土曜日, 4月 4, 2026

G20大臣会合控え つくば市消防特殊部隊がテロ対策訓練

【鈴木宏子】今年4月県内で初めて発足したつくば市消防本部の特殊災害対応部隊が20日、市豊里交流センター(同市高野)でテロ対策訓練を実施した。G20茨城つくば貿易・デジタル経済大臣会合が6月8、9日、つくば国際会議場(同市竹園)で開かれるのを前にしての訓練。 G20大臣会合の会場に液体がまかれ、負傷者が出たという想定で、消防特殊部隊と県警本部の機動隊員ら計約60人が合同で初めて実施した。特殊部隊の8人が化学防護服を着て会場に突入し負傷者を救出、さらに負傷者を除染して救急隊に引き渡す訓練が展開された。 特殊部隊は、核、生物剤、化学剤に対応する防護服や、放射能などを検知する測定器、負傷者を救出する資機材と、1時間で最大100人を除染できる大型除染システムを備える。自衛隊や消防学校などで特別な訓練を受けた72人と消防車7台で構成される。訓練には、資機材を備えた化学車、救助隊員が乗る工作車、1万リットルの水を積載する水槽車など特殊車両5台が参加した。 まずG20会場からの通報を受けてパトカーが到着し、周囲に、日本語と英語、中国語、韓国語の4カ国語で立ち入りの制限などを呼び掛けた。 続いて到着した消防特殊部隊の隊員らは、全身を覆う化学防護服を着て、現場の汚染状況を測定しながら重傷者を運び出した。屋外に設営されたテントでは負傷者の除染などが実施された。 植木利男市消防長は「いよいよG20大臣会合が来月開かれる。訓練を無駄にせず、万が一に備えて、万全の体制で一致団結し、あらゆる災害に対応できる準備を万全にやっていきたい」と話した。

茨城国体会場設営工事 予定価格と手続きミスで入札やり直し つくば市

つくば市は、17日に実施した茨城国体アーチェリー競技会場の設営と撤去工事の一般競争入札で、職員のミスにより予定価格と入札手続きに二重の誤りがあったことが分かったとして、20日、入札を不調にしたと発表した。来月にも入札をやり直す。国体開催準備に支障はないという。 同市国体推進課が事務局を務める同国体つくば市実行委員会が入札を実施した。予定価格を事前公表する入札方式だったが、職員が、予定価格を書き写す際にミスをして誤った価格(7687万4940円)を公表し入札を実施してしまったという。一方、本当の予定価格は現時点で公表しないとしている。 17日実施された入札には5社が参加し、そのうち2社が最も低い金額で入札した。2社とも同一金額だったことから、同日、2社を対象にその場で2回目の入札を実施して落札業者を決めた。しかし本来の手続きでは、くじ引きで決めなくてはならなかったという。職員が手続きをよく理解していなかったのが原因という。 当日夜、二重のミスがあったことが判明し、同実行委は、いったん決定した落札候補者に口頭で入札不調を伝え謝罪した。 アーチェリー競技は10月4~6日、同市下岩崎の茎崎運動公園多目的広場で開催される。同実行委は「今後は予定価格の金額を複数人で確認することを徹底し再発防止を図っていく」としている。

