土曜日, 1月 17, 2026
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「モーカフェ」を運営する光畑さん《日本一の湖のほとりにある街の話》33

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イラストは筆者

【コラム・若田部哲】つくば市の、大通りから少し入った静かな住宅地の一角、屋上に柔らかな草が茂る印象的な建物が建っています。エントランスに一歩足を踏み入れると、間仕切りなくゆるやかに奥へと続く、中庭に開かれた開放的な空間。天井にはゆったりとドレープ(ひだ)を描いて張られた布、中庭にはたくさんの丸ガラスがはめられた大きな青色のドーム。不思議でありながら、じんわりと心地よさがこみあげてきます。

ここは、授乳服の製作・販売を行う「モーハウス」が運営する「モーカフェ」(つくば市山中480-38)。画期的な授乳服をはじめ、乳児同伴で働く「子連れ出勤」などの先進的な取り組みで、女性の生活をより快適にし続けてきた同社について、代表の光畑由佳さんにお話を伺いました。

モーハウスの授乳服は、巧みにスリットを入れた構造により、赤ちゃんが母乳を欲しがった1秒後には授乳できる優れもの。しかも、はた目には赤ちゃんを抱っこしているようにしか見えません。この素晴らしい衣服を生み出した光畑さんですが、そのキャリアのスタートはアパレルからではありませんでした。

大学卒業後、大企業で美術展企画などに携わる中、転機となったのが、生まれて間もない我が子と電車に乗っていた際、お腹が空いた赤ちゃんが泣き出してしまったこと。やむを得ず、電車の中で周りの視線を浴びながら授乳せざるを得なかった体験から、「着られる授乳室」があればと思いたち、どこでもすぐに授乳できる服を作り始めたのだそうです。

光畑さんご自身が使ってみて、あまりの使いやすさと快適さに驚いたという商品は、しかし、当初の売れ行きは芳しくなかったそうです。ですが、「赤ちゃんが欲しがったらすぐに授乳できる」「肌が露出せず、周りを気にせず授乳できる」といった独自のポイントを示すための「授乳ショー」の開催などにより、当時は存在しなかった「外出時に着られる授乳服」の認知も高まり、売れ行きも向上。

デリケートな妊産婦さんの肌に心地よいようつくられた製品は、高齢者や乳がんを患った方にも広く受け入れられるようになっていきます。また、乳児同伴で、抱っこしながらの勤務スタイル「子連れ出勤」が様々なメディアで紹介され、製品と共に、女性の新しいワークスタイルを示すフロントランナーとして脚光を浴びてきました。

お母さんが快適になれる授乳服

時は経ち、2025年の現在。モーハウスが創業した1997年から約30年間で、日本の育児環境は、少しずつではあれども変化してきました。そうした変化についてお考えを伺うと、「教育や医療の無償化など、制度的な部分の改善は進みました。ただ、それで子育てが楽しくなっているか、疑問に思う部分もあります」と光畑さん。

「今は、子育てがスマホのアプリで行われ、授乳時間まで『管理』されるものになってしまいました。ですが、子どもの不確実性は『管理』という考え方にはなじまないものです。数字、データをつければつけるほど、お母さんたちは『母親はこうあらねば』と苦しくなってしまいます」

光畑さんの「女性を快適に」という思いの先は、女性だけでなく男性にも向けられます。「女性がより快適に生活するために、女性自身の中の『こうしなければならない』という思いをなくしていきたい。そして、そこで重要な役割を担うのが男性です」

「日本のお母さんは、真面目でガマンしてしまいがち。自分が快適になれる授乳服を見ても、『もったいないからいらない』となってしまいます。そこで、『楽になるなら、ぜひ買えばよい』と背中を押せるのは、むしろ男性なのです」

そうして、妻が楽になり機嫌がよくなれば、夫もうれしく楽しい。「女性が、より自分らしくいられるように」。一貫した思いで貫かれている光畑さんの取り組みは、女性だけでなく男性も包み込み、皆が笑顔でいられる道を指し示しています。(土浦市職員)

<注>本コラムは「周長」日本一の湖、霞ケ浦と筑波山周辺の様々な魅力を伝えるものです。

➡これまで紹介した場所はこちら

集中豪雨に台風並み強風加え 極端気象を再現 つくば防災科研

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豪雨と暴風を合わせてリアルな暴風雨環境の再現が可能となった大型降雨実験施設。右が暴風装置の吹き出し口

自然の降雨状態を再現する装置としては世界最大級という防災科学技術研究所(つくば市天王台、宝馨理事長)の大型降雨実験施設に、毎秒20メートルを上回る強風を人工的に発生させる機能が新たに追加され、台風レベルの暴風雨環境を体感できる実験が11日に報道陣に公開された。

大型降雨実験施設は、豪雨を原因とする自然災害の防止・軽減を目的に、1974年から運用している防災科研ご自慢の施設。局地的に大雨をもたらすゲリラ豪雨に対する社会的な関心の高まりに応じ、2013年度には降雨強度を1時間に300ミリまで再現できるように機能強化を図った。

バケツをひっくり返したような雨、叩きつけるような雨を再現して、わが国では他に類例のない実験施設となったが、線状降水帯など極端な気象現象がみられるようになった近年、「風」を加えた暴風雨環境の再現が求められていた。

今回大型降雨実験施設内に設置されたのは、最大風速毎秒20メートルを上回る強風を人工的に発生させる装置。大型送風機を4機内蔵し、幅3メートル、高さ3メートルの吹き出し口に集中させ、秒速1〜25メートルの風速で稼働する。さらに降雨装置を同時に稼働させることで、台風レベルの暴風雨環境の再現を可能にした。

11日の公開実験では、今までに日本で記録された10分間雨量の最大値相当である50ミリ(1時間当たり300ミリ相当)の雨と同時に、毎秒25メートルの風を吹かせた状況を再現した。横殴りの雨、強風装置の吹き出し口には容易に近づけない極端気象の環境となった。

防災科研の酒井直樹大型降雨実験施設研究推進室長は「線状降水帯の場合、積乱雲が急速に発達することで雨も大粒になり強くなる、さらにダウンバーストという風も起きるので、一緒の環境を再現してみないと防災研究の観点からは不十分といえる」という。

大型降雨実験施設ではこれまで、大型模型斜面を用いた土砂災害軽減研究、土砂浸食に関する研究、「耐水害住宅」の実物大建物浸水実験の研究など、基礎から応用まで幅広い研究が進められている。施設は5つの実験区画と移動降雨装置などから成り、散水面積は44×72メートルの広さ、天井部に総数2176個の降雨ノズルがあり、粒径0.1から6ミリで調整した雨滴を16メートルの高さから落下させている。

防災科研によれば、この機能強化により今後、民間企業等と協働して従来の豪雨災害のための実験に加え、暴風雨環境下でも稼働が可能なドローンや自律走行が可能な車の実現などに寄与することが期待されるとしている。(相澤冬樹)

左足の骨折から4カ月《ハチドリ暮らし》50

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写真は筆者

【コラム・山口京子】左足の骨折から4カ月が経ちました。治ってきたものの、体力、気力、筋肉の低下に驚いています。歩ける距離が短くなりました。歩き方はゆっくりというか、オタオタというか。以前は重たいと感じなかった掛け布団が重く感じられます。疲れやすくもなりました。これらはフレイル(虚弱)の症状ではないかと不安になっています。

だんだんと老いるのか、病気やケガをきっかけに急に老いが進むのか。年をとるほど健康状態の個人差が開くのが分かります。普段の暮らしを持続させるため、意識的に体のことを考えないといけないと…。体力や筋肉を取り戻すには、まずは歩くこと、食事をしっかりとることでしょうか。

