日曜日, 4月 5, 2026

「目標水準に」ドライバー74人応募 公共ライドシェア つくば、土浦など4市

来年1月下旬から運行 つくば、土浦、下妻、牛久の4市が、バスやタクシーなど公共交通の確保が困難な4エリアで、来年1月から運行を目指している公共ライドシェア(10月1日付)について、自家用車を使って有償で乗客を送迎する一般ドライバーを10月から募集したところ、今月19日までの1カ月半で4市全体で74人の応募があり、目標の76人をほぼ達成した。実施を呼び掛けたつくば市総合交通政策課は「まずまずの水準ではないか」としている。 ドライバーが確保できたことを受け、来年1月下旬から運行をスタートさせる。 エリア別の応募者は、①つくば市桜ニュータウンと土浦市天川団地周辺を出発してつくば駅など4カ所に行き、平日朝と夕方などに運行する「つくば・土浦エリア」は目標41人に対し応募39人➁筑波山中腹からふもとまで行き、夕方などに運行する「筑波山エリア」は目標と同じ15人③下妻市の南側で日中などに運行する「下妻エリア」は目標と同じ3人④常磐線沿線などを除く市全域で朝と日中などに運行する「牛久エリア」は目標と同じ17人。現在「つくば・土浦エリア」のみ若干名募集し、他の3エリアは募集を打ち切っている。 ドライバー74人の内訳は男性65人(87.8%)、女性9人(12.2%)。年代別は20代が8人(10.8%)、30代が10人(13.5%)、40代が14人(18.9%)、50代が22人(29.7%)、60代が17人(23.0%)、70歳以上3人(4.1%、タクシーなどが運転できる2種免許所持者)。ドライバーとして当初、通勤・通学のため家族を毎朝送迎している主婦(夫)や定年退職者などの応募を期待していた。実際の応募者は男性が9割近くを占め、50代が最多となった。応募者はオンラインでの面接、講習受講、教育研修などを実施の上、ドライバーバンクに登録される。 一方、利用方法は、1月下旬までに開設するインターネットの特設ページから登録してもらい、スマートフォンやパソコンで予約できるようにする。乗車料金はエリアごとに異なり、「つくば・土浦エリア」は事前予約(前日の正午までに予約)は1回600円、直前予約(前日の正午から当日30分前までに予約)は800円。「筑波山エリア」はいずれも1000円。「下妻エリア」は事前予約700円、直前予約1000円。3エリアいずれも小学生は半額、未就学児は無料。「牛久エリア」は700円、小学生は600円、未就学児は無料など、エリアごとに異なる。支払い方法はスタート時は、当日、降車時に現金またはキャッシュレス決済のペイペイで支払う。3月末までには予約時にクレジット決済もできるようにする。 利用の周知については各エリアごとにそれぞれ実施し、地域住民が利用対象となる「つくば・土浦エリア」の桜ニュータウンでは来年1月と2月に計3回、説明会を開催する。観光客が利用対象の「筑波山エリア」は、観光案内所、ホテル、旅館、ケーブルカーやロープウエイの案内窓口などに市がちらしを持参し説明などするという。(鈴木宏子) 【追加】下妻、牛久市の最終的な運賃の分類はそれぞれ最新情報の確認が必要。 【訂正】ドライバーの当初想定の一部を訂正しました。

