火曜日, 4月 7, 2026

コーヒーの花が咲いた《続・平熱日記》116

【コラム・斉藤裕之】妻が亡くなった。長い間の闘病の末、最後は自宅で娘たちと一緒に過ごし眠るように旅立った。この数年は妻と毎週のように出かけ、相変わらず口ゲンカをしたりもしたが、彼女は残された時間を知っているかのように身の回りを片付け、子供達の喪服まで買いそろえ、公共料金の支払いの口座からネットフリックスの解約のことまで事細かに「パパへの申し送り」として書きまとめていた。 良き医者にも恵まれ自宅療養を選んだ妻。ちょうど夏休みに入って最後の1カ月は寝起きを共にしてやれた。そしてアトリエにベッドを置いて寝たいというので、猛暑の中アトリエを片付けて希望通りにしてやった。ある朝、アトリエからトイレに行くのに少しだけ敷居があってつまずきそうになるので、ベッドをアトリエから隣にあるリビングダイニングへ移動した。しかしその後、妻はトイレに行くことはなかった。 親兄弟だけのささやかな葬式。娘たちは花の好きだった妻をたくさんの花々で飾り、妻の好きだった曲をブルートゥースで流した。私は何も棺の中に入れてやるものを思いつかないでいたが、その朝探して見つけたつゆ草の青い花を入れてやった。 葬儀の前夜。にぎやかにお酒を飲みながら、思い出話をしているときのことだ。長女が話し始めた。「パパのどこが好きなの? あんなクソジジイなのにって聞いたの」。すると妻は答えたそうだ。「いろんなことがあるけど、パパの絵を見ると許せるの。ママはパパの絵が大好きなの」。 その言葉を聞いた瞬間、涙があふれてきた。芸大の同級生であった妻は、私の絵について今まで一言も口を出したことはない。すぐそばでずっと見ていただけ。これまでの不甲斐(ふがい)ない人生がこの瞬間に報われた気がした。絵を描いていいんだと思った。人生最高の宝物となったこの言葉を胸に。 白犬「ハク」と、妻と行った場所へ 葬儀の後、あんなに玄関にあふれていた靴も一足また一足となくなり、静かな日常に戻った。 私は早々に、段ボールで組み立てられたチープな祭壇を燃えるゴミに出して、簡素な木製の丸いテーブルに淡い花柄の布を掛けて妻の遺骨を置いてやった。布は最近長女夫妻が移った高円寺の新居を訪れたときに、車椅子で入った雑貨屋で見つけたもの。葬儀の時に使った大き過ぎる遺影も片付けて、次女が鉛筆で描いた小さな妻の絵を飾った。 妻が残していった大きなコーヒーの木。花が見たいと言うので、2カ月ほど前に買ったものだ。子供たちにも分けてやりたいと挿し木をするのを手伝った。その1ダースほどの小さな鉢に、ある日異変が起きた。一斉に白い花が咲き始めたのだ。 「ママ、コーヒーの花が咲いてる!」。小さな白い花を鼻に持っていき、「いい香り」と妻は満足そうだった。これを奇跡とみるか、たまたま開花の時期だったとみるかはどうでもよい。ともかく妻の願いはこうしてかなった。 それからもうひとつ。というかもう1匹。妻の希望で飼い始めた白い犬「ハク」。今となっては唯一の話し相手。車嫌いのこの犬をなんとか助手席に乗せて出かけてみようと思う。妻と行った場所へ。行けなかったところへ。ありがとう。本当に素晴らしい女性に出会えて幸せでした。(画家)