昨年は65歳以上の高齢者が3625万人になったそうです。要介護認定を受けた人が約700万人。長生きすればするほど、介護が必要になる人が増えます。その原因は、認知症、脳血管疾患、骨折・転倒、高齢衰弱、関節疾患などです。

一番多い認知症ですが、昨年、「共生社会の実現を推進するための認知症基本法」が施行され、新しい認知症観が提起されました。「認知症になっても、一人ひとりが個人としてできることややりたいことがあり、住み慣れた地域で仲間などとつながりながら、希望を持って自分らしく暮らし続けることができる」ことを掲げています。

そして7つの基本理念のもとに、認知症本人の意思を尊重することを地域や家族に求めています。認知症と診断されても症状は多様ですし、軽度から重度まで幅広く、一人ひとりに寄り添った対応が大事になるでしょう。

親や連れ合いの認知機能が衰えた場合、間違ったことを言ったとしても否定しない、急かさない、話を合わせ、できるだけ落ち着いてもらう。そして、できることは続けてもらう。それが本人も家族も穏やかに暮らせるヒントかなと…。

平均寿命、平均余命、死亡ピーク

自分は何歳まで生きるのかしら?と思ったとき、厚生労働省が出している2023年簡易生命表の概況を見ました。

平均寿命(ゼロ歳の赤ちゃんがこれから生きるであろう寿命)は男性が81歳、女性が87歳です。平均余命は、例えば70歳の人なら、男性はあと15年、女性はあと19年生きるそうだと。80歳であれば、男性はあと8年、女性はあと11年生きるそうです。死亡ピーク年齢は男性が88歳、女性が92歳となっています。

まだまだ山あり谷ありのことでしょう。大事なのはこれからの人生をどうしていくかという心構えでしょうか。(消費生活アドバイザー)

茨城町の「秋葉犬」《続・平熱日記》181

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絵は筆者

【コラム・斉藤裕之】久しぶりに愛犬パクの育った茨城町の古道具屋を、野暮用で山口から来ていた弟と訪ねてみることにした。実はここの御主人は一昨年、はるばる山口までトラックでやって来たことがある。以前何度か、この欄にも登場した粭島(すくもじま)の古屋に不要な家具があるという話をしたところ、ちょうど広島に引き取るものがあるから山口まで行くというのだ。その時に弟が現地で世話をしたこともあって、弟とはそれ以来、緩くつながっている仲。

しかし残念なことに、弟はよんどころない用事が出来て急きょ山口に帰ることになって、仕方なく私ひとりで訪ねることとなった。

車の荷台には不要な椅子を三脚と古い電灯を積んだ。捨てるには忍びないオンボロだけど、お店に置いていただければどなたかが引き取ってくれるだろう。看板もないお店は木々に囲まれたお社の様な雰囲気の場所にある。無造作に青く塗られた扉を開けると、犬たちがほえ始めた。

ここの御主人は仕事の傍ら保護犬のお世話もしていて、パクもここで私と出会った。私はご主人に山口のワサビ漬けを渡し、弟が来られなくなった旨を伝えるとご主人は残念がっていた。それから、犬たちとも会ってくれというので店の奥に行くと、そこにはパクと一緒に暮らしていた3頭と、新入りの犬が1頭いた。

「そういえばテレビで野良犬のニュースをやっていて、偶然にもこの茨城町と私の故郷である周南市の野良犬問題がいつも出るんですよね…」と私。「茨城町に秋葉というところがあって、そこに野良犬の群れがいるんですよ。この新入りもそこの野良犬で…」とご主人。「ところが、その犬たちが性格もよくてほえないし、人気が出ちゃって、秋葉にいるから『秋葉犬』というように呼ばれ始めて、今やちょっとしたブランドになっているんです…」

うちのパクは高貴な犬?

犬を飼っていると言うと、「何犬?」と聞かれる。「種類なんかないよ。犬だよ犬!」と言うと「雑種?」と聞かれるから、意地になって「だから犬だって」と答えてしまう。そもそも、生物学的には全ての犬は同じ種というではないか。普段、野良犬の姿を見かけることはなくなった。それはいいことだと思う。ただペットショップで犬を買うというのもなんかちょっと…。

先日、奈良県桜井市で卑弥呼と暮らしていた?という犬の復元模型が公開された。骨が出土した遺跡の名を取って「纏向(まきむく)犬」と言うそうだ。その纏向犬、色こそ違え、大きさ、形は我が家のパクにそっくりではないか(友人のマヨねえさんはパクのことを気品があるだの高貴な気がするだのと言っていた)。「まあ何犬だろうといいんだけどね」。パクはそう言いたげに今日も犬らしく我が家の一風景となっている。(画家)

免許失効したまま公用車など運転 つくば市職員 今度は7カ月間

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つくば市役所

つくば市は9日、市教育局の職員が昨年10月末から約7カ月間にわたって、自分の運転免許証が失効したまま、公用車や自家用車を運転していたことが分かったと発表した。

今月6日、本人が自分の運転免許証を確認し、昨年10月26日で失効していることに気付き、所属長に報告したという。

職員は今後、免許センターで早急に運転免許証の更新手続きを行うとしている。再発防止策として市は全職員に対し、運転免許証の有効期限の確認を徹底するよう通知し再発防止に努めるとしている。

同市では今年1月にも別の市職員が、運転免許証を失効した状態で約1カ月間、自家用車を運転していたことが発覚した。その際市は、全職員に対し運転免許証の有効期限を確認するよう注意喚起し再発防止に努めるとしていた(1月24日付)。

今こそ日本の食と農を守ろうー東京で緊急総会《邑から日本を見る》183

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東京で開かれた百姓一揆の緊急集会

【先﨑千尋】今から100年以上も前の1918(大正7)年に起きたホンモノ(?)の米騒動。米不足と日本軍のシベリア出兵に伴う投機で米価が高騰し、富山県魚津町での騒動が全国に波及し、一部では地主や米穀商への打ち壊しなどが行われ、軍隊も出動、死者も出た。

では「令和の米騒動」はどうか。騒動と言うけれど、どこでも騒動は起きていない。小泉農相の一声で始まった価格破壊の備蓄米放出で、5キロ2000円の米を買うのに朝早くから行列。買えた人は喜び、買えなかった人は落胆する様子がテレビで放映されている。喜んだり悲しんだりするのではなく、怒るべきではないのか。国民はなぜ怒らないのか。

「米作り農家は、時給10円では生活できない」と、3月に東京など全国14か所で「令和の百姓一揆」が繰り広げられたが(コラム181)、その後も米価は下がらず、日米関税交渉で農産物の輸入拡大が焦点になってきている。これは大変だと、百姓一揆実行委員会と日本の種子(たね)を守る会、農協有志連合の呼びかけで、6月4日に東京の参議院議員会館で緊急集会が開かれ、全国から100人が集まった。

生産者の声を聴いて!

