やってみせ、言って聞かせて…《続・気軽にSOS》153
【コラム・浅井和幸】まったく今の若い子たちは…。下の世代と接していて、うまく物事が進まないと出てくる言葉です。コミュニケーションは相互作用で成り立っていますから、ほとんどのトラブルはどちらか一方だけに問題があることはないと言ってよいでしょう。
ですが、まったく今の若い子たちは…という呪文を唱えると、年上の自分は悪くない、年下の人間が悪いのだと思い込めてしまうのです。さらには、自分が若いときはもっと大変な状況で、もっと立派に立ち振る舞えていたと錯覚することができます。相手に悪いことを押し付けることで、自分のストレスを緩和しようという、年上の世代の用いる常套手段と言えるでしょう。
「今の若い子たちは…」と言っている世代の若いころはどうだったでしょうか。一つの例を見てみましょう。今の30歳前後は「さとり世代」とか「ゆとり世代」とかと呼ばれることがあります。ガツガツしていない、気力がない、欲がない、恋愛や物への執着心がないというような評価をされる世代でしょうか。
この世代に対する70歳前後は、「しらけ世代」と呼ばれていました。熱くならず冷めている、ノンポリ、真面目な行いが格好悪いと反発する世代とのことです。この世代が社会人になり、上司になり、「ゆとり世代」を叱咤(しった)激励し、お前らは無気力だと圧力をかける場面もあったことでしょう。
見守って、信頼せねば、人は実らず
たまたま、分かりやすい二つの世代を取り上げましたが、時代の移り変わりで変化はあるものの、やはり年上の人間は、年下の人間に対してイライラして、自分に落ち度がないときには、「今の若い奴らは…」と言いたくなるのでしょうね。
私も50を何年も過ぎた「老害」と呼ばれても否めない世代ですから、重々気を付けなければいけないなと思います。と言っても、自由にやらせてもらいますけどね。
さて、20代だろうが、80代だろうが、「今の若い奴らは…」と言いそうになったら、下の昭和の言葉を思い出してみるとよいかもしれません。少なくても昭和の初めには、「まったく今の若い奴らは…」という考え方があった何よりの証拠で、今に始まったことではないという現実に気づくでしょう。
「やってみせ、言って聞かせて、させてみて、褒めてやらねば、人は動かじ。話し合い、耳を傾け、承認し、任せてやらねば、人は育たず。やっている、姿を感謝で、見守って、信頼せねば、人は実らず」(山本五十六)。(精神保健福祉士)
つくば市選管「実施見送り」を最終決定 市長選・市議選のオンデマンド投票
三たび審議、いずれも不可
つくば市選挙管理委員会(南文男委員長)が2日開かれ、ワゴン車に投票箱を積んで自宅前まで行く「オンデマンド型移動期日前投票」を10月のつくば市長選・市議選で実施するか否かについて審議が行われ、実施を見送ることを決定した。4月24日、6月3日に続いて3度目の審議となり、いずれも全会一致で不可とする判断が出された。今回が最終判断となる。
実施見送りの理由について4人の委員からそれぞれ「選挙事務にミスは許されない。市民一人一人のニーズに対応するのは大事で、そことの兼ね合いになるが、ミスを無くすため事務を煩雑にすることは避けた方がいい」「実証実験と本番は違う。実証実験の検証報告では選挙本番での利用者を多く見積もって80人と推定しているが、80人を超えた場合、対応できるのか。リスクを排除して万全を期した方がいい」「衆議院の解散総選挙と期日前投票の日程が重なることも想定される。市長選・市議選はオンデマンド投票ができるが、衆院選はできないということにはならない」などの見解が示された。
これに対し五十嵐立青市長は「これまで選管の提言を受け、それに対応して課題を解決してきたという認識だったので最終的にこのような決定がされたことに驚いている。期待してくださった障害当事者や家族に非常に申し訳ない。今後も引き続きあらゆる可能性に挑戦し誰一人取り残さない社会の実現を目指していきたい」などとするコメントを発表した。
市執行部が実施する計画だったオンデマンド投票の対象者は、自力で立ったり歩いたりすることができない高齢者や障害者。8月6日から9日に実施した実証実験には対象者約3000人のうち35人が参加した。実施見送りが決まったことで、対象となる高齢者や障害者は、市から配布される無料のタクシー券を利用し福祉タクシーを使って投票するか、寝たきりの場合などは郵便投票を実施することになる。
総合的に検討を
