日曜日, 1月 18, 2026
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「県南の小田氏文化圏こそ雪村育てた」 水墨画の巨匠めぐり謎解き

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会場入り口のギャラリーには雪村作品の複製品が展示された=県県生涯学習センター

水墨画の巨匠、雪村(せっそん)をめぐっては現在、作品の多くをたどることはできても、生没年には諸説あり、生誕地も不詳、どこで画業の修業を積んだかも不明という謎多き存在だ。この歴史ミステリーに挑んでいるのが茨城県北、常陸大宮市に事務局を置いて活動している雪村顕彰会(冨山正一会長)。18日には冨山会長が土浦市に足を運んで講演し「県南の小田氏文化圏こそ雪村を育てた拠点だったかもしれない」の自説を展開した。

顕彰会主催の雪村講演会は土浦市大和町、県南生涯学習センターで開かれた。2月15日から水戸市の県立博物館で開館50周年企画展「雪村ー常陸に生まれし遊歴の画僧」が開かれることから、前宣伝を兼ねての開催となった。雪村は室町時代の画僧で常陸国生まれ、当時の県北一帯を支配していた佐竹氏ゆかりの出自とみられるが、県南では今一つなじみがない。

生まれた年については延徳元年(1489)、明応元年(1492)、永正元年(1504)の3学説があり、晩年の隠棲地となった福島県三春での生誕を主張する向きもある。

講演する冨山章一会長

佐竹氏の研究家として知られる冨山会長は、これらの諸説や文献と向き合い、各地に足を運んで実地に調査、取材をし考察してきた。その上で「冨山の見方」と断っていくつかの持論を展開した。

生誕地は「奥七郡」、茨城県北部の部垂(へたれ)の村田郷、現在の常陸大宮市下村田が有力とした。雪村は得度(出家)の上画僧になっているが、得度寺は下村田に近い那珂市の静神社境内にあった弘願寺(こうがんじ、現在は移設)の可能性が高い。弘願寺は常陸国で唯一、版木による印刷物を発行していた。

修業を積んだのは城里町下古内の臨済宗幻住派の清音寺(せいおんじ)と見る。ここで禅宗の幻住派がクローズアップされる。幻住派の開祖である中国・元時代の禅僧、中峰明本(ちゅうおうみんぽん)の画など宋、元時代の絵画に接したと考えられる。権威主義を排し自由さを求めた教義に雪村はひかれ、創作にも影響を与えたようだ。

土浦の法雲寺目指す

そして雪村は清音寺の法縁を頼って土浦市高岡の法雲寺(ほううんじ)を目指した。関東における当時最大の幻住派の拠点だった。何百人と修行僧のいる大きな寺で、画業の研さんを積むには不向きだったが、法雲寺末寺の崇源寺が桜川対岸のつくば市大にあった(現在は廃寺)。小田氏の最盛期を築いた8代当主孝朝が開基した。崇源寺は末寺の中でも別格の大寺といえ、ここに雪村が住んでいたという話と雪村作と伝わる絵が伝わっている。

さらにつくば市小田の龍勝寺には雪村作の「鷹(たか)図」が所蔵(門外不出)されている。龍勝寺も元は孝朝が建立した崇福寺で、幻住派寺院だった。

土浦-つくば一帯の法雲寺と末寺を中心に育った地域文化を「小田氏文化圏」と命名した冨山会長は「県北の佐竹氏の文化は、後の支配者である水戸徳川家との関係でベールに包まれてなかなか見えてこないところがある。小田氏文化圏はそうしたフィルターを介さずに伝わっているようだ。雪村についても掘り起こしてみるともっと出てくるのではないか。興味深く見守りたい」と語った。(相澤冬樹)

◆「雪村ー常陸に生まれし遊歴の画僧」は2月15日(土)から4月6日(日)、水戸市緑町の県立博物館で開催。同館では33年ぶりに雪村の名作が全国から集まる。国重要文化財の「風濤(ふうとう)図」など100点以上を展示。入場料:一般690円、満70歳以上350円、小中高生・未就学児は無料。電話029-225-4425。【おことわり】本記事の内容は同展に直接関わるものではありません。

大学入学共通テスト始まる 「情報」加わり試験科目再編

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試験開始を待つ受験生たち=つくば市天王台=筑波大学

大学入学共通テストが18日、始まった。試験は19日まで2日間行われる。会場の一つ、筑波大(つくば市天王台)では、昨年より50人少ない6253人が受験を予定している。全国の志願者数は、昨年より約3200人多い49万5171人。県内では、昨年より約100人少ない1万2249人(男性6579人、女性5670人)が受験する予定だ。

現行の学習指導要領に対応した最初の試験で、今年から新たに情報リテラシーやプログラミングの基礎などを扱う「情報」が加わり、これまでの6教科30科目から、7教科21科目に再編された。既存の科目でも問題数が増えたり、試験時間が延長されるなど、昨年までと大きく変化している。初日は地理・歴史・公民、国語、外国語が、2日目は理科、数学、情報が行われる。

筑波大には、午前7時過ぎから受験生を送り届ける家族の車やバスなどが到着し始めた。つくば市ではこの日、最低気温がマイナス4度を記録。受験生たちの白い息を朝日が照らしていた。父親に車で送ってもらった利根町の野口明莉さんは「今日は5時に起きて準備した。全力でいきたい」と意気込みを語った。牛久市の丁村啓介さんは「少し緊張しているが、これまでの成果を発揮できるように頑張りたい」と気持ちを落ち着かせた。

インフルエンザ流行、無理せず追試験を

大学入試センターでは、インフルエンザが流行する中で体調がすぐれない場合は無理をせず、1月25日と26日に行われる追試験の受験を申請するよう呼び掛けている。追試験会場は、東日本(北海道、東北、関東、甲信越、静岡県)は東京都府中市の東京外語大学と、小金井市の東京農業大学。本試験で指定した試験場の地区に基づき、それぞれの会場で受験することができる。(柴田大輔)

昨年の花火大会、異常気象で明暗《見上げてごらん!》36

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2024年8月31日、大曲の花火・夜の部直前に観客席上空に現れた虹(筆者撮影)

【コラム・小泉裕司】「祈るばかりだったので、開催が決まってうれしい!」。昨年の「大曲の花火」は、開催日8月31日(土)の3日前、28日(水)午前9時に開催決定を発表した。台風10号が九州地方をゆっくりと北上、長時間にわたって大荒れ、秋雨前線が北日本に延び、東北や北海道など遠隔地にも記録的な大雨をもたらす予報の中で、台風のゆるい動きを見極めて決断をした。

冒頭の喜びの声は、地元紙「秋田魁新報」に掲載された日本花火鑑賞士会会長 間瀬基夫さんのコメント。大会当日、開始時には、準備した雨具に着替える瞬間もあったが、以後は、雨が上がり、湿気で煙が滞留し、見にくい作品もありつつも、競技は無事終了した。

大曲は「明」で土浦は「暗」?

