火曜日, 4月 7, 2026

描いて木の魅力を引き出す 上渕翔さん展覧会「木に描く」

つくば市在住の画家、上渕翔さんの展覧会「木に描く」が水戸市備前町の常陽史料館で開催中だ。板や丸太などさまざまな木に、ウッドバーニングやアクリル絵の具、金箔などで描いた58点の作品を展示しており、白いキャンバスを離れて自由なアプローチを目指した、この10年間の集大成と言える内容になっている。 上渕さんは熊本県出身。筑波大学で油絵を学び、卒業後ウッドバーニングを始めた。電熱ペンを使って木を焦がし描く技法で、木と絵の一体感が強く出るという。「木自体の色や存在感が好きで、それを見て何を描くか考えるのが面白い。例えば木目が風のそよぎにも、降り注ぐ雨にも、水の流れにもなる。木の力を借りて作品が生まれていて、同じものは2つとない」 生活に入り込めるアートを作りたいという思いもあった。絵を買って部屋に飾るのは、特に若い人にはハードルが高い。より手にしやすいよう小さな升や桐箱などに絵付けした作品を発表し、そこから桐下駄、羽子板、曲げわっぱなど日本の伝統的な木製品にも目が向いていった。 製材所で見付けた古材や、骨董市で出合った建具などからも「描けそう」とインスピレーションを得て、その素材ならではの雰囲気や存在感が生かせる画題や手法を選んでいる。 「古色を帯びた木だとウッドバーニングよりも、絵の具で白を入れた方が引き立つ。アクリル絵の具は以前から影付けなどで補助的に使っていたが、積極的に取り入れることで、いっそう木を生かせるようになった。黒に金の取り合わせも好きで、最近はよく使っている」 ここ数年は暗い中にもロマンチックな雰囲気のある作品づくりを目指しているそうで、和と東洋や西洋が溶け合ったようなイメージが広がる。神話やマザーグースなど、物語の世界からヒントを得ることが多いという。「導く者」と題した2枚の作品では、中国の伝説で太陽に棲む3本足のカラス「日烏」と、月に棲むウサギ「月兎」に、星座のからす座やうさぎ座、植物の桜や菊を組み合わせた。 「日本神話では八咫烏(やたがらす)や因幡の白兎が神々を導いたが、この絵では神話以前から人を導いてきた星々や植物が真の主役。私の絵には、ぱっと見には分からないところにダブルミーニングや暗喩などが込めてあり、謎があった方が面白い」 最近は活動の幅がさらに広がり、土浦を拠点に活動する石原之壽さんの創作紙芝居の作画も担当。土浦港岸壁の競作壁画の一つ、ハスの葉陰に遊ぶコイの絵や、土浦市中村西根のラスク工房「美・Sekiyama」の外壁に描かれた、天使の羽根の絵も上渕さんの作品だ。「絵の技術が社会の中でどう生きるのかが若いときは見えていなかった。今こうして求められることがうれしい」と話す。(池田充雄) ◆「木に描く」展は5月23日まで、入場無料。詳細は常陽芸文センターホームページ、上渕さんオフィシャルサイトへ。

