野菜作りへの道、一歩ずつ《菜園の輪》4
【コラム・古家晴美】つくば市における様々な菜園の在り方について触れてきたが、今回はそれを脇で支える方から話をうかがった。32年間続けた教員を5年前に早期退職し、農家へと転身された、つくば市在住のジミーさんこと、柳下浩一朗(60)さんだ。長年、多くの子どもたちと接してきたジミーさんが野菜作りを通して目指すのは、子どもに「豊かな体験と素晴らしい出会い」を持ってもらうことだと言う。
その第一歩として、つくば市が募集する農産物オーナー制度の参加農園として手を挙げた。パパイヤとサツマイモの11回の農業体験やイベントを開催。その中で、より興味を持った参加者に貸し農園(菜園)への参加を呼び掛けた。オーナー制に応募した40組120名のうち、6組の家族が現在、フカフカの土に緑が映える菜園で様々な野菜を栽培している。
来年度から有料で本格始動する予定だが、本年度はお試しということで、無料で20平方メートルの菜園を貸し出している。
運営側として、様々な心遣いをしている。菜園へ自動車でやってくる利用者は多い。地元の農家の方の通行に迷惑がかからぬよう、菜園の路肩に防草シートを張ってパーキングスペースを確保した。車を菜園の脇に横付けできるという利点もある。また、自宅からホースで水を引き、菜園の近くで利用できるように工夫した。トイレは仮設を2セット用意したが、利用者が少ないことから、現在は菜園から徒歩1~2分の自宅トイレを開放している。
その他、スコップや鍬(くわ)、マルチシートも無料貸与している。ジミーさんの後ろに付いて畑の中に足を踏み入れると、ホロッと崩れるケーキの上を歩いているような感触だった。3年間、パパイヤを栽培した跡地だそうで、この土なら何を作ってもうまくいく、とのこと。
畑は作り手の個性が出る
「畑は作り手の個性が出る」とよく言われるが、菜園を見ていてそうかもしれない、と感じる。雑草がたくましく生い茂り、作物名を書いた腰高の竿(さお)を目印に、ようやく野菜の存在を確認できる畑。整然と畝が並び、しっかりとかぶせたマルチの苗を植え込む穴が几帳面(きちょうめん)に正円に切り取られている畑。
子どもの手書きと思われるネームプレートとカラフルな風車が立てかけられた畑。まだ、6区画だけだが、様々な畑がある。しかし、ジミーさんはそれがよいのだという。それぞれの個性が出ているから菜園は面白い。
オーナー制で、土や虫、カエルを見たことも触れたこともなかった子どもたちが、数回の農業体験で、みるみる間に成長する。さらに自分の菜園を持つことにより、土との関わり、野菜づくりの体験を深掘りする機会ができる。野菜づくりへの道をゆっくり一歩ずつ前進している。(筑波学院大学教授)
マスク外し「外ヨガ」で開放感 栗原交流センター つくば
五月晴れとなった24日、筑波山と宝篋山を望むつくば市栗原の市栗原交流センターの芝生広場で、屋外でヨガを楽しむ「外ヨガ」が開かれ、15人の参加者たちは、新型コロナウイルス感染拡大以来ほぼ2年ぶりに、マスクを外して仲間と一緒に体を動かした。
今月23日、国が新型コロナウイルス対策の基本的対処方針を変更し、屋外で人と2メートル以上の距離を確保できない場合でも、会話をほとんど行わなければマスク着用の必要はないと発表したのを受けてマスクを外した。
村野一義所長は「マスクの着用について政府の方針が示されたので、会話しない受講生はマスクを外して参加してもらえる」と安堵(あんど)した表情を見せた。
外ヨガは、マットに仰向けの姿勢で大地と接触するグランディングという軽いウォーミングアップから始まり、水分補給をしながら座ったり四つんばいの姿勢で股関節や背骨を動かしたり、立ちポーズを取ったりした。最後は、横たわって何も考えない瞑想(めいそう)の時間を意味する「しかばね」のポーズで終了した。
