火曜日, 4月 7, 2026

「なぜギザギザ?」住民が団地フェス開き謎解き 県営小野崎アパート つくば

小野崎アパートはなぜギザギザなのかー。つくば市二の宮の県営小野崎アパートの住民が、ギザギザに設計された集合住宅の建築デザインをテーマに、ギザギザの謎を解き明かす団地フェス「小野崎アパートメントサマーフェス2022」を8月5日から8日まで、団地近くの洞峰公園新都市記念館展示ホールで開く。 約120世帯が暮らす同団地で、草刈りなど環境美化活動をする住民ボランティア団体「小野崎団地ローズマリーの会」(三浦一憲会長)が主催する。団地の写真や図面を展示して謎解きをしたり講演会を開催するほか、ジャズ演奏会を開く。 同団地は、日本を代表する著名な建築家の一人、内井昭蔵(1933-2002)が設計した3階建ての集合住宅で、筑波研究学園都市に約80施設ある、著名な建築家が設計した現代の名建築の一つだ。つくば科学万博が開かれた1985年に完成し、当初は、世界各国からやってきた科学博のパビリオンを運営するスタッフの宿泊施設になったという。 階段状にギザギザに設計された広いテラスなどが特徴で、「つくば建築フォトファイル」(NPOつくば建築研究会発行)によると、都市の中に健康な住宅をつくることが都市の空洞化を防ぎ健康な都市づくりにつながるという考え方をもとに、二つの仮説を立ててつくられたとされる。 住民が集まれる場に ローズマリーの会は2020年に設立。40代から80代の9人がメンバーで、毎月1回、敷地内の草刈りをしたり、芝生にウッドテーブルと椅子を設置したり、プランターをつくり草花を植えるなどしている。住民が高齢化していることなどから、環境美化活動を通して、孤立しがちな高齢者が外に出て親睦を深めることを目的にしている。 会設立3年目に当たり、団地にお祭りがないため、住民が集まれる場をつくりたいと今回、団地フェスを開く。将来、自治会と連携して小さな祭りを開くための実験的な位置づけになるという。 団地フェスの期間中、内井昭蔵の凝った建築デザインに対する敬意を込めて、三浦会長(69)らが撮影した小野崎アパートの四季の風景のほか、航空写真、図面など計20~30点を展示する。 5日夜は「小野崎アパートの建築遺産としての価値と環境」と題して、建築と高齢社会問題に詳しい東京大学大学院の大月敏雄教授が、同団地の建築の価値と住民の高齢化問題について話す。 6日夜は「大人のための記念ジャズライブ」として、宇都宮市を拠点に活動する塚本澄夫カルテットと、つくば市在住のジャズシンガー結城章子さんによるジャズ演奏会を開く。 三浦会長は「コロナ禍だが感染に気を付けながらやっていきたい。団地住民だけでなく、どなたでも気軽に遊びに来てもらえれば」と参加を呼び掛ける。(鈴木宏子) ◆同フェスは8月5日(金)~8日(月)午前10時~午後5時(最終日は午後3時まで)、つくば市二の宮、洞峰公園新都市記念館展示ホールで開催。入場無料。ただし記念講演会は5日(金)午後7時から、ジャズライブは6日(土)午後7時から、同館内のカフェで開催する。カフェでの開催のため飲食の注文が必要。いずれも事前予約不要。