「つくばセンター」に見る満映の影 《映画探偵団》43

【コラム・冠木新市】「広々とした大野原の中に、魔術の如(ごと)く聳(そび)え立つ、豪華な建築—寛城子(かんじょうし)を見た直後なので、狐(きつね)につままれたやうだ。宮殿の如く、銀行の如し」(徳川夢声)。 岩下志麻主演『極道の妻たち』 つくばセンターを象徴する映画は『仮面ライダー』シリーズだとずっと思い込んできた。しかし最近では、同じ東映の『極道の妻たち』シリーズではないかと揺れ動いている。この映画はセンタービル誕生3年後の1986年に公開され大ヒット 。ビデオも売れ、テレビ放映の視聴率も高く、関係者を仰天させた。 日下部五朗プロデューサー、高田宏治脚本、五社英雄監督―このトリオと、題名から受ける印象で誰もがヤクザ映画と信じていた。ところが、任侠・実録ヤクザ映画ブームはすでに終わっている。 岩下志麻主演でその後10年以上続くこのシリーズは、対立組織との抗争で性根の定まらない男性を支える、女性を描いた作品との理解が深まる。つまり純粋な女性映画だったのである。 東映映画史を振り返ってみよう。 ▽1950年代:『笛吹童子』『紅孔雀』などのお子様時代劇『新諸国物語』シリーズ。 ▽1960年代前半:内田吐夢監督が敗戦後の青春像を描いた『宮本武蔵』シリーズと大作『飢餓海峡』。 ▽1960年代後半:高倉健の『網走番外地』『昭和残侠伝』シリーズ。 ▽1970年代:暴力団組織で日本社会の仕組みを批判した実録『仁義なき戦い』シリーズ。 ▽1980年代:『鬼龍院花子の生涯』など宮尾登美子文学の映像化シリーズ。そして『極妻』につながる。男性路線中心だった東映が方向転換し始めたころだ。 映画ブロデューサー 根岸寛一 学生時代、私は東映企画調査部でアルバイトをしていた。後に『映画「極道の妻たち」ノ美学』(1995年、近代映画社)を出版。丸の内本社と撮影所に出入りしていた私は、よく「東映は満映関係者の受け皿」との話を聞いた。 1937年、満洲国と満鉄の出資で設立された満洲映画協会は、「五族協和、王道楽土」のスローガンの下の国策映画会社だった。少し遅れて甘粕正彦が理事長に就任する。甘粕の片腕となったのは、『大菩薩峠』『人生劇場』『土』など名画を製作した、元日活撮影所長のブロデューサー根岸寛一だった。 根岸は、李香蘭をスターに育てあげ、中国人の監督、脚本家、スタッフを起用し、多くの作品を残す。終戦後、満映は消滅するが、撮影所は中国人映画関係者のために守られた。冒頭の引用は、夢声が満映撮影所を見た時の感想を映画雑誌に書いたものである。 戦後、根岸は東映と深く関わり、満州から帰国した映画人の生活ために、病を押して奔走する。私はつくば市に移転して来て、根岸寛一が筑波郡小田村(現つくば市)の出身と知ってうれしくなった。 議論の鍵を握るのは女性たち 4月27日掲載された「NEWSつくば」の記事で、センタービル広場のエスカレーター設置をめぐり、市議たちが「2基とも必然性がない亅「1基のみでよい亅「2基とも必要」ともめていることを知った。これまでの検討がいかに不足していたかがよく分かった。 また、男性市議よりも女性市議の発言が目立っているようにも感じた。市議は市民の代表である。このエスカレーターをめぐり、つくば市の女性たちの意見も割れているのだろうか。 私は何故こんなにもセンタービルに引かれているのか、ようやく謎が解けた。大平原にこつ然と現れた満映撮影所をセンタービルに重ねていたからだ。未来の遺跡に、1億6000万円もかけてエスカレーターを付けて、文化財に傷跡を残すかどうか。カギを握っているのは女性たちである。サイコドン ハ トコヤンサノセ。(脚本家)

道路工事で光ケーブル切断 つくば市

つくば市は13日、同市下平塚で、市発注の道路改良工事をしていたところ、業者が誤って電線の光ケーブルを切断する事故が発生し、近くの店舗2軒が光ケーブルを同日、使用できなくなったと発表した。 市道路整備課によると、同日午前9時30分ごろ、道路のU字溝を入れ替える作業の資材置き場で、作業員が重機でがれきを整理する作業をしていたところ、重機のアームが電線に引っ掛かって、光ケーブルを切断した。 市はただちにNTT東日本に連絡し復旧を依頼、切断された光ケーブルを使用していた店舗2軒を訪れ、事故の説明をして謝罪した。光ケーブルは同日夕方までに復旧したという。 再発防止策として市は、受注業者に対し、施工中の保安措置の徹底を指導するとしている。