「肩こりで体はガチガチ、できるかな」と不安げだった参加者の水谷浩子さん(62)は「マスクを外して気持ちよかったし、リラックスできた」。ヨガ経験者で50代の鷹巣あけみさんは「鳥の声や風を感じながらの外ヨガは、余計なことを考えることがなくて良かった。ここでヨガができるのは幸せ」と話した。夫に子どもを預けて産後5カ月で参加した30代の岡野絵莉子さんは「体を伸ばして開放された気分」と笑顔を見せた。
感染から身を守るとはいえ、長く続くマスク着用の生活は心の負担になっていたはずで、マスクなしで外気を吸いながらヨガのポーズをとる参加者たちは、心身ともに開放感を感じている様子だった。
外ヨガは栗原交流センターが企画した講座で、24日を初回に全3回開催される。「筑波山と宝篋山を見上げ、近くを流れる桜川に沿って水田が広がる景観と、広い芝生広場を有する栗原交流センターの立地を生かした講座を考えた」と同センターの村野所長は話す。コロナ禍による健康志向の高まりと戸外での活動に定員15人を超える応募があり、抽選で受講生が決まった。
講師を務めたヨガインストラクターの染川ひろみさんは、市内各地の交流センターやヨガサークルなどで幅広く指導している。染川さんは「心と体をつなぐことが大切で、ポーズの格好を気にすることはない」と話し「筑波山に連なる山々を眺めて田園をわたる風や鳥の声に耳を澄ますなど、心地良さを体感してください」と語りかけていた。(橋立多美)
大和ハウスが住まいと暮らしの新店舗 28日、イーアスつくばにオープン
業界初、メタバース住宅展示場も
大和ハウス工業(本社大阪市、芳井敬一社長)が28日、住まいと暮らしのあらゆるニーズに応え、困り事を解決する新店舗「LiveStyle Shop(リブスタイル・ショップ)つくば」を、自社が運営するつくば市研究学園の大型複合商業施設、イーアスつくば3階にオープンする。全国第1号店で、業界初のメタバース住宅展示場の体験もできる。
大友浩嗣常務執行役員が24日記者会見し発表した。コロナ禍で住宅展示場の新規来場者数が減少する中、買い物ついでに気軽に立ち寄ってもらおうと新業態の店舗を開設する。
住宅を取得したい人は最初、新築か中古か建て替えかなどをまだ具体化しておらず、さまざまな住まい方を比較検討していることから、グループ会社が協力し、住まいと暮らしのあらゆる相談に乗れるようにした。
新築戸建て住宅を販売する大和ハウス工業のほか、リフォーム工事、インテリア販売、不動産の売買仲介、賃貸住宅や賃貸マンションの管理運営をするグループ企業4社と共同運営する。販売などはせず、相談に乗ったり、情報を提供したり、提案するという。
店内には、住まいの困りごとを解決する「住まい方提案ゾーン」、メタバース住宅展示場が体験できる「リブスタイルデザインゾーン」、より快適な住まいや暮らしを提案する「リフォーム・インテリアゾーン」、新築から中古、賃貸住宅まで全国の物件が検索できる「不動産検索ゾーン」の4つのエリアがある。
住まいの困りごと解決は、例えば、自宅で楽器を演奏したり、こだわりの機器で音楽や映画鑑賞を楽しみたい人向けに、実際に遮音効果を体験してもらって、オリジナルの防音室を提案などする。家事を家族全員で分担したい共働きの家族には、家事をシェアするアイデアを提案などする。
メタバース住宅展示場は、店内にあるタブレット端末や大画面を使って、アバター(自分の分身)が仮想空間上の住宅に入り、担当者に質問したり、壁や床、天井、家具などの色やデザインを変えて居心地を確かめたりできる。メタバース住宅は、同社が今年4月、住宅業界として初めてインターネット上で公開したばかり。同社の登録会員はインターネット上で4種類の住宅のメタバース体験ができるが、新店舗では未登録者でも気軽に体験できる。
