土曜日, 4月 4, 2026

人出戻る予想で新年準備 筑波山神社の初日の出・初詣

筑波山神社(つくば市筑波、上野貞茂宮司)が、初日の出や初詣を迎える準備に忙しい。行動制限がなくなった年末年始、神社はコロナ禍前の人出が戻ってくるだろうと予想している。過去の実績から、その数、21万人から22万人と見積もられる。 神社本殿のある筑波山頂は1日、ご来光を拝む人出で早朝からごったがえす。登山客を運ぶ筑波観光鉄道(つくば市筑波)によれば、山頂からは関東でも最速の午前6時44分ごろに、鹿島灘から昇る初日の出が見られる。これに合わせ同社は、ケーブルカーもロープウェイも午前4時30分から早朝運行する。 筑波山神社の新年祭礼は、4月と11月の御座替(おざがわり)祭とともに重要な年中行事。1月1日は元旦祭、1月3日は元始(げんし)祭といって、物事のはじめの神事が行われる。神社では例年通り、神職、巫女(みこ)さん、氏子たち総出で準備を進めてきた。おみくじや破魔矢(はまや)、熊手、鏑矢(かぶらや)などの販売、お焚き上げのしたくも調えてきた。 混雑は必至、安全最優先で 行動制限は緩和されても、コロナ対策から拝殿への人数制限などは今も続く。祈祷のため拝殿に一度に入れる人数は、2020年以降1人限定だったが、23年は10人になる予定。拝殿前の一般参拝は「密」にならぬよう1列8人で誘導、その分賽銭(さいせん)箱の幅を広げて対応するそう。手水舎(ちょうずや)では柄杓(ひしゃく)を使わないなどの対策は継続される。 筑波山神社権禰宜(ごんねぎ)の八木下健司さん(59)は「一度に人が訪れると事故が起きる危険がある。特に階段が続くので、注意が必要。韓国で起きた事故を思い起こし怪我がないように万全を期したい」と語る。 大祓(おおはらい)のある大みそかの夜から三が日にかけては、県道42号(笠間つくば線)や神社付近の駐車場の混雑が予想される。駐車場は市営が4カ所約450台分あり、民間の観光施設などが用意されているとはいえ、早々に満車となり、登り口から神社まで車がつながる可能性がある。行動制限がなくなった分、さらなる混雑は必至と見られる。(榎田智司)