餅の焦げ目《続・平熱日記》172

【コラム・斉藤裕之】薪(まき)ストーブは柔らかく家全体を暖めてくれる。また、コトコトと煮物をするのも得意だし、焼き芋も焼ける。意外なところでは、部屋に干した洗濯物もよく乾く。そして、私の朝の楽しみはストーブの天板で餅を焼いて食べること。市販の切り餅をふたつ。 餅は乞食(こじき)に焼かせろというが、火鉢と違って直接火にさらされてないストーブの上では、それほど頻繁にひっくり返さなくても大丈夫。そろそろいい感じになってきたころに、もうひと手間。火ばさみでちょいとつまんで、ストーブの中のおき(炭の様な状態)になったところに数秒かざす。 すると、いい焦げ目がついて餅はプーと一気に膨らむ。砂糖にちょっと醤油を垂らした砂糖醤油(じょうゆ)でいただく。すると、この焦げ目が何ともいえない風味を醸し出してうまい。 例えばあれだな。森進一さん。よく物まねされる、歌声とも吐息ともつかぬ、歌い切った後の声もなくなって残る嗚咽(おえつ)のような、あれ。あれと餅の焦げ目は似ている。声とも味とも言えない、でもないと物足りない秘密の成分。うなぎ屋の秘伝という継ぎ足しのたれも。 今年から餅つきを再開 昨年は餅をつかなかった。今年はどうしたものかと…。そこに、「お餅つきはいつ?」と長女からのメール。こちらから誘うことはあっても、催促されたのは初めてだ。コロナ禍が開けた一昨年、孫のためにと餅つきを再開したのが布石となったようだ。恐らく、物心のつき始めた子供らに餅つきをさせたいということではないだろうか。ということで、今年から餅つきを再開することにした。 このご時世だからこそ、住宅街で餅をつく光景が年末年始の当たり前の風景になっていいと思う。餅つきはみんなを笑顔にする。老若男女、知らぬ同士も杵(きね)を持って餅をつけば、自然と息を合わせて言葉を交わす。みんなでワイワイ。クリスマスもハロウィンもいいけど、餅つきいいよ! そして、そろそろ次世代にバトンタッチ。今年は段取りを子供たちにしかと伝授しよう。 「きたのまちではもう悲しみを暖炉で燃やしはじめてるらしい…」。しかし、今年もいろんなことがあった。でもほとんど忘れている。忘れられるということは幸せなことである。燃やすほどの悲しみもなかったが、この節は請求書や領収書も電子化されて手紙の類がとんと来ないので、燃やせるものも少なくなった。 そんなことを思いながら餅を食べていたら、口の中になにやら違和感。やれやれ、餅に銀歯を持っていかれちまった。醤油と砂糖と焦げ目の味に混ざって感じる齢(よわい)。そろそろ焦げ目のついた絵が描ける齢となることを願う。(画家)

一人親世帯の子に歯ブラシを寄付 土浦の歯科医 山内隆弘さん【ひと】

土浦市千束町の歯科医院「千束町歯のクリニック」が2020年から毎年、土浦市を通じて市内の一人親世帯に子ども用歯ブラシを寄付している。 同クリニック院長の山内隆弘さん(52)は「欧米の研究でも歯科疾患への罹患率と経済状況は相関関係があると分かっている」とし、一人親世帯は経済的な問題を抱えやすい。さらに親が働きに出ることで子どもにかけられる時間が限られることから「優先順位として、歯科医院が後回しになりがち。来院できなければ、歯科医である我々は(歯の問題に)介入できない。歯ブラシの提供は、違った角度からの問題への介入になると思っている」と寄付活動の意義を説明する。 コロナ禍がきっかけ 山内さんは「活動のきっかけはコロナ禍」だったと話す。「クリニックの開業日が、緊急事態宣言が初めて発令された日だったんですよ」と振り返る。開業したのは2020年4月。同市千束町に個人歯科クリニックをオープンさせようと準備する中で、新型コロナウィルス感染が急拡大した。準備していた内覧会が中止を余儀なくされるなどし、「こんな状態になるとは思いもしませんでした」と当時の混乱を思い出す。 千葉県出身の山内さんが大学を卒業して勤務したのが土浦市内の歯科医院だった。24年の勤務を経て独立し現在のクリニックを開業させ、15人のスタッフと働いている。大きな窓から外の光が注ぎ込む室内は「歯医者へのネガティブな雰囲気をなくして、色々な人が来やすくしたい」という気持ちでデザインされたものだ。子どもも親しみやすいよう、山内さんはアニメのキャラクターがプリントされたシャツを着る。「地域に根差し、長く続けていける歯科医院にしたい」という思いから、クリニックの名前に所在地の「千束町」を冠した。 開業当初、コロナ禍の中で「外出自粛」が叫ばれていた。地域には、歯医者に行きたくても行けない人がいた。一方で、新型コロナの感染予防に口腔ケアが有効だとされた。歯科医として何ができるのかを考えた山内さんが市に持ちかけたのが、歯ブラシ1000本の寄付だった。 市と相談して2年目からは、経済的な問題を抱える市内の一人親世帯の子どもを支援の対象にした。年々、寄付する本数は増え、今年は2011本になった。歯ブラシはクリニックで購入し、活動に賛同する企業から寄せられた歯磨き粉などを付けている。丁寧に施されたラッピングは、忙しい業務の合間にスタッフが手作業で行っている。 嫌がる子には磨く順番を決めて 子どもに向けて山内さんは「虫歯の細菌が口に定着してしまうのが、おおよそ1歳半から2歳10カ月までといわれている。離乳の時期から定期的にケアしていくことが大切」だとし、歯磨きを嫌がる子どもへは「磨く順番を決めてあげる」ことを勧める。「例えば右のほっぺ側から左側へなど、ルートを決めてあげると伝わりやすい。細かい磨き方はいろいろあるが、同じ場所だけ磨くのはだめなので、まずは順番を決めてあげると磨き残しがなくなる」と言う。 また山内さんが繰り返すのは「健康寿命を伸ばすためにも、定期的に口の中をケアすることが大切」ということだ。「全身の健康は口から全てが始まる」と言い、「放っておくと、加齢とともに歯周病が進行し歯は抜けていく。定期的に歯をケアすることで、(衰えの)角度をゆるめていける。健康寿命は伸びていく」。 山内さんは現在、市内の内科医と連携して他の疾患への対応にも臨んでいる。「歯周病の病原菌が、脳疾患や脳血管障害、血管、心臓の病気にリンクしている。(歯科と内科の)両方をコントロールしないと病気は良くならない」と話す。 継続していけるように 「土浦は、大学を卒業してすぐに縁があった街。再来年で土浦で働き始めて30年になる。クリニックの開業は、土浦への感謝と恩返しの気持ちがある」と山内さんは言う。「患者さんに対して、安心・安全で、満足度が高い治療を継続できる医療機関であることが責務。地域の歯科医療に携わり続けられるよう、私一代で終わらせるのではなく継続していけるようにしていかなければいけないと思っている」と今後への思いを語る。(柴田大輔)