小石が跳ね来園者けが つくば市平沢官衙遺跡

12日午後4時30分ごろ、つくば市平沢、平沢官衙(かんが)遺跡歴史ひろばで、業者が芝刈り機で作業を行っていたところ、小石が跳ね、付近を散策していた50代女性の頭部に当たり、側頭部が腫れるなどのけがを負う事故が発生した。つくば市が13日発表した。 市文化財課によると、女性は12日、同遺跡を見物するため市外から2人で来園した。同日午後4時30分ごろ、歴史ひろば南側の道路を散策していたところ、近くで作業をしていた芝刈り機から小石が跳ね、女性のこめかみ近くに当たった。 事故当時、2人の作業員が芝刈りをしていた。小石の大きさや、どちらの機械が小石を跳ねたかなどは不明という。 女性はそのまま帰宅し、その日の晩に市に事故の連絡があった。13日現在、側頭部の腫れと首の痛みがあるという。14日以降、医療機関での受診を予定している。 同課によると、同歴史ひろばは面積が大きいため、芝刈り作業中は石跳ね事故を防止する衝立(ついたて)やフェンスなどは設置しておらず、近くに人がいないことを確認しながら作業を実施したという。同広場では年3回芝刈りを実施している。 五十嵐立青市長は「管理作業中に来園者にけがを負わせてしまい深くお詫びします。今後再びこのような事故を起こさぬよう、管理作業を受託している全事業者へ注意喚起と飛び石防止の安全対策を徹底するよう指導します」などとするコメントを発表した。

指定管理施設職員が新型コロナ つくば市

つくば市は13日、市民交流施設、市ふれあいプラザ(同市下岩崎)の指定管理事業者の職員が12日、新型コロナに感染したことが分かったと発表した。 市文化芸術課によると、この職員の濃厚接触者は同施設内にはいないという。 同施設は13日、消毒作業などのため休館となった。 14日から通常通り開館する。

街の記憶 東京・つくば 《遊民通信》16

【コラム・田口哲郎】 前略 「木綿のハンカチーフ」などで知られる作詞家、松本隆さんは2012年に東京から神戸に移住したそうです。当時雑誌記事で読んで、衝撃を受けました。松本さんは生粋の東京人です。生まれ育ちは港区青山、慶應義塾に通い…と、シティ・ボーイの体現者です。のちの渋谷系につながる、いわゆるニューエイジの山手文化を生み出し、けん引してきたことはご存知の通りです。 都心文化を屈託なく表現できる人は、上京者の街でもある東京にはそれほど多くいません。その松本さんが東京を離れたことは、一個人が地方に引っ越したという事実以上の何かがあるに違いないと思わせられました。東京がかつての東京では無くなったという旨の発言をされていました。 コロナ前の東京は色々限界だったのかもしれません。諸々(もろもろ)が集中・蓄積しキャパシティ・オーバーとなり、はち切れる寸前でした。そんな東京をコロナ禍が襲いました。東京は破裂せず、しぼみ始めました。今後も東京は東京として続くでしょう。でも、かつての東京はもう戻ってこないでしょう。 恐らく、かつての東京、例えば第2次大戦前の東京は戦後の東京とは全く違う東京でした。戦前の東京を戦後に語ったところで、それはノスタルジーに過ぎないわけですが、街の記憶は人をなんとも言えない感覚に誘います。沈みゆく東京は、これから無数の記憶の華に飾られるでしょう。 つくばに陽は昇る では、つくばはどうでしょうか? つくばの記憶…。つくばの記憶は、特に1985年のエキスポ以後、東京の栄華とは逆の衰退のものでしかありません。かつて、つくばセンター前の西武百貨店には高級スーパー・マーケットのザ・ガーデン自由が丘が入っていました。高級スーパーがあることが、その街の東京度を測る基準となります。例えば、六本木や横浜の青葉台には、明治屋ストアがあり、港区の魚藍坂には大丸ピーコックがありました。 昔のつくばは、茨城屈指の東京っぽい街でした。外国人が多い国際性は、さらに東京の港区っぽくもありました。でも、その西武が撤退し、官舎が取り壊され、つくばの中心から人がいなくなりました。東京圏に飲み込まれるにしては、遠い距離感がつくばを苦しめました。一極集中の歯止めが効かず、東京は巨大竜巻のように周辺の街の栄華を吸い取りました。つくばエクスプレス(TX)は格好のストローになりました。 しかし、コロナ禍によって、東京に向いていた流れがつくばに向かって流れています。つくばには東京と真逆のことが起きるでしょう。沈没する大都会を眺めながら、常に陽の当たる街は静かにそのエネルギーを回復すると思います。 新しい繁栄はこれまでの栄華とは違うことは確かです。人と物資を集中させることしかしてこなかった人類が、初めて分散をも目論(もくろん)んでいます。群れることなく楽しむ術は、類まれなる田園学研都市つくばの市民が得意とするところでしょう。 ごきげんよう。 草々(散歩好きの文明批評家)

