火曜日, 1月 27, 2026
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「矢口新聞」に4コマ漫画 20日から土浦市民ギャラリーで企画展

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4コマ漫画風の作品を前に矢口さん=土浦市民ギャラリー

イラストレーター「かえるかわる子」こと矢口祥子さん(50)の「土浦で生まれてよかった矢口新聞」展が20日から、土浦市大和町の市民ギャラリーで始まった。

土浦をはじめ県内外の街で見つけたお店や食べ物、人物を、色鉛筆を使った独特のタッチでつづる「矢口新聞」は2015年の創刊。手描きしてカラーコピーし、四つ切りの画用紙に貼り付けて読者の元に届けるスタイルの不定期刊行物で、途中で数えるのを止めたが7年間で300号以上の発行を重ねた。今回はこのうち約180号分を持ち込み、新たに新聞の4コマ漫画よろしく、新趣向の書き下ろし15話分を展示した。

矢口さんによれば「新聞の形式を借りて『読むアート』なんてうたい文句をつけてたけど、1枚にいろいろ詰め込み過ぎて、過去の展覧会では『読みにくい』と言われてしまった」そう。そこで、段ボール板に絵を描き、ちりめん素材などをあしらって4枚1組で「読みやすく」した作品を製作した。「れんこんのこけし」や「変な名前」「矢口酒店」などのタイトルがついている。

「矢口酒店」は土浦市中央にある矢口さんの実家で、同店所蔵の錦絵や土浦商店街との古い交流を伝える約50枚の手ぬぐいなども展示した。

同展は市民ギャラリーの自主企画展。矢口さんが2020年の岡本太郎現代芸術賞(TARO賞)に入選したのをきっかけに、市教育委員会が声を掛け、約1年をかけて準備してきた。展示ギャラリーの第1~第2室合わせて280平方メートルをいっぱいに使い、昨年の岡本太郎美術館(川崎市)に出品した「土浦の情熱」の特別展示もほぼそっくり再現した。「こんな広い会場を使えて感動している。作品の搬入と展示だけでも大変で、教育委員会や市民ギャラリーのスタッフが一生懸命やってくれたおかげで開催できた」という。

高さ4メートルの壁一面に貼り出す「矢口新聞」

矢口さんは同市内のアパートで、スマホやパソコン、テレビも持たないアナログ生活を送りながら創作活動を続けている(21年9月11日既報)。「エアコンのない部屋で、今年は扇風機も使わなかった」そうだ。14万市民全員に見てもらいたいとの「土浦の熱中」、なかなかにホットだ。(相澤冬樹)

◆「土浦で生まれてよかった矢口新聞」展 20日(土)~9月25日(日)。土浦市民ギャラリー(土浦市大和町 アルカス土浦1階)。入場無料。問い合わせは電話029-846-2950(同ギャラリー)

「心の傷は一生治らない」?《続・気軽にSOS》115

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【コラム・浅井和幸】ある若いママさんがいました。産後鬱(うつ)まではいかないまでも、我が子が乳児のときは大きな不安を抱えながら子育てを頑張ったそうです。不安を払しょくするために、本やインターネットで情報を集めたそうです。友人にも、いろいろ相談をして何とか乗り越えました。

そのおかげで、大きな不安があってもその乳児は元気に育ち、来年は小学校に入る年となりました。自己主張もするようになってきた我が子に対し、また大きな不安がママさんには湧いてきました。それは、インターネットで見た「心の傷は一生治らない」というフレーズです。

子どものころに、ひどいいじめを経験することで、大人になっても苦しみ続けるというものでした。また、母親が何気なく言った一言が、人生を苦痛に満ちたものとする、毒親(どくおや)という親が存在するというものでした。

その記事を読んだママさんは、日に日にお子さんの顔色をうかがうようになりました。ちょっとでも心に傷を負わせてしまったら、母親である自分のせいで、我が子を一生苦しみ続けることになると信じたからです。

我が子の、ほんの少しの顔の陰りが恐怖となりました。泣かせてしまうなんて論外で、ちょっとでも嫌そうな顔をしただけで、それは一生治らない心の傷になり、生きている間は苦しみ続けることになる、それは母親である自分のせいであると、結論付けられてしまうからでした。

誤解を生みやすいフレーズ

さて、「心の傷は一生治らない」という言葉は事実でしょうか。これは大きな誤解を生みやすいフレーズだといえるでしょう。このフレーズの裏には、「体の傷は治るけれど…」という言葉が隠れています。

ですが、体の傷だって一生治らない傷だってありますよね。心の傷も同じです。心の傷も、体の傷も、数日で治るものから、一生治らない傷もあるでしょう。

「時間は薬。時がたてば心の傷は治る」というのも、極端な表現で正確ではありません。時間は傷の回復には必要ですが、傷を深めることにもなりかねません。時間を心が癒えるために使うか、傷口を広げるために使うかが大切になってきます。

うまくいっているときは、少々乱暴に捉えること、言葉に表現をすることで、次の良いことにつなげることができます。ですが、不安が大きいとき、悪循環に陥っているときは、言葉の表現を正確にしていくことが大切です。

最初のママさん。もともと勉強熱心な方だったので、事実の捉え直しをして、お子さんが膝をすりむいて泣いても動揺しなくなったのと同じように、少々お子さんが不安な顔をしていても、見守れるようになりました。

不安や失敗をした経験。そして、それを乗り越える経験が大切であることを受け入れられるようになっていきました。もちろん不安を抱えながらも、です。(精神保健福祉士)

パークPFI事業の中止を要望 近隣のマンション管理組合 つくばの洞峰公園

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五十嵐立青つくば市長(右端)に要望書を手渡す(左から)ライオンズマンション連絡担当の後藤忠男さん、藤木広一さん、ガーデンコート筑波の川鍋勝利理事長、ライオンズマンションの渡辺禄郎理事長=19日、つくば市役所

つくば市二の宮にある県営の都市公園、洞峰公園(約20ヘクタール)を、県がパークPFI制度によりリニューアルする計画に対し、近隣の二つのマンションの管理組合が19日、県、市、事業者の洞峰わくわく創造グループ(代表・長大)にそれぞれ、パークPFI事業の中止を求める要望書を連名で提出した。

提出したのは、いずれも西大通りをはさんで公園に近接する、同市二の宮のライオンズマンション筑波学園都市管理組合(131戸、渡辺禄郎理事長)と、ガーデンコート筑波管理組合(130戸、川鍋勝利理事長)。

両マンションはいずれも洞峰公園敷地境界から100メートル以内にある。パークPFIのメーン事業であるグランピング施設建設の可否を審査する際の法的な利害関係者にあたり、市建築審査会の判断に影響を与える立場にある=メモ

要望書は、南側駐車場拡張に伴う樹木伐採により豊かな自然環境が損なわれることへの懸念に加え、同公園は中学生の通学やマラソンなどの学校行事、園児の集団遊びに利用されていることから、グランピングやバーベキュー施設、ビール工房でアルコールが提供されることにより、子供たちへの治安上の問題が発生することが危惧されるとしている。さらにごみ問題、騒音問題、臭気・油煙問題など計6項目を指摘し、住環境が損なわれる懸念があるとして、県と事業者には事業中止を、市にはグランピング施設の建設を許可しないよう求めている。