昨年の土浦大会前日の11月1日(金)の予報によると、東日本では当日の2日から3日にかけて、台風21号から変わった温帯低気圧や前線の影響で24時間降水量は多いところで120ミリの大雨となる所がある見込みとのこと。

さらに雲底高度も低いとの予報が出され、安全な煙火消費および競技花火としての観覧環境が確保できないとの判断により中止となったことは、本コラム34「土浦の花火に思う」(11月17日〉のとおり。11月に台風が日本列島に接近するという近来まれな事態は、やはり異常気象と言わざるを得ないのだろう。

終了直後のゲリラ雷雨:神明花火

昨年8月7日(木)に開催した「神明の花火」(山梨県)は、打ち上げ数2万発、来場者数18万人、人気花火師が担当する花火大会に全国からファンが集う大会。当日の天気予報は、熱帯低気圧の影響で大気のバランスが不安定となり、夕方から夜になると激しいゲリラ雷雨が確実に発生すると予想。

そんな中、19時30分から打ち上げを開始、予定どおり21時に終了。直後、帰りを急ぐ観客をゲリラ雷雨が襲った。状況は、本コラム30「夏本番」(8月18日)をご覧いただきたい。

帰りの電車の立ち往生や公共施設への緊急一時避難など、全国ニュースで取り上げられるほど希少な経験をしたが、見事な花火を鑑賞した余韻は、今も脳裏に焼き付いていて、危機一髪な花火大会の開催を決断した主催者は、大いに安堵したことだろう。

打上げ20分前に中止決定:足立花火

昨年7月20日(土)午後7時20分打上予定、荒川河川敷を会場とする「足立の花火」は、雷雨のため午後7時に中止を発表、会場にはすでに約40万人が来場していた。開催を決定した当日朝の天気予報は、太平洋側に雨雲や雷雲、地上の気温が高い影響で大気の状態が不安定となり、足立区周辺を含む関東南部では急に雨が降るとあり、主催者は開催するかどうか逡巡したという。

決定後も、南にそれていく可能性もあるとの専門機関の情報を確認していたので、ただひたすら心の中で念じていたが、かなわなかったとのこと。

雷雨の中を帰路に着いた観客にとって、花火を見る事ができなかったのだから「暗」ということかも知れないが、足立の場合は、その後の観客ファーストのリスク対応があまりにも素晴らしかった。稲光を背景にケーブルテレビで中止の理由を説明する近藤やよい足立区長の頼もしい姿に感服した次第。

順延を期待する声もあったというが、順延しない理由を「約700人の警備員が従事するが、近年は警備業界の人員不足のため、警備員が減り、安全の確保が難しい状況」と説明。有料観覧席の全額払い戻しにかかる費用についても区の補正予算で対応したが、特に話題となることなく予算化が図られたと聞く。

ちなみに今年は、熱中症などの健康上のリスクや天候(風雨、雷、台風、気温など)による中止リスクがあることから、5月31日(土)に開催日程を変更した。

「順延・中止決定は2日前に」

昨年12月の土浦市議会定例会では、飲食店や小売店の損害が最小限になるよう、順延や中止の発表を、現在の「前日9時」から「2日前の早期」に変更できないかとの質問があった。

天気予報の精度が格段に高まっていることをその根拠にあげていたが、足立区の場合、ウェザーニュース(2024/7/20)では、夕立のような激しい土砂降りを予報しながらも、次の一文を付記した。「ひとつひとつの雨雲は小さいため、ちょうど上空を通過するかどうかは運次第」。

いずれにしても、主催者は、異常気象下での可否判断に苦悩しながらも、安全で魅力的な花火大会が開催できるよう、これからも最善の努力をされるに違いない。私は、その決定を、敬意を持って受け入れるのみ。

成人の日午前7時、複数個所で響いた5段雷花火が初花火。「ドーン パンパンパンパンパン」(花火鑑賞士、元土浦市副市長)

落ち着きが無い=多動性から考える《看取り医者は見た!》34

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写真は筆者

【コラム・平野国美】多動性。教育の現場では「落ち着きが無い」と言われる子どもがいます。現代の基準には合わないかも知れませんが、歴史上の人物の行動パターンから、多動性ではないかと思われる英雄がいます。

ナポレオン。非常にエネルギッシュで、多くの戦闘や改革を迅速に進めました。彼の決断力や行動力は、現代の多動性に似ています。アッティラ。彼はフン族を率いて欧州を侵略、多くの戦闘を指揮しました。彼らの大胆な行動力は、多動性の特性に類似しています。

彼らの無駄なほどエネルギッシュな個性が、広範囲に移動しながら戦闘することを可能にしたのではないでしょうか。

アフリカに生まれた我々の先祖、ホモサピエンス。彼らのリーダーは砂漠を横断し、北欧、アジアへ。そのエネルギッシュな移動をリードしたのは、多動性の資質を授かった者だと思うのです。

進む先が地獄かも知れないのに歩き続ける彼らの姿は、最近、私がお会いする元研究者たち―今は患者さんとしてですが―の現役時代と重なります。実験の先にあるものが、成功なのか失敗なのかわからぬまま、突き進む姿です。そこには名誉欲など存在せず、好奇心のみがあったように思えるのです。

衝撃的なゴッホの行動特性

芸術に目を向けると、ゴッホが代表的存在です。多くの絵画を短期間で制作しましたが、その行動特性は衝動的でした。彼の創造力とエネルギーには、注意欠如・多動症(ADHD)の特性と一致する何かがあったように思います。しかし、現代風に言うところのコミュニケーション力や社会性はなかったようです。

子供のころ読んだ偉人伝や伝記には、彼らの少年時代の一風変わった性格や奇行が描かれていました。

これらの人物が多動性を持っていたかどうか、確証はありません。しかし、残された逸話などを手掛かりに考えると、その行動や特性が多動性に関連している可能性があります。ADHDにしても自閉スペクトラム症(ASD)にしても、特殊な条件や環境が設定されれば、抜群の能力が発揮される可能性があります。

私は仕事を通して、伝記に出てくるほどの人でなくても、多くの天才の老後生活を見ています。彼らから読み取れる物語は興味深いものがあります。(訪問診療医師)

ロボッツがN高グループなどと協定 つくばが縁

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協定書に調印した、茨城ロボッツ・スポーツエンターテインメントの川﨑社長( 左)と、日本財団ドワンゴ学園理事/角川ドワンゴ学園理事長の山中伸一さん

プロバスケットボールB1リーグの茨城ロボッツを運営する茨城ロボッツ・スポーツエンターテインメント(水戸市)は16日、通信制高校のN高(沖縄県うるま市)やS高(つくば市作谷)などN高グループを運営する角川ドワンゴ学園と、通信制大学「ZEN大学」設置者の日本財団ドワンゴ学園との3者で、スポーツと教育を推進する連携協定を締結した。バスケットボールを起点とした地域の発展と、次世代の人材育成などを目指す。

N高グループはN高とS高から成り、3万人超の生徒数を擁する国内最大の通信制高校で、今年は新たにR高を群馬県桐生市に開校する予定。ZEN大学は神奈川県逗子市に今年開学予定。いずれもインターネットを通じた学習だけでなく、企業や地域と連携したプロジェクト型学習や体験学習にも力を入れている。

茨城ロボッツの川崎篤之社長は「地域社会との向き合い方に、われわれと同じ強い思いを抱いていると感じた。ロボッツの創業地であるつくば市にS高の本校があるという縁も、協定締結の基盤になった」と話す。

具体的な連携事例としては、ロボッツが取り組む地域貢献活動に両学園の学生や生徒が参加したり、スポーツがもたらす地域活性化効果について学んだり、最新のテクノロジーを導入したスポーツ・エンターテインメントビジネスを模索したり、実際のスポーツや健康づくりの機会を提供するーなどが構想されている。

第1弾として現在、N高、S高などの生徒がロボッツの新ユニフォームをデザインする体験学習プログラムが進行中だ。ロボッツのスポンサーでもあるアパレルメーカーのアダストリアが協力し、5日間にわたる特別授業や試合観戦を経てコンテストが行われ、最優秀デザインは製品化され選手が実際に試合で着用する。

さらに来年4月には、ロボッツユース選手を対象にN高やS高などへの進学を支援する特別奨学生制度も始まる予定。学びの自由度が高い通信制のメリットを生かし、日中の練習やトップチームの練習への参加など、一般の高校生ではかなわない練習環境が得られ、プロを目指そうとする選手にとっては大きなアドバンテージとなるとする。

「これらの連携はBプレミア26チーム中でも他にないユニークな取り組み。面白い事例をたくさん育て、全国や世界へ展開していきたい」と川崎社長は構想する。(池田充雄)