上り坂の市と下り坂の県のおはなし 《吾妻カガミ》139

【コラム・坂本栄】つくばの市民有志から「市内に県立高校を新設してほしい」「県営洞峰公園内に宿泊施設はいらない」との声が出ています。しかし、いずれの要望にも茨城県の対応は冷たく、市民有志と県の間のズレが目立っています。その原因は「上り坂」にある市と「下り坂」にある県の違いにあるようです。今回はそのおはなし。 県立高設立要望vs県立高整理整頓 県立高問題については、118「…学園都市は公立高の過疎地」(2021年10月18日掲載)で触れました。要望のポイントは、▽つくば市は人口が増えているのに市内の県立全日制高が減っている、▽このため市外の県立高や私立高に行かざるを得ない、▽平均的な生徒が通える県立高を近くにつくってほしい―ということです。 これに対し県は、県全体の人口減(下り坂の主因)や少子化を踏まえ、県立高を整理整頓しているのに、つくば市を例外扱いにできない―との考えです。新設など問題外で、せいぜい学級増で対応するスタンスと聞きます。TX効果(上り坂の主因)でつくば市は人口が増えていますから、県の教育インフラ抑制方針を適用するのはおかしな話です。 県立公園で稼ぐvs公園は散歩の場 洞峰公園問題については、134「県営の洞峰公園…市が買い取ったら?」(6月6日掲載)で取り上げました。こちらを仕掛けたのは県で、▽学園都市の代表的な公園の管理を民間にまかせ、▽そこに宿泊&BBQ施設をつくって管理会社に稼いでもらい、▽その上がりで公園整備費をまかないたい(できるだけ税金を使いたくない)―といった計画です。 これに有志市民が反発。宿泊施設が建つと酔っ払いで夜の散歩が不快になる、BBQ施設ができたらその煙や臭いで散歩が不快になる―と反対。計画取り止め(公園の現状維持)を県に求めています。 要は、県営公園を使って、県の魅力度アップ=新しい遊び場づくり=を図り、同時に少しでも稼ぎたい「貧しい」県と、つくば市には公園らしい公園が必要と考える「豊かな」市民の対立です。県は当初計画を修正はするものの、基本構想は変えないようですから、有志市民とのズレは埋まりそうにありません。 つくば市は県から「独立」したら? 私は、これら問題の解決は難しいと思い、上記2コラムで2つの提案をしました。県立高問題は、県を当てにせずに市立高をつくり、つくば市が自分で解決したらどうか―と。また、洞峰公園問題は、公園を買い取って市営公園にして、現状のまま市民に供したらどうか―と。県と市の置かれている状況と方向が違うのだから、市は県から「独立」したら?ということです。 つくば市は、市民有志の要望を踏まえ、ペーパーにして県に出しています。しかし、県立高校問題の解決、洞峰公園の現状維持には、書類を運ぶ仕事ではなく、独自のアクションが必要ではないでしょうか。(経済ジャーナリスト)

