土曜日, 10月 8, 2022
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コーヒーの花が咲いた《続・平熱日記》116

【コラム・斉藤裕之】妻が亡くなった。長い間の闘病の末、最後は自宅で娘たちと一緒に過ごし眠るように旅立った。この数年は妻と毎週のように出かけ、相変わらず口ゲンカをしたりもしたが、彼女は残された時間を知っているかのように身の回りを片付け、子供達の喪服まで買いそろえ、公共料金の支払いの口座からネットフリックスの解約のことまで事細かに「パパへの申し送り」として書きまとめていた。

良き医者にも恵まれ自宅療養を選んだ妻。ちょうど夏休みに入って最後の1カ月は寝起きを共にしてやれた。そしてアトリエにベッドを置いて寝たいというので、猛暑の中アトリエを片付けて希望通りにしてやった。ある朝、アトリエからトイレに行くのに少しだけ敷居があってつまずきそうになるので、ベッドをアトリエから隣にあるリビングダイニングへ移動した。しかしその後、妻はトイレに行くことはなかった。

親兄弟だけのささやかな葬式。娘たちは花の好きだった妻をたくさんの花々で飾り、妻の好きだった曲をブルートゥースで流した。私は何も棺の中に入れてやるものを思いつかないでいたが、その朝探して見つけたつゆ草の青い花を入れてやった。

葬儀の前夜。にぎやかにお酒を飲みながら、思い出話をしているときのことだ。長女が話し始めた。「パパのどこが好きなの? あんなクソジジイなのにって聞いたの」。すると妻は答えたそうだ。「いろんなことがあるけど、パパの絵を見ると許せるの。ママはパパの絵が大好きなの」。

その言葉を聞いた瞬間、涙があふれてきた。芸大の同級生であった妻は、私の絵について今まで一言も口を出したことはない。すぐそばでずっと見ていただけ。これまでの不甲斐(ふがい)ない人生がこの瞬間に報われた気がした。絵を描いていいんだと思った。人生最高の宝物となったこの言葉を胸に。

白犬「ハク」と、妻と行った場所へ

葬儀の後、あんなに玄関にあふれていた靴も一足また一足となくなり、静かな日常に戻った。

私は早々に、段ボールで組み立てられたチープな祭壇を燃えるゴミに出して、簡素な木製の丸いテーブルに淡い花柄の布を掛けて妻の遺骨を置いてやった。布は最近長女夫妻が移った高円寺の新居を訪れたときに、車椅子で入った雑貨屋で見つけたもの。葬儀の時に使った大き過ぎる遺影も片付けて、次女が鉛筆で描いた小さな妻の絵を飾った。

妻が残していった大きなコーヒーの木。花が見たいと言うので、2カ月ほど前に買ったものだ。子供たちにも分けてやりたいと挿し木をするのを手伝った。その1ダースほどの小さな鉢に、ある日異変が起きた。一斉に白い花が咲き始めたのだ。

「ママ、コーヒーの花が咲いてる!」。小さな白い花を鼻に持っていき、「いい香り」と妻は満足そうだった。これを奇跡とみるか、たまたま開花の時期だったとみるかはどうでもよい。ともかく妻の願いはこうしてかなった。

それからもうひとつ。というかもう1匹。妻の希望で飼い始めた白い犬「ハク」。今となっては唯一の話し相手。車嫌いのこの犬をなんとか助手席に乗せて出かけてみようと思う。妻と行った場所へ。行けなかったところへ。ありがとう。本当に素晴らしい女性に出会えて幸せでした。(画家)

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