元公邸料理人 岩坪貢範さん 筑波山麓にイタリア料理店オープン【ひと】

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岩坪貢範さん

筑波山麓の筑波山口(旧筑波鉄道筑波駅跡)近くに昨年10月、イタリア料理店「クラクラ」(CRACRA、つくば市筑波)がオープンした。白い洋風の店舗で、元公邸料理人の岩坪貢範(38)=いわつぼ・たかのり=さんがオーナー兼シェフを務める。

岩坪さんは2013年から10年間、つくば市国松出身の外交官、岡田誠司(68)さんの下で、カナダ、南スーダン、バチカンの在外日本大使館や総領事館の料理人を務めた。2年前、岡田さんのふるさと、筑波山麓に居を構え、筑波山地域の食材の豊かさや自然環境に魅せられ、昨秋、開業した。

店の外観

公邸料理人は、大使館や総領事館などで、公的会食業務に従事し高品質の料理を提供する料理人のこと。現地要人との会食など外交活動で重要な役割を担う。岩坪さんは2013-16年にカナダのバンクーバー総領事館、17-20年に南スーダンの大使館、20-23年にバチカンの大使館に勤務し、大使の家族の食事も作ってきた。2023年度には外務大臣から優秀公邸料理長の称号を受けた。

岩坪さんは「料理人として相手国の人々やその土地に合わせた料理を作るという稀有(けう)なキャリアを積むことができた」と振り返り、「岡田さんとはバンクーバーやバチカンで、プライベートで一緒に旅行をし、カナダのワイナリーや、リゾートにあるレストランなどで食事し大変刺激を受けた。イタリアでは北イタリアを中心に各都市を回り、イタリアの野菜、畜産、ワイナリーなど食文化を直に見ることができ、大変勉強になった。現在も岡田さんはクラクラを交流の場として使ってくれる一番身近なお客さん。今回の開業においても人脈も含めいろいろ助けられた」と語る。

店内

岩坪さんは富山県出身、調理科のある地元の高校を出て、卒業後は東京の調理専門学校で学んだ。19歳で神奈川県藤沢市のホテルに就職、21歳で東京のレストランに勤務し、日本食からフランス料理まで、オールラウンドに料理を学んだ。2013年公邸料理人の道に進み、さらに料理の腕を磨いた。

帰国後、筑波山麓に移り住み、レストラン開業に向けて更地から事業計画を練り、創業融資などを受け昨年ようやく開店にこぎつけた。クラクラはイタリア語でカエルの鳴き声ことを言い、筑波山のガマガエルにちなみこの名を使った。岩坪さんは「地元の食材を使った料理にこだわり、地元筑波山麓を大事にしていきたい」という。

ランチメニューの一部。(上段左から)前菜の生タコのカルパッチョ・メヒカリのセモリナ粉揚げ・ひよこ豆のポタージュ、自家製ハム、つくば地鶏とトマトのラグースパゲッティ、(下段左から)魚料理のスズキのポワレほうれん草添え・アサリのスープ仕立て、肉料理の県産秀麗豚の赤ワイン煮込み、デザートのホワイトチョコレートケーキ・キャラメルのジェラート添え

料理はランチメニューが2500円から4000円、ディナーは5000円から1万円で、前菜、自家製のハム、パン、パスタ、肉料理や魚料理などのコース料理を提供する。素材は岩坪さんが厳選したものだ。メニューは1週間ごとに変わり、定番メニューは作っていないという。

店内の広さは約100平方メートル、テーブル席が18席、カウンター席は2席で、完全予約制。立食形式なら25人は入れるという。現在は従業員を雇わず、厨房、接客、レジまで一人でこなす。絵心もあり、店のポストカードのイラストは自身が描く。

「この地域には地ビールや造り酒屋、ワイナリーがあり、連携していけたら良いと思う。何らかの形で地域にも貢献していきたい。料理もお客さんの要望にあわせたメニューも可能なので、気軽に相談してほしい」と語る。(榎田智司)

◆クラクラ(CRACRA)はつくば市筑波2696-3、営業時間は午前10時から、毎週火曜定休。電話(Fax)029-897-3680、メールは298CRACRA@gmail.com、ホームページはこちら。現在のところ予約のみ受け付けている。

清ちゃんの大八車《写真だいすき》36

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今は疲れ果てているが、大八車は仕事の仲間として大切にされていた。写真は筆者

【コラム・オダギ秀】突然、そのガタピシャの車を見たとき、ボクは懐かしさとうれしさで、うろたえてしまった。そのくらい、その大八車の印象というか思い出は強烈だった。大八車と言っても、今の人、特に若者には何のことかも分からないだろう。

要するに荷車だ。自動車なんてなかった時代、働くと言うことは、即肉体労働するというイメージであったころ、木で作られた大八車は、人間と一緒に働く仲間のような存在だった。物を動かし、動かすのを助け、動かす者を支える同僚のような存在だった。

ボクが田舎に住んでいた子どものころ、隣の集落の清(セイ)ちゃんがいつも引いてくる大八車は、まさにこのような荷車だった。

いい歳になっていた清ちゃんは、大八車をウチの庭先の柿の木の下に止めるとそこに腰を下ろし、弁当を食った。いつもそうしていたわけではなかろうが、なぜか、弁当を食う清ちゃんの記憶が今も鮮明に残っている。

ある日、清ちゃんは、大八車にくくりつけた手拭いのようなものを開き、中から団子のように丸まったケーキをくれた。仕事先でもらったのだそうだ。ボクは、「秀坊に」と清ちゃんがくれたケーキを妹と分けたが、あのケーキはうまかった。

息子に買ってもらった洗濯機

清ちゃんの弁当は、自分で作ったものだった。早くに奥さんを亡くした清ちゃんは、中学生の男の子と暮らしていて、その子の弁当も清ちゃんが作っていた。清ちゃんの弁当はうまそうには見えなかったが、ある時、頭の上の柿を採り弁当に載せると、「うまいぞ」とニコニコしながら食っていた。そばに、大八車があった。

ボクのウチが水戸から田舎の父の実家に引っ越したときには、清ちゃんが大八車を引いて家財を運んでくれた。清ちゃんはボクと妹も家財と一緒に大八車に載せ、一度も止まらずに田舎の家まで引いて行った。

清ちゃんの息子は、中学を出ると自動車の修理工場に就職した。清ちゃんはそれが自慢で、しばらくしたとき、息子が電気洗濯機を買ってくれたと、辺り中に吹聴した。息子は父親が洗濯するのをいつも見ていたに違いない。

で、ボクら家族は、清ちゃんの家に電気洗濯機なるものを見に行った。ボクのウチにはまだ電気洗濯機はなかった。清ちゃんは、電気洗濯機をたらいのように使い、その中で洗濯してみせた。うれしそうだった清ちゃんの顔を、ボクは今も覚えている。

ボクが大八車を見たとき、そんな思い出が突然湧き上がった。このガタピシャの大八車は、清ちゃんのに違いない。きっとそうだ。ボクはそう思ってカメラを向けた。(写真家、日本写真家協会会員、土浦写真家協会会長)

松代公園の雪景色《ご近所スケッチ》14

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松代公園の雪景色

【コラム・川浪せつ子】松代公園(つくば市松代)の雪景色は2年前の1月にも掲載したのですが(23年1月20日掲載)、今回は反対側の児童館が見える方向で描いてみました。この公園は家からも近く、四季折々の移り変わりがステキな公園です。ですが、雪を写しながらのお散歩は1時間。とても寒く、連れ合いに連絡し、車で迎えに来てもらいました。

かつて、バスツアーで1人、飛騨高山、五箇山に雪の取材に行きました。その年は雪が少なく、とても残念でしたが…。今年の豪雪を思うと、雪の恐ろしさ、大変さ、お見舞い申し上げます。