自然災害と農協の役割を考える《邑から日本を見る》174

【コラム・先﨑千尋】元日の能登半島地震で始まった2024年はまもなく終わる。「異常」気象が当たり前となり、酷暑の夏だった今年。そして、いつどこで起きるのかが分からない地震と豪雨。まるで昨今の世情をあざ笑うように思える。能登半島では9月に記録的な豪雨となり、河川が氾濫し、豪雨による土石流災害が各地で発生し、仮設住宅も床上浸水。2次被害を被った。 豪雨被害地・秋田を訪問 私は能登半島には足を運んでいないが、今月初めに豪雨災害を受けた「秋田しんせい農協」管内を歩いた。7月末に秋田、山形両県を襲った記録的大雨により、秋田県での農林水産関係の被害額は185億円を超え、犠牲者も出ている。 同農協管内では2000ヘクタールの農地が冠水、浸水して土砂・流木が流入し、全耕地面積の26%になった。被害額は78億円に達し、その他に農協のカントリーエレベーターが稼働できなくなるなどの被害も出ている。 私が住んでいる旧瓜連町の面積は1466ヘクタールだから、それよりもはるかに広い。水害発生時は水稲の出穂時期。水路が崩落し、冠水しない水田でも水が入らなくなった。農協では水田に入水するためのポンプ・発動機を手配し、いもち病防除のために、ドローンによる農薬散布を実施した。 農協ではさらに、国や県、国会議員などあらゆる方面に支援を要請し、激甚災害指定を受けた。復旧工事には95~97%の補助を受けられるというが、いつ始まるのか、いくらかかるのか、見通しが立っていないと、同農協の佐藤茂良組合長は話している。 被災地に入り、被害を受けた山間部の農家の話も聞いた。「土石が水田に入り、農道や水路も寸断され、修復は個人ではできない。被害箇所が多すぎて、由利本荘市役所は何もしていない。復旧には数年かかるだろうが、その間、収入は絶たれる。個人負担もあるが、出せない。土地は本体国のものなので、修復は国がやるべきだ」などの話が聞けた。 農産物自給運動の発祥の地 今年は夏から米価が高騰し、民間業者がコメを買いあさり、農協への出荷が大幅に減っているという。しかし、同農協管内では秋の集落座談会で「困った時こそ助け合いの精神。今こそ協同組合の真価を発揮する時だ。コメを1俵でも多く農協に出荷してくれ」と訴えた。そのため、管内からの流出は出荷契約数量の2%程度にとどまったという。 同農協は合併して28年たつ。その間、米価は半分に下落した。それに合わせるように、管内の農地、農家戸数、組合員が減り続け、農協の販売取扱高も半減した(コメは6割減)。そこで農協では、組合員のために農協をなくしてはならないと考え、支店の統廃合など様々な効率化を図った。その結果、赤字だった営農経済部門を黒字化し、出資配当だけでなく利用高配当もできるようになった。 効率化戦略が一段落したので、農協では成長戦略に舵を切り、地域農業ビジョンを打ち立て、そのための体制も整えた。そうした中での今回の大災害。私はコメの販売戦略、有機農業と学校給食への取り組み、地域の消費者と結びつく直売所の拡充、自給運動など、生活視点での活動の展開を組合長に提案した。ここはかつての農産物自給運動の発祥の地─合併前の「仁賀保町農協」なのだから。(元瓜連町長)