洞峰公園の3角決斗 《映画探偵団》58

【コラム・冠木新市】つくば市の洞峰公園野球場の青いベンチで考えごとするのが好きだ。円形の球場を眺めていると、『続・夕陽のガンマン/地獄の決斗』(1967)を思い出すからだ。 『続・夕陽のガンマン』のL・V・クリーフ 「善い奴、悪い奴、汚い奴」の原題を持つこの作品は、米国の南北戦争時代、墓地に埋まった20万ドルをめぐる、ブロンディ(クリント・イーストウッド)、テュコ(イ一ライ・ウォラック)、セテンサ(リ一・ヴァン・クリーフ)の争いを描いている。 ラストは、5000の墓標に囲まれた円形の中央広場での3角決斗だ。カラスの鳴き声のなか、3人はそれぞれ敵となる2人をにらみながら決定的瞬間を待つ。 7月31日(日)午後、茨城県主催の「洞峰公園パ一クPFI事業に関する説明会」が洞峰公園体育館で開かれ、これに参加した 。会場は満員で、椅子を30席追加するほどだった。県は改修事業を進める前提での説明に終始した。 質疑応答では、県のグランピング計画などに期待する人は2人だけだった。4000名の署名を集め、地域参加型の整備計画を進めようとするグループが発言した。しかし、県の計画に反対なのか、進め方に異議を唱えているのか、紛らわしい感じを受けた。 圧倒的に多かったのは、計画白紙撤回を訴えるグループだった。「何でも反対の市民活動か」と皮肉る人がいるかもしれないが、私には素朴な人たちに見えた。 私の提案:市が公園を購入or運営費を負担 4時間半ぐらいかかり出席者も半数ぐらいに減ったところで、私も提案というかたちで発言した。 県の目的は、にぎわいをつくり出し、利益を上げ、修繕・運営費用をひねり出すことにある。公園を30年間観察してきたが、来園者は年々増加、特に新型コロナ禍でどっと増えた。にぎわいはもう充分である。 しかし、修繕・運営費で悩む県の立場は理解できる。それなら、県は洞峰公園を手放し、つくば市に買ってもらったらどうか。それがダメなら、修繕・運営費を市に肩代わりしてもらったらどうかと話をした。 県が計画を強行すれば、県とつくば市民の間に亀裂が残る。それでは、「茨城県 魅力度最下位」をさらにアピールするようなものだ。 当初、五十嵐市長は駐車場を広げるため木を切るのは賛成だったようだが、これは、にぎわいをつくり出す県と似てなくはないか? そして計画反対側が強く訴えても、洞峰公園を知らない県民は、つくば市民の自分勝手としか思わないだろう。 では問題を解決する方法はないのか。つくば市が洞峰公園を購入するか、修繕費と運営費を肩代わりすればよいのだ。それを「バカなこと言うな」というなら、決斗で決めるしかない。 「善い奴亅「悪い奴亅「汚い奴亅 こういったことを青いベンチで考えていたのだが、3週間以上ベンチにこびりついたカラスのフンを見て、この件に関して市議と県議の発言が少ないことに気がついた。12月の県議選挙が近くなったら、何か発言が出てくるのかもしれない。 この問題で「善い奴亅「悪い奴亅「汚い奴亅に当てはまるのは誰だろうかと思いをはせ、ベンチを離れた。サイコドン ハ トコヤンサノセ。(脚本家)

茨城県は「賢い財政支出」を 《地方創生を考える》24

【コラム・中尾隆友】日本経済が長期低迷から抜け出せないのは、潜在成長率が過去30年にわたって低下し続けているからだ。潜在成長率というのは、経済的に持続可能な成長率のことを指しており、その国の長期的な経済の実力と言い換えることができる。 政治の不作為が日本を没落させた 日本の潜在成長率はバブル末期の1990年に4%程度と高かったが、2000年代には1%を割り込み、2010年代には0.5%まで低下した。日銀の最新の推計では0.2%まで落ち込んでおり、このままでは2020年代にマイナスになるのではないかと危惧されている。 潜在成長率が低下の一途をたどってきた背景には、人口減少や少子高齢化によるマイナス面が非常に大きいのに加えて、生産性が一向に伸びてこなかったという要因がある。 これは、政治の不作為によるものだ。バブル崩壊後に、国や自治体は景気を下支えするために一時しのぎの公共工事を繰り返してきただけで、それらの政策は潜在成長率を高めることにはほとんど寄与してこなかったからだ。 過剰なインフラ大国・日本 国土交通省や総務省の推計によれば、全国のインフラの維持管理・更新費は現時点で5兆円を優に超える。当然のことながら、20年後、30年後にはこの費用は膨らんでいく。最大で12兆円に拡大する見込みだ。 インフラの更新だけでも困難なのは明白であるため、国土交通省は自治体に対してインフラの取捨選択を促している。しかし、しがらみが多い自治体ほどその動きは逆行する傾向が強い。 インフラの総量を示す公的固定資本ストックは、日本がGDP比で126%であるのに対して、米国が61%、ドイツが45%にすぎない。私たちの子どもの世代のことを考えれば、「新しい道路をつくろう」とか「鉄道を延伸しよう」とか、無責任で愚かな考えは出てこないはずだ。 やるべきことは極めてシンプル 人口減少という大きな足枷(かせ)があるなかで、潜在成長率を引き上げようとしたら、1人当たりのGDPを引き上げていくほかない。要するに、働き手1人1人の生産性を向上させるため、恒常的な「人への投資」が必要不可欠になるというわけだ。 やるべきことは、極めてシンプルだ。生産性を高めるためには、国・自治体・企業が協力して「スキル教育(学び直し)」を広く普及させることだ。 日本は人への投資額が官民そろって先進国のなかで最低水準にある。国だけでなく、茨城県にも賢い財政支出を心がけてもらいたいところだ。(経営アドバイザー)