サンスイグループが100周年 380人駆け付け記念祝賀会 つくば

【鈴木宏子】つくば市でホテルや料亭、専門学校などを経営するサンスイグループ(東郷治久代表)が今年創業100周年を迎えた。記念祝賀会が19日、グループが経営する同市小野崎の料亭、つくば山水亭で催され、県内の政財界関係者約380人が駆け付け、百年を祝った。 3代目の東郷代表は100年の歴史を紹介した上で、「初代の祖父も、父も、私もいくつかの業種に関わり、止むなく閉じたりする繰り返しだった。経営の多角化は生き残るための教え」と振り返り、「100年の時を刻むことができたのは地域の温かいご支援のお陰。少しでも恩返しすべく地域の発展のために努力したい」などとあいさつした。 祝賀会には、中村喜四郎、青山大人衆院議員、上月良祐参院議員、五十嵐立青つくば市長、神達岳志常総市長のほか、関正夫関彰商事会長など県内の政財界関係者が多数参加した。中村衆院議員は「3代にわたって時代の変化を的確に読み切って対応することによって100年を刻むことができた。初代は米穀業、2代目はサービス業、3代目は『つくば業』。周辺を巻き込んで、さらにつくば業を発展させてほしい」などと話した。 続いて創業当時の東郷商店で用いられていたデザインを復元した法被(はっぴ)を着て、鏡開きや乾杯が行われ、100周年を祝った。 サンスイグループは1919(大正8)年に当時32歳だった初代の勘治氏が、常総市水海道駅前に米穀や肥料を扱う問屋「東郷商店」を開いたのが始まり。直後に関東大震災、小貝川、鬼怒川の洪水に見舞われ、店舗を失うなど壊滅的な打撃を受けたが立ち直った。しかし第二次世界大戦による食料統制で、商店は国有化され事実上の廃業となった。戦後、勘治氏は常総筑波鉄道(現在の関東鉄道)の社長などを務めた。 一方、2代目の通行氏はサービス業に転換し、水海道にあった古い芝居小屋を買い取り、映画館に改装した。最盛期の1958年には県南、県西、水戸などで計17館の映画館を経営した。しかしテレビの普及により1983年までにすべての映画館が閉館となった。その間、筑波山にホテル山水荘(現在のつくばグランドホテル)を建て経営の軸足を移し、本拠地は土浦に移った。 3代目で現在の代表、治久氏は三菱商事で商社マンとして働いた後、父の病気を機に34歳で地元に戻った。つくば科学万博を機に山水亭を開業し、拠点をつくば市に移した。その後、犬猫の体験型テーマパーク「つくばわんわんランド」、ペット専門学校「つくば国際ペット専門学校」を開校。昨年4月には100周年記念事業として日本語学校「つくば国際語学院」を開校するなど、多角的な経営を展開している。