リフォームやインテリアは、最新設備による省エネや電気の自給自足のためのリフォームを提案したり、ペットと暮らすための傷付きにくい家具の選び方、住まいに応じたお勧めのリモートワークの空間づくりなど、数カ月ごとにテーマを変えながら提案する。
目標来店客数は年間3700組。近隣から多くの家族連れが来店するイーアスつくばで実証し、今後、同社が運営する全国の商業施設などで出店拡大を目指すという。
大友常務は「住宅展示場ビジネスが変わってきている。(インターネット上のメタバース住宅展示場など)デジタルでも可能だが、お客様とリアルな接点をもちたい」とし「新築戸建てに特化するのではなく、グループ全体でいろいろなライフスタイルの提案ができる場所にしたい」と話す。
◆同店は5月28日(土)午前10時、イーアスつくば3階南側にオープンする。店舗面積148平方メートル、営業時間は午前10時から午後7時。問い合わせは電話029-846-0500(同店)。オープンを記念して28日から6月5日まで、イーアスつくばの商品券が当たるガラガラ抽選会を開催する。
半径1キロの黄金週間 《続・平熱日記》110
【コラム・斉藤裕之】テレビでは高速道路の渋滞が復活したことをうれしそうに報道している。カーボンフリーだとかガソリンが高いとかコロナがどうとかということは、久しぶりの行動規制のない連休を目の前にしては無粋ということか。
それにしても1年で一番いい季節。ご近所では、草むしりに精を出すご婦人や庭木を見上げて剪定(せんてい)の算段をするご主人の姿をよくお見掛けしたし、ホームセンターに行けば、野菜の苗や土をカートいっぱいに載せた人々でごった返していた。
夫婦2人の我が家では、食べきれないキュウリやナスはよして、ささやかなミニトマトの苗を買って帰った。それから、気になっていたホーロー製の小さなバスタブ型の水槽を掃除することにした。毎年かわいらしいスイレンを咲かせるこの水槽。昨年はここにホテイアオイを入れてみたところ、水面いっぱいに増えて、冬を迎えたころに全部枯れてみっともない様子になってしまった。
実はボウフラ除けのためにメダカを入れてあるのだが、この体では全滅かと思いながら水を捨ててみたところ、「生存者1名、いや1匹発見!」。しかし1匹というのはさすがに寂しかろうと、ホームセンターに赴いた。昨今は、残念ながらメダカの学校は川の中ではなくホームセンターにあるのだ。「12匹で〇〇円!」という特価品を見つけて、1ダースの仲間と水草を買って帰った。
木っ端で箸を作ってみた
薪(まき)を作るのにもちょうどいい季節だ。玉切りにしてあるものを割って、軒下に積んでいく。渾身(こんしん)の力でヨキを振り下ろす無酸素運動。すぐに心拍数も上がり汗も噴き出す。近ごろ何かと耳にするSDGsという言葉。最近、私なりのひとつの答えが見えてきた。それは「美」だ。事実、目の前に積み上がっていく薪のなんと美しいことか。
それから、ふと思い立って久しぶりに箸(はし)を作ってみた。適当な木っ端で斜めのガイドを作る。そこに1センチ角ほどの棒状の木をセットしてカンナで削っていく。30分ほどで出来上がった。水に沈むと言われるほどの密度があって、「鉄刀木」と書いて「タガヤサン」と読む木の箸。他に花梨(カリン)や月桂樹(ゲッケイジュ)の端材もあるので、娘夫婦にも作ってやった。
そして、犬の散歩の道すがら出会った面白い光景。竹林を背負った民家なのだが、そこに立っている樫(かし)の木を伐(き)っている。恐らく重機も入れないのだろう。はしごをいくつもつなげて木に縛り付けている。高さは電柱よりも高いので15メートルはあろうか。遠目には、はしごがいっぱいくっ付いている木に見える。
アート作品のようでもあり、なんだか久しぶりに心が躍る光景だった。半径1キロ内で過ごした今年の連休。(画家)