報告する常陸農協の秋山組合長

集会では、常陸農協の秋山豊組合長ら9人が、現地からの報告や消費者からの提言を行った。秋山組合長は「米不足だというのに、現在でも農家は35%の減反を強いられている。そのことを消費者は知らないでいる。米の価格が急騰したのは異常気象により政府の需給見通しが狂ったからなのにもかかわらず、それを政府は認めず、転作を緩めなかったからだ。

政府が備蓄米を放出しても、7月から9月までの絶対量は57万トンも足りない。米作り農家が生産を維持できる適正価格は、玄米60キロ当たりで2万4000円、消費者価格では5キロ3420円(いずれも税抜き)。消費者価格をそれよりも下げるには政府の対応が必要になる」と、現状とこれからの見通しを述べた。

静岡県の米農家 藤松泰通さんは「周りでは耕作放棄地が増えている。また、大規模農家や米の業者の倒産、廃業も続いている。肥料などの生産資材や石油、種子などは大半が輸入に頼っており、それが入らなくなったら日本の農業はアウトだ。食料も海外依存。止められたらどうするのか。それでいいのか」と、怒りをあらわにしていた。

新潟県の石塚美津夫さんは「かつては水路や農道の整備は集落ぐるみで行っていたが、ムラ社会が崩壊し、それができなくなっている。政府はスマート農業や大型の圃場整備を進めているが、その補助金はメーカーや土木業者に行くだけではないか」と訴えた。

その他、「消費者もマスコミも価格だけに目が向き、生産者の顔や声が見えない、聞こえない。輸入米を増やす話があるが、農薬漬けで恐ろしい。食べ物は水や空気と同じで、商品ではない。米の問題は農政ではなく、生産者、国民に対する社会保障政策と考えるべき。EUやアメリカなどのように生産者への所得補償政策を進めなければ、農業生産は維持できない。5000億円の予算があればできる」などの声が出された。

最後に、令和の百姓一揆実行委員会代表の菅野芳秀さんが「百姓一揆の行動はこれからも連続して続ける。有史以来の危機なので、命がけで行動しよう。国会議員も一緒にやろう」と呼び掛けた。(前瓜連町長)

裏方で国際貢献 土浦市消防本部が資機材洗浄など支援

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資機材の作業をするJDRの職員と土浦市消防本部の隊員ら

ミャンマー中部地震の救援活動で使用

土浦市消防本部(土浦市田中町)で5日、6日の2日間、ミャンマー中部地震の被災地で救援活動を終えた国際緊急援助隊(=JDR)の資機材の洗浄などメンテナンス作業が行われている。JDRの職員約20人と消防本部の職員10人が参加。自治体と連携してJDRの資機材メンテナンス作業が実施されるのは国内で初めて。

JDRは海外で発生した災害にいち早く支援を届ける日本政府による支援チームで、国際協力機構(JICA)が事務局を担う。捜索救助を担う救助チーム、被災者の医療ケアを担う医療チーム、被災者の医療ケアを担う医療チームなどがある。2023年のトルコ南東部地震にも派遣された実績がある。消防、海上保安庁、警察の混成隊員で構成される。消防では全国77の隊員らが派遣に備え、県内では水戸市と南西広域の2消防が待機状態となっている。

被災地の救援活動で使用した資機材は、JDRの現地での活動終了後、日本に返送し、次の派遣に備え、いち早くメンテナンスを行う。資機材の点検、故障した機材の修理、洗浄、補給、梱包などで、こうした作業をどこで行うかが大きな課題となっていた。

海外の被災地での救援活動について説明するJDRの飯村学事務局長

土浦市消防本部では森田大地救命救急士(31)が4月、ミャンマー大地震の被災地にJDRの一員として現地に派遣された。こうした縁から、地域の消防機関として市消防本部が支援することになった。成田空港から比較的近く、作業のための広い場所が確保できる、消防本部の施設であることから水が使えるなどの利点もあった。資機材の洗浄、点検などの作業は救援活動の重要なプロセスで、今後の迅速な国際支援活動の継続、発展を下支えする意義ある協力と位置づけられることから、市は今回、作業場所を無償提供した。

市消防本部で洗浄などが実施されているJDRの資機材は、大きな被害があったミャンマー中部にあるマンダレー市で4月2日から16日にかけて1次隊32人、同12日から26日にかけて2次隊37人の総勢69人の医師や看護師、医療関係技師が使用したもの。地震でけがをした人やがれきから救い出された人の手当てなどに使われ、5月23日にJDRの保管庫がある成田に到着した。

資機材の点検作業などをするJDRの職員と消防隊員ら

資機材の種類は全体で10万種以上あり、専門スタッフが感染対策にも十分配慮し、丁寧に洗浄・点検・保管する。汚れた机、椅子、ケース、テントなどは水洗いし天日で乾かす、コンテナの中のきちんと整理された資材をすべて取り出しチェックし再梱包するなどの作業が必要になる。被災地では仮設の総合病院を作るため、X線撮影機、超音波測定器、ヘモグロビン測定器など精密機器や検査用品などもあり、稼働状態を確かめたり、関連部品の整理など細かい作業を実施する。

今回、洗浄などのため成田から土浦市消防本部に運ばれた資機材は約3トンで、ミャンマーから返送された全体の3分の1という。市消防隊員らも水洗いに協力、メンテナンスを終えた資機材は、再び成田に運ばれる。

安藤真理子土浦市長(左端)と話す市消防本部の森田大地さん(左から2人目)、JDRの飯村学さん(同3人目)と菊田智子さん(右端) 

JDRの飯村学事務局長(56)は「ミャンマーはクーデーターによる軍事政権の下での活動で、難しいところもあったが、現地は比較的協力的だったので助かった。土浦は成田から比較的近く、水がふんだんに使える環境で仕事ができるので大変ありがたい」と述べた。

JICA国際緊急救助隊事務局から放射線技師として参加した土浦市在住の菊田智子さんは「当初事務員ということで現地入りしたが、放射線技師の資格があったので、現地では技師としての仕事をした。テントの中は温度が47度にもなり暑くて機材が使えず。カルテなどは手書きだった」と苦労を語った。

ミャンマーで救援作業を経験し帰国した市消防本部の森田さんは「普段の仕事でも準備80%と言われるが、リカバリー作業がとても大事、活動を支えているのは縁の下の力持ちがいるからだと思う。今後も機会があれば(救援活動に)参加していきたい」と語った。(榎田智司)

つくば市内県立高の説明会で生まれた希望《竹林亭日乗》29

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5月18日に行われた「第6回高校進学を考える市民の集い」の様子(写真は筆者提供)

【コラム・片岡英明】5月18日、つくば市役所コミュニテイー棟で行われた「第6回高校進学を考える市民の集い」(つくば市の小中学生の高校進学を考える会主催、つくば市・市教育委員会後援)には会場いっぱいの120人が参加した。第1部のつくば市内4つの県立高校の校長先生による自校の魅力紹介が圧巻だった。その説明を聞きながら、生徒や保護者に高校説明会の開催に強い希望があると感じた。

この集いでは、初めに篠塚英司つくば市副市長があいさつし、五十嵐立青市長のビデオメッセージがあった。続いて、4人の校長先生がそれぞれの学校の魅力を力強く語った。

今年着任した竹園高校の桜井良種校長は進路状況を説明した後、自分が撮った生徒の主体的な学びの様子を映しながら、学園風景を新鮮に語った。

筑波高校の鈴木恒一校長は映像を用いて、3学級の高校での細やかな指導と地元とつながる「つくばね学」を通した生徒の伸びる可能性を丁寧に語った。

つくばサイエンス高校の石塚照美校長は、科学技術科と普通科の2学科制の可能性、設備が充実した教育環境、生徒の活躍の姿を豊かに語った。

茎崎高校は担当教諭が3部制フレックス高校の7つの特徴を説明の後、𠮷田真弘校長が手厚い教育的取り組みと地域に開かれた高校の魅力を熱く語った。

校長先生の説明はライブ感いっぱいで、多くの参加者の学校理解が進み、感動していた。そして学校説明会で地元高校を知ることは、高校が地域に根づく懸け橋にもなった。

以前は、中学校ごとに生徒と保護者向けに、卒業生の進学者が多い県立・私立高校を呼んで高校説明会が行われていた。受験する可能性のある高校の話を幅広く聞き、比較対照しながら、生徒は自分の受験校を絞った。