子どもの幽霊が出るらしい《短いおはなし》5

【ノベル・伊東葎花】 タクシーの運転手をしていると「幽霊を見たことがありますか」などと訊かれることがある。答えは「ノー」だ。私には、霊感というものが全くない。 だから、客待ちの合間に誰かが怪談話を始めても、その輪に入ることはない。 「子どもの霊が出るらしい」 背中越しに聞こえてきた。またかと思いながら缶コーヒーを飲み干した。 夜、坂の手前で子どもが手をあげていて、うっかり乗せたら大変なことになるらしい。 修学旅行の怪談話みたいなひそひそ声で、内容はよくわからなかった。 「おお怖い。深夜に子どもは乗せるな、ということだな」 誰かが身震いしながらそう言って、怪談話はお開きになった。 下り電車が到着して、それぞれのタクシーがロータリーに向かう。 さあ、仕事だ。怪談話を気にする暇などない。 その夜、客を降ろして帰る途中、ライトが人影をとらえた。 ガードレールの切れ目で、手をあげている子どもがいた。 時刻は11時を少し回ったころだ。 てっきり親がいっしょだと思って車を止めた。 ドアを開けると、子どもはひとりで乗ってきた。 「さくら坂霊園までお願いします」 子どもが言った。霊園? この深夜に?  こんな時間に子どもがひとり。どう考えてもおかしい。 そこが、昼間の話に出てきた坂の手前だと気付いたときには遅かった。 昼間の話に出てきた子どもの幽霊だろうか。ちゃんと話を聞けばよかった。 「深夜に子どもは乗せるな」という言葉だけが、耳の奥で渦を巻いた。 しかしもう乗せてしまったものは仕方がない。私は車を発進させた。 後部座席は静まり返っている。バックミラーには何も映らない。 怖くて振り返ることは出来ない。 考えるな。前だけを見て運転しろ。 自分に言い聞かせて、ハンドルを握った。 初めて幽霊を乗せた、それだけのことだ。 霊園に着くと、きっと子どもは消えている。 そして後部座席が濡れている。そんなベタな話、今や誰も怖がらない。 大丈夫。怖くない。怖くない。 対向車もない寂しい林道を走り抜け、車は霊園に着いた。 クーラーがあるのに汗だくだ。車を止めて、恐る恐る振り向いた。 子どもはいた。つぶらな瞳で私をじっと見ている。 「いくらですか?」 はっきりした声だ。なんだ、普通の人間の子どもじゃないか。 何を怖がっていたんだ。 そうだ。この先に住宅が数軒ある。きっとそこの子どもだ。 塾か習い事で遅くなって、タクシーで帰るように親に言われたのだ。 バックミラーに映らなかったのだって、この子が小さいからだ。 まったく何を怖がっていたんだろう。 霊感がない私に、幽霊が見えるはずがないだろう。 ほっと肩を下ろしてにこやかに答えた。 「970円です」 子どもは、誰もいない助手席に向かって話しかけた。 「970円だって。お母さん」 (作家)

