金曜日, 2月 27, 2026
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7月着工、来年3月ごろ開業へ つくば市旧茎崎庁舎跡地ドラッグストア

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旧茎崎庁舎跡地に建設される店舗外観イメージ図(つくば市提供)

ドラッグストアの開業を提案した大和ハウス工業茨城支社(つくば市)を優先交渉権者に決定した、つくば市の旧茎崎庁舎跡地(同市小茎)の利活用について(22年9月26日付)、同市は24日、同茨城支社と23日、30年間の定期借地契約を締結したと発表した。

市公有地利活用推進課によると、今年7月に本格着工し、来年3月ごろまでにオープン予定という。当初、年内オープンを見込んでいたが、コロナ禍で契約締結協議などに時間を要し、開業が約3カ月遅れる見通しだという。

定期借地契約は今年7月1月から2053年6月末までの30年間で、土地賃借料は年約90万円。固定資産税評価額の改定があった時は見直す。

店舗予定地の敷地面積は約2700平方メートル、店舗面積は約1100平方メートル。

周辺住民から要望があった、青果や精肉などの生鮮食品を取り扱うほか、店内に約30平方メートル程度のフリースペースを設け、テーブルといすを置き、来店客が自由に利用できるようにする。さらに敷地内の店外に緑のあるオープンスペースを設け、テーブルといすを置き、来店客がバスを待ったりできるようにする。

茎崎庁舎は2010年4月に閉庁、16年1月に解体され、跡地は更地のままになっていた。(鈴木宏子)

→つくば市旧茎崎庁舎利活用の過去記事はこちら

お米を買ってもらい、谷津田を保全 《宍塚の里山》99

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宍塚オーナー米の発送風景

【コラム・福井正人】宍塚の里山を構成する重要な環境の一つに谷津田があります。冬にも水が張られた谷津田では、早春、ニホンアカガエルが多数産卵します。カエルが増えると、それを食べるヘビが増え、ヘビが増えるとそれを食べる猛禽(もうきん)類が増えるといった「生き物のつながり」が生まれます。このように、谷津田は生き物の生息域として重要な場所になっています。この環境を守ろうと始めたのが「宍塚米オーナー制」で、今年で25年目を迎えます。

人類が稲作を始めたころ水田が作られたのは、水が手に入りやすい谷津田のような環境だっただろうと言われています。しかし、現代のようなかんがい設備の整った水田耕作では、水が引きにくく、田んぼの形も不揃いで小さく、また周りの木々にさえぎられて日当たりも悪いといった問題があります。さらに、湧き水が入るために水温も低い谷津田の環境は、稲の生育にも作業する人間にとっても不利な状況になっています。

このように、生き物の生育環境としては重要でも、耕作条件としては不利な谷津田での耕作を続けていくためには、いろいろな工夫が必要です。例えば、里山のもつ公益的機能の恩恵を受けている非農家である都市部の市民にもお金や労力を提供していただくことです。私たちの会では、支援としての「宍塚米オーナー制」と労力としての「田んぼ塾」(現在の「自然農田んぼ塾」と「田んぼの学校」)を立ち上げ、谷津田での耕作を維持してきました。

「田んぼの学校」では、たくさんの子どもたちが自然と触れ合い、我々の主食である「お米」がどのように作られるのかを学ぶ場所になっています。

宍塚米のオーナーを募っています

宍塚米オーナー制では、毎年4~9月、谷津田の支援に賛同してくれるオーナーを募り、10月末に谷津田を耕作してくれている宍塚の農家からお米を買い取り、オーナーに発送しています。品種はコシヒカリで、宍塚の里山の猛禽類の象徴サシバにちなんで「宍塚サシバ米」と呼んでいます。

田植え直後の谷津田の田んぼ

具体的な支援となる2023年(第25期)宍塚米オーナーについては、募集が始まっています。精米、玄米の各5キロ、10キロで料金を設定しており、精米5キロの場合で3200円(税・送料込み)、現地引き取りは各800円引きになります。詳しくは事務局まで。ホームページはこちら

宍塚サシバ米を購入して、宍塚の里山の谷津田を支援してくださるオーナーになりませんか。(宍塚の自然と歴史の会 副理事長)

マスクを脱いで巣立ちも 筑波大で4260人の卒業式

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総代で謝辞を述べる鎌田真凜さん=筑波大学大学会館

筑波大学(つくば市天王台、永田恭介学長)の卒業式・学位授与式が24日、大学会館で行われ、スーツや袴に身を包んだ生徒らが新たな門出の日を迎えた。22年度の卒業・修了者は4260人。マスクの着用については自由で、一部の生徒らはマスクを外して式に臨んだ。

式典は学群が2回と大学院が1回の3回に分けて実施され、永田学長から各学群の代表者に学位記や卒業証書が手渡された。卒業生と修了生のみが参加し、家族や在校生らは会場の様子をライブ配信で視聴する形となった。式典後の祝賀会は開催せず、謝恩会については大学側が自粛を求めた。

永田学長は式辞で、筑波大が東京高等師範学校の創設から数えて150年を迎えたことや、昨年から文部科学省より指定国立大学法人に指定されていることを述べ、「みなさんがそれぞれに新しい挑戦をすることこそが、本学の価値を世界に発信することであり、みなさんに続く後輩たちの活動の幅を広げていく」と激励した。

人文・文化学群日本語日本文化学類の鎌田真凜さん(22)は「コロナ禍での生活は、これまでの当たり前を覆すことばかりだった。オンラインが中心となり、友人や先生方と顔を合わせることすら難しくなった時期もあるが、同じ思いや悩みを抱えた仲間がいることが何よりも救いになり、変わり続ける状況の中でも学びを止めることなく進み続けてこられた」と述べ、教職員や地域の人々に支えてくれたことへの感謝の意を伝えた。

式典の前後には、卒業生が在校生や家族らと大学会館脇に咲く桜を背景にして写真を撮影し、喜びを分かち合った。人文・文化学群で西洋史を専攻し、卒業後は就職するという河野太一さんは「時の流れが速く感じ、うまく言葉にできない。対面授業からオンライン授業、オンライン授業から対面授業への切り替えに慣れるのが大変だったので感慨深い。卒業後は仕事と趣味を充実させたい」と話した。人間学群心理学類に所属する女性は「大学院に進学するので実感があまりない。臨床心理士の資格を取り、将来は心理の関係で働くことができれば」と将来の希望を話した。(田中めぐみ)

聖地土浦に「パトレイバー」デザインマンホール デビューを前に市役所で展示

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デザインマンホールに見入る来庁者=市役所2階(土浦市大和町)

土浦市オリジナルの「機動警察パトレイバー」デザインマンホール15種類が完成し、24日から市役所2階(同市大和町)で展示が始まった。4月9日まで展示したあと、土浦駅周辺道路に設置する。

カプセルトイのアクリル製マンホールキーホルダーも作成、4月下旬からまちかど蔵(同市中央)、きらら館(同市大和町)で販売する。デザインマンホールの情報をSNSで拡散した人には、オリジナルグッズとして紙製コースター(約2000個)を郵送する。

パトレイバーオリジナルキーホルダー

2022年に開催の「機動警察パトレイバー30周年突破記念 in土浦『TV-劇パト2+』展」では全国から約3000人のファンが来場した。根強いファンが多いため、デザインマンホールを設置することで同市を訪れる人を増やし、回遊性や消費を高めるのが狙い。

キャラクターの背景は土浦の風景や名産

デザインマンホールの背景は、市役所本庁舎や全国花火競技大会、霞ケ浦畔、帆引き船、レンコンなど土浦を象徴するものだ。市のアピールになるような背景を、職員らで検討したという。中にはアニメに出てくる架空の建物「シャフト・エンタープライズ・ジャパン土浦研究所」と「グリフォン」を組み合わせたデザインマンホールもある。