最近、その高校説明会はなくなり、各自が夏休みに高校の説明会に参加する形になった。そのため、受験校の全体をとらえずに個別学校の説明会に参加している。夏休み前に受験校がある程度絞られていない生徒にとっては、不安が高まる高校研究の流れである。

高校が一堂に会する「場」に期待

確かに、つくば国際会議場などでも、いくつかの団体などが企画する高校説明会はある。しかし、これらは個別対応で、人気校には長い行列ができ説明が聞けない状況だ。生徒が各校の個別研究に入る一歩前の全体の学校説明の段階が必要である。

今回の説明会は、生徒と保護者が必要な基本的情報を直接入手し、受験生の学習スタートにもなると分かった。

中学3年の6月には部活動がほぼ終わり、保護者や教員は生徒が受験モードに入ることを期待するが、実際は切り替えできない生徒が多い。そのような生徒のためにも、高校説明会という「場」が必要である。

受験生を励まし、学びのスタートを切るためにも、今回の集いで行った県立高校の試験問題の解説や学習法と組み合わせた高校説明会を、ぜひ中学や地域などで夏休み前に開いてほしい。(元高校教師、つくば市の小中学生の高校進学を考える会代表)

ごみ出し支援スタート つくば市 高齢者や障害者対象に

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つくば市役所

高齢化が進み高齢者のみの世帯が増える中、自宅からごみ集積所にごみを運ぶことが困難なお年寄りや障害者を支援しようと、つくば市は5日からごみ出し支援事業をスタートさせる。週1回決められた曜日に市指定のごみ収集業者が、自宅の玄関先などにごみを回収しに来る。

要介護の認定を受けているお年寄りや身体障害者、精神障害者のうち、家族や親族、ヘルパーなどの協力を得ることができない世帯が対象で、無料で利用できる。

週1回の収集日に燃やせるごみ、燃やせないごみ、プラスチック製容器包装、ペットボトル、缶、びん、古紙、古布などを一括して回収する。それぞれ分別し、燃やせるごみなどは指定のごみ袋に入れて出すことが必要になる。

3~4年前から、ケアマネジャー、民生委員、医療関係者などが集まる市の地域ケア会議で「ごみ出し支援ができないか」などの意見が出て、検討してきた。

市地域包括支援課によると、ごみ出しが困難な世帯はこれまで、近所の人がごみ出しを手伝ったり、ホームヘルパーがごみ出しの時間に合わせて訪問したり、親族がごみを持ち帰ったりするなどそれぞれ対応しているが、収集日にごみを出すことが困難な世帯もあったという。

市は今年度、100人の利用を想定してごみ出し支援に1132万2000円を計上した。スタート時の5日時点では民生委員やケアマネジャーなどから申請があった高齢者など4世帯が利用する。本人のほか、親族、ケアマネジャー、民生委員、相談支援員などから随時申請を受け付け、利用者を増やしていく。

複数回にわたりごみが出されない世帯があった場合は、市が安否確認を行う方針だ。

ごみ出し支援事業は2023年度時点で県内44市町村のうち25市町村ですでに実施しているが、対象や方法などはそれぞれ異なっている。土浦市の場合、2012年度から単身の視覚障害者を対象にごみ出し支援を行っており、週1回、市職員が無料で回収している。現在5人が利用しているという。(鈴木宏子)

有名な昆虫博士との出会い(2)《看取り医者は見た!》41

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昆虫博士がオケラと出会った長野県松本の学校(写真は筆者)

【コラム・平野国美】疎開先の長野県松本で捕まえた1匹のオケラから、この少年の物語は始まります(コラム40)。それからは山を歩き回り昆虫を捕まえる日々でした。夜は、それらを観察しながら遊ぶ日々。授業中も校庭に出て虫を探す日々。不思議なことに成績は良く、母の助言もあり昆虫学を究めていくのです。

大学院を出て、それからはつくば市の研究所の日々。海外へも視察に出かけ、虫と戯れる日々。若いころの博士を知る人に尋ねると、「仕事と趣味が一致していて、あんな幸せそうな人は見たことがない」と。学術的なことは分かりませんが、博士が執筆した一般向けの新書を読むと、虫に対する愛情とウイットに富んだ表現が魅力的です。

こんなやり取りもありました。「博士、生まれてくるのが早かったですね。あと50~60年遅かったら、昆虫のかぶり物を着て『こんちゅう君だよ!』ってテレビに出るか、YouTubeで人気が出たかも知れませんね」。「私は4本の手足しかありません。昆虫になるには6本が必要です。最近の虫を擬人化する動向には賛成できません」とお怒りになりました。

奥様によると、定年後、研究仲間の逝去を聞くと、気力が落ちていくのが分かり、見ていて辛かったそうです。最近の診察に際しても、その寂しさを嘆いていました。

博士を信じる母、支える奥様

「悠仁さまも筑波大に御入学されたわけで、お呼びがかかるかも知れません。授業の準備でもされたらどうですか」と聞くと、現役時代に皇室に何度か出向かれ、皇室の方がつくばに視察に来られたときにもお話をしているそうです。奥様は「菊の御紋の入った盃(さかずき)をいただいたこともあります。夫はあまり関心を示しませんでしたが、姑(しゅうとめ)が涙を流して喜んでおりました」と話していました。

この姑さんが博士の母で、夫が原子力や医学分野への進学を進める中、息子が昆虫の道に進むことを勧めた方です。博士が大成したのは、彼を愛して信じる母と、その後を支える奥様の愛情が重要なのだと思われます。

子供時代のさかなクンと母の関係について、こんな話を聞いたことがあります。学校の先生が「もっと授業に集中してもらいたいです」と母に伝えても、母は「いや、うちの子は魚が好きで、絵を描くのが大好きなので、それでいいのです。みんな勉強ができて、みんな同じように育ったら、ロボットみたいじゃないですか」と言ったそうです。

ここまで言える母親はなかなかいませんね。私には教育に口を出す資格はありませんが、現代の金太郎飴(あめ)を製造するような教育は、限界にきているのではないでしょうか。(訪問診療医師)

つくばに避難中のウクライナ出身チェロ奏者 7日にチャリティーコンサート

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ウクライナ出身チェロ奏者のグリブ・トルマチョブさん(左)とピアニストの村田果穂さん=つくば市吾妻、アルスホール前

東日本大震災の被災地 岩手県山田町とウクライナを支援するチャリティーコンサートが7日、つくば市吾妻のアルスホールで開かれ、ウクライナからつくば市に避難中のチェロ奏者、グリブ・トルマチョブさん(31)が出演する。「山田町に届け!ウクライナ支援 チャリティーコンサート 第20弾」と題した復興と平和を願うコンサートになる。

妻の姉を頼りつくばに避難

グリブさんはウクライナ北東部のハルキウ出身。つくば市に住む妻の姉を頼り2023年、同市に避難してきた。チェロを始めたのは6歳のとき。かつてヨーロッパ最高のユース交響楽団と認められたこともあるスロボジャンスキー ユース・アカデミック交響楽団の首席チェリストを務めていた。ウクライナではプロとして12年間、積極的に演奏活動に取り組み、各地のフィルハーモニー管弦楽団で演奏したり、多くの著名な指揮者やソリストと協演してきた。