信じる自由と自由ゆえの不安 《遊民通信》46

【コラム・田口哲郎】前略 つくばの公園を歩いていて、日々うつくしい景色にいやされています。ふと道ばたに転がっている石に目がとまりました。福沢諭吉の幼い頃に石ころにまつわる興味深い話があります。諭吉少年の村には神社があり、村人は小さな社(やしろ)を熱心に拝んでいました。その中には神様がいるから、小さな扉は絶対に開けてはいけない。開けたら天罰がくだると教えられていました。 でも、好奇心の強い諭吉は扉を開けます。そこにあったのは小さな石ころです。諭吉は拍子抜けして、その石ころを投げ捨て、その辺の石ころとすり替えました。天罰がくだるかビクビクしていたけれども、結局何も起こらなかった。石ころに神さまが宿るなんてウソだと思った、という話です。 注目したいポイントは、村人と諭吉が石ころから読み取る情報が違うことです。村人は石ころから神さまを、諭吉は石ころから石ころを読み取ります。それぞれが石ころにふたつの情報を与えています。このふたつの情報は要するに、宗教と自然科学です。 諭吉の時代は村や集落単位で宗教が決まっていたけれども、現在信じるも信じないも、個人の自由です。自由は良いことです。でも、自由だからこその不安というものもあります。昔はがっちり個人がはめ込まれていた共同体が行なっていた心のケアが、古い体制から個人が解放されたと同時に無くなってしまったケースが多いです。だからこそ宗教が必要だとは言いません。必要かどうかは個人の自由です。 でも、必要な場合に、必要としている人に適切なケアがゆき届くことは必要だと思います。とくに、地縁と血縁がなく、都会の新興住宅地で孤独に暮らしている人々にはそうでしょう。 パーソナルな新しい宗教が必要とされている 特定の宗教を信仰はしていないけれども、神や超越的な存在を信じて、個人的な精神的世界を育んでいる人たちがいます。スピリチュアリティーと呼ばれる新しい宗教現象とみなされるものです。今までの宗教におさまりきらない宗教的なものを広く指す言葉です。オカルトなども含まれます。このスピリチュアリティーは今までも広まってきていて、今後も広がると予想されています。 福澤諭吉の時代のように、これから国を発展させようという雰囲気のなかでは、宗教よりも自然科学を信じることのほうが有益だったのかもしれません。でも、国がある程度発展して、物質的に豊かになり、信教の自由が保障されている現在、自然科学と同じくらいにスピリチュアリティーのような広い意味での宗教が必要とされているのかもしれません。 何度も言いますが、何かを信じることは個人の自由です。ただし、この自由は常にすべての人々を幸福にするものであってほしいと思います。大勢をひとまとめに救うのも大切なことですが、ひとりひとりを大切にするていねいな救いが今の時代は求められているのかもしれませんね。ごきげんよう。 草々(散歩好きの文明批評家)