2日開かれた選挙管理委員会で、市政策イノベーション部は、8月6日から9日に実施した実証実験(8月6日付)の結果を報告した。利用者のニーズとして実証実験に参加した35人のうち91.4%が「10月の本番もオンデマンド投票を使いたい」と回答したなどと報告した。
これに対し市選管の委員から「雨の日は時間がかかるが(期日前投票所設置の時間内に)対応できるのか」「選挙公報をどこで読んでもらうのか」「(予約に応じて自宅まで迎えに行き期日前投票所まで送迎するサービスを実施しないなら)もはやオンデマンド(要求に応じて)という名称ではなく期日前移動投票になる」などの質問が出て、市政策イノベーション部が対応策などを一つひとつ答えていった。
選管の委員からはさらに、オンデマンド投票がネット投票へのステップになると位置付けることへの疑問が前回に続いて出され、「(オンデマンド投票を通して)どうやって公選法の穴をこじ開けようとするのか、8月6日から9日の検証結果にはネット投票に向かうステップが入ってない」「オンデマンド投票とインターネット投票とでは対象者が違うのではないか」などの意見も出た。オンデマンド投票ありきではなく、郵便投票のやり方など制度面も含めて総合的に再検討することが必要だとする意見も出た。
市議会からも懸念
同市は2022年、インターネット投票を看板事業に掲げ、政府からスーパーシティに指定された。インターネット投票にはなりすましや強要などの懸念があるなど総務省の理解を得られないことから、代わって市執行部は、オンデマンド投票をインターネット投票に向けたステップだと位置づけてきた。
オンデマンド投票実施に向けて市執行部は今年1月、市北部で実証実験を実施。今年3月議会で、市北部の一部地域で実施する計画で予算を計上した。一方市議会からも、公平性の観点から一部地域でのみの実施に疑問が出された。一部地域のみでの実施について市選管は4月24日、公平性の観点から時期尚早だとする判断を出した。
市議会からはタクシー券配布の提案も出ていた。市議会の意見や提案を受けて市は、市全域の移動困難な高齢者や障害者に期日前投票のタクシー券を配布する予算を計上(5月30日付)。タクシー券配布については選管で異議無く了承された。
その後、市執行部は計画を改め、市北部だけでなく市全域で、自力での歩行が難しい高齢者と障害者を対象にオンデマンド型移動期日前投票を実施する計画を立て、6月3日の選管に再提案した。これに対し市選管は再び「時期尚早」だとする結論を出した。
時期尚早の理由の一つに「市内全域で実証が必要」との意見があったことから市執行部は6月の市議会常任委員会で、市全域で実証実験をする計画を示し(6月25日付)、市は対象者約3000人にダイレクトメールを出し、8月6日から9日まで、申し込みがあった35人の自宅に投票箱を積んだワゴン車が出向く期日前移動投票の実証実験を実施した。市議会からは「どうやっても突き進むのか」など懸念の声が出ていた。
退職金でネット投票
一方で、インターネット投票をめぐって五十嵐市長は、自らの2期目の退職金約2039万円についてネット投票を実施し金額を決める条例案(8月26日付)を、3日開会の市議会9月会議に提案する。(鈴木宏子)
一騎打ち? 三つどもえ? つくば市長選《吾妻カガミ》190
【コラム・坂本栄】つくば市の市長・市議選挙(10月20日公示、27日投票)まであと2カ月弱に。「…3期目への立候補を表明」(2月27日掲載)にあるように、五十嵐市長は早い時期に続投意欲を示した。ところが対抗馬が現れず、無投票当選かと思っていたら、「星田弘司県議が立候補へ…」(8月8日掲載)と報じたように、中堅の県議が出馬を表明。やっと市長選の構図が出来上がった。
パフォーマンス型と問題解決型
「政治家は選挙で鍛えられる。政策も選挙で磨かれる」(私の造語)。市政の健全化のためにも、両氏の今後のためにも、一騎打ちの形になりそうなことを歓迎したい。五十嵐氏の続投理由、星田氏の挑戦理由を上のリンク先から引用すると…。
五十嵐氏は「(常住人口25万人突破、人口増加率全国1位など)つくば市が選ばれるまちになっていることが数字に表れている。様々な取り組みが評価され、私自身、昨年、経済協力機構によるチャンピオン・メイヤーに選出された」と、つくば市と自分のパフォーマンス(出来栄え)を自慢。
星田氏は「(県営公園が市営化された)洞峰公園のやり取りが象徴しているように、県との連携が十分でない。無償譲渡だが、毎年膨大な管理費がかかる。知事との直接のやり取りが一度もできず、直談判もせずに譲り受けており、連携不足を感じた」と、実務に疎い五十嵐市長を批判。