キャラクターと組み合わせは、パトレイバー原作者「ヘッドギア(HEADGEAR)」の監修の元、行った。

パトレイバーのキャラクターは「ちびキャラ」といって2頭身に縮めてスーパーデフォルメ手法を使って新たに描き起こした。キャラクターの瞳は全て、原作者の一人高田明美さん自らが描き入れたという。

市政策企画課の奥山成俊さんは「背景との組み合わせなど原作者の意向に沿う点は苦労したが、完全オリジナルイラストなのでパトレイバーファンの目にとまってほしい」という。「マンホールマニアであるマンホーラーにも出かけてもらえればうれしい。ちびキャラ化しているので、パトレイバーを知らない小さなお子さんにも楽しんでもらえるのでは」

市役所を訪れていたかすみがうら市の男性(69歳)は「こういった企画を市役所が行うのはいいと思う」と語った。(伊藤悦子)

「親亡き後」の前に親も自分らしく生きるには つくばの障害者団体が学習会

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学習会で話す木村清美さん(左)と鶴岡かおりさん(右)。中央は清美さんの息子の咲太さん

障害者が抱える課題として、親が亡くなった後、誰が本人の生活を支えるのかという「親亡き後」問題が叫ばれて久しい。そんな中、障害者団体、つくば自立生活センター「ほにゃら」(つくば市天久保)が4月2日、学習会「親も子も“自分らしい”生活をするために―障害児を育てた先輩の体験談を聞こう」を開催する。障害児を持つ親や家族を対象に、親が元気なうちに、障害のある本人もその親も、自分らしく生活するにはどうしたらいいかを考える。

親の自己実現のためにも

「親亡き後」問題の背景には、障害のある子が成人しても、親が元気な時は親自身がその子の生活を支援すべきという考えがある。しかし、ほにゃらの介助スタッフである松岡功二さん(54)は「親も子も自分らしい生活を送るために、親が元気なうちから、障害児が親以外の人から介助を受けるのは大切」と強調する。

同団体は、障害のある子どもがヘルパーを利用することで、様々な経験をする大切さを伝える「ほにゃらキッズ」という活動をしている。「子どもの頃からヘルパーを利用することは、子ども本人のためだけでなく、親の自己実現にもつながる。ヘルパーなどの福祉制度を利用することで、障害児の親も休んだり、好きなことをやっていい。親と子、互いが自分らしい生活をすることで、親子関係も変わってくるのでは」と松岡さん。

同団体の代表で、自身も重度身体障害のある川島映利奈さん(40)は「親が子どもにやってあげたいことはたくさんあるだろう。しかし、親だけで頑張りすぎてしまうと、子どもがプレッシャーを感じてしまう」と話す。

「障害児が自分らしい人生をつくっていくためには、選択を繰り返しながら、自分の好き嫌いに気づいていくことが大切。しかし、日常生活の全ての選択を、親だけで支援するのは大変だ。介助者と一緒にいろんな経験をする子どもを見て、子どもの新たな一面を見られるかもしれない」

子離れ・親離れの準備

今では、小学生の頃からほにゃらキッズに関わり、高校卒業後、ヘルパーを利用しながら地域で一人暮らしを始める障害者も出てきている。今回の学習会では、実際にヘルパーを利用しながら、障害児を育てた鶴岡かおりさん(57)、木村清美さん(57)と一緒に、障害児の親は何を考えながら、ヘルパー利用や、子離れ・親離れに向けた準備をすればいいのかを考える。

松岡さんは「障害児が介助者と一緒に自分のやりたいことを実現していく姿を、親の立場からどう見ていたのかを、鶴岡さんたちから聞くことで、今、障害児を育てている親御さんの参考になれば」と期待する。(川端舞)

◆学習会は4月2日(日)午後1~3時、つくば自立生活センターほにゃら事務所(つくば市天久保2-12-7 アウスレーゼ1階)で開催。主な対象は障害のある子の親および家族。参加費無料。定員5家族。申し込み締め切りは24日(金)。申し込みはこちらから。問い合わせは電話029-859-0590かメール:cil-tsukuba@cronos.ocn.ne.jp(ほにゃら)へ。

ウクライナ侵攻1年 現地取材の武馬怜子さん つくばで報告会

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ウクライナで取材をする武馬さん(提供:武馬怜子)

ロシアによるウクライナ侵攻が始まって1年、現地を取材したフォトジャーナリストの武馬怜子さん(42)の取材報告会が4月1日、つくば市竹園のつくばカピオで開かれる。武馬さんは今年1月から2月の約1カ月間、ウクライナに入り、被災する街や日本で出会った難民の家族、戦時下で市民を勇気づけるアーティストなどを取材した。

武馬さんは1月29日に隣国ポーランドから陸路でウクライナに入国。西から東へ国内を横断し、首都キーウをはじめ、ザポリージャ、ドニプロ、バフムト、オデッサなど9カ所を訪ねた。現地で過ごした約1カ月について「戦時下では、常にみんなおびえ泣いているという先入観があった」と振り返る。

2月5日、武馬さん到着の2時間前に、ハルキウ市の大学にミサイルが着弾し警備員が被害を受けた(同)

毎日2、3回、多いと5、6回空襲警報が鳴り響く日々だった。真夜中に響くミサイルの着弾音で目を覚ましたこともあった。被弾し崩れる家屋も目にした。それでも街の人たちは日々仕事に出かけるなど日常を営み、警報が鳴っても冷静さを失わず、必要な行動をしていた。「みんな慣れている。周りの落ち着きを見て、自分も落ち着けた」と話す。一方で「人はどんな環境にも適応する。でも、適応していいのだろうか」と複雑な気持ちになったという。

難民は身近な存在 関心を

武馬さんは愛知県出身、都内を拠点にフォトジャーナリストとして活動してきた。これまで、東日本大震災後に埼玉県に集団避難した福島県の人々や、同県相双地区の伝統行事「野馬追」を長期取材し、第2次世界大戦でのBC戦犯やインパール作戦のその後も追ってきた。

今回の報告会は、武馬さんと交流のある龍ケ崎市在住のライター、野口和恵さん(43)が企画した。その理由を野口さんは「雑誌の廃刊が続き、ジャーナリストが活動を続けにくくなっている中でも、武馬さんは、ずっとあきらめず、自分の取材を続けてきた。その姿勢を尊敬している。そんな武馬さんの活動を、多くの人にも知ってもらいたかった」と説明する。また「テレビや新聞でもウクライナの報道が減ってしまった今、現地の人々の様子を知ることができる貴重な機会。ぜひたくさんの方に来てほしい」と参加を呼び掛ける。

昨年6月、ロシアのミサイルがウクライナ中部の都市クレメンチュクのショッピングセンターを直撃し、22人の民間人が死亡した。忘れないために同市戦争博物館には多くの遺品が展示されていた(同)

法務省によると、3月8日時点で日本国内のウクライナ難民は、全国46都道府県に2211人、そのうち茨城県には55人が暮らしている。日本に来たウクライナ難民とも交流する武馬さんは「ウクライナ難民は身近な存在。現地のことへの関心につなげたい」と思いを語る。(柴田大輔)

◆フォトジャーナリスト武馬怜子 最新ウクライナ現地報告会 4月1日(土)午後2時から、つくば市竹園、つくばカピオ3階中会議場で開催。入場無料、定員28人、事前予約制。予約、問い合わせはメールmingaglabal2017@gmail.comへ。