【霞ケ浦を遊ぶ】憧れのヨットに乗る ラクスマリーナでイベントに参加㊦

【田中めぐみ】霞ケ浦の入り口、土浦港にあるラクスマリーナ(同市川口)で年4回開催されている「誰でも楽しもう霞ケ浦」(セイラビリティー土浦など主催)は、カヌーやヨットに乗って、障害者も初心者も大人も子供もだれでも霞ケ浦を満喫しようというイベントだ。日頃、霞ケ浦でヨットの練習をしたりクルーズなどを楽しんでいる市民や、障害者カヌー協会に関わるボランティアが、参加者にこぎ方を教えたり、安全を見守るなどしてイベントを支えている。 全国に先駆けてマリーナのバリアフリー化を進めてきたラクスマリーナ(当時は京成マリーナ)が、初心者でも操縦できる転覆しないヨット「アクセスディンギー」を導入し、体験乗船会を開いたのがきっかけ。2005年から始まり、今年で14年目になる。口コミで評判が広まり、土浦やつくば市のほか、毎回、首都圏からもたくさんの参加者が集まる。今年度第1回目の5月5日は約270人の参加者に混じって霞ケ浦を体験した。 ガイドは中学1年の海洋少年団 カヌーから降りて、次はアクセスディンギーという小型のヨットに乗ることにした。霞ケ浦の沖を走っているヨットを眺め、前から1度乗ってみたいと憧れていた。 これはスタッフが操縦してくれる。桟橋の乗り場でしばらく待っていると、現れたスタッフは何と少年。青少年育成団体「霞ケ浦海洋少年団」に所属する中学1年生の市原遼人さんだ。ボランティアスタッフとして参加したという。一緒にカヌーに乗ったつくば市の中学1年、志賀明彦さんも「えっ僕と同じ中1?すごい」と驚いている。市原さんのアクセスディンギーに乗り込んだ。 主に春から夏のシーズン、霞ケ浦でいろいろな種類のヨットに乗っているという市原さん。「アクセスディンギーは絶対に転覆しないので安全ですよ。操縦も簡単です」と堂々のガイドぶりだ。一番好きな船だという。うみの少年に頼もしさを感じる。 おかげで安心して景色を楽しむことができた。ヨットは風を受けてゆっくりと進み、穏やかで気持ちいい。 15分ほど乗って降りたら一度お昼休憩。午前中は熱中していてあまり気にならなかったが、この日は快晴、じりじりと焼かれるような日差しで、帽子を忘れてきてしまったことを悔やみながら日焼け止めを塗り直した。 午後はドラゴンボートに乗ることに。20人で掛け声を合わせてこぐ木製の船だ。桟橋に行くと小さな子どもも数人待っている。前に並んだ子に聞くと5歳。「ドラゴンという名前がかっこいいので乗ることにした」という。小さな子どもでも大丈夫なのだろうか。少し不安を感じながらも船に乗る。船の底が低いので桟橋からだと段差がある。1人ずつ櫂(かい)を渡され、前には3人ボランティアスタッフが乗り込んだ。 櫂の使い方を習い、ゆっくりと少しずつ沖に出る。みんなやり方が分からず恐る恐るだ。 沖まで出ると「いいですか、万が一、誰かが落ちても絶対に助けに行かないでください。落ちることはほとんどないですが、万が一ということがありますので言っておきます。子どもさんが落ちてもすぐにスタッフが助けに行きますから親御さんは助けに行かないでください。バランスが崩れて転覆してしまったらどうにもなりませんので」とスタッフからの注意。 そうか、転覆もあるのかと緊張が走る。「ではみんなで少し練習してスピードを出してみましょう。ハイのところで漕ぎますよ。イチ、ハイ、ニ、ハイ、サン、ハイ…」 ドン、ドン…と太鼓の音に合わせて掛け声をあげ、みんなで息を合わせてこぐ。少しずつ少しずつスピードが上がっていく。気持ちいい。5歳の子どもも「ハイ」「ハイ」と言いながら一生懸命前の人のまねをしてこいでいる。老若男女、家族も他人も一体となってまっすぐ前進する感じ、なるほど、これはまたカヌーとは違った楽しさだ。 最後にカッターボートというアクセスディンギーに似た帆船に乗り、そこで時間切れとなってしまった。モーターボートやSUPにも乗りたかったが残念。次回のお楽しみということにしておこう。 体験乗船の問い合わせは電話029-822-2437(ラクスマリーナ) ➡【霞ケ浦を遊ぶ】ラクスマリーナでイベントに参加㊤はこちら

水彩イラスト&チョークアート つくばで2人展

【谷島英里子】「水彩イラスト&チョークアート 2人展」が、つくば市小野崎のLALAガーデンつくば「つくラボ」で17日から開催されている。いずれも同市在住のイラストレーター、川浪せつ子さんが描いた水彩画約100点と、住吉恵理子さんのチョークアート約30点を展示している。 2人は美大の先輩後輩の関係。テーマは「ハッピーな時間」で、作品を見てもらい幸せな気分になってほしいという思いを込めた。 川浪さんは部屋に飾れるような、明るく、心が穏やかになるような絵をモットーに作品をつくる。2018年9月にポルトガルを旅した時の建物や風景画を中心に展示している。はがきサイズからA4判ほどの水彩画は、鮮やかで柔らかい色合いだ。今回初めて画材で使った長さ3メートルにも及ぶ御朱印帳の作品も見どころの一つになっている。NEWSつくばでコラム「ご飯は世界を救う」を連載している。 住吉さんはブラックボードにオイルパステルを使って指で描くチョークアートを並べた。生活に密着した絵が主で、縦150センチ、横90センチのこいのぼりのほか、つくば市の鳥フクロウ、力士などが鮮やかに立体的に描かれ、迫力満点だ。会場では「ウェルカムボード」の無料体験会が行われ、好評となっている。「発色がいいので明るい気持ちになると思います。ぜひご覧ください」と来場を呼びかけている。 22日まで。時間は午前10時30分~午後6時30分。入場無料。来場者にはポストカードのプレゼントがある。