話は変わりますが、つくば市周辺のことをもっと知りたいと思い、昨春から「X」を始めました。Facebookは以前からやっていますが、サイト内に「大好き!つくば」「つちうらが好き!」「各地から見える筑波山」などがあり、頻繁に見るようにしています。

つくば市周辺の食べ物店や風景を描くにあたって、自助努力だけではモーラできないと感じています。lnstagramも地域のアップはあるのですが、私の欲しい情報が少ないと感じています。ステキな風景画像はたくさんありますが、私が行けそうな場所がなかなかありません。

つくば市に住んで40数年

「X」の場合、近場の野菜青空市で安く買えた、近くにレストランがあったとか、取材できそうなネタがあります。しかし、つくば周辺の知らない風景、絵になる風景はあまりありません。

なぜか?「X」は登録している方が割と若い。また、つくばに引っ越してきた世代の方々は、仕事や育児などで忙しく、風景にまでたどり着いていないのかなぁ~と。でも若い世代の人が転居して来るって、うれしい! 周辺にはステキな公園があるので、楽しんで欲しいです。

つくば市の人口は26万人を超えました。そして、将来の天皇陛下候補様もつくば市に。茨城県、つくば市周辺の良さ、皆さんに知って欲しいなぁ。きっと、その良さを感じていただけると思います。誰も知った人がいなかった私が、40数年住んで言うのですもの。

そのためにも、この地の良さを発信すべく、これからも絵を描いていきたいと思います。(イラストレーター)

「足りてないこと数字で示したい」県試算につくば市長 県立高校不足問題

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記者会見する五十嵐立青市長=14日、つくば市役所

児童生徒数が増加しているつくば市で県立高校が不足している問題で、県教育庁が昨年10月「県立高校の今後の募集学級数・募集定員の見込みを試算」と題する資料を示し、「つくばエリア」(つくば、つくばみらい、守谷、常総市など)について「現時点では定員増が必要との判断に至ってない」とする方針を明らかにしたことについて(24年10月24日付25年1月12日付)、つくば市の五十嵐立青市長は14日の定例記者会見で「(県立高校が)足りてないことを(県に対し)数字で示したい」と述べ、市としてつくば市やつくばエリアの県立高校の学級増を引き続き県に要望し協議を続けていく姿勢を示した。

五十嵐市長が昨年12月23日、つくば市の県立高校の学級増などを求めている市民団体「つくば市の小中学生の高校進学を考える会」(片岡英明代表)と懇談したことに関し、記者の質問に答えて、改めて市の姿勢を示した。

同市の県立高校不足問題について五十嵐市長はこれまで、昨年9月に実施した2025年度の県予算編成にあたっての要望活動の際、大井川和彦知事に対し、市内にある県立竹園高校の定員を1学年2学級80人分、3学年で6学級分増やすための校舎増築費用4~5億円を市が負担すると提案したとしているほか、翌10月に実施された市長選で、市建設費負担による竹園高校の学級増を公約に掲げた。

つくば市竹園にある県立竹園高校

14日の会見で五十嵐市長は、昨年10月の県試算資料で記されたつくばエリアの状況分析について「実際にそもそも1時間というものが(通学時間の)基準として定められているが、(生徒の)通学時間をまず正確に把握し、正確なデータをもとに議論をすることが必要だと思っているので、それを市民団体と連携しながら進めていきたい」と話した。

その上で「(竹園高校の学級増という)私の公約は(増築校舎の)建設を県に提案したということだが、県としては『足りている』という認識が急に(昨年10月に)出てきたので、それに対し、足りていないということを数字できちんと示すことは大事だろうと思っている。これから実際の数字について(県と)お話をしていきたいと思っている」とした。

さらに「併せて県として今、定員割れしているところ(つくばサイエンス高と筑波高)は増員を進めているという話があったので、それについては今年の出願状況等をみてまた議論しましょうと知事と話をしているので、そういったことを継続して行っていきたい」と述べた。

この問題で市民団体は近く、県教育庁と懇談を予定している。(鈴木宏子)

➡昨年10月の県資料「県立高校の今後の募集学級数・募集定員の見込みを試算」はこちら

雨情とチャップリンとロッキー《映画探偵団》84

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イラストは筆者

【コラム・冠木新市】チョビひげと旅する人生の姿が重なる茨城県出身の詩人・野口雨情と映画監督チャ一リ一・チャップリンは、ほぼ同時代に活躍した芸術家である。日本公開年度は少しずれるが、チャップリンの『黄金狂時代』(1925)、『街の灯』(1931)、『モダンタイムス』(1936)、『独裁者』(1940)が作られたころ、雨情は全国を旅して新民謡を作っていた(映画探偵団31)。

『街の灯』では、放浪紳士が目の見えない花売り娘のために奮闘し、ボクシングの試合に挑む姿などが描かれる。ラストでは、貧しい放浪紳士と手術で目が見えるようになった花屋経営者の女性との再会が描かれる。貧富の差を逆手にとった皮肉の利いたハッピ一エンドが胸をうつ。

50年ほど前、無名ボクサーが世界チャンピオンに挑戦する姿を描いた、低予算で作られた映画『ロッキー』(1976)を見た。脚本・主演を務めたシルベスター・スタローンは、実際のボクシング試合を見て物語を発想したそうだが、私はこの作品の元ネタは『街の灯』だと思った。

ロッキーがペットショップの店員エイドリアンにほれて、世界チャンピオンとの戦いに最後までリングに立ち続ける話で、誰もが共感できるリアルな作品に仕上がっていた。ロッキーとエイドリアンがリング場で抱き合うラストは、テ一マ曲と相まって素直に感動したものである。

その後、『ロッキー2』(1979)、『ロッキー3』(1982)、『ロッキー4/炎の友情』(1985)、『ロッキー5/最後のドラマ』(1990)、『ロッキー・ザ・ファイナル』(2006)が作られた。50年近くたった今、ロッキー・シリーズを振り返ると、エキサイティングなボクシングシ一ンよりもロッキーの人間的な描写の方が印象強い。

チャンピオンの妻として強くなったエイドリアンの変貌ぶりにとまどうロッキー、試合に負けたロッキーが最期まで勝利を信じて亡くなるコーチを見送る場面、最愛の弟子に裏切られショックを受けるロッキー、親の七光りに悩む息子とそれを受け止めきれず親として悶々とするロッキーなどの方が思い浮かぶ。

シリーズ物の面白さはそこにある。時代の変化で印象が変わるのだ。私は青春映画の延長として見てきたが、現在の観客だと年を取った男がボクシングにこだわる物語にしか見えないのではなかろうか。そこが映画とともに歩んできた観客と後から見る客との違いではなかろうか。

茨城県の唄シリーズ

私はこれまで雨情さんの唄を独立した作品として、『筑波節』(1930)、『磯原節』(1932)、『水戸歩兵第二連隊歌』(1934)、『土浦小学校校歌』(1935)を見てきた。だが、雨情さんは、故郷に深い思い入れがあった人だ。これらの作品を茨城県の唄シリーズとして見たらどうなるだろうか。印象が変わらないだろうか。関連があるのではなかろうか。

『戦争は唄にはなりゃせんよ』と言っていた雨情さんが、なぜ『水戸歩兵第二連隊歌』を作ったのか。当然、軍歌にジャンル分けされるわけだが、ようやくその謎が解明できそうだ。なんとか1月25日のイベントに間にあった。私の中で、雨情とチャップリンとロッキーがつながった。

思わぬ発見をし、喜んでいる。雨情ファンよ、1月25日の「雨情からのメッセージⅢ 詩劇コンサート 」(山水亭)にご期待ください。サイコドン  ハ  トコヤンサノセ。(脚本家)