パチンコ店⇒フィットネスジム 土浦駅前ビルの高橋さん【キーパーソン】
JR土浦駅の前にある7階建ての商業ビル。1~2階にあったパチンコ店が昨年5月に撤退。両フロアーは空いたままになっていたが、この4月、2階にフィットネスジムが開業した。以前は全館「丸井土浦店」だった駅前ビルのテナントの推移を知ることで、商都・土浦の盛衰を知ろうと、このビル(東郷ビル ぷらっと)のオーナー・高橋信子さん(東郷商事社長)に話を聞いた。
駅前の特性を生かし自らジムを開設
2階にオープンした会員制ジムは、24時間使える「Plat Fit(ぷらっと フィット)24」と、インストラクターによるレッスン(午前10時~午後10時)も受けられる「Plat Pilates(ぷらっと ピラティス)」の2つのコース。200坪(660平方メートル)の広いフロアーには各種マシンが置かれ、映像・音声に合わせて自由に運動できるスタジオと、指導員に教わりながら専用マシンを使って運動するスタジオがある。
最近、この種のジムは増えているが、フランチャイズ(親会社・加盟店方式)のものが多い。高橋さんによると、Platは専門家の知恵を借りながら、自分のアイデアも入れて設計した施設と言う。東郷商事にとっては、従来のフロアー貸しではなく、フロアーを自ら活用する新しい試みになる。
JRを利用する通勤者・通学生には常時利用可能。駅の東口(霞ケ浦側)と西口(市街地側)に林立するマンションの住民には徒歩圏内。駅前ビルの特性を生かしながら、高層住宅街化する土浦駅周辺を強く意識した事業といえる。
「丸井」⇒パチンコ+飲食+カラオケ
東郷ビルに「駅の前の」百貨店・丸井が入っていたのは、1968~2004年の36年間。土浦が茨城県南の中心として繁栄していたころだ。1~7階には、紳士服・婦人服、インテリア・家具、時計・メガネ、その他の店が並び、屋上には遊園地もあった。大家さん・東郷商事にとっては夢のような時代だった。
丸井撤退後、建物を所有する3社(丸井+東郷商事+地元不動産会社)はビルの売却も考えた。しかし、話がまとまらず、東郷商事が全所有権を買い取り、2年後の2006年、いろいろな店が入る複合ビルとして再オープン。その後、店の入れ替わりはあったものの、1~2階にパチンコ店が入り、3~7階を飲食店やカラオケ店などが使うという形が続いた。
1年前のパチンコ店撤退について、「若い人を中心にゲームや賭け事のスマホ化が進み、パチンコ人口が減少。加えて、パチンコ店の大型化・郊外化が進み、テナントがいずれ店を閉めることは覚悟していた」と言う。
この1年間、1~2階をどう埋めるか検討した結果、2階は自社運営のスポーツジムに。1階には複数の店を入れることを考え、コンビニ、ブランド・カフェ、コインランドリーなどの誘致を図ってきたが、まだテナントは決まっていない。マンション住民や通勤者・通学生が利用する、新しい「土浦スタイル」に合う店に使ってほしいようだ。
【たかはし・のぶこ】土浦一高卒。中央大学文学部(心理学専攻)卒後、幹部候補生として海上自衛隊に入隊。幕僚監部広報班や実科学校などに5年。2尉で退官した後、日本生命に15年勤務(フィナンシャルプランナー資格を取得)。2007年、父親が経営する有限会社東郷商事に戻り、取締役。2013年から代表取締役。1956年、土浦駅前生まれ、同市並木在住。
【インタビュー後記】高橋さんがオーナーの会社がなぜ東郷商事なのか? 以前から不思議に思っていたが、今回のインタビューでそれが氷解した。鹿児島出身の祖父が先の大戦が始まった年(1941年)、土浦駅前にあった東郷旅館を買い取り、霞ヶ浦海軍航空隊相手の商売を開始(宿泊客の多くは海軍関係、海軍に食料品を納入する「御用商人」も)。旅館は日露海戦の英雄・東郷平八郎の姓を使った屋号だったらしく、同じ薩摩出身の祖父も気に入ったようだ。1958年、父親が旅館のそばに東郷食堂を開業。そして1967年、「丸井のビル」を他2社と共有する東郷商事を設立。戦前は海軍の街だった土浦―海軍元帥の姓をもらった社名―海軍の階級なら中尉だった高橋さん。このつながりが分かっただけでも有益な時間だった。(経済ジャーナリスト・坂本栄)