多世代交流「子ども第三の居場所」 つくば市内でカフェ事業スタート

つくば市内で低所得・ひとり親家庭向けの無料塾や障害者のグループホームを運営するNPO法人、居場所サポートクラブロベ(つくば市島名、森美智子理事長)が、同市緑が丘に「子どもの第三の居場所」事業による「みんなのカフェ・ロベ」を開設、29日には開所式が行われた。カフェは週に3日(月・水・金)、午後2時から8時の間、食事の提供や勉強のサポートなどを通じて子どもたちに居場所を提供するとともに、地域住民も利用できる。多世代の交流を通じて「誰一人取り残されない地域子育てコミュニティー」作りを目指す。 「子ども第三の居場所」は、日本財団(東京都港区)が2016年から始めた事業で、困難な状況にある子どもたちに、家庭や学校以外に、放課後に安心して過ごせる居場所を提供し、バランスの取れた食事や学習支援などを通じて、子ども自身の力を育むことを目的としている。同事業による「居場所」は、準備中も含めて全国で179カ所あり、県内では笠間市にある「ともだちの家」に続く2例目となる。 同法人は、2011年3月につくば市内で始めた学童保育を皮切りに、2016年には同市初となる、貧困世帯向けの学習支援無料塾「Robeつくば学習会」を開設した。その後、無料塾に通う発達障害など困難を抱える子どもの親から、「自分が亡き後、果たして我が子は自立できるのか」という相談を受けて障害事業を開設した。現在は、無料塾の他に障害者グループホーム、放課後デイサービス、児童クラブなどを運営している。 今回のカフェ開設について、森美智子理事長は「地域のシニアや子どもたちなど、多世代が交流できる場所を作るチャレンジ。今までの経験をブラッシュアップしながら、地域に喜ばれる事業をしていきたい」と思いを語る。 「ただいま、おかえり」言い合える 施設は2階建て、「ただいま、おかえり」と言い合う家庭的な雰囲気を意識したという。室内には4部屋があり、1階には子どもや保護者のリラクゼーションにつなげるためのヒノキを用いた大きな机が用意され、特注したという鍵付きの大きなロッカーにはランドセルや手提げ袋を収納できる。2階にはボルダリングなどの遊具も準備されている。カフェの目印にもなる赤い螺旋(らせん)階段を登ると、緑の人工芝が敷かれた屋上に出られる。森理事長は「屋上を作りたかった。コロナ禍で引きこもるなど、心を病んだ子どもが増えた。夜眠れない子どもも、太陽に当たることでぐっすり眠ることができる。重要性を感じている」と思いを語る。 「カフェ・ロベ」は、おやつや夕食を低額で提供する食堂のほかに、宿題をサポートする学習塾や、外国にルーツのある保護者などに日本語を教えたり、習字やアート教室などの習い事教室を開催する。(柴田大輔) ■問い合わせ NPO法人居場所サポートクラブロベ 電話:029-886-9318

茨城空港とTXはいいね 《令和楽学ラボ》19

【コラム・川上美智子】新型コロナが少し落ち着きを見せた5~7月、茨城県内での3年間の巣ごもりを解禁し、茨城空港から福岡と淡路島に飛び立ちました。どちらも1泊2日の日程でしたが、十分に目的を果たすことができ、この空港の価値の高さを再認識しました。 若いころから海外旅行が大好きで、成田空港はよく利用してきましたが、お隣に行く気分でローカル空港を活用すると、行動範囲が一挙に拡大することを実感しました。茨城空港のもう一つの魅力は、駐車場が無料で、ドアtoドアで手軽に空港に行けることです。 発着するスカイマーク便は、札幌、神戸、福岡、那覇の国内主要都市と茨城を結び、幼い子どもでも高齢者でも、簡単に短時間で目的地に運んでくれます。また、遠方から容易に旅行客を招き入れることができます。そのためか、家族連れも多く搭乗し、飛行機は満席でした。 先週あたりから、新型コロナ感染症の第7波が猛威を奮いはじめ、次にいつ利用できるかはわかりませんが、人気でチケットの取得が難しいので、便数を増やしてもらえると助かります。 TX延伸は県にとって死活問題 ところで、つくば市と秋葉原を結ぶTXの延伸が大きな話題となっています。振り返ると、TXがつくば市にもたらしたものは想像以上に大きかったと思います。1970年代の筑波研究学園都市の建設、1985年の科学万博開催、2005年のTX開通により、つくばは大きく発展してきました。 建設期のころ、県の公共事業再評価委員を拝命していたことから、つくばの開発現場を視察する機会がありました。そのときは、どこまでも広がる大地や林を前にして、このような田舎に人が住むようになるのだろうかという印象でした。一緒に視察した委員たちも、この開発は大丈夫かなと心配していました。 TXの1番電車にも試乗しましたが、田んぼや畑の中をひた走るTXの車窓からは、建物らしいものはほとんど見えませんでした。 今、TX沿線は住宅ラッシュで、若い家族が増えています。また、私が園長をしている保育園では、東京通勤の保護者や、東京から転入してくる子育て家族が目立ち、つくば市は成長し続けています。このTXの延伸がどうなるかは、県内の市町村にとっては死活問題です。 実現の時期は2050年ごろと言われていますので、我が年代が見ることはかないませんが、高齢社会の中での公共交通という立ち位置を考えると、とても重要な問題です。日本の大都市やアジアの玄関口となるよう、茨城空港へのTX延伸を期待しています。つくば駅から石岡、茨城空港、水戸とつながることが、県全体の発展に大切だと思います。 私は淡路島に生まれました。神戸から船で島に渡る時代は、旅行も大ごとでしたが、明石大橋や大鳴門橋が出来たことで、大きく発展し続けています。今回の1泊2日の旅行でも、島の先にある大塚国際美術館(鳴門市)に、簡単に足を伸ばすことができました。(茨城キリスト教大学名誉教授、みらいのもり保育園長)