アメリカから福島原発事故を考える《邑から日本を見る》175

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『原発と民主主義』の読書会=茨城大学

【コラム・先﨑千尋】昨年12月16日、茨城大学図書館で見出しのテーマの講演会と読書会が開かれた。主催は同大人文社会学部市民共創教育センターで、市民と学生ら約50人が参加した。

第1部は、平野克弥『原発と民主主義―「放射能汚染」そして「国策」と闘う人たち』(解放出版社)の読書会。著者の平野さんはひたちなか市出身で、現在は米カリフォルニア大学ロサンゼルス校の歴史学教授。

1999年に東海村の核燃料施設JCOで臨界事故が起き、2011年には東京電力福島第1原発が大事故を起こした。平野さんはこの2つの事故から、平穏な日常を一瞬にして奪われた人々の声や言葉を拾い上げ、後世に伝えることを思いついた。そして「放射能や原発事故に向き合ってきた人たちが、日本の『民主主義』『地方自治』『故郷』『豊かさ』をどのように考えているのかを聞き出し、言葉にして『思想』として読者に伝えたい」と、本書を編んだ。

話者は、村上達也、小出裕章、武藤類子、鎌仲ひとみ、鈴木祐一、長谷川健一、馬場有、小林友子、崎山比早子、里見喜生の各氏。大部分は福島原発の近くに住んでいる人たちだ。それぞれが平野さんと、原発と地方自治、原発廃絶の闘い、絶望と冷静な怒り、住民なき復興など、経験、体験をもとに語っている。

本書を読んで分かったことは、「原子力エネルギー政策は民主主義の原則と根本的に相いれない。国策の最大の犠牲者は常に子ども、女性。原子力政策は、都市部の巨大消費を支えるために地方を犠牲にする構造をもつ。私たちはライフスタイルの転換が必要」など。

読書会では、原発に関心を持つ市民活動家の谷田部裕子さんや村上志保東海村議など、ひたちなか市や東海村などで活動する住民や議員が同書を分担して読み込み、重要だと思ったところ、みんなで議論したいことなどを報告し、参加者と話し合った。

原爆と原発は命に関わる問題

第2部は、平野さんの「アメリカから福島原発事故を考える」と題する講演会。

平野さんは「原発は、第2次世界大戦後の世界の覇権をめぐる資本主義国と共産主義国の競争と対立から生まれた。アメリカとソ連の冷戦時代には、度重なる核実験によりアメリカや太平洋諸島の先住民たちが被曝し、人体実験の対象にされた。戦争は『国策』、核エネルギー政策も『国策』だ。『国策』とは、国民の同意や審議という民主的な手続きを経ることなく、国家が『国益』という大義名分により主体となって行う政策を言う」と語った。

さらに「日本の原発政策は、広島・長崎の記憶を払拭(ふっしょく)させ、核を新たなエネルギーとして産み出し、利益を得ることを狙いとして考え、位置づけられた。原爆や原発により犠牲を強いられてきた人たちは被害者であり、一方で文明社会を謳歌(おうか)してきた点で加害者でもある。戦争(原爆)やエネルギー政策(原発)は人と自然の命の問題であり、市民である私たちは暮らしを守り、命を守り、人権を主張する。そのことによって本当の幸せが得られる」などと述べた。

日頃あまり考えてこなかった原発と民主主義の関係について、学ぶことが多い集まりだった。(元瓜連町長)

門出祝い「二十歳のつどい」 つくば、土浦 

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つくばカピオで旧友たちとの再会を喜ぶ参加者たち

成人の日を前に12日、つくば市と土浦市でそれぞれ20歳の門出を祝う「二十歳のつどい」が開かれた。つくば市はコロナ禍以来続く、式典参加を出身中学ごとに分けた午前・午後の2部制で催した。土浦市は市内のダンスチーム「モアナテア」がフラダンスやタヒチダンスを披露し、亀城太鼓保存会の和太鼓に合わせた共演も行われた。今年度20歳を迎えたのは、つくば市が昨年より135人多い2927人(男1595人、女1332人)、土浦市は7人少ない1348人(男女各674人)だった。

夢に向かって挑戦し続ける

「うわー!久しぶり!」「変わんないね!」

肌寒い曇り空の下、つくば市竹園、つくばカピオの屋外で式典の始まりを待つ新成人たちから、旧友との再会を喜ぶ明るい声が響く。

家族と会場を訪れた大学生の沢畠侑奈さん(20)は、朝7時から晴れ着の着付けに向かい式に臨んだ。現在は水戸市の大学で教員を目指して勉強に励んでいる。「将来はいろいろな人に寄り添える先生になりたい」と目標を語った。専門学生の森田創太さん(20)は市内の専門店ではかまを着付け、中学時代の部活の仲間と会場に足を運んだ。「やんちゃをしていた時期もあった。専門学校では機械設計を学んだ。就職も決まり、将来はいい家庭を築きたい」と思いを語った。

同級生と記念写真を撮る森田創太さん(前列左)=つくばカピオ前

式典では参加者を代表し齊藤言葉さんが「一人ひとりが持つ夢に向かって挑戦し続け、困難にぶつかっても決して諦めずに前を向いて歩いていきたい」と思いを述べた。

あいさつした五十嵐立青市長は、昨年宇宙飛行士に認定されたつくば市出身の諏訪誠さんによる「きのうの夢は今日の希望となり、明日の現実となる」という言葉を引きながら、「諏訪さんは落選を経験しながら46歳で夢を現実にした。自分を信じて進み続けることの可能性を身をもって示してくれた」とし、「皆さんが活躍する中で、いろんなことを言う人、アドバイスする人がいると思う。基本的にそんなものは聞かない方がいいと思う。アドバイスは一旦置いておいて、自分を信じて自分がやりたいことを反対されても貫いていくことが一番人生にとって価値がある。やりたいことを実現し、いつの日かつくばで生かしてくれることを楽しみにしている」と言葉を贈った。

自分の手で未来を切り拓く

クラフトホール土浦で式典の始まりを待つ参加者たち

土浦市では午後1時から、同市東真鍋町、クラフトシビックホール土浦(市民会館)でオープニングアトラクションが開かれ、2時から式典が始まった。

現在は東京都に暮らし千葉県の大学に通う関皓樹さん(19)は、久々の帰省を懐かしみながら「同窓会を楽しみにしてきた。大学では電気電子を学んでいて将来は技術職に就きたい。学生の今だからできることにチャレンジしていきたい」と話した。

式典で成人を代表して押雄大さんは、これまでに経験した東日本大震災やコロナ禍を踏まえて「当たり前だと思っていた生活が一瞬で変わってしまう経験を幾度も重ねてきたが、私たちはどんな困難に直面しても力強く立ち上がり、未来を見据える力強さを身につけてきた」と言い、「自分の手で未来を切り拓く覚悟を持つことが、これからの時代を生きる私たちの使命。一歩一歩、世界に新しい価値を届ける挑戦を続けていく」と決意を表した。

成人代表の押さん(右)から謝辞を受け取る安藤市長

安藤真理子市長は「みなさんは青春真っただ中の時期にコロナ禍を迎え、学校に行くな、誰にも会うな、外に出るなと言われてきた。ピンチをチャンスに変えて、コロナという大変な時期を乗り越えてきた人たち。これから土浦で仕事をし、家庭を持つこともあると思う。外に出て、全国、世界、宇宙で活躍する人もいると思う。皆さんが土浦で生まれ育ったこととを誇りに思って、土浦を離れても何かの時に戻ってきてほしい」とし、「自分の気持ちを周りにきちんと伝えることが大人。いろいろなことに感謝をできる人になってほしい」と話した。(柴田大輔)