眼がいいということ 《写真だいすき》15

【コラム・オダギ秀】写真を見ていて、よく、いい眼(め)をしているなどと評することがあります。眼がいいということは、視力のことを言っているのではありません。被写体、つまりカメラを向ける事物を、どれだけ深く見ているか、ということなのです。 たとえば、枯れた木が生えているなら、木をそのまま見るなら、眼をこすったりメガネをかけたりすればいいのです。でも、写真を撮るには、枯れた木に何を見るか、が大切なのです。季節の移ろいを感じたり、移ろうことの楽しさやはかなさを感じたり、なぜその木が植えられているのかなど見抜けば、写真はさらに面白く、深みあるものになります。 葉が枯れる季節なのに生き生きとしているから大切にされている木なのだろうとか、それなのに今はなぜ邪魔にされているのかとか、どんな思い出がある枝なのだろうとか、木を巡る様々なことが見えてきます。それが、いい眼で見るということなのです。問題はそれから。そのように見たことを、いかに写真で表現するか。そこが、写真の苦しいところであり、楽しいところなのです。だから写真の世界は、奥が深く、素晴らしい世界なのです。 被写体つまり世の中の事物には、眼に見えるものも多いのですが、それだけではありません。匂いや音や温度や、周りの空気や季節、時の流れ、その事物に向かっているあるいは向かっていた人の思い、気持ち、美意識、愛情、うれしさ、悲しさ、悔しさ、憎しみ、寂しさや後悔など、さまざまな眼に見えない背景や周辺も、一緒に存在し、漂っているのです。 それらは、たんに、「きれい」とか「いい」と、ひとくくりにはとても出来ません。面白い写真とか、いい写真とか、中身がある写真というのは、写真にそのようなふくらみがあるかどうかを云々していることが多いのです。もちろん、写真の善し悪しや価値は、それだけではないのですが、そのような価値観や尺度で写真を見ることもあるということなのです。 そこに、写真を撮る難しさや、むしろ楽しさ面白さがあると思います。写真でそれらを表現するということは、写真撮影の感性であったり技術であったり、それこそ眼であったり、なのです。美しいとかかわいとか、それだけでもいいのですが、それをどう表現したら、写真として魅力的になるかは、言葉では単純に言い表せません。 よく、こんな写真はどうやって撮るのですか、というような質問を受けます。その気持ちはわかるのですが、ジェット機の操縦の仕方を教えてください、と言われているようで、戸惑ってしまいます。一言では言い表すことが難しいことなのです。どう説明したらわかってもらえるでしょうか。 被写体の様々なものを感じ取る たとえば花と向き合う。単純に、きれい、で片付けるのは簡単です。何がきれいなのか、色なのか形なのか、花びらの柔らかさなのか、みずみずしさなのか。ああこんな花が咲く季節になったのだ、といううれしさが、きれいという言葉に発露したのかもしれません。その感じたものを表現するテクニックは、単純なものではありません。 古い建物がある。いいなと思う。何がいいと思ったのか。今の時代にはないデザインの美しさなのか、昔の大工職人の仕事ぶりに感心したのか、その家に住んでいる人の気持ちに共感するのか、陽の光の浴び方が美しいと思ったのか、その家の歴史がしのばれるのか、くすんだ建物の色が美しいと思うのか、流れる風に涼しさを感じたのか、影が美しいと思ったのか、などなど。 人を撮る時、その人の何に感じてシャッターを切るのでしょうか。美しい人と思ったのか。なぜ美しいと感じたのか。肌がきれいか、姿が整っているのか、髪がみずみずしいか、声や話し方がすてきか、付けている香りがいいのか、セクシーだからか、年取った髪がきれいなのか、しわが美しく見えるのか、それならそれはなぜか、まなざしがやさしいからか、光線がいいのか、何かくれるからか、昔交際していた人に似ているのか、高価そうな衣服を着ているからか、近所に住む人だからか、などなど、シャッターを切る理由は様々なのです。 そのような被写体の持つ様々なものを、感じ取り、カメラの眼で見つめ、写真として魅力あるものに表現することが、写真を撮るという意味になることがよくあるのです。難しいから、写真は楽しい世界なのでしょうか。(写真家、日本写真家協会会員、土浦写真家協会会長)