小出裕章さんが常陸太田市で講演 《邑から日本を見る》112
【コラム・先﨑千尋】「日本は世界一の地震国。避難計画とは、ふるさと喪失計画だ。東海第2原発を再稼働させてはならない」。
5月7日、常陸太田市のパルティホールで開かれた講演会で、元京都大学原子炉実験所助教の小出裕章さんが熱っぽく訴えた。この講演会は同講演会実行委員会が主催。最初に記録映画「地震・津波・原発事故」が上映され、東日本大震災による津波と東京電力福島第1原発の事故、飯舘村で事故に遭い昨年10月に甲状腺がんで亡くなった長谷川健一さんらの話などが紹介された。講演会には県内外から420人が参加した。
小出さんの講演のタイトルは「日本の原子力開発と東海第2原発の再稼働」。小出さんは最初に原子力開発が東海村に誘致された経過を話し、「どんな機械でも故障し、事故も起こす。人間は神ではない。必ず誤りを犯す。原子力発電所も機械であり、事故から無縁ではない」と、事故が起きるのは必然だと述べた。そのことを国も電力会社も知っており、それ故に東電は自分の電力供給範囲から原発を追い出し、福島や新潟に作った。
その福島。事故から11年経っても放射線量が高く、現場に行けない。溶け落ちた炉心がどこにあるのかさえ分からないでいる。原子炉を冷やすために水を注入し続け、放射能汚染水が増え続けている。3月現在で汚染水の貯留量は約130万トンになり、国と東電は昨年4月、汚染水を海に流すことを決めた。「地球は水の惑星であり、水を汚すことは究極の自然破壊だ」と、小出さんは危機感を表す。
また、復興の掛け声のもとで住宅支援の打ち切りなど被害者たちが押しつぶされ、汚染があることを口にすると「復興の邪魔だ」と非難されると言う。
「子供たちを被曝から守るのが大人の責任」
さらに、東電は原発事故のあと、「最後の1人まで賠償貫徹」「迅速かつきめ細やかな賠償の徹底」「和解仲介案の尊重」という3つの誓いを立てたが、それは全部ウソだったと小出さんは東電の姿勢を糾弾する。小出さんの指摘を待つまでもなく、最近の相次ぐ東電敗訴という最高裁判決でそのことは証明されていよう。
小出さんは最後に日本原電の東海第2原発の再稼働について触れた。「日本は世界一の地震大国。日本は地震の巣に原発を57基もつくってしまった。東海第2原発から東京駅まで116㌔。首都圏は150㌔圏内にすっぽり入る。半径30キロ圏内に94万人、150キロ圏内に4000万人が住んでいる。その人々が避難できるのか。できたとすると、それはふるさと喪失になる」。
昨年3月の「日本原電は東海第2発電所の原子炉を運転してはならない」という水戸地裁の判決がありながら、国は知らぬ顔で避難計画策定の責任を地元自治体に押し付ける。できるはずがないと批判する。
私は、スライドで紹介された「日本人の大人には、原子力の暴走を許し、福島第1原子力発電所事故を引き起こした責任がある。自分が被曝しても子供たちを被曝から守るのが大人の責任」という、柚木ミサトさんのイラストが強く印象に残った。そして、久しぶりに聞いた小出節に感動した。(元瓜連町長)
29年続くにぎわい再び つくばリサイクルマーケット
家庭で使わなくなった不用品を持ち寄り、安く販売してリサイクルする「第122回つくばリサイクルマーケット」が22日、同市吾妻の中央公園水の広場で開かれた。市内や近隣市の市民らが38区画に出店し、買い物客でにぎわいを見せた。コロナ禍で半年ぶりの開催となった。