桜と遠藤周作が教える 日本人の心 《遊民通信》61

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土浦市霞ケ浦総合公園のソメイヨシノ(22日)と垂れ桜 (20日)

【コラム・田口哲郎】
前略

東京で桜の開花が宣言され、21日にははや満開。茨城県南の桜も咲き始めましたね。これからがとても楽しみです。毎年、この時期になると街のいたるところで桜が咲きます。満開もすばらしいですが、散りぎわも美しいです。

世の中に たえて桜の なかりせば 春の心は のどけからまし
(この世に桜がなかったならば、春の気分はおだやかだろうに)

これは有名な在原業平の歌です。古代から日本人は桜を愛してきました。桜の花の咲き方は日本人の心を表している、なんて言われます。桜を見ながら、何もむずかしく考えなくても湧いてくる素直な感動、これが日本人の心というものなのかな、と思ったりします。

それにしても、日本人の心とはなんでしょうか? それについて深く考えたのは、前回も取り上げました作家の遠藤周作です。

いろいろなものを仕立てなおしてきた日本人

遠藤周作は多くの作品を通して、日本人がいかにキリスト教と向き合ってきたのかを追究しました。遠藤は、キリスト教という西洋の宗教は日本人である自分の体にはそのままではなじまないものだと考えました。だから、キリスト教を日本人の自分になじむように仕立てなおすと言いました。

この言葉を思い出すたびに、日本人の心とはなんだろう、と思います。日本人は古来仏教をはじめ、いろいろな宗教を取り込んで、それらを共存させてきました。神仏習合はその典型でしょう。そういった柔軟性を持ち合わせている日本人ならではの発想が遠藤の「仕立てなおし」なのでしょうか。

普段、当たり前だと思っている日本人的な心について、桜も遠藤周作も気づかせてくれますね。おだやかに桜を楽しみたいと思います。ごきげんよう。

草々
(散歩好きの文明批評家)

若手社会学者 清水亮さんが紐解く 阿見・土浦「軍都」とその時代 

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著書を手にする清水亮さん。ツェッペリン伯号寄港についても書かれている。=まちかど蔵野村・土浦ツェッペリン伯号展示館(土浦市中央)

『「軍都」を生きる 霞ケ浦の生活史1919-1968』(岩波書店)は、社会学者の清水亮さん(31)が地道な資料調査やインタビューを積み重ね、戦前から戦後を描き出した新刊。予科練(海軍飛行予科練習生)につながる海軍航空隊があった阿見、航空隊からの来客で栄えた土浦の人々が、基地や軍人たちとどう関わりながら生活したか、さらに戦後なぜ自衛隊駐屯地を誘致したのかを紐解く。

等身大の人々の目線で歴史研究

土浦市の開業医で作家の佐賀純一さん、阿見町の郷土史家である赤堀好夫さんらが取材し聞き書きした記録や地元紙、常陽新聞の記事などの資料も多数引用され、当時の人々の声を拾い集めた生活史となっている。豊富な写真を交え、日常の中で起きたさまざまな出来事を取り上げながら、「軍都」が抱えていた問題や葛藤についても分析している。

清水さんは「俯瞰(ふかん)する歴史学とは一風違って等身大の人々の目線で、下から見上げる歴史を書きたかった。自分の解釈は出さず、事実を重ねて書いた。戦争は重たくて悲惨なテーマと思っている人、歴史に関心がない人にこそ読んでもらいたい。日常生活の中の等身大の歴史に触れてほしい」と話す。

清水さんは東京生まれ。東京大学大学院博士課程を修了し、現在は早稲田大学で日本学術振興会特別研究員(学振PD=ポスドク)を務めながら武蔵大学の非常勤講師として教鞭をとっている。2020年から22年には学振PDとして筑波大学にも所属していた。東京大学の学部生だった13年から阿見町や土浦の地域史に興味を持ち、社会学的な観点から研究を始めた。

基地は「どぎついものではなく、ソフトに入り込んできた。現代でも似たようなことが起きている」と言う清水さん。1910年代から20年代は軍縮の世論が高まった大正デモクラシーの時代だったが、当時飛行機は最先端技術で、22年に開設された霞ヶ浦海軍航空隊は科学文明への期待感を持って住民に受け止められていた。同書には航空隊が観光名所となっていたことや、29年にツェッペリン伯号が飛行場へ寄港し、見物客で大賑わいする様子も描かれる。

「基地を誘致した所がだめという話ではない。基地があって豊かな文化が生まれたことも否定できず、現実は複雑で白黒つけられるものではない。それぞれの主張を持った人が同じテーブルについて議論できる場があるということが大切」と話す。

基地は国際的な「空の港」だったが、やがて戦時期に入り、軍国の「空都」と呼ばれるようになる。「平和な時代に基地が作られ、牧歌的、平和的に受け入れられていた時代から、戦争に突入し、悲惨な状況に暗転していく様子が印象的だった」と資料を読み取る。同書から見えてくる歴史をどのように解釈するかは読者にゆだねたいという。(田中めぐみ)

◆「軍都」を生きる 霞ケ浦の生活史1919-1968 四六判254ページ、2860円(税込)、岩波書店

(仮)のまま30回目の同人誌即売会 26日に土浦市亀城プラザ

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「亀城祭(仮)」の会場風景=土浦市亀城プラザ(主催者提供)

同人誌即売会の第30回「亀城祭(仮)」が26日、土浦市中央の亀城プラザで開かれる。漫画やアニメの愛好者たちが集う交流イベントだが、仮称を思わすネーミングのまま、イベントは30回目を迎え、春に萌え(もえ)る。

亀城祭(仮)は漫画やアニメの愛好者たちが、読んだり見たりするのに飽き足らず、創作活動を始め、出来上がった作品を同じ趣味を持つ同士で売り買いする同人誌の即売・交流会。東京ビッグサイトなどを会場に大規模なイベントが開かれているが、地方でも同様に小規模な同人誌即売会が行われており、土浦では亀城祭(仮)がそれにあたる。

主催はコスモグループ。土浦市在住の女性会社員、三条深海さん(ペンネーム)が代表を務める。元々趣味で漫画を描くなどの活動をしていたが、県内で互いの作品を見せ合うなどして交流をする場を作っていきたいと同じ趣味の仲間に声を掛け、同市内で即売会「コミックネット」を開いたのが始まりという。

亀城プラザの大会議室や石岡市民会館を借りて、40小間程度の小規模な同人誌即売会を開催したが、会場が手狭になったため、2007年以降、亀城プラザ1階フロアを借り切る現在のスタイルになり、春と秋の年2回のペースで開催してきた。コロナ禍で20年の春、秋、21年の秋は中止となったが、参加意欲は衰えず、22年の2回の開催をこなし、今春第30回の節目を迎える。

この間ずっとタイトルから(仮)の字を外さずにきた。三条さんは、「イベントとしての発展への期待を込めて、今は(仮)である、という意味でつけている。また亀城祭という地域のお祭りがあるので、それとの区別のため名称を工夫した」そうだ。

イベントの参加者は毎回、延べ200人ぐらい。今回は出展者として50を超すサークルが参加する。1階フロアに約60台の机を並べて売り場とし、出展者の販売物が展示される。創作物は一次制作(自分で創作したオリジナル作品)、二次創作(元々あった作品に自分なりに手を加えたもの)がある。漫画やアニメだけでなく、手作りのアクセサリーや写真集などを扱う売り場もある。

別室にはアニメ世界から抜け出したような衣装を着こなし、化粧を施したコスプレイヤーたちが集まり、写真撮影などに興ずるコーナーも出現する。

会場内に設けられる参加サークルのイラストによるイラストギャラリー=主催者提供

参加者の9割は女性が占め、年代は中学生から40代までと幅広い。コロナ禍以降、コミック系のイベントは全国的には縮小傾向だが、亀城祭(仮)はアトホームな感じの集まりで、常連が多いという。他県からの参加者も少なくない。