【霞ケ浦を遊ぶ】気分爽快!カヌー体験 ラクスマリーナでイベントに参加㊤

【田中めぐみ】私が産まれ育ったのは四国の海辺に近い田園地帯だ。自転車で20分も行けば浜に着く。小さいころは夏になるとよく川や海に連れて行ってもらい泳いで遊んだ。冷たい川の深いところまで冒険してみる楽しさやスリル、海水浴場で波打ち際に見たかわいい小魚たちを今も忘れることができない。中学、高校に入ってからは泳ぎに行くことはなくなったが、悩みがあるとよく自転車で海に行った。堤防に座って海を眺めているといつの間にか心は晴れていた。 茨城に移り住んでからも霞ケ浦や桜川を見ると心が躍る。凪(な)いだ霞ケ浦を眺めているだけで穏やかな気持ちになる。これほど豊かな自然があるのに、霞ケ浦や周辺の川で遊ばないのだろうか。周りに聞いてみたが遊んだことがあるという人はほとんどいない。霞ケ浦で遊んでみたいと5月5日、霞ケ浦の入り口、土浦港にあるラクスマリーナ(土浦市川口)で開催されたイベント「誰でも楽しもう霞ケ浦『子どもの日大会』」(セイラビリティー土浦など主催)に参加した。 さまざまな船に試乗 このイベントではカヌー、モーターボート、ドラゴンボート、和船のほか、小型ヨットのアクセスディンギー、ボードの上に乗って進むSUP(=サップ、スタンドアップパドルボート)など、さまざまな船に試乗できる。 すごい!すべての種類に乗ってみたいー。はやる気持ちを抑えてまずはカヌーの予約の列に並ぶ。 予約を取ったら安全のためライフジャケットを着て講習を受ける。ボランティアスタッフがパドル(櫂=かい)の持ち方を教えてくれる。2人乗りのカヌーを選んだ。後ろにはつくば市から参加した中学1年の志賀明彦さんが乗ることに。 いよいよ出発! 最初は2人でばたばたして桟橋の下に潜り込みそうになったが、スタッフに押してもらってなんとか沖に。それも面白くて2人でげらげら笑う。教えてもらった通りにこいでいるとだんだんコツが分かってきた。左に曲がりたい時は右をこぐと簡単に方向転換できる。すぐに操縦に慣れ「これは楽しいね」「最高だね」とどんどん沖に。怖くなるかと思ったがそんな心配は杞憂に終わり、すっかり病みつきになってしまった。 1回の試乗は15分。1度カヌーから降りて、すぐに「もう1回行こう」と意見は一致。予約を取り直し、次は1人用に乗った。最高の気分だ。岸から遠いところにも行って、戻ってを繰り返す。 突然「カヌーの人、どいてくださーい」とスタッフの声がかかる。遊覧船ホワイトアイリス号が出航するようだ。巻き込まれては大変と大慌てで移動するのもなかなかのスリル。ブレーキやバックの操縦も覚えた。中には勢いよく転覆する人もいる。頭までびっしょり。でも笑顔だ。夢中になってこぎ過ぎて腕がだるくなってきた。これは筋肉痛になる予感がする。 「誰でも楽しもう霞ケ浦」は年4回開催されている。今年度のこれからのイベントは7月14日(日)、10月13日(日)、1月12日(日)に開催予定だという。障害者も初心者も大人も子供も、年齢も性別も障害も関係なく、誰でも参加できる。参加費は保険料込みで大人1000円、小人500円。 イベント以外でもいつでもレンタルボートが楽しめる。カヌーの場合、1人乗り、2人乗りいずれも2時間3080円)。問い合わせは電話029-822-2437(ラクスマリーナ) (続く)