アカミミガメ捕獲中 つくば北条大池で防除調査

機械、金属、航空・宇宙、建設、農業など様々な部門の技術者の集まり、日本技術士会県支部(事務局・ひたちなか市、高橋正衛支部長)のメンバーらによって、8月中つくば市北条の北条大池でカメの捕獲と駆除が行われている。 同支部が霞ケ浦環境科学センター(土浦市)と連携して実施している市民活動支援事業の一環。「特定外来生物カミツキガメ(ミシシッピアカミミガメ)駆除大作戦」と銘打って、初日にワナを仕掛け、2日目に回収をして個体調査などをする「防除調査」という手法で行われた。 ミシシッピアカミミガメは、幼体のミドリガメが縁日などで販売され国内に広がったが、生長すると飼いきれず環境中に放棄され、湖沼など在来の植物種に食害などの被害を及ぼしている。侵略的外来種ワースト100の1つ。農業ではレンコンの食害が一部報告されている。 この駆除が北条大池で実施されるのは初めて。北条大池では現在、大きな被害は見受けられないというが、生物多様性の保全につなげることを目的に、防除調査が実施された。 元々はカニをとらえるためのワナという「カニかごワナ」を15カ所に、浮遊型捕獲装置1カ所に仕掛ける作業は県支部のメンバーによって行われたが、2日目の調査日には技術士6人のほか、一般参加者5人が加わった。農業用ため池の北条大池は霞ケ浦とつながっており、一体的な水域環境として考えられる。ミシシッピアカミミガメによる水環境や生物多様性の問題について知って欲しいため、一般にも参加を呼びかけたという。 26日にも再捕獲 技術士会県支部の大塚太郎さん(52)=技術士補(農業部門)によれば、調査結果はアカミミガメ7匹と、在来種のクサガメ6匹を捕えた。大半が大池の隣にある小池に仕掛けたワナで捕獲されたという。「大池をよく眺めてみると、カメの泳いでいる姿が見える。実際の個体数はかなり多いはず」という話だった。 捕獲したアカミミガメはサイズなどを計測後、同支部が処分する。ドライアイスで二酸化炭素を発生させ、窒息死させる方法をとるという。 浮遊型捕獲装置を引き続き掛けており、カニかごワナによる次回調査は26日にも行われ、一般参加者を募る。大塚さんは、「もっと捕獲したかったが、期待よりも少なかった。ワナの仕掛ける場所について改善していきたい」と語った。(榎田智司)

予科練平和記念館 《日本一の湖のほとりにある街の話》2

【コラム・若田部哲】第1次世界大戦以降、戦略上、航空機の重要性が増すにつれ、多くのパイロットが必要となりました。そこで、より若いうちから育成することで、優秀な人材を養成しようとしたのが飛行予科練習部、通称「予科練」です。発足当初、全国から集められた14~17歳の優秀な少年たちに飛行の基礎訓練が行われました。 土浦市の隣、阿見町には、大正末期に霞ケ浦航空隊が設置されており、昭和14年(1939)に神奈川県横須賀市から、この予科練が移設されました。こうして軍事上の一大拠点となった同町の歴史を伝えるべく建設されたのが、今回ご紹介する「予科練平和記念館」。同館学芸員の豊崎尚也さんにお話を伺いました。 館内は「予科練」の代名詞であり、少年たちの憧れであった制服「7つボタン」にちなみ、7つの展示室により構成されています。 壁面の集合体で構成された館内は、至る所から空が見える印象的な空間となっているのですが、これはかつて予科練生たちが憧れ、昔も今も変わらない「空」を見せることにより、今日の平和について想いを巡らせてほしい、との設計意図だとのこと。この特徴的な空間の各所に、昭和を代表する写真家・土門拳による写真が配置され、厳しい訓練の様子や、つかの間の休息時のあどけない表情など、予科練生の日常を浮かび上がらせています。 「入隊」から「特攻」までで構成された7つの展示室では、入隊に当たっての少年たちの心情や、予科練での厳しい訓練の様子、訓練の合間のつかの間の憩いのひと時、そして予科練を卒業し、さらに厳しい本格的な飛行訓練へと移行していく様子が展示されます。 若い訓練生の8割が戦死 ところで、兵隊というと屈強の体格を想像してしまいますが、ここに集っていたのは少年たち。合格に達する体格の基準は150センチ後半程度だったとのことで、実際の教室を再現した教室の椅子や机の小ぶりさからも、年端もいかぬ子供たちであったことが実感され、胸が締め付けられます。 展示は、進行とともに緊迫の度合いを高め、終戦の年、昭和20年(1945)6月に起こった「阿見・土浦大空襲」を再現する展示を経て、最後の展示「特攻」へ至ります。暗い室内の壁面に、予科練生の命を示す小さな灯(あか)りが無数にともり、特攻の映像が流れます。映像が進むごとに減ってゆく灯り。予科練生を経て戦地へ赴いた2万4千人のうち、約8割の1万9千人が特攻などによりその命を落としました。 「1万9千人」。文字にすればたった5文字ですが、その1人1人に愛する人や、夢見た未来があったでしょう。全ての灯りが消え、室内が闇に閉ざされると、悲しみや虚無感とともに、言い知れぬ怒りが湧いてきます。 「戦争は、決して遠い昔の話ではない。70数年前に戦争を経験した方々がおり、その時代があって今という平和な時代がある。そのことに、展示を通して思いをはせてほしい」。豊崎さんはそう語ります。終戦の夏。少しでも多くの人に、この展示が語るメッセージに触れてほしいと思います。(土浦市職員)