県との連携:3つの具体的事例
現職の仕事振りは市の広報紙や各種報道で知られている。そこでバランスを取り、星田氏が出馬会見で明らかにした5分野・37項目の公約を紹介すると…。
項目の一つ、<県と連携した県立高校問題の課題解決>については、「県議として市民団体の(市内にある県立高の学級数を増やしてほしいといった)要望を聞き、活動してきた。(県立高が難しいのであれば)市立高を新設したらとの意見もあり、大井川知事はそれを支援すると言っている。その可能性も追求したい」と述べた。
他の項目<もっと企業を呼び込む工業団地の造成と企業誘致>については、「否定はしないが、市内には物流倉庫が目立つ。(こういった業種よりも)半導体とか食品といった職を生む企業を誘致する必要がある」と、企業誘致に熱心な県知事との連携を図ることを強調した。
市営化された洞峰公園問題について質問されると、「県と市の連携ができていれば、(市と県が維持管理費を折半するなど)負担割合などで別の形もあった」とし、五十嵐市長が選択した完全市営化に疑問を呈した。
行政改革を主張する理系研究者
実は、前回市長選で2位に終わった酒井泉氏(元高エネルギー加速器研究機構准教授、元福井大学教授)も再出馬を検討している。水戸市、土浦市、守谷市に比べると、つくば市役所の人件費、職員数、管理職が多過ぎると怒り、役所に乗り込んで行政改革をやりたいと言う。すでに比較分析を終え、近く市民にその要約ペーパーを配布する。
ただ、現時点では、市長選に臨むか、議会改革も念頭に市議選に出るか、市井の市政監視人として活動するか、熟慮中と言う。政治家になることが目的ではなく、それは市政を正常化するための手段と考えている。理系学者が市政を論じる学園都市。実に面白い。(経済ジャーナリスト)
若い世代が競技に打ち込める環境づくりへ 県パラスポーツ協会設立
障害者スポーツの普及・発展などを目指す一般社団法人「茨城パラスポーツ協会」がこのほど設立され、8月31日、土浦市内のホテルで設立式が開催された。パラスポーツの振興、障がいに関する理解の促進、自立と社会参加の促進、多様性の尊重と共生社会の構築ーの四つを設立目的とする。大井川和彦知事のほか国会議員、県会議員、周辺市町村長ら多数が来賓として出席し鏡開きによって門出を祝った。
代表理事を務める皆川鉄雄さんは「スポーツを通じて得られる絆や達成感、自己成長の機会を、より多くの人々に広げたいという思いから設立した。特に、若い世代が競技に打ち込める環境を提供し、彼らがスポーツの素晴らしさを実感しながら成長できる機会をつくりたい」と構想する。皆川さんはシッティングバレーボール日本代表としてパラリンピック北京大会と東京大会でともに8位入賞した。
協会設立は励みに
所属選手のうち最年少は9歳の冨嶋美月さん。2歳のとき脊髄梗塞で障害を負った。リハビリ入院していた阿見町の県立医療大に車いすバスケのチームがあることを知り、体験会を経て練習に参加するようになった。
同チームでは年齢や性別、障害の有無も問わず一緒に練習に励み、他県のチームなどと交流試合もしている。「大学生や大人の人と混ざってやるとテクニックの練習にもなるし、シュートも入りやすくて楽しい」と美月さん。
4歳からパラスキーも始めた。ガイドの人にロープで引っ張ってもらいながら滑っていたが、今年からは一人で滑って止まる練習もしている。中学生になったら一人でリフトに乗ることにも挑戦したいという。
「活発な子なので、歩けなくても何かスポーツをさせてあげたいと思ったが、最初はどこへ行けばできるかも分からなかった。テレビで見るパラスポーツも大人ばかりだったので、最初は『子どもでもできるんですか?』という質問からスタートした」と母の里美さん。「これからもいろんなスポーツにチャレンジさせてあげたい。協会の設立はこれから始めたい子にも、続けていきたい子にも励みになると思う。できてよかった」と喜ぶ。
サポート受け情報交換の場にも
「選手の頑張りを通じて、パラスポーツによって障害者がこんなに元気になっているんだと一般の人たちにも伝えられ、障害があってスポーツをやっていなかった人にも知ってもらう良い機会になる。協会があることでさまざまなサポートが受けられ、情報交換の場にもなると思う」と話すのは、車いすバスケ女子日本代表のチームドクターを務める筑波大学医学医療系リハビリテーション科准教授の清水如代さん。自らも健常者として車いすバスケの練習に参加しながら、選手にどういう困りごとがあるかや、どういうけがをしやすいかなどを研究する。「所属選手には日本代表を目指す子もいる。競技力向上やパフォーマンス向上のためのサポートもしたい」という。(池田充雄)