18日に県と事業者に要望書を郵送し、19日、五十嵐立青つくば市長に手渡した。

つくば市長に提出後、会見したライオンズマンションの渡辺理事長は「今回計画したことを展開しようとするなら(街なかの洞峰公園でなく)ほかにいくらでも候補地がある。なぜ皆が親しみをもって慈しんで育ててきた洞峰公園に設置しなければならないのか。始めにお金ありき、事業ありきでなく、地元の意見や知恵を結集してそこから始めるのが筋ではないか」とし、ガーデンコートの川鍋理事長は「洞峰公園を維持するためにお金が必要だからと、事業者と検討するのではなく、皆の意見を聞いて、地産地消のものを売るイベントを開くとか、野球場でスケートボードやフットサルなどのスポーツができるようにするとか、別のやり方を知恵を絞って決めていったらどうか」と話している。

これに対し県都市整備課は「要望書は受け取ったが(コメントを求められても)特にお答えできない」としている。

一方、五十嵐市長は「アンケートの生データを県からいただくことになっている。市でも独自に分析して、未来に向かった解決策を県と検討していく」とマンション管理組合に答えたという。

公園内の野球場にグランピング施設やバーベキュー施設、ドッグランなどを整備する計画の洞峰公園パークPFI事業をめぐっては、5月に市民団体「地域参加型の洞峰公園整備計画を求める会」(木下潔代表)が、都市公園法で位置付けられた協議会設置を求める要望書を提出した(5月13日付)。7月には県が説明会を計4回開催し、つくば市から出されたアルコールや臭いの懸念に対し対策を示したが、参加者からはアルコール提供や樹木の伐採に反対の声が相次いだ(7月2日付23日付8月1日付)。県は8月末までアンケートを受け付け、今後の対応をつくば市と協議して決める。県によると今後の日程は未定という。(鈴木宏子)

【メモ】洞峰公園は宿泊施設の建設が認められていない第1種中高層住居専用地域に指定されており、今回のパークPFIのメーン事業であるグランピング施設を野球場内に建設するためには、つくば市建築審査会の同意を得て、市長の特例許可(建築基準法48条のただし書許可)を受けなければならない。建築審査会の開催に先立って、市は公開で公聴会を開催し、影響が想定される周辺の利害関係者から意見を聴取し、建築審査会に説明することになっている。市建築指導課によると洞峰公園のグランピング施設建設の場合、利害関係者は敷地境界から100メートル以内の近隣住民となり、今回要望書を提出した二つのマンション管理組合は公聴会で意見を聞く利害関係者に当たる。建築審査会は審査にあたって①立地は妥当性か(上位計画等との整合)②住居の環境・商業の利便・工業の利便を害する恐れがないか(市街地環境への影響、商業活動への営業、近隣住民の理解など)③公益上やむをえないか(公益上必要性が高い、公共事業に基づく)などに留意して判断するとされている。一方県は、特例許可が下りるのか否かについて説明会で「住宅地への距離を考えると住環境への影響は極めて少ないと考えている。特例許可の判断はつくば市となる」としている。

発熱など有症状者に検査キット配布 茨城県 19~31日

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茨城県庁(イラストは「いばらきアマビエちゃん」)

陽性者は自ら登録 医療機関のひっ迫緩和へ

新型コロナウイルスの感染が拡大していることから、茨城県は19日から「抗原検査キット送付センター」を設置し、発熱、せき、のどの痛み、倦怠感などの症状がある県民を対象に、抗原検査キットを無料で配布する。自己検査で陽性になった場合、自ら「陽性者情報登録センター」に登録してもらう。

医療機関のひっ迫を緩和するのが目的。今月19日から31日まで実施する。

重症化リスクの低い、県内に居住している人が対象。リスクの高い、65歳以上の人、基礎疾患がある人、妊娠している人、症状が続いている人は、医療機関を受診してほしいとしている。

申請方法は、茨城県ホームページ(HP)から抗原検査キット送付センターに申し込む。受け付け時間は19日は午後1~3時、20~31日は午前10~12時。申し込みは1人1回まで。家族など症状のある複数分をまとめて申し込むことはできない。濃厚接触者であっても症状がない人は申し込みできない。メールでやりとりするためメールアドレスがあることが必要。

申し込み者には抗原検査キットを郵送する。2日前後で届く見通し。

自己検査で陽性だった場合、県HPから陽性者情報登録センターに登録する。

薬局等で抗原検査キットを自ら購入し陽性となった場合や、無料検査拠点で陽性となった場合も登録可能。登録の受け付け時間は19日が午後3時以降。20~31日は正午~翌午前10時まで。

両センターでは薬の処方などは行わない。県は、発熱した場合は市販の解熱剤などを活用してほしいとする。症状が重い場合や症状が長く続く場合は、医療機関を受診したり検査医療機関に相談してほしいとしている。

18日の県内の新規陽性者数は4090人、年代別は、最も多いのが40代で689人、次いで30代650人。20代572人の順。市町村別は、つくば市が県内で最も多く607人、次いで水戸市307人、土浦市260人の順。

県内の18日の入院者数は462人、年代別は80代165人、90代106人、70代89人の順。病床稼働率は57.7%。うち重症者は6人、重症病床稼働率は7.5%。18日の死者は4人。

県抗原検査キット送付センター、陽性者情報登録センターの情報はこちら

いよいよジュネーブの国連審査へ《電動車いすから見た景色》33

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【コラム・川端舞】国連の障害者権利条約は、入所施設ではなく地域で生活する権利や、普通学校に通う権利など、障害者が他の人と平等に生活するための権利を規定している。その中でも、より重要だったり、誤解されやすいものについては、「一般的意見」という別の文章でより詳しく説明されている。

例えば、いわゆるバリアフリーを説明した「一般的意見第2号」では、バリアの撤廃が必要な事柄として、「建物、道路、輸送機関その他の屋内外の施設」「その他の屋内外施設には、とりわけ、法執行機関、裁判所及び刑務所、社会機関、社会的交流、娯楽、文化的、宗教的、政治的活動及びスポーツ活動の場と、買い物施設が含まれる」などと書かれている。

一見、とても細かい部分まで書かれているようだが、改めて考えれば、娯楽やスポーツ活動など、人生においてはどれも欠かせないものである。障害者が自分たちの権利を議論してつくった条約だからこそ、「どんな些細(ささい)なことでも、障害のない人が当たり前にやっていることは、障害者も当たり前にできるのが権利なのだ」と、はっきり意思表示できたのだと思う。

日本政府の矛盾点を指摘

そんな障害者権利条約を締約国が守っているか、定期的に国連が審査する。条約締結後、初の日本への審査が今月22~23日、ジュネーブでおこなわれる。

日本政府が国連に事前に提出した報告書では、例えば教育分野では「(障害児には)適切な指導及び必要な支援を行う特別支援教育が実施されており、…特別支援学級、特別支援学校といった、連続性のある『多様な学びの場』が整備され」ていると書かれている。

これに対し、全国的な障害者団体や家族等支援団体などで構成する日本障害フォーラムが提出した報告では、「現行の就学先の決定の仕組みは、地域の通常学校・学級に通うことが原則になっていない」など、障害児が障害のない子どもとともに育つ権利を謳(うた)う障害者権利条約と、日本政府の報告との乖離(かいり)を指摘している。

他の分野に関しても、日本障害フォーラムは政府報告の矛盾点を指摘しており、今回、ジュネーブで国連の審査委員と日本政府が直接対話するとき、これらの矛盾点がどのように話し合われるのか注目だ。

今後の日本の障害者施策が変わる、分岐点になるだろう場に立ち会えることに感謝し、将来、日本の障害者施策をよりよいものにするために働きかけられる、障害者リーダーに私もなりたい。(障害当事者)

明治初めの悪疫除け節《くずかごの唄》114

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悪疫除けひとつとや節

【コラム・奥井登美子】古い引き出しの中から、「悪疫除けひとつとや節」「明治12年7月9日虎列刺(コレラ)病予防商議として出縣申付候事 茨城縣」の2枚の紙が一緒に出てきた。