災害の少ない茨城にも暗雲? 《ひょうたんの眼》55

【コラム・高橋恵一】茨城県は、自然災害の少ない、生活しやすい地域です。火山も無く、台風や異常な豪雨も少ない。県南部は地震多発地帯ですが、震源地が深くて、地表面では新幹線の車内程度の震度にしかなりません。 ところで、先のG7で岸田首相は、日本の防衛力を抜本的に強化すると宣言し、続いて安倍元首相が防衛費をGDPの2%にするよう指示しました。議論の積み上げもないまま、たった2人の発言で、日本の安全保障政策の大転換と赤字財政の超拡大が決められようとしているのです。理由は日本周辺に軍事上の危険が差し迫っているとして、日本の敵基地攻撃能力をはじめ、防衛能力を強化するためです。 敵基地攻撃能力とは、敵のミサイル攻撃を防ぐには、発射されてからでは遅いので、敵が発射に着手したら攻撃するというのです。西部劇映画のジョンウェインのように、相手が銃に手を掛けてから、早業で相手を撃ち殺すというのです。 実際には、日本が敵の発射着手を感知してから日本のミサイルを発射したとしても、敵基地の破壊には間に合わないのではないのでしょうか? 先制攻撃をしない限り、防げないことになります。しかも、「敵」にしてみれば、自分が発射しないうちに、日本が攻撃するわけですから、「敵」も敵基地攻撃能力を有し、使用する権利を行使できる理屈になります。 今回の、防衛力整備構想では、南西諸島の与那国、石垣、宮古の各島に自衛隊基地を整備し、反撃ミサイルを発射できるようになり、「敵」からの攻撃目標にもなります。自然災害の少ない茨城県にも、首都防衛の百里基地や、我が国最重要の防衛装備品(武器)の補給処があります。当然、有事に臨んで「敵」の攻撃目標になります。 5年後には第3位の軍事費大国に ところで、国の公にする政策や予算において、特定国を「敵」と指名してよいのでしょうか? 賢い外交政策とは思えません。軍拡へのプロパガンダでしょう。 計画の実効性や経費の妥当性など、国民に、十分な説明も無いままに、5年間で43兆円とする計画を政府決定し、大幅な防衛費の増額を含む来年度予算114兆円余が閣議決定されました。財源の32%は国債です。今までの日本の政治では、政府の当初予算案が国会審議で変更になることは無いから、このまま議決されるでしょう。 5年後には、世界で第3位の「軍事費大国」が、実現することになります。OECDの最下位レベル、30位前後の生活水準の日本なのに。戦後の日本は、日本国憲法の下、平和国家としての外交で国際社会に臨み、防衛費を極力抑えながら経済成長をして、世界の信頼も獲得してきました。 500年ほど前、茨城県の鹿島に、塚原卜伝という最強の剣豪がいました。卜伝は、跡継ぎを選ぶとき、屋敷の出口に待ち伏せをさせて、防ぎ方を試し、戦って打ち負かした者ではなく、危険を避けて別の出口を通った者を選びました。当初から戦わなければ、負けることも、被害を受けることも無いということです。 日本は、本来の平和外交を駆使して、我が国だけでなく、世界の安定平和に全力を尽くすべきです。危機をあおる動きの背後に、内外の軍事産業の動きが大きくなっていることの危惧を感じつつ。(地図好きの土浦人)

来年、138億年前の話をしよう 「小林・益川理論」50周年《土着通信部》54

【コラム・相澤冬樹】年の瀬、編集企画の仕事をしていると、新年のテーマを探す作業も大詰めを迎える。年表の類を引っ張り出して、10周年とか50周年とか100周年とかのイベントを掘り起こすのだが、気づかなかった取りこぼしが師走も終わり近くになって、必ず出てくる。 つくばの高エネルギ-加速器研究機構(KEK)が22日にプレスリリ-スしたのは「小林・益川理論50周年記念講演会」、来年2月18 日に一橋講堂(東京・千代田区)で開催するとの告知だった。NEWSつくばでは取り上げにくいが、編集子の関わるサイエンス系雑誌の守備範囲には入ってくる。 プレスリリ-スによれば、2008年のノーベル物理学賞を共同受賞した小林誠KEK特別栄誉教授と故・益川敏英京都大学名誉教授の「小林・益川理論」が学術誌に掲載されたのは1973年2月1日。宇宙誕生のビッグバンのとき宇宙には電子のような「粒子」と、陽電子などの「反粒子」が同じだけ生まれたと考えられているが、今の宇宙には物質しかない、なぜ反粒子からできた反物質は見当たらないのか-という大きな謎に、この理論は深く関わる。 50年前、若手研究者だった両教授は、3世代(6種類)以上のクォーク(物質をつくる素粒子)が存在すればCP対称性が破れることを示し、新たなクォークの存在を予言した。CP対称性は、粒子と反粒子のふるまいが同じであることをいう物理学の用語。Cは荷電共役変換(粒子を反粒子へ反転する)、Pはパリティ変換(物理系の鏡像を作る)を意味する。変換によって見つかる、わずかな対称性の破れから、物質だけが残る宇宙がつくられた。 当時は3種類のクォークしか知られていなかったが、1974年にチャームクォーク、77年にボトムクォーク、95年にトップクォークが発見され、予言どおり3世代6種類の空欄が埋められた。さらにKEKのBelle(ベル)実験と米国のBaBar実験により、理論が実証されてノーベル賞につながった。 Belle実験は、つくばのKEKB(ケックビー)加速器とBelle測定器を用いて、B中間子(ボトムクォークかその反粒子を含む2種のクォーク対)におけるCP対称性の破れの検証を行った。この国際共同実験は2010年に終了し、プロジェクトは現在、スーパーKEKB加速器とBelle II検出器による実験に引き継がれている。 2月18日、東京開催で参加者募集中 ここまでの話についてこれたなら、2月の50周年記念講演会にも興味が向くだろう。2部構成で、第1部では理論提唱当時の様子を小林誠博士が講演する。ほかに、東京大学カブリ数物連携宇宙研究機構(Kavli IPMU)機構長でカリフォルニア工科大学フレッド・カブリ冠教授の大栗博司博士、山内正則KEK機構長の講演もある。第2部では、若い世代に向けて、3人の講演者と現場で活躍する研究者を交えてパネルディスカッションが行われる。 未来に向けての講演会ということだが、実は約138億年前のビッグバンにさかのぼる話でもある。50年間の風雪に耐えてきた理論、もう鬼に笑われることもあるまい。 参加は無料(先着順、定員250人)、現地参加のほかYouTubeライブ配信も予定されている。詳細はこちら、チケット申し込みはこちらから。(ブロガー)