採石跡地で植樹祭 地元住民と児童ら つくば市宝きょう山ふるさとの山づくり

【鈴木宏子】岩肌が露出した筑波山南麓の採石跡地に植樹し、安全で親しめる山として次世代に残していこうと、地域住民と行政、採石事業者による植樹祭が16日、土浦市小高、塚田陶管(本社同市藤沢)柳沢工場の採石場で実施された。 近隣のつくば市大形地区や土浦市小高地区住民のほか、つくば市立秀峰筑波義務教育学校5、6年生らが参加し、約5000平方メートルにアカマツやヤシャブシなど計420本を植樹した。 宝きょう山ふるさとの山づくり事業で、2011年から2年に1度、地元住民らが参加して植樹祭を実施している。今年で5回目で、今回を含め計約8800平方メートルに植樹した。 同校の子どもたちは、標高約210メートルの採石場にバスで登り、採石事業者が用意した苗木を、地面に掘られた20センチほどの穴に1本1本丁寧に植え付け、水と肥料をあげていった。いずれも同校5年の碓井帆乃花さん(10)は「(苗木に)いっぱい水をあげたので、大きくなってほしい」と話し、平山智也さん(11)は「(苗木が)でっかくなる姿を見たい。30年後ぐらいにまた来たい」と話していた。五十嵐立青市長も参加し、子どもたちとヤマザクラを記念植樹した。 同採石場は水郷筑波国定公園内にある国有地約100ヘクタール。1958年ごろから民間事業者による採石が始まった。切り出した石は道路舗装やコンクリートなどに使われ筑波研究学園都市の建設にも利用されてきたという。採石後、跡地の岩肌が露出したままになっていたことから、地元住民が約1万2000人の署名を集めて県などに要望書を出したことがきっかけで、ふるさとの山づくり事業がスタートした。 住民の要望を受けて2004年から県が緑化の計画などを策定し、全国で初めて、住民の要望を取り入れて、斜面の勾配や植樹する樹木の種類、防災機能の強化策、緑化後の景観や生態系の回復策などを検討してきた。09年から緑化のための工事が始まり、23年まで15年計画で事業が実施されている。 署名集め当初から取り組んできた大形地区区長の宮川茂さん(65)は「景気が落ち込んでいるので計画通り進むか心配はあるが、近くの人が登れる昔のような山に戻ってくれれば」と話している。 塚田陶管の塚田陽威社長(75)は「じょうずに掘りながら、地域と連携して跡地の活用も考えていきたい」などと語っていた。