三条さんは「参加者同士のコミュニケーションを大切にする同人誌即売会として、その都度の企画を織り交ぜながら、継続して開催していきたいと考えている。現在の中心となっている運営スタッフが入れ替わった場合でもイベントを継続開催できるようスタッフを募っているが、自主的継続的に運営に関われる人材がなかなか育たず、課題となっている」と語る。(榎田智司)

◆第30回「亀城祭(仮)」 3月26日(日)午前11時30分~午後3時、土浦市亀城プラザ。詳細はこちらから。

磯崎新さんの思考をめぐる 「作品」つくばセンタービルで追悼シンポジウム

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磯崎さん設計のつくばセンタービル・ノバホールで開催のシンポジウム

建築家、磯崎新さんの業績を振り返るシンポジウムが19日、つくばセンタービル(つくば市吾妻)のノバホールで開かれた。つくば市民が中心となる「追悼 磯崎新つくば実行委員会」(委員長・鵜沢隆筑波大名誉教授)が主催した。同ビルをはじめ、水戸芸術館などを手掛け、昨年12月に91歳で亡くなった磯崎さんをしのんで、県内外から約350人が訪れた。会場では、磯崎さんの「思考」をめぐってパネリストの白熱した議論が繰り広げられた。

来場者を迎える磯崎新さんの写真=ノバホールロビーに

登壇したのは、磯崎さんのアトリエ勤務を経て、建築分野で多数の受賞経験を持つ法政大学名誉教授の渡辺真理さん、横浜国立大名誉教授の北山恒さん、神奈川大学教授の曽我部昌史さん、2010年ベネチア・ビエンナーレ建築展で金獅子賞を受賞した若手建築家、石上純也さんの4人。登壇者それぞれが磯崎さんとの想い出を振り返ることから始まった。

「広島の廃墟」にルーツ

「ノバホールの入り口の壁と天井のパターンを手がけた」という渡辺さんは、1980年から95年にかけて磯崎新アトリエに勤務し、センタービル建築にも携わった。入社当時、磯崎さんは「街の全てをデザインする意気込みで取り組んでいた」と振り返る。

北山さんは「建築を通じて思想を学ぶきっかけを作ってくれたのが磯崎さん」だと語る。その影響の一例として、磯崎さんの「母を犯し、父を刺せ」という言葉を引用し、「磯崎さんは、マイホームという日常生活を批判しろと訴えた。それは、男と女がつくる家族形態や、資本主義の中でつくられる都市構造という、私たちにとって当たり前とされるものを疑えということ」だと話す。

北山さんは、磯崎さんのルーツを「広島の廃墟」という。大学院を出た磯崎さんは敗戦後、廃墟となった広島に平和記念資料館を建てた建築家、丹下健三の元で建築を学んだ。その磯崎さんが1968年に作成したのがシルクスクリーンプリントによる「ふたたび廃墟になったヒロシマ」だ。この作品で磯崎さんは、「破壊(死)と再生(生)を繰り返す都市の姿を具体的にそしていくらかの悪意をもって提示しようと企て」たと述べている。北川さんは、磯崎さんの創作に対する姿勢を「ものを作ることと無くなることの二重性を巨視的な時間の中で考える建築のあり方があった」と説明する。

休日のイベントで賑わうつくばセンター広場

渡辺さんは、磯崎さんが「未来への楽観的な考えにかなり疑問をもっていた」と振り返る。磯崎さんは「『未来はばら色』『テクノロジーがすべてを解決する』という2つの考えを信じていないと、言っていたという。『未来は廃墟になりうる』と遠くを見据えた眼差しを強く持っていたのが磯崎さんだ」とその思考を説明する。

建築物とは別の形で

さらに石上さんは「建物をつくるだけが建築ではない」と指摘した。「建築が実現したとたんに、思想・哲学がそこから剥ぎ取られてしまうと、磯崎さんは考えていたのではないか。何らかの形で、自らの思想・哲学を残すためには、版画など建築物とは別の形で、つくる過程で考えていたことを、建築と同じ重さで残さなければいけない。磯崎さんは著作物も多い。文章も含めて意識的にやっている。具体的なところから抽象的なところまでを見て、初めて磯崎さんの建築を理解できる」

「俺の建築は100年後には一つも残らないだろう。だが、紙は残る」と生前繰り返し述べていたと渡辺さんが振り返ると、曽我部さんは「建築は壊れることがあっても、版画は500年残る」との磯崎さんの話で応じた。「磯崎さんは、数千年の時間の流れの中に自分を位置付けていた」と話す。

全国から訪れた参加者の声

午前中には、六角美瑠神奈川大学教授らがつくばセンタービルを案内する建築ツアーが開かれ、80人余りが参加した。またノバホールロビーでは、シルクスクリーンの版画や写真、鉛のレリーフなど、磯崎さんのオリジナル作品十数点が展示された。

建築ツアーで説明に立つ六角美瑠神奈川大学教授(右)

つくば市の高松夕佳さん(45)は「私はつくばで生まれ育った。子どもの頃からセンタービルを見て、『どんな意味があるのか』と不思議さと引っかかりを感じてきた。その疑問が少しだけ解けた気がした。つくばにこれだけの建物があるということは誇らしいと思う」と語った。

磯崎さんの出身地、大分市からかけつけた大分美術館の学芸員、山之上理加さん(39)は、かつて企画で磯崎さんを担当したことがある。「今日は、磯崎さんに関する新しい情報を聞くことができたし、実際に磯崎アトリエで働いた方のお話も聞けた。今まで知らなかったことも多い。勉強になった。大分市にも磯崎さんが建築した建物がある。つくばセンタービルの保存と改修の内容が非常に参考になった」

群馬県の大学で建築を専攻する小川裕矢さん(20)は「さまざまな逸話を聞くことができて、作品の背景にある作者の思いや人間のドラマを知ることできた。自分もスケールの大きな作品を作りたい」と意欲を込めた。

建築を専攻する大学生の小畑美生さん(19)はツアーにも参加した。「ツアーでつくばセンタービルの説明を聞き、建築物としての良さを感じた。一方で、オリジナルから変わってしまった部分を見て、もったいないと感じたところも多い。今後の建築設計に参考にしたい」と語った。(柴田大輔/ユン・ジュウン=ドットジェイピーインターン生、筑波大学人文・文化学群比較文化学類2年=)

洞峰公園の市営化、住民投票が必要?《吾妻カガミ》153

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洞峰公園野球場=つくば市二の宮

【コラム・坂本栄】県営洞峰公園(つくば市二の宮)の無償市営化について、市議や市民の賛否が割れているようです。知り合いの市議から市議の皆さんの考え方を聞き、本サイトの記事に寄せられた読者のコメントを読むと、そんな感じがします。151「…洞峰公園問題バトル…」(2月20日掲載)では「今度は『市街戦』が勃発か?」と書きましたが、予想通りの展開になっているようです。

公園の維持管理費と運営構想で対立

151では、無償譲り受けに対する市民の反応を3グループに分けました。市営化によって公園維持管理予算が増えることに反対する派。県のアウトドア施設計画を受け入れて管理は県に任せておいた方がよいとする派。公園の現状が維持されるのだから市の負担増は仕方ないとする派。つまり、公園管理経費の出所、公園運営のコンセプトをめぐる「市街戦」です。

市が県の計画を蹴っていれば県営が維持されましたが、県は「無償で譲るから市の考え方で管理したらどうか」と提案。市が「市営にすればアウトドア施設を止められる」と受け入れたことで、問題が複雑になりました。

無償譲り受けには、市営公園リストに洞峰を加える条例の可決、市営化に伴う必要予算の可決が必要になります。市議さんは両議案に賛成するか反対するか悩んでいるようです。市議さんの場合、先のような議論のほかに、市長提案には基本賛成する(基本反対する)といった会派的な思惑、自分の地盤・支援者は賛成する?(反対する?)といった選挙上の対応もありますから、賛否判断はより複雑になります。

そこで提案です。市民の考えの大勢を知り、市議さんの判断を助けるためにも、住民投票を実施したらどうでしょうか? 以前、総合運動公園の是非判断で使った意見聴取手法です。もちろん、無作為抽出アンケート調査という簡易版もあります。無償譲り受けが正しい選択であることを確認するためにも、市はいずれかの調査が必要でしょう。

県営赤塚公園の方も市営化したら?