明治12年に茨城県にコレラ病が流行して、その時に皆が口ずさんだ「ひとつとや節」なのかも知れない。読めない字ばかり、ギクシャクしながら、何とか読んでみると、143年前なのに、今のコロナにも当てはまる部分がチラチラ。

そのころの日本人は流行病も唄にしてしまっていたのだ。テレビで、コロナの「ウイルス除けひとつとや節」をやれば、面白いに…。

悪疫除けひとつとや節(作者 清水近前人)

1つとや ひとをそこねるコレラ病 撲滅(ぼくめつ)させるはじん力ぞ

2つとや ふだん注意を怠るな 喰物(くいもの)衣類を清潔に

3つとや 三つのつとめは衣食住 貧富ほどよく衛生に

4つとや 酔って夜更かし呑喰(のみくい)を するのは病のもととなる

5つとや いつも気をつけ下水場を 綺麗(きれい)にするのは身の為(ため)ぞ

6つとや むやみな運動それは毒 運動せぬのも又(また)毒だ

7つとや なんでも病をよけるのは 空気の通りをあたらしく

8つとや やたら揉手(もみて)に神仏を 頼まずお医者に訳をきけ

9つとや ここもかしこもコレラ お巡りさん方ご厄介

10つとや とうとうコレラも行政の 力で撲滅お目出たや

 (随筆家、薬剤師)

つくばのパスタ専門店「ルーク」 《ご飯は世界を救う》50

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【コラム・川浪せつ子】新しい飲食店巡りがスキです。今回は、ズゥ~と前から気になっていたお店「ルーク パスタリストランテ」(つくば市台町)。ファサード(建物の正面)がとてもカワイイので、訪ねたかったのですが、4車線の右折道路を超えないと入れない場所。我が家からだと、とても行きにくいお店でした。

でも今回、意を決して、遠回りして右折しなくてもよいようなルートで。11時半からというので、開店5分前に行くと、先客さんの車2台。店主さんお1人でやっている、インテリアも良い感じの空間でした。

スパゲティーは日替わりと定番メニュー。絵を描く、そして、舌を満足させる。描くのは難しいけど、大好きな「カルボナーラ」を注文!

ネットの黒板には白墨の絵

ルークさんに行く前に、ネットで下調べ。そうしたら、毎日、ブラックボードに白墨(はくぼく)で、絵が描かれているのを見つけました。なかなか良い感じ。こういうセンスって、お料理にも出ますね。

食後、ちょっと店主さんとお話。7年前に開店したことや、コロナで大変だったことなど。頑張ってほしいお店でした。

今まで、向かい側のマクドナルドからルークさんを見ていたので、今回はマックのスケッチも。ハンバーガーは、息子たちが小さいとき以来かも。いつもは、出先の途中、コーヒーブレイクなどで寄っただけ。久しぶりのハンバーガーも、Goodでした。(イラストレーター)

市長リコール請求を断念 署名集まらず つくばの市民団体

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リコール断念について話す「つくば市長リコール住民投票の会」代表の酒井泉さん(右)ら=つくば市竹園、筑波研究学園都市記者会

つくば市が旧総合運動公園用地(同市大穂、46ヘクタール)を外資系物流不動産会社、グッドマンジャパンに一括売却する問題(6月21日付)で、売却に反対し五十嵐立青市長のリコール(解職)を求める署名運動を実施(7月8日付)していた市民団体「つくば市長リコール住民投票の会」(酒井泉代表)は16日記者会見し、署名が1028筆(15日時点)しか集まらなかったとして、リコール投票の請求を断念すると発表した。

同会は7月11日から8月10日までの1カ月間、署名を集めていた。リコールの賛否投票を請求するには、有権者数の3分の1以上の6万4658人以上の署名が必要だった。

酒井さん(73)は「(売却は)議会も通さず、市民の意志表示の機会がなかった」とリコール運動を実施した理由を改めて話し、署名が集まらかった原因については「自分の住所、氏名、生年月日などの個人情報をさらけ出すことに抵抗もあったと思う。6万筆なんて集まるはずないのに、負け戦に参加することに恐怖もあったと思う」とした。

さらに「これまで新聞にちらしを3回折り込んだが、1割くらいしか読んでおらず、(売却により)学園都市がなぜ存亡の危機か、ほとんどの人が理解してなかった。理解している人でも、リコールまでやる必要はない、全市的な問題ではないという意見もあった。110億円で売れたからいいじゃないという話も随分聞いた」などと述べ、「問題提起をするのが役目だったが、我々の役目が足りなかった」と話した。

酒井さんは「私が中学生の時(筑波研究学園都市の)用地買収がスタートし、その時の地元の苦悩を見ている。反対が多かったが地元が受け入れたのは、世界に遅れないよう研究学園都市をつくるという明確な理念が国にあったから。その後、成田闘争があったが、当時つくばが成田闘争のようなことになっていたら、研究用地を売却することなどできなかったと思う」と振り返り、「(研究学園都市建設から)たった50年で研究用地を売却するとはどういうことか。研究用地の売却は工業団地の売却とは違う」「50年経って、そもそも研究学園都市がどんな理念でつくられたかを知る人は、我々の世代しかいなくなっているのかと思う」とし「市民に気付いてもらう努力はこれからも続けたい」と語った。

今後については、用途地域の変更などつくば市が今後実施するさまざまな法的手続きに意見を言っていくほか、つくば市と係争中の、売却の違法性を訴える住民訴訟に力を注ぎたいとした。リコール運動についても「(状況によって)何度でも繰り返しやる」と強調した。

今回集まった1028筆の署名は、開封せず、報道機関など第3者の立ち合いの下、近日中にシュレッダーですべて裁断し処分するとしている。(鈴木宏子)

コーヒーの花が咲いた《続・平熱日記》116

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【コラム・斉藤裕之】妻が亡くなった。長い間の闘病の末、最後は自宅で娘たちと一緒に過ごし眠るように旅立った。この数年は妻と毎週のように出かけ、相変わらず口ゲンカをしたりもしたが、彼女は残された時間を知っているかのように身の回りを片付け、子供達の喪服まで買いそろえ、公共料金の支払いの口座からネットフリックスの解約のことまで事細かに「パパへの申し送り」として書きまとめていた。

良き医者にも恵まれ自宅療養を選んだ妻。ちょうど夏休みに入って最後の1カ月は寝起きを共にしてやれた。そしてアトリエにベッドを置いて寝たいというので、猛暑の中アトリエを片付けて希望通りにしてやった。ある朝、アトリエからトイレに行くのに少しだけ敷居があってつまずきそうになるので、ベッドをアトリエから隣にあるリビングダイニングへ移動した。しかしその後、妻はトイレに行くことはなかった。

親兄弟だけのささやかな葬式。娘たちは花の好きだった妻をたくさんの花々で飾り、妻の好きだった曲をブルートゥースで流した。私は何も棺の中に入れてやるものを思いつかないでいたが、その朝探して見つけたつゆ草の青い花を入れてやった。

葬儀の前夜。にぎやかにお酒を飲みながら、思い出話をしているときのことだ。長女が話し始めた。「パパのどこが好きなの? あんなクソジジイなのにって聞いたの」。すると妻は答えたそうだ。「いろんなことがあるけど、パパの絵を見ると許せるの。ママはパパの絵が大好きなの」。

その言葉を聞いた瞬間、涙があふれてきた。芸大の同級生であった妻は、私の絵について今まで一言も口を出したことはない。すぐそばでずっと見ていただけ。これまでの不甲斐(ふがい)ない人生がこの瞬間に報われた気がした。絵を描いていいんだと思った。人生最高の宝物となったこの言葉を胸に。