つくばについてグリブさんは「若々しく活気があり、多くの学生がいる素晴らしい街。故郷のハルキウも学術と文化が息づく街で、つくばとの共通点が安心感をもたらしてくれる」と話し、「今回のチャリティーコンサートに招待されることは大変光栄。音楽を通じて人々が集う意義深いイベントの一員になれることに心から感謝している」と意気込みを語る。

細く長く支援続ける

コンサートを主催するのは、つくば市在住の中島千春さんが代表を務めるチャリティー実行委員会。中島さんは東日本大震災後、長年「山田町に行って状況を見てから、必要なものを確認し、募金で購入して現地に届ける」活動を続けてきた。山田町支援に限定するのは一地域に集中して細く長く支援活動を行うためだ。

これまで山田町への支援をベースに、熊本地震の被災地なども支援してきた。第20回となる今回はウクライナ支援が初めて加わる。グリブさんが中島さんに裏千家茶道を学んでいることが縁となった。

強い思いに感銘

コンサートではブラームスの「チェロソナタ第1番」、サンサーンスの「白鳥」などを演奏する。ピアノはつくば市在住で同市出身のピアニスト、村田果穂さん(33)が演奏する。グリブさんとはつくばで知り合い、1年ほど前から「(チェロとピアノの)音を合わせる」友人だという。村田さんはグリブさんから誘いを受けて今回の出演を決めた。

村田さんは「震災の記憶を風化させず支援を続けていくという中島さんの強い思いを知って感銘を受けた。今回はさらにウクライナ支援も加わり、復興と平和を願うコンサートになる。演奏会を通じて、思いが多くの人の心に届くことを願っている」と話す。

リハーサルを行うたび村田さんは「グリブさんの多彩なアイデアに驚く。2人で意見を出しながら本番への準備を進めている。本番が楽しみ」という。

平和、共感、希望を感じて

グリブさんは「音楽には言葉を超えて人々をつなぎ、団結させる力があると信じている。私の演奏が観客の心に響き、平和、共感、希望を感じてもらえることを願っている」と来場を呼び掛ける。

中島さんは「東日本大震災などさまざまな災害があり、これからも起こると考えられる。災害を風化させないためにもコンサートを開催している。コンサートで豊かな音楽を聴きながら、被災地に思いをはせてほしい」と語る。

コンサートでは山田町向けとウクライナ向けの募金箱を設置する。コンサートの収入は全額をグリブさんがウクライナ支援のために使う予定だ。出演者の交通費や謝礼はチャリティー実行委委員会が負担する。ウクライナ支援については後日報告会を開いてグリブさんが何に使ったかを報告するという。(伊藤悦子)

◆「山田町に届け!ウクライナ支援 チャリティーコンサート 第20弾」は7日(土)午後6時30分から、つくば市吾妻2-8 つくば文化会館アルスホールで開催。開場は午後6時15分。入場料は当日大人3500円、前売り3000円。学生・子どもは当日2500円、前売り2000円。問い合わせはチャリティー実行委員会(電話090-7714-0518=井上さん、Eメールyamada2todoke@gmail.com)へ。

お好み焼きとジャガイモ、それからビール②《ことばのおはなし》82

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写真は筆者

【コラム・山口絹記】この記事は前回コラムの続きなのだが、台湾人の旧友と、その旦那さんであるドイツ人と私で、なぜか日本でお好み焼きを食べている状況ということだけわかっていていただければよいと思う。

ビールを運んできた店員さんにアレルギーの有無を聞かれたので、私が「あ、大丈夫です」と答えると、彼女が食い気味に「今の大丈夫は、OK? No Thank you? どっちの意味? なんで正反対の意味に使うの?」と乗り出してきた。

「文脈によるけど、今のは大丈夫の意味」と答えると、「日本語のそういうところが難しい」と彼女は言いながら座り直した。「そんなこと言ったら時制のない中国語も大概だと思うよ。ドイツ語の複合名詞も勘弁してほしいけど」と旦那さんに話を振ると、「日本語も中国語も名詞は雑にくっつくし、単語の間にスペースもないじゃないか」と旦那さん。

全員、お互いの言語を中途半端に理解しているために、いろいろと思うところがあるのだが、なんだかんだと私たちはお互いの言語の違いを愛しているという共通認識がある。

ドイツ人の漢字の名前

ところで、と私が話を変える。「旦那さんはビール以外飲まないの?」「ビールだけだね」ときっぱり。わかりやすいドイツ人で好印象である。「私はあなたのおすすめにチャレンジするわ」と、それを尻目に彼女が言うので、私は電気ブランをおすすめする。漢字が読める彼女に「電気を使って作るの?」と問われるが、私にもそんなことはわからない。たぶん使っていない。

目の前で調理されるもんじゃ焼きをじっと観察していた旦那さんが思い出したように、「そういえば自分にも漢字の名前があるんだ」と言い出した。ポケットからメモ帳とペンを取り出して渡す。漢字上級者の台湾人と日本人に監視されながら漢字を書くドイツ人、という構図がなかなか面白い。

書かれた漢字とドイツ語の元の名前を見比べて、なるほどねと彼女を見ると、いいでしょ?と表情だけで返される。彼女が名付けたのだろう。元の名前の音を生かしつつ意味が込められている名だった。漢字は複数の音と意味を持つので面白い。四半世紀前に私と彼女の唯一のコミュニケーション手段だった筆談は、今も現役で役に立つのだ。(言語研究者)

京大教授が特別講演 地質探査の知識学ぶ つくばサイエンス高

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ギターを持って講義する京都大学の林宏一教授

県立つくばサイエンス高校(つくば市谷田部、石塚照美校長)で2日、京都大学防災研究所の林宏一教授(57)を招いて防災をテーマにした特別講演と実習が行われた。科学技術科の2、3年生が取り組む課題研究の一環で、防災に関わる地質調査や微動探査について学んだ。

科学技術科では2年次から、ロボット、情報、建築、化学生物の4つの領域に分かれて実習や研究活動を行っている。防災をテーマにした課題研究は、情報領域を学ぶ生徒が昨年から取り組んでおり、地質調査会社、応用地質(東京都千代田区)との課題研究活動として行われた。林教授は同社の物理探査技術者として長年、地質の調査、解析方法を開発してきた。2024年から同大防災研究所 斜面未災学研究センターに勤務する。

特別講演と実習は2年次、3年次それぞれ行われた。林教授は「防災の観点から地質や地質の歴史を調べることは重要」と述べ、「(同高がある)この地域は10万年前は海だった。低地は柔らかく、筑波山などの高地は固い。土は年月とともに固くなり、最終的には石になっていく」などと話した。地震波を説明する際は、持参したアンプ内蔵ギターを弾き、「弦が短いと高い音、長いと低い音が出る。これと同じ論理で振動の伝わり方を説明することができる」と分かりやすく話を進めた。

特別講演を聞く情報領域の生徒たち

応用地質技術本部の三枝優布花さんは「林先生の前職は応用地質なので今回の講義が実現した。会社は地球科学の知見と技術で、インフラ整備や防災、環境、資源エネルギーの領域で地質に関連したさまざまな活動を行っている。現在、人材を募集しているので、将来の仕事にしてはどうか」生徒に投げ掛けた。

実習では、3年の松島春吉さん、梅田颯斗さん、根田大樹さんの3人の生徒が「セーブ・ザ・ライフ(SAVE THE LIFE)」)というプロジェクトを立ち上げ、地すべりモデルを作り、砂の水分量を測ることによって、災害を察知しようという研究を行っている。

松島さんは「(モデルの)パーツの説明書が英語で書かれていたりして難しかったが、苦労して完成し、達成感があった」と感想を述べた。この作業は機械的な作業を松島さん、情報を梅田さん、デザインを根田さんが担当し、分業化も試されたという。