先週、国道354号沿いの県営赤塚公園(つくば市稲荷前)に行ってきました。洞峰は市営化されるのに赤塚は県営のままでいいのかと思い、園内を見ておきたかったからです。面積は、洞峰が20ヘクタール、赤塚が8ヘクタール。開園は、洞峰が1980年、赤塚が1981年。両公園の距離は1400メートル。県がセットで造った兄弟公園です。

洞峰公園(上)と赤塚公園(下)の位置:園内の掲示板

洞峰は市営化されるのに、赤塚が県営のままだと、維持管理に差ができないでしょうか? 洞峰が県の手を離れることで、赤塚の管理が粗末にならないでしょうか? 洞峰周辺市民と赤塚周辺市民の住環境に、優劣が生じないでしょうか? 赤塚も譲り受け、市が一括管理した方が、市民の間の公平性は保たれるのではないでしょうか?

私は毎朝、霞ケ浦総合公園(土浦市大岩田、32ヘクタール、1990年開園)を散歩しています。ここは県営区画と市営区画が混在しており、県と市の共管になっています。文化体育館は県、多目的広場も県、水郷プールは市、風車がある湖畔も市―といった具合に。公園造りを決めた知事と市長は息が合っていたようです。(経済ジャーナリスト)

<参考>市長は無償譲渡に伴う議会手続きについて議会をミスリードしています。小森谷議員の「議会に議案として出るのか」との質問に「無償譲渡を受けるのに議会の議決は必要ない」と答弁しているからです。質疑応答の詳細は「…無償譲渡受ける方針を議会に説明…」(2月14日掲載)をご覧ください。

土浦の「春花火」2連発 ドッドーン 《見上げてごらん!》12

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菊花火と牡丹花火(写真の一部は土浦市提供)

【コラム・小泉裕司】「ただいま霞ケ浦湖畔で打ち上げているのは、花火師研修のための花火です」。3月11日(土)午後6時30分を少し回ったころ、花火画像とともに、このメッセージが土浦市の公式SNSに流れた。

コロナ禍、花火大会の中止が相次ぐ中、花火業界は直接的な打撃を受け、未来を担う人材育成にも赤信号がともり始めるなど、世界最高峰と言われる日本の花火技術の継承が危惧される状況にあった。そこで土浦全国花火競技大会実行委員会では、国の支援制度を活用、昨年、「花火技術後継者育成事業」を起ち上げた。

内容は、後継者育成プログラムに、「花火道」を志す全国32業者95人の花火師が参加、実績豊富な花火師による花火製造と打ち上げ技術のオンライン講習を8月から計5回開催。その成果として、参加者それぞれが製作した4号(直径約12センチ)菊型花火7発、同牡丹花火7発を順次打ち上げ、できばえを確かめたもの。

本日、「振り返り」研修をもって事業は完了。昨年にも増して花火大会の再開が予定される今年、経営危機は脱しつつあるようだが、今回の研修成果が、未来に向けて、持続可能な花火産業構築のきっかけになることを願う。

防波堤2カ所からの対打ち(同時打ち上げ)による間断無き連打1300発は、とても斬新な光景、まさに、初春を彩る「菊」と「牡丹」の品評会のごとし。作品の出来具合はピンキリだったが、これもまた一興。見上げ続けること45分、万年肩こりが、また悪化した。

三浦春馬さんをしのぶHEART花火2023

正真正銘の美青年。品のあるストイックさと才能あふれる輝きで、多くの人を魅了した三浦春馬さんの突然の訃報から今年で3年。今でも、春馬さんに思いを寄せる多くのファンが、生誕の地・土浦を訪れるという。

HEART花火」プロジェクトは、こうした思いを共有する皆さんが、春馬さんをしのび、4月5日の誕生日を祝って、故郷土浦で花火を打ち上げるイベント。昨年に続き、第2回目の今年は、4月1日に土浦新港で開催する。

土浦市の花火マッチング事業がサポート役となり、山﨑煙火製造所(つくば市)が打ち上げを担当。かかる経費はクラウドファンディングで募集。300人を超える賛同者から寄せられた144万円の支援でまかなうという。春馬さんが土浦の花火に魅了され、故郷の誇りとして大切にされたことは「見上げてごらん!」4(2022年7月17日掲載)のとおり。

彼へのリスペクトを込めて、筆者も些少(さしょう)ながら、今回の募集に参加。当日午後6時、打ち上げに先立って行われるセレモニーで、土浦の花火や春馬さんへの思いを参加者に伝えしてほしいとのオファーが届いた。何時間あっても語り尽くせぬテーマを5分にまとめるなんて、至難の業。千思万考は、当日まで続く。

春真っ盛りの花火を見ながら、主催者の思いを共有しよう。「春馬さんへの思いを込めた花火が少しでも皆様の心を癒やし、さらには、大切な人に思いを巡らせ、平和を祈る…そんな機会にもなってほしい」。本日は、この辺で「打ち止めー」。「ドン ドーン!」。(花火鑑賞士、元土浦市副市長)

船は軽いから水に浮く《続・気軽にSOS》129

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【コラム・浅井和幸】船は軽いから水に浮きます。と言っても鉄の塊が軽いと言えるのでしょうか。地球上にあるものはすべからく万有引力の法則をもって地球に引っ張られている。いわゆる物は下に落ちる。あれっ? ヘリウムが入った風船は浮いているなと思う。そうだ、ヘリウムが入った風船は軽いから浮いているんだと考える。

この流れはおおよそ間違っていないと思います。でも、風船より軽いと思われる、ティッシュ1枚や糸くずは下に落ちますね。軽いから浮いて空まで届いていたヘリウム入りの風船と、ゆっくりでも落ちていく糸くずは何が違うのでしょうか。何か引っかかりますね。

この「軽い」という抽象的な言葉が、「引っかかり」の原因となります。軽いとは、何キロ以下が軽いのでしょうか?と考えるのは間違いです。この場合、軽いというのは風船や糸くずの重さが問題ではありません。それぞれの体積に対する重さが、同じ体積の空気より軽いか重いかで、空気に浮くか落ちるかの違いとなります。

冒頭の鉄の塊である船も同じです。船は中が空洞で空気がたくさんあるので、同じ体積の水よりも軽いから浮くわけです。

分かろうとする努力や姿勢が大事

このように基準が違うと、同じ言葉でも全く別のことを指し示し、全く別のふるまいをしてしまいます。明日はいつもよりも早めに家を出るから、早めに用意をするんだよと伝えます。いつもは、8時に家を出ているとします。さて、「いつもより早い」は何時を指すでしょうか。6時30分でしょうか。それとも7時59分59秒でしょうか。

一つの場所でほうきを動かしているだけの子どもがいました。教室全てを掃いてほしいと思った先生は、もっと一生懸命掃除をしなさいと注意しました。その子は、一生懸命一つの場所を倍のスピードで掃き始めました。