白犬「ハク」と、妻と行った場所へ

葬儀の後、あんなに玄関にあふれていた靴も一足また一足となくなり、静かな日常に戻った。

私は早々に、段ボールで組み立てられたチープな祭壇を燃えるゴミに出して、簡素な木製の丸いテーブルに淡い花柄の布を掛けて妻の遺骨を置いてやった。布は最近長女夫妻が移った高円寺の新居を訪れたときに、車椅子で入った雑貨屋で見つけたもの。葬儀の時に使った大き過ぎる遺影も片付けて、次女が鉛筆で描いた小さな妻の絵を飾った。

妻が残していった大きなコーヒーの木。花が見たいと言うので、2カ月ほど前に買ったものだ。子供たちにも分けてやりたいと挿し木をするのを手伝った。その1ダースほどの小さな鉢に、ある日異変が起きた。一斉に白い花が咲き始めたのだ。

「ママ、コーヒーの花が咲いてる!」。小さな白い花を鼻に持っていき、「いい香り」と妻は満足そうだった。これを奇跡とみるか、たまたま開花の時期だったとみるかはどうでもよい。ともかく妻の願いはこうしてかなった。

それからもうひとつ。というかもう1匹。妻の希望で飼い始めた白い犬「ハク」。今となっては唯一の話し相手。車嫌いのこの犬をなんとか助手席に乗せて出かけてみようと思う。妻と行った場所へ。行けなかったところへ。ありがとう。本当に素晴らしい女性に出会えて幸せでした。(画家)

上り坂の市と下り坂の県のおはなし 《吾妻カガミ》139

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つくば市役所正面玄関サイド

【コラム・坂本栄】つくばの市民有志から「市内に県立高校を新設してほしい」「県営洞峰公園内に宿泊施設はいらない」との声が出ています。しかし、いずれの要望にも茨城県の対応は冷たく、市民有志と県の間のズレが目立っています。その原因は「上り坂」にある市と「下り坂」にある県の違いにあるようです。今回はそのおはなし。

県立高設立要望vs県立高整理整頓

県立高問題については、118「…学園都市は公立高の過疎地」(2021年10月18日掲載)で触れました。要望のポイントは、▽つくば市は人口が増えているのに市内の県立全日制高が減っている、▽このため市外の県立高や私立高に行かざるを得ない、▽平均的な生徒が通える県立高を近くにつくってほしい―ということです。

これに対し県は、県全体の人口減(下り坂の主因)や少子化を踏まえ、県立高を整理整頓しているのに、つくば市を例外扱いにできない―との考えです。新設など問題外で、せいぜい学級増で対応するスタンスと聞きます。TX効果(上り坂の主因)でつくば市は人口が増えていますから、県の教育インフラ抑制方針を適用するのはおかしな話です。

県立公園で稼ぐvs公園は散歩の場

洞峰公園問題については、134「県営の洞峰公園…市が買い取ったら?」(6月6日掲載)で取り上げました。こちらを仕掛けたのは県で、▽学園都市の代表的な公園の管理を民間にまかせ、▽そこに宿泊&BBQ施設をつくって管理会社に稼いでもらい、▽その上がりで公園整備費をまかないたい(できるだけ税金を使いたくない)―といった計画です。

これに有志市民が反発。宿泊施設が建つと酔っ払いで夜の散歩が不快になる、BBQ施設ができたらその煙や臭いで散歩が不快になる―と反対。計画取り止め(公園の現状維持)を県に求めています。

要は、県営公園を使って、県の魅力度アップ=新しい遊び場づくり=を図り、同時に少しでも稼ぎたい「貧しい」県と、つくば市には公園らしい公園が必要と考える「豊かな」市民の対立です。県は当初計画を修正はするものの、基本構想は変えないようですから、有志市民とのズレは埋まりそうにありません。

つくば市は県から「独立」したら?

私は、これら問題の解決は難しいと思い、上記2コラムで2つの提案をしました。県立高問題は、県を当てにせずに市立高をつくり、つくば市が自分で解決したらどうか―と。また、洞峰公園問題は、公園を買い取って市営公園にして、現状のまま市民に供したらどうか―と。県と市の置かれている状況と方向が違うのだから、市は県から「独立」したら?ということです。

つくば市は、市民有志の要望を踏まえ、ペーパーにして県に出しています。しかし、県立高校問題の解決、洞峰公園の現状維持には、書類を運ぶ仕事ではなく、独自のアクションが必要ではないでしょうか。(経済ジャーナリスト)

洞峰公園の3角決斗 《映画探偵団》58

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【コラム・冠木新市】つくば市の洞峰公園野球場の青いベンチで考えごとするのが好きだ。円形の球場を眺めていると、『続・夕陽のガンマン/地獄の決斗』(1967)を思い出すからだ。

『続・夕陽のガンマン』のLV・クリーフ

「善い奴、悪い奴、汚い奴」の原題を持つこの作品は、米国の南北戦争時代、墓地に埋まった20万ドルをめぐる、ブロンディ(クリント・イーストウッド)、テュコ(イ一ライ・ウォラック)、セテンサ(リ一・ヴァン・クリーフ)の争いを描いている。

ラストは、5000の墓標に囲まれた円形の中央広場での3角決斗だ。カラスの鳴き声のなか、3人はそれぞれ敵となる2人をにらみながら決定的瞬間を待つ。

7月31日(日)午後、茨城県主催の「洞峰公園パ一クPFI事業に関する説明会」が洞峰公園体育館で開かれ、これに参加した 。会場は満員で、椅子を30席追加するほどだった。県は改修事業を進める前提での説明に終始した。

質疑応答では、県のグランピング計画などに期待する人は2人だけだった。4000名の署名を集め、地域参加型の整備計画を進めようとするグループが発言した。しかし、県の計画に反対なのか、進め方に異議を唱えているのか、紛らわしい感じを受けた。

圧倒的に多かったのは、計画白紙撤回を訴えるグループだった。「何でも反対の市民活動か」と皮肉る人がいるかもしれないが、私には素朴な人たちに見えた。

私の提案:市が公園を購入or運営費を負担

4時間半ぐらいかかり出席者も半数ぐらいに減ったところで、私も提案というかたちで発言した。

県の目的は、にぎわいをつくり出し、利益を上げ、修繕・運営費用をひねり出すことにある。公園を30年間観察してきたが、来園者は年々増加、特に新型コロナ禍でどっと増えた。にぎわいはもう充分である。

しかし、修繕・運営費で悩む県の立場は理解できる。それなら、県は洞峰公園を手放し、つくば市に買ってもらったらどうか。それがダメなら、修繕・運営費を市に肩代わりしてもらったらどうかと話をした。

県が計画を強行すれば、県とつくば市民の間に亀裂が残る。それでは、「茨城県 魅力度最下位」をさらにアピールするようなものだ。

当初、五十嵐市長は駐車場を広げるため木を切るのは賛成だったようだが、これは、にぎわいをつくり出す県と似てなくはないか? そして計画反対側が強く訴えても、洞峰公園を知らない県民は、つくば市民の自分勝手としか思わないだろう。

では問題を解決する方法はないのか。つくば市が洞峰公園を購入するか、修繕費と運営費を肩代わりすればよいのだ。それを「バカなこと言うな」というなら、決斗で決めるしかない。

「善い奴亅「悪い奴亅「汚い奴亅

こういったことを青いベンチで考えていたのだが、3週間以上ベンチにこびりついたカラスのフンを見て、この件に関して市議と県議の発言が少ないことに気がついた。12月の県議選挙が近くなったら、何か発言が出てくるのかもしれない。