「老後」がなくなる「人生100年時代」 《ハチドリ暮らし》16

【コラム・山口京子】数年前までは、「人生100年時代」というフレーズを大げさに感じていました。ですが、両親を見ていて、100歳まで生きるかもしれないと思うこの頃です。病気をして心配したり、回復して食欲も出てきてほっとしたり。そうなればそうなったで、これからのことが気にかかります。本人たちは、「おまえにまかせた」状態です。今回は、お金の管理、施設や病院とのやり取り、行政から届く書類の手続きなどのあれこれ。 父は家で介護してほしかったのでしょうが、話し合った末、施設に入ってもらいました。母の方は、生活の自律度を見ると、もう数年は家で暮らせると思います。 両親の収入は公的年金のみです。これまでの蓄えと合わせて、おおまかなキャッシュフローを作りました。現在の状況が続くと仮定したものと、母も施設に入ると仮定したものとでは、大きく収支が違ってきます。状況の変化をふまえて見直しながら、妹たちと話し合っていくつもりです。 親のこれからを考えつつ、自分たちのことも気になります。これからの人生100年時代は、老後が長くなるのではなく、老後という概念がなくなり、定年という言葉も死語になっていくのでしょう。そもそも、一つの会社に生涯勤め続けることが現実的ではない状況が広がっています。子どもたちを見ていると、そうした状況をシビアに察知しているようです。 私たちの世代は定年があり、退職金を出す企業も多くありました。定年後のプランは退職金とそれまでの蓄え、公的年金あるいは私的年金を利用してどうにかなりました。でも、そういうプランは崩れつつあります。 『お金』はなぜ格差と分断を生むのか? では、どういうプランを立てれば、自分の願う暮らしができるのか。「自分の願う暮らし」として、どんな生活をイメージするかは千差万別でしょう。まずは自分の願う暮らしをイメージして、その実現に向けて、できることをしていくことでしょう。自分のことでありながら、自分の手に負えないことです。 そういうことを考えていて、ある講座に出会いました。テーマは「『モモ』で読み解く知識ゼロからの経済学入門 『お金』はなぜ格差と分断を生むのか」です。ミヒャエル・エンデの「モモ」の物語をテキストにして、お金について考える内容です。 お金に振り回されない暮らしをしたいと思っていますが、お金そのものについてきちんと考えたことがありませんでした。講座のサブタイトル「お金はなぜ格差と分断を生むのか」も、今の私には奇妙なフレーズに思えます。その答えが、これからの講座で見えてくるのでしょう。楽しみなオンライン講座です。 前回コラム(7月13日掲載)で取り上げた、スイカだと思った苗は冬瓜(とうがん)だと判明しました。大きく育った実を、味噌汁や餡かけにしておいしくいただいています。ナスやミカンの実も育っています。(消費生活アドバイザー)