つくばエリアの県立高、本来8学級増《竹林亭日乗》24

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今年元旦の筑波山

【コラム・片岡英明】茨城県教育委員会は昨年10月、2030年までの「県立高校の今後の募集学級数・募集定員の見込みを試算」を発表した。その試算1によると、30年の県全体の中学卒業生は24年に比べ2141人減少する。この中卒者減に対応して、県立高の定員を1480人(37学級分)減らすとしている。

今回の試算では、中卒者減に対する県立高の定員削減率は69.1%。減少する中卒者の7割に相当する県立高定員を減らすことになる。

県の試算は3学級増

県教育庁は県内を12エリアに分け、エリアごとの学級増減も示している。これによると、県全体では県立高定員が削減されるが、つくばエリアの中卒者は逆に477人増えることから、現在58の学級数を61にする。

つくばエリアの中卒者増に対する定員増加率は25.2%となっているが、県全体の中卒者減に対する定員削減率が69.1%であるならば、つくばエリアの県立高定員増加率も同様にすべきではないか。

つくばエリアの中卒者が477人増える(24年~30年)と推計すると、その中卒者増に見合う定員増は330人(中卒者増の69.1%)になる。ということは、本来8学級増を示すべきではないか。

本来8学級増なのに、なぜ3学級増なのか? 生徒が急増しているつくば市内には県立高が少なく、3学級しか増やせないと判断したのであろう。

竹園高には2学級増を

県教育庁が2019年に発表した「改革プラン」では、つくばエリアの中卒生は440人増加する(18年~26年)と推計していた。今回試算と同様に考えると、440人増には7学級増が必要だが、当時の学級数に2学級プラスした59学級に抑えられていた。

18年~30年、つくばエリアの中卒者は747人増える。この生徒増に合わせるには12学級増が必要となる。ところがその後、つくばエリアの学級は1学級しか増えていない(57学級→58学級)。改革プランと今回試算を合わせても、4学級増(57学級→61学級)に抑えられている。このことが、多くの小中学生の高校進学の悩みの元になっている。

この2年間、牛久栄進高の1学級増、筑波高の進学コース設置、サイエンス高の普通科設置など、県立高の定員問題は改善されている。しかし、中卒者増に学級増が追いついていない。つくばエリアの中卒生増に対応するために、2026年度には県立竹園高の学級を2つ増やしてほしい。(元高校教師、つくば市の小中学生の高校進学を考える会代表)

➡「県立高校の今後の募集学級数・募集定員の見込みを試算」はこちら

新たな産業用地候補地 2地区120haが重点促進区域に つくば市

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1月にも策定予定のつくば市都市計画マスタープラン立地適正化計画のエリアプラン案(パブリックコメントの資料より引用)。地図の中に産業集積拠点候補地が新たに4カ所盛り込まれる予定だ

市議会「地権者に説明が先」

工場や物流倉庫などが集積する新たな産業用地の創出を、つくば市が市内4カ所を候補地に検討している。昨年末、そのうちの市内2カ所、計約120ヘクタールが、地域未来投資促進法に基づく県の第2期圏央道沿線地域基本計画の重点促進区域となった。一方、候補地2カ所は現在いずれも市街化調整区域で、農地のほか山林や宅地も含まれ、地権者に説明すらされていない。昨年末開かれた同市議会12月会議では「地権者への説明が先」だとされ、市が12月補正予算案に計上していた1カ所の文化財試掘調査費約757万円が削除され、調査着手が延びることになった。

昨年末、新たに重点促進区域となった2カ所は高須賀地区(高須賀、上郷)74ヘクタールと、谷田部地区(同市谷田部、境松、房内)45.7ヘクタール。

経産省のホームページなどによると高須賀地区は、県道土浦坂東線に接し、今春、同市島名に新規開通する圏央道つくば西スマートICから約3キロに位置する。加えて特別高圧電力の供給が可能なことから、地域経済をけん引する事業を重点的に促進させることが適当だとする。一方すべてが市街化調整区域となっており、真瀬土地改良区の集団的農地を中心として農用地が37.4ヘクタールあり、農業従事者の実態、就業意向を把握し、兼業農家の安定的な就業に向けた取り組みの推進を図るーなどとしている。

谷田部地区は、県道谷田部藤代線に接し、谷田部IC(インターチェンジ)から約2キロに位置する。加えて特別高圧電力の供給が可能。一方、区域全体に第一種農地が10.4ヘクタール存在していることから、土地利用調整を行う場合は、農業従事者の実態や就業意向を把握し、兼業農家の安定的な就業に向けた取り組みの推進を図るーなどとしている。

市が候補地として検討している産業用地はほかに、筑波北部工業団地の西側とつくばテクノパーク豊里の南東側の2カ所。市は1月中にも策定予定の市都市計画マスタープラン立地適正化計画に、計4カ所を新たな産業集積拠点の候補地とすることを盛り込む方針だ。

長年の懸案

市立地推進室によると、市内には工業団地に空きが無く、産業用地が足りないことが長年の懸案だった。市は2016年度に市内全域を対象に産業用地可能性調査を実施し10カ所を候補地とした。2023年度にそのうち評価が高かった7カ所をさらに4カ所に絞り、市都市計画マスタープラン立地適正化計画案に盛り込んで昨年8~9月にパブリックコメントを実施した。今年1月中に開催予定の市都市計画審議会を経て、同計画に位置付ける。

併せて今回、4カ所の中で評価が高かった高須賀地区と谷田部地区の2カ所計約120ヘクタールについて、開発の際に手続きが簡略化されたり、税制優遇などを受けることができる地域未来投資促進法に基づく重点促進地域に申請し、12月末に経産省の同意を得た。

先行する高須賀と谷田部について市は昨年7月から、立地企業の業種検討、民間企業へのアンケート調査、土地利用方針図の作成のほか、下水道計画など必要資料を作成し、候補地の産業用地整備の事業化の可能性を検討するための基礎調査を実施中で、今年3月までにまとめる予定だ。

基礎調査と併せて市はさらに昨年の市議会12月会議に、2カ所のうち最も評価が高かった1カ所について、埋蔵文化財を試掘し文化財の範囲を確認するための調査費の計上を提案、文化財の調査に着手する予定だった。一方この間、地権者などへの説明は一切なかったことから、昨年末、市議会から「まず先に地権者に説明し同意を得ることがしかるべき順序。どこを試掘するかも明らかでない」(川村直子市議)などの意見が出て「待った」がかかった。

1カ所で地権者説明会開催へ

市立地推進室は今後、最も評価が高く埋蔵文化財調査に着手する予定だった1カ所を対象に、1月中に地権者説明会を開く予定だとし、近く地権者全員に通知を出したいとしている。昨年12月の議会で削除となった埋蔵文化財調査については、改めて議会に再提案する予定だ。開発手法などは、民間施行も含めて検討しており、市担当者は「まずは地権者の意向を聞きたい」としている。(鈴木宏子)

フジコ・ヘミングさんの番組が伝えるもの《遊民通信》104

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【コラム・田口哲郎】

前略

年末に、NHKでフジコ・ヘミングさんのドキュメンタリー番組「ETV特集 フジコ〜あるピアニストの軌跡〜」が再放送されていました。初放送は1999年です。このドキュメンタリーが放送されたことで、不遇のピアニストだったフジコさんに注目が集まり、世界中で演奏会を開く人気ピアニストになりました。

最初のCD「奇蹟のカンパネラ」は200万枚を越える大ベストセラーになりました。私はリアルタイムで放送を見ていて、感動し、CDを買いました。代表曲の「ラ・カンパネラ」は圧巻でした。

ピアノはもちろん素晴らしいのですが、ドキュメンタリーで目引いたのは、フジコさんの下北沢の自宅のインテリアでした。お母さんが買い取った劇団の稽古場が自宅でしたが、稽古場らしい広い部屋にグランドピアノが置かれています。壁にはたくさんの写真が額に入れられて、かけられています。アンティークの家具はウィーンの古いカフェで使われていたものらしい。