この問題で「善い奴亅「悪い奴亅「汚い奴亅に当てはまるのは誰だろうかと思いをはせ、ベンチを離れた。サイコドン ハ トコヤンサノセ。(脚本家)

茨城県は「賢い財政支出」を 《地方創生を考える》24

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ダイアモンド筑波

【コラム・中尾隆友】日本経済が長期低迷から抜け出せないのは、潜在成長率が過去30年にわたって低下し続けているからだ。潜在成長率というのは、経済的に持続可能な成長率のことを指しており、その国の長期的な経済の実力と言い換えることができる。

政治の不作為が日本を没落させた

日本の潜在成長率はバブル末期の1990年に4%程度と高かったが、2000年代には1%を割り込み、2010年代には0.5%まで低下した。日銀の最新の推計では0.2%まで落ち込んでおり、このままでは2020年代にマイナスになるのではないかと危惧されている。

潜在成長率が低下の一途をたどってきた背景には、人口減少や少子高齢化によるマイナス面が非常に大きいのに加えて、生産性が一向に伸びてこなかったという要因がある。

これは、政治の不作為によるものだ。バブル崩壊後に、国や自治体は景気を下支えするために一時しのぎの公共工事を繰り返してきただけで、それらの政策は潜在成長率を高めることにはほとんど寄与してこなかったからだ。

過剰なインフラ大国・日本

国土交通省や総務省の推計によれば、全国のインフラの維持管理・更新費は現時点で5兆円を優に超える。当然のことながら、20年後、30年後にはこの費用は膨らんでいく。最大で12兆円に拡大する見込みだ。

インフラの更新だけでも困難なのは明白であるため、国土交通省は自治体に対してインフラの取捨選択を促している。しかし、しがらみが多い自治体ほどその動きは逆行する傾向が強い。

インフラの総量を示す公的固定資本ストックは、日本がGDP比で126%であるのに対して、米国が61%、ドイツが45%にすぎない。私たちの子どもの世代のことを考えれば、「新しい道路をつくろう」とか「鉄道を延伸しよう」とか、無責任で愚かな考えは出てこないはずだ。

やるべきことは極めてシンプル

人口減少という大きな足枷(かせ)があるなかで、潜在成長率を引き上げようとしたら、1人当たりのGDPを引き上げていくほかない。要するに、働き手1人1人の生産性を向上させるため、恒常的な「人への投資」が必要不可欠になるというわけだ。

やるべきことは、極めてシンプルだ。生産性を高めるためには、国・自治体・企業が協力して「スキル教育(学び直し)」を広く普及させることだ。

日本は人への投資額が官民そろって先進国のなかで最低水準にある。国だけでなく、茨城県にも賢い財政支出を心がけてもらいたいところだ。(経営アドバイザー)

信じる自由と自由ゆえの不安 《遊民通信》46

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【コラム・田口哲郎】
前略

つくばの公園を歩いていて、日々うつくしい景色にいやされています。ふと道ばたに転がっている石に目がとまりました。福沢諭吉の幼い頃に石ころにまつわる興味深い話があります。諭吉少年の村には神社があり、村人は小さな社(やしろ)を熱心に拝んでいました。その中には神様がいるから、小さな扉は絶対に開けてはいけない。開けたら天罰がくだると教えられていました。

でも、好奇心の強い諭吉は扉を開けます。そこにあったのは小さな石ころです。諭吉は拍子抜けして、その石ころを投げ捨て、その辺の石ころとすり替えました。天罰がくだるかビクビクしていたけれども、結局何も起こらなかった。石ころに神さまが宿るなんてウソだと思った、という話です。

注目したいポイントは、村人と諭吉が石ころから読み取る情報が違うことです。村人は石ころから神さまを、諭吉は石ころから石ころを読み取ります。それぞれが石ころにふたつの情報を与えています。このふたつの情報は要するに、宗教と自然科学です。

諭吉の時代は村や集落単位で宗教が決まっていたけれども、現在信じるも信じないも、個人の自由です。自由は良いことです。でも、自由だからこその不安というものもあります。昔はがっちり個人がはめ込まれていた共同体が行なっていた心のケアが、古い体制から個人が解放されたと同時に無くなってしまったケースが多いです。だからこそ宗教が必要だとは言いません。必要かどうかは個人の自由です。

でも、必要な場合に、必要としている人に適切なケアがゆき届くことは必要だと思います。とくに、地縁と血縁がなく、都会の新興住宅地で孤独に暮らしている人々にはそうでしょう。

パーソナルな新しい宗教が必要とされている

特定の宗教を信仰はしていないけれども、神や超越的な存在を信じて、個人的な精神的世界を育んでいる人たちがいます。スピリチュアリティーと呼ばれる新しい宗教現象とみなされるものです。今までの宗教におさまりきらない宗教的なものを広く指す言葉です。オカルトなども含まれます。このスピリチュアリティーは今までも広まってきていて、今後も広がると予想されています。

福澤諭吉の時代のように、これから国を発展させようという雰囲気のなかでは、宗教よりも自然科学を信じることのほうが有益だったのかもしれません。でも、国がある程度発展して、物質的に豊かになり、信教の自由が保障されている現在、自然科学と同じくらいにスピリチュアリティーのような広い意味での宗教が必要とされているのかもしれません。

何度も言いますが、何かを信じることは個人の自由です。ただし、この自由は常にすべての人々を幸福にするものであってほしいと思います。大勢をひとまとめに救うのも大切なことですが、ひとりひとりを大切にするていねいな救いが今の時代は求められているのかもしれませんね。ごきげんよう。

草々
(散歩好きの文明批評家)

アカミミガメ捕獲中 つくば北条大池で防除調査

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カメの防除作戦に取り組んだ技術士ら参加メンバー=北条大池(つくば市北条)

機械、金属、航空・宇宙、建設、農業など様々な部門の技術者の集まり、日本技術士会県支部(事務局・ひたちなか市、高橋正衛支部長)のメンバーらによって、8月中つくば市北条の北条大池でカメの捕獲と駆除が行われている。

同支部が霞ケ浦環境科学センター(土浦市)と連携して実施している市民活動支援事業の一環。「特定外来生物カミツキガメ(ミシシッピアカミミガメ)駆除大作戦」と銘打って、初日にワナを仕掛け、2日目に回収をして個体調査などをする「防除調査」という手法で行われた。

ミシシッピアカミミガメは、幼体のミドリガメが縁日などで販売され国内に広がったが、生長すると飼いきれず環境中に放棄され、湖沼など在来の植物種に食害などの被害を及ぼしている。侵略的外来種ワースト100の1つ。農業ではレンコンの食害が一部報告されている。

この駆除が北条大池で実施されるのは初めて。北条大池では現在、大きな被害は見受けられないというが、生物多様性の保全につなげることを目的に、防除調査が実施された。

ワナを引き上げる調査の様子=北条大池

元々はカニをとらえるためのワナという「カニかごワナ」を15カ所に、浮遊型捕獲装置1カ所に仕掛ける作業は県支部のメンバーによって行われたが、2日目の調査日には技術士6人のほか、一般参加者5人が加わった。農業用ため池の北条大池は霞ケ浦とつながっており、一体的な水域環境として考えられる。ミシシッピアカミミガメによる水環境や生物多様性の問題について知って欲しいため、一般にも参加を呼びかけたという。

26日にも再捕獲

技術士会県支部の大塚太郎さん(52)=技術士補(農業部門)によれば、調査結果はアカミミガメ7匹と、在来種のクサガメ6匹を捕えた。大半が大池の隣にある小池に仕掛けたワナで捕獲されたという。「大池をよく眺めてみると、カメの泳いでいる姿が見える。実際の個体数はかなり多いはず」という話だった。