SAVE THE LIFEの地すべりモデルを作った梅田颯斗さん(左)と松島春吉さん

石塚校長は「これからも社会的な課題に目を向けていきたい。今回は情報領域の生徒が対象だったが、ほかの領域でもやってみたい。さらに一般の人をいれた講演会もやれたら」と語った。(榎田智司)

何のために悩んでいるのか?《続・気軽にSOS》161

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【コラム・浅井和幸】悩みは人それぞれ。悩む目的も人それぞれ。自分がより良く生きるために悩むのか。それとも周りの人を笑顔にするために悩むのか。自分の苦しさを増やすために悩むのか。それとも相手を苦しめてやろうと悩むのか。

悩み方も人それぞれ。心身の調子を崩して悩んだり。悩むこと自体を楽しみに悩んだり。「どうしてこんなにつらいんだ」という言葉を繰り返しているだけの悩みだったり。嫌な人や物事を思い続ける悩みだったり。

悩んでいる部分も人それぞれ。自分ができる選択肢で悩む人がいる。自分ではどうすることもできない遠い世界のことで悩んでいる人がいる。自分がほとんど影響を与えられない物事で悩んでいる人もいる。

どうしてそんなに悩んでいるの?と聞くと、こんなにひどい環境なんだから悩んで当たり前だろうと回答がある。何を目的に悩んでいるの?と聞いても、目的なんてない、苦しいから悩んでいるんだと返ってくる。

つまり、目的があって悩んでいるのではなく、苦しいから悩んでいるのだという人が多くいるということ。それでも相談室にわざわざ来て料金まで払って来るのだから、苦しさの緩和とか楽しさの増加とかを望むのではないかと決めつけるのは浅はかなこと。

不幸になるために悩んでいる?

多くの人は、苦しくて悩んでいることが悪いことではなく、当たり前のことだ、普通のことだ、一般的なことだ、正しいことだという証明、そのままでよいという許可が欲しいということが、短期的な目的ということも多いものだ。

もちろん、その短期的ということについて、当人は「最終目的」だと感じている。その「最終目的」を達成した後に、時には次の目的が生まれてくることがある。それが、苦痛の緩和や喜びの増加のための悩み。

言葉にすると反発されやすいが、不幸になるために悩んでいるのではないかと感じられる悩み方をしている人は多い。追い詰められると「~するしかない」という口癖とともに、さらに苦しむ時間を増やすループにはまりやすい。

事実を見つめ、できれば喜びという目的に近づく、増やすような手伝いをしたいと考え、思い悩む日々なのです。1人でも多くの人が、今よりも少しだけ力を発揮して、今より少しだけ明日に希望の持てる時間と空間を増やせることを願わずにはいられないのです。(精神保健福祉士)

1日40万人超え過去最高に TX 乗車人員 コロナ前の水準に

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つくばエクスプレス

2024年度営業実績

今年8月開業20周年を迎えるつくばエクスプレス(TX)を運行する首都圏新都市鉄道(東京都千代田区、渡辺良社長)は2日、2024年度(24年4月-25年3月)の営業実績を発表した。1日平均乗車人員は前年度比5.3%増の40万3000人と40万人を初めて超え、過去最高となった。これまで過去最高だった19年度の39万5000人を超えるなどコロナ禍前の水準に戻り、記録を更新した。

同社は、沿線の人口増加が寄与したとしている。2024年度の年間乗車人員は1億4598万3000人。

コロナ禍で大きく落ち込んだ2020年度、21年度から徐々に回復し、コロナ前の水準に戻った

利益剰余金、過去最高に

24年度決算は、乗車人員の増加に伴い運賃収入など本業で稼いだ営業収益は前年度比6%増の479億4100万円、一方、本業にかかった経費である営業費は、人件費やレールの交換など鉄道施設の修繕工事経費などが増加したことから同比4.4%増の382億4000万円になった。

この結果、本業で稼いだ営業利益は同比12.7%増の97億100万円、通常業務で得た経常利益は同比14.5%増の71億9500万円となり、当期純利益は同比1.2%減の59億9400万円と3期連続の黒字となった。ここ10年間ではコロナ禍の20年度、21年度の2年間を除いて黒字経営が続いており、利益剰余金残高は過去最高の136億600万円となる。

一方、鉄道・運輸機構からの借入金である総事業費8000億円の建設資金のうち、24年度は194億円を返済する予定。これにより同機構に対する借入金の残りは3968億円になる。

同社は、乗車人員の増加に伴う混雑緩和のため車両を6両から8両編成にしたり、鉄道設備や車両の更新など経年劣化対策に取り組んでおり、「今後も安全輸送を徹底すると共に、充実したサービスの提供や経営基盤の強化に取り組む」としている。(鈴木宏子)

本サイトへのアクセス状況を分析する 《吾妻カガミ》207

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左はNEWSつくばの事務所がある日本国際学園大学体育館の建物、右は1階入り口に立て掛けてある案内板

【コラム・坂本栄】本サイトはつくば市と土浦市を中心とする地域の話題とテーマ自由のコラムで構成されています。周辺市町村の話題も取り上げていますが、ほとんどが両市の行政や催事・人物紹介の記事です。このため、本サイトにアクセスするのは両市の人がほとんどと思っている方が多いと思います。実はそうではありません。他の地域から来訪する方がかなりの数に上ります。

県内だけでなく全国から来訪

5月中旬にNPO法人の年次総会を行った際、編集担当者が2024年度(2024年4月~2025年3月)のアクセス概況をまとめました。それによると、つくば+土浦からのアクセスを10とした場合、東京4区(新宿+渋谷+千代田+港)からのアクセスが5に上りました。主要市(大阪+札幌+横浜+名古屋+福岡)からやって来る方は8ですから、本サイトは全国的に読まれていることになります。

ローカルのニュースを扱っているのに、どうして全国から訪れるのか? ①学園都市エリアに対する関心はこの地域にとどまらない(あるいは東京通勤者がオフィスで読んでいる)②このエリアで仕事をしていた人が東京に戻り(あるいは全国に散らばり)元勤務地の話題に関心を持っている―などが考えられますが、正直なところよく分かりません。

ちなみに、県内主要市町(水戸+牛久+阿見+取手+筑西+石岡+守谷+龍ケ崎+つくばみらい+古河+下妻+常総+ひたちなか+日立+かすみがうら)からのアクセスはつくば+土浦とほぼ同数でした。水戸からのアクセスは土浦並みでしたから、「県都」の方々の学園都市エリアへの関心の強さが分かります。

こういった分析結果=本サイトの記事はつくば+土浦エリアだけでなく県内はもちろん全国の方々に関心を持たれている=はサイト運営のヒントになります。つまり、購読者や視聴者エリアが限定されるローカルの新聞や放送と違い、Webメディアは地域情報を全国に発信する機能も持っており、サイト運営に当たっては「地域情報の全国発信」を意識する必要があるということです。

土浦のイベント類に強い関心

アクセスが多かった上位7記事を紹介すると、①開催を中止 土浦全国花火大会(24年11月1日付)②五十嵐氏が星田氏破り3選 つくば市長選(同10月28日付)③内部告発で分かったつくば市政の実態【吾妻カガミ】(同9月30日付)④県案の土浦スマートIC 国交省がゴーサイン(同9月6日付)、⑤聖地土浦に巨大ロボット立つ アニメ「パトレイバー」(同8月3日付)⑥道の駅 市内2カ所に整備も検討 つくば市(同12月9日付)⑦霞ケ浦湖畔で音楽フェス 5年ぶり野外開催(同9月19日付)―の順でした(青字部を押すと記事が現れます)。