「大規模事業評価行わないのは違法」 18人が住民監査請求 つくばセンタービル改修で

つくば市が取り組んでいる総事業費約10億3800万円のつくばセンタービルリニューアル事業について、10億円以上の事業は大規模事業評価を行うと市の要綱で定められているにも関わらず、事業評価の手続きが踏まれていないのは違法だなどとして、元大学教授の酒井泉さん(72)ら市民18人が12日、市監査委員(高橋博之代表監査委員)に対し、すでに支出された約7000万円の返還請求と未支出額の支出差し止めを求めて住民監査請求をした。 同要綱は、住民投票で白紙撤回となった市総合運動公園事業を教訓に、五十嵐立青市長が2018年9月に定めた。10億円以上の大規模事業と市長が必要と認める事業を実施する際には、評価会議を設置し、事業の必要性や妥当性などの評価を行うことなどが定められている。 監査請求によると、同リニューアル事業は10億円を超えるのだから「同要綱の対象であることは明らかであるが、市はこの要綱に従った評価を全く行っていない」としている。 一方、大規模事業評価をめぐっては、今年3月議会で、飯岡宏之氏(自民党政清クラブ)と山中真弓氏(共産)が一般質問し、それぞれ大規模事業評価を実施するようただしたが、市は、約10億3800万円のうち、まちづくり会社「つくばまちなかデザイン」への市の出資金6000万円はリニューアル事業の事業費ではないなどとし、10億円を超えないのだから大規模事業評価を実施しないとした。 監査請求した酒井さんは「議会で質問した議員がいたが、数の力で無視された。議会が道理を通すことができなくても、市民は道理を通すということをはっきりさせたい」と話した。 監査請求ではほかに、まちづくり会社は市が出資する第3セクターであるにもかかわらず、総務省が2014年に出した「第3セクターの経営健全化指針」に基づく検討を行っておらず、市の出資金6000万円の支出は公金支出のための必要な手続きを欠いており違法だと指摘している。 さらに、つくばセンタービルの中の市所有施設は公の施設なのに、市が一部をまちづくり会社に賃貸し、さらに同社が個々の企業に賃貸の事業所として貸し出すのは、公の施設としての利用を拒否することになり地方自治法に違反する、リニューアルの基本設計策定をプロポーザル方式で随意契約したのは市契約規則に違反するーなどと主張している。 その上で、すでに支払われたリニューアル事業の基本計画策定費用とまちづくり会社への出資金計約7000万円について、市は五十嵐市長などに損害賠償請求または返還請求を行うべきで、いまだ支出されていない金額は支出を差し止めるべきだなどとしている。 監査結果は60日以内に出される。(鈴木宏子)