前年度比1.5倍の相談件数に 差別の認識高まったか 県障害者差別相談室

茨城県障害者差別相談室(水戸市)に2021年度、寄せられた相談は107件で、前年度から1.5倍増加した。28日オンライン開催された同相談室の21年度実績報告会で明らかにされた。報告会には県内の障害者団体のメンバーなど11人が参加した。 相談室は2015年に県障害者権利条例をもとに設置された。県が運営し、障害者やその家族、支援者などから、障害者差別に関する相談を受け付けている。相談内容によっては、関係者双方から事実を確認し、解決策として合理的配慮を提案したり、関係者間の調整などを行う。 相談件数は2016年度の173件をピークに毎年減少していたが、21年度は20年度の68件から1.5倍の増加に転じた。理由について、相談員は「昨年度の相談件数のうち、実際に差別に該当し、相談室の介入を必要とする事例が21件と、相談件数における差別事例の割合も増えている。どのようなことが差別に当たるのか、周知されてきたのでは」と話した。 相談室の介入で解決した具体例として、車いすでも利用できる施設なのに、受付の職員の認識不足で、車いすでの利用を断られた事例や、発達障害で急な変更への対応が難しいため、担当医の変更は早めに教えてほしいと伝えたのに、直前まで教えてもらえなかったケースが紹介された。 感染対策と合理的配慮の両立 一方、コロナ禍での新しい生活様式が定着したゆえの相談も出てきているという。例えば、聴覚障害児が出席する式典で、感染対策のために手話通訳者の立ち位置が登壇者から離れてしまい、両者を同時には見られないため、通訳者の立ち位置を変えてほしいという家族からの相談事例が紹介された。この事例では、相談室から式典開催者に働きかけた結果、感染対策と両立しつつ、可能な限り通訳者を登壇者に近づけ、該当児童の席を通訳者が見やすい位置に配置する対応がとられ、相談者の納得が得られた。 「オンライン授業が広がる中で、情報を得にくくなった聴覚障害者からの相談があるなど、感染対策と障害者への合理的配慮をどう両立させるかについての相談も増えた印象がある」と相談員は話す。 合理的配慮とは、障害者が他の者と同等の生活を営むために必要な環境の調整をいう。車いすでも店に入れるように、入り口にスロープを付けたり、聴覚障害者に筆談で対応すること。2016年施行の障害者差別解消法で、行政機関等は、過重な負担でない限り、合理的配慮を提供することが義務化された。努力義務とされていた民間事業者も、昨年5月の改正により、2024年5月には義務化になる。 今回の報告会では、過去3年間の相談件数における、相談者の障害種別や、医療や教育など、分野別の内訳が報告された。これに対し、参加した障害者等から「県内の地域別内訳も教えてもらえると、私たちも差別相談室の周知活動に協力しやすい」「3年後の差別相談室開設10周年の節目に、開設当初からの相談者の男女比や、分野別の相談件数をまとめてもらい、データをもとに私たち障害者団体も協力しながら、差別をなくしていきたい」などの意見が聞かれた。(川端舞)