◆同協会はビジョンに共感し、共に歩んでくれる協賛企業を募集している。問い合わせは電話029-832-4699(一般社団法人茨城パラスポーツ協会)へ。
誰もが経験したことがある便秘 《メディカル知恵袋》6
【コラム・間宮孝】便秘、誰もが一度は経験があるのではないでしょうか。あのつらさは一度味わうと、もう経験したくないと思うものです。みなさんも原因をいろいろ考えてみたり、健康食品や生活習慣などで予防されている方も多いと思いますが、ここでは最近の便秘治療についてご紹介します。
便秘とは
医学的には「本来排泄(はいせつ)すべき糞(ふん)便が大腸内に滞ることによる兎糞(とふん)状便、硬便(こうべん)、排便回数の減少や、糞便を快適に排泄できないことによる過度ないきみ、残便感、直腸肛門の閉塞(へいそく)感、排便困難感を認める状態」と定義されています。
すこし難しいですね。簡単に言うと、ただ便の回数が少ないだけでなく、そのことによって困っている状態という認識です。これらの状態により、生活に支障をきたすと便秘症と診断されます。
なぜ治療が必要なのか
もともと便秘は生命予後に影響を与えないと考えられてきました。しかし、近年の研究により、便秘症がある人とない人を15年追跡すると、便秘症の人の生存率が20%悪化したという報告がありました。便秘症の人は便秘のない人より生存率が低かったという内容です。
そのほかにも、血栓症や慢性腎不全のリスクになるという報告もあり、積極的に治療を行うべきと考えられています。死亡率上昇の理由については様々な説がありますが、排便時のいきみの際に血圧が急上昇し、心血管イベント(心筋梗塞や脳梗塞などに代表される心血管系の病気)を起こすと推定されています。
一方でこれらは観察研究が中心で、便秘治療を行った結果、寿命が延びたという介入研究の報告はないため、正確な評価には今後のさらなる研究が必要です。
便秘の分類
便秘は大きく4つに分類されます。
①器質的狭窄(きょうさく):大腸がんなどにより物理的に便の通過が困難な場合。
②薬物性:多くの薬剤が腸管の蠕動(ぜんどう)低下をもたらすことが知られており、それが便秘の原因となる場合。具体的には、抗コリン薬、向精神薬、抗うつ薬、抗パーキンソン病薬、化学療法薬、循環器作用薬、抗不整脈薬、利尿薬、制酸剤、鉄剤、吸着薬、制吐剤、止痢薬などです。
③他の病気の影響:甲状腺機能低下症、糖尿病、慢性腎不全、パーキンソン病、強皮症など、便秘をきたす疾患の場合。
④機能性便秘症;①~③以外の場合。
治療薬の進歩
便秘の治療は以下のフローチャートのように原因の精査から治療を行っています。まず大腸がんなどの器質的疾患が無いかを調べ、次に止められる薬がないかを調べていきます。そして、いよいよ治療薬を処方しましょうということになります。
便秘の治療は近年急激に選択肢が増えています。2012年に30年ぶりに新薬ルビプロストンが発売、2017年にリナクロチド、ナルデメジントシル酸塩、2018年にエロキシバット、ポリエチレングリコール(PEG)、2019年にラクツロースが発売になっています。下の表で種々の薬剤を簡単に紹介します。
それぞれの薬には特徴がありますが、直接比較の試験は少なく、一般的に若年者には酸化マグネシウム製剤、そのほかにはルビプロストンから開始し、腹痛など過敏性腸症候群の疑われる人にはリナクロチド、蠕動低下も疑われる際にはエロキシバット、難治の場合にはPEG製剤などを併用しています。それぞれの薬に特徴があるので、自分に合う薬を主治医の先生と相談してみてください。
便秘を防ぐ3つの習慣
最後に生活習慣についても、少しだけ触れさせていただきます。便秘を防ぐには、①十分な水分摂取、②1日3食を食べる、③便意を感じたら我慢しない―これらを習慣にしましょう。「たかが便秘、されど便秘」と言われ、人々のQOL(クオリティ・オブ・ライフ=生活の質)を妨げてきた疾患です。今後の生活や治療などに少しでも参考になれば幸いです。(筑波メディカルセンター病院 消化器内科診療科長)
霞ケ浦蓮根の花のお花見会《くずかごの唄》142
【コラム・奥井登美子】
「蓮根の花。霞ケ浦、すごい景色。これ日本一ですね」