ほうきの力で「魔女のフェスタ」 29日 旧筑波小に集結

つくば市国松の旧筑波小学校を会場に、29日開催する「魔女のフェスタ」の準備作業が佳境を迎えている。2018年以来3年間、人の手が入らずにいた校舎を利活用する廃校リノベーション企画。フェスタ実行委員会(いしざき緑子代表)は校長室や各教室の大掃除から始め、ほうきの力で学校ばかりか地域社会にも魔法をかけた。 29日は校庭に飲食店のキッチンカーやテントが並び、3階建ての校舎全体に占いや癒し療法、手づくり品、子供向け工作教室のワークショップなどが展開する。10日現在、その数は95店になった。10代から80代の「魔女」が集結する。 いしざきさんは昨年、学校近くの国松地区の古民家に移住して、アロマテラピーの教室「魔女の学校」を開設(2月17日付)。誕生日が4月30日で、ドイツの魔女祭り、ヴァルプルギスの夜にちなむ「世界魔女デー」であることから、自身「魔女」と称して活動を行ってきた。2019年4月には石岡市内で「魔女のフェスタ」を催したことがあり、旧筑波小でも開催を計画した。 「地区に子供たちがいないわけではないのに、放課後や休日に声がしない。校庭に集まって遊ぶ様子がない」のを残念に思ったためだ。 校長室アーカイブス 旧筑波小は、2018年開校の秀峰筑波義務教育学校(つくば市北条)に統合された旧筑波町9小中学校のうちの1つ、筑波山の男体山麓にある。1975年建設の地上3階建て校舎は、耐震構造で上下水道も整ったまま残された。 同市教育総務課によれば、閉校後はグラウンドの手入れ程度の管理しか行っておらず、設備の点検もしていないため、イベント等への貸し出しには原則応じていなかった。学校跡地の利活用については市の公有地利活用推進課が窓口となり、譲渡先などを探しているが、これまで動きはない。 地元区長・区会の協力を条件に、市が貸し出しに応じたことから、いしざきさんは地元の同意を取り付け、フェスタ実行委員会を結成。4月末は農繁期となるのに配慮して、開催期日を1カ月ずらした。石岡開催時の仲間や「魔女の学校」スタッフらの参加で、今年に入って開催準備を本格化させた。 2月、真っ先に行ったのは教室や職員室など校舎内の大掃除だ。徹底した掃除から始める古民家再生の手法を取り入れた。出店者のグループごとに教室を割り振って、窓を拭き、床を磨き上げる掃除は、毎週土曜・日曜ごとに行われた。 すると、ホコリに埋まった校長室はまさにアーカイブス(記録保存所)だった。卒業生を毎年撮影した記念写真や古写真、給食用の食器、卒業記念に学校に贈られたはく製などが次々現れた。これらは一教室分そっくり当てて、資料展示することにした。 卒業生らが黒板に描き残したチョーク絵は、大切に残した。再び日の目を見られるよう手を付けなかった。 交流と活性化の魔法 こうした動きに地元も応じた。卒業生の経営する設備業者がトイレの改修を買って出て、1階の水洗トイレをきちんと使えるようにした。学校に隣接する住宅にあいさつに行くと、自作の化粧品を販売したいと逆に出店を申し込まれたりした。開催日に備えた駐車場も学校周辺に大量に確保できたという。 地元出身のシンガーソングライターの参加で、新たに「魔女の学校」の校歌も制作、CDにして販売することにした。グランドピアノのある3階音楽室では、コンサートのほか「バーカウンターを設けてジャズ演奏も楽しめるよう保健所の許可もとった」(いしざきさん)そうだ。 「これをやりたいと思ったら、自分に魔法をかけて立ち上がることで皆に喜んでもらえるものになっていく。少子化だ、過疎化だと言われ続けた国松地区にも交流によって活性化が訪れるはず」と語る。魔女フェスタは1日限りだが、秋にはハロウィン企画の構想も練っており、さらに魔法をかけ続ける構えだ。(相澤冬樹) ◆魔女のフェスタ 5月29日午前10時から午後5時、旧つくば市立筑波小学校。マスク着用での来場を呼び掛けている。「魔女の学校」ホームページはこちら、「魔女のフェスタ2021」Facebookはこちら。