土浦の花火中止記事へのアクセスは6万を超えましたから、全国の方々の関心も強かったようです。土浦のイベント類がベスト7に3本も入ったのは予想外でした。つくばの市長選挙結果や市政は地域だけでなく全国の関心を集めたようです。

残念だったのは、昨年度の記事(コラムを含む)掲載本数が1日平均2.15本にとどまったことです。7年半前の本サイト創設発表の際、1日平均3本(朝昼晩各1本のイメージ)を目指すと述べたことを思い起こすと、「1食抜き」に近づきました。(NPO法人NEWSつくば理事長)

ドストエフスキーに魅せられて 清水正さんの軌跡《ふるほんや見聞記》5

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写真は筆者

【コラム・岡田富朗】元日本大学芸術学部教授の清水正(まさし)さんは、1949年に千葉県我孫子市に生まれました。清水さんが<批評>に目覚めたのは、小学生の頃と言えるかもしれません。時計の読み方を理解できなかったことがきっかけで、「<時間とは何か>を考えるようになった」そうです。

この頃から、本を読んで知識を得るのでは無く、あくまで自分の頭で考え、自分の納得のいく解答(解釈)を求め続けるタイプで、それは現在も変わらないそうです。

清水さんは17歳の時、太宰治の『如是我聞』に出合い、太宰作品に深く没頭します。死が親しいものとなり、「これが文学というものなら、わたしも一生を文学に賭けてもいいな」と思い、最初の小説『青蜻蛉(トンボ)』を執筆しました。そのテーマは<芸術と死>でした。

本気で小説家を目指しましたが、同じ年にドストエフスキーの『地下生活者の手記』を読んで衝撃を受け、以来、ドストエフスキー文学の研究にのめり込むことになります。清水さんにとって<読む>ということは批評するということであり、ドストエフスキーに関する作品批評は膨大なものとなりました。

ドストエフスキーについての初の著書『ドストエフスキー体験』を20歳の時に刊行し、19歳の時にはすでに『白痴』についての論考を書いていました。

怒りと悲しみを抱えて

かけがえのない人の死に立ち会いながら、怒りと悲しみを抱えて書き続けてきた清水さんが語った「書くことは祈りである」という言葉には、人生そのものを賭けて文学に向き合ってきた重みがにじみ出ています。

そして今、誰も成し得なかった偉業『清水正・ドストエフスキー論全集』全11巻を完成させた清水さんは、なおも筆を執り続けています。ドストエフスキーという偉大な山を登りながら、そこから見渡す風景の中で、現代文学にも目を向け、鋭い批評を続ける著書は一読に値します。

清水さんは、大正4年(1915年)に我孫子に移り住んだ志賀直哉をはじめ、宮沢賢治、林芙美子などの批評も行っています。そのほか、「つげ義春を読む」「阿部定を読む」「世界文学の中のドラえもん」「今村昌平を読む」「宮崎駿を読む」「土方巽を読む」など、多岐にわたる著書を執筆されています。(ブックセンター・キャンパス店主)

卸業者がコメ2トンを土浦市に寄贈 子ども食堂や生活困窮者へ

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2キロ入り2024年産の県産コシヒカリを小林勉副市長に手渡す田島屋の田嶋光夫社長(左)=土浦市役所

コメの高騰が続く中、米穀卸売業の田島屋(土浦市上高津、田嶋光夫社長)が30日、2024年産の県産コシヒカリ2トンを土浦市に寄贈した。2キロ入りを1000袋用意し、同市社会福祉協議会を通じて市内の子ども食堂や生活困窮者に手渡される。

同社はコロナ禍の2021年と22年にも2キロ入り1000袋などのコメを同市に寄付し、コロナ禍で外出が難しい一人暮らしの高齢者や生活困窮者に配布された。

今回は創業170周年を迎えたことから、3回目の寄付となった。田嶋社長(75)は「40数年やってきて、これだけ値が高くなったのは初めて。今、備蓄米の話が出ていてどうなるかなと思っている。きちんとしたコメを皆さんに届けて、いろいろな場面でお使いいただけたら」と話す。

受け取った小林勉副市長は「21年、22年にも1000袋をいただいた。歴史がある田島屋様からおコメをいただけたことは本当にありがたい。コメの話は高騰、不足、備蓄米等々あるが、2024年産の新米のコシヒカリを、生活困窮者等、工夫させていただきながら、市民に温かい気持ちをお伝えしたい」と述べた。

7月6日、ひとり親家庭フードパントリーで配布

今後は、市内12の子ども食堂や、食品を無料で配布するフードパントリーやフードバンクを運営する団体などに要望を聞きながら、配布先や配布量を決める予定。コメは田島屋の冷蔵倉庫に保管し、配布が決まったらその都度届ける。

手始めに、市社協とシングルマザーを応援する「ママのホップ・ステップ・ジャンププロジェクト」が共催し、7月6日、市総合福祉会館で開く「ひとり親家庭フードパントリー付き大相談会」での配布を予定している。

田島屋は江戸時代末期の1855年創業。米穀卸売、精米加工、炊飯業、倉庫業などを営む。全国から集めたコメを保管、精米し、関東一円の小売店や飲食店などに卸している。土浦市上高津とつくば市上広岡に精米設備、つくば市寺具に精米設備と倉庫がある。今回、小泉進次郎農相が小売店やネット事業者などに販売する2021年と22年産の備蓄米に関しては、大手のスーパーから同社に精米の依頼がきているという。(鈴木宏子)

◆「ひとり親家庭フードパントリー付き大相談会」は7月6日(日)午前10時~午後3時、同大和町9-2 ウララ2ビル 市総合福祉会館4階で開催。参加希望者は6月2日~20日に申込を受け付ける。詳しくは土浦市社会福祉協議会のホームページへ。

茨城リーグ選抜が準優勝 全日本選手権、奮闘ぶり強い印象

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イニング間の円陣で茨城選抜の選手に監督から檄が飛ぶ

少年硬式野球 挑戦の軌跡振り返る

5月の爽やかな青空の下、牛久運動公園野球場でひときわ輝いていたのは、悔しさをにじませながらも胸を張る茨城リーグ選抜の少年たち14人の姿だった。

少年硬式野球の「JA共済杯第13回インターミディエット全日本リトルリーグ野球選手権大会」が10、11日に同運動公園野球場で行われた。茨城代表チームは選抜メンバーを編成して大会に臨み、堂々の準優勝。あと一歩で優勝を逃したものの、その奮闘ぶりは、多くの関係者に強い印象を残した。

大谷翔平も 世界目指す第一歩

リトルリーグは、国内にとどまらず世界を目指せる数少ない小中学生の硬式野球組織。メジャーリーガーの大谷翔平や鈴木誠也もこの舞台から世界に羽ばたいた。

インターミディエットのカテゴリーはリトルリーグの中でも、走者リードやけん制が導入され、より本格的な野球が展開される。対象年齢は小学5年から中学2年まで。全日本選手権優勝チームは6月に台湾で開催されるアジア・パシフィック大会に日本代表として出場。同大会に優勝すれば8月に米国で開催される世界大会の出場権を与えられる。

冬の戦いから始まった

全日本選手権に向けて茨城リーグは、県内6チーム(牛久、常陸太田、常陸大宮、竜ヶ崎、友部、小美玉)からの選抜編成で臨んだ。

2月、まずは4日間の総当たり戦で腕試し。最も勝ち星を挙げた牛久スラッガーズのスタッフ陣が、選抜チームの指揮を託された。

そして3月。中学1年(当時)の4月~8月生まれを中心に4度の合同練習を経て、3月30日、14人の茨城代表が決まった。顔ぶれは、中1が12人、小6が2人。各所属チームで主力を張る選手たちが集結し、新たなチームが動き出した。