「大げさだよ、日本一なんて…」
「とんでもない、世界一の風景ですよ」
「実さんは世界中飛び回って、オランダの田んぼもきれいでしょ」
「きれいですけれど、大きさと色が不ぞろいなんです。不ぞろいの美しさもあると言えば言えるけど…」
「大きさも色もきちんとそろって、しかもこれだけ広い面積は世界一なのね」
「そうです、そうです。1年1回、僕は見に来ないと、気が済まない」
1990年ごろ、1年に1回、7月の朝。福田実さんから電話がある。私たち夫婦は車を運転して、土浦駅で彼を拾って、霞ケ浦の畔の蓮根の花を観賞しながら、ゆっくりと歩いたり、車に乗ったり、歩﨑まで、おしゃべりに余念がなかった。
福田さん一家を偲びながら
北里柴三郎のもとで働いていた夫の祖父平沢有一郎が、自分の姪(めい)の琴子の夫に選んだのが中村万作氏だった。彼は牧師だったが、たくさんの社会的貢献を土浦の街に残している。万作氏の2人の姉妹は、偶然2人とも、かすみがうら市の福田家の兄弟と結婚している。
福田実さんと道子さんは2人とも医者で、道子さんは産婦人科医として、土浦新治病院(今の土浦協同病院)に勤務したこともある。実さんは麻酔医として米国のバーモントに住み、ものすごく忙しい日々を送っていたが、1年1回、7月に日本での学会や臨床報告会などにかこつけて、必ず日本にやってくる。
霞ケ浦の畔に咲く蓮根の花を見に来るのだ。花は昼にはしぼんでしまうので、朝早く行くしかない。
世界保健機関(WHO)にいて、世界的な感染症の防止に努めたケイジ・フクダ氏は、この2人の息子さんで、5年前、県の感染症講演会に講師として来てくれたが、声が父親とそっくりなので、私は聞きながら涙が出そうになってしまった。
夫も実夫妻も、あの世に行ってしまったが、今年も東京から娘が来てくれて、私は福田さん一家を偲(しの)びながら、霞ケ浦蓮根のお花見をすることができた。(随筆家、薬剤師)
紛争地イエメンで国境なき医師団活動 筑波メディカルセンター病院に戻り報告会
NGO組織、国境なき医師団(MSF)の一員として、アラビア半島の紛争地イエメンで3カ月間にわたり医療活動をしてきた医師が、勤務先の筑波メディカルセンター病院(つくば市天久保、河野元嗣院長)に戻って28日、職員向けに体験談を語った。同病院救急診療科の新垣かおる医師(42)。日中の診察時間の終わった午後6時過ぎから約1時間、医師や看護師、病院スタッフら約50人を前に、活動報告会で話した。
「手を洗おうキャンペーン」から
イエメンはアラビア半島の南端にあるアラブの貧困国。イスラム教シーア派の武装組織「フーシ」と、スンニ派が主導するサウジアラビア中心の「アラブ連合軍」の対立による紛争が10年近く続いている。新垣医師は4月から7月の3カ月間、フーシ派の支配域であるサナア近傍の2カ所の医療施設で、手術麻酔、手術室スタッフの教育・監督の業務、病棟や集中治療室などで重症患者治療などに従事した。
過去2度の空爆のあった地域で、「外国人はまずスパイとして見られるから移動が大幅に制限される。病院への出入りでも、現地スタッフの指示で周囲を確かめてから駆け込む」ほどの切迫した状況だった。そんななか病院は、待合室や病床がほぼ半屋外に置かれている。日中の最高気温45℃、コレラが流行するなど衛生的とはいえない劣悪な環境に加え、手で食事をとる状態だから「みんなで手を洗おうキャンペーン」から始めたという。
唯一エアコンが利いているのが手術室。現地のスタッフと協力して麻酔を行った。主に手掛けたのは産科での手術で、帝王切開は約80例に及んだ。「女性たちは現地の風習で手先にいれずみをしているから点滴がとれないこともあり慣れるまで大変だった」。日本では珍しい鎖状赤血球症(異常ヘモグロビン症)の妊婦にも遭遇したそうだ。
「輸血製剤には、大きく赤血球液製剤、新鮮凍結血漿(けっしょう)、濃厚血小板の3種あるのはご存じでしょうが、イエメンでは新鮮な全血と新鮮でない全血の2種類があるだけ。全血は採血して3つに分ける前の血液で、日本でも昔の病院では使われてた。新鮮な全血にはこれら3つ全部が入っているという理解で、血を止める目的などに使いました」
麻酔科医師として「ダメージコントロール」の経験は積んだつもりだが、麻酔できない症状に出くわしては「まず死なせない」ことを肝に銘じ治療戦略を立てたという。
次は「南極越冬隊員」