【土浦を受け継ぐ】116年変わらぬ味守る かりんとう「九万五千石」 前島製菓

【田中めぐみ】柔らかい食感にキラキラと輝くザラメ、後をひくゴマの風味が特徴的なかりんとう「九万五千石」で知られる前島製菓(土浦市真鍋)。1903(明治36)創業の老舗だ。創業者の前島憲吉さん、2代目の寿夫さん、3代目の寛誠(ひろなり)さん(65)と引き継がれ、今年で創業116年目になる。初代から「味を変えてはいけない」、「原料を変えてはいけない」と言われ、116年間味を守り続けている。昨年は市が認定する第1期土浦ブランドにも選ばれた。 前島製菓は創業当初からかりんとうや駄菓子などを販売してきた。戦時中は海軍から支給される小麦粉と油、砂糖などを用いてかりんとうを作り、青森県むつ市の大湊警備府(日本海軍の軍港)に一斗缶で納めていたという。砂糖や油をたっぷりと使ったかりんとうは高級品だった。 名前の由来は土浦藩 人気商品「九万五千石」は前島製菓の代名詞でもある。戦後の食料物資統制が終わった1950年ごろから本格的に作り始めたという。「九万五千石」は、江戸時代中期の土浦藩主で江戸幕府の老中も務めた土屋数直が、徐々に石高を増やし最終的には九万五千石を有したことにちなんで名付けられた。寛誠さんの父で2代目の寿夫さんが主となり考案し、1958年に商標登録した。 当初「十万石」という名にしようと考えていたが、土浦市の郷土史家永山正さんに相談したところ、正しくは九万五千石であると指摘され、それに従ったという。「石」は土地の価値を米の生産力に換算し表す単位だが、土浦城の石垣の意味にもかけて、見た目が石のようにゴツゴツとしたかりんとうを作り上げた。 「味を変えてはいけない」 創業以来、味を守り続け、1973年には第18回全国菓子大博覧会で名誉金賞を受賞した。 しかし、父である2代目寿夫さんが病で倒れ、寛誠さんに代替わりした1988年頃、一度だけ作り方の工程を変えたことがある。それまで父とかりんとうを作りながら「この工程は統一できるのではないか、簡素化しても味は変わらないのではないか」と考えており、「自分の代からは思うようにやってみよう」と変更してみた。「自分が一番かりんとうの味を分かっている。味は変わらない」という自信があったが、製法を変えた途端に売れ行きは急降下。慌てて元の作り方に戻したが、落ちた売り上げを戻すのに3年かかった。 寛誠さんは「自分よりお客さんの方がうちのかりんとうの味をよく分かっていた。うぬぼれていたことに気が付いた」と振り返る。お客さんの優しさにも助けられた。2代目が倒れたという事情をくみ、技術が足りなかった寛誠さんを気長に待ってくれた。寛誠さんは、お客さんには感謝の気持ちしかないと話す。「たくさんの品物があふれている今の時代にうちのかりんとうを選んでくれる。本当にありがたい」。 一度も褒められなかった 寛誠さんが3代目を継いで30年になる。5年前に103歳で亡くなった叔母には死ぬ前まで「初代の方がおいしかった」と言われ、一度も褒められなかった。戒めとなりありがたくはあったが、最期までおいしいと言わせられなかったことが悔しいと話す。 納得のいく味を追求し続ける。「使っている材料は変わらなくても、気温や湿度の変化や、材料の品質に微妙な違いがある」と寛誠さん。「夏と同じ物を冬食べるとかなり固くて、冬の物は夏溶けてしまう。四季折々に美味しく食べて頂きたいので、半月ぐらいの単位で同じ物に感じられるように調整している」と話す。 製造法をかたくなに守り続けようと思っているわけではない。今以上に効率的なやり方があれは変えたいと考えている。しかし「味を変えてはいけない」という原則を守るのに、今以上の作り方が見つからない。添加物を入れれば材料が扱いやすくなり大量生産が可能だが、味が変わってしまう。多く作ることはできないが、味を変えないためには製造法を守り続けるという。寛誠さんは「古いお菓子を新しいと感じる若い人もいる。大量には作れないが、全国の人にもぜひ食べてほしいと思う」と語った。