つくば市の市民団体「リサイクルを推進する会」(高野正子代表)が1994年から主催しており、今年で29年目となる。
毎年3月、5月、9月、11月の年4回開催し、多い時には700人の来場者があったが、コロナ禍で中止を余儀なくされていた。昨年11月に再開し33区画に出店した。しかし感染拡大を受けて、今年3月は再び中止となっていた。今回は出店区画を40区画用意、30人のキャンセル待ちがあったという。
「つくばのごみを宝の山に!」をモットーに、使用可能なものを捨てずにリサイクルすることを目的とするマーケットで、出品されたのは、衣類や靴、本、未使用のタオルや食器、使わなくなったおもちゃ、雑貨、文房具などさまざま。
出店したつくばみらい市在住の女性は「何度も出店している。ずっと出したくて久しぶりの出店。家族のものなどたまった不用品を持ってきた。天気が良くなって、思っていた以上に買っていただいた」と話す。
土浦市から息子を連れて買い物に訪れた篠崎史織さんは「初めて来た。10円や100円といった値段で子どもでも買いやすいので、自分でお金を出して買うという体験ができてよい。息子はコロナ禍の中生まれたのでこういった体験が貴重」と話した。
感染対策として、会場4カ所に入口を設置。来場者には検温、消毒を行い、入場証を配布した。出店区画はコロナ禍以前のおよそ半分に減らして密を避け、開催時間を1時間短縮、飲食も禁止とした。感染を防止しながら安全に開催できるよう、ボランティアスタッフの秋元靖史さんが中心となって、入口の配置や区画の位置の割り振りを工夫したという。
代表の高野さんは「ボランティアスタッフたちが、自分の気が付かなかったことをやってくれ、みんなで意見を出し合って運営できている。スタッフの協力が本当にありがたい。自分は保育士だったこともあり、リサイクルマーケットは子どもの教育にも良いと思ってやってきた。ずっと続けていきたい」と話す。
ボランティアスタッフとして20年以上運営に携わっている澤井里佳子さんは「コロナ禍で中止になっていた時は、皆さんと会う機会も無くなってしまっていた。コロナ禍以前は外国人留学生もよく日用品を買いに来ていた。常連だった外国人のお客さんもいたが、見かけないのでどうなったのか」と案じた。(田中めぐみ)
https://youtu.be/P04IJhOzL8s
◆次回は9月25日(日)開催予定。雨天中止。出店参加費は1区画500円で事前申し込みが必要。リサイクルを推進する会のホームページはこちら。メールはinfo@t-recyclemarket.main.jpへ。
認識の対立を克服するには? 《文京町便り》4
【コラム・原田博夫】2月24日以降、ロシアのウクライナ侵攻の報道に接していると、戦争の背後に潜む正義は、時代や場所、あるいは人や組織で異なっていることが分かる。侵攻したロシアやプーチンには、少なくとも自国民向けの必然性や正当性があるはずである。
ロシアがこのような暴挙に至った経緯や背景は必ずしもつまびらかではないが、ここ数年来、米国やNATO(北大西洋条約機構)によるロシアへの圧力・圧迫があった(と、少なくともロシアおよびプーチンが思い込んだ)ことは確かである。その意味では彼らには、ゆがんでいたにせよ、なにがしかの必然性があったはずである。それなくしては、このように大規模な「特別軍事作戦」(一方的な侵略)を決行できない。
対して、この侵攻は、侵攻されたウクライナのみならず、EU(欧州連合)、NATO、米国や日本などの民主主義国にとって全く理解できない暴挙である。
この認識の対立構造は、それぞれの国民世論にも反映していて、ロシア国内の世論調査では(国内世論の操作が行われている上に、政府系の御用調査機関と揶揄(やゆ)されているが)、今回の特別軍事作戦は相当の支持を得ている。たとえば、全ロシア世論調査センターの3月17日調査やレバダセンターの4月21~27日調査では、いずれも「支持する」が74%に上っている。