朝鮮学校の県補助金再開を求める 土浦で市民団体総会

茨城朝鮮初中高級学校(水戸市)に対する補助金交付を県が停止している問題で、「朝鮮学校の子供たちの人権を守る会・茨城」の共同代表の尾池誠司弁護士は27日、土浦モール505ホール(土浦市川口)での同会総会で、「どんなに時間がかかろうが、(補助金再開が)実現するまで主張していく」と訴えた。この日は、同校の高石典校長が記念講演し、「財政的にも(朝鮮学校が)窮地に追い込まれることによって、ゆくゆくは朝鮮学校をなくしてしまえと言わんばかり」だと補助金交付停止の状況を「不当」と訴えた。 茨城の朝鮮学校、つくば・土浦に原点 私立各種学校にあたる茨城朝鮮初中高級学校へは、都道府県の判断で交付できる準学校法人立外国人学校運営費補助が1981年度から交付されてきた。しかし文部科学省が2015年度、「北朝鮮と密接な関係を有する朝鮮総連(在日本朝鮮人総連合会)が教育内容などに影響を及ぼしている」ことなどを問題視して、朝鮮学校が所在する28都道府県の知事宛てに「朝鮮学校に係る補助金交付に関する留意点について」を通知すると、茨城県は16年度の補助金交付の中止を決定し、現在に至っている。 一方、「人権を守る会」などの支援団体は、県が教育の問題に政治・外交的な問題を持ち込んでいることなどを非難し、同年以降、要望書や、約2万筆の署名を届けるなど、県に対して補助金の再開を求める活動を繰り返してきた。 朝鮮学校は、日本の統治時代に朝鮮半島から渡ってきた人たちの中で、戦後の国土分断、政情不安、朝鮮戦争などから日本に残った約60万人が、子どもたちに母国語を学ばせるために各地に自力でつくった「国語講習所」が原点となった。茨城では、1946年2月に開校した朝連関本初等学院と谷田部初等学校が最も古く、その後、下館、土浦、北条など47年までに22校が開校したとされている。茨城朝鮮初中高級学校は、1953年に前身となる茨城朝鮮中学校が創立され、来年創立70周年を迎える。現在は児童・生徒を含め県内外から48人が在籍している。 県「再開を検討する状況にない」 日本政府は2012年に朝鮮学校を高校無償化から、19年からの幼保無償化制度へは他の外国人学校とともに対象から除外した。さらに、コロナ禍で困窮した学生に国が最大20万円を支給した学生支援緊急給付金制度では、朝鮮大学を対象外とした。 高校無償化からの除外に対しては、これを違法だとし、学校の運営法人や卒業生らが全国5カ所で訴えたが、すべての裁判で敗訴が確定している。しかし、国連の子どもの権利委員会は、高校の授業料無償化から朝鮮学校だけを外した日本政府に対し、「他の外国人学校と同様に扱うべき」であるとし、見直しを求める勧告を出した。また、東京弁護士会は「朝鮮学校に在学する生徒の学習権を侵害し、平等原則に違反するおそれが大きい」と声明を発表している。朝鮮大学を給付金の対象外としたことに対しては、国連人権理事会の特別報告者4人が「差別」であるとして政府に是正を求めている。 NEWSつくばの7月28日の取材に対し、県は、補助金の交付再開について、政府が見解を変更させていないことをあげながら、「状況に何ら変化はなく、再開を検討する状況にはない」とこれまでの主張を繰り返した。