主力 長谷川の穴埋められず ロボッツ、長崎に敗退

男子プロバスケットボールBリーグ1部(B1)の茨城ロボッツは21日、水戸市緑町のアダストリアみとアリーナで長崎ヴェルカと対戦し75-91で敗れた。茨城は2026年開幕の最上位リーグ「Bプレミア」への参入を決めたばかりだった。長崎も参入が決まっている。今季の茨城の通算成績は7勝16敗で東地区6位。22日は同会場で再び長崎と対戦する。 2024-25 B1リーグ戦(12月21日、アダストリアみとアリーナ)茨城ロボッツ 75-91 長崎ヴェルカ茨城|20|25|15|15|=75長崎|23|25|13|30|=91 茨城は第3クオーター(Q)までは長崎と互角の戦いをしていたが最後に突き放された。60-61で迎えた第4Q、長崎はマーク・スミスやジャレル・ブランドリー、馬場雄大らが得点力を発揮し前半5分間で16点を挙げ、この間に茨城はわずか2点しか奪えなかった。その後は遠藤善の3点シュートやジェハイヴ・フロイドのバスケットカウントなどで追い上げるがなかなか点差は縮まらず、最後は5ファウルに追い込まれた。 「4Qの頭から相手が守備の強度を上げてきて、自分たちはそのプレッシャーで攻撃のリズムが悪くなり、守備も崩れてしまった」と茨城、中村功平の談。クリス・ホルムヘッドコーチ(HC)は、相手の得点源であり28点を奪われたスミスへの守備を例に挙げ「彼に対しては選手全員が責任を持って守らなければならないと話していたが、マークを受け渡す場面で得点を許してしまった。特に4Qは、全員がそこに集中してプレーすることができていなかった」と評した。長崎が古巣のフロイドは「相手がフィジカルに戦ってくることは分かっていて準備していたが、それを40分続けられなかった。明日は意識を集中して試合に勝ちきりたい」と話した。 茨城はチームの要である長谷川暢がアキレス腱断裂の重傷で前節からチームを離脱しており、代わりを務めるポイントガードが課題だった。この日は今季新加入の駒沢颯が前節に続いてスターターを務め、約20分間コートに立ち、3点シュート5本を含む17得点と4アシストの活躍。「前節の北海道戦ではガード陣の得点が少なかったので、今日はオープニングから積極的にシュートを打っていった。明日も常に前を向いてアタックしていきたい」と意気込んだ。後は駒沢がベンチに下がった時間帯をどうするかだが、平尾充庸はまだ本調子ではなく、久岡幸太郎もこの試合ではミスが多かった。 「長谷川とエリック・ジェイコブセンという主力2人が長期離脱中。いままではこういう場面で選手が下を向きがちだったが、今は不利な場面でも戦うことを止めないチームになってきた。ただ、成長はしているがまだ完璧ではない。全員が共通認識のもと責任を持って戦い、ロボッツがBプレミアの舞台にふさわしいチームであることを証明したい」とクリスHCは先を見据える。(池田充雄)