3カ月間の勤務で支えになったのは「帰る場所がある」という安心感。同病院は在勤2年目の新垣医師を長期研修の名目で快く送り出してくれ、帰国後の復職もあらかじめ認めてくれていた。「現地の同僚からもうらやましがられた。ありがたいこと」と新垣医師。
活動報告を聞いた筑波メディカルセンターの志真泰夫代表理事は「この経験は財産になる。病院にとってもこういう経験を積んだ若い医師が増えてくれればいいなと思う」と語る。
新垣医師は沖縄県の出身。もともとは医療スタッフとして南極越冬隊に参加したい意欲をもっており、こうしたミッションに協力的な医療機関を探して同病院に就職した経緯がある。「経験を積まなければならないことはもっと沢山ある。そのうえでチャンスがあれば、改めて南極をめざしたい」職場に戻った日々、救急医療の最前線で運ばれてくる患者の対応に当たっている。(相澤冬樹)
医学工学融合の実証研究施設 筑波大附属病院にリニューアルオープン
筑波大学附属病院(つくば市天久保、平松祐司院長)に医学工学融合の実証研究施設、未来医工融合研究センター(CIME、野口裕史センター長)がリニューアルオープンし、27日に記念の講演会「異分野融合・産学連携のハブを目指して」が開かれた。同センターは、病棟内の患者の協力を得て、リハビリテーションなどで医師や作業療法士ら医療者らと、医療機器の実証研究や生体情報の収集・解析ができる施設。今夏、病棟の免震改修工事が完了したことから、一層の拡充を図って、入院棟であるB棟11階、見晴らしのいい最上階の広いフロアに陣取って業務を開始した。元は2014年、病院の基礎研究の成果を臨床研究・実用化へ効率的に橋渡しするため、大学のつくば臨床医学研究開発機構(T-CReDO、荒川義弘機構長)の橋渡し研究推進センター(町野毅センター長)内に開設。ロボットスーツ「HAL(ハル)」や立ち車いす「Qolo(コロ)」などの社会実装に成果を上げてきた。今回、実証研究スペースとして175平方メートルの実証研究スタジオや、レンタル可能な7部屋などのラボ施設が整備された。さらに、起業支援に実績のある医工連携の専門教員の執務室も併設され、伴走支援などのインキュベーション機能を拡充させた。センター内では産業技術総合研究所や自動車業界によるコンソーシアムとの共同研究も展開中だ。ドライビングシュミレーターに各種センサーを組み込んだ研究室で、患者から疾患関連予兆シグナルの収集を行っており、特許出願が準備されるなど成果を上げつつある。
野口センター長は「これまではスペース的な制約もあってアカデミア内の交流にとどまりがちだったが、特に産業界へ向けた発信を強化したい。革新的な医薬品・医療機器・再生医療製品などの実用化を目指していきたい」とした。講演会では国光あやの衆議院議員(医療機器議員連盟事務局長)が医療機器研究開発へテコ入れを拡大する国の政策を紹介、筑波大学の鈴木健嗣教授(システム情報系長)が医療と工学系研究との連携強化によるイノベーション創出をアピールした。同大附属病院は1976年完成。病院のほぼ中心部に位置するB棟は主に入院病棟として利用されてきたが、耐震性確保や老朽化した設備の改善が必要となり、2020年から既存の建物を残しながら耐震化する大規模改修に取り組んでいた。 (相澤冬樹)
開き直った戦い方が良い方につながった 霞ケ浦 高橋監督に聞く
甲子園初勝利つかみ、秋の大会へ
霞ケ浦高校は7月に行われた第106回全国高校野球選手権茨城大会を5年ぶりに制し、甲子園では2回戦(初戦)で名門の智弁和歌山と対戦。延長11回タイブレークにもつれ込むも、エース市村才樹(2年)と眞仲唯歩の継投でしのぎ5対4で甲子園初勝利をつかんだ。続く3回戦では滋賀学園に2対6で敗れた。息つく暇もなくその4日後に秋季大会1次予選を迎え初戦敗退となった。激動の日々を経験した霞ケ浦の髙橋祐二監督に、夏の大会や甲子園初勝利の感想、秋の戦い方について語ってもらった。
苦しい初戦をものにできて選手がまとまった
―改めまして、第106回茨城大会の優勝と夏の甲子園で学校として初めての1勝おめでとうございます。まず、茨城大会について振り返っていただきたいと思います。大会前のインタビューで、今年はチームの中心選手が不在で選手の一体感がないとおっしゃっていました(7月9日掲載)。大会初戦(2回戦)は太田一に2対2から9回サヨナラ勝利と苦しい試合戦だった訳ですが、優勝に至るまでチームはどのような変遷をたどったのでしょうか。