対象拡大も利用は1件 つくば市障害者向け発電機購入補助、道半ば

人工呼吸器を使用している障害者を対象に、つくば市が2019年4月から開始した停電時のための家庭用発電機購入補助制度について、昨年4月に利用条件が緩和されたにもかかわらず、実際の利用はいまだに1件にとどまっていることが分かった。 市の購入補助制度は当初、人工呼吸器を常時使用する障害者を対象に、停電時も医療的ケアができるよう、家庭用発電機の購入を最大10万円補助するものだった。しかし対象者は人工呼吸器を24時間、常時使っている人に限られた。夜間のみ使用する場合など「医療機器の電源確保が必要なのに、発電機の購入補助を利用できない」という声が多く寄せられた。そのため、20年4月に市は、補助の対象を1日1回以上人使用する者に広げた。 補助制度のもとになったのは、医療的ケア児の親の会「かけはしねっと」(根本希美子代表)が2018年に市議会に提出した請願だ。同会は当初から、できるだけ幅広い人が補助の対象になることを望んでいた。実際に補助制度が始まってからも、対象を広げるように市に働き掛けた。「補助の対象が広がったのは一歩前進だが、人工呼吸器に限らず痰(たん)吸引機など電源が必要な医療機器を使用している人なら対象になるように、もう少し対象を広げてもらえるとさらに良い」と、同会代表の根本さん(43)は話す。 制度の周知も課題 市障害福祉課によれば、新しく補助の対象が拡大してから補助制度の利用相談が複数あり、支給に向けて準備を進めているケースもあるという。しかし5月6日時点で実際に支給が決定されたのは、対象拡大前の1件のみ。補助の対象を拡大したことについて、市ホームページに掲載されている制度要綱を更新したり、障害者手帳取得時に窓口で説明しているが、幅広い周知が課題だ。 「昨年から市ホームページも新型コロナに関する情報があふれていて、4月に補助の対象が拡大されたことの周知が十分ではなかったと感じる。必要な家庭に情報が届いていないかもしれない」と根本さんは心配する。 市障害福祉課の担当者は「今年3月に新しく医療的ケア児のための相談窓口ができたため、発電機の購入補助の相談も増えるだろう」と期待する。(川端舞) ➡家庭用発電機購入補助に関する過去記事はこちら

私も経験した介護離職 《ハチドリ暮らし》1

【コラム・山口京子】コロナ禍で生活や家計が一変した人が多いのでは! 自分もその1人として感じたことを伝えたい。 昨年5月、コロナの影響で、両親が通っていたデイサービスが一時閉鎖。介護のために栃木県の実家に帰り、一緒に生活することになった。仕事の方は、初めのうちは介護休暇や有給休暇を取り、それがなくなると欠勤扱いにしてもらった。自宅と実家を往復する生活が半年。結果的に、復帰の見通しが立たずに退職した。現在、父は施設に入所、母はデイサービスに通っている。 調べてみると、全国の65歳以上の人口は3600万人を超え、要支援・要介護認定者は約670万人。働きながら介護をしている人は約350万人。介護を理由に仕事を辞める人が年間で10万人弱。国は介護と仕事の両立支援のために制度を作ったが、まだまだ周知されていない。また、使い勝手の点で課題が多いことを当事者となって分かった。 結果的に退職となった場合、例えば、50歳で年収600万円の人が介護離職した場合、その後の収入の損失は1億円近くになるだろう。辞めた後は、厚生年金ではなく国民年金加入者となり、65歳から受け取れる年金額も下がってしまう。介護が終わって再就職したいと願っても、正社員として働くことは非常に難しいのが現実だ。 人生後半の生活設計が狂う 人生後半のライフプランが大きく狂ってしまうのが、介護離職だ。介護に直面した場合、1人で悩みを抱えずに、いろいろな相談機関に出向いてほしい。勤務先にもその旨を伝え、働き続けたいという意思を示したうえで話し合ってほしい。 問題解決には、最新の情報を入手し、どんな制度を利用できるのか知ること。そして、介護される人が親であれば、親の年金や資産についても確認すること。親のお金でやりくりできるのか、どんな介護の方法があるのか―などについて、専門家を交えて決めたい。 私は現在、1人暮らしをする母の様子を見るために月3回ほど帰省する。病院通い、銀行通い、買い物、行政から届く書類の確認、農家だった家の周りの掃除、草取り、野菜作り…。春になると自然は足早に進み、忙しくなる。母に指示されて、庭の一角に作った畑を耕し、種をまく。(消費生活アドバイザー) 【やまぐち きょうこ】2020年まで、いばらきコープ生活協同組合の「くらしの電話相談ダイヤル」相談員を15年務める。また組合員を対象にした「くらしの講座」講師として、生活設計、家計管理、年金、相続、遺言、終活、保険見直しなどのセミナーを企画。現在「社会保険労務士 やまと事務所」所属。ファイナンシャルプランナー、社会保険労務士、消費生活アドバイザー。1958年、栃木県生まれ。龍ケ崎市在住。

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