土浦市千束町の歯科医院「千束町歯のクリニック」が2020年から毎年、土浦市を通じて市内の一人親世帯に子ども用歯ブラシを寄付している。
同クリニック院長の山内隆弘さん(52)は「欧米の研究でも歯科疾患への罹患率と経済状況は相関関係があると分かっている」とし、一人親世帯は経済的な問題を抱えやすい。さらに親が働きに出ることで子どもにかけられる時間が限られることから「優先順位として、歯科医院が後回しになりがち。来院できなければ、歯科医である我々は(歯の問題に)介入できない。歯ブラシの提供は、違った角度からの問題への介入になると思っている」と寄付活動の意義を説明する。
コロナ禍がきっかけ
山内さんは「活動のきっかけはコロナ禍」だったと話す。「クリニックの開業日が、緊急事態宣言が初めて発令された日だったんですよ」と振り返る。開業したのは2020年4月。同市千束町に個人歯科クリニックをオープンさせようと準備する中で、新型コロナウィルス感染が急拡大した。準備していた内覧会が中止を余儀なくされるなどし、「こんな状態になるとは思いもしませんでした」と当時の混乱を思い出す。
千葉県出身の山内さんが大学を卒業して勤務したのが土浦市内の歯科医院だった。24年の勤務を経て独立し現在のクリニックを開業させ、15人のスタッフと働いている。大きな窓から外の光が注ぎ込む室内は「歯医者へのネガティブな雰囲気をなくして、色々な人が来やすくしたい」という気持ちでデザインされたものだ。子どもも親しみやすいよう、山内さんはアニメのキャラクターがプリントされたシャツを着る。「地域に根差し、長く続けていける歯科医院にしたい」という思いから、クリニックの名前に所在地の「千束町」を冠した。
開業当初、コロナ禍の中で「外出自粛」が叫ばれていた。地域には、歯医者に行きたくても行けない人がいた。一方で、新型コロナの感染予防に口腔ケアが有効だとされた。歯科医として何ができるのかを考えた山内さんが市に持ちかけたのが、歯ブラシ1000本の寄付だった。
市と相談して2年目からは、経済的な問題を抱える市内の一人親世帯の子どもを支援の対象にした。年々、寄付する本数は増え、今年は2011本になった。歯ブラシはクリニックで購入し、活動に賛同する企業から寄せられた歯磨き粉などを付けている。丁寧に施されたラッピングは、忙しい業務の合間にスタッフが手作業で行っている。
嫌がる子には磨く順番を決めて
子どもに向けて山内さんは「虫歯の細菌が口に定着してしまうのが、おおよそ1歳半から2歳10カ月までといわれている。離乳の時期から定期的にケアしていくことが大切」だとし、歯磨きを嫌がる子どもへは「磨く順番を決めてあげる」ことを勧める。「例えば右のほっぺ側から左側へなど、ルートを決めてあげると伝わりやすい。細かい磨き方はいろいろあるが、同じ場所だけ磨くのはだめなので、まずは順番を決めてあげると磨き残しがなくなる」と言う。
また山内さんが繰り返すのは「健康寿命を伸ばすためにも、定期的に口の中をケアすることが大切」ということだ。「全身の健康は口から全てが始まる」と言い、「放っておくと、加齢とともに歯周病が進行し歯は抜けていく。定期的に歯をケアすることで、(衰えの)角度をゆるめていける。健康寿命は伸びていく」。
山内さんは現在、市内の内科医と連携して他の疾患への対応にも臨んでいる。「歯周病の病原菌が、脳疾患や脳血管障害、血管、心臓の病気にリンクしている。(歯科と内科の)両方をコントロールしないと病気は良くならない」と話す。
継続していけるように
「土浦は、大学を卒業してすぐに縁があった街。再来年で土浦で働き始めて30年になる。クリニックの開業は、土浦への感謝と恩返しの気持ちがある」と山内さんは言う。「患者さんに対して、安心・安全で、満足度が高い治療を継続できる医療機関であることが責務。地域の歯科医療に携わり続けられるよう、私一代で終わらせるのではなく継続していけるようにしていかなければいけないと思っている」と今後への思いを語る。(柴田大輔)