捕らえたカメを計測

捕獲したアカミミガメはサイズなどを計測後、同支部が処分する。ドライアイスで二酸化炭素を発生させ、窒息死させる方法をとるという。

浮遊型捕獲装置を引き続き掛けており、カニかごワナによる次回調査は26日にも行われ、一般参加者を募る。大塚さんは、「もっと捕獲したかったが、期待よりも少なかった。ワナの仕掛ける場所について改善していきたい」と語った。(榎田智司)

予科練平和記念館 《日本一の湖のほとりにある街の話》2

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予科練平和記念館=阿見町廻戸

【コラム・若田部哲】第1次世界大戦以降、戦略上、航空機の重要性が増すにつれ、多くのパイロットが必要となりました。そこで、より若いうちから育成することで、優秀な人材を養成しようとしたのが飛行予科練習部、通称「予科練」です。発足当初、全国から集められた14~17歳の優秀な少年たちに飛行の基礎訓練が行われました。

土浦市の隣、阿見町には、大正末期に霞ケ浦航空隊が設置されており、昭和14年(1939)に神奈川県横須賀市から、この予科練が移設されました。こうして軍事上の一大拠点となった同町の歴史を伝えるべく建設されたのが、今回ご紹介する「予科練平和記念館」。同館学芸員の豊崎尚也さんにお話を伺いました。

館内は「予科練」の代名詞であり、少年たちの憧れであった制服「7つボタン」にちなみ、7つの展示室により構成されています。

壁面の集合体で構成された館内は、至る所から空が見える印象的な空間となっているのですが、これはかつて予科練生たちが憧れ、昔も今も変わらない「空」を見せることにより、今日の平和について想いを巡らせてほしい、との設計意図だとのこと。この特徴的な空間の各所に、昭和を代表する写真家・土門拳による写真が配置され、厳しい訓練の様子や、つかの間の休息時のあどけない表情など、予科練生の日常を浮かび上がらせています。

「入隊」から「特攻」までで構成された7つの展示室では、入隊に当たっての少年たちの心情や、予科練での厳しい訓練の様子、訓練の合間のつかの間の憩いのひと時、そして予科練を卒業し、さらに厳しい本格的な飛行訓練へと移行していく様子が展示されます。

若い訓練生の8割が戦死

ところで、兵隊というと屈強の体格を想像してしまいますが、ここに集っていたのは少年たち。合格に達する体格の基準は150センチ後半程度だったとのことで、実際の教室を再現した教室の椅子や机の小ぶりさからも、年端もいかぬ子供たちであったことが実感され、胸が締め付けられます。

展示は、進行とともに緊迫の度合いを高め、終戦の年、昭和20年(1945)6月に起こった「阿見・土浦大空襲」を再現する展示を経て、最後の展示「特攻」へ至ります。暗い室内の壁面に、予科練生の命を示す小さな灯(あか)りが無数にともり、特攻の映像が流れます。映像が進むごとに減ってゆく灯り。予科練生を経て戦地へ赴いた2万4千人のうち、約8割の1万9千人が特攻などによりその命を落としました。

「1万9千人」。文字にすればたった5文字ですが、その1人1人に愛する人や、夢見た未来があったでしょう。全ての灯りが消え、室内が闇に閉ざされると、悲しみや虚無感とともに、言い知れぬ怒りが湧いてきます。

「戦争は、決して遠い昔の話ではない。70数年前に戦争を経験した方々がおり、その時代があって今という平和な時代がある。そのことに、展示を通して思いをはせてほしい」。豊崎さんはそう語ります。終戦の夏。少しでも多くの人に、この展示が語るメッセージに触れてほしいと思います。(土浦市職員)

「老後」がなくなる「人生100年時代」 《ハチドリ暮らし》16

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畑のナス

【コラム・山口京子】数年前までは、「人生100年時代」というフレーズを大げさに感じていました。ですが、両親を見ていて、100歳まで生きるかもしれないと思うこの頃です。病気をして心配したり、回復して食欲も出てきてほっとしたり。そうなればそうなったで、これからのことが気にかかります。本人たちは、「おまえにまかせた」状態です。今回は、お金の管理、施設や病院とのやり取り、行政から届く書類の手続きなどのあれこれ。

父は家で介護してほしかったのでしょうが、話し合った末、施設に入ってもらいました。母の方は、生活の自律度を見ると、もう数年は家で暮らせると思います。

両親の収入は公的年金のみです。これまでの蓄えと合わせて、おおまかなキャッシュフローを作りました。現在の状況が続くと仮定したものと、母も施設に入ると仮定したものとでは、大きく収支が違ってきます。状況の変化をふまえて見直しながら、妹たちと話し合っていくつもりです。

親のこれからを考えつつ、自分たちのことも気になります。これからの人生100年時代は、老後が長くなるのではなく、老後という概念がなくなり、定年という言葉も死語になっていくのでしょう。そもそも、一つの会社に生涯勤め続けることが現実的ではない状況が広がっています。子どもたちを見ていると、そうした状況をシビアに察知しているようです。

私たちの世代は定年があり、退職金を出す企業も多くありました。定年後のプランは退職金とそれまでの蓄え、公的年金あるいは私的年金を利用してどうにかなりました。でも、そういうプランは崩れつつあります。

『お金』はなぜ格差と分断を生むのか?

では、どういうプランを立てれば、自分の願う暮らしができるのか。「自分の願う暮らし」として、どんな生活をイメージするかは千差万別でしょう。まずは自分の願う暮らしをイメージして、その実現に向けて、できることをしていくことでしょう。自分のことでありながら、自分の手に負えないことです。

そういうことを考えていて、ある講座に出会いました。テーマは「『モモ』で読み解く知識ゼロからの経済学入門 『お金』はなぜ格差と分断を生むのか」です。ミヒャエル・エンデの「モモ」の物語をテキストにして、お金について考える内容です。

お金に振り回されない暮らしをしたいと思っていますが、お金そのものについてきちんと考えたことがありませんでした。講座のサブタイトル「お金はなぜ格差と分断を生むのか」も、今の私には奇妙なフレーズに思えます。その答えが、これからの講座で見えてくるのでしょう。楽しみなオンライン講座です。

前回コラム(7月13日掲載)で取り上げた、スイカだと思った苗は冬瓜(とうがん)だと判明しました。大きく育った実を、味噌汁や餡かけにしておいしくいただいています。ナスやミカンの実も育っています。(消費生活アドバイザー)

つくば市から3人目のロータリー茨城代表、大野さん【キーパーソン】

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大野治夫さん

茨城県にはロータリークラブ(RC)が55ある。つくば学園RCの大野治夫さんが、これらクラブを代表するガバナーに就任した。任期は7月から来年6月までの1年間。つくば市東光台で不動産管理業を営む大野さんはRC歴18年。業務区と住宅区から成る開発地域・東光台(合併前の豊里町と谷田部町の一部)の土地持ちでもある。ガバナーとしてやりたいこと、つくばの最新土地事情について聞いた。

つくば学園RC会員、目標100人超え

RCは地域の名士が参加する奉仕組織だが、週1回の例会を通じ、会員たちが親睦を図り、いろいろな情報を交換する場でもある。つくば学園RCの会員は現在89人。土浦市では最多の土浦南RC(85人)を上回り、つくば・土浦地区では一番の会員数になった。大野さんによると、来年6月までに100人超えを目指す。

つくば学園RCがガバナーを送り出すのは、約20年前の吉岡昭文さん(筑波山神社前の旅館「江戸屋」現会長)、約10年前の野堀喜作さん(東光台の不動産管理会社「ツクバ企画」現会長)に次いで、3人目になる。

10月末、つくば市内で茨城大会開催

ガバナー就任からひと月。これまでどんなことをしてきたのか? 任期中にどんなことをしたいのか?