「健康経営」を啓発普及へ 筑波銀行が損保、生保と連携協定

従業員の健康管理を経営的な視点で考える新しい経営手法「健康経営」のノウハウを地域に広めようと、筑波銀行(本店・土浦市、生田雅彦頭取)と損害保険ジャパン(本社・東京都新宿区、白川儀一社長)、SOMPOひまわり生命保険(本社・新宿区、大場康弘社長)は27日、健康経営推進連携協定を締結した。 SONPOひまわりが開発した従業員向け健康管理アプリを、筑波銀行が取引先に紹介し無料で提供したり、同社が同行の顧客企業を対象に無料のセミナーを開くなどして、健康経営の普及促進や啓発に取り組む。健康経営について金融機関と損害保険会社や生命保険会社が協定を締結するのは全国で初めてという。 健康経営は、従業員の心身の健康維持や健康増進にかかる支出を、コストではなく前向きな投資ととらえる米国発の経営手法。少子化や高齢化により人手不足が深刻な問題となる中、従業員の健康問題を放置すると生産性の低下や医療費負担の増加、企業イメージの悪化などにつながると懸念されている。 一方、従業員の健康に配慮した経営をする企業には、従業員の活力向上や生産性向上がもたらされるとされていることなどから、経産省は2017年から、優良な健康経営を実践している企業を顕彰する健康経営優良法人認定制度を設けている。 筑波銀行の顧客に無料提供する健康管理アプリは、①従業員が毎年実施する健康診断結果をスマートフォンで撮影して6年後の健康リスクを予測し、各人に合った健康活動を提案する②健康診断結果を入力し5種類のがん発症リスクを判定して、各人に合った健康活動を提示する③認知症になるリスクを減らすため認知機能をチェックし認知機能を鍛える生活習慣を提案する-の3種類。無料アプリやセミナーを通して、まずは健康経営について知ってもらいたいとする。 生田頭取は「(筑波銀行が企業のSDGsの取り組みを応援するため)SDGs宣言書を交付している取引先企業約350社のうち8割が従業員の健康や働き方の課題を認識しているという調査があり、銀行としても健康経営をサポートしたい。SDGs宣言企業を健康経営までもっていって、雇用、離職防止、サスティナブル(持続可能)な経営をサポートできれば」と話す。 SONPOひまわりはほかに、有料の健康管理アプリを開発したり、経産省の健康経営優良法人認定に向けたアドバイスなども実施しており、必要な企業には紹介などするという。