「マイナポイント」のこと 《ひょうたんの眼》51

【コラム・高橋恵一】マイナンバーカードを取得すると、2万円相当の「ポイント」が付与されるので、早く取得するようにと政府は躍起になっている。取得率の高い市町村には、地方交付税を増額するという。商品やサービスの販売促進のために、ポイント付与がまん延しているが、「おまけ商法」の色彩が濃くなってきているのではないか。 つまり、必要の無いものをおまけで釣って、売りつける商法であり、景品表示法で規制されている取引である。意地悪く言えば、価値のないもの、粗悪なサービスを、景品(ポイント)で目くらましをして、販売していることになる。 前にこのコラムで、高田保の「ブラリひょうたん」に出て来る「奈良の旅館・日吉館」の紹介をしたことがある。多くの古美術研究者が贔屓(ひいき)にしている旅館に、学生たちが「米」だけは背負って来たから安く泊めてくれと言ったら、宿の主人は「50円でよろしい。その代わり、他の客より1時間早起きをして、できるだけ沢山観て廻(まわ)りなさい」と応じたという話だ。 戦後の間もない時期だが、大赤字に違いない。古都の奈良美術を誇りとしている宿屋の気概が見えて、いかにも小気味よい。現代のポイント付与もこうあってほしい。 しょせん、IT関連業界の「もうけ」話? マイナポイントは、国の重点政策遂行のための手段だろうが、現金に代わる「おまけ」で釣り、市町村を叱咤(しった)してまで推進する「マイナンバーカード」の取得は、古都奈良の美術ほどに貴重な制度で、美術学生に役立つほどに国民生活が便利になるのだろうか? そう国民に理解されているのだろうか? 今日も、政府(デジタル庁、総務省、厚生労働省)が新聞全面広告で、2万円分のマイナポイントがもらえるから、9月末までに申請するようにPRしている。しかし、マイナンバー制度の内容も、国民の具体的メリットも、政府のメリットも書かれてはいない。マイナンバーカードの具体的な取り扱い方もわからない。 常時携帯しなくてはいけないのか? 反対に、紛失したり、悪用されたりしないために、金庫などに保管しておかなくてはならないのか? オレオレ詐欺にあったらどうするのか?至近の報道では、「旧統一教会」が信者の資産状況を事細かに調べ上げているそうだが、個人情報が大量に流出してしまうことは無いのか? 中国では、同様の国のデータから10億人分が流出し、取り引きされているという話もあるが、大丈夫なのか? 先の全国民への10万円給付の際、マイナンバーカードで申請すれば、早くもらえるという触れ込みだったが、マイナンバーと住民基本台帳がリンクされておらず、世帯員の扱いが手作業になってしまって、紙申請より給付が遅れてしまった。要するに、システムの準備が出来ていないのだ。大丈夫なのか? マイナンバー制度に限らず、日本のデジタル化、IT化は、世界に後れを取っているといわれるが、大きな要因に、国の制度、政府の所管するシステムなのに、制度設計から維持管理まで、外部委託してしまっているからではないのか? しょせん、IT関連業界の「もうけ」になってしまうのではないか? このような、国の中枢を担う制度の設計と管理は、政府が自ら責任を持って、細部まで練り上げることが必須だ。(地図好きの土浦人)