野山に消えた子たち 「ひきこもり」その5《看取り医者は見た!》32

【コラム・平野国美】今風に言えば「ひきこもり」とか「不登校」と呼ばれるであろう子供たち。通学路から外れ野山に消えていった子供たち(12月6日掲載)。元気であれば齢90前後になる彼らの人生はその後どうなったのか? 就職はできたのか? 社会からドロップアウトした状態で過ごしたのか? 私の患者さんの話は意外でした。「当時、貧しさが理由で学校に通えなかった子が多くいました。そうでなく、勉強が嫌いなのか、みんなと群れるのが苦手なのか、野山に消えて行く子が、私の周りに3名ほどいました。3人とも普通に大人になり、うち2人は社長になりました」 私には「不登校」「ひきこもり」と「社長」に違和感がありましたが、この患者さんの話には驚きました。 「社長と言っても、株式を上場するような一流会社じゃないですよ。家族経営の土木や建築会社を立ち上げ、自分も現場に出て朝から晩まで働き、いつの間にか仲間を増やし、会社の看板を掲げていた。あの2人は頑張ったんだ」 なりふり構わず働く姿は想像できました。しかし疑問も湧きました。「小さい会社でも帳簿付けなどの能力が必要と思うのですが、学校に行かないことで読み書きや計算にハンディがあるのに、独学で何とかしたのでしょうか」 私の患者さんは笑いながら、「いや、2人とも読み書きはできなかったな。親戚の人や妻が事務的なところはやっていた。彼らは肉体的に働いていた。見ていてすがすがしかった」 みんな、呼んでくれてありがとう 患者さんは話を続けます。「70歳のとき同窓会を開いたんです。1人は欠席でしたが、もう1人は黒塗りの運転手付きの高級車でやって来ました。会の中で、1人ずつ近況を報告する時間がありました。彼は決して偉ぶる感じもなく、子供のころの表情で、みんなの前で話そうとするのですが、うまく話せないんですよ。口下手でね」 「やっと出た言葉、『オレ、学校にほとんど行ってないのに、みんな、呼んでくれてありがとう』と言うのが精一杯なんですよ。恥ずかしそうにしているから、そばに行って、お前、頑張ったなって肩をたたいてやったら、泣いて喜んでいた」 私の友人でも、彼らのその後を聞くと、意外な活躍をしている人がいます。バランスよく規格にはめようとすると、外れてしまう子供もいるのです。患者さんから聞いた規格外の人たちの生き方を見ていると、興味深いものがあります。(訪問診療医師)

墳丘の輪郭を探る 土浦 常名天神山古墳から大量の埴輪片

土浦市常名(ひたな)の市指定史跡、常名天神山古墳で21日、発掘調査に当たった筑波大学考古学研究室の滝沢誠教授らによる現地説明会が行われた。壺型埴輪(つぼがたはにわ)の破片とみられる土器(須恵器)が大量に出土、前期古墳としての築造年代をより詳しく検討できることとなった。 前方後円墳の姿変わって再測量から 調査は同研究室と同市上高津貝塚ふるさと歴史の広場の共同で、2023年度から行われた。 墳丘の長さが70メートルから75メートルの前方後円墳。古墳時代前期、4世紀ごろの前方後円墳と見られていたが、後世になって墳丘の上に土砂が堆積し、地元常名神社の神域として手が加えられたりしたため、元来の輪郭が不明確になっていた。 西側「前方」部には宝篋(ほうきょう)印塔が据えられ、市指定工芸品にもなっているが、東側「後円」部の墳丘上に鎮座していた神社本殿は23年5月の火災で焼失した。 23年度の調査は古墳周りにトレンチ(溝)を数本掘っての再測量からスタートした。24年度は新たに6本のトレンチを掘って、地層や土砂の地質から墳丘の輪郭や傾斜を割り出す発掘作業が行われた。 考古学研究室の学生らが実習の一環として取り組んだ。トレンチは幅1メートル、長さが4~6.5メートル。在来の関東ローム層や常総粘土の地層が出てくるまで垂直に掘り進める作業だ。 その結果、地質の違いから、墳丘の大半は元々あった丘を削ってならす「地山削り出し」の手法で築造されたことが明らかになった。 前期古墳に特徴づける壺型埴輪 前方後円墳はお椀を2つ伏せたように並んでいる見た目だが、西の前方部は後世の盛り土で、高さが数メートルせり上がっていることが今回初めて突き止められた。 これらのトレンチからは大量の土器片がみつかった。古墳時代の前期、特に東日本での副葬品を特徴づける壺型埴輪の破片だ。いわゆる人型や馬型の埴輪が出てくるのは古墳時代の後半5世紀以降になってからだそうだ。 今回は「コンテナ3箱分」(滝沢教授)もの土器片が見つかった。前方と後円の中間部、「くびれ」部のトレンチからは長さが40センチほど「底の部分だけ欠けた」ものが見つかったという。 現地説明会には同市内外の古代史、郷土史ファンら68人が集まった。滝沢教授の総括的な解説の後、各トレンチで研究室の学生による説明が聞けた。展示された壺型埴輪片の周囲には人だかりが出来た。 同市上高津貝塚ふるさと歴史の広場の比毛君男副館長は「これで調査は完了。トレンチは埋め戻して報告書にまとめる作業に移る。出土品を展示する機会はぜひ持ちたい」としている。(相澤冬樹)