つくば市から3人目のロータリー茨城代表、大野さん【キーパーソン】

茨城県にはロータリークラブ(RC)が55ある。つくば学園RCの大野治夫さんが、これらクラブを代表するガバナーに就任した。任期は7月から来年6月までの1年間。つくば市東光台で不動産管理業を営む大野さんはRC歴18年。業務区と住宅区から成る開発地域・東光台(合併前の豊里町と谷田部町の一部)の土地持ちでもある。ガバナーとしてやりたいこと、つくばの最新土地事情について聞いた。 つくば学園RC会員、目標100人超え RCは地域の名士が参加する奉仕組織だが、週1回の例会を通じ、会員たちが親睦を図り、いろいろな情報を交換する場でもある。つくば学園RCの会員は現在89人。土浦市では最多の土浦南RC(85人)を上回り、つくば・土浦地区では一番の会員数になった。大野さんによると、来年6月までに100人超えを目指す。 つくば学園RCがガバナーを送り出すのは、約20年前の吉岡昭文さん(筑波山神社前の旅館「江戸屋」現会長)、約10年前の野堀喜作さん(東光台の不動産管理会社「ツクバ企画」現会長)に次いで、3人目になる。 10月末、つくば市内で茨城大会開催 ガバナー就任からひと月。これまでどんなことをしてきたのか? 任期中にどんなことをしたいのか? 「ガバナーの仕事は、県内55のRCをすべて訪問し、どんな活動をしているのか把握すること。この1カ月で10のクラブを回った」「会員が最も多いのが水戸RCの115人。会員3人の小所帯もある。奉仕には、活動する会員とおカネが必要で、各クラブとも苦労しながら活動している。頭が下がる思いだ」「10月29、30日には、ノバホール(つくば市吾妻)で茨城地区大会を開く。そのころにはクラブ訪問もほぼ終わり、その後は次の方への引き継ぎに入る」 「つくば市内には、つくばシティRC(54人)、つくばサンライズRC(11人)もあるが、私がガバナーの間に、つくば学園RCの会員をもっと増やしたい。青年会議所(JC)などで活動している、若い人にも声を掛けている」「茨城全体のRC会員は今1850人。こちらも、来年6月までの任期中に2000人以上に持っていきたい」 TX研究学園駅周辺、坪100万円超え 今日、衣料通販、ZOZOの大倉庫や製薬大手、エーザイの研究所などが立地する東光台の開発に、どう関わったのか? TX駅近くの地価が上がっていると聞くが、取り引きの現状は? 「40~50年前、私の父の時代に、旧豊里町と旧谷田部町の地権者5人が代表になって組合をつくり、民間で開発したのが今の東光台。父はその1人で、広いクリ畑などを提供した見返りに、東光台のあちこちに土地をもらった。私の会社『東光拓商事』はその土地やアパート・マンションなどを管理している」 「つくばの発展で大きいのは、TXが開通(2005年)し、東京への通勤圏になったこと。市内3地上駅―研究学園駅、万博記念公園駅、みどりの駅―周辺の住宅地はほぼ売り切れた」「半年前、坪(3.3平方メートル)13~15万円だった万博記念公園駅近くは(需要増加と供給不足により)、今では30万円。(研究学園駅から少し距離がある)東光台も、2~3年前、坪20万円以下だった住宅地が、今は30万円になっている」 「(ショッピング店舗、金融機関支店、自動車販売店などが建つ、市内で一番にぎわっている)研究学園駅の周辺は、坪100万円を出しても買えないほどだ」 【おおの・はるお】1952年、旧谷田部町面野井(おものい)生まれ。1975年、大東文化大経済学部卒、旧東陽相互銀行(旧つくば銀行を経て現筑波銀行)入行。父の死去により、2002年銀行を辞め、不動産管理会社「東光拓商事」を設立。現在まで社長。2004年、つくば学園RC入会。2016~2017年、同会長。茨城ガバナーの正式名は「国際ロータリー第2820地区ガバナー」。つくば市東光台在住。 【インタビュー後記】ロータリークラブ(例会は原則昼)と似たような集まりは、ほかにライオンズクラブ(同夜)や倫理法人会(同朝)がある。地域の事業者にとっては、いずれも情報交換の場。私も38年ぶりに土浦に戻ったとき、土浦RC(つくば学園RCの親クラブ)に入会。新聞社経営の助けになっただけでなく、地域の友だちゼロのワイフ(函館出身)にとっては、遊び仲間をつくる場になった。感謝。(経済ジャーナリスト・坂本栄)