高橋 全く打てなくて本当に苦しい初戦になりました。負けてもおかしくなかったと思います。ですが、苦しい試合をものにできて、バラバラだった選手たちが少しずつまとまり、どん底の状態から偶然に最高の状態に持っていけました。こういうふうに勝ち上がる展開を計算してできる監督だったらまさしく名将と言えますが、完全に偶然の産物です。今年のチームは本当に力がなかったので、「いつ負けてもいいや」くらいに開き直ったところがありました。
―大会前のインタビューでも「勝ちたい勝ちたいと思わない方が、欲がない方が意外と勝てるのかもしれない」とおっしゃっていました。
高橋 この夏はいろいろな方面から「ちょっと以前とは采配が変わりましたね」と言われることがありましたが、私は別段何かこう変えようと意識していた訳ではありません。開き直った戦い方が結果的に良い方につながったのだと思います。
市村がよくしのいでくれた
―準々決勝では秋に負けた鹿島学園に、決勝では春に負けたつくば秀英に勝利しました。何か特別な対策はあったのですか。
高橋 2チームとも秋と春に対戦していたので勝つイメージはつかめていました。組み合わせが決まった時に最大の山場になるのが準々決勝の鹿島学園戦だろうと見ていました。鹿島学園は春にも関東大会に出場して非常に勢いがあった。内容的に楽に勝てた訳ではないですが、市村才樹(2年)がよくしのいでくれました。
準備したものを羽成がやってのけた
―決勝のつくば秀英戦では、羽成朔太郎選手がライト前ヒットで一気に二塁を落とし入れる走塁が光りました。あのプレーで試合が動いて霞ケ浦ペースに傾いたように思います。
高橋 チームでは大高先生を中心に相手を分析しており、投手の癖や球種、打者の傾向や守備の隙など、ある程度のデータを蓄積しチームで共有しています。あのプレーはまさにチームで事前に打ち合わせて準備したものでした。しかし、あれを羽成がやってのけたのは私も驚きました。チームを勢いづける素晴らしい走塁でした。
―羽成選手に関しては、雲井選手と共に1年生から出場している中心選手なのに、チームを引っ張れていないと大会前に話されていましたが、その後の評価はどうですか。
高橋 羽成と雲井の二人に関しては期待値に見合った行動をしてこなくて、夏前には私がかなり追い込んでました。初戦から4回戦までは精神的にかなり負担の方が大きかったと思います。その後、準々決勝からは何だかプレッシャーから解き放たれたように輝き出して顔付きが変わり、チームを引っ張る活躍を見せてくれました。彼らの精神的な成長は本当にうれしかったですし、よくぞ期待に応えてくれたと思います。
込み上げる感情抑えた
―その後の甲子園では、全国優勝経験もある強豪の智弁和歌山に対して延長11回タイブレークの末に5対4で勝利し、遂に校歌を歌うことができました。校歌を聞いた時はどのようなお気持ちでしたか。
高橋 3度目の甲子園にしてようやく勝利してホッとしたのが本音です。強豪の智弁和歌山を相手に何でうちが勝ったんだろうという不思議な感覚と、甲子園初勝利の感動で戸惑っているうちに校歌が流れてきました。途中でやばい、泣きそうだというタイミングがあったのですが、戸惑いの方が強くて込み上げる感情を抑えることができました。
連絡が1000件
―ここまで茨城大会の決勝でたくさん壁にぶつかり、甲子園でも2度の初戦の壁に跳ね返されてきました。OBや関係者からの祝福の連絡が相当あったのではないですか。
高橋 茨城大会優勝時に500件ほど祝福の連絡をいただきましたが、智弁和歌山に勝った時は1000件ほどの連絡を頂戴しました。ものすごい熱量で桁が違いますね。みなさんに同じ文面で通り一遍に返すのも違うと思ったし、次の対戦の準備をしなくてはならない。申し訳ないですが返事が書けていません。この場をお借りして祝福してくださった方にはお礼を申し上げたいです。
―引退した3年生に一言お願いします。
高橋 この夏にみんな力を合わせて頑張ってこういう結果で終われて本当に良かった。この経験を将来の人生の糧にしてもらいたいです。
厳しい日程
―3回戦の滋賀学園には惜しくも2対6で敗れ、翌8月17日に帰茨しました。その4日後の8月21日に3年生引退後の新チームによる秋季県南地区大会1次予選を迎えました。結果としては、江戸川学園に0対2で初戦敗退して、敗者復活戦に当たる2次予選に回ることとなり、秋の県大会のシード権を獲得することは出来なくなりました。この状況について所感をお聞かせください。