一生懸命に頑張っているけれど悪循環を起こしている人に対して、もっと頑張れと言うこと。我慢することも、頑張ることと似た性質があります。頑張ること、我慢することにも、ある程度の心身の余裕が必要です。場合によっては、頑張ることや我慢することのためには、休憩することや手を抜くことも必要になってくることもあります。

うまくいっていない時には、より慎重に、より正確に状況を把握して、より慎重に言葉を選んで使うことが大切です。「より正確に」が大切で、私たちは真に物事を正確に捉えること自体が出来ないのですから、「より正確に」なのです。

分かった気にならず、分かろうとする努力や姿勢を取り続けることは、分かり合えることに近づくとても重要な要素となるでしょう。(精神保健福祉士)

平均年齢80歳 漁協組合員ら不法投棄撤去し見回り【桜川と共に】1

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不法投棄されたごみを拾う桜川漁協組合員ら=つくば市松塚

県西の桜川市を水源とし、つくば市や土浦市などの平野部を通って霞ケ浦に流入する桜川。流入する56河川の中で最大規模の一級河川だ。上流の磯部稲村神社(桜川市)付近は古くから桜の名所として名をはせ、桜川は歌枕や文学作品の舞台ともなってきた。

桜川に漁業協同組合がある。土浦市との境界にあるつくば市松塚に拠点を置き、組合員は107人、平均年齢は約80歳。漁協は桜川の生産力の増進を図ることが役割で、事業内容はフナの稚魚やワカサギの卵の放流、河川の清掃、河床耕耘(こううん)といった漁場の整備、特定外来魚の駆除など多岐にわたる。

幼い頃から桜川で遊び、桜川を見つめてきた漁協組合長、鈴木清次さん(80)は、この60年ほどで桜川の環境が大きく変わってしまったと話す。桜川漁協の活動を追いながら、桜川の置かれている現状を取材する。

1時間で2トントラック1台分に

3月上旬、漁協の組合員6人とつくば市水質浄化対策推進協議会(会長・鈴木清次組合長)の会員12人の計18人と市職員2人が桜川沿いの清掃活動を実施した。朝8時50分、参加者が同市栗原の桜川沿いに集合すると鈴木さんがあいさつ、掃除の工程についても説明し、市職員が用意した軍手やごみ袋を参加者に配布した。参加者たちはそれぞれ軽トラックやワゴン車など数台に分かれて乗り込み、約1時間、桜川沿いを走りながら、ごみが不法投棄された地点を巡って拾い、トラックに積み込んだ。

桜川沿いの数カ所には、空き缶やびん、ペットボトル、ビニール袋、衣類、おむつなどの生活ごみ、テレビなどの粗大ごみや金属ごみが投棄されていた。バッテリーや機械部品のようなものもある。比較的最近捨てられたと思われるもの、何層にも積み重なって埋もれているものも掘り起こして回収する。「こんなものも捨ててあるよ」、「まだ埋まっている」。時間内に全部は回収しきれず、諦めたごみもあったが、それでも集められたごみは2トントラック1台分ほどになった。

桜川清掃参加者の集合写真

清掃活動に毎年参加している女性は「前はごみがもっと多くひどかったが、清掃活動を続けて、これでもだんだんきれいになってきた」と話す。清掃活動は、霞ケ浦問題協議会(会長・安藤真理子土浦市長)が実施する「霞ケ浦・北浦地域清掃大作戦」の実施日に合わせて毎年、年1回行われている。

「多くの人に来てもらいたい」

清掃活動以外に桜川では、漁協に所属する3人の河川巡視員が月2回見回り、不法投棄がされていないか、川が適切に利用されているかなどを監視している。ほかにも組合員が自発的に見回りを行っている。夫が巡視員をしている女性は「ごみだけでなく、川辺に子猫が5匹捨てられていることもあり驚いた」と話す。

桜川の管轄である県土浦土木事務所によると、巡視員から連絡があった不法投棄は、昨年度15件、今年度は7件。例年15件ほどだが、毎年不法投棄がされる箇所には今年度から看板を設置する対策を行い、効果が表れているという。

組合長の鈴木さんは、大作戦以外の日も20年以上、清掃活動を地道に続けてきた。「川に捨ててもいいと思っている人がいて、トラックで持って来て捨てている。現場を見たら警察に通報する。意識を変えてもらわなければならない。もっときれいにして、多くの人に桜川に来てもらいたいと思っている」と鈴木さんはいう。(田中めぐみ)

随時掲載

久慈の山々に囲まれた 西金小学校のこと 《写真だいすき》18

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このクラスは、人数の多い学年だったから、1学年1クラスだった。教室はいつもきれいに磨かれていた。撮影筆者

【コラム・オダギ秀】今から二昔も前の1年間、ボクは茨城北部の西金(さいがね)小学校を撮らせてもらった。写真を撮る楽しさを、この時ほど感じたことはない。写真を撮っていたから、こんな小学校に行けた。

西金小学校は、水戸市からは北へ車で1時間30分ほど。久慈郡大子町の入り口付近にある、久慈の山々に囲まれた小学校だった。すべて木造の校舎は、その町の林業で栄えた時代を表していて、雰囲気のあるものだった。長い歴史は持っていたが、児童数の減少によって、2005年3月、閉校された。

閉校前の2004年春からの1年間、ボクは、歴史を終えるその西金小学校の生活を撮らせていただいた。きっかけは偶然で、以前から木造校舎を撮影しておきたいと思っていたボクは、茨城の現役の木造小学校校舎はすでにその西金小学校しかなく、この機会を逃したら、まず木造小学校の学校生活を撮影することは不可能と知ったからだった。ただ撮りたい、という願望だった。

自分自身をスローダウンさせる魅力

その校舎は奥久慈の山間にあり、全校生20人が学んでいた。1年生はひとり。翌年の新入生の予定はなかったから、6年在校生8人が卒業すればあとは12人になり、閉校がやむを得ない状況にあった。人数の少ない学年は、他の学年と一緒に1クラスになっていて、低学年の子は、授業中でも当然のように歩き回って、上級生に教えてもらっていた。

しかし、その小学校の生活は、ボクを、単に、何十年も昔の自分の小学時代に引き戻しただけでなく、生活のテンポや価値観や、空気感、季節感、歴史観、家族観、はたまた地域との関わりなど、様々な事柄を見直し、自分自身をスローダウンさせる魅力に充ちていた。ボクは、西金小学校にはまった。

給食は、全校生と先生全員がひとつの部屋で一緒に食べた。旧いラジカセで、モーニング娘なんかかけながらだった。校舎の周りの木立には、生徒たちで作って掛けた鳥の巣がたくさんあって、野鳥が来ていた。学校で催し事があると、集落の人が、久慈川で取った鮎などをどっさり持ち込んでくれた。流しそうめんの時は、近所の大人たちが仕掛けを作ってくれ、一緒に食べた。

「オダギさんが、ドーナツをくれた」

2005年春の閉校までにボクは、月に3、4日、時には連日、水戸の仕事場から西金に通った。まだ誰もいない真冬の早朝もあれば、暑い夏の夜もあった。時には西金の集落に出て、生徒たちと走り回ることもあった。教室・廊下・校庭で、授業中、休み時間、放課後など、生徒たちと過ごしている時間、ボクは子ども時代に戻った。

撮影しながら、西金小学校の生徒になっていた。だから20年近く過ぎた今も、ボクにとって、西金小学校はボクの母校そのもののように思えて熱くなる。

全校生は20人だし、先生入れてもたいした数ではなかったので、ある日、水戸のミスタードーナツのドーナツをお土産に買って行った。後で先生に聞いたのだが、半分だけ食べて残り半分はティッシュに包み、おばあちゃんにと持ち帰った子もいたという。街にあるような店なんてなかった山間の町の小学校だった。