「ガバナーの仕事は、県内55のRCをすべて訪問し、どんな活動をしているのか把握すること。この1カ月で10のクラブを回った」「会員が最も多いのが水戸RCの115人。会員3人の小所帯もある。奉仕には、活動する会員とおカネが必要で、各クラブとも苦労しながら活動している。頭が下がる思いだ」「10月29、30日には、ノバホール(つくば市吾妻)で茨城地区大会を開く。そのころにはクラブ訪問もほぼ終わり、その後は次の方への引き継ぎに入る」

「つくば市内には、つくばシティRC(54人)、つくばサンライズRC(11人)もあるが、私がガバナーの間に、つくば学園RCの会員をもっと増やしたい。青年会議所(JC)などで活動している、若い人にも声を掛けている」「茨城全体のRC会員は今1850人。こちらも、来年6月までの任期中に2000人以上に持っていきたい」

TX研究学園駅周辺、坪100万円超え

今日、衣料通販、ZOZOの大倉庫や製薬大手、エーザイの研究所などが立地する東光台の開発に、どう関わったのか? TX駅近くの地価が上がっていると聞くが、取り引きの現状は?

「40~50年前、私の父の時代に、旧豊里町と旧谷田部町の地権者5人が代表になって組合をつくり、民間で開発したのが今の東光台。父はその1人で、広いクリ畑などを提供した見返りに、東光台のあちこちに土地をもらった。私の会社『東光拓商事』はその土地やアパート・マンションなどを管理している」

「つくばの発展で大きいのは、TXが開通(2005年)し、東京への通勤圏になったこと。市内3地上駅―研究学園駅、万博記念公園駅、みどりの駅―周辺の住宅地はほぼ売り切れた」「半年前、坪(3.3平方メートル)13~15万円だった万博記念公園駅近くは(需要増加と供給不足により)、今では30万円。(研究学園駅から少し距離がある)東光台も、2~3年前、坪20万円以下だった住宅地が、今は30万円になっている」

「(ショッピング店舗、金融機関支店、自動車販売店などが建つ、市内で一番にぎわっている)研究学園駅の周辺は、坪100万円を出しても買えないほどだ」

【おおの・はるお】1952年、旧谷田部町面野井(おものい)生まれ。1975年、大東文化大経済学部卒、旧東陽相互銀行(旧つくば銀行を経て現筑波銀行)入行。父の死去により、2002年銀行を辞め、不動産管理会社「東光拓商事」を設立。現在まで社長。2004年、つくば学園RC入会。2016~2017年、同会長。茨城ガバナーの正式名は「国際ロータリー第2820地区ガバナー」。つくば市東光台在住。

【インタビュー後記】ロータリークラブ(例会は原則昼)と似たような集まりは、ほかにライオンズクラブ(同夜)や倫理法人会(同朝)がある。地域の事業者にとっては、いずれも情報交換の場。私も38年ぶりに土浦に戻ったとき、土浦RC(つくば学園RCの親クラブ)に入会。新聞社経営の助けになっただけでなく、地域の友だちゼロのワイフ(函館出身)にとっては、遊び仲間をつくる場になった。感謝。(経済ジャーナリスト・坂本栄)

シンプル イズ ベスト? 《続・平熱日記》115

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【コラム・斉藤裕之】わけあってこの猛暑の中、アトリエの大掃除をすることになった。学生時代からの習作や、いつか出番があるだろうと思って集めたガラクタなどを思い切って処分することにした。市の焼却場に軽トラで何度か往復して、捨てるに忍びないものは知り合いの骨董(こっとう)店にトラックで持っていってもらった。

ちょうどこの7月でこの家に住み始めて20年になる。20年間、家族の足の裏でこすられた1階の杉の床は、夏目と呼ばれる年輪の柔らかいところが削られて冬目の硬いところだけが残って、凸凹になっていて妙に足触りが心地よい。夏涼しく冬暖かいとても住みよい家だと思うのだが、それには少しコツがあって、戸の開け閉めやエアコンの入れ方、ストーブのことなど、大げさに言えば家の中の環境への理解と手間が必要なのである。

2人の娘も家を出てこの家には帰って来るまい。だから将来は人に貸すなり売るなりしなければと思うのだが、少し変わった家なので、この際「斉藤邸取説」でも、を書き残しておこうか。

さて20年分のホコリを払って、広々としたアトリエの床に布団を敷いて寝てみることにした。見上げると、20年前に故郷山口で弟が刻んだ梁(はり)や柱がたくましく見える。昔ながらの複雑な継手も、20年の間にやっとしっかりと組み合わさって落ち着いたように見える。特に2階の柱を支えくれている地松(じまつ)の梁は、自然な曲線が力強くカッコいい。

それから、2階の床になっている踏み天井。こちらは200枚だか300枚だか忘れてしまったが、ホームセンターで買ってきたツーバイ材全てに、「やといざね」といういわば連結するための溝を電動工具で彫ったことを今でも思い出す。酷使した右手は、朝起きると硬直して箸も握れなかったっけ。

「いい景色だなあ。木の色がきれいだなあ。このぐらいの広さの住まいがちょうどいいのかもなあ」。20年目にして改めて見入ってしまった。

「捨てる? 捨てない?」

「シンプルとミニマルの違いが分かりますか?」。フランス政府の給費生の試験で、試験官の中のある高名な美術家に質問された。その時は適当な理屈をこねて、その場をしのいだ。その後この命題はたまに頭をよぎることがあったが、布団に寝転がって、薄暗い明かりの中に浮かび上がるアトリエの美しい風景を眺めながら、今なら少しは気の利いた答えができるかもしれないと思った。

「もう少し色とか工夫をしてみたら」とアドバイスすると、「シンプル イズ ベストですよ!」と、あっけらかんと答える今の子供たち。シンプルのイメージは人それぞれ。シンプルがベストかどうかはさておき、アトリエの片付けも、もうひと頑張りしなければならない。

差し当たって、2台ある作業台をどうするか。「捨てる? 捨てない?」。心の葛藤と大量の汗はもうしばらく続きそうだ。(画家)

言葉の壁を越え患者と医師の信頼関係築く つくばの医療通訳士 松永悠さん【ひと】

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松永さんが勤務する都内の医療通訳専門学校「日本医療通訳アカデミー」でのスクーリング風景=神保町駅近く

つくば市で暮らす外国人は、2022年度の統計で137カ国9457人。医療機関を受診する外国人患者も増えているが、病名や器官の名称などの専門用語が飛び交う診察で、患者が内容を理解するのは難しい。タブレット端末による通訳サービスを導入する病院もあるが、個別の質問や細かいニュアンスの伝達に対応するのは依然として困難だという。市内の病院を中心に、中国語の医療通訳士として働いている松永悠さん(48)は、30代後半から医療通訳の世界に飛び込み、やりがいを見出している。

一人の女性患者との出会い

松永さんは1974年生まれ、中国北京市の出身。松永さんが医療通訳のボランティアを始めた38歳の時、最初に担当したのは、同じ30代の末期がんの女性患者だった。中国の地方出身者で、お見合いで国際結婚して日本の農家に嫁いだが、がんを原因に離婚を切り出され、日本語も分からず頼る人がいない状況だった。

