外務省の対モンゴル知的支援プログラムで、同国の税制調査を依頼されたからである。そもそもは、同国が日本との租税条約(二重課税の調整)を求めていたことにある。日本としては、その要請の課題を専門家に調査してもらい、その報告に基づいて判断したいという趣旨だった。
現地では、政治体制が変わり市場経済が導入されたばかりで、基本的な社会インフラは旧体制(社会主義)のままだった。
訪問先の官庁街やウランバートルホテルは市の中央広場に面する中層ビル群で、建物内には羊肉の匂いも感じられたが、建物それ自体は風格もありしっかりした造りだった。実はこれらのビル群は、日本人捕虜により1945年から2年間の抑留生活で多くの犠牲を出しながら建設されたもので、ソ連の指導で建設した建築物よりきちんとした出来だ、と現地の人も口々に語っていた。
そんな中での現地での税制調査だが、基本的な情報収集にはかなり難渋した。そもそも、紙が貴重品なのである。したがって、現地担当者は数字を挙げて説明するのだが、その資料(紙)の余部は無い、コピーはできない(そもそもコピー機が無い)、と言う。
したがって、当方は先方の説明を書き留めるしかしない。この時の報告書は、同行した大田弘子さん(当時:埼玉大学助教授、経済財政担当大臣2006年~08年などを経て、2022年9月以降は政策研究大学院大学学長)が、帰りの機中でパソコン相手に手際よく整理してくれたおかげで、何とか記憶と印象が消え去る前にまとめることができた。
携帯電話がすでに日本以上に普及
結論は、日本とモンゴルの間の彼我の差も大きく、経済交流が不十分な中での租税条約は時期尚早、だった。
その後、国際協力機構(JICA)が1998年から20年余にわたって近代的な徴税システムの基盤づくりに協力し、その結果、フレルスフ・モンゴル大統領が来日時(2022年11月)に、岸田首相との間で取り交わした「戦略的パートナーシップのための共同声明」Ⅱ(経済・経済協力)2(投資・ビジネス環境の整備)に、1項目「両国の租税条約締結に向けた意見交換の実施」が入っている。四半世紀前の調査事項がなお継続していることに、ある種の感慨を覚えた。
当時の私にとって印象的だったウランバートル市街の風景は、携帯電話がその時点ですでに(日本以上に)普及していることだった。固定電話は設置されていたが、公衆電話はほとんどなかった。当時の私の印象では、日本では公衆電話網・ボックスが全国に設置されていて、テレホンカードで電話をかけることができた。そうした観点からは、携帯電話の必然性は相対的に低かった。
翻って、公衆電話網が普及していないモンゴルなどでは、携帯電話の利便性は高いし、普及に弾みがついていると想像できた。ちょうど、銀行口座の無い低開発国の一般庶民にとって、携帯電話(スマホ)による決済システム(キャッシュレス決済など)への親和性が高いのと同じである。他方、銀行による決済システムが定着している日本ではデジタル通貨などへのチャレンジが今なお停滞気味であるのと、対照的である。
社会インフラの整備状況、テクノロジーの可能性と普及の交錯・逆転を実感した次第である。(専修大学名誉教授)