研究成果をアートで表現 4つの作品展示 G20記念事業の成果発表

【池田充雄】つくばの科学技術とアートが出合う作品展「つくばサイエンスアートエキシビジョン」が19日まで開催中だ。会場のさくら民家園(つくば市吾妻、中央公園内)には、研究者とアーティストの協働による作品4点が、古民家の座敷や土間を利用して展示され、作品テーマとも響き合って刺激的な空間を作り出している。 展覧会はG20茨城つくば貿易・デジタル経済大臣会合開催記念事業「つくばサイエンスハッカソン」の成果発表。筑波研究学園都市の研究者がアーティストとチームを組み、研究成果をアート作品で表現しようと取り組んだ。制作テーマの「ホロビオント」とは、さまざまな種類の生物が複雑に関係し、一つの生命体を構成している状態のこと。生まれた作品自体を科学とアートの、あるいは生命と非生命のホロビオントと見ることもできる。 作品の一つ、国立科学博物館の郡司芽久さんとアートユニットGADARAによる「Mammalianism Light」は、デスクライトのアームの部分にキリンの首の構造を取り入れた。机の上に本などがあるとセンサーが感知してライトが下がってくる。本がないときは自立した状態で、時おりゆらゆらと辺りを見回すような動きをする。 「キリンの首は高いところへも低いところへも動かせる。上や下を照らすというデスクライトの機能的要求を満たせ、感性的な面白さもある。人工物に生物の機能やデザインを取り込んだ例はいろいろあるが、生き物らしい振る舞いをさせたのは他に類を見ないと思う」と、GADARAメンバーの清水惇一さん。 チームパートナーの郡司さんは解剖学者で、動物の体の仕組みや動きを研究しており、特にキリンの首の構造には詳しい。清水さんらは郡司さんの話からインスピレーションを受け、有機物と無機物の関係性に着目した作品ができるのではないかと考えた。 作品の試作中も、郡司さんの細やかな助言をもとに改良を続けていった。実物の動きを再現するには、構造をただ忠実に模してもだめで、必要な要素を抽出し抽象化する必要があり、そのための情報のフィードバックも的確だったという。 「研究者とアーティストでは視点は違うかもしれないが、制作過程でのコミュニケーションに食い違いがなく、やりたいことを実現するための最適なアプローチが自然にとれた」と清水さん。このため予想を超える作品ができ上がったそうだ。 会期は5月19日(日)まで、時間は午前10時~午後6時(最終日は4時まで)、入場無料。

人とネコの命守る防災本発刊 阿見で震災に遭った編集者が発案

【橋立多美】「猫と一緒に生き残る防災BOOK」がこのほど発刊された。8年前の東日本大震災時、阿見町でネコ(当時8歳のオス)と住んでいた本田真穂さんが、震度5強の揺れに遭遇したことで、飼い主の防災への心得と避難に関心を持ったことがきっかけ。 発行元は、ネコの魅力を紹介している雑誌「猫びより」を隔月で刊行している日東書院本社編集部(東京都新宿区)。本田さんは同社の編集者を務める。 東日本大震災後も各地で豪雨や地震、台風などの自然災害が相次ぎ、その度に課題となるのがペットの避難。同書には、同社編集部が被災地で取材した事柄や、震災後、在宅避難していた本田さんが体験した、余震を怖がりパニックになったネコの捕獲、キャットフードやトイレ砂などネコ用品が品薄で入手できなかったことなどがつづられている。困り事を生かして編まれたという。 災害時の心得として「人命が最優先」を挙げている。飼い主が助からなければ、生き残った愛猫の面倒を見てくれる人が現れるか分からない、ネコのための防災は人の防災の次に成り立つとしている。キャリーバッグやキャットフードなどの備えや代用品で出来るフード皿やネコトイレ、いざというときに慌てないための基本的なしつけを推奨している。 「災害発生!その時どうする」として自宅で被災したときの対応や避難準備、ネコと一緒の同行避難の方法や避難生活の送り方なども紹介。また、外出先で被災した場合や獣医師の指示を仰げない場合の応急処置と手当てなど、さまざまなケースを想定した対処法を載せている。 本田さんは「首都直下や、南海トラフなど今後30年以内に大きな地震があると予想されているだけでなく、近年はいろんな自然災害も多く発生している。何よりも普段からの心構え、備えが大切。たくさんの方に読んでいただき、いざという時、お役に立てることを願ってます」と話す。 巻末には飼い主とネコのために用意する非常用チェックリスト、愛猫の持病やかかりつけ動物病院、ワクチン接種の有無などを書き込むページもある。ネコと暮らす人が自身とネコの安全確保のために普段から考え、備えておく情報が網羅されている一冊だ。(定価1300円+税)

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