他方で、国連総会でのロシアの軍事行動への圧倒的な非難決議(3月2日の非難決議への賛成141カ国、反対5カ国、棄権5カ国)に見られるように、国際政治・国際世論はロシアへの非難では歩調を合わせている。
関係者・当事者の「良識」に期待
当然ながら、ゼレンスキー政権に対するウクライナ国民の支持は高い。2019年4月の大統領選挙では73%の支持を得て当選したものの、次第に支持率を下げ、ロシア侵攻前は30~40%の支持率に低下していた。それが侵攻直後の2月26~27日調査では91%に跳ね上がっている。
また、米国、NATO各国や日本でも、それぞれの自国政府の対応には、一定の支持が集まっている。ただし、ドイツでは、5月8~15日に実施された州議会選挙では、シュルツ首相の所属する国政与党の中道左派・社会民主党が大敗しているが、この批判票は、ウクライナへの武器供与の判断の遅れなどに起因しているようなので、少なくともロシア批判に揺るぎはない。
こうした対立状況をどう克服させるか。伝統的・歴史的には、相手側を徹底的にたたくというよりも、ある段階・時点からは、緊密な外交交渉や経済関係・文化交流などの相互依存を深めることで融和させる手法が有効だと理解されてきた。しかし現下の厳しい情勢は、それもむなしい経験知・願望かもしれない。
では、どうするか。私は、関係者・当事者の「良識」に期待したい。漠然とした概念かもしれないが、それ以外には、少なくとも私には、現状を突破する出口が見えない。(専修大学名誉教授)
昔「アダルトチルドレン」、今「毒親」 《続・気軽にSOS》109
【コラム・浅井和幸】おかげさまで、浅井心理相談室はこの6月で20周年を迎えます。様々な方にご支持いただき、本当に感謝しております。以前相談に来られた方からのご紹介で来談されるケースや、相談をして元気になったので精神保健福祉士を目指したいとか、公認心理師やカウンセラーになりたい―といった話を聞くと、とてもうれしくなります。
といっても、「浅井のようになりたい」という言葉を聞くと、うれしい反面、「もっと上を目指した方がよいよ。君はもっと大きな可能性を秘めている」と思いますし、正直にそう伝えます。
相談室を開いたころ高校生だった来談者も、すでに30代になって再び来談されることもあります。皆さん、本当に立派になられて感慨深いものがあります。70代の方もいましたので、あの方はもう100歳を超えるのかぁ―などと考えることもあります。
20~30年前、アダルトチルドレンという言葉を頻繁に目にしました。この言葉はもともと、アルコール依存症の親の元で育った子供が、大人になって様々な支障が出てくるという概念です。その意味が広がり、機能不全家族で育った人が様々な生きづらさを抱えていく―という意味にもなりました。医学的な診断名ではありません。
相談の場でも多く耳にしたものですが、最近では「毒親」という言葉に置き換わっていると感じます。毒親は「親ガチャ」とセットで聞くことも多いですね。これらの言葉の登場に、気持ちが軽くなった人もいるでしょう。こんなにつらいのは自分だけではないのだという仲間意識、訳の分からない苦しさから「毒親に育てられた子ども」に属せたという安心感です。
これは、どこの病院に行っても、何も悪くないと医師に言われ苦しさが続く中、うつ病とか難病などの病名がつくことで、何となく治療法があるのだろうという救われた感覚に似ているのだと思います。カサンドラ症候群という、アスペルガー症候群のパートナーを持つ人の苦悩もこれに似ていますね。
苦しい人に接する人が今とは違う言動をする