日本財団つくば研跡地に新年5日開所 新型コロナ 県の臨時医療施設

新型コロナ第8波の感染拡大に備えた茨城県による臨時の医療施設(12月2日付)が来年1月5日、つくば市南原、日本財団つくば研究所跡地に開所する。併設の発熱外来は来年1月10日開始予定。開所を前に27日、報道関係者に施設が公開された。 約5.7ヘクタールの敷地に、木造移動式住宅の病棟15棟(計200床)とナースステーション、事務局棟などを備える。24時間、医師2人が常駐するほか、日中は看護師、介護士、事務職員などが計70~80人、夜間は50~60人が常駐し、酸素投与や点滴治療が必要なコロナ患者や、介護が必要な高齢のコロナ患者に医療や介護を提供する。 医療従事者は27日までに全員確保でき、主に県外の首都圏から通勤してくるという。 各病棟は1棟当たり面積145平方メートルで、14床のベットが設置され、看護師が各棟に常駐する。ナースコール、バイタルモニターのほか、監視カメラなども設置され、入院患者の症状を見守る。 病棟の移動式住宅はホテルなどとしても使用されている建物で、車いすでも利用できるようすべてバリアフリーになっている。各棟にはトイレ、シャワー室、洗面所が2つずつ設置されている。県感染症対策課の山口雅樹課長は「体育館などに設ける臨時の医療施設とは異なり、快適な療養環境になっている」と強調する。 各保健所や県の入院調整本部を通して、入院する。来院方法は、家族が送迎したり、民間の搬送車を利用する方法があるという。入院期間は発症から10日間で、各1週間程度になると見られる。入院中は食事が3食提供される。入院中、症状が悪化した場合は、コロナ対応病院に転送される場合もある。食事も含め入院に必要な費用はすべて無料。 発熱外来は10日から 一方、発熱外来は、自家用車に乗ったままドライブスルー方式で新型コロナとインフルエンザの両方のPCR検査ができる。県の特設サイトから予約すれば県民だれでも検査を受けることができ、1日300件程度を想定している。 第8波は、新型コロナとインフルエンザの同時流行により、第7波の2倍以上の1日最大1万9000人の新規感染者が県内で出ることが予想されていることから、年末年始の感染拡大を見据えて開所する。 開所期間は3月までの2カ月間程度。閉所後は施設を解体、撤去する。事業費は開所期間によって異なるが20~30億円程度と見込まれているという。(鈴木宏子)

室積とモンサンミッシェル 誘われる景色 《続・平熱日記》124

【コラム・斉藤裕之】先日の授業中のできごと。「先生どこで育ったの?」って聞かれた。その子はモンサンミシェルの絵を描いていた。「山口。瀬戸内海で…」って答えた。すると、隣に座っていた子が「お父さん、山口県出身なんです」「へー、どこ?」「金魚の形をした島で…」「そりゃ周防大島でしょ」「そうそう…」。 奇遇というのか、同郷のご子息に出会うことがたまにある。話の流れから続けて、私は将来海のそばに住みたいという話をした。「室積(むろづみ)というところがあってさあ…」。山口県の東部、光市に「室積」という町がある。むろずみ、という響きも好きなのだが、ここは瀬戸内の潮流によって運ばれた砂で島が結ばれた陸繫砂洲(りくけいさす)といわれる地形で、美しい弓なりの砂浜がある。 すぐ近くの虹ケ浜という遠浅で大きな海水浴場は多くの人でにぎわっていたが、この室積はどちらかというとひっそりとしていて、私も幼い頃バスに乗って母と訪れた、室積海岸の断片的な景色をわずかに覚えている程度だ。 「その名前この前授業で習いました。むろずみ」。思いがけず生徒が繰り返した「むろずみ」という地名。「それ地理でしょ。陸繋砂嘴(さし)か砂洲で習ったんじゃない」「多分そうです…」「そういえばあなたが描いているモンサンミシェルも陸繋島だよ。島と陸が砂洲でつながって参道になっていて。むかし行ったことがあるんだ。ここは大きなオムレツが有名で…」 海のそばで暮らしてみたい モンサンミシェルを建築設計図のように鉛筆で忠実に描いているその子は、初老の先生の話を嫌がらずに聞いてくれた。頭の中には、まだ小さかった長女を連れて訪れたモンサンミシェルのグレーの風景が流れていた。5月というのに寒かったノルマンディ。 「先生、何年かしたら室積に住むんですか?」「来年ぐらいかな!」「うそ、私たちが卒業するまではいてください…」「大丈夫、よくそういうこと言われるけど、そんなこと言って卒業までに一度だって美術室を訪ねてきた生徒はいないから。とりあえず、私のことはさっさと忘れていいから…」 昔から海のそばで暮らしてみたいという願望があった。朝、犬と一緒に砂浜を散歩する。窓から海の見える家。ところが現実はそれほどロマンチックではない。家はさびるし、洗濯物は塩っぽい。台風が来れば海は荒れるし、夏は暑い。買い物も大変だし…。それでも、故郷に帰るたびに海はいいと思う。 最近は暇なときにネットで検索する。「瀬戸内 住む 海沿い」。しかし、意外に思うような物件には出会わない。出会ったところで本気で移住するかと問われれば、いろいろと考えてしまう。今年生まれた男の子には「碧」「凪」「湊」という名前が多いという。人はいつか故郷に帰るということも聞く。「室積の海はきれいよ」という母の言葉を妙に思い出す。(画家)