猪口孝先生の訃報に接して《文京町便り》35

【コラム・原田博夫】11月27日夜、思わぬ火災事故がTVなどで報道されました。猪口邦子・参議院議員の住居が火災に遭われ、その後、ご夫君・猪口孝先生(東京大学名誉教授)とご長女が亡くなられたことが判明しました。私は孝先生とは2011年に初めてお目にかかってから、重要なタイミングで刺激と激励を受けていましたので、残念な気持ちでいっぱいです。今回は、そうした経緯を踏まえたエピソードを3つ紹介します。 一つは、私が研究代表を務めていた専修大学社会関係資本(ソーシャル・キャピタル)研究センター(文部科学省私立大学戦略的研究基盤系施支援事業、2009~13年度)主催のシンポジウム「アジアのソーシャル・キャピタル―実態調査を踏まえて」(2011年12月3日)で、基調講演を引き受けていただきました。 孝先生は当時、新潟県立大学長(2009~17年)で何かとご多忙でしたが、自らアジア・バロメータ調査を精力的に進めていたこともあり、われわれの研究グループをその後発グループ(の一つ)として認めてくださり、その立ち上げを寿(ことほ)ぐ観点からも出向いてくださり、この種のサーベイ調査の課題を指摘してくれました。 二つは、孝先生が創始者・編集長を務めていたAsian Network for Public Opinion Research(世論調査のアジア・ネットワーク)の研究大会が新潟トキメッセで2014年11月29日に開催され、そこに招待されたことです。共同論文の発表後、数名の招待発表者と、孝先生の研究チーム(新潟県立大学以外の関係者も)数名による会食(情報交換の機会)を設定していただきました。 そこで、中堅・若手研究者に強調されていたことは、英語による論文・著作を発表することでした。学問で(それ以外でも)世界で認められるには、現状では英語だ、というのです。それを自らに課している、と繰り返していました。 先生のサービス精神に驚く 三つは、ISQOLS(国際「生活の質」研究学会)の第16回年次大会が香港工科大学で2018年6月14日に開催され、私もそこで共同論文を発表しまとき、孝先生は基調講演者でした。 私は会場の前方で聴講していましたが、孝先生が突然、私の名前を挙げ指さし、日本でもアジアをベースにしたサーベイ調査を進めている研究グループがいる、と言及してくれました。先生の講演後、数名が私に近寄り、情報交換を求めてきました。講演者の影響力は大だな、と実感した次第です。また、孝先生のサービス精神には驚きました。 前回コラム(11月24日掲載)で触れた英書(邦語タイトルは『アジアにおけるソーシャル・ウェルビーイング(社会的安寧)、発展、多様な近代化』)も、孝先生の叱咤激励へのささやかな回答の一つです。国連大学上級副学長(1995~97年)などの公職で多忙な中、若手の先導役も務めた猪口孝先生の御霊に同書をささげたいと思います。(専修大学名教授)