放課後の教室の壁に生徒の作文があった。「オダギさんが、ドーナツをおみやげにくれた。この次はなにをくれるかなあ」。そう書いてある後に、校長先生が赤ペンを入れていた。「オダギさんはカメラマンです。おしごとで来ているのですから、おみやげはきたいしないようにしましょう」。あの子たちは、もう30歳近くになっているはずだ。(写真家、日本写真家協会会員、土浦写真家協会会長)

聖地「イチグラ」お披露目 筑波大サッカー場改修完了 

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人工芝の改修工事を終えた第一サッカー場で記念撮影をする筑波大蹴球部員ら

人工芝の全面改修が完了した筑波大学(つくば市天王台)第一サッカー場が16日披露された。披露式典のあいさつに立った永田恭介学長は、「聖地『イチグラ(第一サッカー場のこと)』が新しい形で戻ってきた。(日本代表の)三苫選手や谷口選手をしのぐ選手が出てきてくれることを願っている」と祝辞を述べた。改修事業は今年、前身の師範学校創基から 151 年、大学開学 50 年を迎える同大記念プロジェクトの一環。

同大蹴球部は、1896(明治29)年に設立された高等師範学校フートボール部にはじまる127年の歴史を持つ日本最古のサッカーチーム。ワールドカップカタール大会に出場した三苫薫選手や谷口彰悟選手など、日本を代表する選手を多数輩出してきた。

一方で、開学と同じ1973年につくられた同サッカー場は、2004年に張り替えられた人工芝の劣化が進み、グラウンドの衝撃吸収や安定性が日本サッカー協会による基準値を下回るなど、練習環境としての安全性の低さが指摘されていた。人工芝がはがれた箇所でつまづくなどし、怪我をする部員も出ていた。その中で持ち上がったのが、今回の人工芝の全面的な改修事業だった。同大によると、改修にかかった約7000万円のうち、クラウドファンディングと寄付で4000万円、残りを地元企業などからの支援と大学の資金で賄った。

中山雅史さんら、協力呼び掛け

今回の改修事業への協力の呼び掛けには、現在J3アスルクラロ沼津で監督を務める元日本代表の中山雅史さんら、多数のOB、OGが協力した。学生が中心となりクラウドファンディングも立ち上がった。クラウドファンディングでは、想定していた1000万円を大きく上回る約1800万円が集まった。

蹴球部の小井土正亮監督(44)は「我々の力だけではなく。関係者、OG、OB、地域の皆さん、サッカー部と筑波大を応援してくれる方々のおかげで改修できた。感謝の気持ちを忘れず、ここを使っていきたい」と述べるとともに、「選手には安全な環境でサッカーをさせたかった。高い目標に向かって、仲間と切磋琢磨していってほしい」と語った。

あいさつに立つ蹴球部の小井土正亮監督

同大女子サッカー部主将の野嶋彩未さん(21)は「新しい芝はボールも蹴りやく走りやすそうだと感じている。インカレ優勝という目標に向かって頑張っていきたい」と力を込めた。

蹴球部主将の山内翔さん(21)は「これまでのグラウンドは硬かったり、はがれた芝がけがに繋がった。芝の感触は柔らかく質もいい。自分たちのやりたいサッカーが思い切りできる。協力していただいた方への感謝を日々の行動で返していきたい」と述べ、「筑波に一つでも多くのタイトルを残したい」と目標を掲げた。(柴田大輔)

議論は当事者の声を聞いてから 《電動車いすから見た景色》40

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イラストは筆者

【コラム・川端舞】最近、メディアやSNSで、体の性と自認する性が一致しないトランスジェンダーに関する議論をよく目にする。しかし、なぜ「トイレや更衣室の利用」についてばかりが注目されるのだろう。もっと早急に議論すべきことがあるはずだ。

2021年にイギリスのトランスジェンダー当事者であるショーン・フェイにより書かれた「トランスジェンダー問題―議論は正義のために」(明石書店)は、当事者が社会の中で経験する様々な課題を論じている。

同書によると、イギリスではトランスジェンダーの子どもの6割が学校でいじめに遭っているが、その半数がいじめについて誰にも相談できていない。また、トランスジェンダーの若者の8割が、自傷行為をした経験がある。トランスジェンダー全体の4割が、否定的な反応を恐れて、家族に自分の性について話せていない。

本書を訳した高井ゆと里さんの解題によると、日本でもトランスジェンダーを理由に家族から拒絶される当事者は多い。今、世間でトランスジェンダーについて議論している人は、当事者の生きづらさをどのくらい直接聞いたことがあるだろうか。

障害者とトランスジェンダーの連携

私たち障害者も社会から生きづらさを押し付けられてきた。障害者が他の人と同じように、どこで誰と住むかを自分で決めたり、障害のない子どもと同じ学校で学ぶ権利があることを定めた国連の障害者権利条約は、2006年に世界中の障害者が参加して作成された。日本の障害者関連の法律を権利条約に合わせたものに整備するよう、日本政府に働きかけたのは国内の障害者たちだ。

この背景には「障害者のことは障害者が一番分かっている。障害者のことを障害者抜きに決めないで」という信念がある。障害者自身の声によって作られたからこそ、障害者権利条約はそれまで社会から抑圧されてきた障害者の権利を丁寧に規定し、世界中の障害者を勇気づけるものになった。

トランスジェンダーが社会から負わされる生きづらさを一番よく分かっているのはトランスジェンダー自身だ。偏見にさらされやすい今の社会で、人口の1%にも満たないトランスジェンダー当事者が声を上げるのは想像を絶する勇気がいることだろう。しかし、今現在も堂々と情報発信している当事者もいる。トランスジェンダーについて議論するのなら、当事者の声をじっくり聞くことから始めなければならないのではないか。

障害当事者の声を法律や政治に反映させるために長く運動してきた障害者団体の経験は、トランスジェンダー当事者にとっても役に立つだろう。障害者とトランスジェンダーが連携することで、互いに生きやすい社会に変えていく速度を上げられると私は確信している。(障害当事者)

TX研究学園駅前公園の桜 《ご近所スケッチ》3

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研究学園駅前公園の桜

【コラム・川浪せつ子】桜の花の開花を心待ちにする日々です。桜の名所はたくさんありますが、名所とまではいかない穴場スポットがけっこうあります。「研究学園駅前公園」もその一つ。染井吉野はたった1本だけなのですが、古民家「つくばスタイル館」とマッチして、独特の雰囲気をかもしだしています。

つくばエクスプレス(TX)が開通。そして市庁舎が研究学園駅に移転してから、この周辺は急激に人口が増えた所です。その地域で、街の活性化を行っている団体があります。通称「けんがく」。研究学園(けんきゅうがくえん)の略だそうです。「研究学園駅周辺」を「見学しながら」盛り上げていく?なんていうのが、私の勝手な解釈。

その「けんがく」グループが3月25日、この研究学園駅前公園で「さくらまつり」を開催するそうです。どこかな?って、「ラーメン祭り」イベントなどをやっているあの場所です。時間は午前11時から午後3時まで。初春のひと時を、楽しみにお出かけください。

今回は、昨年に引き続き2回目とか。昨年より進化したイベントになっていて、「つくばスタイル館」(古民家)では、私も桜の絵を出展させて頂くことになりました。

出展を勧めてくださったSさんとは、つくば市主催の「ショートムービーコンペディション」で9年前に知り合いました。地域のつながりを深めるため、尽力されている方です。今回、このようなイベントの成り立ちや団体のお話などを、たくさん伺いました。地域の方々が自分に合った活動ができるよう、いろいろな団体があるそうです。