第2の人生で生きがいを見つけて《菜園の輪》6

【コラム・古家晴美】時折、畑で裸足(はだし)になる。春にはイキイキとした土の生命力を感じ、夏には熱気を帯びた土の荒々しさ、秋にはそれが落ち着いた感じが足からじかに伝わってくる、と語る小島幹男さん(76)。本格的に野菜づくりを始めたのは、教員を定年退職してからのことだった。健康のために体を動かしたい、耕作放棄したら雑草が生い茂り近所に迷惑をかけるのではないか、という思いからだった。 筑波山麓の農村地帯に代々住んでいる。子供の頃は、田んぼを1町5反歩(約1.5ヘクタール)、畑を6反歩(約60アール)所有し、その半分は家族で耕作していた。畑では、自給用の麦や野菜を栽培したという。残りは人を雇ったり、住み込みのお手伝いの女性の手を借りた。現在、自家用の畑は当時の半分の3反歩(約30アール)になったが、それでも7人家族では、食べきれないほどの大量の野菜が収穫される。 幹男さんのこだわりは、極力、農薬を使わないことだ。アブラムシが付くと枯れてしまうそら豆以外は、作物に穴が空いても、薬は使わない。また、様々な品種の野菜や、人があまり作っていないゴマ、昔懐かしい金マクワなどを作るのも楽しみだ。 今の時期、アスパラガス、ピーマン、シシトウ、万願寺とうがらし、ナス、トマト、キュウリ、ズッキーニ、ゴマ、スイカ、ヤマトイモ、春菊、ドジョウインゲン、ネギ、ショウガ、プリンスメロン、小豆、とら豆、ゴボウ、はぐら瓜、オクラ、落花生、トウモロコシ、花豆、黒豆、里芋、さつまいも、かぼちゃ、キクイモ、金マクワに、梅、柿、栗、ブルーベリーと、約30種に及ぶ野菜やくだものが畑に植えられている。 セットにして親戚・知人・友人に配る これに、ピーマンならば緑・赤・黄、ナスは水なす・米ナス、トマトは赤と黄のミニトマトに中玉の2種類、緑色と黄色のズッキーニ、スイカは赤・黒(赤)・黄・小玉、かぼちゃは大ぶりのかぼちゃの他に小さなかぼちゃ―など、多品種を栽培している。特にじゃがいもは、店頭に並ぶもの以外に、皮も中身も赤いもの、皮が黒く中身が紫色のもの、皮は赤いが中身がオレンジ色のものなど5種類作り、セットにして親戚や知人、友人に配る。 配って評判がよかった品種を、翌年の作付けに反映させることもある。まさに「菜園の輪」が出来上がっている。畑仕事について、家庭菜園入門書には載っていないプロのコツを教えてくれたのは、隣の畑のおじいさんだった。畑で10時に共にお茶を飲みながら、色々な知識を得てきた。 耕作放棄地問題が取り沙汰されて久しい。特に、今の時期、雑草と格闘しながら、日々、田畑を管理するのは、重労働だ。しかし、土を通した四季の移ろい、多くの人とのつながり、新たな野菜との出会いなど、菜園は様々な輪をもたらしてくれるのではなかろうか。(筑波学院大学教授)

土浦日大 力尽く 甲子園切符は明秀日立に【高校野球茨城’22】

第104回全国高校野球選手権茨城大会は27日、ノーブルホームスタジアム水戸で決勝が行われ、明秀日立が9回2死から3番・佐藤のサヨナラ2ランで土浦日大に勝利、悲願の初優勝を果たした。甲子園へは春夏連続出場となる。4年ぶりの決勝に臨んだ土浦日大は序盤に先制したものの、最後は明秀の長打力に屈した。 土浦日大は2回表に四球2つで1死一、ニ塁から香取がセンター前に運び先制、さらに死球で満塁とし河野の左前適時打で1点追加した。1死満塁の好機が続いたが上位打線が連続見逃し三振に倒れ、追加点を奪えなかった。 明秀日立は5回裏伊藤が中前打で出塁すると犠打で送り、本坊がライトフェンス直撃の三塁打を放ち、日大の中継ミスの間に一気に本塁に駆け込み同点とした。 その後土浦日大は先発河野から山田にリレー。9回2死まで抑えていたが本坊が3安打目となる右中間二塁打、続く佐藤が低めの速球をレフト芝生席へ叩き込むサヨナラホームランで大会初優勝を決めた。 土浦日大・武田優輝(たけだ・ゆあ)主将は「新チームになってからこの日のためにやってきたので悔しい。昨年夏から試合に出してもらっていて先輩たちと死ぬ気で頑張ってきた。先輩の分もやってやるという強い気持ちで入ったが力不足だった」と悔しい涙を流した。(高橋浩一) 「打った方を褒めるしかない」 土浦日大・小菅勲監督の話「試合内容からすれば、この結果は受け入れられる。明秀日立の猪俣、石井の小刻みに投手を入れ替える作戦に攻撃が繋がらなかった。相手は3回り、4回りに入るとフルスイング出来ていた。フルスイングから生まれたホームランは打った方を褒めるしかない。河野、山田両投手に関してはコーナーをついたピッチングができていたし明秀日立打線を4点に抑えたので上出来だった」