    茨城リーグ選抜メンバー
1 眞壁 陽大 中1 牛久スラッガーズ
2 飯塚龍一郎 中1 龍ケ崎スターズ
3 中島直太郎 中1 牛久スラッガーズ
4 後藤 桜雅 中1 常陸太田山吹
5 長島  岳 小6 牛久スラッガーズ
6 萩原 唯月 中1 牛久スラッガーズ
7 鈴木 心明 中1 牛久スラッガーズ
8 朝  隆晟 小6 牛久スラッガーズ
9 小澤 優智 中1 友部ジャイアンツ
10 瀧本  渚 中1 友部ジャイアンツ
11 戸塚 大智 中1 小美玉ジャイアンツ
12 御鳴佑太朗 中1 常陸大宮レッドスピリッツ
13 瀧  龍信 中1 常陸大宮レッドスピリッツ
14 阿部 俊太 中1 常陸太田山吹

茨城選抜チームの集合写真。全日本選手権開会式前に撮影

千葉と前哨戦

4月中旬、千葉リーグ選抜との東関東連盟代表順位決定戦が行われた。全5試合で2勝3敗。あと1勝が届かず、茨城は東関東連盟第2代表として全国大会に臨むこととなった。

だがこの経験はチームにとって決して無駄ではなかった。対千葉で痛感した「個の力と総合力の差」を乗り越えるため、選手たちはその後の練習にさらに熱を入れた。

決勝まで快進撃

開会式の様子。全国の予選を勝ち抜いた8連盟9チームが参加

5月10日。予選リーグ初戦の相手は九州北部。先発を任された戸塚大智(小美玉)が粘りの投球で試合をつくると、阿部俊太(常陸太田)、瀧龍信(常陸大宮)へと継投し、4-2で勝利。大きな初戦白星を手にした。

続く第2戦、相手は関西の強豪・兵庫。ここで主将の萩原唯月(牛久)が覚醒する。3安打3打点の大活躍で6-3と突き放した。投げては眞壁陽大、瀧本渚(友部)が“翌日も登板可能な20球までのリレーで3回まで2失点と試合を作った。4回から7回までは中島直太郎(牛久)がロングリリーフで試合を締め、予選リーグを2勝で通過した。

そして11日、晴天スタジアム美浦で行われた準決勝では、ワイルドカードで勝ち上がった兵庫と再び激突。御鳴佑太朗(常陸大宮)の2ランなど、打線が奮起し11-1の5回コールド勝ちで決勝へと駒を進めた。

初陣を控えて整列。県内各チームが応援に駆けつけてくれた

決勝は再び千葉

午後、決勝戦の舞台は牛久運動公園野球場に戻る。相手は、前哨戦で惜敗した千葉選抜。投手陣総動員で挑んだが、千葉の強力打線を前に苦戦を強いられた。

結果は4-13の敗戦。準優勝という結果は、輝かしい戦績であると同時に、“あと一歩”の悔しさがにじむものでもあった。

監督の吉田明宏(牛久)は試合後「千葉の投手力は折り紙付き。どう打ち崩すかを考え、練習してきた。差を見せつけられた形になってしまったことが残念」と語った。主将の萩原も「一緒に台湾に行きたかった」と言葉を詰まらせながらも、「もうちょっとできたかなという思いがある」とチームメートを見つめた。

今回の全国大会では、14人すべてが打順に組み込まれる全員連続オーダー制での戦いが求められ、限られた打席とチャンスの中で結果を出す難しさと向き合った。

メダルが贈呈された閉会式の様子。左が準優勝の茨城リーグ選抜

茨城の底力見せつけた

準優勝は、悔しい結果に違いはない。しかし茨城リーグ選抜は、結成からわずか1カ月半という短期間でここまでチーム力を高め、強豪千葉に真っ向勝負を挑んだ。その軌跡は、彼らの努力と結束、そして“茨城”の底力を見せつけるものだった。

敗れても、夢は終わらない。この舞台を踏んだ14人が、再び“世界”を目指す日が、きっとやってくる。

おさがり《短いおはなし》39

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イラストは筆者

【ノベル・伊東葎花】

お気に入りの金魚の浴衣を畳みながら「来年は着られないね」とママが言った。
私が着られなくなった服は、近所に住む従妹(いとこ)の物になる。
従妹の楓は2つ下の6歳で、楓のお母さんの幸子おばさんは、ママの妹だ。
楓は男の子みたいに乱暴で、私が大切に着ていた服をすぐに汚す。
フリルがついたワンピースも、チェックのスカートも、全部泥だらけ。

あまりにひどいので「もう楓ちゃんに服をあげないで」とママに言った。

「まあ、どうして?」

「だって、楓ちゃんすぐ汚すもん。それに、全然似合わないよ」
「そんなことないわよ」

「そうだ。ネットで売れば? ねえママ、そうしよう」

「唯、そんな悲しいこと言わないで」

「じゃあ妹が欲しい。ママ、妹を産んで。私の服は妹のために取っておく」

「いい加減にしなさい」

ママが、珍しく大きな声で怒った。
その夜、ひとりで泣いているママを見て、私はすごく反省した。

その後、楓は叔父さんの転勤で遠くの町に行くことになった。

「お姉さん、唯ちゃん、今までありがとう」

幸子おばさんが楓を連れて最後の挨拶に来た。

「おばちゃん、バイバイ」

楓はママの胸に顔をうずめて泣いた。

「あらあら、甘えん坊ね」

幸子おばさんはママから楓を引き離すと、「じゃあ行くね」と背を向けた。

「唯が着られなくなった服、送るね」

ママが声をかけると、幸子おばさんは立ち止まった。

「お姉さん、おさがりはもういいわ。楓には、自分の好きな服を選ばせるわ」

何だか冷たい言い方だった。ママは「そうね」とうつむいた。

その日、ママはやっぱりひとりで泣いていた。

ママの涙の理由を知ったのは、法事で親戚が集まった6月のこと。
久しぶりに楓と会った。楓は1年生になっていた。
大人たちの会話に飽きた私たちは、別の部屋でゲームをしていた。
奥の部屋からボソボソと話し声が聞こえた。話好きの本家の大おばさんたちだ。

「楓ちゃんはすっかり幸子の子供だね」

楓の名前が聞こえて、思わず襖に耳を近づけた。

「それにしてもねえ、いくら妹に子供が出来ないからって、自分の娘を養女に出す? 犬や猫の子じゃあるまいし」

「よほどの事情があったんだろうね」

「そうだとしても、あたしは嫌だね。お腹痛めて産んだ子を養女に出すなんて」

「そうね。よく平気だね」

衝撃的な内容に、私の心臓はバクバク動いて、気づいたら襖を開けていた。

「あ、あら、唯ちゃん、いたの?」

「しまった」と顔を見合わせる大人たちに、私は言った。

「平気じゃないよ。ママ、泣いてたよ。楓ちゃんの引っ越しの日、泣いてたよ」

言いながらぽろぽろ泣いた。大人たちはバツが悪そうに早足で部屋を出て行った。

「養女って、なに?」

あどけない顔で楓が私を見た。

「知らない。楓ちゃんは知らなくていいことだよ」

私は、楓の手をぎゅっと握った。
梅雨が明けたら、金魚の浴衣を楓にあげよう。きっと似合う。
だって私の妹だから。

(作家)