シンプル イズ ベスト? 《続・平熱日記》115

【コラム・斉藤裕之】わけあってこの猛暑の中、アトリエの大掃除をすることになった。学生時代からの習作や、いつか出番があるだろうと思って集めたガラクタなどを思い切って処分することにした。市の焼却場に軽トラで何度か往復して、捨てるに忍びないものは知り合いの骨董(こっとう)店にトラックで持っていってもらった。 ちょうどこの7月でこの家に住み始めて20年になる。20年間、家族の足の裏でこすられた1階の杉の床は、夏目と呼ばれる年輪の柔らかいところが削られて冬目の硬いところだけが残って、凸凹になっていて妙に足触りが心地よい。夏涼しく冬暖かいとても住みよい家だと思うのだが、それには少しコツがあって、戸の開け閉めやエアコンの入れ方、ストーブのことなど、大げさに言えば家の中の環境への理解と手間が必要なのである。 2人の娘も家を出てこの家には帰って来るまい。だから将来は人に貸すなり売るなりしなければと思うのだが、少し変わった家なので、この際「斉藤邸取説」でも、を書き残しておこうか。 さて20年分のホコリを払って、広々としたアトリエの床に布団を敷いて寝てみることにした。見上げると、20年前に故郷山口で弟が刻んだ梁(はり)や柱がたくましく見える。昔ながらの複雑な継手も、20年の間にやっとしっかりと組み合わさって落ち着いたように見える。特に2階の柱を支えくれている地松(じまつ)の梁は、自然な曲線が力強くカッコいい。 それから、2階の床になっている踏み天井。こちらは200枚だか300枚だか忘れてしまったが、ホームセンターで買ってきたツーバイ材全てに、「やといざね」といういわば連結するための溝を電動工具で彫ったことを今でも思い出す。酷使した右手は、朝起きると硬直して箸も握れなかったっけ。 「いい景色だなあ。木の色がきれいだなあ。このぐらいの広さの住まいがちょうどいいのかもなあ」。20年目にして改めて見入ってしまった。 「捨てる? 捨てない?」 「シンプルとミニマルの違いが分かりますか?」。フランス政府の給費生の試験で、試験官の中のある高名な美術家に質問された。その時は適当な理屈をこねて、その場をしのいだ。その後この命題はたまに頭をよぎることがあったが、布団に寝転がって、薄暗い明かりの中に浮かび上がるアトリエの美しい風景を眺めながら、今なら少しは気の利いた答えができるかもしれないと思った。 「もう少し色とか工夫をしてみたら」とアドバイスすると、「シンプル イズ ベストですよ!」と、あっけらかんと答える今の子供たち。シンプルのイメージは人それぞれ。シンプルがベストかどうかはさておき、アトリエの片付けも、もうひと頑張りしなければならない。 差し当たって、2台ある作業台をどうするか。「捨てる? 捨てない?」。心の葛藤と大量の汗はもうしばらく続きそうだ。(画家)

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