高橋 甲子園出場校にとっては厳しい日程です。昨年からこのような日程に変更され、土浦日大は甲子園準決勝の翌日に秋の1次予選を戦いましたが、日程は今年、見直されませんでした。茨城に残った選手たちは直井先生が指導してくれていましたが、私が直接見ることが出来ません。また、甲子園で2試合やったので、応援部隊は0泊3日を2回です。当然その間は練習できないし、疲労ばかり蓄積される。甲子園組も16日間ホテル生活で明らかに体のキレがおかしくなっていました。
―土浦日大の小菅監督にお話しを伺った時も、日程にもっと配慮して欲しいとおっしゃっていました。
高橋 秋の大会ってその1年間を左右する大事な大会なので、新チームの立ち上げ期間は1カ月程度は必要だと思います。それくらいあれば、選手を色々と試して適性を見極めて地固めをしてから臨めます。県大会のシード4つも(水戸、県北、県南、県西の)各地区で優勝した1チームということになったので、今回もし2次予選を勝ち抜いたとしても県大会はノーシードになります。だからまた初戦で他地区のシードと当たるかもしれません。秋に序盤で有力校がつぶし合う可能性が高いルールになったから、今夏と同じように来夏も力があるのにノーシードのチームが出てくるでしょう。
気持ち立て直して戦う
―2次予選はいかに戦いますか。
高橋 甲子園から帰ってきて選手で話し合い、新チームの目標を「春の選抜甲子園出場」に設定したんです。うちは第62回大会の選抜甲子園に出場しましたが、私が監督に就任してからは一度も出場したことがありません。そしたらいきなり負けました。正直、昨日の負けはショックですけど、しょうがないですねこれは。必死でやったのですが点が取れなければ勝てません。もう後がないわけだからしっかりと気持ちを立て直して県大会の出場権を取れるように頑張って戦っていきます。
7月の地方大会から甲子園、秋の1次予選と休みなくお疲れのところ、インタビューを引き受けていただいた。霞ケ浦の秋の戦いぶりに注目したい。(聞き手・伊達康)
雨の日は憂鬱《短いおはなし》30
【ノベル・伊東葎花】
朝から雨が降っていたので仕事を休んだ。怠け者だと思わないでほしい。雨の日は、出かけたくない。なぜなら、見えてしまうから。
歩道橋の下や踏切の前、橋のたもと、交差点の真ん中。成仏できない霊たちが、私を見つけて傘の中に入ってくる。
「ねえ、お願い、助けて」
私は霊媒師ではないし、どうすることもできない。ただひたすら、気づかないふりで歩くしかない。それはとても辛く、苦しい時間だ。身体中が重くなり、この上なく憂鬱(ゆううつ)になる。
出かけないと決めた日に限って、母から連絡が入る。
「咲ちゃん、具合が悪いの。すぐに帰ってきて」
母はいつも私を頼る。家を出てひとり暮らしを始めても、母は私を束縛する。仕方がないので、ため息まじりに家を出る。霊が見えると傘を閉じて耳をふさいだ。おかげで家に着いたときにはびしょ濡れで、まるで私の方が幽霊みたいだった。
「ああ、帰ってきてくれたのね。さっきから頭が痛くて」
母は、ソファーに力なく座っていた。
どうせ私を呼び戻す口実と知りながら、「大丈夫?」と声をかける。母は私にすがり、決まって繰り返す。
「咲ちゃん、帰ってきてよ。私はこの家を出られないんだから」
「無理だよ」
「じゃあせめて、今日泊まって行って。寂しくて耐えられない」
「いやよ。再婚相手がいるのに泊まれないわ」
「あんな人、気にしなくていいのよ」
「気にするわ。私はあの人が来たから家を出たのよ」
母はだるそうに頭を抱えた。雨がますます強くなってきた。窓の外に何人もの霊が、ずぶぬれで私を見ている。
玄関を開ける音がした。再婚相手が帰ってきたようだ。
「お母さん、私帰るね。あの人が帰ってきたみたいだから」
「行かないで。あの人とふたりにしないで」
母は私にすがった。再婚相手が、きしむような鈍い音を立ててリビングに入ってきた。青い顔で、乱れた髪をかきあげて私をにらんだ。
「咲さん、来てたの? まあ、元々ここはあなたの家だから自由だけど、来るなら連絡くらい欲しいわね」
「ごめんなさい。ちょっと、忘れ物を取りに」
「あら、それならお母さんの位牌(いはい)も、一緒に持っていってくれないかしら。あれがあると落ち着かなくて。何だかいつも見られている気がするのよ」
父の再婚相手は、いかにも体調が悪そうにため息をついた。無理もない。この人のまわりにはいつも、母の霊が憑(と)りついているのだから。
「雨の日は気分が悪いわ」
そう言って座り込んだあの人の後ろで、母の霊が私に訴える。
『ねえ、お願い、この人を追い出して。お願い、助けて』
ああ、これだから雨の日は…
(作家)