「百姓作家」山下惣一さんとお別れ 《邑から日本を見る》126

【コラム・先﨑千尋】去る12月18日、東京都千代田区の日本教育会館で「山下惣一さんを偲(しの)ぶ会」が開かれた。参加者は山下さんと関わりがある人たち約100人。私が山下さんに会ったのは30年も前のこと。本も10冊程度しか読んでいないが、影響を受けた1人として、彼と付き合ってきた人たちがどういうことを語るのかを楽しみに参加した。 山下さんは1935年に玄界灘に面した佐賀県唐津市に農家の長男として生まれた。「百姓の跡取りに学問は要らない」という父親の考えで、中学を卒業すると就農。2度の家出を経て農業技術の習得に励み、青年団活動などを通して仲間と村社会を変えていく活動を展開した。若い時は葉タバコやミカンが経営の中心だった。 1967年に小説『嫁の一章』で佐賀県文学賞、70年に『海鳴り』で第13回農民文学賞を受賞。81年には小説『減反神社』『父の寧日』が直木賞候補になった。この時の受賞者は青島幸男さんだった。根っからの百姓が文章を書くのは変わり者と言われながら、書いた本は60冊を超える。すごいとしか言いようがない。 『くたばれ近代化農政』『それでも農民は生きる』『いま、村は大ゆれ』『土と日本人』『身土不二の探求』など、農や土、食べ物とは人間にとって何なのかを主に消費者に訴え続けてきた。 山下さんは、減反政策や、国が栽培を奨励したミカンの大暴落などを体験し、規模拡大など効率化だけを追求する農業の「近代化」に疑問を抱き、食料の生産を海外に委ねた日本の農政を鋭く批判。家族農業や小規模農業こそが持続可能で安定的な社会を築くという信念から、地産地消、消費者との交流などを唱え、実践した。 「田んぼや畑は先祖からの預かりもん」 この日の偲ぶ会では、生前の活動の映像が上映されたあと、山形県の佐藤藤三郎さん(元「やまびこ学校」卒業生)が特別発言。エピソードなどを紹介した。さらに、千葉県三里塚の石井恒司さんらが「山下さんの言葉は、頭で考えた言葉ではなく、土との対話から生まれたコトバ」など、山下さんとの関わりについて話した。 「田んぼや畑は先祖からの預かりもんであって、自分のもんじゃなか。未来永劫(えいごう)にリレーされるべきものなんだ」。「農業とは本来、常に未来のために汗を流す、夢を育てる仕事。だから明日を信じ、木を植える。父に限らず、一世代前まで日本の百姓の思想、生き方はそのようなものであった。その遺産の上に私たちは生きている」 山下さんが書いていることは皆当たり前のことだと私は考えている。しかし、戦後の農業や農政の動きはそういう考えを否定しようとしてきたのではないか。 さらに、私の周りにいる農家の人も多くの都会の人(消費者)も、彼のようには考えていない。「日本の農業のことは考えない。自分の暮らしを考えているんだ」という彼のセリフは強烈だ。「自らの頭で考えよ! 孤立を恐れるな。時代を変えるのは常に少数派だ」とも書いている。私への励ましの言葉だ。(元瓜連町長)