女性の境遇に衝撃を受け、「同じ女性、自分の力で助けられるのなら」と感情移入してしまったそう。女性も辛い闘病の中、「お姉さん、お姉さん」と松永さんを慕った。この女性との出会いから苦しんでいる在日中国人がいることを知り、興味で始めた医療通訳の仕事に使命感を持つようになった。

医療通訳士は国家資格ではない。医療通訳として働くには、民間が主催する養成講座を受講し、選考試験に合格後、ボランティアや医療通訳の派遣会社に登録して依頼を待つ。養成講座では通訳の技術のほか、守秘義務などの倫理規定、医療専門用語などを学ぶ。医師の説明に通訳者が勝手に補足することはしてはならず、治療法について患者が本当に理解しているかの確認をその都度行っていく。患者は文化や宗教、思想、持っている在留資格などの社会的背景が個々で異なり、その理解と医療機関への仲介の役割も医療通訳士に求められる。重い病気を抱える人への告知の場に立ち会うこともあり、精神的な重圧も大きいという。

門戸開いたボランティア養成講座

松永さんは北京師範大学で日本語を専攻し、卒業後は日立製作所の中国支社に就職して通訳として働いていた。24歳の時に結婚して来日。結婚後も日立の工場などで海外研修生たちの通訳をしていたが、子どもが産まれてからは仕事を辞めていた。

松永悠さん

ある日、市国際交流協会が主催する医療通訳ボランティア養成講座の案内が目に留まり、「これだ」と思い飛び込んだ。父が内科医で病名についてある程度の知識があったことも受講を後押しした。「新しいことを知るチャンスがあれば進んでいくタイプ。思った以上に勉強がおもしろかった」。講座の終了後、選考を受けて通過。2013年に医療通訳ボランティアとして登録し、実務を積むことになった。

10年前、つくば市に移り住んだのをきっかけに、何か新しいことを始めたいと思うようになった。「40代を目前にして私にこれから何ができるのか、エネルギーがあるのに使えないという状況にもんもんとしていた。何か人の役に立つ、やりがいのあることをしたいと思っていた」

女性との出会い以降、松永さんは家族が出かけてから帰るまでの時間を全て勉強に充て、2017年には日本医療通訳協会の医療通訳技能検定1級を取得。現在は市国際交流協会が主催する医療通訳者養成講座や、都内にある医療通訳専門学校の講師も務めている。

患者と医師の心が通じ合う瞬間

「信頼関係は双方で作り上げるもの。言葉と文化の違いをコミュニケーションの手段は言葉だけではない。言葉が伝わらなければ人間はしぐさや表情で感情を伝えようとする。それは人間のもっとも純粋なコミュニケーションの方法。言語は医療通訳が担い、感情は患者さんと医師、双方が一歩努力することで信頼関係ができれば、満足度の高い医療を提供することができる」

パーキンソン病を患った70代のある男性患者は、最初に診察を受けた時、緊張でこわばっていた。しかし、回を追うごとに笑顔が増え、目に見える変化があったという。「医師が丁寧に説明したことで信頼関係ができ、男性は医師に対する感謝の気持ちを伝えたいとお辞儀をするようになった。中国人は日本人のようなお辞儀をすることに慣れておらず、上手にできない。何度もお辞儀する男性を見て、医師は最初パーキンソン病の症状かと思っていたが、『これは感謝の気持ちを伝えようとしてのお辞儀ですよ』と教えると笑顔になり、握手も交わした。まさに二人の心が通じ合った瞬間だった」

中国では診察や薬の説明に十分な時間を割くことができないことから、患者と医療従事者の間での信頼関係ができにくく、医療にまつわるトラブルが多い現状があるという。日本の医療に対しても懐疑的だった人が「こんなに丁寧に説明してもらったのは初めてだ」と喜ぶと、松永さんもこの上ないやりがいを感じると話す。「患者と医師の双方から喜ばれ、感謝される。医師から指名してもらえることもあり、医療通訳士の仕事はやめられない」という。

松永さんの夢の一つは、質の高い医療通訳士の育成から派遣までを行う会社を作ることだ。「チャンスを見ていつか実現できたら。医療通訳はずっと続けていきたい仕事」。いくつかの通訳派遣会社に所属したが、教育を受けていない通訳士を派遣したり、患者の要望と違う内容で病院を予約したりと多くの課題があり、現状を改善したいという。(田中めぐみ)

「真実が知りたい!」 赤木雅子さんが水戸で訴え 《邑から日本を見る》117

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赤木雅子さんのオンライン講演会

【コラム・先﨑千尋】森友学園問題に関する公文書改ざんを強いられ、それを苦に自死した元財務省近畿財務局職員の赤木俊夫さんの妻、雅子さんらの講演会が7月30日、水戸駅前の駿優教育会館で開かれた。この講演会は、旧動力炉・核燃料開発事業団(動燃、現日本原子力研究開発機構)の元職員6人が同機構に損害賠償を求めている訴訟で、原告を支援する団体が主催したもの。

雅子さんは、夫が自死した真相解明を求めて、国と、改ざんを指示したとされる元財務省理財局長の佐川宣寿氏を訴えてきた。この日は、雅子さんの裁判などを支援してきているジャーナリストで元NHK記者の相澤冬樹さんと対話する形で、別室からのオンラインで登壇した。私はそれを会場で聞いた。

雅子さんが起こした2つの裁判のうち、国は、昨年12月に雅子さんの賠償請求を全面的に認める「認諾」の手続を取り、改ざんが行われた経過などは不明のまま、いわば「肩透かし」の手法で国に対する請求を終結させた。残る佐川氏への訴訟は、氏への尋問は行わずに7月27日に大阪地裁で結審し、11月25日に判決が下される。

雅子さんはこの日、佐川氏に2度手紙を書いたが返事はなく、法廷にも姿を見せなかったことを非難し、「私は、夫がなぜ改ざんさせられたのかを知りたいから裁判を起こした。法廷で佐川さんにそのことを証言してもらいたかった。しかし佐川さんは姿を見せなかった。あまりにも悔しい。夫は日頃、公務員は権力を握っている人のためにではなく、国民のために仕事をするのだと言っていた。佐川さんは誇りを持って仕事をしてきたのか。佐川さんが本当のことをしゃべらない限り、私は幸せになれない」と怒りをあらわにした。

国、無慈悲、無機質な組織

この雅子さんの話を聞いて、相澤さんは「佐川さんはこの事件に関わったので、もうエラくなれない。ホントのことを話した方が、気持ちが楽になれるはずだ。ホントのことを話せない佐川さんはかわいそう。哀れだ」と語った。

さらに相澤さんは、7月27日の大阪地裁での雅子さんの尋問の様子を紹介した。その中で雅子さんは、尋問の最後に「参院選の街頭演説中に銃撃を受け死去した安倍晋三元首相の国会答弁がこの改ざんのきっかけになった。黒い疑惑のまま国葬にされるのは安倍さん本人も望んでいないと思う。安倍さん、昭恵さん、佐川さん、そして裁判長、私は真実が知りたい」と述べたという。閉廷後、傍聴席からは拍手が送られたそうだ。

相澤さんは安倍氏の死にも触れ、「死者を悼む。だが、この事件は、忘れられていた旧統一教会と政治家の関係を表に出した。それはよかったことだ」と話したことが印象に残った。

雅子さんと相澤さんのやり取りを聞いていて、本来は国民のためにあるべき国という機関は、結局は無慈悲、無機質で、血の通わない組織にすぎないのだと思った。安倍さんだって佐川さんだって、血が通っている人間であるはずなのに、非情にも雅子さんの声を聞こうとはしない。それはなぜなのか、私にはわからない。(元瓜連町長)