103万円の壁、メディアは正しく検証せよ《ひょうたんの眼》74

【コラム・高橋恵一】先の衆院選で国民民主党が「103万円の壁を撤去して手取りを増やす」という公約を掲げ、議席を4倍に伸ばした。さらに、所得税の基礎控除下限を103万円から178万円に引き上げ、地方税の基礎控除も同額以上に引き上げるよう主張している。 壁撤去の手段は、基礎控除を178万円まで引き上げるという所得税減税で、累進課税の裏返しだから、103万円の低所得者(210万円)の減税額に比して、高額所得者(2300万円)の減税額は約38万円ということになり、格差が拡大し、減税による経済効果も薄くて、期待できない。 ところで、103万円の壁見直しによって、年収103万円以内の給与で働いている人(約500万人?)の手取りは増えるのだろうか? 壁の撤去は、178万円まで給与を上げてもよいということで、給与を支払う側が、年額178万円に賃上げするということではない。 年末になって、年収の壁に達し、働き控えが起こると、職場が機能しないから、壁を越えて就労時間を増やせば給与が増えることになる。しかし、零細事業者にとって、人件費負担を増やすことは簡単ではない。最低賃金の引き上げや従業員の就労抑制の圧力で賃上げをせざるを得ないとしても、賃上げする原資の裏付けが無ければ、最低限の賃上げしかできないだろう。 国民民主党は手取り増加=賃上げをできる方策は示していない。一方の所得税減税の財源も明示していないから、受けを狙った「絵に描いた餅」と言わざるをえない。 手取り増は賃上げが大前提 低賃金を改善するには、最低賃金の引上げが必要だが、1500円への目標時期は5年後だ。それでも先行国のヨーロッパやカナダ、オーストラリアなどには遠く及ばない。 低賃金構造の根底は、中小零細事業者の置かれている日本の産業構造の偏りにある。大企業の下請け企業や原材料調達先への低コスト指向支配を変えなければなるまい。中小零細事業者やそこで働く労働者の交渉力も高めなくてはなるまい。 最近の報道では、来年の春闘の賃金要求額が、大企業労組は5%引き上げ、中小企業労組は6%引き上げ、合同労組・ユニオンは10%引き上げとなったという。全て要求通り実現したとすると、103万円以内の労働者は、113万円まで年収が増え、所得税と地方税が課税されても、3~5万円手取りが増え、壁の引上げがあれば、10万円手取りが増えることになる。国民民主党の最低賃金引き上げの主張は1150円で、年収113万円弱になる。同党の本音もそのあたりなのだろう。 いずれにしても、手取りが増えるかどうかは、雇用主が賃上げすることが大前提で、賃上げ能力を確保しなければ、実効性はないということだ。国民民主党や協議している自公与党も、壁の引上げを支持する経済評論家やメディアも、手取り増額の具体的手法を提示していない(できない?)。無責任な議論としか言えない。 最近の政党のプロパガンダは、フェイクまがいのものも多いのに、SNS効果で世論をミスリードする例が増えている。マスメディアは適切なファクトチェックをすべきだ。(地歴好きの土浦人)

最上位のBプレミア参入決定 茨城ロボッツ

プロバスケットボールのBリーグが2026-27シーズンから創設する最上位リーグ「Bプレミア」のライセンス交付クラブが19日発表され、茨城ロボッツにライセンスが与えられた。これでリーグ初年度にBプレミアでプレーするクラブは24になった。最終的な顔ぶれは26日のBリーグ理事会を経て決まる。 Bプレミアは現在のB1・B2リーグが採用している競技成績による昇降格制ではなく、①平均入場者数4000人以上 ②年間売上12億円以上 ③Bプレミア基準のアリーナ要件ーの3つの条件を満たしたクラブが参入できる。初年度の2026-27シーズンについては今年10月までの1~3次審査で22クラブが決まっており、今回の4次審査で茨城ロボッツと京都ハンナリーズが加わった。翌年度以降は継続審査により資格を問われることになる。 発表の瞬間、手を取り合って喜ぶ川崎社長(左から3人目)、と高橋市長(同2人目)ら ライセンス交付直後、水戸市中央の水戸市役所4階会議室で記者会見が開かれ、茨城ロボッツスポーツエンターテインメントの川崎篤之社長、落慶久ゼネラルマネージャー(GM)と、高橋靖水戸市長、県バスケットボール協会の岡田裕昭会長が出席した。 川崎社長は「この地域にロボッツが必要だと思ってくださる大勢の方々の頑張りに支えられた。ホームタウンの人口規模や経済規模も小さい中、大都市圏のクラブと同じ条件で戦うのは、針の穴を通すような至難の道だった。経営破綻からスタートして10周年、ようやくスタートラインに立った思い。ロボッツをあきらめないという思いやストーリーを20、30年先へつなぐため努力を重ねていく」などと思いを語った。 落GMは、2031年に日本一になるというクラブの長期目標に向け、Bプレミアを戦っていけるチームづくりとして「常に成長できる組織にする。応援してくれる方々に誇りに思ってもらえる、魅力あるチームを披露できるよう一丸となって準備していく」と話した。 このほか大井川和彦知事が「さまざまなハードルを見事クリアされライセンスを獲得されたのは、チーム関係者とブースターの皆様の努力の賜物。今後のますますの活躍を期待します」との談話を寄せた。(池田充雄)

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