タウンの会、花壇・グリーンの会

その趣旨は、研究学園駅周辺は、移住してきた方=新住民が多いため、地域のつながりがないので、いろいろ協力をして、地域を盛り上げていこうというですね。例えば「グリーンネックレス」の会の中には、「タウンの会」「花壇・グリーンの会」などがあり、ゴミ拾いや駅前周辺の花壇の手入れを、「街の広場」は定期的に広報誌も出しているとか。

お聞きして、私も研究学園駅に住みたくなってしまいました。ゴミ拾いには、多い時で、子供から大人まで60人も集合なさるとか。結束の強さを感じました。

駅から数分の大型ショッピングセンター向かいの「学園の杜公園」の桜並木は圧巻です。横が住宅地ということもあり、家族連れが多く、軽いスポーツを楽しんでいます。研究学園駅方面は新規店舗も多く、便利で魅力的ですね。小中学校も新しく出来たのに、まだまだ人口が増え、新しい小中学校も建てられるそうです。

私は40年前に転居した新住民ですが、いまや「新新住民」の方々が多くなり、うれしい限りです。(イラストレーター)

入管問題描いた「牛久」を上映 筑波大学生サークル

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映画『牛久』の上映会に臨む代表の菅原瑠莉さん(左)と、同大1年の吉川ことみさん

筑波大学公認団体の学生サークル「クローバー(CLOVER)〜難民と共に歩むユース団体」がこのほど、日本の入国管理問題に焦点を当てたドキュメンタリー映画「牛久」(トーマス・アッシュ監督、2021年)の上映会を開催した。

クローバーは「難民に寄り添う(Care & Love for Refugees=CLOVER)」を掲げ、日本で暮らす外国人が日々希望を持ってもらえるよう活動する団体で、09年に難民問題に興味を持った同大生により設立され、14人が所属している。

現在は週に一度、勉強会を開催し、所属するメンバーがドイツと日本の難民受け入れ制度の比較や難民が描くアートの紹介、外国人が日本で永住権を取得することなど関心のあるテーマを持ち寄っている。さらに世界や日本で暮らす難民・移民についての情報をメンバー間で共有し、その様子をSNSで発信している。また、諸外国と比べ、非常に低い日本の難民認定率や日本の入国管理制度が持つ問題の認知拡大に取り組んでいる。

同団体代表で社会国際学群国際総合学類2年の菅原瑠莉さん(20)は高校生の時に、自由や尊厳を奪われている人々、特に紛争地域や貧困地域で保護を必要としている人々を手助けする活動に興味を持った。大学に進学し、クローバーと出会ったことで「入管」の存在を初めて知り、困難な人々に寄り添うという理念にひかれ支援の輪に加わった。代表に就任してからは、日本の入国管理制度の概要やその問題点を議論する中で得た勉強会の知識を生かし、竹園高校ボランティア部と交流会を開催するなど、学生に向けた活動に力を入れている。

映画「牛久」は、不法滞在者として国外退去を命じられ、牛久市にある東日本入国管理センターに収容されている難民申請者らに、トーマス・アッシュ監督が面会し、証言を記録したドキュメンタリーだ。

菅原さんは上映イベントを開催した経緯について「私たちと同じ学生に対し、日本の不条理な一面を知り、疑問や問題意識をまずは持ってもらえればと思い開催した」とし、「入管問題は、国家による不当な差別の問題、日本の政策の歴史に基づく根深い問題である。日本に生き、意思決定を行う権利を持つ私たち国民は、日本の現状を知り、強い問題意識に基づいて行動する必要があると思う。この問題の解決に何が求められているのか、学び、考えながら活動していきたい」と話した。

上映イベントは2月中旬に開催され、筑波大生9人と竹園高校生2人が参加した。竹園高校1年の女子生徒(16)は映画鑑賞後、「うまく言葉にできない」と話し、「ニュースで報道されることの少ない日本の入管問題の現状について、イベントで学んだ知識を家族や友人と共有したい」とした。

同校1年生の女子生徒(16)は「怒りなのか、悲しみなのか気持ちの整理がつかない」とし、「牛久入管に収容されている方たちへの理解を深め、いつか面会に行けたら」と話した。

同団体は学生の立場から、母国の事情により保護を求めて日本に来る難民がいること、その難民らは日本の入国管理制度により心身ともに苦しめられていることを SNSやイベントを通して学生らに訴え、難民や日本の入国管理制度に対して問題意識を持ってもらえるよう活動したいとしている。

“CLOVER〜難民と共に歩むユース団体〜”は公式ホームページやTwitter、インスタグラムで活動の様子やイベント情報を随時発信している。(上田侑子)

洞峰公園と「他人の顔」《映画探偵団》62

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「他人の顔」主演の仲代達矢(筆者作)

【コラム・冠木新市】白い包帯で顔をぐるぐる巻いた姿は、まるで透明人間のようだった。仕事中の事故で顔にやけどを負った主人公が、医師によって作られたプラスチック状の仮面を装着する。包帯の時と仮面を付けた時との主人公の心境変化と周囲の反応の違いを前衛的な手法で表現していく。

安部公房原作・勅使河原宏監督の「他人の顔」(1966)は、ゴシック(神秘的で幻想的な)ホラーとも近未来ものとも見える、何とも形容しがたい作品だった。

人間の体の模型やフラスコなどが飾られた、美術館や舞台セットを思わせる病室。顔を失い屈折した主人公を演じる仲代達矢。冗舌に解説する医師の平幹二郎。何か企んでいる風な瞳輝く看護婦の岸田今日子。3人の演技を見ていると、映画とも舞台ともTVともつかぬ、異空間に迷い込んだ錯覚にとらわれる。

そうそう、この作品の美術を担当したのは、後につくばセンタービルを設計する若き日の磯崎新である。

気になるグランピング反対派の沈黙

2月14日の「つくば市議会全員協議会」は記念すべき日になった。それまで、洞峰公園をめぐるやり取りは、大井川知事も五十嵐市長も議員もNHKも新聞も、「無償移管」の表現を用いていた。しかし、この日を境に「無償譲渡」となったからだ。「移管」は公園を県が所有し運営は市。「譲渡」は所有も運営も市となる。

私も含めて、このことを理解していた人はほとんどいなかったと言ってよい。洞峰公園にグランピング施設は必要ないと考えるシン・旧住民の私は、県から市への「無償譲渡亅はよかったと考える1人だ。

知事はグランピングに未練を残し「無償譲渡」を渋々決めた様子だった。しかし、つくば市区の県議は賛成なのか反対なのかはっきりしない。一方、市長は昨年からグランピング反対の狼煙(のろし)をあげ、主張を貫いた姿勢は評価できる。しかし、市議は賛成なのか反対なのかはっきりしない。

さらに気になるのは、グランピングに反対する署名活動をしたグループの沈黙である。当初の主張が実現したのはよいが、今後の公園運営にお金がかかるので、これでよかったのかどうか迷いが生じているのだろうか。

また、洞峰公園問題を他人事として見ていた周辺地域の人たちが、運営費用がかかるため「無償譲渡」に反対だと言い出しているというのだが、本当にそうかどうかは疑わしい。反対ならば、何らかの行動を起こすはずだからだ。

何はともあれ、洞峰公園問題を語る際には、ぐるぐる巻きの包帯と仮面をはずし、「他人の顔」から素顔をさらして意見表明すべきだろう。などなど、洞峰公園の野球場の青いべンチで考えた。サイコドン ハ トコヤン サノセ。(脚本家)