「まつりつくば」が変わるとき? 《映画探偵団》57

【コラム・冠木新市】今年の「まつりつくば」は、規模を縮小してTX研究学園駅前で開催することに決まったが、市民の間には微妙な感情が漂っている。「なぜ、つくばセンター地区で縮小してやらないのか」と不満気な人々。「今回だけは新型コロナがあるから仕方ないか」と認める人々。「もう2度と中心市街地には戻らないよ」と達観する人々。 さらに、そうした感情を察しつつ発言を控える人々。そのため、モヤッとした空気に包まれ、まつりを迎えるムードにはまだ今ひとつの状況だ。研究学園駅の方はどうなのだろうか? 「CO-EN」会場の件で「つくばまちなかデザイン」の人と話をしていたら、研究学園駅に行ってしまうのを非常に残念がり、「ウラ『まつりつくば』をやろうかと考えている」と本音を語ってくれた。 「まつりつくば」は、新住民と旧住民との交流の場として、1981年に有志によって企画されたという説がある。その後つくば市が誕生し、行政主体で運営がなされ、年々拡大してきた。私も30年前から参加しているが、大きく変化したのは、土浦学園線を通行止めにし、青森のねぶたがパレ一ドに出てきた1998年あたりではないか。 「なんでつくばに『ねぶた』なんだ!?」との陰口は耳にしたが、それはそれで多くの市民は楽しんでいた。2000年に、中央図書館~エキスポセンターの通りで始まった、ア一トタウン大道芸も若者たちを引き付け、拡大に貢献した。 私の一番の楽しみは、2日目の夜、ステージで繰り広げられる地元歌手・北条きよ美、川神あい、三ツ木清隆のショ一である。センター広場に周辺の人たちが集まり、応援合戦が繰り広げられる。ペンライトやキラキラしたグッズが配られ、応援を頼まれる。10数年前、面白さに気づきロック好きの探偵団員を誘ったら、ハマってしまい、最後まで見ていた。 歌手たちの地元愛あふれる語りも、好感がもてる。つまり「世界のつくばで村まつり亅の趣なのだ。やはりこのステージはセンター広場の窪(くぼ)んだ空間がよく似合う。 高倉健主演の『八甲田山』 映画俳優の高倉健は2度大きな変化を遂げた。1度目は『網走番外地』(1965)でやくざを演じ一躍人気者になったときだ。それまでは会社員役などが多かった。その後、年間10数本も出演し、任侠(にんきょう)映画ブ一厶を牽引した。2度目は、任侠映画から足を洗い大作『八甲田山』(1977)で聡明な軍人役を演じたときだ。 その後は、出演作品を年1~2本ぐらいに厳選し、国民的スターへと成長し、2013年に文化勲章を受けた。 『八甲田山』の終盤近く、雪中行軍を続ける徳島大尉(高倉健)が暴風雪に襲われ、一歩も進めなくなったとき、少年の頃を回想する3分あまりのシーンがある。花畑での追いかけっこ、川での水遊び、夏の夜祭り、母との墓参り、畑仕事の手伝い…。何気ない日常がきらめいて映り、この普通の生活が幸せなんだなと感じさせてくれる瞬間だった。 まつりは子どもたちの思い出となるものだ。新型コロナで2年間「まつりつくば」が中止となり、その間移住してきた家族はとても期待していたのに違いない。 10年前、「まつりつくば亅の責任者の1人に、企画にも市民を参加させたらどうかと提案したら、「そろそろそういう時期かな」と話していた。行政主導の「まつりつくば」の企画に、シン・新住民を含め、市民参加の仕組みをつくる時期が来ているのではなかろうか。サイコドン ハ トコヤンサノ。(脚本家)

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