筑波愛児園にクリスマスプレゼント 商工会青年部届ける

つくば市前野の児童養護施設「筑波愛児園」(小林弘典施設長)にクリスマスの25日、新筑ブロック商工会青年部連絡協議会(上野真会長)のメンバーが訪れ、玩具やお菓子や食品など1000点を超す大量のプレゼントを届けた。 様々な事情で家族と暮らせなくなってしまった子供たちが生活している同施設には、12月中、複数の支援者・団体からクリスマスプレゼントが届く。今年で15回目となる同協議会からのプレゼントは毎回チキンが人気となっており、1本ずつ渡されると子供たちの笑顔がはじけた。 同協議会は同市など旧新治・筑波両郡下にある5つの商工会の45歳以下で構成される青年部でつくる。筑波愛児園への訪問は、各商工会の青年部長らが企画し、2008年に始まった。今回は部員と商工会の担当職員計14人がプレゼントを持参し訪問した。予算は各青年部からの負担金と、部員の事業所から寄付で賄われる。 筑波愛児園には現在、幼児6人、小学生18人、中学生13人、高校生9人と2~18歳の計46人が生活し、小中学生は秀峰筑波義務教育学校(つくば市北条)に通っている。サンタやトナカイ姿の部員らからグループごとに玩具やお菓子のプレゼントが手渡され、児童たちは大喜びの暮れの一日となった。 施設の田中儀一さんは「たくさんの幸せを運んでくれてありがとうございます。子供たちもとても喜んでいる、今後も続けてくれればありがたい」と述べた。

幼い頃の食べ物 《くずかごの唄》121

【コラム・奥井登美子】「いつ何があってもおかしくないです。無理をなさらないでくださいね」。大動脈が乖離(かいり)し、大出血。運よく命をとりとめ、退院する時に夫が医者から言われた言葉を、2人は噛(か)みしめながら生きてきた。 10年前、東京の本郷の画廊で「丸木位里さんを偲(しの)ぶ会」(7月3日付)の最後の日。製薬会社の昔の仲間たちがたくさん集まってくれた。「僕は大動脈の中膜(ちゅうまく)が乖離して、いつ死んでもおかしくない体だ。今日は生前の葬式だと思って、おおいに、笑って楽しく、飲んでください」 「葬式なのに、なぜ? 笑うんですか」 「生きていることがうれしいんだよ。丸木位里さんも俊さんも、原爆という人間の究極の悲劇を見た人だから、とても優しい人だった。私たちに命の楽しみ方を教えてくださった。君たちとの出会いもそうだよ」 私は食いしん坊なので、人との出会いが食べ物と結びついている。秋のある日、丸木先生の家にマツタケがたくさん送られてきて、「食べろ、食べろ、好きなだけ食べろ」と先生に言われ、マツタケをぜいたくに、おなかいっぱい食べた日のことを思い出していた。 ぬかみそ漬け、イワシの塩焼き… その頃から、私の頭の中は夫に何を食べさせようか、という課題でいっぱいだった。日仏薬学会の事務長だった夫は、ワインもフランス料理もくわしい。我が家はワイングラスがあふれていたのに、どうしたわけか、自分が幼い時に食べたものだけが食べ物で、ほかのものは食べなくなってしまっていた。 昭和初期の食べ物。ぬかみそ漬けの樽(たる)も大きくて、邪魔だけれど捨てるわけにいかない。かつお節をたくさん入れた千六本(せんろっぽん)ダイコンのみそ汁。ナスのぬかみそ漬け。味の濃い卵焼き。サンマやイワシの塩焼き。ダイコンおろし。しょうゆをたくさん入れた煮魚。 土浦はしょうゆの町。何にも、しょうゆを大量に使う。塩分は1日6.5グラムと医者に言われているのに、彼の言う通りにしていたら、15グラムは軽く超えてしまう。「今日は庭のギンナンをいれた茶碗蒸しが食べたいなあ。早く、早くしてくれよ」 食べたくなると、待つことができない。私は宇宙人につかえる魔法使いに変身するしかない。(随筆家、薬剤師)

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