しかし、ここからが大きな問題なのです。原因がわかった(つもりになって)、そこで安心して、苦しみ続けてしまうこともあります。というよりも、苦しみ続ける人の方が多いかもしれません。
原因や悪者探しが解決には大切なこともありますが、気持ちを軽くして生活するには、そこに向かうための手段が必要です。親、パートナー、はたまた世界が変わるまで何もせずに耐え忍んで待つという方法を否定するつもりはありません。しかし、今起こっている事象に変化を起こすには、自分自身がささいなことでもよいので、変化することがより効果的です。
それは周りの人にも言えます。苦しいのならば苦しい人が変わればいいではなく、苦しい人に接する人が今とは違う言動をすることが大切です。批判は大切だと思います。ですが、多くの人が、いや、1人でもよいから、自分の言動が変われば周りに変化を及ぼせることに気付くとよいと思います。(精神保健福祉士)
入国待ちわびた留学生52人 日本つくば国際語学院で3年ぶり入学式
つくば文化学園が運営する日本語学校「日本つくば国際語学院」(つくば市松代、東郷治久理事長兼校長)の入学式が20日、隣接の日本料理店、山水亭で催され、コロナ禍の中、入国を待ちわびた13カ国の52人が入学した。3年ぶりの入学式となった。
2年間入国できず待機していた留学生が多いという。例年なら4月に入学式を開催するが、コロナ禍で留学生の入国が遅れたため1カ月遅れの式典となった。
出身国は、イラン、ウズベキスタン、タジキスタン、スリランカ、ネパール、ガーナ、カメルーン、ミャンマー、モンゴル、中国、韓国など。
式典では、東郷理事長が一人ひとりに学生証を手渡し、「去年、おととしは入学式が行えなかった。待ちわびていた入学式が盛大に行えたことは大きな喜び」とあいさつした。さらに「コロナの中、一度は入学を断念しようかと考えた人もいたと思うが、将来の夢の実現のために目標を果たすという強い意志が扉を開いた」と称えた。その上で「日本語を楽しく学び、日本を好きになってもらおうというのがモットー。たくさん日本語で話して上手になってください」などと呼び掛けた。
新入生を代表してイラン出身のハディース・ダナーさん(28)が日本語であいさつし「もし世界中のどこにも戦争がなかったら、おそらく今日、ウクライナ人やシリア人も私たちとここで入学式を祝うことができたと思う」と語り、「ここにいる新入生は、大きな願いを達成し成長するために留学を決意し、さまざまな人が安全に安心して一緒に暮らせる日本を選んだ。今の気持ちを忘れずに精一杯頑張るつもりです」などと決意を話した。
続いて在校生を代表してベトナム出身のズォン・ヴァン・チンさんも日本語で「私を助けてくれた先輩たちのように、私も優しい先輩になろうと心の中で決め、皆さんが来るのをずっと待っていたのに、コロナのせいでなかなか先輩になれなかった。今日やっと先輩になれた。皆さんと一緒に勉強できる毎日を楽しみにしています」と話した。
同校は2018年度に開学。20年度と21年度はコロナ禍で入学予定者が来日できず、学生は、リモートで出される宿題をこなすなどしながら待機していた。一方、同校では主に、つくば市内の大学や研究機関などで働く外国人の家族などが日本語を勉強するなどしていたという。
新入生代表としてあいさつしたイラン出身のハディースさんは、アニメ監督、宮崎駿さんのファンで、イランの大学で日本語と日本文化を学び、卒業後、イラン国内のアートスクールでイラストやアニメを勉強した。1年半前に来日する予定だったが、コロナ禍でかなわず、イラン国内の会社でイラストを描く仕事をしながら入国できる日を待ったという。「ずっと待っていることは一番大変だったけれど、アニメは日本が世界一なので、将来のため来日した」と話す。卒業後は、日本のアニメ制作会社で働くことが夢だという。