ヨーロッパ風の部屋もすごいのですが、夜ごとにフジコさんがピアノを弾くシーンはさらにすごかったです。間接照明で少しほの暗い室内、窓には三日月の形をした電球が連なっています。いまでは北欧系の雑貨屋さんで売っている電球も当時は珍しく、簡単には手に入りませんでした。

そんなフジコさんの部屋のインテリアは、フジコさんが長年ドイツで身につけた文化として、視聴者に迫ったのだと思います。

欧文化としてのクラシック音楽

もうひとつ、ドキュメンタリーで印象的だったのは、フジコさんが「私の国は天国だよ」と言っていたことです。フジコさんは長い間才能を認められずに不遇だったので、とある事情で無国籍になり難民としてドイツに留学せざるを得なかったので、この世では報われないので、あの世での希望を願うから言っているのかなと思いました。

でも、フジコさんは成功してからも、変わらずに居場所は天国だと言っていましたし、天国でショパンやベートーベンに会って話すのが楽しみだと言っていました。フジコさんはクリスチャンだったそうですが、これはフジコさんの信仰だったと思います。

フジコさんのドキュメンタリーは、フジコさんを育て、フジコさんが背負っていたヨーロッパ文化を従来のクラシック音楽とは違った形で視聴者に見せたので、大きな反響を呼んだように思います。日本ではクラシック音楽はハイソで宗教性は削がれていますが、フジコさんが見せたいわば文化は、弱者に寄り添う、宗教的なやさしさのあるものだったと言えるでしょう。

フジコ・ヘミングさんは本当に素敵なピアニストですね。ごきげんよう。

草々

(散歩好きの文明批評家)

話題はスマートICと花火大会 土浦で新年賀詞交歓会

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鳶職組合による木遣り

土浦市の経済3団体(商工会議所、観光協会、商店街連合会)主催による新年賀詞交歓会が7日夜、市内のホテルマロウド筑波で開かれ、地域の経済人を中心に約300人が参加した。土浦鳶職(とびしょく)組合の祝木遣(きやり)唄でスタート。主催側代表、市長、国会議員、県会議員のあいさつの後、新年恒例の懇親会に入った。

あいさつする中川商工会議所会頭

3団体を代表してあいさつした中川喜久治土浦商工会議所会頭は「今年は巳年。蛇は成長過程で脱皮を繰り返す姿が再生の象徴と考えられている。土浦の再生・発展に向け、皆さまから提言してほしい」と述べ、地域にプラスになる動きとして、TXの土浦方面への延伸、常磐高速道の土浦スマートIC設置を挙げた。

安藤真理子市長はこれを受け、「これまで種をまいてきたことが実りつつある。昨年は、国土交通省から、土浦スマートICの事業化を決めてもらった。この施設は、本市だけでなく、地域の交通、救急医療にも大きく寄与する。1日も早い開設を目指したい」と、今年の目玉施策に位置付けた。

あいさつする安藤土浦市長

地域貢献をアピール

国会議員で最初に登壇した青山大人衆院議員(立憲民主、茨城6区小選挙区)は、「国や自治体が発注する事業の小額随意契約の在り方が見直される。この50年間変わらなかったこの問題について、われわれ野党は政府を追及、熟議の国会で実現する運びになった」と述べ、地域経済界にプラスになる政策をアピールした。

また、国光あやの衆院議員(自由民主、比例区)も地元貢献を意識して、「地域の皆さんが気になっていた問題、老朽化している霞ケ浦医療センター(土浦市下高津)問題がやっと動き出すことになった。2月には(医療支援体制の)デジタル化、今夏には建物の(改修)工事が始まる」と、具体的な日程を明らかにした。

参院議員では、今夏に選挙を迎える上月良祐議員(自由民主、茨城区)と小沼巧議員(立憲民主、同)があいさつ。「蛇が何かするのではなく、何かするのは我々だ。土浦をよくできるのは、皆さん、地域のリーダーの方々だ」(上月議員)、「国の中心市街地活性化事業の本県対象市は、水戸、土浦、石岡、鹿島だが、担当役所によると、一番成績がよいのは土浦ということだ」(小沼議員)と、出席者を持ち上げた。

衆参同時選挙は5%?

懇親会では、昨年は警備体制の不備から中止に追い込まれた「土浦の花火」について、予算の無駄遣いなど市執行部を批判する声が多く聞かれた。また、今夏の参院選と同時に衆院選があるかどうかもあちこちで話題になっていたが、「その可能性は5%」(出席衆院議員)ということだった。(坂本栄)

「メリクリ」から「アケオメ」《続・平熱日記》173

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絵は筆者

【コラム・斉藤裕之】年末に首が痛くなって、大概「寝違えた?」と聞かれるのだけれども、症状は寝違えた時と同じでも起きている時に痛くなってきたので、「起き違えた」と言うべきか。「右投げのピッチャーが寝違えたら、1塁ランナーをけん制するの、大変だろうなあ」。首に良かれと湯船につかって、湯煙を眺めながらそんなことを思ってみた。

それより、さかのぼること1カ月。左手親指の先をケガしてしまって、たかが指先と思いきや、これが大層不便。シャツのボタンを留められないのに途方に暮れるし、卵の殻をむくのが左手の親指だったり、ラップを引き出すのに左手の親指を使っていることに気付いたり。

助手席に婚姻届

そんな年末のある日のこと。車がパンクしてしまって、はて困ったと思ったら目の前がガソリンスタンド。「こりゃ、交換だねえ。あいにく、うちはスタッドレスないんだけど…。そうだな、ちょっと待って」。店主と覚しきおじさんはどこかに電話をしてくれて、「10分ぐらいしたらタイヤ来るから」だって。

しばらくして、スタッドレス1本を持って現れたタイヤ屋さん。地獄に仏、いや神様か。イブの日の奇跡。そして、その車の助手席には「婚姻届け」の書類が。

実はギネスものの短い結婚生活を終えた次女が、新しい彼氏と我が家に住むことになって2カ月。「パパ、婚姻届けお願い」と言われ、市役所に行った帰りの出来事。例えるのはどうかと思うけど、パンクしたタイヤと運よくすぐに付け替えられた新しいタイヤに、何となく次女のことが重なった。

翌日、ジングルベルの流れる日にめでたく入籍。1年に2度結婚するという離れ業で、1年を締めくくったというわけだ。

鳥の足おせち

令和7年巳年。はて、ヘビに首はあるんだろうか? カマクビなんて言うが、ヘビが寝違えることはないだろうから、まあいいとして…。首に若干の違和感はあるものの、親指の傷も癒えて、なんとか新しい年を迎えることができそうだ。

ということで、私は当然クリスマスツリーを片付けて正月を迎えると思っていたら、「海外じゃあ年明けまで飾っておくのよ」と次女。一瞬、「はあ? 正月にツリー?」と言いたくなったが(こんなささいな言い争いから宗教的な争いは始まるのかも)、ここは新年を迎えるに当たって波風を立てないように、次女に従うことにした。

1週間前には鳥の足にかぶりついていたこの国の人々は、正月を迎えるや、おせちのお重を開けて歓喜する。そう、時代は「メリクリ」から「アケオメ」なのだ。

厄よけの煮干し

元日夜明け前。恒例行事というほどのことでもないが、冷凍庫からいりこを一つ取り出して描く。いりこは私にとっては原点に立ち返ることのできる大切なモチーフ。さらにこじつけるなら、煮干しの類は厄よけに使われるので1年の始まりにはふさわしくもある。

何を信じ何に祈るのかは人それぞれ。でも願うことはみんな同じ。「家族が健康で無事に1年過ごせますように」(画家)

103万円超え、大山鳴動して小ネズミ1匹【ひょうたんの眼】75

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写真は筆者

【コラム・高橋恵一】国民民主党は「103万円の壁を引き上げて働き控えを無くし、手取りを増やす」という公約を掲げ、衆議院議員選挙で議席を4倍増にした。我が国の異常な低成長経済の要因が低コスト低賃金構造にあり、政府も賃金引き上げや非正規就労の修正を言い出す現状で、低賃金層の「手取りを増やす」公約は大いに支持された。

さらに同党は、壁撤去の具体策として、所得税の基礎控除額を75万円引き上げて課税最低ラインを178万円にする政策提言を打ち出した。大型減税になるが、財源が示されず、自公与党は慎重論を示して、来年度の税制改革大綱には、壁を123万円まで引き上げるとして、今後も178万円を目指して協議することにした。

国民民主は国会でのキャスティングボートを握っていると強気だ。玉木雄一郎代表(現在役職停止中)は、123万円では、減税額1万円しか手取りが増えず、178万円なら手取りが8万円増えると発言した。同党の公約は、給与収入の手取りを75万円(178万-103万)増やすはずだったのでは?

玉木氏は、手取り増加の具体策を、所得税減税、基礎控除の引き上げに求めたことで大きな間違いを起こしたのだ。同党は、減税の経済刺激効果も主張するが、累進課税の所得税減税は高所得者に効果が偏り、消費性向が低く経済循環への寄与度が低いのは経済政策の常識だ。同党は、年収の増額、賃上げの具体策と支払者の賃上げ原資の保障策を提示すべきだったのだ。

最低時給の引き上げが大事

「年収の壁」というのは、働く時間数を増やすなどして年収を増やそうとする場合、年収の増加分が、増収に伴う税負担増や社会保険料の新たな負担、親などの扶養者への手当や所得控除額が減額あるいは無くなることで、就労時間増による増収分が相殺あるいは手取りが減るなどで、就労控えを起こす現象をいう。

年収の壁は、100万円、103万円、106万円、130万円、150万円、201万円と段階がある。国民負担の在り方について、充分に議論が必要だ。

繰り返すが、「壁」を撤去したとしても、103万円の給与の増額を実現する方策は講じられていない。具体に、支払い事業者の原資増額をどう確保するのか? 何万円賃金アップできるのか?明示すべきだろう。壁の撤去により、働き控えが無くなれば、年額9万円弱増額になるかもしれない。手取り増を喧伝した政治家は、せめて、最低賃金の1500円を前倒しし、全都道府県を同額にすべきだろう。財政措置をするなら、そこに効果的に支出すべきだ。

現在の政治状況では、壁を123万円に引き上げ、既に壁超え年収になっている所得税納税者に1人当たり1万円減税の「恩恵」が生じることになるだろう。多分、誰も気付くことのない年額1万円、月当たり833円の手取り増になる。(地図好きの土浦人)

何か別の方法を考えよう《続・気軽にSOS》157

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【コラム・浅井和幸】

Aさん「普通、ここまで気を使って、優しい言葉をかけたら、ありがとうって言うべきじゃないですか?」

浅井「ありがとうと言ってくれたら、うれしいですよね」

Aさん「そうでしょ? じゃ、なぜうちの息子はありがとうと言わないのか、私にはさっぱり分かりません」

浅井「そうはいっても、理想的なコミュニケーションって難しいですよね。タイミングもあるし、それぞれの性格もあるし、親子との関係性もありますから」

Aさん「じゃあ、優しくしないほうがよいのですか? ありがとうぐらい言うのは当たり前じゃないですか?」

浅井「Aさんの優しさはいつも通りだと思います。先日も同じようなことがありましたね。そのとき、息子さんはありがとうと言ってなかったですね。だとすると、今回も当たり前に同じことが起こったと、捉えたほうがよいでしょう。何か別の方法を考えてみましょう」

大きくずらした方法を試す

私たちの生きている現実は実験室とは違いますから、全く同じ状況はそろわないし、全く同じ結果は起こしにくいです。ですが、やっぱり似たような要因が集まれば、似たような結果が現れます。

どうすればよい結果が出るか分からないときは、前とは少し違った方法を試す、ときには大きくずらした方法を試みるのも、よいかもしれません。同じアプローチをしても、相手の受け取り方が変わることで、今までと違う結果が出ることもありますが、自分の言動を変えることで別の結果が出やすくなります。

これを裏返すと、自分が同じ言動をしても結果が変わったとしたら、自分が思っている以上に、相手や環境などの要素が変わったということです。それに気づけるのは、より自分の目的にあった次の手が打てる人と言えます。

今、目の前で起こっている現実を「信じられない」とか「あり得ない」とかで片づけずに、実際に起こっている事実を踏まえて、あり得ることとして受け止め、それに対しどのようなアプローチをすれば、目的の状況に近づけるかを考えて試していく。

うまく物事が運ばないと感じることが多く、自分は運がないとか、呪われていると考えることが多い人は、このようなことを今年1年試してみてください。解決能力のある人に相談するだけでも続けてみてください。

人とうまく話し合いたい、仕事の能力を上げたい、金持ちになりたい、何か趣味を持ちたい、体力をつけたい、嫌いな人から離れたい―など、具体的な目的・希望があったら、具体的な方法が見つかるはずですよ。(精神保健福祉士)

「ひきこもり」も悪いものではない《看取り医者は見た!》33

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雪景色(写真は筆者)

【コラム・平野国美】前回(12月22日掲載)、高齢の患者さんから聞いた「不登校だった友だちは後に社長になった」という話を紹介しました。この話を聞き、人の多様性について興味を持ちました。不登校や「ひきこもり」を奨励しているわけではありません。多様性について考えるようになったのです。

誤解を恐れずに言えば、ひきこもりも悪いものではないと思えるのです。つくば市にはたくさんの研究所が存在し、多くの研究者が住んでいます。彼らと話していると、「社会的にバランスがよい人」もいますが、バランスが悪いと思われる方もおられます。

一般的に、コミュニケーション力や社会性がない人はマイナス評価されますが、自分の専門分野において独特の存在感があるのです。

ある研究職の方は南極越冬隊に参加されました。1年間を氷に閉ざされた所で閉鎖的な人間関係の中で暮らしていくことを、皆さんはどう考えますか? オーロラ見学に数日間とかなら分かりますが、あの極限空間の中で1年を暮らすとなると、どうでしょう? そんな環境の中で暮らした方からお話を聞く機会がありました。

「あんな過酷な場所に、よく行く気になれますね」との質問に対する答えは衝撃的でした。「あんな素晴らしい場所はないですよ。自分の仕事さえきちんと行えれば、誰とも話さなくても済むのです。私には天国です」と、笑みを浮かべて話されました。

この方、人付き合いが上手な人ではありません。南極のような閉ざされた世界の方が適しているのかも知れません。南極のように「自閉症気味の方が活躍する場所」もあるのだと思いました。

個々の資質は多様性の一面

哲学的に考えると、その個人の資質や、それに影響を与える遺伝子にも意味があると思うのです。カントの義務論によれば、すべての人間は尊重されるべき固有の価値を持っており、自閉症であろうと多動であろうと、我々社会は彼らの権利や尊厳を守る責任を負っているのです。

哲学者ハイデガーは、人間の存在はその多様性と複雑性に価値があるとしました。個々の資質は人間の多様性の一面であり、その独自性が社会や文化に多様な視点を提供します。ニーチェの生の哲学によれば、個々の存在はその独自の生きる意味を持っています。自閉スペクトラム症(ASD)の人も、自身の生きる意味や目的を見出せば、それが自身の幸福や自己実現につながると思うのです。

近年、多様性という言葉がよく使われますが、私の患者さんを通して個性を眺めていくと、いろいろ気づかされることがあります。(訪問診療医師)